第63話 A:アタナシア
買い出しを終えたダリア達と別れ、小町とヘインズらの一行は、街の一角にある兵舎を訪れていた。五棟並びの兵舎の真ん中――三号兵舎と呼ばれる建物だ。
二階建てのこの兵舎には共同の大きな食堂があり、その中二階にあたる場所を借り切って食事中である。階下には昼交代の騎士達が入れ替わりで訪れ、賑わいを見せていた。
大学の学食の話をケヴィンから聞いていた小町だが、きっとこんな感じなのかなぁと時折目を向けながら、スープに舌鼓を打っている。
トレーに並んだのは、サラダ、パン、主菜、スープ他……質より量といったメニューの数々で、量重視であるにも関わらず、なかなかに美味だった。
「あまり進んでいませんね、コマチ殿。口に合いませんか?」
「そんな事は……」
実を言うと、すでに満腹に近い。どうしたものか。
学食のように好きなメニューを自分で取り分ける形なら調整できたが、ここではそうはいかなかった。トレーを持って順に給仕してもらう形式で、むろん小町も例外ではない。ちゃんと列に並んで給仕してもらった。
それにあの料理婦たち……
彼女達からの非友好的な視線は、しっかりと感じ取れたのである。どれほど鈍感な人間でも嫌でも気付くだろう。
ヘインズ達には愛想を振りまいて給仕するのに、小町の番になった途端、ほらよとばかりに料理を乗せられた。まるでそれは、あんたに作ったわけじゃないんだと言われたかのようで……
ありがとうと言っても返事もなく……
根性で食べてやるっ! と意気込んだけれど、さすがに五つもスコーンを食べており、動き回った後とはいえ限界は近い。
「男所帯ですから女性には量が多いでしょう。残されては?」
「いえ、ぜっっっったいに残しませんっっっ!」
意気込みはいいのだが、腹が……
「ではひとまず、食事は置いておきましょう。先に手当てを」
「手当て?」
怪訝になってヘインズを見ると、彼はすっかり食事を終えたらしく、隣席から木箱を取り出している。応急セットだろうが、いつの間に用意したのだろうか。
「食事の後にと思いましたが、手当てを終えてからゆっくり召しあがられるといいでしょう。荷を積まれた際に見えたのですよ。左の腕をこちらへ」
さあ出してみろとヘインズは自分の手を出して見せた。そこに乗せろと言うのだ。
「あの……怪我ではありません。痣が残っているだけです」
「でしたら尚のこと湿布を――」
「あまり見せたくないんです。綺麗なものではないから」
せっかくの好意だったが、本当に見せたくない。未だあの痣は残っている。注視すれば手の形だと判別できる程度にだ。
なんとも疎ましい。褐色に変色しているけれど、図々しくも健在だった。シャツで隠せると高を括ったのが間違いだったのだ。動いた時に覗いたのだろう。
だったら、怪我を装い包帯で隠しておいた方がいいかもしれない。それなら彼の好意も無駄にはならない。
「ありがとう、ヘインズさん。その箱を貸していただけますか? 自分で巻いておきます」
「片腕では不自由でしょう。理由は問いませんので、あちらへ」
「…………」
優しい口調なのだが、有無を言わせないものがあった。彼が指した席は隅の方の席で、あそこなら誰にも見られる心配はなさそうだった。
その席へ移動すると、ヘインズは木箱から包帯一式を取り出していく。そうしながらおずおずとシャツをまくった小町の腕を見て、きつく眉を寄せるのである。
「これは――」
「なかなか、消えなくて……」
「理由は問わないと申し上げたばかりでしたね。ですが、殿下には話しておかれた方がいいでしょう」
「経緯は……話しています。自分の不始末でこうなったからと。……理解してくれました」
「左様ですか。さぞや痛かったでしょうに」
「実を言うと……痛いとか……それどころではなかったの」
ケヴィンの弟――リチャードとの悶着の際についた痣。
「私……頭に血がのぼると……我を忘れてしまうんです。自分が怪力だとか、そういう事が……すっかり飛んで行ってしまう……」
「ミゴーのように、ですね?」
「……ええ……ミゴーのように」
ディクシードを愚弄した男に心底腹が立った。
彼の気も知らないで、よくも……
思い出すだけで、またあの怒りがぶり返してくる。
「自分が取り返しのつかない事をしそうで……時々、怖くなるんです……」
リチャードの時もそうだった。
ケヴィンを翻弄する男に腹が立ち、頭の中が真っ白になった。
腕をへし折る寸前までいったのだ。
それなのに、力を緩める気にならなかった。いっさい。まったく。
自分の感情をコントロールできなくなる。同じように、力の加減も難しくなる。
それだけでも大変なことなのに、やった事を後悔してもいないのだ。当然の報いであって、制裁だと思える。
今もそう思っているし……たぶん、これからも変わらない。変える気だってない。
あんな男達を擁護する為に、自分の価値観を曲げる気なんて全くなかった。
