File2―3 その女、転生者につき 〜二人目の助手〜
感想、ブクマなどなどよろしくお願いします。
次回はbookendです。
〜ライト・マーロウ〜
「……で、これからエルはどーすんだよ?」
天井から吊り下げられた看板には、『エルはこれから先どうするのか会議』と書かれている。レフトが作り、下げたものだ。
そしてその張本人である彼は、二杯目のカフェオレを啜りながらそうエルちゃんに聞いた。
確かに、それは僕も気になっていた所だ。
異世界から転生してきたエルちゃんが、これからどうするのか。
「……どーしよ?」
……だが、エルちゃんは今ようやく『これからどうするのか』という問題に気がついたようだ。
まぁ仕方がない。急に拉致されて、異世界に転生したら気が動転してもおかしくない。むしろ、ここまで冷静さを保っているのは尊敬に値する程だ。
「そもそも、エルさんは元の世界に帰りたいんですよね?」
イラちゃんもブラックコーヒーを啜りながら、そうエルちゃんに聞いた。
エルちゃんはイラちゃんの言葉に、腕を組んで考え込むような仕草をしてから頷いた。
「……うん。やっぱり、帰りたいかな。たまに異世界に転生したいなぁ、って思う時とかはあるけど、実際に転生しちゃったら……やっぱ帰りたい」
「でも、どうすれば元の世界に帰れるんだい?」
僕も足を組みながら会議に加わった。
エルちゃんの事もあるが、純粋に知識欲として異世界に転生する方法は知りたい。僕自身は彼女に協力する気満々だった。
そしてそれはレフト達も同じ気持ちのようだった。
エルちゃんは頬をぽりぽりと掻きながら、首を捻る。
「うーん……私自身、拉致されて目が覚めたら異世界だった……って身の上だから。わかんないや」
「そうだよねぇ……。これ、結構長丁場になるんじゃないかい?」
「えーっ、じゃあかなり長い間、エルさんは元の世界に帰れないんですか?」
「マジか……そりゃ可哀想だな」
僕を含め、四人揃って首を捻る。
うーむ……しかし、一向に解決案がひらめくことはない。
そもそも、僕はついさっきまで異世界の存在すら信じていなかったのだ。そんな奴が異世界に行く方法を数分足らず考えて思いつけるわけがない。
考え込んでいると、ふと帰り道のことを思い出した。
「……あっ、そう言えばレフト。帰り道に乾物屋のおじさんから依頼預かってたんだった。浮気調査だよ」
「奇遇だなライト。そういや俺も、昨日ケーキ屋の姉ちゃんからストーカー被害に合ってるから調査の依頼。それと、一昨日に服屋の店長から、新しく入った新人の素行がなんか怪しいからそれの調査。後もう一つ、近所の子供から捨て猫拾ったから里親探し頼まれた」
レフトも、その僕の言葉で思い出したのか、依頼を三件も受けた事を話した。
ふむ。浮気調査、ストーカー調査、素行調査、捨て猫の里親探し……。すごい依頼量だ。
「……依頼が立て込んでるねぇ」
「こりゃ、エルの事やってる暇ないかもな……」
二人揃ってうんうんと唸り込む。
困ったな……。エルちゃんを元の世界に帰してやりたいが、それはやはり私的な事だ。
僕達探偵は、依頼人を裏切る真似だけはしてはならない。
僕とレフトが唸っていると、イラちゃんが唐突に口を開いた。
「ていうか、結構色々依頼引き受けてるくせに、どうして私の依頼は断ったんですか……」
「お前めんどくさそうだったし……色々と」
「どういう意味ですか?」
「怒んなよ……胸が小さいと器も小さくなんのか?」
「どういう意味ですかっ!?」
レフトの発言に、イラちゃんはむっきー! と怒り出し、レフトに殴りかかった。
レフトは『ちょっと待って悪かったごめブゴフォッ……!?』と焦りながらイラちゃんから逃げ惑っていたが、結局殴られた。
レフトに追撃で膝蹴りをかましたイラちゃんは、ふと思いついたようにエルちゃんに提案を持ちかけた。
レフトはと言うと、頭からゴミ箱に突っ込んでいた。この光景さっきも見たぞ。
「あっ。なら……エルさんが、依頼すればいいんじゃないですか? 『元の世界に帰る方法を探してください』って」
イラちゃんのその意見は、確かに解決案としては妥当に見えた。
成程……それなら、確かに公私混同には、ならない……のか?
