第59話 約束の日もあるのにそりゃないですよ…
12月1日、月曜日
白石さんとのお泊まり
コミレジェでの戦利品
そして、翔との、思いがけない食事。
こんなに楽しいことが立て続けに起きたら、
普通はもっと浮かれて、気分も上がって絶好調!!。
……のはずなのに。
朝礼後の教室
「………………」
俺は、ぼんやりと机を見つめていた。
頭の中を回るのは、昨日のことばかり。
紙袋の中身の同人誌
そして――あの時の、翔の顔。
「ゆかっちー!移動教室だぞ!」
「………………」
「ゆかっち?」
「……あ!えと……うん!」
気づけば、すぐ横に桐谷さんがいた。
……俺、あの桐谷さんの大声が聞こえてなかったのか…??
「どうした?また寝不足か?」
「いやいや!大丈夫!睡眠はちゃんと取れてるから!」
「光、裕香さんはイベントで疲れてるの。あまりちょっかいかけないであげて」
「なはは!これは挨拶だ!」
「はは……そうだね」
白石さんのフォローに、少しだけ救われる。
――でも。
胸の奥のざわつきは、消えない。
真桜さんは遅刻らしい
三人で移動教室へ向かう途中、
桐谷さんが窓の外を指差した。
「お!あれ、真桜の車か!?」
校庭の端。黒塗りのセダン。
「うーん…神宮寺家の車とはなんか違うっぽい……かな?」
「なはは!ゆかっちが言うなら間違いないな!」
「それじゃ誰のかしら?」
ここの高校はそれなりに裕福な生徒も他にもいるんだろう
その内の一人のかな?よく分からないけど。
他愛もない会話で誤魔化す。
それでも、神様というのはあまりにも意地悪が過ぎる。
廊下の向こうから、1組の生徒たちが歩いてくる。
「朝ねみぃわ〜」
「忙しかったの?昨日」
「いや、サッカー観てた」
「剛はLIVEで観たんだな。俺は結果だけ見た」
飯田くん
久我さん
そして………翔
いつも通りのメンバーが、いつも通りに歩いてくる。
「おおー!1組メンズだ!!」
「おはよう、皆」
すかさず、桐谷さんと白石さんが挨拶し
向こうも応じる。
「おお、光か。真桜は休みか?」
「おはよう、2組の皆さん」
いつも通りの会話
いつも通りの朝
今日もそんな日が来る事を願っていたが…
「…………」
翔は、無反応だった。
「そうだな!遅刻だ!」
「最近忙しいのかしら?翔くん?」
「……ん?あ、あぁ。ここんとこな」
ほんの少し遅れて返る言葉。
ふと視線が、合う。
「……!…ゆ……お疲れ…さん…」
「あ……うん……お疲れ……」
やっぱり……気にしてるよな……
罪悪感が、じわっと広がる。
あの時、紙袋をちゃんと確認しなかった
俺が白石さんと翔の前で変に張り切ってしまった為…
俺のせいだ…。
そのまま、互いに歩き続ける。
誰も、振り返らない。
「ん〜……んん!?どうした!?ゆかっち!今日!」
「え……なにか……やっぱりあったの?」
「……あ、そんな大したことじゃないんだけど……ちょっとね……」
移動教室へ到着、俺は思い身体で机に座る
その時、元気な声が遅れて到着する。
「おっはよー!1時限目間に合った!」
「おお!真桜!ゆかっちの様子がおかしいんだ!知ってるか!?」
「んん?どゆこと?」
「昨日は、すごい楽しそうだったのに…」
いつものテンションの真桜さん。
その軽さが、少しだけありがたい。
「ん〜、私も知らないな。どうしたの、ゆかっち」
「……あ、いや……少しね……」
「翔くんは、家の様子どうなの?」
「うーん、たまに悩んだりしてるけど、いつも通りって感じかな!今日の朝は会ってないけど」
「なはは!これは私の勘だが……
二人に“想定外の出来事”が起こったのだ!」
「高校生の恋なんて、よくわからんことで空気変わるからな!」
「う……!」
当てられた!!この人……鋭すぎる……!
野生の勘って…やつか…!?
