第56話 真の親友は白石さんだったかもしれない
翔との約束の日
12月6日
その約1週間前、11月28日金曜日の夕方
俺は、いつものようにソワソワしていた。
「ま、まだかなぁ……もう来るのかな……」
落ち着かず、部屋をぐるぐる歩き回る。
時計を見るたびに、まだ数分しか経っていない。
ピンポーン
「……!」
慌ててモニターを覗く
……来た。
「ど、どうぞ〜……!」
ドアを開けると、そこには――
「お邪魔します。今日はよろしくね、裕香さん」
「い、いえいえ!こちらこそ……!うちは狭いけど、ごゆっくり……!」
「ふふ、大丈夫よ。十分広いわ。お風呂はもう入ってきたから、気にしなくていいからね」
「あ、わかった…!」
そう――
白石さんである。
今日は……まさかの……まさかの……
まさかの……!!
白石さんと、お泊まり!?
なんでこうなったかって?
それは、前日の木曜日――昼休みの出来事だった。
昼休み。
俺はスマホでショート動画をぼんやり眺めていた。
『コミレジェ!今年の冬も熱くなる!
みんな集まれ〜!!』
「コミレジェ……ついに来たか……」
コミレジェ――
正式名称、コミックレジェンドフェス。
様々な同人作家が集まり、
同人誌をブースで販売するイベントだ。
これは……翔にすら内緒だったんだが
俺は、そこそこの同人誌好きだったりする。
ちょいちょい買っていたし、
最近は電子書籍も増えてきたけど――
やっぱり好きな本は、紙で読むのが一番だと思う。
しかし問題は、その競争率
日本一オタクが集まると言ってもいいイベントなのに、チケットは先着順。
……恐ろしや
だが俺は――
奇跡的に午前入場チケットを確保できた!!
「高校一年生以来だ……楽しみだなぁ」
ピクッ
背後から、静かな声がした。
「裕香さん……コミレジェに行くの……?」
「え? うん。あ、もしかして――し」
「ちょっと待って……!」
突然、白石さんが慌てて俺の口を塞いだ。
「この後……放課後、いいかな?」
「?……??……?」
放課後
今日は珍しく、白石さんと一緒に下校していた。
夕方の道を並んで歩きながら、
白石さんは少しだけ視線を落とす。
「実はね……私も……チケット、当たってるの」
「え?」
「良かったら……一緒に行っていい?」
「へ……?」
「コ、コミ……レジェ……に」
「ええ!? し、白石さんも!?」
意外すぎて、思わず声が裏返る。
白石さんが同人イベントに興味あるなんて……!?
いや、まぁ文化祭の時、
ちょいちょいオタクっぽいところあるなとは思ってたけど……
それでも、さすがに予想外だった。
白石さんは少し恥ずかしそうに言う。
「内緒ね……私、ずっと行きたかったの
だからチケットが買えた時、本当に嬉しくて……」
「でも、初めてだし……一緒に行く人もいなかったし……
裕香さんの感じ、もしかして一回行ったことあるのかなって思って……」
「い、一応……一昨年に行ったことなら……」
……とはいえ、それは男だった頃の話なんだけどなぁ。
なるほど、そういうことか
白石さんの家って教育もしっかりしてそうだし、
こういうイベントには確かに行きづらいのかもしれない。
自分のイメージもあるんだろう
それに――
俺も今は女なわけだし、
一人で行くより、誰かと一緒の方が安心感もある。
ということで現在…俺の家
「ひとまず、防寒対策はしてきたけど……他に何か必要かしら?」
「えーっと……かなり待つから、タンブラーに飲み物はあった方がいいかな。あと、トイレもめちゃくちゃ並ぶと思う」
「ひぇ……そこは……交代で行きましょうか」
「うん…!それが一番いいと思う」
このイベント……とんっっっっでもなく並ぶ
だから今日は白石さんとお泊まりして、
一緒に早めに並びに行く作戦だ。
ついでに夜な夜なオタクトークで盛り上がればなと
「……あ、良かったらこれ。どうぞ……出来合いだけど」
「わぁ……!美味しそう……!ありがとう。いただきます」
簡単に作ったパスタ
文化祭の時のレシピを少しアレンジしただけだけど
二人で向かい合って食べる。
「白石さんは、前から興味があったの?」
「うーん……アニメは中学くらいから観てたかな?漫画は……家で買えなかったけど」
「あ、そうなんだ……」
「裕香さんは?ずいぶん詳しそうだけど」
「わ、私……も中学くらいからかな?」
「へぇ、なるほどね」
ぎ、ぎこちない…!
