第94話 暴かれた弱さ、見つめる少女
【前回のあらすじ】⋯⋯始まった夕食は素晴らしいものだった、しかし一徹はどうにもエリーナが気になって落ち着かない。そんな中、次々と料理は運ばれ、いつしか一徹は気を失っていた。
気がついた時にはなぜかエリーナと二人きり、どうやら眠っていた様だった。妙な違和感から一徹は『聖櫃』を呼び出し原因を探らせると、エリーナの香水に含まれる「夢魔の香り」という魔法薬が原因だった。そこで状態異常を無効化した一徹は、何事もなかった様にエリーナと話し始めたのだった。
「私、イッテツさんのお話を、ずっと聞きたかったんです。それに、伝えたい事があって」
しばらく何かを考えていたエリーナは、一徹の瞳を見つめて微笑んだ。
さっきと同じくロウソクの灯りに優しく照らされたエリーナは綺麗だ、だが正気を失う感じはしなくなっていた。一徹は言葉の意味を知ろうと、その続きを待った。
「私は、何もないただの村娘です。魔法は使えませんし、剣も振るうことは出来ません。得意なのは掃除と料理くらい。でも、イッテツさんは違います。本当に……違う世界から来たんだなぁって」
一徹がこの世界の人間でないことは、王都ですでに知っていた。そして世界を救った勇者の弟だと言う事も。
一徹が不思議な力を使い、魔王を倒し、エリーナだけでなく友達のエイファンやピナも助け出してくれた。
物語に出てくる勇ましい英雄、それはまさしく一徹の事だった。
「前にも言ったと思うんですけど、覚えてますか?」
「えっと……、何の事だっけ」
「私がイッテツさんの事を好きだって事です」
一徹は口に含んでいたワインを噴き出しそうなり、ゲホゲホとむせ込んだ。そして、とっさにエリーナの顔を見たが、ただ穏やかな目をしていた。
当たり前のこと、そんな雰囲気でエリーナは話を続けた。
「もちろんライクじゃありません、ラブです。異性としてイッテツさんを見ています」
「えと、その……」
「イッテツさんになら、どんな……えっちな事をされても大丈夫です」
「ちょっ、エリーナ!!??」
「ぶっちゃけると私の旦那様になって欲しいです、子供は三人は欲しいです。きっと、きっと素敵な家庭にします」
今日のエリーナは何かが違う。魔法が掛けられていたのは解除したのに、不思議な圧力を感じる。優しげだが、逃げ出すことは不可能に思える笑顔。
一徹がどう返答したものか悩んでいると、エリーナは自分と一徹のグラスにワインを注いぎ、話を続けた。
「でも、それは私がそう思ってるだけです。ただ、そう思ってるんです」
エリーナは少し俯いてから、ニッコリと笑う。寂しいのか、嬉しいのか、複雑で儚い表情だった。
「何もない私が、持っているのはその気持ちだけです。とても大切な気持ち……イッテツさんたら、こうやってはっきり断言しないと分かってくれなさそうでしたから。昼間にイリアさんや杏さんに相談したのもありますけど、今になってイッテツさんを捕まえたくなったのかも、しれません。自分がこんなに欲張りだったなんて、自分でもびっくりです……けど」
ドキリ、と心臓が高鳴る。
一徹は目を逸らさずに、しばらくエリーナを見つめた。
「ごめん……、いや、ありがとう。何て言ったらいいのか分からないけど、嬉しいよ。単に告白されたから、じゃなくて……エリーナだから嬉しい。好きとか、まだよく分からないけど俺にとっては大切な人だから。最初に会って、花冠を喜ぶ顔を見てからずっと」
大切な人、その言葉はエリーナの心に深く突き刺さった。
「うふふ、その言葉が聞けて、私はとても幸せです。ああ、イッテツさんの心には、確かに『私』が居るんだって思えるから。ちょっと頑張っちゃった甲斐がありました」
そう言うエリーナの細い肩は、かすかに震えていた。
精一杯に綺麗に着飾って、美味しい料理を用意してもらい、二人きりになり、そして自分の思いをしっかりと相手に刻み込む。最初から結果は分かっていた、一徹が杏が好きなことは知っていたから。だが、それでもやらなければならない、それが想いを伝えない理由にはならないと思ったから。
