明鏡止水(5)
「ユウ、ちゃんといてくれてありがとうね。」
帰り道、私はうつ向きながら呟いた。
夜は少しだけ涼しくて、ほろ酔いで頬の火照りに気持ち良かった。
バスで帰れない時間ではなかったけれど、お腹一杯で少し眠くなって、タクシーを拾う。
車内でもしっかり繋いだ手に意識が集中する。
ヒナコの言葉を意識してしまう。
タクシーを降り、2人で家に帰る。
郵便ポストを確認すると封筒が入っていた。
指定日のある封筒でエイタからだった。
自殺前に書いて出したものだった。
「リナ、何かあった?」
私はその封筒を彼に見せる。
少し前まで本当に楽しくてふわふわしていたのに、また、引きずり込まれる。
最期まで何がしたいんだろう。
彼は封筒を持ち、反対の繋いだ手に少し力を入れる。
私を見て“家に入ろう。”と笑った。
鍵を開け、リビングに向かう。
なかなか動かない私を支えて、テーブルにゆっくり封筒を置いた。
私に座るように促して、隣に座る。
「中身を見るなら一緒にいるし、しんどいなら捨てるよ。」
繋がったままの手に優しさが伝わる。
しばらく黙ったまま、テーブルの封筒を見る。
最期にエイタは何を考えていたんだろう。
私に何を伝えたかったんだろう。
正直、20年苦しんだし、生きているのもツラかった。
思い出すと吐きそうになる。
あの日がなければと何度も思った。
「大丈夫、ちゃんといる。」
私の頬に彼は触れた。
泣きそうな顔をしている私の顔を見る。
ユウがいてくれて良かった。
少し躊躇しながら封筒を持ち、封を開ける。
一枚だけの紙に短い内容だった。
リナ、今から死のうと思う。
散々迷惑をかけた。
あの時リナが好きでどうしていいか分からなかった。
ごめん。
今更どうしたって許せるわけではないし、この先も苦しむのに、自分勝手な内容で腹が立った。
私はその封筒と手紙をキッチンに持って行き、コンロをつけて火を移す。
シンクに置いて燃やした。
短く燃え、黒い灰になっていく。
突然のことにユウは驚いていたが、何も聞かずにリビングで待っている。
水道から水を流す。
力なく灰となった紙がノロノロと流れた。
私は彼の元に戻り、手を握る。
彼の肩に寄りかかり、目を閉じた。
「何がしたかったんだろうね。」
私は自分勝手な言いぶんに疲労を感じた。
散々苦しめられて、最期まで自分本意で、私に何を求めているのだろうか。
謝られても、死んでも、許せない。
好きなら何をしても許されるのだろうか。
まして、今それを言ったところで変わるわけがない。
私の過去は変わらないし、消えない。
サレた側には一生背負わなくてはいけない傷が入り、時間をかけて膿んでいく。
謝ったから許せるものではないし、許す気もない。
蝕まれた気持ちは自尊心が失われ、自己肯定感が低くなる。
何かに不意に怯え、何かに懺悔をする。
きっとシタ側はそんなことは知らないことだ。




