第70話 アンブロシア
第三章 エピローグ のつもりで書きました。
お楽しみ下さいませ。
聖ぺルカストロ大聖堂 控えの間――
静まり返った室内にノックが響く。
高い天井を見上げ、一人考えにふけっていた御仁は、気分を切り替えようと息を吐き出した。
「御仁、戻りました」
最も信頼を置く男の声だった。御仁の側近――ハンソン・ヘインズである。
「入れ」
承諾を得て入室した男は、広々とした部屋に御仁だけだと知るや、眉を上げて親しげな表情を作る。つられて御仁も幾分か和らいだ笑みを返した。
「お一人でしたか」
「都合よくな。……御苦労だった、ハンソン。お前も飲むかね?」
手にしたグラスを持ち上げて問う。琥珀色の液体は言わずと知れた酒である。
すると側近は、困ったものだと咎めるような口調で言うのだ。
「持ち込まれたのですか?」
「ほんの少しだ」
悪びれもせずポンポンと胸元を叩き、容器を引っ張り出してみせる。そうしておいて卓上でそれを滑らせ、飲めと促してやった。
しかしヘインズは嘆息して首を振る。
「報告後に頂戴します」
「……そうか」
付き合うのは後だと言われ落胆したものの、御仁には別の期待があった。
ずっと、その事ばかりを考えている。
「迷っておるのだよ。……結論から聞いてもいいものかとな」
これに苦笑したのは側近である。王都の件を先に報告するつもりだったが、主人は待ちきれない様子。
「逸っておられますね。よほどの期待と見受けました」
「何の為にお前を行かせたと思う? 期待がなければ離すものか」
「確かに」
「……自惚れか?」
「自負です、御仁。側近としての」
「…………」
無言の肯定を返す。唯一無二の側近だと沈黙で答えた。
グラスの酒をゆっくり回し、一口それを含んでみれば、鼻腔を抜ける香りが更なる期待を感じさせていく。
「聞こうか、結論から」
「御意に」
卓上に置かれるグラスを見届け、一呼吸置いてヘインズが口火を切る。要望通り、結論からだ。
「似ておられます。アンブロシア殿に」
期待通りの回答だった。
「やはりか、やはり似ているか。苛烈殿ではなく、アンブロシアに」
「はい」
満足気な様子で椅子にもたれた主人を尻目に、ヘインズは、“ですが”と一言付け加えていた。注意すべき点があるのだ。
「苛烈殿と私の接点は、送迎時の僅かな時間のみでした。私の見解には偏りがあると申し上げておきます」
「分かっておるよ、ハンソン。当時の事なら、つぶさに覚えておる」
苛烈と呼ばれた少女は、城の中庭で遊んでいた事があった。第一王子の妹君――エフィオラ姫の要望によって、何度かエストレージアの城に招かれていた。
しかしこの男は、近衛という職務上、遠巻きに眺める程度だったのだ。送迎時に顔を合わた時も、これといった会話があるはずもなく、せいぜい挨拶をして終いになる。
御仁としてもその事は重々承知で向かわせていた。
あの娘さんが側近の目にどう映るか知りたいが為に。
「お前と接点が多かったのはアンブロシアだ。言葉を交わす機会は多くあった。全て承知しておるよ、ハンソン。より接点が多い方に偏るという事もな」
「…………」
「その上でお前は、偏るまいと己を律したはずだ。アンブロシアだと言う根拠も一つではあるまい。違うか?」
「恐縮です」
買いかぶりすぎだとヘインズは頭を垂れる。
御仁にしてみれば買いかぶりだとは思っておらず、事実、この男の目を買っていた。指導者、扇動者としての腕も。
「教えてくれ。お前のその根拠をな」
頷き、ヘインズはハッキリと述べた。
「我が目を疑ったのは一目見た時でした。ミゴーで亡くなったモニカという娘さんの面影がありました。生きていれば……コマチ殿と同じ年頃になります」
「…………」
「我が心を疑ったのは言葉を交わした時です。アンブロシア殿によくよく似ておられると感じました。射抜くような眼差しは特に」
