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『碧の章』第49話:闘技場の《賢鬼》

 クーネアは、結果としてドルボーゾンには敵わなかった。


 大量の矢で飽和攻撃を行なったが、威力の低さから致命傷を与えることなく防がれた。

 攻撃を右手に専念し、左腕を盾にする力技で距離を詰める動きを止めることが出来なかった。


 【光薙ぐ刹那の輝】という、不可視の切断魔法を持って一度は有利を取ったかに見えたが、戦闘経験の差は大きい。

 打ち合うのに不利と見るや、ドルボーゾンは回避を重視した動きで翻弄する。

 巨体だが、瞬発力に優れる獣人の利点を活かした戦い方だ。

 しかし、この頃にはドルボーゾンの左腕はうまく動いておらず、攻撃頻度が減ったことでクーネアの守りに余裕が見えた。


 そんななかクーネアはあえて隙を晒すことでドルボーゾンの攻撃を誘い、行動を操作してみせた。

 右腕の一撃を紙一重で避けて、切断する。

 皮の鎧が切られ、鉈が体の一部を切っていったが、あいての攻撃手段を潰したことで優位に立つ。

 肉を切らせて骨を断つ動き。クーネアはこの瞬間勝ちを意識してしまった。


 ドルボーゾンに意識を向けた時にはすでに遅かった。

 瞬間に溢れでた殺意に、クーネアは時間が止まったかのような錯覚を覚えた。


 ドルボーゾンは、血だらけで肉の欠けた左腕を振り上げていた。

 クーネアはゆっくりと落ちてくる刃を知覚しているにもかかわらず、体が動かない。

 避けろという命令を体が実行するほどの時間は無かった。


 構えていた杖は、抵抗することなく切られた。

 そのまま左鎖骨に刃が当たり、砕ける音が聞こえた。

 熱い痛みが、胸、腹と伸びていって、腰を抜けるように消えていった。


 視界が赤く染まる。


 ドルボーゾンの眼は、クーネアを見下ろしていた。


「……私、弱いなぁ」


 クーネアは、力の入らない手をドルボーゾンに伸ばして、力なく宙を掴む。


 そのままクーネアは倒れた。

 だんだんと暗くなっていく視界の中、いけ好かない道化の声が鳴り響いているのを聞いた。


 クーネアの記憶は一度ここで終わる。



 クーネアの怪我それなりのものだったが、この闘技場では日常茶飯事のこと。

 長い夢に魘されていたクーネアが目覚めた時、試合から半日程度経っていただけだった。


 掛けられていたシーツを捲ると、何も身に纏っておらず裸だったがそこに傷は無かった。

 あの一撃こそ夢でなかったかとすら思ったが、近くに置かれた杖は記憶の通りの切られ方をしており、あの敗北が現実であったことを教えていた。


 起き上がったクーネアを見て亀の獣人が、着替えを寄越した。

 彼は医者で、毎日似たような大怪我を負った選手たちを直しているらしい。


「死んじまったら無理だけどな」


 医者はそう言って笑ったあと、怪我人出ないなら寝床は提供できないと、クーネアを病室から追い出した。


 言われるまま、部屋を後にするクーネア。

 部屋を出たところに、試合前、クーネアを案内した黒服がいた。


「よう、生き延びたようで何よりだ」


 男は壁に寄りかかりながら、手を軽くあげる。

 気を失っていたこともあって、随分と久しぶりにあったような気がして、クーネアは軽く首を傾けた。


「おいおい、ルナフィアさん。俺のこと忘れたか?」

「いえ、覚えています」

「そいつは良かった。実はこの後新しい試合が組まれてるんだが、問題ないよな?」


 男は疑問形で言うが、そこに拒否権は無い。

 茶化したように言っているが、眼は欠片も笑っていなかった。


「問題ないです」

「重畳重畳。次の相手はドルボーゾンほどじゃねぇから安心しな」


 クーネアの返事を聞いて、男はくるりと背を向けた。

 特に口に出さないが、付いて来いという事らしい。


「……私が強くないから、リオが死ぬ」


 その背中を見ながらクーネアが呟いた。

 この言葉は、男には届かなかった。


 もし聞こえていて、後ろを振り返るようなことがあれば、悲壮な覚悟をしたクーネアの顔を見て何事かと思っただろう。

 しかし、暗い石壁の通路に消えた声に返す者はいない。


 闘技場の喧騒はどこにいても届く。

 騒ぎがおさまることはなかった。



 初戦の敗北以降、クーネアは連戦連勝を重ねた。


 元々実力者として名の通っていたドルボーゾンに対し、最後に経験不足が見えたものの、おおよそ互角の勝負をした点でそれなりに評価されていた。

 怪我からの再起の直後の戦いで圧倒的な強さを見せつけたことがその評価を決定づけた。


 24時間戦える闘技場で、クーネアは最低限の休息だけを取って、それ以外を全て戦いに費やしていた。


 クーネアは見目麗しい。

 学園生という職業も、戦えるのであればマイナスにならない。

 何より戦いが好きな観客たちも、プラスして可愛い、綺麗という評価があればなお良い。

 初戦以降、覚悟の決まった冷徹な表情が良いという層も現れた。


 クーネアはその後7日間試合を続け、遂にはある名で呼ばれ始めた。


《賢鬼》


 魔法を自在に操り、完膚なきまでに叩き潰す鬼。

 利緒がカードで知っていたクーネア・ル・ルナフィアがそこにいた。


 そして、新しい試合が始まる。


「学園からの刺客は綺麗で可愛く強かっタ!今、一番の話題の娘、ルナフィア嬢の試合だヨォ!」


 道化の台詞は、結局のところその場あの空気に合わせて適当なことを言っているだけなのだと、クーネアは知っていた。

 だから、適当に聞き流す。


 対戦相手の紹介で、相手を貶めるのもいつものこと。

 毎度のことであれば、クーネアは1週間前のことを思い出すことすらやめていた。


 対戦相手を見る。


 顔が影に覆われていて、その表情がうかがえない。

 背は高くなく、見た目はそれほど強そうではなかった。


「それじゃア、そろそろ初めて良いかナ?」


 紹介も、賭けの締めも終わり、道化は戦いにむけて最後の確認をする。

 クーネアはいつでも良いと首を縦に降るが、相手は慌てて、道化に何やらを話していた。


 覚悟を決めずにやってきたのか、クーネアも何度か対戦相手に見たような動きを見た。

 おおよそ覚悟が決まっていなかったのだろう。ならば、この後の展開も決まっている。


「エ?いちいちうるさいヨ!いいから始めったら始メ!決闘開始ィ!!」


 声を無視するように、道化が合図を出した。

 合わせて、クーネアは大量の矢を構える。


「覚悟がないなら、戦場に立つな!」


 未だ構えない相手に、忠告とともに容赦なく矢を打ち込んだ。


【影貫く蛇の弓弩】


 声に反応するように、影の男が魔法を起動した。

 果たして光の矢は、対戦相手に当たることなく、同質の魔法によって防がれた。


「最近の学園生って強いみたいだネ?最初の一撃は引き分けダ!」


 道化の声に、観客たちは沸く。


 強敵の気配にクーネアは笑う。

 その表情は冷たく、相手を威嚇するような笑みだった。

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