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二輪の騎士  作者: 小町
第四章
77/84

第74話 馬か、車か

「ここは……触れても……?」

「ええ、大丈夫よ。しっかり握って、こっちに手を添えていれば安定するわ。やってみて」

 ジニアス・サンドラは、小町に言われ、バイクのハンドルに手を伸ばしてみた。内心、恐々と。

 こうするのには理由がある。この――馬とは思えない馬に、触れる必要があるのだ。

 騒音問題については、ひとまず良しとなり、続いて、例の珍妙な馬の取扱い注意点について、飼い主に教授いただている。盗伐時には彼女の馬を預かり、安全な場所に“避難”させるという任命を、ジニアスの隊が仰せつかっているからだ。選抜の十名か、あるいは、待機している補欠組の誰かが、その役割を担うわけだ。

 なにを隠そう、彼らの愛馬は“まっとう”だった。近衛の馬も、もちろん主君の馬も、“まっとう”な部類の馬。

 そんな馬しか知らないまっとうな飼い主達にとって、この妙な馬のいななきはビビってしまうのに十分であった。離れていれば遠雷、近づけば落雷。少しばかりおとなしくなっても、地鳴りのような轟きを絶えず腹の底から響かせていたのである。誰が好き好んで雷や地響きに近付きたがるものがいるものか、と皆が思うわけだ。

 まっとうな馬も人間も、バイクという馬に慣れるまで、かなりの勇気を奮い起こさねばならなかった。時間がないというパリスのセリフがこの時の騎士たちに非情に感じられたのは致し方ない。しかしながら、もっと非情なセリフが彼らを待ち構えていた。

 ――預けるのはいいのよ、問題ないわ。安全な場所へ誘導してもらうのだって願ったりだもの。

 ――でもね、適正チェックをさせてちょうだい。誰に託すかは私が決めるから。

 ジニアスの隊の中から、暴れ馬を預けるに足る人材を選別する。

 と、飼い主が言い放ち、ディクシードが了承。ざっと扶助を教わったあと、手本を拝見し、そのまま即実践とあいなったわけだ。ビビる人間には多少酷なセリフであったが、主君が了承した手前、拒めるものでもない。

 ――そんなに腰を引いてると扱えないわよ。噛み付くとでも思ってるわけ?

 たいしたことはないと言わんばかりの高飛車な娘いわく、現状のバイクは仮眠中だそうだ。確かに、あの雷のようないななきも地響きのような轟きもなく、完全に“静”の状態である。

 しかしそれでも、ジニアスが実践するまでに六名が挑戦し、適正無しと判定され、落第していた。残るは三名の力自慢と、彼らに比べればヒョロいと評されるジニアスだ。

 落第者の話によれば、この馬は、小ぶりなくせにかなりの重量とのこと。

「いい? 放すわよ? しっかり支えてね」

 簡単だろうと簡単そうに言う娘は、セリフとは対照的に、そろそろと慎重に手を放した。

 とたんにバイクが傾ぎ、腕と腰にズンっと重みがかかる。落第者達の助言のおかげか、ジニアスは耐えることができた。

 確かに……けっこう重い。

「じゃ、押してみて」

「……は……?」

 息を詰めていた口から、吐息と疑問符が漏れる。

「動かすのよ、ジニアス」

「……このままで……ですか……?」

 さも当然と小町は頷き返した。

「移動できなきゃ意味がないでしょ? バランスも上手にとれてるし、あなた、いい線いってるからできると思うわ。幌に積むまでが課題だって言ったはずよ」

 小町はそう言って、背後の幌馬車を顎でしゃくってみせる。押して積み込めと言うのだ。

 鬼……

「ほら、時間がないんだってば。手本を思い出して、頑張ってちょうだい」

 しかたなくジニアスは試みる。意外にも、わりとすんなり押せてしまった。

 しかし……

「おいおいおいっ、こっちだ、こっち。どこ行ってんだよ」

 幌馬車で待機していたランバートが手招くも、真っ直ぐにしか進まないのである。すでに馬車には板をかけ、準備万端で積み込む準備はととのってある。荷台に積み、スタンドとやらをかけて安定させるまでが課題。