いやでも、依頼がただでさえ立て込んでるのに、更に依頼なんて受けたら、なぁ。
僕はレフトにも意見を求めた。
「レフト、どう思う?」
「うぐぐ……ぐはっ。……いいんじゃねーの?」
レフトは頭をゴミ箱から引き抜きながらそう答えた。
レフトがいい、と言うなら……いいんだろう。
この事務所はレフトが許可すれば僕も何となくそれに従う、という事が多い。今回ももれなくその例に従おう。
「じゃあ……エルちゃん。僕達に、依頼してみるかい? 見つけられる保証もないし、どれだけかかるかわかんないけど」
僕はエルちゃんにそう提案した。
彼女はおずおずとしながら、迷う目線で聞いてきた。
「……いいの?」
「ああ。ただ、エルちゃんの依頼は他の依頼をこなしながらの並列進行になるから、結構進度は遅くなってしまうけど、いいかい?」
「うん。それまでのんびり異世界観光でも楽しむよ」
「なら、話は決まりだね」
僕はそう言って、一息つくように席に座った。
だが、エルちゃんはふと気づいたように再び口を開いた。
「うん、ありがとう……って、アレ? でも私、一文無しだけど……依頼していいの?」
エルちゃんのその質問は、かなり的を得ていた。
僕は咄嗟の事につい言い淀んでしまう。
だが、レフトが僕に代わってすぐに答えてくれた。
「なら、お前もイラと一緒に助手やればいい。それなら俺達も助かるし、お前も依頼料を稼げるしでウィンウィンだろ? それに、どうせお前これから住む所とかも決まってないだろうし、この事務所で寝泊まりすればいいだろ」
「……レフト」
僕はレフトのこういう所を尊敬している。
機転が利くのだ。僕は予想通りに進まなかった場合、すぐに思考回路がエラーを起こしてしまう。いや、今回は流石にエラーは起きなかったが。
僕が演算を元に推理して、その推理の外れた時にレフトが機転を利かせてフォローする。僕達はこうしてピンチも切り抜けてきた。
僕は指を鳴らしてエルちゃんの方を向いた。
「それで行こう。エルちゃんもいいよね?」
だが、エルちゃんは少しもじもじとしている。
はて、何か問題でもあったろうか。
「どうしたんだい?」
「……お、女の子って他にはいないの?」
「この家は俺とライトとおやっさん……この喫茶店の店主で三人暮らしだ」
レフトが僕の代わりに答えた。
すると、エルちゃんは少し頬を染めながら一層もじもじとし始めた。
するとイラちゃんがぽん、と手を叩いて納得したように頷く。そして、僕達にエルちゃんの気持ちを代弁するかのように話してくれた。
「男だけの家に女の子一人でお泊まりは不安って事ですね!」
ふむなるほど。
だが、僕は機人族だからそもそも性欲という物はそんなにない。
だからその事を伝えようとした所を、レフトが先に答えた。
「ああ、それなら大丈夫だ。おやっさんはそんな事しねぇし、ライトも性欲ほとんど無いし。俺はそもそも女に興味ねぇ」
レフトのその発言に、イラちゃんがピクリと反応。
疑惑の目線をレフトに向けた。
「……ぇ、探偵さんって同性愛者だったんですか……?」
「そうじゃねぇよ! 今は全然女にっつーかそういうの全般に興味ねぇって事だよ!?」
「ドーナツ屋のベガさんのおっぱいが揺れてる所見て顔赤くなってたの私まだ覚えてますからね!?」
「なってねーし! ありゃベガが毎回会う度に『レッくん』やらなんやら言って撫でてくるからめっちゃウザいだけだし!」
「反抗期でお姉ちゃんに反抗する弟みたいな事言ってんじゃねーですよ!」
「誰が反抗期の弟だ! 一番血気盛んでハードボイルドからかけ離れた存在じゃねーかソレ!」
「ピッタリですよ! 反抗期の弟! 探偵さんにベストマッチ!」
「うっしゃお前表出ろや! ハードボイルドなゲンコツをお見舞いしてやらァ!」
……また始まった。
というか、レフトの流儀的に自分より年下の女の子を殴るのはアリなのか。女に暴力振るうとかダッセー的なキャラではないのかキミは。そしてハードボイルドなゲンコツって何だ?
