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第63話 本当の決断と別れ

12月4日昼前


翔と真桜さんが来る、数時間前。

俺は――部屋に引きこもって、二日が経っていた。


バクッ……バクッ……!


「はぁ……はぁ……うっ……うう……」


心臓が、ずっと落ち着かない。

眠れていない。


なのに、眠気は来ない

ただ怖い…

それだけが、頭の中を埋め尽くしていた。


「うぐ……なんで……なんで……このままじゃ……バレる……」


「もう……俺の人生……終わりなのかな……」


あの言葉が、何度も何度も繰り返される。


――似てるんだけど……違うな。 


「いやだ……いやだ……いやだ……いやだぁ!!」


「俺……捕まったら……何されるんだろう……」


「今は……女だし……」


想像しただけで、胃がきしむ

吐き気が込み上げる。


「ここにいても……いずれ……やり直したはずなのに……」


「まだ……楽しみたかったな……」 


視界がぼやける。


――浮かぶのは、ここ半年の記憶。


買い物

花火

体育祭

修学旅行

文化祭

イベント


どれも、眩しくて。

どれも、本当に楽しくて。


「……翔……」


名前を呼ぶだけで、胸が締め付けられる。


「ごめんな……俺……伝えられなかった……」


「メッセージ……来なかったけど……」


「俺から……送るべきだったな……」


真桜さんのメッセージすら、既読無視しているくせに。

都合のいいことを…


でも、もう全部遅い

そう思いかけた、その時。


ピコンッ――


「……!」


「メッセージ……?」


恐る恐る、画面を見る。


「誰から……?」


――翔。

しかも、長文。


「安心させる……?」


「……翔……」 


胸の奥が、じんわりと揺れる。

俺は、本当に情けない。


結局また、頼ろうとしてる

本当は、巻き込みたくなかった

こんな大きな問題。


でも――

それでも。


……助けてほしい

そんな感情が、確かにあった。


――数時間後。


俺の部屋でソファに座る俺の前に、

翔と真桜さんがいた。


「裕香……一人で……辛かったな……」


「………………」


言葉が、出ない。


ぎゅっ。

後ろから、抱きしめられる。


「ゆかっち……もう大丈夫だよ」


真桜さんの声。

柔らかくて、あたたかい。


「私達が来た。もう一人で抱え込まなくていいからね」


その言葉が、胸に染み込む。


「……うぐ……うう……」


堰を切ったみたいに、涙が溢れる。


「あ……ありがと…………二人……とも……」


涙なんて、もう出ないと思ってた

でも、止まらなかった。


怖くて、暗くて、息が詰まりそうだった世界に

ようやく、光が差し込んだみたいに。


二人は

俺の涙が止まるまで、何も言わなかった。

やがて――


「……すこし……落ち着いたかも……しれない……」


「そうか……良かった」


「早速だが、裕香――」


「あ……そうだ……翔……俺、思ったんだ……」



「……?どうした?」


一度、息を吸う。

そして、ゆっくりと口を開く。


「今回ばかりは……やっぱり……二人には頼れない……」


「……!」


「俺には……被検体として、毎月500万振り込まれてる……」


「今は……貯金も、3000万以上ある……」


「両親の借金……俺なら……今なら……返せる」


沈黙。

重たい空気が、部屋に落ちる。


「……そうだな」


「理屈で言えば……お前なら返せる」


「………………」


なぜか――

二人の表情は、さらに沈んだ。


「しかし、それだと、お前が“前野裕介”として竜鬼会の前に立つことになる」


「……っ」


「四月の頃、言ってたよな。あいつらは“報復”も兼ねてるって」

「そんな危ない状況に……俺達は、お前を立たせたくない」


「でも……!借金さえ返せば……!」

「……あんな親でも……見直してくれるはず……!」


「ゆかっち……それはね……」


真桜さんが口を開きかける。


「真桜、俺から話させてくれ」


(……こんな状況でも、あの両親のことを考えてるのか)


(優しいな……それとも……愛情が欲しかったのか)


(本当は……言いたくない)


(これ以上、追い込むことになるのはわかってる)


(でも……嘘だけは……つきたくない)


