表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/71

第60話 翔と俺は、ピュグマリオーンとガラティア

裕香が自室で気持ちを持て余しているその頃

同じ時間、同じ夜

――もう一人もまた、自室にいた。


だが

そこにあるのは、高揚とは正反対の空気。


翔の自室


「…………」


静まり返った空間にただ、座っているだけ。


だが、その内側では焦り、不安、絶望

そして、自分への苛立ち。


負の感情だけが、じわじわと積み重なっていた。


「なんで……こんなことになったんだか…」


これまでの自分なら、ありえなかった

人にここまで振り回されることも

感情の浮き沈みに、ここまで支配されることも。


上手くいけば喜び、

少し崩れれば、深く落ちる。


ある意味、年相応

だが、それを自覚しているからこそ、余計に腹立たしい。


「……そりゃ……初めて、好きになった相手だからな……」


「……何から手をつければいいのか、分からん……」


思考が、過去へと遡る。


一年前の10月


「別れよう」


「……へ?」


オシャレな喫茶店。

似つかわしくない、冷えた会話。


「聞こえなかったのか?俺達、別れよう」


向かいに座るのは――

誰もが振り返るほどの美人

登録者数300万を誇る、有名インフルエンサー……だが。


「なんで……?」


その顔は、ひどく歪んでいた。


「なんでって……簡単な話だ。合わなかった。それだけだ」


「合わなかったって……そんな……」


言葉を失う彼女。

だが、翔の表情は変わらない。


「……あ…もしかして……この前の女子会で……ちょっと匂わせ発言したの……バレた……?」


「……!……はぁ……お前もか……いや、初耳だが……もういい」


「今ので確信した。別れて正解だな」


机に一万円札を置く。


「ごめんなさい!皆がマウント取ってくるから……つい……!」


「もう言わないから!お願い!」


だが――

翔は振り返らない、そのまま店を出た。


学校


「おい翔、彼女とはどうよ?」


飯田が気軽に聞く。


「ああ、別れた」


「はぁ!?まだ一ヶ月も経ってねぇぞ!?早くねぇか??」


「早い方がいい。お互いに、経歴に傷が浅くて済む」


「ふーん……相変わらず、冷めてんなぁ」


「付き合ってみれば分かる。大抵は……俺の“スペック”しか見てない」


翔にとって恋愛は、難しいものではなかった。

近づいてくる女性は多い。

しかも、そのどれもが容姿もスペックも高水準。

隣に並べば絵になる、そんな相手ばかりだった。


(……なんでか…なんか……心が、動かない)


決定的な何かが、足りない。

周囲を見れば、同年代の学生たちは恋だの愛だのと騒いでいる。

笑って、悩んで、拗れて、それでもまた近づいて。

正直、理解できなかった。


(周りがガキなのか……?)


(いや……単に、俺がまだ“理想”に会ってないだけか)


(…恋なんて、所詮こんなもんだろ

適当に付き合って、することして、適当に別れる)


(はぁ、このままだと……将来はどっかの令嬢と結婚、か)


それすら、悪くないと思っていた。

少なくとも、困ることはない。


「なぁ、剛。お前、彼女と何ヶ月だっけ?」


「ん?光か?8ヶ月くらいだな」


「楽しいか?」


「おう、楽しいぞ!」


「そうか……」


短い返事。それ以上、何も言わなかった。



教室移動の時間

校内は文化祭準備で賑わっている。


笑い声、ざわめき

どこか浮ついた空気。


(順調な恋愛、か……)


(さぞ楽しいんだろうな)


