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二輪の騎士  作者: 小町
第四章
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第72話 馬&飼い主 後編

 稽古場では何台もの幌馬車が停車し、侍従らが運んでくる荷を、近衛の面々が総出で積み込んでいた。

 あれをやれ、これをやれと指示を出すのは、近衛の副官を勤めるリディオ・ベンガッセンだ。

「リディオ、ランバートはどうしたのです?」

 自身の準備を終えたパリスは、普段と違う態勢を訝り尋ねてみた。この男の上官――ランバートに報せてやりたい事があった。

「厩舎です、パリスさん。ドイルの様子が気になるそうで、ここを任されました」

「ドイルが?」

 ランバートの愛馬の名だ。

 パリスは反射的に稽古場の一角を振り返っていた。近衛の馬達を休ませている場所である。

 荷積みが終わったあと早々に馬の出番となるため、厩舎に戻さず待機させておいたのだ。

 馬丁から餌をもらう馬、水を飲む馬、木陰で草を物色する馬と様々だが、よくよくパリスが探してみても、確かにドイルだけが群れの中にいなかった。

「気になりますね……様子を見てきますので、あなたは引き続き指示をお願いします。ジニアスが到着するかもしれませんが、その時は呼びに来て下さい」

「分かりました」

 しかと頷くリディオを見届け、パリスは厩舎へ向かった。

 ジニアス・サンドラの隊がもうじき到着する予定となっていた。ランバートとて承知しており、にも関わらず、指示を副官に任せてドイルを休ませていると言うのだ。愛馬の調子が思わしくないのかもしれない。

 一抹の不安を感じながら厩舎を覗いてみたが、ランバートの姿も愛馬の姿もなく、一人の馬丁が作業している所だった。

 試しに所在を知らないかと尋ねてみると、その馬丁は厩舎裏に向かったと答えた。

「あなたがドイルの世話を?」

「はい、オーディリック殿」

「では、そのドイルの事で、特に気付いた事はありませんでしたか? 朝方の話でもかまいません。不調を感じるような事はなかったですか?」

 矢継ぎ早に尋ねるパリスに対し、馬丁は一瞬、面食らった様子で目を丸めたが、最終的に心当たりはないとハッキリ答えた。

 パリスにしても思い当たる節がなかった。今朝から同行しているが、ドイルの走りは普段通りだったはずだ。

 おかしいと直感が告げ、直感に従って足早に厩舎裏へ向かう。

 馬丁の言った通り、一人と一頭は確かにそこで休んでいた。

 ドイルは大木の木陰に入り、草を食べていた。食欲は旺盛で、時折しっぽを揺らして機嫌も良さそうに見える。見たところ異変は感じられない。

 一方でランバートといえば、愛馬の横腹を撫でながら、視線を落としてぼんやりしている。

 どちらに異変を感じるか言うまでもない。ランバートだ。

 わざとらしく足音を立てて近付くと、大柄な男は弾かれたように顔を上げ、パリスだと分かるや否や、視線を逸らして嘆息する。

 見つかったかと言いたげに。

「王都の召集の件ですか、ランバート。それとも……マリーの件でしょうか?」

「………………」

「どちらかと言うなら、あなたの場合は後者でしょうか?」

「分かってんなら聞くなや」

 ぶっきらぼうに吐き捨てたランバートは、パリスを睨め付けて再び嘆息する。

 つかの間の沈黙が続いたが、観念して口火を切ったのはランバートだった。

「どうしてもな……あいつがやったとは、やっぱ思いたくねぇんだよ……妙にモヤモヤしちまってね」

 やはり、マリーの件だった。

 小町が呪いをかけたという仮説を否定したがっている。

 条件は揃いつつあるというのに。

「感情が先にくるからですよ。あなたの場合は特に」

「……………………」

「割り切れないのでしょう?」

「んなとこだ」

 いざ仕事となれば切り替えるが、情の面では引きずってしまう。この男は昔からそういう性分なのだ。

 王都の件で気に入らない事があった時など、部下の前では取り繕ってやり過ごし、一人になって鬱憤を晴らすのが常だった。剣であったり酒であったり、その方法は様々で、パリスも気が向けば付き合ってやる事もあった。