ゆっくりと顔を上げる。


「裕香……安心させる方法……だがな……」


一拍、そして――


「両親の居場所と情報を……竜鬼会に売る」


「………………へ……?」


理解が、追いつかない。


「な……なんで……?」


「塚本さん…俺達の護衛が……両親の居場所を突き止めた」


「それを交渉材料にして……二度とお前に近づかないようにする」


合理的で正しいと思うが…俺は、受け取れなかった。


「し、翔……それは……」

「流石に……あんまりじゃないか……?」



「……実はな、塚本さんが……両親に聞いてくれた」

「今のお前をどう思うのか」

「恥はないのか」

「お前達のせいで、どれだけ過酷な状況にいるのか」



「……それで、なんて……答えたんだ?」


本当はわかってた、なんとなく。

ずっと前から

でも――

どこかで、否定していた。


「………………」



「標的が……そっちに行ってくれてたら、ありがたい……だとよ」



「……ほんっっっとに……最低だよね」


真桜さんはかつてないほど静かに怒りに満ちた顔をしていた。



「……あぁ………やっぱり……そうか……」


涙が、また零れた。


「は……はは……はは……俺は……」



「裕香……」



――最後の最後で、縋っていた。

どこかで、まだ期待していた。


でも…


もう、とっくに、両親は俺を捨てていたんだ

縋っていたのは俺だけだった。


「裕香……お前は、どうしたい?これから」


問いは、優しくも逃げ場がなかった。


「俺は……」


「俺は……もう、安心して生活を送りたい……!」


「前川裕香として……もう……新しい人生を、生きたい……!」


言い切った、震えながらもはっきりと。


「ゆかっち……大丈夫だよ何があっても、私たちが守るから」


「……うん……ありがとう……」


「翔……俺は……」


その先の言葉は、うまく形にならなかった。

けれど――

きっと、伝わっている。



それから、しばらくして

翔と真桜さんは、静かに帰っていった。


部屋に一人。

ぽつりと、呟く。


「……これで、本当にさようならだ……前野裕介……」


ーーーー


その日の夕方

学校付近の道路。


黒塗りの車が、今日も変わらず停まっていた。


「あ〜……全然見つかんねぇじゃねぇかよ……」

「どうすんだよ……めちゃくちゃな指示出しやがって……」


ため息をつきながら、ぼんやりと生徒たちを眺める。


「もうダリィわ……似てるガキ……あいつでいいか……?そこそこ使えそうだしな……」


その時。


「すみません。ここで何をされてるんですか?」


窓越しに、声がかかる。


「あ?」


振り向いた先

金髪の美少年が、静かに立っていた。


「あー……お前……見たことあんな……」

「あっ……思い出した!あ〜思出だしたわ!」

「俺が探してるガキのアパートのとこにいた……あの面のいい兄ちゃんか!」


「なぁ、兄ちゃん。となりの女、どこだ?ちょっと探してんだよ」


「さぁ?それと最近、この辺で不審な行動をされてますよね」

「これ以上続けるなら、通報させてもらいます」


「……はぁ…最近のガキはこれだから嫌いなんだよ」

「暴対法があるからって、何でも出来ると思ってんだろ?」


少し顔を寄せる。


「舐めんなよ。俺はな――」


「竜鬼会の……大柴孝則さん、ですよね」


「……は?」


「借金取り。まだそんな古い手口を続けてるとは」

「組長に怒鳴られるのも時間の問題でしょうね」


「……なんなんだ……てめぇ……?」

(なんで……俺の名前が出てくる……?)


「この辺りをうろついていたので、少し調べさせてもらいました」


「申し遅れました。神宮寺製薬の神宮寺翔です」


「……っ!?あの…っ!神宮寺製薬……?」


「ええそれと、あなたが探している人物ですがこの周辺にはいません」

「似ているだけの、無関係な他人です」


「…は…はぁ?一体どういうことだ??」

(こいつ…どこまで……知ってる……?)


「本来、あなたが探すべき相手はこちらでは?」


翔は、写真とメモを差し出す。


「……っ!?」


男の顔色が変わる。


「おい……これ……どこで手に入れた……?」


「答えろ……!」


「申し訳ありませんが、その質問には答えられません」

「ただし条件付きで、さらに情報を提供します」


「条件……?」


「二度とこの高校に近づかないこと」

「それと俺の彼女に関わらないこと」


「……っ!あ、ああ……わかった……!」

「近づかねぇ!もう関わらねぇ!」

「だから……情報を寄越せ……!」


焦りが滲む。

翔は、もう一枚のメモを差し出した。


「……助かる……!」


男はそれを掴み取る。


「あ、あぶねー。これで……俺も無駄な仕事しなくて済む……!」


「それは何よりです」


「ですが万が一、約束を破るようなことがあれば――」


「……あ?」


翔はヤクザに一歩も引かず、真正面から告げる。


「彼女に何かあった場合、神宮寺製薬を敵に回すことになると、理解してください」



圧が、空気ごと押し潰す。


「……わ、わかってる……!」


男は慌てて頷く。


「そんな相手に喧嘩売るわけねぇだろ……!」


「……もう行く……じゃあな……!あんがとよ…」


車は、慌ただしく走り去った。


(なんだよ……あのガキ……怖えぇ…!)

