第79話 文明の利器
文明国アタナシアは、建国から続く歴史のなかで、これ以上ない栄華を極めている。長く続いた内戦も落ち着き、人々は本来の陽気さを取り戻しつつあった。よく語り合い、よく笑い合い、自国をたたえる賛歌を口ずさむ。
賛歌は数多くあって、近年になると、国軍を讃える詩が好まれるようになった。祭りや劇中でも好んで使われ、個人の武勇を褒めたたえ、また新たな歌が生まれてと、その賛美はとどまることがない。もはや列強国最強の名は、他国も認めるところとなっていた。忌々しい文明国め、といった風であったが。
アタナシア国軍が他国軍から抜きん出て賛美されるようになったのは、とりわけ近年のことだった。その所以というのも、文明の利器に裏打ちされた戦略の緻密さにある。平原の蛮族を統べる覇者や、騎兵戦を誇る隣国の王者たちは、お上品な文明などにさほど重きを置いておらず、戦いにおいては二の次としていたため、文明による格差が表面化した結果ともいえるだろう。
一昔前でも、確かにアタナシアは強かった。武に秀でた将も、智に秀でた将も、どちらの将も多くおり、騎士道を重んじる彼らに対し、一目置く敵将も多くいた。近隣国の諸侯たちの中には、公然と雄敵だと認める声さえあったものだが、しかしそれでも、力技で通用する程度の強さだった。勝ちを奪った時など、近隣国の諸侯たちは決まって、
「文明などに頼ろうとするから負けるのだ。アタナシア人は戦の本質を分かっておらん。惜しいものよ」
と、口々にはやしたて、馬鹿にしていたものだ。自国も強い、アタナシアも強い、と、五分五分の感覚であろう。ゆえに雄敵でもあったのである。
そんな文明国に対し、いつしか負け越しが続くようになると、五分五分の感覚は疑問視されるようになった。果たして自国の軍は、アタナシア国軍と同等などと言えないのではないか、と。
やがてそれは、アタナシアの先々代国王が統治するころに顕著となり、ついには先代国王――強欲の王ダグラス二世が覇権を握ったとたん、疑いようがなくなった。近隣国は揃って舌を巻いたのである。どのようにして侵攻するか、文明国を相手どり、交渉や条約を重ね、念には念を入れなければならなくなったわけだ。
そこに突如として、“奇跡の子”が表舞台に現れた。それでなくとも強かったアタナシアは、たちどころにその名を遠国に轟かせ、今に至ることとなる。
武や智に優れた将はやはり多く、そんな将達が“奇跡の子”の旗のもと、統率された指揮を見せつける様は、他国軍といえど圧巻と賞するほどだ。唯一の弱点といえた文明に頼ろうとする態勢においても、控えに“奇跡の子”が待ち受け、諸国が得意とする力技に持ち込んだところで、あえなく尻尾を巻いて逃げ帰る始末である。
列強国最強――
決して誇張などではない。アタナシアを象徴する月の銀旗は、もはや負けを知らない無敗の旗印であるのだ。
今回の討伐においても、彼らの緻密な戦略は、いかんなく発揮される事であろう。いかなる綻びが生じようとも、控えにいるのは“奇跡の人”である第一王子その人であり、追随するのは近隣諸国に名を馳せる武将たちである。
総軍指揮に、オルダスの堅牢な城砦を守る辺境伯、グレシーニ・オルダス・コーエンを。
この度の討伐で最も多くの兵を率いるフォーセットの大熊、イサーク・フォーセット・ダニロを前線指揮に。
ディクシード不在となる城を遠国まで名を轟かせるベリントン侯爵ことブライバス卿が守り、有事の際に駆け付ける手はずとなってある。
アーセル男爵トラヴィス・ダウリード・セレジオと、ヴァノーラ子爵リダ・ヴァノーラ・ボルコフの両名は、王都の要として数々の武勲を挙げてきた押えどころでもあった。
八名のうち五名もの有力な将が揃い出て、最後の作戦会議は、騎士道の精神にもとづき、従来通り――定刻通りに始まった。そうして始まった会議は、あらゆる確認事項を滞りなく全て終えると、アタナシアが誇る文明の利器の出番となる。
「では、最後に――」
“奇跡の人”の側近パリス・オーディリックは、懐から時計を取り出し、銀細工の蓋をものものしく開いて見せた。要人達とランバート・レイゼンもまた、パリスに続いて各々の利器を手にしていた。
