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Botanical life 〜ボタニカル ライフ〜  作者: 黒犬 洋平
第6章〜Light behind the clouds
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第96話 薫風に駆け出す二人

【前回のあらすじ】……エリーナに静かに独白する一徹。それは杏に対する恋心と、その先にある結末を避けてきた己の弱さだった。だが一徹は気付かされたその弱さに立ち向かい、自身を次に歩かせる覚悟を決めたのだった。そうして理解しあったエリーナと一徹、そこに杏たちが酒場から帰り、一徹は自分を変えるために杏を「杏姉」と呼ぶ。それは一徹が杏を「家族」として受け入れた証だった。


「ごめんなさぁぁああいっ!!!! ひぐっ……ぐすっ、こんなの……ダメっ!! いやっ、近づけないでぇぇっっ!!!!」


イリアの大きな叫び声が、朝の若蔓亭に響き渡る。


「ほら、もっと大きく口を開けてください。最初は嫌かも知れませんけどね……じきに癖になりますよ。これはお仕置きなんですから、それに……イリアさんも良いって言ったじゃないですか」


「そうだけどっ、でも……ネチョネチョしてるじゃないっ!!それにこの匂い……やっぱりダメぇぇええ!!」


嫌がるイリアに構う事なく、一徹は糸を引くそれ(・・)を口にねじ込んだ。


広がる臭みにイリアは卒倒しそうになる。いやらしく粘液が舌に絡みつき、鼻から刺激臭が抜けていく。


口の中を無慈悲に蹂躙されているようだ。


しかし、なぜか徐々に旨味が広がり、やがて臭いと思っていた「それ」は絶妙なハーモニーをもたらしたのだ。


まさしく、イリアにとって未体験の領域。


やがて恍惚した表情で、うっとりと瞳を開いた。



「お、おい……しい……です」



「でしょ? 俺も好きなんですよ、納豆」



グルグルと納豆をかき混ぜながら、一徹は微笑んだ。


現在は朝の七時ごろ、全員が朝食を食べるために食堂に集まっていた。



「うぇ……、ネバネバしておるぞ主人殿。妾は絶対に、絶対に食べんからなっ!!」


「私も、ちょっとこれは……ごめんなさい」


「エリーナもそう思うじゃろ!? 懲らしめるためとは言え、なんと恐ろしい罰を下すのじゃ……主人殿の鬼畜っぷりにはオーガも裸足で逃げ出すぞ!?」


「え? 美味しいよ納豆!! ヴィオネちゃんも食べようよー!!」


「こらアンズっ!!近づけるなぁっ!!鼻が曲がるのじゃっー!!」


「杏ねぇ、やめなって。モグモグ」


「ふむ、私は好きだな。特にこの『オコメ』と実に合う」


「カリン殿が……口いっぱいに腐った豆を……自分には……自分には食べられませんっ!!」


「なんだアイフェ、このクセェのが美味いんじゃねぇか。なあイッテツ?」


「ですよね、無理言ってナクルに作ってもらって良かったです。しばらく食べてなかったから、美味しいなぁ」



納豆を食べられる者、そうでない者。世界は二つに分けられた。


ここで一旦話を戻して、なぜイリアが納豆を食べる事になったかと言うと。


昨晩イリアは催淫効果を持つ香水、「夢魔の香り」をエリーナに使用したのだ。しかもエリーナ本人には内緒で。


それは一徹とエリーナを、無理にでもくっ付ける為。つまりはお節介だった。


一徹がそれに気づき『聖櫃(タバナクル)』で催淫効果を中和したから良かったものの、理性を失い暴行に及んでいたら笑い事では済まなかっただろう。



「イッテツは性欲が薄いから、アレぐらいじゃないとダメだと思ったの。えへへ」とイリアは釈明したが、もちろん即時却下された。


エリーナは笑って許したし、一徹も注意だけで良いと思ったのだが、バルサークが許さなかった。


保護者たるべき年長者が取る行動ではない、なんらかの処罰が必要だろう。と


ならばできるだけ平和に罰を与える事になり「食べられるかわからない納豆を食べさせてみる」と言う案になったのだった。