「ちょっと、二人共ケンカしないでっ、落〜ち〜着〜い〜て〜!」
ふんがふんがと鼻息を荒くしながら喫茶店から出ていこうとする二人を、エルちゃんが必死に引っ張って止めていてくれている。
だが、二人の勢いに引きずられてエルちゃんまで外に出てしまいそうだ。
そんな愉快な三人組を尻目に、僕はため息を吐いた。
「これ、どーやって収拾付ければいいんだろ?」
やがて、僕は思考を放棄した。
ケンカ止めるとかめんどくさいし。
これから少しした後、どこかへ出かけていたスカル・シーリングが帰ってきた。帰ってきた時に弟子が女子を襲おうとしているのを見た彼は、俊足でレフトに近づいて彼にハードボイルドなゲンコツを食らわせた。
それで、一応の収拾はついたのだった。
****
〜レフト・ジョーカー〜
「何で俺だけ……」
俺はおやっさんに殴られた頭を抑えていた。
畜生……喧嘩両成敗って事で、イラも殴れよおやっさん。たんこぶ出来てるだろこれ……痛い。
「……ほう、二人共、ライトとレフトの助手になるのか」
おやっさんはハードボイルドに足を組んでハードボイルドに今までの事の顛末を聞いていた。
ちなみにもうエルが異世界人であることは説明済みだ。それを聞いた時、おやっさんは特に驚きもせず『そうか』の一言だけだったのはちょっと理解が早すぎると思う。
「んで、ここに住み込みで働きたいけど、男だけの住まいだから自分の貞操とかが不安だって事だな」
おやっさん特有の理解の早さ。
尊敬してます。
「自惚れてるとか言われると、何も言えなくなるんですけど……でも、やっぱりちょっと不安かなって」
エルはおずおずと答えた。
……自惚れっつーか、結構ルックスいいと思うが。イラと違って出る所も出てるし。
「……何か今、探偵さんにイラッとしました」
俺がそう思っていると、イラが急にキッ、と睨みつけてきた。
……イラさん、怖い。
読心術でも身につけてんのか。
「なら、えっと……映瑠だったか。これを身につけな」
おやっさんは俺達を無視してさっさと話を進めてしまっている。
おやっさんはエルにペンダントを放り投げた。
それをエルはおととっ、とキャッチする。
そのペンダントには、美しく煌めく宝石が一つついていた。高そう。
おやっさんはそのペンダントについて説明を始める。
「それは探偵道具『守護獣のペンダント』。それには蜘蛛、蝙蝠、兜虫、鍬形虫、蛙、蝸牛によく似た守護獣が封印されてる。これらの守護獣が、所有者にピンチが訪れた時に、宝石の中から自動的に現れて所有者を守ってくれる。ライトやレフト程度なら簡単に追い返せる程の強さだから、安心していい」
「その守護獣ちゃんの組み合わせ……どっかで見た事ありますね」
「そうか?」
エルは苦笑しながらそのペンダントを首からかけた。
俺はそれを見て、おやっさんにこっそり聞いてみた。
「俺達を簡単に倒せる程の代物って……アレ、高いっしょ? いいんすか?」
「アレはお前達や俺みたいな、自分の身を自分で守れるような奴には効果ないんだ。探偵辞めた俺が持ってても、宝の持ち腐れだしな」
「へぇ……。ちなみにアレ、いくら?」
「ざっと一〇〇〇万ウィル」
「高っ! 家買えるじゃん!」
「世界に一つの骨董品だからな。更に所有者を守ってくれるオプション付きでこれなら、かなり安い買い物だ」
「……まぁおやっさんがそう言うならいいんすけど」
それでも結局無料でエルにあげちゃうなら完全に金の無駄じゃないか……とは思ったが、まぁおやっさん本人が納得してるんだし、俺が口を挟むような事でもない。
俺はペンダントの事を一旦忘れ、おやっさんにどこへ行っていたのか聞くことにした。
「で、おやっさんは今日どこに行ってたんすか?」
「仕入れだよ」
「……何も仕入れたような荷物持ってないじゃん。嘘だろ」
「ほう。なかなか観察眼が鋭くなったじゃねぇか。成長したな」
「えっ、あっ、はははっ! そーでしょそーでしょう! 俺、成長してるでしょ! もっと褒めてくれてもいいんですぜ!?」
「……そういう残念な所は変わんねーな。俺は寝るから、起こすなよ」
「残念っ!?」
褒められた後に非難されるとダメージでかい! 上げて落とされた!
俺が傷心を抱きつつ、心の傷を抑えるかのように胸の辺りに手を添えた。
だが、俺がそうしている間に、おやっさんはとっとと自分の部屋に戻ってしまった。
畜生、一本取られた気分だぜ。悔しい。
「うん、エルちゃん似合ってるよ」
「エルさんが付けたら、ペンダントがもっと綺麗になった気がします……」
「そんな……ありがとライトくん! イラちゃん!」
俺がおやっさんと話している間に、この三人は勝手に品評会を始めていた。
ライトとイラの賛辞に、頬を染めて恥ずかしそうにするエル。
……平和だなぁ。さっき、昔の写真を見たせいで色々思い出してしまったからだろうか、俺はしみじみとそんな事を思った。
「――さて! とりあえずもういいだろ? エルは住み込みでイラと一緒に助手としてここで働く。もしもの時はそのペンダントが守ってくれるから、夜も安心できる。後は何か問題あるか?」
俺は手を叩き、注目を集めた。
俺の問いかけに、ライトもイラもエルも答えた。
「ないね」
「ないです」
「ない……かな?」
「いよっしゃ。なら、今日はエルは色々あって疲れてるだろうし、明日から早速働いてもらうぞ二人共。とりあえず四つの依頼を片付けちまおう」
俺はそう言って、白紙を数枚取り出して、それに依頼内容を書き込んでいった。
二人助手が増えた――騒がしくなりそうだが、不思議とこれからの不安は全くなかった。
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【舞台設定】 〜ドーナツ屋『シャバドゥビ』〜
・店主……ベガ・アルタイル
・店員……ベガ一人で切り盛りしているため、いない
・名前の由来……レフトが小さい頃好きだった魔法使いが主人公の物語で出てくる、主人公の最強魔法から
・ドーナツ屋を始めた理由……小さい頃、レフトが手作りドーナツを『美味しい』と褒めてくれた事で自信がついたから
・ベガとレフトの関係性……姉弟的な関係
・備考……ドーナツの名前を決める時、やたら壮大にしたがる。File1でレフト達が食べていたプレーンシュガーも、正式名称は『過去の両親との記憶――プレーンシュガー』。