「ええ!?そうなの??裕香さん?」
「おわわ!ゆかっちマジか!?」
「え……えっと……ごめん……こればかりは……ちょっと……」
視線を逸らす…流石に言えない
普通の恋バナなら、いくらでも話せるのに。
でも――
俺と翔の関係
そして、あの紙袋
説明できる気がしなかった
翔……本当にごめん……。
ーーーー
一方、その頃1組。
昼休み
翔は、いつも通りの顔で席に座っていた。
神宮寺家の長男であり御曹司
強き誇りにより、弱い部分は見せないと徹底している
その意地だけで、外面は平静を保っている。
だが
それでも、気づく奴は気づく。
「なぁ、翔。今日なんか変だぞ?」
「変……?俺が?」
「うん。なんつーか……目が死んでるっていうか」
「気力がねぇ感じ?」
「おい翔、なんかあったのか?」
「問題ない」
「体内のコルチゾールが通常時より多めに分泌されているだけだ。その影響で前頭前野の処理効率が一時的に低下しているが……思考能力は約65%、短期記憶と判断速度はおよそ50%程度で維持できている
日常生活および学業への支障は軽微な範囲に収まっているな」
「だめだ久我。こいつ、いつもよりおかしいこと言ってるぞ。」
「コルチゾール……ストレスホルモンだね」
「つまり、神宮寺くんに強いストレスがかかっているってことか」
「ん???なんで久我は理解できたんだ?
もしかしておかしいのは俺の方か???」
「いや、そんな事はないよ…
神宮寺くん……確かにいつもと様子が違うけど、何かあったのかな?」
「ん……少しな。二人とも心配してくれてありがたいが……少し、考える時間をくれ」
「わかった。僕でよければいつでも話にのるから
悩みすぎないようにね。優秀な人ほど、深刻に考えすぎる傾向があるから」
「よくわかんねぇけどよ、まぁなんとかなるって」
二人はそのまま席へ戻っていった。
一人残された翔は、表情ひとつ変えずに座っていた。
(なんとかなる……?)
(なるわけねぇだろぉぉぉぉ!!!!
うわぁぁぁ!!!くそが!!なんてミスを!!!俺は!!!)
(紙袋を取られたのは仕方ない……!問題はその後だ……!
なぜ……俺は回収しようとした……?
あのまま放置していれば……最悪の事態は回避できたはずだ……!)
(あの規模のイベントだ……取り違えなど日常茶飯事……!)
(運が良ければSNSで呼びかけがあり、自然に回収も可能だった……)
(なのに俺は……自ら地雷を踏みにいった……!)
(不覚……一生の不覚……)
(近頃の若者はしょうもないことで
「消えたい」だの「死にたい」言ってるのを見て…
こいつらメンタルが弱いと思っていたが……)
(……あぁ……なるほどな…今ならわかる…
あ〜……死にてぇ…消えてぇ…)
(終わった……全てが……崩れ落ちた……こればかりは俺でもどうすれば…)
外面、完全制御。
内面、精神壊滅。
神宮寺翔は、それを完璧に両立していた。
ーーーー
放課後、2組。
「それじゃ、みんなおつー!」
「なはは!おつかれ!」
「お疲れ様」
いつもの友達も解散しようとしていた
「…………」
俺は、動けずにいた。
どうしよう……
あの出来事が、ずっと頭から離れない。
当たり前だ
あんな、いい感じで「またね」って別れた直後に
あれだもんな。
翔の立場だったら……
気まずいってレベルじゃないよな…きついってほうが
しっくり来る。
胸の奥が、じわっと重くなる
罪悪感が、ゆっくりと広がっていく。
あうぅ………このままじゃ……だめだ……!!
「こ……こんな話……親身に乗ってくれるのは……」
ファミレス
「な……なっっ……るほど……そ、そういうことなのね……」
白石さんが、凄く驚いた顔で頷く。
翔……ごめん……
多分、秘密にしとくべきなんだけど
俺はもう…気持ちがいっぱいいっぱいで…どうにかなりそうで
「うぅ……これは私の責任です……
あの時、変に出しゃばらなければ……」
「それを言ったら、私もよ
フードコートでも、社宅の前でも……確認してなかった。
ごめんなさいね、裕香さん。
「強いて言うならみんなそれぞれ責任があるわ」
「いえいえいえ!そ、そんな……白石さん……」
「だから、自分だけのせいにしないこと
…その後は返せれたの?」
「ありがと…う、うん……」
「すごい気まずかったけど……翔の分は渡して……そのまま解散して……」
「その時はあんまり話せなかったのね」
(翔くんの同人誌……裕香さんの反応みる限り……
多分、全年齢じゃないわよね……
正直……気になる……!!……いや、ここはそれより…)
ほんの一瞬、別の方向に思考が飛ぶが…すぐに切り替え
「……で、その後は?」
「メッセージも……結局、謝って終わって……」
「うう……6日に会う予定なのに……
どうしよう……」
なんで……こうなったんだ……
神様……俺が何をしたっていうだ…
まるでラブコメの主人公みたいな展開にしやがって…!
