第58話 戦利品と予想外のお食事により気分上昇!
コミレジェ
その戦場に、まさかの“男”が参戦していた。
「……まったく、人が多いな……一旦、休憩するか」
そう呟き、翔はトイレへと向かった。
「……!?……??……??!」
目に飛び込んできた光景に、思考が一瞬停止する。
そこにいたのは――
制服、ドレス、際どい衣装。
どう見ても“女性”の格好をした人物たちが
ごく普通に、男子トイレで用を足している。
しかも、周囲の人間は、誰一人として気にしていない。
(……!?……ああ、なるほど
女装……コスプレイヤーか……
いや、個室使わずこんな普通にトイレ使うのかよ…)
異様な光景をみつつも、用を済ませトイレを出る。
「高校生ながら、それなりに経験は積んできたつもりだったが………まだまだ、知らないことばかりだな」
国内外問わず旅行や研修、そして英才教育を受けた翔。
しかし、彼はオタク・コレクターとしてはまだまだ初心者であった
(オタク文化……奥が深いな……)
妙な納得をしつつ、再び会場へと戻る。
「そういえば…裕香は……来てるか……?」
「可能性はゼロじゃないが……まぁ、変装してるし問題ないだろう」
自分に言い聞かせるように呟き、ブース巡りを再開する。
「……『親友が研究に巻き込まれたので責任もって付き合うことにした』、か…………買いだな」
「ありがとうございます〜!」
即決。
袋の中に、一冊追加。
「『TSしたらギャルに寝取られました』……いや、これはやめておこう」
冷静な判断。
「……いかんな。妙に理想的なシチュエーションが多いな……」
小さく呟きながら、視線を滑らせる。
「……ん?」
ふと、手が止まる。
「『地味男子がメイド服を着て、金持ちイケメンを落としてみます』………これはいいな!」
こうして翔は、己の“理想”に忠実に
同人誌を買い漁っていた。
――そして、極めつけは
コスプレスペース。
「……へぇ。あれ、男なんだな
レベルが高い……最近のコスプレイヤーは」
「元々の素材がいいんだろか。顔が中性的だしな」
興味深く覗き込み関心する。
(…………いや、待て)
(これ以上は、よそう)
(……妙な方向に引き込まれる気がする)
それでも
この非日常の空間は――
確実に、彼の中の何かを刺激していた。
ーーーー
場面は戻り――二人へ。
「おお!!白石さん、あれ!!」
「ええ!最近話題の……“爆弾女”のコスプレね……!」
俺達の前には異様な存在感を放つレイヤー。
禍々しい形状の爆弾を模したヘッド!!
ひび割れたような質感、黒ずんだ焦げ跡。
それでいて――
衣装は、戦闘後を思わせるボロボロのキャミソール。
布の裂け方、汚れ、そして血痕まで。
すべてが、あまりにもリアルだった。
「すご……」
「映画、見に行ったなぁ……」
「私はまだかな」
白石さんにも是非見て欲しい。最後切ないんだよなぁ…
二人で並んで眺めながら、しみじみと呟く。
戦利品の確保を終えた後は、こうしてコスプレスペースを回る。
それだけでも十分に楽しい。
「すごいなぁ……コスプレ……
さすがは日本最大級のイベントって感じ……」
「ふふ、裕香さんもやってみれば?」
「いやいやいや!!わ、私はそんな……見る方が楽しいし……!
そもそも素材もそんな良くないし……!」
「うーん……色々試しがいはあるとは思うんだけどなぁ」
「えぇ……」
コスプレやってみたい気持ちは、ゼロじゃない。
でも――
なにやるの……?
キャラも思いつかないし、何より
やっぱり恥ずかしい!!
過去のメイド服事件、あれで十分だ……!
その後も、二人であちこち見て回り――
気づけば、時間はいい頃合いになっていた。
「そろそろ行こうか!」
白石さんが声をかける。
「あ、うん……!」
俺は、白石さんの方へと早歩きで向かう。
その瞬間。
――ふっ。
視界の端を、サングラスとマスクの男性が横切った。
一瞬だけほんの一瞬だけ
何かが引っかかる。
その人物が通り過ぎた後――
俺は思わず、振り返っていた。
「……?」
「どうしたの裕香さん?さっきすれ違った人に何かあったの?」
「あ……いや……」
うまく言葉にできない。
なんというか――
シルエット?
雰囲気?
オーラ?
(……今の……翔……?)
