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『碧の章』第30話:理不尽の訪れ

 カナカとギンコが受けた使命は、マギニアにいつか来るであろう、蒼の怪人と対峙することであった。


「空が黒く染まる時、蒼き炎の刻まれた仮面を被りし仙皇来たる。」


 この一族の言い伝えのために、彼女たちの故郷「黄葉の里」から、ここ10年ほど毎年マギニアへと2名ずつ送られていた。


 空が黒くなるという現象自体は、魔法でも起こりうるため、それ(・・)が予期されたことなのかを確認する必要があり、やきもきする日々が続く。

 特にここ最近は、第4訓練場を中心に、コロコロと空模様が変わっており、時折混ざる暗闇を見ては周囲の確認に追われていた。


 もっと人員を送り込むことが出来れば良かったのだが、なぜか2人と定められており、学業に警戒にと忙しかった。


 そんな大変な日々も今日で終わる。

 橙に飲まれる仮面をみてカナカは、緊張の糸を解いてしまった。


 その気持ちの緩みが大きな隙となる。


 空で輝く橙の光の中で、仮面が割れ蒼い髪をなびかせる少女の顔が曝け出されていた。


【蒼の仙術「鏡に映る我が変り身」】


 己を飲み込まんとする光に、蒼の少女は表情を変えることなく手を前へと差し出す。

 それと同時に、少女を覆っていた光が集まる。

 全てが纏まり、球となり、その光球を少女が空へと掲げると、光は拡散して4方へと飛んでいった。


 その光景にカナカは唖然とした。


【蒼の仙術「風集いて降るは凶鳥」】


 カナカは立ち尽くしたまま、蒼の少女がこちらを見下して何かをしようとしている姿を、ただただ眺めてしまった。


「カナカ!」


 空を見たまま停止しているカナカに対して、ギンコが叫んだ。勢いよく突っ込んで、カナカを抱えこんで飛び出した。

 飛び出してすぐ後ろを、巨大な力が通り過ぎたのをギンコは感じた。


 仙術が作り出した風の鳥は、地面へとぶつかり、突風を巻き起こす。

 風は少女たちの背へと襲い掛かり、体勢が大きく崩れるが抱きしめた手を離さない。


 2人を大きく吹き飛ばして、風が止む。

 カナカとギンコは、自分達の失敗を悟った。



「なんていうか、すごいね」


 クーネアとブレガは呆然としていた。

 カナカとギンコの2人は敵からの反撃を避けるため地面に叩きつけられており動けないようだ。

 その場で声を出すことが出来たのは、利緒だけだった。


 「王に捧げる貢物」で生み出された光は、間違いなく1人を打ち倒すには過分な力であった。

 その上で、平然と回避してみせる蒼の少女の力に、クーネアとブレガは圧倒されていた。


 利緒が冷静でいられたのは、単純に見慣れていたからだ。

 グウェイの嫌がらせじみた魔法訓練(拷問)は、利緒の精神に大きな余裕を与えていた。


 そうはいっても、現状利緒に出来ることはない。

 ブレガから貰った魔力回復役を使った上で利緒は魔力を使い切ってしまっている。また回復役は一度使うと一定の期間、効果を受け付けないというデメリットがある。


 どうしたものか、と利緒が考えていると、空から蒼の少女が降りてきた。


 少女は割れた仮面を拾うと、大事そうに胸元に抱えた。前髪が顔に掛かって隠れているため、その表情は伺えない。

 抱えた仮面の断面を繋ぎ合わせると、そのまま顔に装着する。


 彼女の能力か、修復が聞くアイテムか。何かをしたようには見えなかったが、それは元の姿に戻っていた。


「……悪趣味」


 仮面越しに、少女が利緒の方を向いて呟いた。

 悪趣味とは、一体どういう意図による発言か、と利緒は己の格好を思わず見た。


「どういう意味だよ」

「……人に似せて作られた存在。悪趣味極まりない」

「なにそれ? 生体遺物は生きる価値が無いとでもいいたいの?」


 声に抑揚が無く、ともすれば人らしさすら感じない仮面の少女。

 利緒は公認の生体遺物である。そんな自分が否定された気がして、語勢を荒げた。


 少女がそこで黙ってしまったために、会話が途切れてしまうが、この時間に気持ちを落ち着かせることが出来たのだろう、クーネアが利緒の隣に来た。

 ブレガも、2本の杖を構えて少女へと向けている。


「クー、ダメそうなら逃げてもいいよ」

「馬鹿なこと言わない。リオこそ魔法使えないんだから無茶したらダメ」


 口では逃げないというけれど、クーネアの体は震えていた。

 その姿を見て、利緒は、アリアに対して異能を使った時のように、気絶覚悟で魔力を捻出してやると心に決めた。


「……ロガン。ロガン、ロガン…………。はぁ……」


 戦う意思をみせる3人を見て、仮面の少女はロガンの名を呼び、ため息をついた。

 単純な敵意以上に、利緒はその雰囲気に不気味さを感じて拳に力を込める。


 だが、利緒、クーネア、ブレガに出来たのは、ただ前に立つことだけだった。


【蒼の仙術「万象の頂、身喰らうは銀」】


 仮面越しに伝わる明確な殺意と発現する巨大な力。


 仮面の少女が手を上げると、巨大な陣が空中に描かれて、中から次々に刃が現れた。

 現れる刃の全てが、暗い空の中で銀色に輝いている。

 利緒には、その心を奪われんばかりの美しさが恐ろしい(・・・・)


 空を覆う数百の銀が視界を埋め尽くした。

 その時間はとても長く感じたが、実際のところ、1秒にも満たなかった。


 仮面の少女が、手を振り下ろし、刃が降下を始める。


 一瞬遅れて、ブレガも手を空へと上げるが、障壁の展開が間に合わず、全員を守ることは出来ない。

 利緒は、クーネアを庇うように抱きしめて目を瞑り、異能を起動した。


 いつまでも襲いかかって来ない刃に怯える中、声が聞こえた。


「小僧ども、無事かっ!」


 目を開けて声がする方へと顔を向ける。


 空に浮かび、何かに押さえつけられるように停止した刃。

 そして、訓練場の空に【《壊滅の大魔道》グウェイ】がいた。

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