「刻限は厳守ねがいます。いかなる事象が発生した場合にも、討伐開始となる刻限を軸に置き、臣下の統制にご尽力ください」
これから始まるのは、文明の利器である“時計”の指針合せであった。長針、短針はさることながら、秒針までもを、ここにいる皆の針で寸分たがわず合わせるのである。ここで合わせた針は武将たちの手で天幕へ持ち帰り、そこでさらに、彼らの臣下を率いる将たちの手で合わされていく。そしてさらにさらに、騎兵の将らで指針を合わせ、末端の歩兵へ指示が飛ぶ構図となっている。
破城槌、投石器、弓箭機、戦車……
風車、水車、機織り機……
アタナシアの誇る文明の利器は数多くあるが、この時計という利器こそが、戦における緻密な戦略の根幹にあるものだ、といっても過言ではないだろう。他国の王者達は、兵器の話には積極的に耳を貸すくせ、他の利器となると全く興味を示さないのだ。
「時計とな? はっ、そんなもので人が殺せるか!」
と、こう考えるのである。
パリスに言わせるなら、連中は戦略というものを全く分かっていない、となる。平原の覇者も騎兵の王者も遠国の帝王も、アタナシアほどの緻密さを得たいなら、騎士道を振りかざす小憎たらしい文明国に媚びを売り、利器を大量に確保し、配下の者たちに行き渡らせたあと、“太陽ばかりあてにせず、これで読み解き統制して見せよ”、と、すべきなのである。
が、そう単純なものでもない。
対するランバートに言わせるなら、いたって簡潔な返し方をする。あの王都の強欲どもが他国に流すはずもないだろうが、と、こうである。他国の連中も矜持を捨てるとも思えんね、と、こうも言う。
両者の主張は、どちらも的を射た表現だった。生産性や流通において、あるいは交渉や条約において、その他のあらゆるものにおいて、切り札となるものを所有する側が有利に事を運べるのは、世の理であるのだ。他国よりもアタナシアが先進たるゆえんである。
だがしかし、利器を根幹に置く戦略も、兵器を流通させたい他国の思惑にしても、全ての控えとしてディクシードの存在があるからこそ、最強の名をほしいままにできるのだ、とパリスなどは思うわけだが。
かくして刻限合わせは残る秒針だけとなり、パリスによる現刻の読み上げは、ついには十数秒を残すこととなった。同時に、ディクシードの両翼にとって、これがカウントダウンでもある。小町という闖入者の存在なく、この会議の場を従来通りに終えられるカウントダウンだ。
そしてそれは、秒針がかっちり真上に来た時――彼らのカウントダウンが終わりを告げた時に、やはり訪れたのだった。
まるで会議の終焉を待ち受けていたかのうような到来であった。ブライバス卿の側近が、コーエン卿の天幕を訪れたのである。ハンソン・ヘインズである。
「いかがした、ヘインズ」
天幕の主は、主たるに相応しい態度で、かの人物の奇行を問うた。このとき既に、ディクシードの両翼は何の到来であるか察しており、二人して嘆息したのは言うまでもない。
ヘインズはかしこまって頭を下げた後、何ゆえ会議の場に顔を出すに至ったか理由を述べた。
「コマチ殿が同席を望まれておいでです。かなわぬなら、ディクシード殿下、および、コーエン伯爵閣下におこし願いたいと」
ヘインズが言い終えると同時に、ガタンと音を立ててダニロ男爵が立ち上がった。憤怒の形相である。
「もう我慢ならんっ!」
無理もないと両翼は思う。討伐を目前に見据えた会議に、先刻の騒動の元凶となった娘が同席を望んでいるというのだ。それでなくとも腹立たしい限りだというのに、その娘は、望みが叶わないのであれば、我らの主君と総軍指揮を預かる辺境伯を寄こせ、と主張した挙句、あまつさえ御仁の側近を使い走りにしている。
予期していたによ、両翼にしても腹立たしい事この上なかった。
「ひかえよ、ダニロ殿」
コーエン卿も怒りを覚えたが、指揮官としてダニロ男爵を煽り立てるわけにはいかない。できるだけ語気を強めぬよう配慮して制するも、ダニロ男爵の怒りはおさまらず、あろうことか主君を睨みつけた。
女を飼うのは勝手であろうが、いかような躾をしておいでかっ!?