だって白石さんと二人きりだ。
あんだけ一緒にいたいなんていってたのに…!
普段こんなに長時間話すことなんてないから
なんだか初対面みたいな空気になってしまう。
……こんなので本当にお泊まり大丈夫か?
そう思っていたのだが――
数時間後。
「やっぱりあの結末は納得いかないわ……!
あれじゃバッドエンドじゃないの!」
「そうそう!白石さんの言う通り!!
主人公、結局誰とも結ばれなかったし!」
「わかる!?やっぱりよね!?」
うーむ、完全に杞憂だった。
やはりオタクという生き物は、
一度スイッチが入れば――
会話が無限に続く。
あの作品がどうとか、
このキャラがどうとか、
好きなシーンだとか、
気づけば熱の入った会話は夜まで続いていた。
「ふぅ……ここまで語ったの……裕香さんが初めて。楽しい!」
「わ、私も……!こんなに話せたの、初めてで…!」
話題はさらに盛り上がり、自然と明日のコミレジェの話へと移っていった。
「そういえば……白石さんは、どんな目的でコミレジェに行くの?」
俺が何気なく聞くと、白石さんは一瞬きょろきょろと周りを見てから、小さな声で言った。
「……絶対に、内緒に出来る……?」
「へ? あ、うん」
少し間を置いて、白石さんがぽつりと呟く。
「好きなの……BL」
「そ、そうだったの??」
え……ええええええ!!!?白石さんが……!?
まさかの……BL好き!?
これは……とんでもない情報だ
あまりにも意外すぎる。
……ん?いや、待てよ?
そういえば文化祭の時、
「ライジングイレブンのカップリングが〜」とか言ってた気がするが、あれ……伏線だったのか???
とはいえ…こんな近くにBL好きの女子が居たなんて
気付かないものだ。
白石さんは不安そうにこちらを見る。
「……笑う?やっぱり私がこんな趣味持ってたら」
「い、いや!笑いません!」
思わず即答する。
……そうだ!誰が何を好きでも関係ない!
好きなものを好きと言う!そしてそれを理解する
それこそがオタクというものだ!!
「うぅ……良かった……!引かれるかと思った……
裕香さんが友達で、本当に良かったわ」
「えへへ……そんな……」
なんというか……
思っていたより、白石さんと深い関係になってきている気がする。
すると白石さんが、ふとこちらを見る。
「ちなみに……裕香さんは?」
「へ!? わ、私!?」
し、しまった。
白石さんの秘密を聞いておいて、
こっちが何も言わないのも失礼だ。
……うぅ、俺も俺で、正直言いづらいが。
「わ、私も……内緒でお願い……ちょっと百合本を……」
「……!!!素敵だと思うわ!」
「そ、そうですか!?」
なんかめちゃくちゃ肯定された。
結局……裕香になってから、
それなりに買い漁っていた。
百合の方がイメージしやすいというか……
まぁ……うん。
その頃、白石の頭の中では――
(裕香さんが……百合。普段の感じからみるに受けの才能はかなり高い。真桜や光のスキンシップの反応も…なかなか)
(なるほど、なるほど……正直……私は行ける…!
ちょっと反応見て楽しみたい気持もわかる!)
(でも裕香さんって、そういうのじゃなくて……こう……守りたいというか……)
(そういう路線に走ってほしくない、純情な感じもするのよね……うーん……複雑……)
「じ、ジャンルは……?裕香さん、どんなのが好きなの……?」
「あ、あはは〜……それは……秘密で……」
(い、言えない……!
流石に年上清純お姉さんと素朴な少女の百合なんて……!)
俺は慌てて話題を返す。
「ぎ、逆に……白石さんは?」
「ふふ……私も秘密で……」
(い、言えない……!メガネ男子と金髪イケメンの禁断の恋なんて……!)