わからないまま、通り過ぎる。

満たされない感覚だけが、どこかに残る。


そのとき。

隣のクラスの前を通りかかった。


「おー!似合ってんじゃん!」


「うけるー!」


笑い声の中心

そこにいたのは――

メイド服を着た男子生徒だった。


「あ……ああ……」


照れと戸惑いが混ざった顔。

周囲にからかわれながら、ぎこちなく立っている。


中性的な顔立ちのせいか――

妙に、似合っていた。


「なんか、陰気くせぇことしてんなぁ」


剛は少し気だるそうに見ていたが

翔は別の反応だった。


「……………!?…」


「翔?」


「!?……ああ、そうだな」


遅れて返す

だが――視線は外せなかった。


「なんだ?やっぱりまだ引きずってんのか?」


「いや、それは違うな。今言われて、存在を思い出したくらいだ」


「はは、ひでぇな!」


剛はいつも通り笑う

その軽口に合わせるように、翔も表情を崩さない。


――だが。

内側では、まるで別のことが起きていた。


ほんの一瞬のはずの光景。

だが、視界に焼き付いて離れない。


メイド服の男子

からかわれて、困ったように恥じらい立っていた、あの姿。


(……なんだ、これは……?)


追いかけていた漫画で、

何気なく観ていたアニメで、

流れてきたSNSの一コマで

偶然“その展開”を目にしてしまった時の、あの感覚。


自身の癖を目覚めさせられた

あの感覚と、同じだった。


(……俺は……今まで……結構な数の女と付き合ってきた……)


(でも……どれも……満たされなかった)


(なのに……今……)


胸の奥が、じわりと熱を帯びる。


(初めて……興味を持った)



放課後



生徒会室。

パソコンを開き、名簿を呼び出す。


「前野……裕介……高等部からの編入……か」


(俺が……こんなに他人に興味を持つなんて)


そのまま、しばらく画面を見つめていた。

――理由は、分からないまま。


数日後


廊下を歩いていると、ふと視界に入る教室

何気なく、覗く後ろの席

ひとり、静かに座っている姿。


(……一人か、友達、いないのか?)



また、別の日

同じように教室を覗く。


だが――

その席は、空だった。


(今日は休みか?)