危うくそのように口走るところをなんとか抑え、ダニロ男爵は憤怒の形相のまま、怒りの矛先を主君の片翼に切り替えた。
「休ませてあると申したであろう、オーディリック! この不始末、どう弁明するつもりかっ! よもや思いあがってはおるまいな!」
よく通る声で、パリスを不届き者がとばかりに吐き捨てたのだ。
パリスにすればたいして痛くもない。不快ではあったが、起こってしまったものは仕方がないというもので、同席うんぬんを決めるのは、当然、主君かコーエン卿であるべきなのだ。予期していた分だけ温度差もある。
主君の不興を買うのが自分の勝手であるように、今回の不興を買うのは、こちらもまたダニロ男爵の勝手である。
「さて、いかがしましょうか。弁明を並べ立てたところで、事態が好転するわけでもないように思いますが」
「貴様っ!」
煽ったかのようなセリフは意図してパリスが放ったものだ。少なくとも不快な思いを味わった、ならばダニロ男爵にもそれなりに不快になってもらおう、という腹積もりである。自分を罵倒してよいのも、なじってよいのも、主君ただ一人。わきまえてもらいたい。
この応じように、ダニロ男爵が激昂したのは言うまでもないが、声を荒げる大熊を尻目にして、パリスは涼しい顔でツラツラと主君に問いかけた。
「殿下、どうやらコマチは、そこまで来ているように思えるのですが……お気づきでいらっしゃのでは?」
ヘインズは、見計らったかのように会議の終わりに顔を出したのである。小町の意向か、あるいはヘインズの意向であるのか、少なからず会議そのものに配慮を示してある。そして何より、小町の意図するところが、あえて武将たちを煽ろうとしているように思えてならない。となれば主君やコーエン卿に足を運ばせるのは、かえって武将たちの反感を買うところとなり、小町にとっては願ったりでもある。ここはひとまず、あの娘の手には乗らないのが上策であろう。
そしてそして、すぐそこまで来ていると思った根拠であるが、こちらはランバートの言うところの勘というやつだった。小町の周到さを知っていたからこそでもある。どちらに転んでも分があるように、あの娘はそうやって立ち回ってきたのだ。主君とコーエン卿が馳せ参じれば武将たちの反感を煽ることができ、また逆に、自身が同席する機会を得れば、それこそ本望。客人という立場上、要人たちが何らかの応答を返すと、そちらも承知のはず。
持てる限りのものを利用して退路を断ってくるのが、あの小町という娘だ。何らかのきっかけを得たのか、彼女はすっかり本調子となったらしい。予想通りというべきか、何というべきか……
ともあれ、この周到さは、かえってあっぱれである。縛り上げてでも動かすなとヘインズには命じてあったのだから、どうやって猛禽の男を使いっ走りに仕立て上げたのか、そちらも知りたいところでもある。
では、わが主君はどう出るのか。パリスの読み通り小町がそこにいるなら、既に嗅ぎ付け、静観しているはず。
ツラツラと涼し気にパリスが問うと、さしものダニロ男爵も静かになった。ディクシードの返答に注意をそそぐ。皆が一様にして主君の言動を待つこととなった。
「コーエン、お前が決めろ。あれは、そこにいる」
やはりか……
自分の勘が正しかったとパリスが満足する一方で、コーエン卿はむっつりと黙り込んだ。この事態をどうすべきか、考えあぐねているのだ。
「――お通ししろ、ヘインズ」
重々しくあえぐような声は、コーエン卿の心境をあらわしていた。それに対して大熊が憤慨し、再び声を荒げた。
「コーエン卿っ、血迷われたかっ! 女人をこの場に呼び込むなどとっ」
「血迷うたのは貴様であろうっ、ダニロ! 招くか招かんか、殿下は私に託されたのだ! 口を閉じて従うべきと心得んかっ!」
一喝を返し、コーエン卿は居住まいを正した。
こちらも苦渋の決断であるのだ。若造になめた口をきかれる覚えはないっ!
ついにはダニロ男爵も黙りこみ、普段は温厚な辺境伯の一喝を尊重することになった。あいもかわらず憮然とした表情だが、そこは武将である。憮然としたまま、大仰なしぐさで腰を下ろした。
かくして小町は、貴重な会議の一席を確保することに成功したのだった。
◇◇◇◇◇◇
つつましくも厳かに、コーエン卿の天幕に現れた彼女は、居並ぶ武将らの顔を一人一人悠然と眺め、至高だとばかりにうっすらと笑みさえ浮かべる余裕ぶりだった。
これはどうにも武将らの鼻っ柱を折りに来たに違いないと、パリスとランバートは、二人してさとりの境地に立っていた。
「お目通りがかない、ようございました。誉れ高い皆さまにお会いできたこと、光栄の至りと存じます」
この娘が猫を被っていると知っているのは、ディクシードと両翼だけと言えよう。彼女の所作や口上には全くと言ってそつがなく、非の打ち所がない腰の低さであったのだから。それが罠だと知っているのも、やはりこの三人なのだが。
そして、べリントン侯爵こと御仁である。こちらはすっかり紳士面となり、かの女人にちゃっかり隣席をすすめるのを見ると、ダニロ男爵も口出しできず、ますます不機嫌そうに鼻を鳴らす。出鼻をくじかれた格好となったわけだ。