「情が厚いと言うのでしょうね。あなたの長所だと思いますよ、ランバート」

「褒めてんのか、そりゃあよ?」

「好きなように捉えて下さって結構。あなたと私の情は、足して割る程度が均衡がとれると思っていますから。だからあなたを拾ったというのもありますし」

「……………………」

「問うてみますか、コマチに。マリーに呪いをかけたのかと」

「バカ言うな。できるわきゃねぇだろうが、んなもん」

「ならば――」

「割り切れって言いてぇんだろ? それも分かってんだ」

「…………」

「心配すんな、パリス。逃げるつもりはねぇし、何とかテメェでけりをつける。ちと時間はかかるだろうがな」

 自分自身で片をつける。だから時間をくれ。

 ランバートの言葉はそう言っていた。

「戻りますか?」

「ああ……ドイルをダシにしちまったからな。リディオも気になってんだろうから、戻ってやらねぇと」

「確かに」

 部下思いのこの男らしいセリフだった。

 厩舎の方を心配そうに見ていたのはリディオで、今頃はさぞや気を揉んでいるに違いない。

 そんな副官の様子を教えてやると、ランバートは懸念を追い出すかのように息を吐き、ドイルの手綱を引いた。

 途端に馬が不服そうに鼻を鳴らした。

「そう言えば、ガサンが戻っていますよ」

「あ?」

「ガサンです。マリーの方が落ち着いたそうで、慌てて戻ってきたようですね。今頃は荷積みを手伝っているはずですが」

 つらつらと喋りながら、それとなくランバートから手綱を奪うも、男は依然として呆けたままだ。

「行ってはどうです、ランバート。マリーの様子も気がかりの一つでしょうに」

「お、お、おまっ、そういう事は早く言えよっ!!」

 無駄にどもりながらランバートは踵を返し、一目散に走り出した。

「すまんがドイルを頼むっ」

 言われるまでもなく、そのつもりで手綱を奪っておいたのである。

 パリスは、せわしない大柄な背を無言で見送り、ドイルの鼻面を撫でた。

「行きましょうか、ドイル。あなたの主人は忙しい人ですから」

 気付かぬうちに自然と口角を上げていた。


 ◇◇◇◇◇◇


「レイゼン隊長!」

 ガッセと話し込んでいたランバートは、呼ばれて振り返り、ジニアス・サンドラの姿を認めて片手を挙げてみせた。

「おう、ジニアスッ! 休めたかっ!?」

「はいっ! 十分にっっ!」

 互いに距離があり、更には荷積みの騒々しさも相まって声の張り合いとなるも、おかげで誰もがジニアスの分隊に気付いた。

 生気の強い者をというディクシードの命に従い、十名ほどの騎士が稽古場に顔を出したのである。

 即席の選抜騎士とはいえ、よくまぁこれだけ揃えたと感心せざるを得ない強者ばかりだ。生気だけでなく、腕っぷしも確かな人材で構成されている。

「隊長……こりゃ……アレンには重圧ですよ」

 ガッセが声を潜めて言い、つい先日、そのアレンに発破をかけたばかりのランバートも頷いていた。

 近衛騎士候補の筆頭として真っ先に名が挙がるのがジニアス・サンドラだった。

 若くして一個大隊を率い、統率力の高さを幾度も発揮している有能株だ。近衛の欠員が出れば、次は間違いなくジニアスが起用されるともっぱらの噂である。

 今回の討伐の功績次第で、起用云々が決まるのは単なる噂ではない。

 そもそも、ディクシード付の近衛騎士というのは、一般的な近衛職の中でも特殊であり、その候補者というのは、有能であるが故に候補者たる存在になり得るわけだ。

 よって、どこぞの誰かが功績を挙げる度、次はそいつだと決まって噂になるものだが、ジニアスに限っては頻繁に名を聞くのである。別格と言ったところだ。

「この度はよろしくお願いします、レイゼン隊長」

 馬から下りた青年は礼儀正しく頭を下げて言った。

 赤みの強い金髪が揺れ、精悍さと対照的な幼顔に緊張が見える。

「避難の誘導にも加わらず、申し訳ありません」

「いいって、気にするな。ディクシードの指示なんだしよ。休めたなら何よりってもんだ」

「恐縮です」

 真面目――

 ジニアスに対するランバートの評価は多分にもれずその一言である。真面目の種類にも多々あるものだが、この青年には柔軟さも備わってある。