聖櫃(タバナクル)』の細胞活性の技術を活かし、藁から納豆菌を採取して煮大豆を瞬間発酵させた。


しかし罰のはずの納豆なのだが、今は美味しそうにパクパクと頬張っているイリア。


バルサークも一徹の温情に感謝しつつ、納豆を口に運ぶ。


「この『ショーユ』をかけると、もっと美味しくなるわね!!バルは『オコメ』で食べてるけど、私はこのまま『ナットウ』だけが好きかも?」


「パンに挟んでも美味しいらしいですよ、キムチとかも合うらしいですしね」


「きむち? それも臭いの?」


「そうですね、発酵食品ですから」


「食べたいわ!! ねぇイッテツ、それも『聖櫃(タバナクル)』で作れないの?」


「いやぁ、どう……ですかね?」


《マスター、製造は可能です》


「こらイリア!! 神代兵器(アーティファクト)を何だと思ってるんじゃ!! 『聖櫃(タバナクル)』は原初の神器と呼ばれる太古からの遺産なのじゃぞ!? それを、発酵食品製造機にするなど……天上の神々が聞いたら卒倒しかねんわ!!」


「えー、だってナットウ美味しいし。食べたいじゃない?うふふ♫」



最初は抵抗したものの、すっかり臭い食べ物にハマってしまったイリア。窓から差し込む朝日に銀髪を輝かせ、満面の笑みで納豆を食べる姿に、ヴィオネはため息をついて呆れるのだった。


挿絵(By みてみん)

******


朝食が終わり、それぞれが旅支度を整えるため一旦部屋に戻った。


各自のこれからの行動だが、一徹とヴィオネは派遣先のサウスネストへ。


バルサークとイリアは、ナルソスの自宅へ。


杏と花梨は、店の休業準備などの為に『聖櫃(タバナクル)』で日本へ戻る。


そしてアイフェルドとゲルトールトは、報告のためにクラッスラ辺境伯の元へ。という動きになっていた。


そうして準備を終えた全員が若蔓亭の前に集合し、デボネア、そしてエリーナが見送りに立っていた。


もう昼前なので、古いレンガ敷きの通りにあまり人通りはなく、のんびりした雰囲気だ。


馬小屋から二頭の愛馬も装具を身につけて、一徹たちのそばに居た。久しぶりの外で嬉しそうに鼻を鳴らしている。



「イッテツ、旅先でウチの味が恋しくなったらすぐ戻っといで。めいっぱい元気の出る美味しいのを用意しとくから。まあ、エリーナに会いたいからってのは、言いにくいだろうからねぇ。あっはっはっはっ!!!!」



デボネアの明るい笑い声は、青空の下で転がるようだ。


途端にエリーナの顔が真っ赤になり、両手をぎゅっと握って猛抗議した。


「もう、女将さんっ!! へっ、変なこと言わないで下さい!!!! イッテツさんはお仕事でサウスネストに行くんですから!!!!」


「なんだいエリーナ、あんたも寂しいだろ?好きな男の帰りを待つってのも、そりゃあ悪くはないだろうけどさ。そうだね、また帰ってきたらエリーナと一緒にご飯を食べておくれ、待ってるからね」



デボネアは一徹にウィンクし、大きな手のひらで軽く肩を叩いた。



「はい、本当にお世話になりました。また女将さんの料理楽しみにしてます。それと……エリーナ」


「はっ、はい!!」



顔を赤らめて元気よく答えるエリーナから、照れるように目をそらした一徹。


エリーナを含めた皆に、一歩踏み込んでいくと誓ったのだが、やはりまだ小恥ずかしい気持ちがあった。


そんなすぐには変われないなぁ。と内省しながらも、それでも決意は変わらない。触れ合うことに恐れていては前に行けないからだ。



「あー、その……昨日はありがとう。前にも言ったことだけど……サウスネストから帰ってきたら、どこかに遊びに行こう。ラヴァハラの案内を頼みたいんだ」


「もちろんです、楽しみにしてます!!!! ヴィオネも、一緒に遊ぼうね!!」


「……ふん、誘われて断るほど妾は無粋ではないぞ? これは仕方ないのじゃ、仕方ないから付き合ってやるかの!!全然楽しみが増えるとかそう言うことではないがな!!わははは!!!」