「小町・ダヴィ・エインズワースと申します。小町とお呼び下さいませ。皆さまにはお耳汚しでございましょうが、まずは貴重な一席を賜れたこと、感謝いたします」
浅すぎず深すぎず、絶妙な加減で頭を下げた小町は、御仁の隣席に楚々として腰を下ろした。どの武将も厳めしく眉を寄せ、決して小町と目を合わせようとしない。彼らにとっては女人相手に不本意な腹の探り合いとなるのだ。無理もなかろうことだった。
唯一、御仁だけは、側近を使いっ走りにした娘に対し、柔らかな笑みを浮かべて裂傷のぐあいを問い、良好だと返事を聞いて、満足そうにうなずくのである。はなから腹の探り合いになど加わる気はないと言わんばかりであった。
そうしてたっぷりと、重々しい沈黙が続く。討伐地を望む野営地だというのに、異常なほどの静けさが天幕を支配したのである。
さてさて、いったい誰が口火を切るのか。パリスは高みの見物を決め込むつもりで眺めていたが、意外なことに、その大役を買って出たのは彼の相棒だった。
「コーエン卿、いいですか」
どうにも敬語というのが苦手な男だが、ランバートといえど、この武将らを相手にするとき、ちゃんとせねばと思うのである。ボルコフ一派は別として、これでも、ちゃんとしているつもりである。
「パリスの名誉のためにも誓って申し上げますが、この娘を休ませるよう――勝手気ままに出歩けんよう、手は打っておきました。手抜きなんぞしていませんし、断じて思いあがってもおりません。ご留意いただきたい」
ランバートからすれば、ダニロ男爵の指摘は不名誉なものだったのだ。
どんな事をしてでも必ず小町をとどめろと、きつくきつく、部下達に言い渡してきた。その場にいたジニアスの部下にもである。さらにはヘインズの手を借り、万全ともいえる対策を講じ、決して逃すまいとしてあったわけで、部下たちを能無し呼ばわりされたかのような、そんな気にさえなった。矜持ゆえだと言われようが納得がいかない。
不手際など断じてないっ! と言いたいところだが、現に小町はこうして顔を出しており、なんとかこらえて平静さを保ちつつ主張したのであった。
コーエン卿はランバートの胸中を察したのか、しかと頷いてみせた。
「ダニロ殿、貴殿も承知しておろう、殿下の両翼はよく努めておるとな。よいな、これ以上の言及は控えてもらうぞ」
「……悪かった、レイゼン、オーディリック」
憮然とした詫びではあったが、ランバートは良しとした。詫びなど期待していなかった手前もある。だが一方で、納得がいかない事柄が残ってある。
どのようにして猛禽の男を使いっ走りに仕立てあげたのか――
パリスと同様に、腹立たしく思っていたのである。
御仁の側近であるヘインズは、ランバートの師でもある。その男の猛禽に例えられる目は、いかなる事柄も見逃さないことからそのような異名を轟かせるに至った。それをこうも簡単に……
苦々しい思いでランバートは小町を睨みつけた。切れ長の目を細め、精悍な顔立ちに鋭さを加え、ひたとその目を据えてやる。
「あんた、どうやって来た」
どうして、ではなく、どうやって、と聞いたわけだが……
この時、ランバートの問いにパリスの思惑も重なった。手段も知りたいところだが、会議の場が茶番劇になる前に、小町の化けの皮をさっさと剥がしておこうと思ったのだ。
この娘を相手どる場合はとくに、相応の心構えが必須であるのに、要人たちにはその点が備わっていない。おおかた、右も左も分からない小娘だと思っているに違いなかった。ならば、武将らにもその点をしかと備えてもらうべきで、役者としては自分が適任でもある。彼女はパリスに向かうとき、決して容赦しないのだから、それならそれで仕向けてやろうと、こういう思惑だ。
「ランバート、どうせこの娘、ろくでもない手を使ったに違いありません。ヘインズを転がしてみせたのですから、とてもではないが真っ当な手段とは思えない。聞いてやるのは癪ではありませんか?」
聞いたところでベラベラ喋るとも思えない。適当にはぐらかすか、あるいは、知りたいの? と、こう返してくるに違いないとも思う。小町の常套手段、揺さぶりであろう。
「聞くなってのか?」
仏頂面のランバートは、横目でパリスを睨みつけた。対してパリスは相棒に答えず、小町にすーっと目を向けて見せる。
聞くな、というわけではない。喋るもよし、喋らないのもよしだ。この娘が意図して武将たちを煽っているのではないかと、そちらの疑問にも探りが必要だった。出かたを窺うにはパリスにとって悪くない状況といえる。
さて、この娘はどう返してくるのか。
「方法なら後で分かるわ。軽く見積もって五通りはあるけど、その中の選りすぐりよ」
なんとも傲慢で、上からで、高飛車な言いようである。やはり煽っているのだとパリスは確信した。
「ほう、五通りもあるのですか、驚きました。全て白状しろと言いたいところですが、あなたにその気は――」
「あると思ってるわけ? バカにしないでよ」
もちろん、白状するわけがない。次は同じ手が通用しなくなるのだから。
予想通りの切り返しにパリスが満足する一方で、武将たちは娘の横柄な態度にいきり立った。再び怒りを燃え上がらせ、口々に吠え始めたのだ。