 いかなる時でも腰が低く、身分や年齢差に関わらず相手への敬意を示す。部下の話にもよく耳を傾けていると聞いていた。

「そう緊張しなさんな。こっちの調子が狂っちまうだろうが」

 砕けた口調で言ってやれば、多少の緊張が解れたのか青年はかすかに笑みを見せた。

「ところでよ、お前んとこの本隊はガーデルードか?」

「パリスさんの指示でしたので、そのように。ひとまず二十名ほど連れてきましたが、残りは城門で待機させておきました。何か用向きでも?」

「いや、まぁ、なんだ……荷積みをな――」

 ゴニョニョと口ごもるランバートを見て察し、ジニアスは即座に頷いた。

「手伝いますよ、レイゼン隊長」

 言うや否や自分の部下に指示を飛ばす。馬を繋げ、城門待機の兵を呼んで来い、と。

 いやはや頼もしい限りである。

 ジニアスの隊が荷積みに加わってくれるのは、ランバートにとって大助かりなのだ。遠方視察の任務を多くこなすだけあって、彼らの方が近衛よりも手慣れている。

「ガッセ。悪いが、パリスとリディオを呼んできてくれ。それと、コマチの防具と剣もだ」

「了解」

 走り去るガッセを見届け、荷積みの進捗具合と今後の予定を擦り合わせたランバートは、先行き良好だと判断し、自身も幌馬車での作業に加わっていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ランバートの元にパリスとリディオがやって来たのは、それから数分後のことである。

 両名とも親しみを込めてジニアスと挨拶を交わし、近衛候補の同行を歓迎していた。

「レイゼン隊長と同行できると聞いて、気が引き締まる思いです。機会をいただけたこと、感謝しています、パリスさん」

「実力が認められての事ですよ。あなたを呼び戻したのは私ではなく殿下ですから」

「期待してるんだ、ジニアス。パリスさんも隊長も、それに殿下もな」

「そう言うことだ。……つっても、今回は後衛でな、腕を振るう機会は少ないだろうが、まぁ、辛抱してくれや」

「重要な位置だと承知しています。やるからには全力を尽くします」

「おし、その意気だ」

「よく言った、ジニアス」

 ランバートに続き、リディオが励ますようにポンポンと青年の肩を叩く。

 照れ臭そうに応じていたジニアスだったが、やがてパリスに向かい気がかりを口にした。

 本作戦の要となる小町の存在である。

「正直なところ、作戦概要を知った時は驚きました。殿下のお客人は御婦人だったと記憶にありますので」

「んあ? そういやお前、コマチと会ってんだっけ?」

「二日ほど前でしょうか……国守の礼だというものの番をしていて、その時に」

 そうだったとランバートは改めて思い出した。

 視察後の休みにも関わらず、ジニアスは仕事に戻ると言って聞かず、小町の馬――バイクの見張り役を衛兵から取り上げ、自らその任に就いていた。

 確かにあの時、小町とは顔を合わせていたように思う。

 本作戦の要はその娘の生気だった。ジニアスを含む選抜の十名で近衛と陣営を組み、ガーデルードの森で小町の警護を務める。本隊も平地の後衛で待機し、その後はやはり、小町の護衛につく。

「御婦人を同行させるなんざ、思いもしなかったってところか?」

「仰る通りです。見間違いかと概要書を何度も読み返しました。ですが、確かにパリスさんの筆跡でしたし……」

「頭の整理に時間がかかって……俺も、隊長の言動に思い当たる節がなかったら、今のお前と同じ心境だったろうな」

 遠い目をして言うのはリディオだ。

「と言うことは、今は皆さんが納得の上という事ですか?」

「ここに至るまでにいろいろとありましたが、一応はそうなりますね」

「話すと長ぇんだわ、これが」

「長いですね」

 パリスが応じ、ランバート、リディオと続く。

 三者が揃って複雑な心境を顔に出していた。

 ジニアスは意外そうに目を見張ったものの、それ以上の詮索はしなかった。

 他に気がかりがあったからでもある。

「それで、その……殿下のお客人は、どちらにおいででしょうか? 馬を預かると聞いていますが、見たところ皆さんの馬しかいないようで……番をしていた時の例のものと言うのが、噂では馬らしいと……」

