明鏡止水(6)
「お茶でも入れる?」
彼は私に優しく尋ねる。
私はうつ向いたまま頷く。
キッチンに向かう彼の背中をぼんやりと見た。
カチャカチャと食器を準備する音が耳に残る。
しばらくするとカモミールの香りがした。
私に向き合って座り、小さく“どうぞ。”と彼は微笑んだ。
その癒される声と佇まいに自然と涙が出た。
「泣いていいよ。苦しかったね。」
私の頭を抱き止めて、背中をさする。
泣きすぎて頭が重く、喉がジンジンと痛んだ。
背中にある彼の手がゆっくり、ゆっくり私をなだめる。
彼は落ち着くまでわたしにつきあって、
「お風呂、ゆっくり入っておいで。」
と、私に言った。
湯船に浸かり、長い1日だったと不意に思った。
エイタが死んで、表面上は二度と会うことがない。
怯えることもない。
暴力も暴言も受けなくて、安心して良いはずなのに。
死んでもまだ、私の気持ちにまたひとつ傷をつける。
いつ終わるんだろう。
ため息をはいて、湯船を出る。
リビングに戻り、やっぱり呆然としたままだった。
ポタポタと髪の先から雫が落ちていく。
なかなか動けずにいると、お風呂から上がった彼がリビングに戻ってきた。
「髪、乾かすね。」
彼は優しく私の髪に指を通しながら、ドライヤーをかける。
「ヒナコ元気で良かったね。楽しかった。」
私はドライヤーの風でうるさい中、呟いた。
“そうだね。”と、頷く彼の声がいつもと同じで優しかった。
「ご飯も美味しかったし、久しぶりにしっかり飲んだしね。」
ポツリ、ポツリ、止めどない話をする。
「チヂミ美味しかったし、家で作ろうかな?」
今日あった楽しかった事を反芻する。
「次に佐藤さんに会ったらリョウくんって呼べるかな…ずっと佐藤さんだったし、今更だね。」
ひたすら続けてゆっくりしゃべった。
その間、うん、うん、とドライヤーをかけながら話を聞いてくれた。
時々、首筋にあたる彼の指がやっぱりくすぐったかった。
本当にただ、ゆっくり話していき、すっかり髪が乾いてしまった。
封筒の事がなかったみたいに話し続けた。
「アユムくんの写真可愛かったね。もう、2歳なんだね。早いね。」
私の髪を乾かし終え、彼は手早く自分の髪を乾かす。
私は彼の手からドライヤーを取り上げ、彼の髪に触れる。
彼の髪を初めて乾かす。
柔らかい髪を触りながら、話を続けた。
ドライヤーの音で聞き取りにくいのに、うん、うん、とちゃんと話を聞いて頷く。
「ユウがいてくれて良かった。ずっと前から好きだよ。」
私はドライヤーの音にまぎれてそう呟いた。
彼は変わらず頷いて、私の手を止めた。
「リナ、ちゃんと言って。」
彼は私の目を見つめた。
「ユウ、好きだよ。」
私はちゃんと伝えた。