「なんと傲慢な娘かっ! 口のきき方を知らんと見えるっ!」
「五通りとは聞いて呆れる。女狐でも気取るつるもりか、小娘が」
「出し抜きに成功したからと図に乗りおって!」
兵力を誇る武人達は、彼らならではの解釈をもって、そのように憤慨した。虚勢を張っていると信じて疑わないのである。たかだか小娘が打てる策などしれている、と。
では、対する小町であるが、彼女からすれば決して虚勢ではなく、事実であった。あくまでも普段通りの切り返しをしたまでで、五通りという手段に関しても謙虚な数字。この席を確実に確保するもよし、武将たちの誰かを引っ張り出すもよし、どちらに転んでも構わなかったわけで、その手段など五通りと言わず幾通りもある。
泥にまみれて駆け込んでみる、助けてくれと誰かに流言を吹き込む、ディクシードの天幕で狂乱する……などなど。置かれた立場と環境を最大限に利用するなら、力技などどうとでも通用する。むしろ頭を使った駆け引きがないぶん、言い出せばきりがない。その中でも最も穏便で波乱のない方法を選りすぐったのだから、小町からすれば謙虚と言えるのだ。
武将たちにも自負があるように、こちらはこちらで経営者の自負がある。大企業を相手取り、さまざまなプレゼンをこなし、敵対社を蹴落とし、社運を軌道にのせてきた自負がある。武将相手のプレゼンなどお手のものと言いたいところだが、さすがの小町も、こう見えて緊張していた。
だが、なにぶん負けん気が強い。しょげかえって膝を抱えて泣き言ばかり口にするよりも、自分の力量がどこまで通用するのか、この世界でも知っておきたい。後々の立ち回りのためにも。
「コーエン卿、このような女をいつまで放置なさるおつもりか。なにゆえ招き入れたかお聞きしたい」
「会議の場に男のなりで顔を出すことが不届きなのだっ! 口のきき方を学んだあとで出直してくるがいいっ!」
「敬意という言葉を知らんのかっ! 若いといえど両翼には敬意を示せ! この場で詫びぬなら出ていけっ!」
セレジオ卿は静かな怒りをにじませ、ボルコフは罵声を浴びせかけ、ダニロ男爵はつまみ出してやろうかという勢いである。
静かだった天幕は、一転して怒声が飛び交う場となったわけだ。なんとか怒りを抑えた他の武将らも、取り繕おうと形ばかりはなだめるが、内心では、誰が止められるものかと匙を投げる状態である。いつ主君の怒りが向けられるのか冷や汗ものであるのだから、彼らにすればたまったものではない。
そんな中で、ダニロ男爵は、すましきって叱責をやり過ごす娘に不快感を募らせていた。彼女が自分にだけ妙な目を向けてくる事に気付いたからだ。時おり、腹立たしそうに他の武将にも敵対的な視線を投げているが、どうにも……特に自分にだけ、鋭くも生意気な眼光を送り付けてくる。おかげでいっそう腹立たしく、怒りは増す一方である。
しかしそれでも、そこへ直れと叱責を続けるうち、彼女の反抗的な視線が何ゆえ自分にだけ向けられているのか、ようやく思い至った。小町の意図することを悟ったわけだが、そのあたりはさすがと言える。
「よもや貴様、意趣返しではあるまいなっ!?」
言い捨てた途端、待ち受けていたかのように娘はツンと顎を上げてみせた。
「やはりそうかっ! 公然の場で叱責したことを根にもち、この私に仕返しに参ったのであろう! 女の分際で小賢しい真似をしおってっ!」
忌々しく吐き捨てると、今度こそ娘は、隠しもせず鋭い眼光でダニロ男爵を睨み返し、次の瞬間、怒り任せに卓をバンッと叩きつけ、勢いよく立ち上がったのである。よほどの力であったのか、卓に乗せてあった武将たちの文明の利器が派手な音をたてて飛び上がり、ド派手な音をたてて点でに着地する。
さしもの武将たちは意表をつかれる格好となった。
「口を開けば女女女女娘娘娘娘……それほど女人が珍しゅうございますか?」
「……っ!」
まさかの切り返しであった。名だたる武将達でも、返す言葉を詰まらせたのである。そこを小町が見逃すはずもなく、黙れと言わんばかりに間髪入れず再び卓を叩きつけた。
これまでたっぷりと、三名分の集中砲火を黙って浴び続けてやった小町であるが、腹わたはグラグラと煮えくりかえっていた。
「はっきり申し上げて、意趣返しは“ついで”にございました、ダニロ男爵様」
「……なんっ、だと――」
「お返しするものは意趣だけではないと申し上げております。そもそも私は、その話をするためにここまで参ったのです。それをさも女がいることが間違いかのように捲し立てて……これでは大事な話が一向に進みませんっ! それほど男であることを誇示なさりたいなら、まずは男として度量の大きさを見せつけてはどうなんですか? か弱い女の話を聞いてやろうという殿方はいらっしゃいませんの!?」
溜まりに溜まった鬱憤が、小町の口から噴き出した瞬間であった。この世界に来てからというもの、性別が女というだけで、それはもう窮屈な思いをしてきた小町である。
やれ口調がどうだ、やれ振る舞いがどうだ、やれ服装がどうだ、やれ馬がどうだ……
些細なことをうだうだうだうだうだうだうだ……
まったくもって忌々しいというのだっ!