「……さようか。私もあの目を思い出したのだ。色は違うが、まことよう似ておいでだとな」
「…………。痛みさえ感じましたので」
正直に口にすると、御仁はクツクツと喉の奥で笑っている。ヘインズの痛みを面白がっているのだ。
「して、確信は得たのだろう?」
「我が耳を疑った時、あの方はアンブロシア殿だと。水を買うと仰っておいででしたので。ついつい凝視し、結果として身構えられてしまいましたが」
「……ほう……」
「水を恐れず、飛びこまれたのがその証拠ではないかと。洞察力、判断力は共に高く、とびぬけた行動力もお持ちでいらっしゃいます。物事をさまざまな方角から捉え、それに合わせて動かれている」
非礼と思えば詫び、非礼であっても己の信念の為に詫びない事をも知っていた。第一王子の過去を知った後、王都に対する憤りを消化して見せたのには脱帽だった。一時的なものだとしても表面上は取り繕ってみせたのだ。
年端のいかない娘さんだと侮っていたヘインズは、何という気質かと脱帽させられた。
「御仁が仰っていたように、賢い方だと感じました。ゆえに毒をも平然と吐いてしまわれます。……思えば、アンブロシア殿もそうでした」
半日に渡って小町と接し、行動や言動、その全てがアンブロシアを示したのである。
そして、全く同じ言葉を耳にして確信を持った。
水を買うと言ったセリフと、それからもう一つ。
花冠のダリアと共に聖堂に忍び込んだ時に聞いた言葉だ。ヘインズには馴染みのない言葉だったが、よく覚えている。
「アンブロシア殿は、毒を吐くのは個性だと主張されていましたが……コマチ殿も同じ言葉を口にしておられました。“ユーモア”と言うのだと」
――あなたのユーモア、私は好きよ、ハンソン。
――皮肉ってる所は特に好き。個性を感じるわ。
遠い過去、黒髪の女性は、そう言ってヘインズの皮肉を笑っていた。
「まるでそこに、アンブロシア殿がいらっしゃるかのような、そんな心地で聞いていた次第です」
「…………」
「姿は違えど、気質は瓜二つと言えましょう。結論を言うなれば……容姿はモニカ・グリーン。中にはアンブロシア殿だと」
御仁はヘインズの話を聞きながら、目を閉じて記憶の中のアンブロシアを思い出していた。
聞けば聞くだけ、彼女の姿は鮮明になっていく。
美しく……
気高く……
聡明で……
そして、ひどく儚げで……
護ってさしあげたいと……
「その程度かと……よく笑われたのを思い出すよ。この私に物事の道理を説かれた事もあった。全ての事柄には理由が伴うものだとな」
「存じております、御仁。逢引の手はずを整えた覚えもございます」
「そうだったな、ハンソン。あの逢引は心躍る時間だった」
よく泣き、よく笑う方だった。
眩しいほどの笑みを見せてくれた。
「興味を惹かれた物も覚えております。どんな様子であったのかも鮮明に」
「…………」
「コマチ殿も、何にでも興味を示されておられました。見る物全てが珍しいようで、納得するまで尋ねていらした。……それもまた、アンブロシア殿を思わせます」
「……そうか……」
「はい」
「…………」
あの娘さんはアンブロシアだ。
ようやっと……
あなたに会えた。
目を閉じる御仁は、ヘインズの見解に満たされていた。
しかし、側近には気掛かりがあった。昨晩交わしたと聞いた、御仁と第一王子のやり取りについてだ。
「ですが、御仁。殿下は……御仁の待ち人は亡くなられたと……」
「ああ、死んだと申されておった。私の待ち人は死んだとな」
「ならば、やはり――」
そこまで言ったヘインズを、御仁は片手を挙げて制した。側近が何を言いたいのか、それもよくよく承知している。
御仁の待ち人は死んでいるのではないのか。
アンブロシアは死んでいるのではないのか。
そう言いたいのだ。