 華奢な彼女は難なく動かしていた。自分にできないとは思いたくないが、どう曲がればいいのかがジニアスには分からない。

「力が入りすぎてるわ、ジニアス。ガチガチにならないように、もっとリラックスして握ってみて」

「リ、リラッ……?」

「落ち着いて、腕の力を少しだけ抜いて……そうよ、そんな感じでハンドルを左にきって」

「は、ハンドル?」

 ハンドルってなんだったか!?

「左手を引くのよ」

「左っ!?」

 そうか、左手を……

 言われたように左手を引き……結果、みごとに均衡を崩す。あわや下敷きかと思いきや、即座に助けが入り、難を逃れた。

 しかし、安堵したのも束の間で、いとも容易く馬を起こした娘から、通告が下った。

「ダメね、次」

「あの、もう一度――」

「ダメ、時間がないの。次の人、来てちょうだい」

 一度きり……

 なんとも未練が残ったが、ジニアスは内心の落胆を表に出さず引き下がる。他の落第者が労いをこめてジニアスの背を叩いた。

「そんなに難しいのか?」

 落胆する若者に声をかけたのは、ランバートであった。ジニアスは不甲斐なくも頷きながら、ランバートが待機する幌馬車へ向かって歩いていく。

「重いって聞いたが」

「見かけ以上の重量です。動きも断定的で、限られています」

 答えると、ランバートはほんの少しニヤッと笑い、茶化した口ぶりで言う。

「だからって直進かよ? こっちは待ってたんだがね」

「それが……旋回させようとすると均衡がとれなくなるんです。なんと言えばいいのか……もう一度試せたらコツが分かりそうなんですが」

「鬼教授に却下されちまったと?」

「はい」

 生真面目に頷く若者を見て、ランバートは豪快に笑い声をあげた。ジニアスにしてみれば、なぜ笑われているのか分からなかった。

「いや、お前が真面目って話よ。二度目の挑戦なら、あとでできるんじゃねぇかね」

「ですが、各自が一度きりだと釘を刺されていますし……心して挑めと」

 挑戦者全員が落第する可能性もある、と、あの教授は言ったのである。その場合は他の者を探す、と。

 バイクの存在にビビる部下たちに、更なる緊張を強いたのである。小生意気な娘だと思った者もいたはずで、ジニアスとて多少の反感を抱いてしまった。

「はっはっは、真面目め。まんまと信じやがって。コマチは最初っからそのつもりだよ」

「最初とは……またどういう……」

「はなっから上手くいくと思っちゃいねぇってことだ。ここだけの話、パリスも先に言われてんだ。野営地でも時間を欠くぞってな」

 野営地でも時間を……?

 ならば、あちらでも挑戦させるつもりだと……

 今のこの状況は――

 ランバートが言わんとすることを察し、ジニアスは一つ頷いて言った。

「現状は、“ふるい”の段階ですね?」

「ん、そういうこった。見込みがありそうなやつを選別しといて、野営地でそいつに教え込むつもりなんだろ」

「…………」

「悪く思うなよ、ジニアス。そういう娘なんだ。したたかで抜け目がねぇ。そのあたりはディクシードとどっこいってとこか」

 軽い口調で言いながらも、ランバートの目は真剣で、その目は鬼教授こと小町にヒタと据えられている。

 これは忠告ではないのか。

「正直、荷が重いように感じています」

「バイクか? それとも、コマチか?」

「両者にです。殿下と同様の気質の方なら……特に」

 ランバートは腕を組んだまま、ジニアスを横目で盗み見た。言葉とは裏腹な、勇ましい顔つきをしている。

「ですが、ついて行かねばなりませんね。あなたと……パリスさんの横に並びたいなら」

 ランバートはクツクツと喉奥で笑った。

「お前さんの場合はパリスだろうがよ。俺を巻き込まんでくれねぇかね?」

「……ご存知でしたか?」

「まぁな」

 ジニアスの噂ならよく聞くが、風評よりも、近衛に志願した理由や、そもそもの性質の方がランバートには好ましく感じられるのである。特に志願理由は、よくよく記憶に残ってある。

