幸福の分岐(5)
今を幸せだとユウくんのお母さんやヒナコは言う。
私はあんなに力強く言いきることが出来ない。
おそらく誰よりも貪欲に幸せを求めているくせに、踏み出せず言い訳を探す。
汚ない女だとエイタに罵られた記憶。
確かに汚ないし、ずるい。
汚なくした本人に言われて、自尊心が壊れて、ギリギリ残っているその思いがこれ以上深傷を負うのを避けている。
ただ穏やかに過ごしたい。
昔の事だと思えれば、楽になれるのだろうか。
「リナ、いつでも不安になったり、悲しくなったりしたらちゃんと言って。3月まではすぐに会いに行くから。」
食事が終わり別れ際に、ヒナコが言った。
私はそんな不安な顔をしていたのだろうか。
ユウくんから連絡が来たのはそれから2ヶ月が過ぎた頃。
仕事から帰宅している最中だった。
「母が先ほど息を引き取りました。」
と、力なく彼は話した。
「今から行くから。まだ、病院?」
私は急いでタクシーに乗り、病院へ向かった。
ほんの15分程度の時間だったと思う。
けれど、少しでも、少しでも、早く彼のそばに行って支えたい。
私が出来ることなんかは、たかが知れているのかも知れない。
それでも、そばにいたかった。
タクシーから降りて、病院入り、受付で彼の居場所を聞き、まだ病室近くにいることを確認した。
「…ユウくん。」
病室の前にうずくまっている彼を見つけた。
その横にはユウくんのおじいちゃんとおばあちゃんがいて、
「リナさん、わざわざありがとう。急いで来てくれたの?娘は今、キレイにしてもらっているの。いろいろ手続きもしないといけないから、ユウくんのそばに着いてて。」
ユウくんのおばあちゃんが私に気が付いて話しかけてくれた。
2人は手続きに行くと言って、力なく廊下を歩いていく。
人が死んでも悲しんでいる暇がないのが、辛かった。
私には力が及ばず、そばにいるしか出来ない事が、歯がゆく切なく感じた。
「…ユウくん。そばにいてもいい?」
私がそう言うと、小さく彼は頷いた。
いつもは私の手が小さく感じる背中が頼りなく感じた。
今にも崩れそうで不安定な背中にゆっくり触れた。
細かく肩が震えている。
静かに泣いている彼をどうしていいのかわからなかった。
自然と彼の頬に手を伸ばし、涙に触れていた。
「リナさん、母さん、最期は穏やかだったんです。」
私の伸ばした手を握り、私に一生懸命伝えてくれる。
「ここ1ヶ月くらいは話すのも、起き上がるのも困難でかなり痛みにも耐えていたんです。」
私は彼の話を頷きながら、彼の目をしっかりみていた。
「昨日の夜からいつどうなるかわからないと言われて、家族で最期を看取りました。ゆっくり眠るように穏やかな最期でした。それまでの苦痛が本当にわからないくらい…。」
彼がそう言いながら崩れそうになるのを必死に抱き抱えた。
少しすると、病室から看護師の方が数名出てこられ、準備が整い、様々な手続きを終え、病院からユウくんのお母さんとユウくん達が自宅に向かった。
私も何か出来るのか尋ねると、
「明日も仕事ですよね。今日は大丈夫ですので、また、連絡します。」
と、私に彼は言った。