「ふふっ、じゃあ一緒にお買い物しよう!」


「甘味!!甘味を忘れてはいかんぞ!!」


「もちろん!!ヴィオネも気にいるお店を紹介するから」


「ふっ、これは面白いのじゃ……数多の美食を味わった妾の(ゴッドタン)を、果たして満足させられるかのう!!」


のけ反るように笑うヴィオネ、そして楽しそうなエリーナ。この二人はこれからもっと仲良くなっていくんだろうなと、一徹は目を細めて思った。


賑やかなエリーナとヴィオネを残し、一徹はバルサーク達へと振り返った。



「バルサークさんとイリアさんは、一度家に戻るんですよね?」


「ああ、あまり長く家を開けるのも良くないからな。ここしばらくの村の様子も気になる、村長にも会っておくつもりだ。それに、また旅に出ることになるかも知れないだろう」


「はい、リグレッド君の復活の件ですよね。ヴィオネはサウスネストに行けば必ず手がかりを得られると言っていました」


「無論、それは信頼している。ただ私たちもイッテツ達に任せきりにする訳に行かないからな、ナルソス村で帰りを待ちつつ、可能な限り情報を集めるつもりだ。ひとまずは当時担当医師をしてくれていた親友のファルニスを当たってみようと思う。『聖櫃(タバナクル)』でも居場所は掴めなかったが、それでも足跡くらいは残っているかも知れない」


「そうですね、俺も旅の途中で聞き込みをしてみます」


「ちゃんとあの子は帰ってくるわ。それは分かる……きっとあの子だって、私達ともう一度暮らせる事を願っているはずだもの。ね、リグレッド?」



イリアは首にかけた紅い魔石のペンダントにそっと語りかけた。



「とにかく、イッテツは無事にまた帰って来てくれ。イリアと二人で待っているからな。くれぐれも無理はせず、何かあったらいつでも報せるんだ」


「分かりました。バルサークさんとイリアさんもお元気で。きっと良い知らせを持って帰りますから」


一徹とバルサークは固い握手を交わす。バルサークの大きな手のひらが、旅に出る一徹に勇気を分けてくれるようだった。



「じー……」


「じーって、口で言ってるじゃないですか。……って、ゴホン、何拗ねてるんだよ杏姉(あんねえ)


