第52話 ドクター真桜のメンタル診断
文化祭は無事に終わった。
そして結果は――
俺たち2組、飲食部門1位!!
やった、やったぁ!!
思い出しただけで、胸が熱くなる。
真桜さん達をはじめとしたイケイケウェイトレスの接客!
そして――
俺の作った料理
なんとそれが評価されたらしい!?
嬉しい
本当に嬉しい。
舞台部門は当然のように1組のコスプレショーが圧倒的1位だった。
まあ、そりゃそうだ。
あんな完成度の高いコスプレ、そうそう見られるものじゃない。
正直、俺だって夢を見せてもらったなぁ
文化祭。
準備や企画、試作に開発、一致団結…!
初めてのことばかりで大変だったけど―
それでも
本当に、本当に楽しかった!
みんなで作った出店にお客が来てくれたこと
俺のメニューを褒めてくれたクラスメート
頑張ってくれた接客係のみんな
白石さんと一緒に回った出店巡り
いつもと違う白石さんの姿
そして――
わざわざコスプレ姿で来てくれた翔と神崎さん…!
役に立てて嬉しい
そんな気持ちが混ざり合って、俺はしばらくずっとハイテンションのままだった。
そして
三日後 休日
ザァー……
外は雨だった。
「………………」
三日前の高揚感が嘘みたいに、胸の中は静まり返っていた。
気がつけば、スマホを手に取っている。
開くのはいつも同じ画面
翔とのトーク履歴
見ては閉じて
閉じてはまた開いて
それを何度も繰り返していた。
最後のメッセージは
【サンキュー、裕香もお疲さん】
俺が送ったコスプレ写真への返信。
そこで止まっている。
「まぁ……いつもそんな頻繁にメッセージしてる訳じゃないけど……見てしまう…」
分かってる、翔は忙しい。
それに――
学校ではあまり話さないようにしている。
変な噂が立ったらお互い困るから。
分かってる…
ちゃんと分かってるのに。
「……文化祭終わってから、あんまり話してないし会ってもない……忙しいのかな……」
少しだけ
モヤモヤ気持ちが浮かんでしまう。
なんでなんだろうか?修学旅行でも文化祭でも
思い出はあるのに
それに、隣の教室で
翔と楽しそうに話している女子を見ると
どうしても――
羨ましい、って思ってしまう。
あんなに俺と話してなのに…!
「あれ…?俺……こんなわがままだっけ……」
前はこんなこと、思わなかった気がする。
いつもの親友だからなぁくらいにしか
皆の前でアリかも…とか、言ってみたのはいいものの
ここからどうすればいいのかわからなくなってきた
我ながら情けないなぁ。
この身体になってから、というのもあるだろうが
なんだか最近、
感情のコントロールが難しい。
生理の時だけじゃない
もっと頻繁に
特に――
翔のことを考えると
会いたい
もっと距離を縮めたい
でも
避けられたら怖い
友達じゃなくなったら怖い…
会えなくなったら――もっと怖い…!
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
息が詰まりそうになる。
「翔…」
ムラ…
「ん…まただ…最近ずっとコレだな」
俺は自然と、ズボンと下着の内側…腹部に…そして…その先へと手を忍ばせた。
「ここんとこ…翔のこと考えるだけで…」
気持ちのスイッチが基本、翔になりつつある。
家での距離感…水着姿…トイレや海でのハグ…
男の頃の記憶を相まって、翔との妄想はよりリアルに再現できる。
あの引き締まった身体、素肌だハグされたら…
あの整った顔で近づかれたら…
あの声で耳元に囁かれたら…
あの唇でキスをしたら…
「……はぁ…はぁ……ふぅ……」
でも、妄想じゃ性欲を満たせれても…不安感は消えない。
「あ〜またやっちまった…俺変態じゃん」
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。
「あ、頭冷やそう…!」
服を脱ぎ、浴室へ向かう。
ゆっくりと湯船に身を沈める。
「ふぅ……」
全身の力が抜けていく
じんわりと身体が温まっていく感覚。
「……ちょっと危ないな……自分を失いそうになったぞ……」
俺は必死に、平静を取り戻そうとしていた。
身体は温まっているのに、心は落ち着かない。
「俺……昔と何が……変わったのかな?……」
白石さんのことを思い出す
あれは憧れだった
遠くにいる存在
推しのアイドルとか、モデルとかが
偶然、関わることができるようになった
そんな感覚。
だから――
付き合うとか、恋人とか願ってる割に
そういうイメージが湧かなかった。
でも…
翔の事を考えると…白石さんとは違う
白石さんレベルと比べても、雲の上の存在なのに…
親友として距離感が近いせいか
より、深い関係を望んでしまってる
考えないようにすれば、するほど
「だめだ!だめだ!!」
バシャバシャッ!!
慌ててお湯をかき乱す。
これ以上考えたら、本当におかしくなりそうだった!!