(高校生の目じゃねぇ……)

(組長に報告だ……ここはヤバい……)


エンジン音が遠ざかる。


静寂。


「………………」


翔は、ゆっくりと息を吐いた。

そして、小さく吐き捨てる。


「……クソ野郎が……」


「……でも、これで終わりだ」


ぽつりと、翔が呟く。


「裕香はもう安心できる。過去を断ち切って、前を向ける……やっとだ」


その言葉には、安堵と――ほんの少しの疲労が滲んでいた。

翔はそのまま、裕香の社宅へと向かう。


待機していた真桜が、ちらりと横目で見る。


「ふーん、優しいんだね、兄ぃは」


「真桜……」


「私さ、準備してたんだけど?」

「知り合いのルート使って、海外のマフィアにも手回しできるように。竜鬼会も、あのクソ親も、まとめて潰せるように」



「……物騒なことを軽々しく言うな」

「俺たちはな、背負ってるものがある。それを無視して動くわけにはいかない」


「なにそれ?ゆかっちより肩書き優先しろってこと?」


「語弊があるな、力ってのは、正しく使わないといざ守りたい時に使えなくなる」


「……」 


「気持ちは分かる。でも、裕香が望んでるのは“復讐”じゃない」

「安心して生きられる未来だ」



「そりゃ、そうだけどさ」


「これでいいんだ真桜。お前は、明日からまた隣で支えてやれ。それが一番効く」


「当たり前じゃん、ゆかっちは大事な友達なんだから」


「ああ、大事な……友達だ」



再び――裕香の部屋



「裕香、終わったぞもう安心していい」

「竜鬼会は、二度とお前にも学校にも近づかない」


「おつかれ!ゆかっち!よく頑張ったぞ!」


「翔……真桜さん……本当に……ありがとう……」

「それに……ごめん……ずっと頼りっぱなしで……」


「おいおい、そんな堅い関係だったか?俺達」


「そ、そう……なのかな……」


少しだけ、間が空く。

そして――


「……両親、俺……愛されてなかったんだなって」


「ずっと無関心で……認めてもらいたくて……頑張って……ここの高校に合格した事報告しても…何も褒めてくれなかった」


「それどころか俺を身代わりに…」


「だから、今日、ちゃんと……別れた」


スッキリするとはずなのに…俺の心を空っぽだった。

それに人生を救ってくれた2人こんな事をいうのは

失礼極まりない…



「はは……欲しかったなぁ……家族の愛情……」




「裕香……家族の愛情なら、俺とほ――」


「家族じゃん!私たち!」


「「……え?」」


真桜さんが、当然みたいに言う。 


「だってさ、私と兄ぃと父さんで作ったんだよ?ゆかっち」

「もう家族っしょ?」


余りにも暴論だった。


「……ははっ……なんだそれ……」

翔が呆れながらも、笑う。


「あはは……でも……そうかもな……」

「新しい俺は……もう一人じゃないのかも」


俺も少し笑えた。


「そうだな、俺たちは家族みたいなもんだ」

「だから、その空っぽはこれから埋めてやる」


「……うん、ありがと……」


「……あ、でも俺も……何かで返さないと……」

「被検体データじゃ足りないよな……?」


「発想が卑屈なんだよ!」


思わず翔がツッコむ。

そのやり取りに、また小さな笑いが生まれる。




「じゃ、私帰るね!ゆかっち、明日待ってるから!」


「うん……必ず行く」


真桜さんは、それ以上何も言わずに出ていった。



部屋には、翔と俺の二人


「……もう、大丈夫か?」


「うん。大丈夫今日は本当にありがとう」

「何回言えばいいかわからないくらい」


「だからやめろって友達として守るって言ったろ?」


「……守られてばっかだな、俺」


その言葉に、少しだけ苦さが混じる。

でももう「ごめん」は言わなかった。

代わりに、ちゃんと受け取る。 


「……さて、俺もそろそろ――」


「あ……翔、ちょっと待って」


「ん?」



「その……こんな時に言うのもなんだけど……」

「この前の…先週…件」


「あ……」


翔の中で、何かが一気に蘇る。


(うわああああああ……!!)