「……気のせいかな?」
「え?」
「あ、いや!なんでもない!行こう!」
流石に、翔がこんなイベントに来るわけがない
それに黒髪だったし
特に気にせず、足を進めた。
――帰路。
「お……おもい……」
「ふふ……裕香さん、いっぱい買ったね」
「同人誌の他に色々と……つい……」
疲労と荷物。
ダブルパンチで、体力は限界寸前だ。
「お腹すいちゃったな……夕ご飯どうしよう」
「何か作ろうかな?」
「いやいや!裕香さんにそんな負担かけちゃ悪いわよ!」
「そこまで負担にはなってないけど……うーん……」
少しだけ考えて。
「あ、そうだ!よかったら、神宮寺製薬の食堂どうかな?」
「へ?そんなのあるの?」
「うん。1階に一般利用もできる食堂があって、社員とか関係者は割引も!結構美味しいよ」
「へぇ……会社にフードコートみたいなのあるなんて……すごいわね」
「でしょ?私もたまに使ってるんだ」
社宅のすぐ近く
神宮寺製薬本社ビル。
料理するのが面倒な時は、よく利用している。
真桜さんや翔と一緒に行くこともある、お気に入りの場所だ。
「じゃあ、そこにしようか!」
「うん!」
こうして俺たちは――
戦利品を抱えたまま、
次なる目的地へと向かうのだった。
「ここ……です!」
「わぁ……すごい……」
白石さんが目を輝かせる。
「普通に良さげなレストラン……メニューも豊富ね」
夕方の時間帯
店内にはほどよく人がいて、にぎやかすぎず、静かすぎず
俺たちは空いている席を探して、フードコート内を見渡す。
「あれ……翔……?」
「え、あ……ほんとね」
そこにいたのは…翔!?なんて偶然!
「まさか……」
こんなところで会うなんて
ぐったりして少し疲れてるみたいだけど……
研究終わり、とかかな?
「翔〜!今日はフードコートなんだね!奇遇だ!」
俺は迷わず声をかけた。
「……疲れた……慣れないとこに行くもんじゃねぇな……ん……?」
「!?!裕香!?……と、白石!?」
「お疲れ様、翔くん」
「お、おお……お疲れさん……
2人とも……今日遊んでたのか?」
(な……なんでここに……!?)
(いや、それより――)
視線が、2人の手元に。
(その紙袋……コミレジェ……行ってたのか……!?)
(まじか……いたのか……)
(……いや、落ち着け
バレてはいない……はずだ)
(ここに来る前にウィッグは外した。服も着替えた
紙袋も……机の下に隠してる……大丈夫だ。多分、大丈夫だ)
「うん!今日はちょっとね」
「どこ行ってたんだ?その荷物……イベントか何かか?」
「あー……まぁ……ゲームとかのイベントっていうか……ね?白石さん」
「そうね……そんな感じ、かな!」
「ふーん……そうか」
(コミレジェだろ、それ。隠してるな……)
(……まぁ、俺もだが)
俺たちは荷物を邪魔にならないよう机の下へ置き、
メニューを開く。
「白石さん、何にする?」
「うーん……この低糖質パスタ、気になるかな」
「ほう、そりゃお目が高い
ここは健康志向のメニューも揃ってるからな」
「はは……会社のフードコートにしては、やたら本格的だよね」
「いいなぁ、2人とも。こんな素敵な場所、気軽に来られるなんて」
「また来ればいいさ。飯くらいなら、いつでも」
「ほんと!?ふふ、じゃあお言葉に甘えようかしら」
そんな何気ない会話。
特別なことは何もないのに、翔と会えただけで
なんだか少し、浮かれた気分になる。
疲れているはずなのに
どこか心が軽い、三人で囲む食事。
ゆるくて、静かで、でも確かに楽しい時間が――
ゆっくりと流れていた。
「ごちそう様。それじゃ、私帰るね」
「あ、白石さん。私の家に荷物が……」
「あ!そうね、回収しなくちゃ」
「翔、ちょっと先に行く!…………またね」
「おう……………またな」
意味深な言い方で
少し特別な別れ方になってしまった
でも、恥ずかしながらちょっとわかってる感じがして。
そんなことを思いながら、
俺は机の下の荷物をまとめて持ち上げた。
「重……い……行こう、白石さん!」
「い、いいのよ!?私の荷物まで持たなくても……!」
「大丈夫大丈夫!」
半ば強引に、俺はそのまま歩き出す。
来週……か
考えるだけで、胸がそわつく。
その背中を、翔は席から見送っていた。
「……女子の中でも非力な方なのに
白石相手だと、変に男っぽいとこ見せるよな……
……まぁ、そこも可愛いんだが」
「“またね”……か……」
さっきの表情が、頭に残っている。
少し照れたような笑顔。
「あー……あの顔……照れ隠しな笑顔…たまらん……!
