『碧の章』第15話:優越感と研究者の性
「カンナ君、まずは君の状況を教えて欲しい。今使える呪文を全て教えてくれ。」
セラヴィによる、利緒についての確認が始まった。
「少しまってください。えーと、今使えるのは……、あれ、「鋼砕く狂鬼の纏」「影貫く蛇の弓弩」の二つだけです。」
「なに?」
「リオ、遺跡でもっとたくさんの魔法を使っていたよね?」
セラヴィとクーネアから疑問の声が上がる。
「私の知らない魔法、確か「路示す雷の指針」だっけ?他にもいくつか使ってたし。」
利緒からしても、納得のいかない状況。
昨日は、「影貫く蛇の弓弩」を4発分使っていたことから始め、最低でも4コスト分の魔法は使えるはずだ。いくつか使っている以上、ここで使えない、というのは理由があるのか?
「使えないのであれば、使えない理由を探せばいい。」
他の魔法が使えることは事実、確認している中でなにかわかるかもしれないと、セラヴィから提案が上がる。
「まずは、魔力の状態を確認してみよう。」
利緒が装着した各種装飾品で、魔法を使った時の状況がわかるらしい。セラヴィが手元の鉄の板のようなものをトンと叩くと、板に文字らしきものが浮かび上がる。
文字を読むことが出来ない利緒は何事だろうと、尋ねる。
「すみません、それ、なんですか?」
「ああ、これはカンナ君の状態を表すもので「マギア」という。」
「マギア?どこかで聞いたような?」
マギアとは幻影魔法の技術を応用したもので、専用の板をスクリーンとして、様々な情報を表示することができると説明される。クーネアから、パンフレットを読んでいるときに出てきた、と補足を受けた。
霊晶地図マギア、マギニアの現在位置を示すアイテムとして主に使用されているが、学園では様々な用途で使えるよう色々と研究されているらしい。
(スマホとかタブレットみたいな感じかな?)
割と高度に発展した魔法技術に、利緒は驚く。利緒の腕輪やらからリアルタイムで情報を拾っているあたり、なんでも出来そうなものだ。
「ありがとうございました。それで、なにをすればよいでしょうか。」
マギアのことは一旦置いておいて、と考えを中断し、検査説明の続きを促す。
「「影貫く蛇の弓弩」は使えるな、まずは、あの的をめがけて打つつもりで魔法を意識してくれ。」
セラヴィが指差す方には、人型の兵士を模した鎧。
魔法は、起動、標的の設定、発動といったようにいくつかの段階があるらしく、その間でも魔力の動きを見ることが出来る。
「影貫く蛇の弓弩」も、使おうと意識をしてから標的を定めて打ち出す。この段階をそれぞれ計測する、ということらしい。
いつのまにか、端の方にいた4人も、セラヴィの後ろに待機していた。
「はい、それでは……」
【「影貫く蛇の弓弩」】
心の中で、魔法を「起動」する。いままではこのまますぐに射出していたが、今回はここで停止させる。
(……なんかすごい違和感あるな。)
発動しようとしていた魔力が体内を巡るイメージに、利緒は気持ち悪さを覚えた。
セラヴィの方を見ると、マギアを色々と叩いていた。入力か、計測する値を変更しているのかわからないが、表情は変わらぬまま、指がカタカタと動いていた。
そして、セラヴィの後ろにいる4人は。
(なにか、興奮しているような、驚いているような?)
発動の手前で、状態を維持しているのがきつくなったこともあり、利緒は、待機状態を解いてセラヴィの方へと向かう。
セラヴィの手が止まる。5人の目が、利緒へと向いた。
「……カンナ君、今一体なにをした?」
セラヴィの声はいささか厳しい。4人は黙って、成り行きを見守っている。
「え、いや。あの?普通に魔法の発動を止めただけですけど。」
「違う、その前だ。急に君の魔力量が倍に増えた。」
「は?いや、特になにもしていないですけど……」
何もしていない、何もしていないが倍と聞いて、利緒には一つだけ思い当たる節があった。ターン制カードバトルで、少しずつ増えていくリソースという仕組み。
「なにか、心当たりがあるのか。」
心の中で、魔法を思い浮かべて、利緒は確信した。
「「魂写す翡翠の眼」「路示す雷の指針」あと、「蜜滴る銀の鶴瓶」が使えるようになっています。」
使える魔法が増えている。
セラヴィのはいまいちではあったが、利緒には、5人の驚きが目に見えてわかった。この変化は、この世界ではありえないことのようである。
「えっと、どうしましょう?」
『特別』という響きが利緒の心をくすぐっていた。
そんな利緒の、ほんの少しの優越感は3時間しか持たなかった。
◇
「……よし、じゃあ次の魔法を使ってみよう。」
「あの、そろそろ勘弁してください。すみません、休ませてください。お願いしますぅ……」
泣き言を言いながら、ずざざ、と利緒が崩れ落ちた。
研究者にとって『特別』は格好の研究対象でしかなかった。
驚きも一時だけの話、セラヴィはさも興味深そうに、残る4人は目をキラキラさせて、利緒を見ていた。
それが3時間前の話だった。
「リオさんって、凄いですね!」