 いつだったか、書類を眺めていたパリスが、妙に面白がって話しかけてきた。

 ――今回の志願者、かなり変わった理由をお持ちのようですよ。

 ――んあ?

 ――ご覧になっては?

 そう言って滅多なことでは見せない志願書を、ヒラリと寄こしてきた。

 内容を見たランバートもその人物の思考を、こいつは大丈夫か、と訝ったのを覚えている。今では好感に変わっているが……

「せいぜい頑張って俺を蹴落とすこったな」

「あなたを、ですか?」

 不思議そうに問うジニアスに、ランバートは不遜に笑い返し、ディクシードの傍らで待機している男を顎で指した。

「あの偏屈モンは、いっかいの近衛じゃ満足しねぇからな。恩を返すんならそんぐらいのつもりじゃねぇと、真面目だけじゃあ、あいつは認めんだろうさ」

「……肝に命じておきます」

 そうしとけと冷やかし半分で口にしたランバートは、よっこいしょと幌に腰掛けた。

「ま、俺としても、おいそれと譲る気はねぇんだがね……。でよ? 俺の出番はいつになるんだ、あ?」

 ちょうど次の挑戦者が鬼教授に落第の通告を下されたところである。バイクの積み込みの補助を任されているランバートに、今のところ、まったく出番はない。

「つまらんね、あの馬に触れるにゃ好機だったのによ」

「…………」

 こんな状態で、あの馬を預かることが出来るのだろうか。

 ジニアスは面目ないと嘆息するのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 幌馬車の荷台に乗り込んだ小町は、せっせと愛車を固定する作業に勤しんでいた。

