『碧の章』第9話:心の赴くままに
「……やったのか?」
利緒は、振り下ろしが当たる直前、どうにか回避に成功し《巨壁》の攻撃をかろうじて避けることができた。ただし、そのまま勢いよく瓦礫に突っ込み、倒れていた。
その耳には《巨壁》が倒れた音と、クーネアの叫び声と、岩が砕ける音が聞こえるばかりだった。
痛む体をどうにか持ち上げて、瓦礫にぶつけた頭を抑えながらクーネアを探す。
「なんとかー。リオは……無事そうですね、よかった。」
倒れた《巨壁》の上で、クーネアが笑っているのが見えた。髪をまとめていた髪留めが切れたようだ。
解けて広がった髪と、顔は埃にまみれていたけれど、利緒はクーネアの笑顔を見て、心音が大きく鳴るのを感じた。
「でも、もう無理ぃ。」
無事な利緒をみて、緊張の糸が解けてしまったようだ。クーネアは明後日の方向を見て、そのまま《巨壁》の上に倒れこむ。
「っと、大丈夫!?」
利緒は急いでクーネアの元に駆け寄って、様子を伺う。猛打によって、岩の鎧が大きく潰されていて、その凹みにハマるように倒れている。上半身を抱き上げると、すぅ、と小さな寝息を立てて眠っていることがわかった。
大きな外傷は無いが、皮の鎧や服は所々破損し、モノクルもどこかへ飛んでしまったようだ。そこかしこが汚れてしまっていたけれど、穏やかに眠る様に、利緒は安心した。
長い睫毛に、薄いピンク色の唇、紅潮した頬に、呼吸に合わせて僅かに上下する胸元。考えがおかしくなる前に、利緒は慌てて首を振り、意識の果てへと追いやった。
ひとまず、クーネアを抱きかかえて、《巨壁》の上から下ろした。
万が一《巨壁》が動き始めるとまずいが、部屋は瓦礫ばかりでクーネアを担いでの移動は難しい。《巨壁》をしばらく見ていたが、少しも動くそぶりがなく、恐らく安全だろうと判断した。
クーネアの所持品から布を取り出して、床に敷く。正座で座り、その膝を枕にして、クーネアを寝かせる。
「……アレ、倒せたんだなぁ。」
【《巨壁》フェスタルガンド】を倒した。
最後の一瞬だけ、飛び込むことが出来て良かった。あの隙は大いに勝利に貢献できただろうと、利緒は少しだけ胸を張る。膝に乗せたクーネアの頭を撫で、手櫛で髪をすいた。
カードで知っていた姿とは、全く違うクーネア。
顔は、少しだけ穏やかに感じる程度の差だが、全体的に受ける印象は大きく違っていた。少なくとも、探索中とは思えぬほど、無警戒に眠っている様は想像出来なかった。
「どんな夢を見ているんだろう。」
時々微笑むクーネアの寝顔は、見ているだけで幸せになる。利緒は、割と自分の欲望に忠実だった。
◇
「まことに申し訳ありません。」
クーネアが目を覚まして、目が合った後、利緒は即座に土下座した。この世界に土下座の文化はないらしいが、その見た目と言葉で、芯からの謝罪の体勢であることは伝わったようだ。
「別に気にしてないよ。」
「仮にも眠っている女性を膝の上に寝かせ、あまつさえ頭を撫でるなど不届き千万でございます。」
「リオ、なんなのその喋り方。別に気にしてないってば。」
クーネアの認識では利緒は遺物である。道具である以上、人の役に立とうと行動することに文句はない。
だいぶ頭を下げていた利緒だが、実際に問題視されていないことに気づくと、ようやっと顔を上げた。
「それでは、また頭を撫でても良いと。」
「別に、そうは言っていない。」
とはいえ、外見上男であれば、意識してしまうのが人間だ。良い悪いの判断をしていないうちなら許すけれど、面と向かって撫でさせろ、というのは素面では無理。それがクーネアの考えだった。
「はい、すみませんでした。」
クーネアの視線に冷たさを感じた利緒は改めて額を床に着けた。利緒には良く見えなかったが、クーネアの表情は照れが混じっていた。
「……それじゃ、アグロギアを探そう。」
土下座を続ける利緒に複雑な表情をしてから、諦めたように息を吐いて、クーネアは提案する。
《巨壁》を倒したからって、気を抜きすぎじゃないのか、とクーネアは思う。一方で、利緒は命の危険から解放されたことで、興奮して、浮き足立っていた。
「壊れた壁の奥とか怪しくないかな。」
「その前に、アレ。ゴーレムを見るのが先。」
「ゴーレム?」
「ん、向こうにもあるかもしれないけど、ゴーレムがあるんだから、そっちが先だよ。」
この遺跡のゴーレムには、アグロギアが使われているんだから。
「……結構殴ったみたいけど、大丈夫なの?」
「まぁ、命には変えられないよ。」
あはは、と笑うクーネアだったが、眉にシワが寄っていて、その声はどこか乾いていた。
「さ、ゴーレムを見てみよう!」
クーネアはそういうと、《巨壁》の外装をペタペタと触り始めた。《巨壁》の岩の鎧兜は、一定の手順で剥がすことができるようだ。ズンと音を立てて鎧が落ちる。
岩の鎧、その内部も岩で出来ていた。歯車のような絡繰があり、利緒の感覚ではどう考えても耐久に難があるように見えた。
魔法ってすごい、利緒は改めて思った。
「アグロギアあった?」
「……ちょっと待ってー」
部品を外して、胴体の奥に潜り込んでいくクーネアの声は楽しそうだった。
「……っ、と。リオ!あった!あった!」
しばらくして、クーネアが掘り進んだ岩の中からひょこっと顔を出す。その手には、黒い箱のようなものが乗せられていた。
ギアってくせに四角い箱だったのか。利緒は今まで探してきた記憶を思い浮かべ、まだ見ていなかったことにホッとした。
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