第一王子が嘘を嫌う性質だと知っている男だ。
「輪廻という言葉を知っているか、ハンソン」
「…………」
「アンブロシアが教えてくれた宗教に、そういう言葉がある」
「生まれ変わりですね?」
「いかにも。姿や形を変え、同じ魂が新たに宿るという考えだ。我らの神にも似たような御力があるやもしれん」
「…………」
「国守も承知だろう。コマチ殿にモニカの面影を見たのも……おそらく、あの方の御力に起因しておる」
「国守の……御力……」
そうだ。
聖獣の力だ。
国の庇護を司る聖獣の、絶大な力。
そしてそれ以外にも、御仁に望みを持たせるものがあるのだ。
嘘を嫌う王子に死んだと言われても、望みを捨てられない理由がある。
あの日の約束が……
「アンブロシアに最後にまみえた日、彼女と約束したのだよ」
「…………」
「“いつかまた会える。だから決して探してくれるな”、と」
――もうここには来ないわ。お別れを言いに来たのよ、エドワント。あなたは、たくさん思い出をくれたもの。
――探してはダメよ、決して探さないで。私は遠い所へ行くの。
もう会えないのかと問うた自分に、彼女は言ったのだ。
いつかまた、会える日が来る、と。
いつだと問い詰めれば彼女は微笑み、こう言い残した。
――そうね……あなたが私を忘れた頃に……
――あなたが私を探さなくなった時、きっと会える。
――探さないで、エドワント。また会えたとしても、私は、あなたを忘れているから……だからあなたも、私を忘れてちょうだい。
――お互いの為に……
その日を最後に、アンブロシアは姿を消してしまった。
巷では死んだという噂も流れた。
「約束したのだ、アンブロシアと。探さないと誓い、言葉通り彼女を探さなかった。いつか会えるならと……」
御仁は、胸元から古びた紙切れを取り出し、しばらくそれを眺めた。
探さないと承諾する直前、条件を出した。その答えをアンブロシアが書いたものだ。残念ながら、読めない文字だった。
この紙切れに誓った。探さないと。
いつか、いつか……
あなたの声で……
「ようやっとだ。ようやっと……彼女に会えた」
想い続けた、その人に……
忘れられても構わない。
記憶になくても構わない。
あなたへの想いは、我が心に今もなお生きている。
この紙切れにしまってある。
この想いがある限り、あなたの傍に……
永遠を誓おう。
アンブロシア。
あなたに……
ご覧いただきありがとうございます。
ついに三章が終わりました。何とかここまで来たぞ!
それでですね……
次章にあたり、また……お暇をちょうだいする事になりました……(ー_ーゞ
何を書くかは決まってますが、組立が完璧じゃなくて……
今回は……
ぶっちゃけ、しばらくかかりそうです。
一度最初から読み返し、可か不可か吟味したいですし、組立自体がまったく手つかずなもので……
二カ月くらい……かかっちゃうかも……
バカタレめと罵ってやって下さい。。
毎度のことながら、力不足で申し訳ありませんです(T_T)
四章スタートまで、いましばらくお待ち下さいませ。
※2017.1.17追記
わたくしごとで予期せぬハプニングがあり
小説に没頭できない事態に陥っています。
残念ながら、PC端末不調などの物理的要因ではなく
どうにもならない……というのが現状でして
何とか打開しないことには前進できそうにありません。
作者の脆弱なメンタル面に起因していまして……
皆さまには全く関係のない所で足踏みせざるを得ず、歯がゆくてなりませんが……
何とか立て直すまで、もうしばらくお休みさせていただきます。
このまま何の報告もせず、放置しておくのも嫌で、
追記という形を取らせていただきました。
ご愛読いただいている方、
応援して下さっている方、
“いつ頃”という確約ができず、本当に申し訳ありません。