「その妙なものは何です?」

「ベルト」

「へえ、ベルト、ですか。そこについてる変な印は?」

「オシロイバナ」

「へえ、花なんですか。ベルトっていうのは、全体的に派手な色合いしてんですね」

「…………」

 手元をのぞき込む男に、白い目を向ける。

 いちいち一言多いというのだ。

「なるほど、そこで絞るわけですね」

「暇そうね、リディオ」

「いえ、まったく」

「そのフック、丈夫なところに引っ掛けてくれる? 帯の先端についてる金具よ。幌の付け根あたりがいいと思うの、頑丈な造りになってるもの。助かるわ、ありがとう」

「聞いちゃいないってことですか」

 さっさとしろと目で訴えると、リディオは言われた通りに動く。それどころか手際よくベルトを引き、キュッと絞る。絶妙な加減で。

「こんなもんですかね?」

「うん、いい感じね」

 よしよし、これで固定は終了だ。

「この馬、俺は車だと思うんですけどね」

 唐突な切り出しに、小町は一瞬、答えに窮してしまった。彼の言い分に誤りはないのである。

 しかし瞬時に取り澄まし、はっきりと答えてやる。

「馬よ、馬」

「間がありましたね。図星ってとこですか?」

「だから馬だってば」

「思ったんですよね、動きが手押しの車みたいだって。俺が知ってるのは荷車なんですけどね、なんか押してる感じとか――」

 なるほど、この男も聞いちゃいないらしい。

 パリスにも似たような指摘をされていた小町は、うんざりであった。車でも馬でも鳥でも蛙でも、好きに捉えてもらって結構だ。当分のあいだは認める気などないのだから。

 見切りをつけた小町は、身振り手振りをまじえて持論を展開するリディオを放置し、さっさと幌から降りるのである。

 と、ディクシードが待ち構えていた。

「すんだか」

「ええ、大丈夫よ。しっかり固定してあるし、これなら問題ないわ。いつでも出発できる」

「マイロはどうする」

 束の間考え、連れていくと答えた。バイクに乗るかマイロに乗るか、まだ決められていないからだ。

 ディクシードは一つ頷き、パリスの方へ歩いていく。普段通り颯爽と歩く姿を見送りながら、小町は次にすべき事に考えを巡らせた。

 実を言うと、懸念に対する打開策なら思いついてあるのだ。ただし、実行できるという保証が得られておらず、そのため、ディクシードにも案があると話してすらいなかった。マイロも連れて行かねばならない。

 野営地に到着したら、すぐにでも動かなければ……

 お墨付きになってから、その時にディクシードに相談しようか……

 はたまた、保証が得られたとしても、話さず強行すべきか……

 自問自答は、今も心の隅で続いている。

「まずは……あの子達ね」

 あの子達とは、二匹の猫である。彼らに頼み事がある。

 小町は馬車の傍で戯れる二匹に近付いて行った。

 なにやらバイクの正体について話す男どもの声が追って来るが、そんなものは当然無視である。

「パリスさんもそう思いましたか?」

「ええ、車でしょうね。車輪が縦並びで配置されているせいで均衡を崩すのでは? 横並びの荷車も、前後の均衡を保つのに両腕を使います」

「確かに」

「どちらにしろ自走などできないものですが、車と考えるのが妥当でしょうね」

 二人して馬なわけがないと論じているわけだ。

 パリスとリディを無視し、箱馬車の横で立ち止まった小町は、改めてその馬車を眺めた。討伐時に小町が乗り込むもので、外側には見るからに頑丈なかんぬき錠がつけられてあった。中からは出られない造りに仕上がってある。

「その錠、あなたの要望だとうかがっていますが?」

 パリスである。

「万一の備えならばと手配しました。いくらあなたでも出られませんよ」

 皮肉気な言い方は小町への挑発を含んでいた。

 が、小町はそれに乗らず、礼を伝えておいてくれと返した。すると彼は、噛みつかない小娘に違和感を覚えたのか、腑に落ちない顔をする。

 たしかに、普段なら食いついていただろう。

「出発するの?」

「ええ、頃合いですから。……どうぞ」

 パリスはかんぬきを開け、ドアを引いて小町に乗るよう促した。

「マイロに乗ろうと思ってたんだけど」

「言うと思っていました。ですが残念ながら、あなたを動かすな、というのが殿下の命令ですから、強制的にでも従っていただきますよ」

「え……命令?」

「微動だにせず、いっさい動くなとのことです。側近として思うところは多々ありますが、閉じ込めておくと答えてあります。抵抗するなら容赦しません、縛り上げて放り込んでさしあげます」

 なんだと、このヤロー。

 次第に眉間のシワが深くなる小町を見て、リディオが慌ててフォローに入る。

「疲れもあるだろうし、とにかく、パリスさんも気遣ってるんですよ。移動の間だけでも従って――」

 お前も黙ってろ。

 眼光でリディオを黙らせ、小町はディクシードを見やった。

 あの男、また監禁しようというのか!? 前科も忘れて!?

「ちょっと、側近っ」

「なんです?」

 側近よばわりにも涼し気に応じるパリスである。

「あなたの主君、過保護すぎじゃないの?」

「異論はありませんね。論争する気にもなりませんが?」

「微動だにせずですって?」

「多少の誇張はあるかと。あなた相手ならば、それも納得ですが」

「要は動き回るなでしょうが」

「ですからどうぞ」

 再び乗れと勧めるパリスに、小町はツンっと無視を決め込んだ。

 じっとしているのが嫌だ。動けるのに。

 監禁なんてもってのほか。暴れたくなる。

 箱入り娘? 冗談でしょ?