しばらく沈黙。
そして――
「「ははは……!」」
お互いの意外すぎる性癖を暴露し合い、
なぜか友情が一段階深まってしまったのだった。
そして――
結局、話題は恋バナへと移っていった。
「裕香さん、翔くんとはどうなの?」
「えっと……あれから、ちょこちょこ連絡というか……メッセージが続いてるかな。ほんと、ただの雑談だけど」
そう、あの日約束を決めてから
翔から、何かとメッセージが来るようになった。
『学校どうだ?』とか、
『最近なんのゲームやってる?』とか
他愛もない会話ばかり。
だけど――
その一つ一つが、胸を弾ませ当日の期待を高めていた。
「順調なんだね!」
「だと……いいんだけど……」
「不安なの?」
「う、うん……こういう事って初めてだから」
正直、覚悟は決めた
気持ちも決めた
それでも――怖いものは怖い。
だって、友達だった翔に
想いを伝えるということは――
もし駄目だったら…
もう今みたいに、仲良く話せなくなるかもしれない。
そう思う度に、不安が波みたいに押し寄せてくる
こればかりは決意とかで耐えれるものじゃない
その時だった。
ぎゅ……
「へ……え!?」
ふわりと白石さんの腕が、そっと背中に回ってきた。
なななななにぃ!?
白石さんに後ろから抱きしめられてる!?俺!?
「大丈夫……私も、奏くんの時そうだったから」
とても優しくて
包み込むみたいなハグだった。
「し、白石さんでも……不安だったんだ……」
「だって……こんなに人を好きになったの、初めてだったんだもの」
「そりゃもう、毎日、嬉しくなったり、悲しくなったりしてなよ?」
「でも外から見たら、完全に両思いだったから」
「まぁね。それでも……もしかして、私の勘違いなんじゃないかって思う時あるの、今なら……分かるでしょ?」
「た、確かに……」
「ふふ、それを言ったら、裕香さんと翔くんも似たようなものだからきっと、上手くいくわ」
――その言葉を聞いて。
胸にあった不安が、少しだけ軽くなる。
真桜さんとも
桐谷さんとも
神崎さんとも違う
この――
すごく落ち着く安心感
不安が、少し薄れた。
……薄れた、いやめちゃくちゃ薄れたよ
そうなんだけど
ぎゅーーーー……
「……」
……長い
いや、白石さんのハグとか、
めちゃくちゃ貴重だし嬉しいよ!?
さっきのシリアスな空気とか
もうとっくに消えてる気がするんだけど……なんで!?
「あ、あの……白石さん?」
「ん……もうちょっと……」
「もうちょっと!?」
「だって……いつも真桜や光ばっかりハグして……
私も……こうしたかったのに……」
「!?!?」
まじか
まじかまじか
まじかまじかまじか?
この人本当に白石さんなのか!?まるで別人だぞ??
俺ってそんな需要あるのか??
「私ね……兄がいて、それなりに仲良く過ごしてたんだけど
ちょっと、妹に憧れてたの」
「裕香さんみたいな妹……欲しかったなぁ」
「あわわ、そ、そうなんですね!」
思わず敬語になる
いやいやいやいや――
まさかの。
白石さんのお姉さんムーブ!?
こ、これは刺激が強すぎる……!
でも……俺も一人っ子だったし
兄弟とか
仲のいい家族とか
ちょっと……憧れてたんだよな。
白石さんがお姉さんとか――
絶対、最高に決まってる。
「お……お姉…ちゃん?」
「えぇ!?!?」
「あ!いや!私も一人っ子だったからつい!!
ごめんなさい!!そんな変なやつじゃないから!」
「わ、私も!ごめん!!ちょっと距離近かったわね!
もう寝ましょう!!」
二人して慌てて布団へ潜り込む。
うわぁ……
痛い…きっっつい!やっちまった!!
同級生の友達に「お姉ちゃん」って……!
だって……
同い年には見えないし
……俺の理想だったから。
――その頃。
白石の頭の中では。
(はわわわわ……!!か、可愛い……!!尊い……!!)
(裕香さんに「お姉ちゃん」って言われた……!!)
(うう……このまま姉妹になりたい……)
(守りたい……可愛すぎる……)
白石は布団の中で悶えていた。
(まさかお泊まりで、こんな深い話になるなんて……)
ふと、昔の記憶がよぎる。
(翔くん……1年生の頃、私も少し気になってたんだけど……)
(あの人、優しいのに……どこか冷めてる感じがして)
(それで私は、友達として仲良くなることにしたんだっけ……
懐かしいな……)
(そんな翔くんが……あの手この手で恋愛をしてる)
(奏くんから聞いてたけど…あんなに変わるなんて)
(裕香さんと、上手くいってほしいな……)
――そんな想いなど、裕香は知ることもなく
夜は静かに更けていき、
やがて二人は眠りについた。
明日
お互いオタクとして全力で楽しむイベントが始まる
コミックレジェンドフェス――
通称、コミレジェ。
その朝が、すぐそこまで迫っていた。