「落ち着いて、裕香さん。別に喧嘩したわけでもないのよね?」
「……あ、うん……」
「仲の良い二人でもね、長く一緒にいればいるほど……気まずい瞬間なんて、どうしたって出てくるものよ」
「そ、そうなのかな……?」
「ええ。むしろ、それが“普通”だと思う
翔くんも……きっと弁解したがってるはずよ」
「う、うーん……
でも……男のプライド的に……今はそっとしておいた方がいいのかな……って」
「……へ?男のプライド?」
「あ!?いや!えっと……!翔とは長い付き合いだから……なんとなく、そういうのあるかなって……!」
「ふふ……裕香さんから“男のプライド”なんて言葉が出てくるの、ちょっと意外」
「……あはは……」
誤魔化すように笑うしかない。
「正直ね、私もこういうケースは初めてだから……完璧なアドバイスはできないけど
裕香さんがそう感じるなら……無理に動かず、タイミングを待つのも一つの手だと思う」
「タイミング…………そうだね」
結局――
今日、明日は待つ
それでも何もなければ、その時は自分から
そんな結論に、落ち着いた。
不思議だな……
話がすごく進んだわけじゃないのに……
こうして話すだけで……ちょっと楽になるんだな
胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなっていた。
ファミレスを出る。
冷たい空気が、少しだけ心地いいと感じるくらいにまでは
回復したかも。
「それじゃ……いい流れになるといいね、裕香さん」
「うん……!今日はありがとう、白石さん」
「あ、このことは……絶対に……」
「もちろん!二人だけの秘密。私、口は固いから安心して」
「……助かります……!」
その言葉に、ようやく肩の力が抜けた。
手を振って別れる。
――帰り道
少しだけ、足取りが軽い。
その頃、白石は――
(でも……本当に意外ね……
まさか翔くんがコミレジェに来てるなんて……
何を買ってたのか…すごい…気になるけど……)
(それを“意中の相手”に見られてしまった……と)
(うん……私だったら……
(BL同人誌を……奏くんに見られる……?)
(………………………………)
(無理無理無理無理無理!!!!やだ!絶対無理!!!!
死ぬ!!!!きつすぎる!!!)
(顔合わせられないどころか……学校行けない!!)
(あの本を……奏くんに……!?)
頭を抱えそうになるのを、必死で堪える。
(……翔くん……どうか……強く生きて……!!)
裕香の部屋。
「メッセージ…………やっぱり……来てないか……」
ベッドに腰を下ろし、小さく息を吐く。
そりゃ……送りづらいよな……
俺だって、元は男だ
少しは、その感覚が分かる。
ましては翔
完璧超人で、隙がなくて、
誰よりも“魅せ方”を徹底している。
そんな翔が――
絶対に見せたくない一面を、見られてしまった。
「……そりゃ……気まずいよな……」
でも…それでも…
「……もし……また話せるなら……
……これだけは……伝えたい」
俺は、紙袋を引き寄せる
ガサッ、と音がして、とある同人誌が顔を出す。
その中の一冊を、そっと手に取った。
「『親友が研究に巻き込まれたので責任もって付き合うことにした』………これ……俺も……買ってたんだ……」
あまりにも――
今の俺たちと、重なりすぎていたから。
つい、手に取ってしまった。
多分……俺は……
翔に……こんなふうに見られたいって……思ってる
俺は気づかぬうちに変態になってしまったのかな?
「……それに……」
ふと、あの時の一冊のタイトルが頭をよぎる。
「『地味男子がメイド服を着て、金持ちイケメンを落としてみます』……」
ドキッ……
心臓が、ドクンと鳴る。
「……もしかして……」
俺の…去年の、あのメイド服の件の事なのかな?
TS関連ならともかく…女装って…
「……その頃から……俺のこと……」
思考が、じわじわと繋がっていく。
この身体になってからは、
“可愛い”と言われることも増えた。
でも――男だった頃
あの頃の俺を、真っ直ぐ見てくれる人なんて、いなかった。
……はずだった。
ドキドキ…ドキドキ…!
「……どうしよう……」
胸の奥が、より熱くなる…!
不安と罪悪感が反転し、妙な期待が寄せる…!
困ったことに
そういう目線を向けられてたとしても…
全然……嫌じゃない……
むしろ
少し、嬉しい…?
「わ、わわわわ……!!す、少なくとも……少なくとも……!
い、いや……自惚れかもしれないけど……」
「……性癖的には……両思い……?」
言ってしまってから、さらに顔が熱くなる。
このことを考えるたびに、ずっと
ドキドキが、止まらない。
「……翔……メッセージ……お願い……来て……」
俺は、気にしてない。
というか…伝えたい…早く…
俺の気持ち…
そんな目線を向けてたなんて…
なんで今まで気づかなかったのかな?
皮肉すぎる…!
こんな形で翔の気持ちを、確信してしまうなんて
ここからどうシミュレーションしていけば…いいんだ!