ただの16歳の少女にとっては、人生を賭けた大勝負だったのだ。
気が抜けたのか、エリーナの目にはじんわりと涙が浮かんでいた。それを見せまいと、ゴシゴシと手でこすり、無理に笑ってみせる。
それを見ていた一徹は、自嘲するかのように小さく笑った。
「凄いよ、エリーナは。何にもないなんて……本当に何にもないのは俺の方だよ」
「ふぇっ!? そんな事ないです!! イッテツさんは、カッコいいし、手先が器用だし、何より優しいし、そばにいると安心します!!その……素敵です!!」
「……ありがとう、でも俺には何にもないんだ。目標も夢も、やりたい事も本当に」
「花屋さんを開くんじゃ、ないんですか?」
「そうだね、そのつもりなんだけど。もし、それが出来なくても俺は……仕方ないって思ってしまうと思う。エリーナみたいに、一生懸命になれたらなって、羨ましいぐらいだよ」
しばらくの沈黙、木枠の窓ガラス越しからは通りを歩く人達の明るい声が聞こえた。
そんな事はない、と言うのは簡単だ。実際のところ一徹は人には出来ない事をしているし、多くの人間を助け、その上で悩みながら自分の道を模索している。何の問題もない、むしろ胸を張って生きていて良いはずだ。
問題なのは、そう。
一徹が追いかけて、失った目標。
それが分かってしまっているエリーナは、胸が痛い程に締め付けられた。
苦しい、苦しい、ひたすらに苦しい。
それでも、例え今の関係が壊れても伝えなくてはならない。それが出来るのは、何も持っていない自分だけだから。
「……イッテツさんは、アンズさんが好きなんですよね」
「……え?」
エリーナの言葉に、まるで水をかぶったように目を丸くして一徹は口を開いた。驚きで何もそれ以上は言えない様子だった。
エリーナは自分の胸元をぎゅっと握りしめ、絞り出すように言葉を続けた。
「今日は一日だけでも見ていれば、二人がお互いのことを想っているのは分かります。でもその気持ちを二人とも自分から隠してる、深い所で破滅を避けています。本当の気持ちをさらけ出してしまったら、もう戻れなくなる事が分かっているから……間違っていたら、ごめんなさい」
エリーナが謝る、今度は長い、長い沈黙が二人を支配した。
一徹は唇を噛んだまま、俯いて話そうとしない。
ずっと隠してきた気持ちを、こうもあっさりと見抜かれてしまったショック。そして何より、そのツケの払いをエリーナにさせようとしている自分に怒りが湧いた。
この少女は、あえて暴露し自分が悪者になる事で一徹を前に進ませようとしている。誰でもなくエリーナなら、勝手に口走ったで済まされるからだ。
ガラスの様に透き通ったエリーナの瞳が、一徹に憧れを抱かせるほど眩しかった。
「…………なんて言ったら良いのかな、ははは
。そっか、はは……」
力なく笑う一徹。
それは自嘲であり、後悔であり、無力さだったのかも知れない。
杏が好きな気持ちは昔から、でもその時にはすでに杏は、兄の征人に恋をしていた。征人の事も、一徹はもちろん好きだった。
だったら、自分は二人を支えよう。それで良いじゃないか、少なくとも自分に役割は与えられる、杏のそばに居られるのだから。
でも、それは杏や征人を縛り付けるための方便だったのかも知れない。エリーナの言う通り、破滅を避けてきただけなのだ。
臆病者の自分をひた隠しにして、今は椅子に座り、肩を落とし、思った。今まで何をしてきたんだろう?
しかし、エリーナは変わらない眼差しで一徹に微笑んで見せた。
「話してください、イッテツさんの事。今日はとことん付き合いますから」
ふと気がつくと、静かだった。
いつの間にか外の通りの喧騒は通り過ぎ、春のまだ寒い夜が若蔓亭を包んでいた。
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