 と思う反面、なぜか怒り心頭というほど頭にきていない。何かがへんだと感じる。違和感と呼ぶには大げさすぎるが、へんなものはへん。

 自分なのか……あるいは、ディクシードなのか……何かがおかしい……

 もともとディクシードは過保護だ。世話をやきたがる傾向がある。性質は理解しているけれど、それでも何かがへんだと思う。

 監禁事件の前科については、あの時は小町が特殊な状況下にあったため致し方なかったとして、今はそれほど過保護になっていただく必要はないはずなのだ。誰の目にも映っているのだし、誰の目にも健康に見えているはず。

 いつからかと言われると、いつから過保護なのか分からない。劇的に過保護色が強まったわけでもない。しかし、引っ掛かかるものは引っ掛かるのである。

 ここに来るまでだって、城の回廊でほんのちょっと躓いただけで担ぎ上げていただいた。普段なら気をつけろと手を貸し、介添えがどうのと色っぽい話に持ち込みたがる程度で済むのに、さっきは問答無用で担ぎあげるという強行手段に出た。

 拒否すれば何だかんだで引いてくれていた人が、動かすなと側近に命じたり、閉じ込めまで許容するのはおかしく思える。

 過保護で済ませていいとは思えない。

 もしかすると……何かあったのだろうか。

 ジーっとディクシードを眺めてみたが、彼は愛馬の上から相変わらずの無表情で眺め返してくるだけで、これといった変化は感じられず……

 この場での究明を断念した小町は、遠目にも見えるようにフンっと鼻を鳴らしてやった。

 へんなのは自分でなくディクシードだ。自分の場合、最近ではへんなのが初期値なのだから。

「乗ればいいのね?」

「そうですね、乗ってください。私のために」

 どこか満足気にパリスは言う。ようやく理解したかと言いたげだ。

「ま、理解してないのは確かだけど」

「はい?」

「こっちの話しよ。とにかく乗るわ」

 小町は、クルッと踵を返した。

「どちらへ?」

「そっちは前ですよ!?」

 慌てるリディオもそっちのけ。つかつかと馬車の前方へまわる。

 乗ればいいのだ、乗れば。馬車に乗れば。

 二匹の猫に対して頼みごとがあるが、それを考慮すれば、箱馬車の中は最適な密談の場であった。が、閉じ込めの指示に従うのは癪に障るのである。過保護すぎるディクシードの態度も気になる。