疲れが飛んで元気出るな」
深く椅子にもたれかかる。
「来週……か。場所は決まってる……あとは、言葉だな……」
何を伝えるか
どう伝えるか
どういう関係になりたいのか。
一つ一つ、組み立てていく。
時間が、少し流れる。
「……やっぱり、シンプルがいいか」
「今まで俺に告白してきたやつらのパターンも参考にしつつ……まぁ、その辺は…後々に考えるとして。よし……帰るか」
カップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、
立ち上がる。
荷物を回収しようと、机の下に目をやった。
「………………は……?……嘘だろ?」
そこにあるはずの紙袋が――
ない。
「…………まずい」
「まずいまずいまずい!!」
一気に血の気が引く。
「あれはまずい!!」
今まで感じたことのない種類の焦り。
(どこだ!?どこいった!?)
記憶を必死に引き戻す。
(さっき…………裕香が……)
思考が繋がる。
「……持ってたな……?」
「くそ……っ!俺としたことが……!」
本来想定できてたであろうしないミス。
疲労による思考力の低下か
裕香との遭遇に気分が高揚してたのか
来週への意気込みを思考を巡らせたのか
はたまた…その全てか… 。
「……」
一瞬、立ち止まる
だが、次の瞬間
翔は“二つ目のミス”を犯す。
「待て……裕香……!!」
それは…追いかけてしまう事
理性より先に、身体が動いていた。
社宅の前
俺は、白石さんに荷物を手渡す。
「白石さん、これ」
「疲れてたのに……ありがとう。帰ってゆっくり読むわ。
それと来週の……デート。また、お話聞かせてね……?」
「デ…デート!?そんな…特別な…物じゃ!」
「さっき2人はコソッと挨拶してたよね?良い感じの…!」
うぅ…聞かれてた…なんか急に恥ずかしくなってきたな。
「……あ、あはは……いい話だったら、かな……」
少し照れながら返すと、白石さんはふっと柔らかく笑った。
「ふふ……楽しみにしてる」
そのまま軽く手を振って、帰っていった。
「……デート、か……
デートって……なんなんだろうな……」
好きな人と、ドキドキしながら一緒に過ごすこと……?
よくわからないな。
白石さんも……なんか大胆になってきたな……
昨日今日で、印象がだいぶ変わった。
正直、少し嬉しい。
普段見せない一面を見せてくれたようで
信頼してるって感じもするし。
「……俺も、部屋戻るか」
そう言って、自分の荷物に手をかける。
1個1個整理すると…
「……ん?……え……?……こんなの……あったか?」
購入した覚えのない紙袋…
「うわ……っ、まずい!!
まさか……コミレジェで間違えて持ってきた……!?」
やってしまった。
絶対にやってはいけないやつ。
「うぅ……最悪だ……!」
誰かの大事な戦利品だ。
ごめんなさい……!ごめんなさい……!
これ、絶対困ってるよな……!?
焦りながら、袋を開ける。
「と、とりあえず中身確認して……SNSとかで探してる人いないか……」
ガサッ。
中から出てきたのは――やはり同人誌。
「やっぱり……コミレジェの……」
一冊、手に取る。
「『TSしたら恋愛はできるのか』……」
「『地味男子がメイド服を着て、金持ちイケメンを落としてみます』……」
なんか……TSとか女装系、好きな人……?
さらに一冊。
「『親友が研究に巻き込まれたので責任もって付き合うことにした』……」
「あ!これは……俺も……ってことは!?あのブースで間違えて…!」
その瞬間。
背後から、声。
「裕香……!」
「すまん!俺のにも………つ………あ……」
振り返る。
そこに立っていたのは――翔だった。
でも
さっきフードコートで見た、あの余裕のある顔じゃない
明らかに
血の気が引いていた。
「……え」
頭が、追いつかない。
視線が、ゆっくりと紙袋と翔を行き来する。
「……うそ…………これ……」
「翔……の……?」
翔は否定を…しなかった。




