表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Botanical life 〜ボタニカル ライフ〜  作者: 黒犬 洋平
第6章〜Light behind the clouds
102/103

第95話 変わりゆく、その先を見つめて

【前回のあらすじ】⋯⋯ワイングラスを傾け、語り合う一徹とエリーナ。そこで恋心を露わにするエリーナに対して一徹は自己否定し、気を落とす。エリーナはその自信のなさの原因は杏への叶わない恋心だと思い、鋭く指摘した。それは一徹を好きなエリーナからすれば身を切るような行為だったが、彼女はあえて一徹に嫌われても彼自身が自分の見つける事を優先したのだ。自身の弱さを一徹は言い当てられ、肩を落とす。しかしエリーナは優しく微笑み、そんな一徹をも受け入れるのだった。


「最初に気持ちに気付いたのは、小学校に入る前だった。まだこんなちっちゃい頃、よく三人で遊んでいたのを思い出すよ」


「イッテツさんの小さい頃ですか、ふふふ」



一徹がテーブルより下に手のひらを広げると、エリーナは幼稚園くらいの姿を想像して目を細めた。



「恋愛感情なんて呼べるものじゃなかったけど、それでも好意を持っていたんだと思う。しばらくは単に長く、一緒に居たいって考えて、毎日遊びに誘ったりしてさ……でも変化が起きたのは、それからすぐだった。店長の12歳の誕生日に、兄貴が山で摘んできた花をプレゼントしたんだ……すごい喜んでさ、次の日からはもう誰が見ても恋してるんだなって分かるくらいだった」


「それで、イッテツさんは?」


「まだ子供だから、正直よく分からなかった。ずっと今までみたいな関係が続くんだって思ってたからさ。でも、店長の俺を見る目が変わったのが幼いながらに分かるんだ。今までは年下の友達扱いだったのが、好きな人の弟、になっていくのがさ……。それが、ショックでもないけど……理解しちゃったんだよ。自分はもうこの人と主役にはなれないんだって」



ワイングラスを持ち上げ、深い赤紫を見つめる一徹。何処と無く、微笑んでいるように見えエリーナは不思議に思った。


一口含み、それを飲み込んでから思い出すように一徹は続けた。



「店長の事も、兄貴の事も、どっちも好きだったから両方失わないでいい道を選ぶ事にした。エリーナが言った通りだよ……それが一番良いんだって信じてさ。でも、今思えば正直に気持ちを告げても良かったんだろうね。兄貴は俺にとって絶対的な存在だったし、その程度のことは笑い飛ばすだろうから。それも、今じゃもう遅いのかも知れない……けど」


征人と杏は、幼い頃から好意を寄せ合い、一時は征人が行方不明になり離れながらも、杏との再会はすぐそこに迫っている。


そこに一徹の席はない。


二ヶ月後、王都で待つ征人の元に杏を届けてしまえば、一徹は目標も存在意義さえも失ってしまうのだ。それが分かっているから、辛い。


一徹が抱える無力感の正体は、そう言う事だったのだ。


エリーナは息を吸い込んだ。


私が居るじゃないですか、そう大声で叫びたかった。でも、それだけは出来ない。


一徹に救いの手を差し伸べて、甘い顔を見せるのは簡単だ。でも、好きな人を手に入れられない辛さも、それを永久に失うかも知れない怖さも、エリーナはよく知っていた。


だからこそ、簡単に励ましたり出来ない。


ただ黙って膝に置いた手を、強く握りしめた。綺麗に磨いた爪が食い込み、痛みが走る程に。



「……情けないなって、思う。結局俺はなんでも人の顔色を伺って、ただ周りに合わせて来ただけなんだ。ワガママを通す勇気も、意見を言う信念もない。自分が一番可愛くて、でも一方で他人を求めて、そうやって拠り所を探して、だけど、だけどさ……」