こうなると小町の口は止まらない。ただでさえ滑らかな舌は、いっそう滑りがよくなってしまう。毒をともなう煮えたぎる溶岩が、小さな火口から次々に吐き出されていく。
「だいたい、なんなんですか、ここは! 実りある会議の場ではないんですか!? 女の私がこうも堂々と、あなた方の言い分を受けて立とうと乗り込んでいるのに、当のあなた方はいっさい目を合わそうともしないっ! やっと合ったかと思えばもっともらしい小言を怒鳴りつけるばかりで、まともな話し合いをする気もない! さっさとつまみ出してやろうと構えているではないですかっ! 小賢しいのは私ですか、あなた方ですか!? これではどちらが女でどちらが男か分かったものではないと、そうは思いませんか!?」
三人分の集中砲火は、それ以上となって武将たちの顔面に放射し続けたのである。もはや小町は、水を持ってこい水を、という状態であった。
「この際ですから申し上げますけど、男装が不敬だと言うのも納得がいきません。討伐前の野営地にきらびやかな夜会服を着てくる大バカ者がどこにいるんですか? “頭のネジが緩いご令嬢”なれと? 冗談じゃないわっ! やれ口調がどうだ、やれ敬意がどうだと乳母さながらにご指摘なさるのも結構ですけど、正直、敬意や謝罪は強要するものではないと思いますし、強要されたくもありませんっ! 誰に詫びようが誰に敬意を示そうが、私の勝手ではありませんかっ! だいたい、この席を賜れて感謝している、あなた方に目通りがかない光栄に思うと、まず最初に口上として述べさせていただいたはずです! この一席がどれほど貴重で尊いものか十分わきまえておりますので、いちいちいちいちいご指摘いただかなくて結構っ、大きなお世話よっ!」
もう一発、卓をバンッと叩きつけて着席し、ふんぞり返って腕を組んで足も組む。不敬で上等っ、体裁などクソくらえというのだ!
「両翼に敬意を示せですって? 言われるまでもなく示しておりますの、親しみを込めて。もちろん私なりの敬意ですけれど、あなた方は全く足りないと仰る。何を言えばご満足ですか? 何をすれば敬意だと認めるのですか? 二人の価値を見極めるのに一週間では足りないと仰いますか? こう言っては何ですけど、私が誰に目を付けているかも知りもしないくせに、勝手なことを言わないでもらえますか? 気に入りの騎士はパリスとランバートだけではありませんの。可能なことなら、いっさいがっさいまとめて母国へ連れ帰ってやりたいところですっ! 義理の姉や友人たちに紹介すれば、たちどころに私の株は上がりますものっ!」
これでもかと胸を張って言い切ってやる。やや方向性がおかしくなったのは、日ごろの妄想癖が顔を出したせいだった。小町の願望であって、妄想癖の賜物である。至高の眼福であるハーレムが男どもの願望であるように、逆ハーレムというものもまた、いち乙女の願望であるのだ。
さて、小町の熱弁で名が挙がった男――ランバートはというと、居心地の悪い思いをしていた。それでなくとも“お前が欲しい”とこの娘に宣言されていた手前もあって、妙な咳ばらいをして居住まいを正そうとするが、どうやらそれがパリスのツボに入ったようだ。ディクシードの脇に立つ男はクツクツと喉を鳴らして笑いを噛み殺している。
当然ながら、その様子は小町の視界にも入っており、彼女自身、やや方向性を誤ったことに気付けていた。勢いあまって願望を口走ったと気付ける程度には、まずまず冷静であったのである。
ただし、羞恥とは無縁であった。彼女の脳は既に切り替わり、会議における今後の展開を見据えていた。せっかく武将達が聞く耳になりそうだというのに、これ以上の毒放射は無用であるのだ。長引く放射はかえって逆効果になり、武将たちが不届き者めと正気に立ち返る前に、次なる段階に入る必要があった。
化けの皮も脱いだ。
ダニロ男爵への小さな嫌がらせも果たした。
性根の悪さも見せつけてやった。
女だからと手加減されるのは気に入らない。
この場にいる誰が相手でも譲るつもりはない。
たとえ、ディクシードが相手でもだ!