気にはなっている

だが、干渉はしない。


距離は、そのまま

そんな日々が、続いていく。


2月末、進学を目前に控えた時期


生徒会室

再び、パソコンの前。


「……おいおい出席日数……ギリギリじゃねぇか」



「このままだと……進級、危ない……少し、手を回すか」


それは、表には出ない行動だった。


神宮寺家のコネ、人脈、制度の抜け道。


表向きは“自然な調整”。

だが裏では、

確実に結果が変わるように、組み上げる。


――前野裕介の進級。

そして

自分と同じクラスになるように。


4月.始業式後

新しい教室


「うぃ〜、翔。また同じクラスだぜ!」


「私も!翔くんと一緒になれて嬉しい!」


剛と神崎が、いつも通り声をかけてくる。


「ああ、そうだな」


短く返す――だが

翔の視線は、教室の奥、窓際の席

ひとり、静かに座る男子へと向けていた。



それから、少しずつ日が過ぎていった。


その日も――

裕介は、いつもの席でスマホゲームをしていた。


俯き気味のまま、無言で画面を見つめている

翔は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


事前に調べていた。


どんなゲームか

一通り、頭に入れてある。


そして――


「いいリーダー使ってるな。スキル上げ、大変だっただろ?」


声をかけた。


「……え??!……あ……いや……その……」


唐突…クラスの中心にいるような人間が、

いきなり自分に話しかけてくる。


それだけで、裕介の思考は止まる。



「ご、ごめんなさい……!!」

反射的に頭を下げて、

そのまま教室を飛び出していった。


「……………謝られた……」



放課後

誰もいない廊下を歩きながら、翔は小さく息を吐いた。


「何やってんだ……俺……」

「これじゃ、ストーカーじゃねぇか……!あー……バカバカしい……」



「でも……なんか……こう…ほっとけないっていうか……」



「あの……」


「ん……?……おわ!」


背後から声。

振り向くと、そこにいたのは――

裕介だった。


「さ、さっきは……ごめん……逃げるみたいなことして……」


「あ……あぁ俺も悪かった。知らない奴にいきなり話しかけられたら、そりゃビビるよな」


「神宮寺翔だ、同じクラスの…宜しくな」



「あ……うん……!俺は……前野……裕介……」


「そうか。よろしくな、裕介」


ほんの少しだけ、距離が縮まる。

「宜しく…でも……なんで……?俺なんかに……話しかけて……」


「いや……その……一人だったし。少し……寂しそうだったからな」


「そ、そうなんだ……俺、こういうの……初めてで……」


「なら、ちょうどいい。これから仲良くしていこうぜ、裕介」

「人目が気になるなら、こういう静かなとこで話せばいい」


「え……!?そ、そんな……ありがとう……」



その言葉は、少し震えていた。


それから

二人は、少しずつ会話を重ねていった。


放課後

人の少ない場所

無理に踏み込まず、

でも確実に距離を縮めていく。


やがて――

翔の部屋に、裕介を招くまでの関係になる。


神宮寺家・自室。


「うぉぉ……すげぇ……何もかも……規格外だ……」


「やめろ、別に自慢したくて呼んだんじゃねぇよ

それより、持ってきたか?コントローラー」


「うん。これだけで良かったの?」


「おう、ゲームはこっちで揃えてある…やるか!」


「はは……俺で良ければ」


画面に映るのは、人気の格闘ゲーム。

“俺より強い奴に会いに行く”男と、

“殺意の波動”を纏った鬼。


「くそ……!裕介、強いな」


「ま、まぁ……やり込んでるからな……俺は

でも……神宮寺くんも、筋いいと思うよ?」


「翔でいい」


「え?」


「神宮寺くん、ってのはやめろ。遠慮すんな友達なんだし」


「……っ…じゃ、じゃあ……し……翔……くん?」


「はは……!“くん”もいらねぇよ!」

(かわいいとこあるな…コイツ…)


その一言に、

裕介はほんの少しだけ笑った。


自身のスペックに見合う人間としか、関わるべきではない

どこかで、そう思っていた。


だが今

目の前にいる相手は、

そのどれにも当てはまらない。

それでも。


(……楽しいな)


純粋に、そう思えた

肩書きも、条件も、何も関係ない

ただ、同じ時間を過ごして、笑っている

それは初めて知る感覚だった。


翔にとって、友達は剛もいた。


だが――

裕介は、明らかに違った

同い年にしては、どこか幼い空気

飾り気のない、まっすぐな性格

そして、ふとした瞬間に見える暗い影

詳しく聞けば聞くほど、放っておけない。


そう思わせる“何か”を、裕介は纏っていた。


出会ってから、半月。


「お邪魔しまーす」


「おーう、裕介。例のものは買ってきたか?」


「あぁ……コンビニのポテチ。期間限定のやつ!」


「助かるぞ。それが一番美味いかなら…!」


そんなやり取りも、すっかり自然になっていた。


「今日は平和にカートやるぞ。格ゲーはまだお前に勝てねぇ」


「お、それでも俺に勝たせてもらうぞ」


笑いながらコントローラーを握る。


「くっ……カートでも負けんのかよ……!」


「まぁ、アイテム運もあるしな」


軽口を叩き合う

その時――


バタンッ!!


「兄ぃー!ゆーくん来てるんだって?ゲーム私もやるー!」


勢いよくドアが開く。


「あわわわ!!し、神宮寺さん……!」


「真桜でいいよ。横、座るね!」


「え、えええ……!?あ、いや……」


(相変わらず……美人すぎる……き、緊張するなぁ〜!!)


「おい真桜、あんまおちょくるな。ガチガチになってるぞ」


「え〜?だってゆーくん、全然慣れてくれないんだもん」


「いや……その……」


困ったように視線を泳がせる裕介に、

真桜はくすくすとからかう。


けれど、真桜が裕介に慣れるのに時間は掛からなかった。


そしてもう一つ

兄の変化も、彼女は見逃していなかった。


以前ならどこか冷めていたはずの翔が、

裕介といる時だけ、ほんの少しだけ表情を緩める

そんな様子が――少しだけ、嬉しかった。


やがて

三人で過ごす時間は、特別なものではなくなっていき、

それが、当たり前になる。


呆れたように息をつきながらも、

翔はその空気をどこか心地よく感じていた。


だが彼には

胸の奥に、もう一つ

友情とは別の感情が、確かにあった。


ふとした瞬間に重なる

あの時、見た女装の姿が想像してしまう。


(裕介……お前が…………恋人だったら……)


