第7話 決意表明
小町が伯爵夫妻の部屋を訪れると、ローテーブルを囲って、夫妻と義姉達が雑談していた。
「お帰りなさい、義父様、義母様。もっとゆっくりされるのかと思っていました」
夫妻に歩み寄り、頬を寄せて挨拶を交わす。その間、義姉達は沈黙していた。
「また走ってきたんだね? とんだお転婆だ」
「困ったものだわ。いつになったら素敵なボーイフレンドを紹介してくれるのかしら? ねぇ、あなた」
クスクスと笑う夫人は、最愛の夫へと意味深に片目を瞑ってみせた。義姉達のたじろぐ様子が視界の端に映る。
プレザンス子息の話は既に聞いているはずだが、夫人はボーイフレンドという単語を臆せず口にした。空気が読めないわけではなく、分かっていて楽しんでいるのだ。
悪戯が成功したと言うように、小町に対してペロリと舌を出して見せる。吹き出したくなる衝動を抑えて話題をかえる事にした。
事実とは程遠い話を夫妻がどんな風に聞いているかは分からないが、この様子だといつもの事だと見当をつけているのだろう。既に義姉達のご機嫌は悪いはずで、それを更に損ねてしまえば、話は一層ややこしくなりそうだ。
向かいのソファーに腰掛けながら視察の様子を問うと、今回はこんなだったと、伯爵が面白おかしく話を引き取ってくれた。
義姉達の前で、伯爵はあまりビジネスの話をしない。小町に対しては、ある経緯がきっかけで意見を求めてくるようになっていたが、義姉達にとっては、そんな区別も面白くないと感じているはず。
遅れてきた小町に侍女が紅茶を用意していた。その視線が不自然に頬の上を撫でていく。
どうやら気持ちよくバイクで走っていた間に、応接室前の出来事は、侍従達へ知れ渡ったようだ。
そんな事を思いながらも伯爵の話に相槌を打っていたが、夫人が焦れた様子で切り出してきた。
ここからが本題だ。
「そんな事よりも、アクシデントがあったと聞いたのよ、コマチ。あなたに素敵なお客様がいらしてたんですって?」
「ええ、そうなの。走って帰ってきたら、ケヴィン・J・プレザンス様がいらしてました。アリッサお義姉様から私の話を聞いてらしたみたいで、一度話してみたかったとおっしゃって」
名を出されたアリッサは、小町を侮蔑に満ちた眼差しで見据えていた。
「長い時間お待たせしてしまったんですけど、気にされた様子もなくて、とても楽しくお話をさせていただきました。素敵な方を紹介して頂けて嬉しいですわ、お義姉様」
淑やかに笑ってみせれば、歯軋りが聞こえそうなほど奥歯を噛み締め、アリッサが睨みつけてくる。かたや二番目の義姉は目を吊り上げ、金切り声で喚き始めた。
「よくも言えたものね! あんたなんか紹介するわけがないわっ! 本当の事を言いなさい! どうして彼があんたを訪ねてきたの!? どんな手を使って姉さんの彼を誘惑したの!?」
姉さんの彼という言葉をやたらと強調し、捲し立ててくる。本当の事を話せと催促するのはいいが、そうなると彼女自身が墓穴を掘る事になる。それでもいいのだろうか。
とはいえ、事実は簡潔に話すつもりでいるのだが。
「ジェニファー、静かになさい。そんな大きな声を出さなくても聞こえています。あなたの話ならさっき聞いたでしょう? 次はこの子の番です。話の途中で口を挟むのはレディーとして感心しません」
チラリと流し目を送り、夫人が静かな声でたしなめた。教師のような口調に、ジェニファーはピタリと口を閉ざしてしまった。
つい先ほど夫人自身が舌を出していたというのに、そんなレディーらしからぬ行為を全く無視した発言だった。
そうかと思えば好奇心に満ちた目を向けてくる。相変わらずの切り替えの早さに感嘆してしまう。これこそが夫人の取り柄でもあり、武器でもある。
「まさかとは思うけど、ご子息はただの世間話をして帰られたのかしら? そこのところは、きちんと話してもらいたいものね」
さぁ、洗いざらい喋ってしまいなさい。そんな夫人の言動だった。
「義母様、予想はされているのでしょう? 意地の悪い事を言わないでほしいわ」
訴えれば夫妻が声を上げて笑う。小町自身、義姉達と夫妻の温度差は十分に理解している。それを分かっていてのセリフだった。
話がややこしくなるのは面倒だが、押し黙る義姉達をもっと煽ってやりたい……とも思っている。