俺は急いで風呂から上がり、着替えを済ませる。
そのままベッドに潜り込んだ
布団を頭までかぶる。
「というか……一方通行すぎる!!翔に失礼だろ!」
「これ以上考えないようにしよう……!!」
くぅ…!気になる人が出るのってこんなのか??
不安になったり
ドキドキしたり
もっと求めたくなったり
考えないようにしても
意識を逸らそうとしても
頭の中には浮かんでしまう。
ちっとも消えてくれない!
「俺、脳に異常でもあるのかなぁ?」
答えの出ないまま――
結局その夜、俺は一睡もできなかった。
翌日、学校…案の状
「昼だー!!」
「光、声が大きい……」
「大きくてすまんな!腹減ったのだ!なは!」
「関係ないわよ……って……裕香さん?」
「うーん……」
机に突っ伏したまま、俺はほとんど反応できなかった。
まぶたが重い。
頭がぼんやりする。
意識がふわふわしている。
「やっほー、皆おつ〜!……って、ゆかっちまた寝不足?」
「…………うん……」
眠い…でも、ご飯は食べなきゃ…
かろうじて答える
すると
真桜さんがじっと俺を見た。
「……ふむふむ……なるほどね」
「ヒカ、レイ。ちょっとゆかっちと二人になるね」
「……へ?」
「おお!?ゆかっちと密会か!」
「無理させないようにね、真桜」
「だいじょーぶ!」
そして俺の腕を軽く引っ張る。
「ゆかっち、屋上いこ!」
「 な、なんで?」
な、何かしたのかな?俺
そのまま――
真桜さんに連れられて教室を出た。
屋上のベンチに並んで座り、
俺はおにぎりを、真桜さんはパンを食べていた。
雨は止んだが、風が少し冷たい
そんな中――
真桜さんがぽつりと言った。
「ゆかっち……兄ぃのことでしょ?ずっと悩んでる?」
「……ほぇ……?」
思わず間の抜けた声が出た
というか目が覚めた。
ただの寝不足で察しただと!?
やっぱりこの人エスパーなのでは?
それとも俺、監視でもされてるのか……?
「あ……えと……えと……」
「大丈夫!兄ぃ、文化祭終わってから、研究がめちゃくちゃ忙しいだけだよ!そっち終わったら余裕出るよ!」
「ほっ……そ、そうなんだ……」
思わず安心した、肩の力が抜ける。
すると…
「ふふ、やっぱり兄ぃのことだ!」
「あ…!!しまっ!!!」
や、やられた!!!!
完全に誘導された!!
くぅ……!
真桜さん、駆け引きうますぎないか……?
いや違う
俺がチョロすぎるのか……?
「そんで?何で悩んでるの?いつもの釣り合わないやつ?」
「う……そ、それも……あるけど……」
「なんか……最近……私……翔にもっと……なんというか……」
言葉が出ない
自分でもよく分からない
でも――思った事を正直に言った。
「求められたい…っていうのとわがままな自分に自己嫌悪っていうのがごちゃごちゃになって…」
「…翔はめちゃくちゃ付き合ってくれてるのに……もっと…みたいな?」
真桜さんは静かに頷く。
「ふむふむ…!」
俺は続けた。
「この気持ちが……よく分からなくて……」
胸の奥のもやもや…
名前の分からない感情。
「女になってから…7ヶ月以上経つのに…たまに感情が極端になってる気がして……」
そして恐る恐る聞いた。
「真桜さん……これって……実験の後遺症かな……?」
理性が効きにくいというか。
優先順位がおかしくなるというか。
俺は不安になっていた。
「なるほど〜……ゆかっち。それはね……」
「……ごくり……」
「乙女の恋なのだ!!」
「…………へ?」
「お……乙女……?」
「そうそう、乙女の!」
いや思ったより抽象的すぎる!!恋なの!?これ??
「え……いや……もっとこう……医学的な……」
「それも説明するって!」
パンをもぐもぐしながら真桜さんは言った。
「これね、いつか話そうと思ってたんだけど……ゆかっちの身体がどうなってるかって話!」
「私の……身体?」
「そう!」
真桜さんは指を立てた。
「今までのゆかっち……つまりゆーくんの頃ね。身体は男、脳も男。ホルモンはテストステロンが多かったの」
「え?え?テス……何?」
「男性ホルモンね、筋肉つきやすくなったり積極性が増したり」
ああ、それなら分かる。プロテインとかに書いてたっ……け?