(きっと……楽しいんだろうな)


その夜、解散し一人、部屋で。


「……いや、待て……何考えてんだ……俺……」


「なんでアイツを恋人なんて……

……もしかして俺……そっち……?」


「いや……元カノには男として普通に反応してたし

アイツには普通にいい友達くらいにしか……」



「わからん……わからんぞ……!」


それでも

理想の恋人像に浮かんでくるのは

メイド服の、裕介だった。



数日後、神宮寺研究所


極秘メンバーが集められる会議室

翔と真桜も、その場にいた。


前に立つのは、父…聖十郎。


「かねてより発見したリサイクルタンパク質

これは人類にとって、無限の可能性を秘めている」


「今回は、この応用案を募集したい」


「はーい!」


真桜がすぐに手を挙げる。


「美容!永遠に若い肌とか作りたい!」


「ふむ……」


いつもなら、ここで軽くツッコミを入れる。


だが――

その時、翔の思考は別の場所にあった。


(……性別…………変換……?)


翔の脳裏に、一つの仮説がよぎる。


(リサイクルタンパク質……)

(細胞を一度リセットし、新たな万能細胞へと置き換える……)


(だが……皮膚の再構成や、臓器の再生とは次元が違う……

これは……別の臓器を、新たに生成する領域だぞ……)


(……いや、不可能な話じゃない。例えば魚類……カクレクマノミ)


(環境によって、途中で性別が変わる

しかも……変化の途中でも、生命活動は維持されている)


点と点が、繋がる

翔は、ゆっくりと手を挙げた。


「翔、何か出てきたか?」


「……性別の変換、俺は、これかなと」


「すごいこと言うね、兄ぃ。性転換したいの?」


「するかよ!」


場に、わずかな笑いが走る。


「なぜ、その案を提示した?」


「同種族でありながら、異なる臓器を持つ存在を再構築する

これは、おそらく最高難易度の領域」


「もしもこれを自在に再現できるなら

他の応用は、むしろ単純化できる」


「既存の構造を“復元”するだけで済むから」



「……ほう」



「それに、性別に苦しむ人…

そういう方々にとっては救いになる可能性がある」


「へぇ〜、壮大なこと考えてるんだね、兄ぃは」


「ジェンダーの問題は、軽い話じゃないぞ」


そして、翔の案が採用され実験も問題なく成功。


(……まさか、通るとはな……)


(冷静に考えて……狂ってる…あくまで理想で終わらせろ…!)


(だから、この研究は……いつか……俺みたいに

悩む人間の、救いになるはずだ)


(これ以上、大事な親友に余計な感情を抱くな、俺…!)


(裕介は、男だ。志願なんて、するわけがない)


(変な期待と研究をごっちゃにするな…!)


そのはずだった。



――そして、現在。


「……それからというものの、

着実に生物実験は成功していき…」


「……で、色々あって、裕介が志願した…………」



「あー……こんな理想が叶ってしまうかね……普通」


数々の偶然が重なった、あまりも歪んだ奇跡。


「……でもまぁ神様は……ちゃんと見てたか」


「元カノ達には冷めた態度で……

そのくせ……裕香を巻き込んで……」


「……俺、クズだな」


これまでの人生。

優秀故に、大抵のことは卒なくこなせてきた。


だからこそ、

自信と確信もあった

間違えることなんて、ほとんどなかった。


だが、今は違う

初めて触れた感情は……


「……最低だ」


それは誰に向けたものでもなく、

ただ、自分に突き刺さる。

――自己嫌悪。



「……6日は、深く謝罪をしよう。最低な目線を向けてたこと…」



「……それでも、もし……願いが叶うなら」



「友達としてでも………繋がっていたい」


その願いが、

どれだけ都合のいいものか

翔自身が、一番よく分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