『碧の章』第21話:2人の訪問客
ダン、と扉が開いた。
3人の目が、入口へと向く。
「リオが倒れたって本当!?」
勢いよく部屋に乗り込んできたクーネア。緊張感をぶち壊した、闖入者の存在に、利緒は感謝した。
「クーネア、心配してくれれてありがとう。大丈夫だよ。」
「本当?ならいいんだけど。」
緊張をほぐすように、クーネアへと声をかける。
ふぅ、と息を吐くクーネアは、安心したように笑った。
「ところで、ルナフィア君はどうしてここに?」
「はい、ストラバリッツ先生。ディスティマン先生から教えていただきました。」
「ディスティマン先生?」
「ああ、アリアがあれだけ慌てているのは初めて見たからな」
クーネアが大きく開けた扉が、その入口の向こうから、嗄れた男の声が聞こえた。陰から現れたのは、黒を基調としたローブを纏う長身の老人。
装いとは反対に、白い髪と口を隠すように伸びた髭。
その髭は長く、胸のあたりまである。
顔に刻まれた深い皺と、その奥に覗く翠の眼は深い知性を感じさせた。
「ストラバリッツ、面白いことをしているじゃないか。」
「どうして、貴方が……。」
「どうして?どうしてはこちらの台詞だ。」
ディスティマンと呼ばれた老人は、懐から紙の束を取り出した。
「勝手に拝借したことは謝ろう、すまんな。」
欠片も悪びれた素ぶりを見せず、老人はセラヴィに資料を手渡す。セラヴィはなにを言うのでもなく、顏の険しさを殊更に深めた。
力関係は、見ての通りで、相当な人物であろう。
そして利緒は、その老人を知っていた。
ブースターに収録される、碧の最高レアリティ。
【《壊滅の大魔導》グウェイ】
学園の最古参、マギニアにおける最大戦力「グウェイ・キ・ディスティマン」その人であった。
◇
グーウェイの登場は、空気を変えた。どこか利緒を気遣いながら行われていた質疑応答はもうない。
少なくともクーネアは、利緒を味方するつもりでいただろう。しかし、グウェイは利緒を確実に追い詰めるためにいた。
最早逃げ道がなくなったことを悟り、利緒は逆に覚悟を決める。グウェイから向けられた視線に、内心怯えながら、その目を見つめ返す。
「……ストラバリッツ、今の状態を教えろ。」
低い声が、部屋に響く。
利緒は生きた心地がしなかった。
「最大魔力750、現在魔力0。言っておきますが、マギアの故障ではないですよ。」
セラヴィの回答に驚いていないのは、グウェイ1人だった。
クーネア、アリア、そして利緒自身も驚きを隠せない。
人の魔力は成長したり衰えたりはするが、その上限値が数時間で、500、1000と変わるはずがない。そして「0」の状態で動けるはずがないからだ。
(カードゲームにおける対戦の終了……コストカード0からのスタートだから?)
利緒は、己の存在がこの世界のあり方から外れているのだと、嫌でも意識させられる。
「これと似たような術式を見たことがある。」
《殲滅の大魔道》と呼ばれるに至る、広範囲殲滅魔法の基礎理論となった術だ、とグウェイは言う。
セラヴィは、過去にグウェイの発表した論文を読んで、その存在を知っていた。後から確認を取るつもりでいたが、当人がそう言うのだから、関連は大いにあるのだろう。
「魔力欠乏によって意識を失った。恐らくこれはマギアで計測できる魔力とは別に、カンナ君自身が動くための力があって、魔力が足りない分をそちらから補おうとした結果なのだと、睨んでいる。」
「いままで見つかった生体遺物は魔法が使えない。だがこのカンナリオは、その力を魔力へ変換する術を持っているんだろうな。」
戦いに応じて、急激に膨れ上がる魔力。魔力を使うことのできる生体遺物の発見は新しい可能性を開く。
「ルル坊。お前、よく見つけてきたな。」
「グウェイさんが人を褒めるなんて珍しいですね。女の子に「坊」はどうかと思いますが。」
「アリアが大慌てで学園を走る姿ほどじゃねぇさ。」
髭を扱きながら、アリアをからかうように、グウェイはカカと笑う。教育30年のベテランも、この老人には敵わないらしい。
だが、好々爺を演じているが、利緒に向けられた圧力は変わらないまま。利緒はグウェイの目が、いつ自分に向くか常に怯えている。
「生体遺物は魔法が使えなかったんですね。アリアさんのあれ、魔法だと思ってました。」
「確かに異能も魔法も、説明されないとわからないですから。」
「俺はわかるぜ。」
「ディスティマン先生。あなたがおかしいんですよ。」
クーネアの知識不足も、話を賑やかすタネになってた。
「でだ、カンナリオ。」
グウェイは、おどけた空気を一瞬でかき消して、利緒に向く。表情が消えて、一層不快な感触が利緒を包む。
「お前に頼みたいことがある。」
グウェイは、願いことを切り出した。
利緒に拒否権はなく、それは絶対の命令だった。
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