「それでリサイクルタンパクで一旦身体をドロドロに半溶解して~」
「ドロドロ!?ドロドロになってたの!!?」
「そっから染色体のYだけ取り除いて肉体を再構成!」
「??????!」
「ここほんと大変だったんだよ~、人の命扱ってた訳だし」
「わ、Y軸……?」
多分違う。
でも突っ込む余裕がなかった。
「脳みそだけは溶かしたらダメだからサイズ調整だけにして、そこから身体のベースを形成。んで、ゆかっち誕生!」
「内臓も骨格も完全に女の子!脳だけはゆーくんのまま!ここまで大丈夫?」
「へぇ……?な、なんとか……」
ごめんなさい…嘘です
ほぼ分かってません。
「あ、もっと簡単に言うね」
「脳が果物、身体がゼラチン」
「果物、ゼラチン…?」
「一回温めて溶かして、味変させた感じ!」
「な……なるほど~……?」
なんとなく
なんとなくだけ分かった気がする
気がするだけだけど。
「そんでここからが本題!!」
ビシッ、と真桜さんが指を立てる。
「女の子の身体になったゆかっちは、卵巣からエストロゲンが分泌されるわけ!」
「卵巣…!?の、脳から結構遠いのに!?」
「そう!それが長い時間かけて脳に影響して、脳機能も女性寄りになってるってことが想定される!」
「え……ええぇぇ……!? そんな……いや、そんな感じには……」
本能的に否定しかける、俺は俺だ。
そう思ってきた。
「実際、兄ぃのこと考えるとドキドキして、突然心配になったり不安になったりするんでしょ? もっと自分見てって、さっき言ってたじゃん」
「はっ…!た、確かに…!」
真桜さんの言う通りだ
今日、翔が話しかけてくれるかどうか
明日、何か誘ってくれたらいいなとか
そんな小さなことに、心が揺れている。
メッセージの既読、学校での偶然の視線。
それだけで一喜一憂している
困った事に…白石さん以上に…
「大丈夫だよ!正常なこと!
というかやっと女子相応になったまであるね!ようこそ女子の世界へ!」
ぐっとガッツポーズ。
「女子の世界に来たのかぁ…私」
人の挙動に気持ちが揺らぐ事が…?
これって男子でもなるんじゃ?
「それでも不安なら、いい方法があるよ」
「え……? それは……?」
「それは……沢山おしゃべりすること!」
これまた、想定外の回答。
「共感したり、されたりすること!ゆかっちは1人で思い込みすぎなんだよ!」
「お……おしゃべり……」
その言葉は、理屈じゃなくて、すとんと胸に落ちた。
確かに
今の俺は、ここんとこずっと一人でぐるぐるしている。
自分の中だけで不安を増幅させている。
誰かに聞いてほしい…そう頭によぎる。
ーーーー
教室に戻った真桜さんは、唐突に宣言した。
「という訳で今週末、お泊まり決定!いいホテル予約したぞ!」
「なはは!!久しぶりだぞ!!やったー!」
「え?!そんな……突然に……裕香さんはいいの?」
三人の視線が一斉に俺へ向く。
「あ、うん……良かったら、どうかなって……皆の話も聞きたいし……」
「それなら…ちょっと楽しみかも…!」
白石さんがワクワクし始めた…皆、共有したいことがあるのかな?聞きたいなぁ…!
俺は…自分で言っておいて、ちょっと緊張する。
真桜さんがいってた通り
お話したらなにかいい方向へと向かいそう…!
「皆でお話しよう!!あまねっちも呼ぶぞ!」
「あわわ……お、多い……」
神崎さんまで巻き込んで、少し慌てているが、
なんだか、胸の奥が少しだけ軽くなった。
修学旅行以来の、恋バナ
今度はしっかり話したい…!
ちゃんと、自分の気持ちと向き合う。
そこで整理して、翔に真正面から向き合えたらいいな。
そう思いながら、俺は少しだけ微笑んだ。
一方翔はというと…
神宮寺家・地下研究室。
白い照明に照らされた無機質な空間で、翔はタブレットに視線を落としていた。
「翔、もう12時だ、そろそろ休め。明日も学校だろ?」
背後から低い声。
父・聖十郎が立っていた。
「大丈夫だよ、父さん。これ終わったら切り上げる」
「そうか。無理はするなよ?」
そう言って聖十郎は去っていった。
静寂が戻る。
「…はぁ…ヘタレが…」
翔はため息をついた
再びスマホを開く。
――裕香とのトーク履歴。
最後のやり取り。
【サンキュー、裕香もお疲さん】
「……ミスった……か?友達風に軽く返したが……既読で終了」
「くそ!!」
ドォン!!
拳を机にぶつける
「トーク続けるべきだった!!!」
「裕香からメッセージ来ること、あんまりないんだぞ……?」
「また、何かで連絡したときメッセージすればと思ってたが…!!」
翔は、もう一度トーク画面を開いた。
文字入力欄をタップする。
『今なにしてる?』
――打って、消す。
『週末空いてるか?』
――消す。
「なんて送ろうかな…?アイツメッセージとか続けるタイプか?」
「今ごろあいつ何してんだろうな……」
机に肘をつき、額を押さえる。
「はぁ……会いたい……裕香……」
すれ違いは、まだ続いている
お互い、同じ画面を見て
同じように迷っていることを知らずに。
クリスマスまで、あと一ヶ月弱
翔は――
果たして裕香に告げることができるのか
物語は、静かに加速し始めていた。