(か…かんっぜんに…!!に忘れてた……!!)

(最悪だ俺……!!畜生!!やっちまった…!)


「あ〜……それについては」


勢いよく頭を下げる。


「本当にすまん、裕香……!」

「お前、察してると思うが……否定はしない……」

「これからちゃんと償う……!」

「だから……せめて……友達として……」


「え?」


「え?」


翔は謝り出した。


「いやいやいや!違う違う!そういう話じゃなくて……!」


「それに……これ……」


奥から一冊、取り出す。


「『親友が研究に巻き込まれたので責任もって付き合うことにした』」

「俺も……買ってたんだ」


「……は?」


「理由は……その……たぶん……翔と……同じで……」


「はぁ!?!?!?!!?」


「お…、俺さ…その…翔がソレを買ってるのを…知って……」


「そ…そそそ、そういう目で見られてるって思った時に…」


「裕香…?」


「……嫌じゃなくて…むしろ……嬉しくて……」


「裕香…??」


あ、あれ…俺何を言ってるだろ?

いかん…気分が…


「変だよな……俺」


「裕香……????」


「だから、いや…その……俺……翔のこと……多分…うぷっ!?」


その瞬間、翔と手が、そっと口を塞ぐ。


「……待て、む、6日だ、その話は……6日にしよう!」


「ちゃんと、整理して、お互い、ちゃんと向き合って言うべきだ」



「うん!そ、そうだな…!6日……楽しみにしてる」



社宅の外

夜風の中、翔は一人歩いていた。


「………………」


無言。

――の、はずだった。


(おあああああああ!!?ななななな何が起こった!!?)

(な、なんだって……!?)

(同じ本……同じ理由……!?)

(まじか……まじか……まじか…まじかぁぁぁ!!?)


(いやいやいやいや待て待て待て!!)

(そんなことあるか!?あるのか!?あるのかよ……!!)

(……いかん……落ち着け……急に緊張してきたぞ!?) 

(明後日……か……?)


「……裕香……とんでもないこと言ってくれたな……」


「ふぅ………大丈夫だ……」

「まぁ……絶縁は回避できたしな……それに――」


「それに?」


「うぉあっ!?」


「真桜!?帰ったんじゃなかったのか!?」


「へへー!気になって待ってた!」


柱の影からひょこっと顔を出す。


「兄ぃのリアクション、見たくてさ〜」


「……性格悪いな」


「で?ゆかっちとは、どうだったの?」


「……まぁ、誤解は解けた」


「へぇ〜?それは良かったじゃん!」


「家族なのに気まずいの、めんどーだしね」


「そんで?“俺と……ほ”って、何言おうとしたの?」


「……大したことじゃない」


「疲れた。帰るぞ」


「ん〜?ホントかな?ま、いっか。私も疲れたし」

「風呂入って寝よ〜」


二人は並んで歩き出す。


(……危なかった)

(あのままいってたら……)

(“本当の家族にならないか”なんて……言ってたな……)

(……まだ早い、今は……まだ!!)




次の日

12月5日、金曜日。


鏡の前


「……よし」


軽く髪を整えながら、自分を見つめる。


「大丈夫……かな……」


ふと、手が止まる。

「……2日も休んじゃったし……なんか……気まずいな……」


「……いや行くぞ、俺は」

「前川裕香として――新しく、生きるって決めたんだ」


一歩、踏み出す。

教室の前。


(うわわわわ!!……ゾワゾワするぞ!!…)

(めっちゃ緊張する……!)

(連続で休んだ後の登校って…………)

(なんか……置いてかれたみたいな……た、助けて神宮寺兄妹ぃ〜…!)


深呼吸


ガラッ――


俺は扉を開けた。


「おおお!!ゆかっちだ!!久しぶり!寂しかったぞ!」


「ほっ……裕香さん……おはよう……!」


「ゆかっちおはー!」


いつもの声

いつもの顔

今日は、少しだけ違って見えた。


あたたかい…!

ちゃんと、ここに居場所がある。


「う……うん!おはよう……!」


大丈夫だ

俺は、ここにいる

ちゃんと、生きてる。


そして――


12月6日

想いを伝える日が、すぐそこまで来ていた。

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