『碧の章』第44話:激突ジルモーティン
「ふ……ふふふ………はははははははは!」
降り注ぐ魔力の雨、爆音と轟音の中、男の笑い声が響き渡る。
未だ止まぬ「降注ぐ殲の咆哮」を制御する利緒の頬に汗が伝う。
ブレガにも防御障壁で抑えられた。しかしそれは、訓練所の減衰する仕組みがあってこそ。
あの時に感じていた威力を抑える感覚を、今の利緒は感じていない。
それにも関わらず、魔法がジルモーティンに届いている気配がなかった。
「っ!」
爆心地から飛び出した何かを避ける。
目の端に見えたのは、魔法の隙間を縫って飛んできた石礫。
利緒が回避することで大きく魔法がズレた瞬間を狙って、ジルモーティンが飛び出した。
ここで捕まってしまえば、また開始と同時に受けた突撃の焼き回しになる。
利緒は「降注ぐ殲の咆哮」を解いて、新たな攻撃へと移る。
【碧の魔法「影貫く蛇の弓弩」】
一瞬で生み出された魔法の矢は、《巨壁》に打ち込んだそれより一回り以上大きい。
「ウォラァァァッ!」
ジルモーティンは右腕を思い切り振り抜いた。
刹那の時間、自らに迫り来る魔法を弾き飛ばし、そのままの勢いで利緒へ飛び込む。
しかし、そのわずかな動きは、利緒の次の一手を許した。
【異能「叛逆するは我が怒り」】
【異能「護る物、汝は不変なり」】
用意した札はカウンター。受けたダメージを反射する異能と、破壊不能の異能によるコンボ。
本来のカードゲームであればコストが高く、今までの利緒では魔力が足りない。
その一手を、利緒は平然と使いこなした。
「ッッッ!」
「フッ……ガアァァァ!」
スキルの性質上、利緒も無傷ではない。歯を食いしばり衝撃に耐える。
そして、そのダメージはジルモーティンに倍にして返された。
ジルモーティンが弾き飛ばされたことで、2人の距離が開く。
【碧の魔法「霧払う深緑の礫」】
攻撃の手は緩めない。
攻守が逆転する前に、ジルモーティンへと追撃を仕掛ける。
膝をつくジルモーティンの周囲に陣を展開し、翠玉の連打を構えた。
崩れた体勢に逃げ場がないことを悟り、ジルモーティンは、右腕で魔法を起動する。
利緒の合図と同時に、雨のように礫が発射される。それをジルモーティンは全て弾いてみせた。
【碧の魔法「関拓く剛腕の唸」】
利緒の眼に映る魔法。
ジルモーティンは、腕力強化のみを行って、翠玉の雨を勘と動体視力で防ぎきっていた。
「……嘘ぉ」
ゆっくりと起き上がるジルモーティン。右腕と衣服の一部に汚れがある程度で本人には余裕がある。
利緒を見る顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「カンナリオ!さすが『キ・ディスティマン』だ!使う魔法もまるでグウェイのそれだ!」
ジルモーティンの声は、歓喜に震えていた。
利緒の外された箍。それは魔法の仕組みを変えた。
魔力の総量を使いたいスキルへ分割するのではなく、全てのスキルを一定のクールタイムごとに使用できるようになっていた。
大技を連発できないという欠点は残るが、こと初戦に於いては万を超える魔力を持つに等しい。
一般的な威力を逸脱した範囲魔法による連撃は、並みの相手を歯牙にもかけない。
「……はずなんだけどなぁ」
利緒の目の前にいる大男には常識が通用しない。
未使用スキルのストックはまだあるが、利緒の攻撃が果たしてどこまで通用するか。
「右腕だけじゃ駄目だな!次から両手両足使っていくぞ!」
「絶対に頭おかしいよ」
今の攻防は果たして手足を縛って出来るものなのか。ジルモーティンの宣言に利緒は呆れる。
(「護る物、汝は不変なり」はまだ生きてる。少しは無理して押せそうだ)
自身の状態をチェックして、もう一度、気合いを入れて構える。
「さあ、第2戦始めるぜ」
「ああ、もう!よろしくお願いします!」
破れかぶれに叫ぶ利緒。
しかし、その表情はジルモーティンに負けず笑っていた。
◇
「リオ……。リオと私はどれだけ離れているんだろう」
2人の戦いを見るクーネアは呟く。
動きについては、目の端で追うのがやっとだった。
高密度の魔力反応が一瞬で弾け飛ぶのを感じては、攻防が成立したことを知る。
たまにジルモーティンが弾き飛ばされて2人の動きが止まるが、即座に突進、また高速の戦闘に突入する。
「横槍を入れてもいいって言うけどさ」
どこに付け入る隙があると言うのか。2人の速さを前に、攻撃に対して盾になることさえ難しい。
クーネアの速さでは飛び込む頃には戦場の位置が変わりかねない。
こうして戦いを眺めることしかできないクーネアには、どうしても気に入らないことがあった。
数々の魔法が発動しているが、その全てがクーネアのいる方向に飛ばないようになっていたことだ。
それはジルモーティンの立ち回りであり、利緒の発動タイミングであった。
魔法の巻き込まれないよう、そうさせている自分の弱さが嫌だった。
「私は、何のために来たんだ」
クーネアは悔しくて、膝の上で、拳をぎゅっと握りしめる。
目は戦いからは一瞬たりともそらさずに。
『……君は、力が欲しいかい?』
急に聞こえて来た声に、クーネアはびくりと震え、驚いて片眼鏡を落とした。
慌てて拾い上げ、あたりを見渡すが誰も見つからない。
『おー、駄目元だったけど波長が合うようだ。君は、力が欲しいかい?』
「貴方は、誰?」
頭の中で嬉しそうに話す声に、クーネアが応える。
『私はオージッカヌラ。君たちが覇王と呼ぶものだ』
「オージッカヌラ……」
『呼びにくければ、オーでもカヌラでも構わないよ。それで、だ。力いるかい?』
クーネアの耳に響く、クスクスと笑っていそうな声は、覇王というには威厳を感じなかった。
そして延々と力が欲しいかと問い続けていた。
「力が欲しいか?答えは『いいえ』。私は与えられる力だなんて納得できないもの」
『ふふふ、そうだよね。そうじゃなくっちゃ』
クーネアの答えに、オージッカヌラの声は、とても嬉しそうに響く。
『覇王の試練で得られたものなら、君の納得できる力になるだろう』
クーネアには会話が通じているとは思えなかった。
気がつくと、周囲に陣が展開されており、今にも発動しそうな気配がある。
『これを超えて強くなれ』
声がそういうと陣は起動して、クーネアは片眼鏡を残してその場から消え去った。
そのことに利緒とジルモーティンが気づいたのは同時だった。
「クー!?」
「オージッカヌラか!?」
カツン、と片眼鏡が床に落ちた音が響いた。
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