 小町は前方へまわると、ギョッと目をむく御者など知らんぷりで御者台に勝手に上り、さらなる高みに上ってやった。しっかり二匹もついてくる。

 仲良くそろって屋根の上だ。

 見晴らしは最高。スペースも十分。転がっても跳ねも、対応するだけの運動神経はある。なんなら寝てもいい。

「乗ったわよ、パリス」

 屋根の上からひょっこり顔を出した小町を見上げ、パリスは目をすがめた。その目がアホかと申しているが、小町に引く気はない。

「どこに乗ろうが私の勝手でしょ。指示通り大人しくしてるわよ、ここでね。さっさと出せってディックスに伝えてきてくれる?」

「荒れた道も通りますが?」

「あらやだ、落ちちまえって思ってるでしょ、あなた」

「…………」

 パリスはしばし小町を見上げ、やがて嘆息してドアを閉め、主君の元へ向かう。

「リディオ、あなたも行っていいわよ」

「行きますけど……その前に一ついいですか?」

「何よ、絶対動かないわよ」

「分かってますよ、そんなことは」

「じゃあ何よ?」

「御者ですよ、御者。考えてます?」

「…………」

 ……いや、あんまり……

「重々言っときますけどね、御者っていうのは、俺たちとは違うんですからね。そこんとこ忘れないでくださいよ」

「……………………」

 いやはや、おっしゃる通りでございます。

 この馬車を預かる御者は、騎士でもなければ近衛でもない。ついでに言うなら、小町に対する免疫もない。さぞや神経をつかって馬を御さなければならないわけだ。

 なにしろ乗せる相手は王子の客で、国守の客。おまけに屋根の上に居座っているときた。

 先ほどまでの勢いを失った小町は、すごすごと引っ込み、恐縮しつつも困り顔の御者に対し、小声で詫びを入れたのである。


 ◇◇◇◇◇◇


 遠く、稜線に日が沈み始め、ガーデルードの野営地に篝火が灯されると、待機していた兵達に緊張が走った。

 第一王子、ディクシード殿下が到着する――

 この一報が入ったのである。

 それは瞬く間に兵から兵へ伝わり、要人と呼ばれる武将らの耳にも入った。コーエン卿とダニロ男爵が天幕から飛び出た時には、王子の銀旗を掲げた一行が、ゆるやかな丘をのぼってきていた。

 そこで二人は、揃って妙な物を目撃する。ちょうど見下ろす格好で、後方に連なる馬車まで丸見えとなっていたのだ。

 数台の幌馬車、荷馬車、そして箱馬車……

 その上に……

 目の錯覚かと疑う間もなく、兵に呼ばれて王子の天幕へ向かわねばならなかった。風にたなびく銀旗が現れたかと思うと、黒馬に乗る王子の変貌にも驚かされてしまった。

「髪を……」

「うむ、切ってしまわれたようだ」

 ダニロ男爵が愕然と呟き、コーエン卿も頷きはしたものの、複雑な面持ちである。第一王子の母君を思い出したためだ。

 それはそれは、美しい方だった。階級制度に無縁の、それも、出自さえ定かでない捕虜の身でありながら、国王の目に留まり、正妃にと望ませたほどだ。そんな国王と当時の重鎮とで揉めに揉めたのは言うまでもなく、諸々の反対を押し切る形で正妃の座を与えられた経緯がある。

 国が傾く――

 コーエン卿とて、若いながら不安を感じずにいられなかった。それほど圧倒的な美しさを持つ方だった。

 性別を超えた美貌も、金糸に例えられる稀な髪も、同じ血をわけたご子息に受け継がれたもので、王子自身も特に髪を気に入り、いつからか長く伸ばしていたはず。

 それをまた……見事に……

 コーエン卿は、心境を隠すかのうように頭を垂れた。ダニロ男爵も居並ぶ兵たちも、むろんボルコフ一派も例にもれず、コーエン卿同様に出迎えた。

「コーエン」

 頭上から降るかの方の声に、コーエン卿はより深く頭を下げた。

「はっ」

「後の会議にブライバスが顔を出す。手はずを整えろ」

「では、天幕を――」

 ――用意させる。

 続く言葉を聞き届けもせず、主君は通り過ぎていった。

 思わず嘆息するコーエン卿に向かって、ダニロ男爵もつい同情の目を向ける。第一王子との対話は、数々の武勲を誇る武将でさえ、難しいと感じてしまうのである。対等にものが言えるようになるには、場数を踏むか、あるいは愚鈍になるほか術がない。