ーー拳を握りしめて興奮止まぬ、ヴィズィー。
「ああ、どうなっているのか、ぜひ解体したいところです。」
ーー頬をほんのり赤く染めて、何事かをつぶやいているアーシャ。
「んー、ここまでだと、逆に記事にできないんでは?ストラバリッツ先生、どうですかね?」
ーーどこまで公表できるのか、真面目に考え出したニナ。
「相当な掘り出しもの、リオとの出会いは奇跡だね」
ーー流石私です、とあまりない胸を張るクーネア。
みんなまだまだ元気そうだった。
◇
色々と試すうちに、分かったこと。
1.利緒の魔力は、一定時間ごとに回復する。
おおよそ10分に1度、1回復する。使えなくなった「影貫く蛇の弓弩」が使えるようになったのがこの時間。
最初の1時間で、6発「影貫く蛇の弓弩」を打ち込んだ。
使うたびに壊れる兵士の的が、少しかわいそうだった。的は都度新しいものが自動で運び込まれてきた。
魔法とは便利なものだと、利緒は思った。
なお、消費魔力を計測したところ、1コストはおよそ250。
10分ごとに、250もの魔力が回復するのは、例がなくどのような技術が使われているのか、とかなり興味を示された。人間ですよ、といっても信じてもらえていないようだった。
2.利緒の魔力は、一定時間ごとに最大値が増える。
こちらは、3時間までに4増えた。
初めがおよそ10分、次が20分、次が40分、次が80分と時間が伸びていった。
これは、マギアに数値として現れた結果分かったことだ。ターンごとに一括回復、という仕様でなかったため、魔法を唱えるタイミングを考える必要があることが利緒としては残念だった。
5までは倍々に必要時間が伸びており、6の魔法が使えるようになるには、3時間弱かかると予想される。
コスト8「刻奪う深淵の歪」が使えるのは9時間後か。実際に威力を見たわけではないが、単純消費魔力2000、どれほどすごい魔法なのか、利緒の想像が膨らむばかり。
3.利緒の魔法は、威力が一定である。
魔法はコスト制だと利緒は思っていたが、実はそうではないらしい。
一般人の魔力を10として、上級の魔法使いは1000以上、というように割と大きな値で語られる。利緒が使った「影貫く蛇の弓弩」は、毎回消費魔力およそ250の値が計測された。
「魂写す翡翠の眼」は2コスト、消費も500程度となるが、試しにセラヴィを見たところ、名前、現在の魔力の発現状態、青い色が見えたくらいで、消費に見合った情報量ではないようだった。
ちなみに、青い色は発動者に対する敵対度合いらしく、赤に近づくにつれてやばいとのこと。
クーネアが出会い頭に利緒に対して使用したように、見知らぬ土地で見知らぬ人間に出会った時によく使われる魔法である。
セラヴィも部屋で初めて会った時に利緒に使用したみたが、結果は変わらずで、何も見えなかったそうだ。
利緒の回復の都合、1時間に6コストしか使えないわけだが、一部の魔法のコストパフォーマンスが悪いものの、おおよそ通常を大きく上回る効果を発揮していた。
「鋼砕く狂鬼の纏」はその典型で、250の消費も相当であるが、常識ではありえないほどの強化具合を発揮しているらしい。
戦いになったとすれば、まず「鋼砕く狂鬼の纏」を使って、回避に専念し、隙を見て場面場面にあった魔法を使用すること、とセラヴィは言う。
利緒本人としては、戦う機会なんてない方が良かったのだけれど。
「……カンナ君。一つ手合わせを願えないだろうか。」
休憩をしていた利緒に対して、セラヴィが人差し指を立てて提案する。
「魔壊師」などと渾名付けされる人相手に何かできるとは思えないんですけど、利緒のジトッとした目は言外にそう語る。
「私とではないよ。」
セラヴィの視線が、利緒の後ろへと向かった。釣られるように、視線を向けようと、座ったまま後ろに倒れた。
「……あまり、行儀がいい行為ではありませんね。」
そこにいたのは、黒を基調としたスカート丈の長いワンピースに、白いエプロン。
黒い髪をカチューシャで止め、後ろに三つ編みが二つ。
黒淵のメガネの奥に見える目つきがすこしキツめだ。
そう見えるのは、お互いの体勢の関係で見下されているように思えるのも理由の一つかもしれない。
「……メイドさん?」
「学園寮の管理、学園生の支援を任されております、アリアです。どうかお見知り置きを」
アリアと名乗る女性は、丁寧に軽くお辞儀をする。また新しい人が現れた。
「君と同じ、遺跡で見つかった生体遺物の1人だ。戦いながら魔法を使った場合、どのような魔力反応を起こすかを調べたい。そのためアリア君に協力してもらうことにした。」
……人でなかったが、利緒は彼女のことを知っていた。
【《撃鉄》アリアングルーヴェルジェ】
(……たしか破棄札の回収効果だったと思うけど。)
《撃鉄》と恐ろしげな二つ名が付くほどの彼女を相手に、果たして自分は五体満足で居られるのだろうか。
利緒は惚けたまま、起き上がれなかった。
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