一徹は生来から優しい性格だったし、それが良いことだと思ってきた。争いを避けて、穏便に全てが済むなら一番だと。


でも違った、間違っていた。


周りはそんな事を求めてはいなかった、ただ出口はずっとそこにあったのだ。


ただ自分の気持ちをさらけ出すのが怖かっただけだった、必要以上に恐れていただけだった。


助けを求めれば応えてくれる人がいる、それは見ないようにしていただけだ。その人達の自分に対する覚悟を受け止める、そこに踏み出せなかった。


差し出された手を掴む、一徹は深い闇から這い出すように、前を見つめた。



「変わりたいんだ、もう諦めたり、知らないフリをするんじゃくて……向き合いたいんだ、自分の気持ち……それから周りの沢山の俺に関わってくれている人達と」



その瞳に、曇りはなかった。


エリーナをじっと見つめ、決して逸らそうとはしなかった。



「ようやくちゃんと……目が覚めた気がする、こんな言い方しか出来ないけど、変わってみたいと思う。いや、変わるんだ」



静かな一徹の覚悟が、エリーナの心を波立たせていく。



「ごめん、それに、本当にありがとう。エリーナがちゃんと俺の心と向き合ってくれた(・・・・・・・・・・)から、前を向けた。感謝してもしきれないよ」


「そんな、私はただ……その…イッテツさんが、元気になったらって……」


いつの間にかエリーナの目から、涙が溢れていた。


安堵感で胸が満たされて、不安や様々な感情が洗い流されていく。自分の好きな人を信じて良かった、信じることが出来て良かった。


一徹は一度もエリーナの話を否定せず、話を聞いてくれた。そして自分から進んで一歩を踏み出してくれた。


そのまだ作られていない未来の先、一徹の隣に立てるのかは分からない。


もしかしたら、手の届かない場所へ行ってしまうのかも知れない。


それでも、ただ嬉しかった。自分は好きな人の背中を押すことが出来たのだから。



「ごめんなさいっ、すぐ止みますから。泣くつもりじゃ……ごめん、なさいっ」



エリーナは両手で涙を拭い取るが、後から後から溢れてきた(しずく)は意思に反して止まることはなかった。


一徹は自分がまた、何かをしくじったと思い、慌ててハンカチを取り出しエリーナの頰に当てた。



「ごめん、俺また変なこと言っちゃったかな……?」


「違うんです、その、大丈夫……ですから」



ふと気がつくと、一徹はエリーナの熱い頰に手を当てて瞳をじっと見ていた。知らない人間が見たら、十中八九はあらぬ想像をするシュチェーションだろう。


視線が惹き付け合うように、線を結んだ。



「わわわっ、ごめん!!」



慌てて手を離す一徹、後ろへ急に動いたせいで椅子を倒してしまい、それをまた慌てて起こすが今度はスネを強打する。


全く何をやっているんだと、情けなく思いながら痛みに耐えていると、エリーナは泣きながら笑っていた。



「……もう、イッテツさんはズルいです!!」


「あれ? また何かしたのかな俺……ははは」


「分からないんだったら良いんです、本当に……イッテツさんは仕方ない人ですね!!」


「いやぁ、参ったな……」



涙を拭いながら、可愛く舌を出すエリーナ。そして所在気(しょざいげ)なく頭を掻いている一徹。いつの間にか二人は笑いあっていた、そして丁度その時、玄関から賑やかな声が聞こえた。


人間が開けたと思えない程、乱暴にドアが開かれ、靴音が一斉になだれ込む。



「たらいまぁ〜♫ あっ、バカ徹兄がまた女の子泣かせてるりゃないかっ!! 座れっ、ちょっとそこ座れアホっ!! ひっく!!」


「いっくんダメだよー!! 女の子泣かせたら「めっ!!」だよ!!」


「ぬぅ……やはりこうなってしまったか、しかし妾は……妾は負けぬぞエリーナ!!」


「ガハハハ!!!! カリンよっ、第二試合と行くかー!! 次の酒比べは負けんぞっ!!」


「ちょっとお二人とも、もう遅い時間ですから大声はやめて下さい!! あっ、カリン殿!! 床に寝転がってはダメです!! 隊長も笑ってないで!!」


「エリーナが泣いてるじゃないか。ふむ……さてはイッテツが求婚したんだな」


「作戦はバッチリだったみたいね!!私にかかれば、おちゃのこさいさいなんだから!!うふふ〜♪」



酒場に繰り出していた面々が帰ってきたのだ、飲まなかった杏とヴィオネ以外は揃いも揃って上機嫌で赤い顔を緩ませていた。



「エリーナちゃん、お話は終わったの?」


「はい、終わりました。ありがとうございました、アンズさん。昼間に私に言ってくれた事、私なりに⋯⋯後悔しないようにしてみました」


「フッ……いいって事よお嬢さん。涙を見せないでくれ、辛くなっちまうからな……。ゴホン、ところでいっくん!!」


「え!?」



二人のところまで来て、エリーナと話していた杏は突然「ビシッ!!」と人差し指を一徹に向けた。



「もうこれからはエリーナちゃんを泣かたらダメだからねっ!!店長兼お姉ちゃんとして命令しますっ!!!!」


「命令って、|杏姉に言われなくても<・・・・・・・・・・>泣かせたりしないよ。約束する」



そう言いながら一徹が言うと、杏の目がまん丸に見開かれた。



「いっくん!! いっくんが!!「|杏姉<あんねえ>」って呼んでくれた!!!! どしたのいっくん!?」


「べ、別にいいだろ。もうこっちで店開くんだし、俺も従業員じゃなくなるんだからさ」


「うっひょーー!! 懐かしいよぉ!! 小学生ぶりかなっ!? ねぇねぇ、もっとお姉ちゃんって呼んでいいんだよっ!?」


「あーもー、うるさいうるさい」


「⋯⋯あれっ、いっくんが悪い子になってる!? どしたの!? ねぇねぇ!? どうしようっ、いっくんがグレちゃったよっ!!」


「ぐっ、グレてないから!!!」



いつになくぞんざいな扱いをする一徹に驚き、バタバタと右往左往する杏。対して一徹は慣れない事をしたせいか、耳まで赤くなっていた。


要するに照れ臭いのだろう、ちゃんと家族として扱う事が。だからこそ雑にも扱う、その信頼関係があると信じているから。



「とにかくっ、色々と話があるんだから座ってよ。みんなで飲みながら話そう……いいだろ……杏姉」



精一杯強がりながら、ワインを片手にぶっきらぼうに声を絞り出す一徹。


杏はそれに、満面の笑みで応えたのだった。





挿絵(By みてみん)








********************


読んでくださって、ありがとうございます。


********************

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