「すでにご理解いただけたと存じますが、あなた方と私との間には、価値観というものにおいて大きな相違があります。私としましては、この一席を賜ったからには、あなた方と対等であるべきと考えますし、それが最上級の敬意でもある。どなたに対しても媚びへつらう気はありませんので、どんな指摘を受けようと、口調や態度を改める気はありません。当然ながら、あなた方の主君であるディックスに対しても同様だとお考え下さい」
「――コマチ殿っ、それが不敬だと申したはずだっ」
コーエン卿であった。
小町のあまりの威勢のよさに、他の武将らと同様に唖然としていた組であったが、かの人物は一足早くこの娘との舌戦を経験し、そのぶん正気に返るのが早かったのである。
「もとはと言えば、貴殿が女人らしく振る舞うことを欠いておるせいで不敬と映るのだ。目上の者への礼儀に重きを置き、慎重に言葉を選ぶよう努めればよいだけのこと。そう思わんか」
もっともな主張に聞こえたが、小町の考え方は違うのである。
これでも女性らしく振る舞っているつもりで、イギリスに帰れば小町など淑やかな部類に入るのである。ズボンをはいて咎める人もいなければ、主張するたびに口調がどうのと文句を言う人もいない。女性らしい事と淑やかさはイコールではないし、かといって、淑やかさと主張しない事がイコールになるとも思わない。淑やかでも大人しくても、主張できない人間は決して這い上がれない世界で生きてきた。
生活環境が違うのだから価値観が違うのは当然で、考え方も様々だというのに。ここでは尊重し合えず、頭ごなしに否定されてしまう。
「女だろうが男だろうが関係ありません。ここは会議の場です。よりよい実りをもたらすために設けられた話し合いの場。実りある話がしたくて参りましたのよ、私。性別や身分差にとらわれて、対等にものが言えないなどと話し合いにすらならないではありませんか。おべんちゃらを並びたてる女人をご所望なら、妓館なり娼館なりへ行かれればよろしいのです」
「ぎ、妓館とはっ……ま、また、屁理屈を――」
「慎ましく淑やかに、お上品に女らしく……とても素晴らしいことだと思いますし、愛でるだけなら申し分のない女性でございましょうね。あなた方が私に押し付けているのは、そういった女性像でしょう。でもそうだとしたら、あなた方の仰っていることは矛盾していることになる。会議の場に女が無用だと決めつけているのは他でもないあなた方ですのに、私に対して妙な偶像を押し付けていらっしゃるんですもの。女人が不要だと言うなら、女人らしく振る舞う必要もないかと思います。お言葉を返すようですけれど、屁理屈はどちらでしょうか。都合の悪い時に並び立てる理屈を“屁理屈”と呼ぶのではないのですか?」
「…………」
「ついでですからもう一つ指摘させていただきますけど、あなた様とは丘を下りながら口論した覚えがございますわ、伯爵様。あの時あなた様は、“小町という娘は不敬者だ”と認識されたはずです。ならばなぜ、その不敬者にこの貴重な席を与えようと思われたのですか? 私の話に多少なりと聞く価値があると考え直していただけものと解釈しておりますが、間違っておりますでしょうか?」
コーエン卿はついに黙り込んだ。図星なのである。
本人も不思議なのだが、横柄で屁理屈ばかりこねる娘を腹立たしく思う半面で、彼女の言い分をひとつ聞いてみたいと、そんな風にも思っていたのだ。丘の上での会話はコーエン卿にとっても悪いものではなかった。むしろ、実りがあったように思う。
「私の感覚で言うなら、価値を見い出していただいた話を本心でもない上っ面なおべんちゃらで装飾してしまう方が、よっぽど不敬です。貴重な一席を賜れたのはあなた様のおかげですのに、あなた様の誠意を蔑ろにしているも同然ですもの。誠意を得た以上は誠意をもって応じるべきです。もちろん私の思う誠意ですから、あなた方の思う誠意とはズレがある。でもそれは、根本的に価値観や考え方が違うのだから、仕方がない話ではありませんか?」
「…………」
「価値観の相違を全て理解しろと言っているわけではないんですよ、伯爵様。ものごとの見え方や考え方は人それぞれで千差万別ですもの。ただただ単純に、ほんの少し、ほんの少しだけ、尊重し合えないものかと申し上げているだけで、人の上に立つあなた方にはそれほど難しい要求だとも思えません」