「えへへー、だって早くいっくんとお話したかったんだもん」


杏は小柄な体をぴょんぴょんと弾ませて、じっと一徹を見つめた。光に透ける栗色の髪の毛もあいまって、まるで元気なリスのようだ。


「昨日さんざん話しただろ?」


「えー、もっといっくんと話ししたいもん!! なんかいっくんがやっと心を開いてくれたみたいな気がするもん!!お姉ちゃん嬉しすぎて跳ねちゃうよ!? ほらほら!?」


「わかったから、ちょっと落ち着いてよ。日本に帰るんだし、しばらく会えないけど、ちゃんと訓練しなきゃダメだから。ジョギングと、筋トレと……」


「魔力のコントロール!!!! でしょ!?」



白い小さな歯を見せながら、杏は満面の笑みだ。


昨晩は杏の守護精霊獣「ベヒモス」も含めて、二ヶ月後に迫るであろう戦いに備えてどうするかが話し合われた。


ベヒモスによれば、まずは己の身を守ること。


そのためには心身の鍛錬はもとより、地球人が忘れてしまった魔力のコントロールを覚えるのが先決だと言う。


そうすれば身体強化魔法や防壁魔法も扱えるようになる筈だからだ。


|原始魔法≪ゼロ≫や、強力な『固有(ユニーク)』である『罪咎(ギルディア)』を使うアダムフォロスに対抗するには防御力を上げるしかない。


攻撃は一徹をはじめとして、バルサークやイリアが居る。杏と花梨はあくまで後衛メンバーとしての強化を目指すつもりだった。



「花梨もちゃんと杏姉と一緒に頑張るんだぞ?」


「分かってるよバカ徹兄、杏ねえを守るのは私の仕事だから」



花梨はふくれっ面で一徹の胸を軽くパンチする。



「まあ、特に花梨は心配してないけどさ。また一ヶ月後には日本に迎えに行くから、それまで杏姉をよろしくな」


「アイフェルドさんとしばらく会えないねぇ、寂しいねぇ、花梨!?」


「ちょっ、なんでそこでアイフェルド、さん……の名前が出るのよっ!?」


「またまたー? 昨日あんだけ酔っ払って頭撫でてもらってたじゃない? お姉ちゃんしっかり見てたんだからねっ!?」



酒盛りをした昨晩の様子を、花梨はおぼろげに思い出し頭を抱えた。



「やーーめーーてーーっ!!!!違う違う違う違うっ、あれは、そのっ、お酒のせいで!!!!」


『わたしのこと、すき? すきだったら、あたま、なでて?』


「やーーーーめーーーーてぇぇええええ!!!!」



イヤイヤと頭を振る花梨に、アイフェルドは駆け寄った。



「自分は全然何とも思ってません、カリン殿!!!!」


「いやぁぁああ、変に慰めないでよぉぉーーーー!!」


「あ、それダメだよー!!何とも思ってない

って女の子は一番傷つくんだからね?本当はどうだったのかなー? うりうり、言ってごらんよー」


「くっ、本当は……とても、良い香りがしました!!」


「いやぁぁああ、もう恥ずかしくて死んじゃうーーーー!!!!」



ゴロゴロと地面を転がり、花梨は両手で顔を覆い憤死した。アイフェルドも顔を赤くしてじっと耐えている。


煽った杏は、いつまでもニヤニヤと二人を眺めている始末。この小さな姉は妹のスキャンダルが楽しくて仕方ないのだろう。


その後は、色々とあったが、バルサークとイリアは馬に乗り、満足げな杏と涙目の花梨は『聖櫃(タバナクル)』で。またゲルトールトとアイフェルドは徒歩で、それぞれが帰っていった。


最後の挨拶を済ませ、エリーナもデボネアも店へと戻ってもらったので、店の前の通りには一徹とヴィオネだけとなった。


軽く息を吸い込み、一徹はヴィオネと目を合わせた。


ヴィオネの金色の瞳は、澄んだまま一徹を映している。



「よし、それじゃあヴィオネ。行くか」


「……これから主人殿の世話を焼かねばならんとは、気が重いのじゃ。ほれ、手を繋いで歩いても良いのじゃぞ?」


「ふふっ、分かった。よし、じゃあ馬車をまずは調達しないとな」


「そっちじゃないのじゃ、リードするなら右側に立つんじゃぞ? まったく、だから主人殿は……」


「ごめんごめん。はい、手を出してヴィオネ」


「ぬぅ、相変わらず意外と男らしい手のひら……コホン。ちゃ……ちゃんとついてくるのじゃぞ?ほれほれ、こっちなのじゃ!!」


「わわっ、引っ張ると危ないって!!」


「遅い遅い!!出発進行なのじゃーー!!」



なかば強引に一徹の手を引き、高ぶる気持ちを体いっぱいに表すヴィオネ。困惑しながらも、これから起きることに期待と覚悟を胸にする一徹。


そうして春の風の中、380キロ離れた南の地方都市「サウスネスト」に向け、二人は出発したのだった。













********************


読んでくださって、ありがとうございます!


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久しぶりの投稿です!!(五体投地)



ブクマ、評価、感謝に絶えません!!



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