 いやはや……

 二人して視線を交わし、主君の元へ向かう。

 すでに王子は黒馬から降り、側近に何事かを告げていた。

「寝かせておけ」

「しかし、あの状態のままでは――」

「かまわん」

 ぴしゃりと返し、ディクシードが停車したばかりの箱馬車を見やった。

 するとどうだろう、灰色の塊がその屋根からピョンと地上へ降りたかと思うと、一瞬にして巨大な姿に変貌をとげたのだ。

 灰の……聖獣……

 兵が息をのみ、コーエン卿も思わず足を止め、固唾をのんで動向をうかがった。聖獣の顕現というものを、これほど近くで目の当たりにしたのは、ついぞ久しかった。

 国守の子が例の娘に懐いていると噂にあったが……おそらく、その二匹のうちの片割れではないか……

「どこへ行く気だ」

 ディクシードの単調な声が響く。聖獣への問いだったが、しかしその聖獣は、見向きもせず走り出した。

 誰もが畏れおののき道を開ける中、ディクシードが動いた。自身の天幕を横切り、野営地を一望できる場所で足を止めたのである。

 パリスが追従し、遅ればせながらコーエン卿とダニロ男爵も続いた。

「気がかりでも?」

 パリスが問うても、ディクシードは無言である。が、その視線は、やはりあの聖獣を追っているようだった。

 丘を下り、天幕の間をぬい、何ごとかと飛び退く兵を尻目に、薄闇の中を森へ向かって駆けていく。篝火の炎が激しく揺らぐ。

「国守の元へ向かったのでは?」

「そのようですな」

「…………」

 しばらく、皆が聖獣の行方を追ったが、いつまでも動かない主君を前に、コーエン卿もダニロ男爵も一言断りを入れ、天幕へ戻って行った。

「殿下、我々も戻りましょう」

 パリスも促した。

 もはやあの聖獣は米粒ほどにしか見えなかった。進言するも、主君の応答はない。

「見届けるおつもりですか?」

「…………」

 無言の一瞥は肯定の意味を持つものだった。

 パリスも荷降ろしを手伝うべく、その場から去っていった。

 ディクシードはついに、聖獣が森へ消えるまで動かなかった。

「何を仕掛けた」

 抑揚のない静かな問いだけが、風に乗って薄闇の彼方へ消えていくのであった。

ご覧いただきありがとうございます & お久しぶりでございます。

ちんたらやってる作者です。

年末年始の予定を調整してみたんですけど、やっぱり年始一発目の投稿を断念した作者でございます。

そこで、ご愛読いただいている皆様にご挨拶を。


長らく長らくご愛読いただきまして、まことにありがとうございます! 感謝感謝ですっ!

まだまだ長らく続く予定でございますので、見放さずご愛読いただければと思います。

来年もまた、引き続き『二輪の騎士』にお付き合いくださいませ。


さて、この第四章ですが、いよいよ討伐作戦始動です。

作者の脳内ですけども……もうね……収集不能……

武将やら主人公やらが勝手に動き回り、パリスやらランバートやら御仁やらディクシードやらも勝手気ままに動いてくれちゃって、そんでもって魔物やら聖獣やらも大暴れときちゃいますから、どいつもこいつも好き勝手しやがって……って感じです。

でもでも、まぁ、せっかく勝手気ままにやってくれてるんだから、そこんとこ、とりあえず書いとくか! って感じで、勢いにのったままタッタカタッタカPCに打ち込んでみましたら……


何とびっくり、サブタイトルもなしで80話までいっております。ワッハッハッ!

それもね、たぶん二ヶ月ぐらいでっ! ワッハッハッ!

もうね、目前まできちゃってるんですよ!ワッハッハッ!

いや~嬉しい悲鳴ですわな、ワッハッハッ!

伏線やら何やらかんやら、うまくいってるか分かんねぇ! ワッハッハッ!

めっちゃくちゃ! ワッハッハッ!


今ね、たぶん、書くのが楽しいんですよ、自分。

書きたかった討伐が目前なんですもの。

とりあえず、脳内の書き出しを一気にやって……その後は……じわじわチェックしよっ! って感じでしょうか。

なので投稿するときは、サブタイトルもつけて、いつもの感じになるように訂正入れてから投稿するので、それは安心(?)してくださいねっ!


ではでは、ここらで一つ、次話の予告を!

四章の後半は重くなりますから、もう一話ぐらい軽いのいっときますね。

近衛の年長組を前面に、野営地での騎士たちのやりとりをお届けします。

パリスとランバートはいつもいつも登場してますんで、リディオ、イバンス、ガッセの三名にもスポットを。


それでは皆様、来年も『二輪の騎士』をよろしくお願いします。

次話『軍旗』でお会いしましょう。


皆様にとって、2018年が良い年になりますように……

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