「……貴殿の言い分を聞いておると、ものは言いようだと思うのだがな」
不服そうにコーエン卿は応じ、小町は思わず笑んでしまった。いかにも石頭といった武人が、不貞腐れているように見えるのである。
「この口は私の唯一の取り柄です、伯爵様。場合によっては剣にも楯にもなる。正面きってまともにやり合う気で参りましたのに、この口を奪われてやる気は毛頭ございませんわ。武器も防具も持たないなどと勝負にならないではありませんか。負け戦は願い下げですから」
緩くなった口元のまま言いきって見せると、コーエン卿の向こうでダニロ男爵がフンッと鼻を鳴らした。憮然とした様子で腕を組みなおしているが、こちらの武人も、ずいぶん興が削がれたようである。
少なからず理解してもらえたようだと解釈した小町は、さてさて、どうやって本題に入ろうかと思案し、左腕のシャツをまくり上げた。剣や楯こそ持たないが、ちゃっかり小道具を仕込んでおいたのである。
文明の利器――時計。
天幕の外で会議の終わりを待つあいだ、パリスが刻限を読み上げているのを知った小町は、腹痛を装ってヘインズの目を盗み、あちらの世界から腕時計を引っ張り出しておいた。こちらの世界にない品々の中で、小町が最も欲したのが時計だった。掛け時計はおろか、置時計も城の部屋にはないのだ。コープレイの街で時計屋を発見して購入を検討したものの、あまりに高額すぎて断念せねばならず、あの時すでに、機を見て引っ張り出してやろうと決めていた。
同時に、この会議においては、最も用心しなければならない男を釣り上げる小道具になるのだ。最強の敵はあらゆる手を講じて潰しておく必要があるが、おそらくそれも、この男の前には時間稼ぎにしかならないだろう。
「何をしている」
さっそく、その男は食いついた。あちらの世界の品物に目がない男――ディクシードである。
「タグ・ホイヤーの腕時計よ、ディックス。合わせといてくれる? バイクに乗ってるとついつい時間を忘れちゃうのよね、困るでしょ?」
言いながらベルトを外し、ほらよとばかりに放り投げた。武将らにとっても高価な品が、彼らの眼前で弧を描いて宙に舞う。
投げたのだ。小町は。
あろうことか、アタナシアが誇る文明の利器を……ほらよと……彼らの主君に向かって……
武将たちが唖然としたのは言うまでもない。パリスもランバートも唖然としていた。この娘は物の価値さえ知らんのかと、こちらの二人はそういった感覚である。
そんな中、落とすことなく見事に時計を受け取った男は、投げるなと小言を呟いたかと思うと、早速その品を裏表とひっくり返して眺め始めた。小町の思惑通り、愛で始めたのである。
人のことを猫だと言うが、この男も猫ではないかと小町は思う。まんまと玩具に飛びつき、思うぞんぶん愛で倒すのだから。
「コープレイで買おうかと思ったんだけど、高すぎて手が出せなかったのよね。たいした機能もなさそうだったし、無駄に大きくて持ちにくそうだった。でもほら、私のはすごくコンパクトでしょ? 防水防塵で衝撃にも強くて多機能なの。価格もお手頃でね、蓋を開け閉めする手間もいらなければ、腕に巻いとけば落っことす心配もいらない。無駄のないところが私にピッタリだと思わない?」
「ずぼらなお前には似合いだろう」
「いちいち一言多いのよ、あなたは。ちゃんと合わせときなさいよ」
世間話のような会話が武将たちの眼前で飛び交っていた。それだけでも彼らにとっては驚きだというのに、さも当然と言い放つ娘のセリフの中に、武将たちの矜持を激しく揺さぶる語句が含まれてあった。
――衝撃に強く、防水、防塵……多機能……
パリスもついつい刺激され、主君の手にある“たぐほいやー”とやらを覗き込む。
黒い帯がついたそれは、確かに時計の様相だったが、パリスのそれよりもずっと小さかった。盤も黒く、見慣れない記号がグルっと並び、指針が時を刻んであった。そしてその中には、円周状のものが三つも配置されてあって、それはあたかも時計の役割を果たしているようにも見える。いわば、時計の中に三つの時計があるのである。
「……指針が……六つも……」
「文明国はこの国だけじゃないのよ、パリス。私の母国も文明を誇る。たとえ価値観の相違はあっても、そういう意味では、あなた達と私は対等にものを見ていると言えるわ。機能の説明はあとにして、さっさと本題に入りましょうか」
高飛車な娘は、会議の再開を一方的に宣言したのであった。