「一目惚れしたとおっしゃって、交際を申し込まれました。これで満足かしら、義母様?」
身を乗り出していた夫人は満足そうにホウッと息を吐き出し、ソファーの背にゆったりと体を預けた。
一方の伯爵は両手を組み合わせて膝の上に置き、亡き父とそっくりな表情で問い掛けてきた。
唇の端を片方だけ上げ笑んでいる。
「それで? コマチは何と答えたんだい?」
そろそろ地雷を仕掛けなければならない。もちろん踏むのは自分なのだから、被害は最小限にしたいものだ。
「お断りしました。とても素敵な方でしたけど、彼の気持ちには応えられません」
キッパリ言い切ると義姉達の息を呑む気配が伝わってきた。申し出を断った事に驚いているようだ。
二人の様子には気付かぬふりをして、小町は意図的に視線を伏せて見せた。それはもう切なげに見えるように。
これだけで十分だ。夫妻には伝わるはず。
「おかしいわね。あなたも子息に好意を持っているように見えるのに……。そんなに素敵な人だったの?」
「ええ、とても。思慮深くて思い遣りがあって、ユーモアもあって、それでいて情熱的な方でした。つい時間を忘れて、話し込んでしまったの」
下の義姉が何か言いたそうな目を向けていたが、無視を決め込んだ。
どうせ侮蔑の言葉しか聞けやしない。自分から聞いてやる人のよさなど持ち合わせてはいないのだ。
「そんなに好意を抱いているなら、お付き合いしてみても良かったのではなくて?」
「お母様っ、何て事をおっしゃるの!? 姉さんの彼なのよ? そんなこと、許されるわけないじゃない!」
我慢の限界がきたらしく、立ち上がったジェニファーが再び喚き散らした。
いったいその体のどの辺りから、そんな金属質な声を出しているのか、ぜひ一度聞いてみたいものだ。もっと彼女に近付けば青筋も見えるかもしれない。
場違いな内心をひた隠し、わざとらしく不思議そうに義姉を見つめ返した。アリッサと彼が付き合っているなどと初耳だ。そう態度で示して見せる。
「アリッサ、彼とは付き合っているのかい? もしそうなら、二人の父として傍観するわけにはいかないよ。娘達を手玉に取るような真似は、決して見過ごせやしないからね」
落ち着いた伯爵の問い掛けに、威勢を失くしたジェニファーがポスリとソファーに腰を下ろした。項垂れるているようにも見え、聞くまでもなく答えは想像できた。
実に分かりやすい。
しかし伯爵が問い掛けたのは、彼女ではなくアリッサだ。問われれば必ず答えなければならない。それを分かっているはずなのに、アリッサは事実を口にしない。
催促するように名を呼ばれ、下を向いた彼女が小さな声でいいえと答える。
「それなら何の問題もないはずだね? 僕は、娘達の恋路を黙って見守るのが一番だと思うんだが……スザンナ、君はどう思う?」
「もちろん、そうするのがいいでしょうね。でも……面白くないわ」
夫人の言い様に、伯爵は片眉を上げて表情だけで応えていた。しかし小町に向き直った時の表情は、すでに穏やかなものではなかった。何かを見透かそうとするかのような、そんな目を向けてくるのだ。
きた!
小町は気を引き締めた。地雷なら仕掛け終わっている。後はタイミングを見計らって踏むだけでいい。
「君たち二人が子息に好意を寄せている事は明らかだ。さて、ここで疑問がある。コマチ、君が子息との交際を断った理由なんだが、姉がいる手前という複雑な理由ではないだろうと、勝手ながら僕はそう思っているんだよ。間違っているかな?」
誰かとの交際をハッキリと断る際、義姉を理由にした事はないし、今後もそんな事はしない。したいとも思わない。
風当たりがきつくなるかもしれないと、なぜ小町が遠慮しなければならないのか。恋愛は自由意志でするものであって、茶番ではないのだ。
「間違っていません、義父様。義姉様は関係ありません」
「では、なぜ申し出を断ったのかな?」
核心に迫る問いに、伯爵へと真っ直ぐに目を向けて答えた。
踏むなら今だ!
「日本へ行きたいの。だから、彼の気持ちには応えてはいけないと思っています」
脇へ置いていた書類を夫妻の前へ出してみせた。
伯爵は眉間に深いシワを刻み、義姉達は目を見開いて絶句。夫人といえば、ポカンと口を開けて呆けている。
そんな夫人の様子を見て思う。
レディーは、どこへ行ってしまったのか。