 言葉尻が濁ってしまうのは仕方がないというものだ。

 察したランバートは苦笑いを浮かべ、厩舎を後ろ手に指した。

「例の馬なら寝んね中だ。噂通り変ちくりんな馬でな、飼い主が出てくるまで動かせんわけさ」

「……動かせんとは……またどういう……?」

「それも話すと長い。妙な馬なんだよ、妙な」

「妙な、ですか?」

 どうにも腑に落ちないジニアスを見かねて、パリスも苦笑した。

「馬の括りに加えるのは抵抗がありますが、今のところ、そうとしか言えないのですよ。何しろ我々も動く所は見た事がありませんからね」

「馬丁の話じゃ飲まず食わずらしいですよ。生き物とは到底思えませんけどね、俺は」

「リディオ、お前の意見にゃ丸きり賛成だがな、それ以上は言ってくれるなよ」

「分かってますよ。妙な馬で通すんでしょ?」

「ん、そう言うこった。……ジニアス、お前も察してくれや」

 飛び交う会話を聞き、ジニアスはようよう頷いた。

 主君の意向である以上、それに従わねばならない。

「“妙な馬”……ですね?」

「そうだ、“妙な馬”だ」

「そういう事にしておいて下さい。ひとまずは、ですが」

 言いながらも、パリス自身が複雑である。馬とは思えないのだから。

 が、咳払いをして誤魔化しておく。

「馬はさておき……その馬の飼い主である御婦人の件で、あなたに忠告しておかなければなりません。コマチという名の若い娘なのですが……ジニアス、くれぐれも言っておきます。“まとも”だと思わないで下さい」

 忠告ならばと真剣な面持ちで聞いていたジニアスは、思ってもいないセリフに驚き、同時に困惑した。

 まともだと思うな……?

 どういう意味か、と。

「馬同様に飼い主も妙なのですよ。牙と爪をたずさえたじゃじゃ馬です。それも、毒まで保持している」

 飼い主も妙な……

 牙と……爪……じゃじゃ馬……

 毒……

「おいおい、必要以上におどかすなって。つまりな、ジニアス。“御婦人”ってもんの常識は取っ払っとけってことだ。悪い事は言わねぇ、お前のためだ」

 むしろ女だと思うなとリディオまでもが口を添え、件の“御婦人”を扱き下ろしてしまう。

 ジニアスは困惑を通り越し、ポカンと呆けてしまった。

 数日前に対面したものの、これほど扱き下ろさねばならないような負の印象は受けていなかったのだ。

 これはまた……いったい……

 と、そのときだ。

 荷積みの喧騒の向こうで妙なものが聞こえた気がして振り返り、耳をすませてみる。

「―――――っ! ――――て!!」

 何だろう。

 叫んでるのか?

 次第にその声が女のものだと明確になり、喚き散らしていると確信に変わる。

 その頃にはランバート達も気付いていた。

 ジニアス同様に城の方を眺めながら、三者三様の表情を見せる。

「おいでのようですね」

「また担がれてんですかね?」

「捕縛だろ、今度こそな」

 彼らのセリフは呆れるよりも面白がる響きが強かった。

「あの――」

「喜べ、ジニアス。じゃじゃ馬と飼い主のご登場だ」

 見据える先から現れたのは話題の二人だ。

 暴れまくる娘を造作なく担ぐ我らが主君。

 お構い無しに叫び続ける娘。

 加えて言うなら、荷を運ぶ侍従と猫もどきが二匹。

 侍従と猫もどきはともかくとして、すっかりこの構図に見慣れているはずのランバート達は、本来なら仰天するジニアスを傍観する予定であった。

 しかしながら、三名は揃いも揃って目が点になっていた。


 主君の髪が……

 バッサリと……


 我が目を疑うとはこういう事かと、すっかり呆けてしまったのである。

 当の主君が悠然と通り過ぎる時も、普段ならいち早く動く二人が動けなかった。

 主君の髪に突っ込むべきか。

 シワだらけの小町のズボンに突っ込むべきか。

 はたまた“活きのいい荷”を担ぐ経緯に突っ込むべきか……

 それとも侍従が抱えている見慣れぬ荷の方に……


「下ろせぇぇぇぇぇぇ!!!」


 いつの間にか娘の絶叫は虚しく厩舎に消え、程なくしてそこから妙な音が響き始めた。

 獣の唸り声とも雷鳴の前兆ともとれる、表現しがたい低音と高音の共鳴である。

 やがてそれがヴォンヴォンと何度も唸ったかと思うと、同伴していた可哀想な侍従らが、両耳を抑え、まろぶように転がり出てきた。

「おいおいおいおいっ――」

「例の馬のようですね――」

 顔を見合わせ同時に走り出したのはパリスとランバートだ。

 が、直後に立ちすくむ。

 現場に到着するよりも早く、不可思議な音の正体が飛び出てくるのが早かったのだ。

 例の珍妙な馬が目をむく二人に見る間に近付き、爆音と共に通り過ぎていく。耳を覆わずにはいられない騒音は、一瞬にして過ぎ去り――

 それから遅れることわずか数秒――

 巨大な白と灰色の聖獣が、競い合うようにしてその後を追いかけて行った。

 稽古場に居合わせた皆は、成すすべもなく呆然と遠のくのを見送るのである。

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