でも、この感情が行き着く先は……間違いなく……
狂気……
分かっている……
「失礼ながら、あなたは人よりも剛腕でいらっしゃる。その力を持て余す時があるのでは?」
「持て余す……?」
「感情的になると力に頼ってしまうと、そういう事ではないでしょうか」
「そう……かも、しれません」
怪力だと自覚があるのに、それに頼って目にものを見せてやると思えるのは、やはり狂気でしかない。
持て余しているのは力ではなく、自分の中の狂気だ。
「何と申し上げればよいか……それは力を持つ者の特有の悩みですよ、コマチ殿。誰しも生まれ持ったものを利用しながら日々を送るのです。人並のものもあれば、そうでないものもある。あなたの抱える恐怖は、大きな力を持つ者が感じる特有のもの」
「…………」
「気付かれたのはミゴーでしょうか? 随分と考え込んでいるように見受けました。以前から感じていらっしゃったのではないですか?」
「……怖いと感じたのは……初めてではありません」
あの時も……
家族サミットの時も……
父を侮辱され、我を忘れた事があった。周囲の声が全く聞こえなくて……感情のコントロールができない自分がいた。
日頃から……自分の事を客観的に捉えられるよう癖付けていたのに。
「殿下には相談を?」
「いえ、できません。でも彼は……気付いていると思います。ミゴーの後も、私をなだめるばかりで……」
「あの方の負担になりたくないのですね?」
「……はい」
できる事なら、彼を自由にしてあげたい。
謀反なんて考える人ではないから……
自由になったところで、きっと王都とは関わりたくないと敬遠するだろう。
だから、自分が足を引っ張りたくなかった。枷になって彼を煩わせるような存在になりたくない。煩いなどない自由な感覚を知ってほしい。
小町が黙り込むと、ヘインズは複雑そうに顔をしかめ、腕の痣に薬液を塗り始めた。
「あなたの殿下に対する配慮には感服いたします。煩わせるのが嫌だと思われる気持ちも理解しております。ならば僭越ながら、レイゼン殿に話されてはどうでしょう」
ランバートに? どうして?
「オーディリック殿も大きな力をお持ちですが、あなたにとっては、レイゼン殿の方が話し易いように思うのです」
「…………」
「レイゼン殿は並外れた生気を持っておられる方。私も強い括りの人間ですが、比ではないほどお強い生気を持っていらっしゃいます。ですがあの方は、それに頼る術も、頼らない術も知っておられる。自制という面では殿下の次に強固な意思を持っておいでです」
オーディリック殿に並んでですが、と彼は付け加えた。
「私がレイゼン殿を指導できるようになったのは、改めてその事を知ったからでした。生い立ちにも関する事ですから、私が話すわけには参りませんが」
「そう、ですか……彼に……」
「コマチ殿なら、興味を持って聞かれるはず――」
ちょうどその時、階下が賑やかになった。
“レイゼン殿!”、と親しげに呼び掛ける騎士達の声が聞こえてくる。応じるランバートの声も。
「到着されたようですね」
「すごい人気……他の騎士にも慕われているのですね、彼は」
「そうですね、平民出にして初めて軍の役職を担われた方ですから」
「初めて?」
「ええ、初めてです。これまでは、いくら剣で優れていようとも平民出身者に役職が与えられる事はありませんでしたが……あの方が最初の人となった。それも、殿下の近衛を統括するという大役です。人望、剣、両者ともに秀でていなければ成し得る事はできなかったでしょう。叙勲も夢ではないと言われている方です」
「…………」
「ですから平民出の騎士にとってみれば、レイゼン殿の後に続けと羨望の対象になるのです。貴族出の者には疎まれる事もあるようですが、人となりを知り、時には腕っぷしで思い知らせ、今に至っておられる」
「…………」
「コマチ殿も仰っていたように、人は偉人となって生まれ落ちるわけではありません。レイゼン殿はその体現と言えましょう。むろん、オーディリック殿もです。あなたの周りには、殿下を筆頭にして、非常に優れた人材が幾人も揃っているのですよ、コマチ殿」
言外に彼は、頼ってみろと言っているのだ。打ち明けにくい話でも、彼らに頼ってみろと。
「ありがとう、ヘインズさん」
彼に打ち明けて良かった。
狂気に取り憑かれているこの恐怖を、何とかできるかもしれない……
この世界にいれば余計に感じてしまう狂気。
そこから、何とか逃れる事が出来るかもしれない……
不確かながらも道が見えた気がした。
◇◇◇◇◇◇
「おっ、何やってんだ、んな隅でよ?」
階段からヒョッコリ顔を覗かせたランバートは、大盛りの食事が乗ったトレーを持って、大変ご満悦のようだった。
「みんな一緒じゃないの?」
「交代だ。リディオ達が残ってる」
「あ、そっか。ディックスは御仁を待つんだっけ?」
「コーエン卿はさっき到着したからな。あとはダニロ男爵と御仁だ。んで? 何やってんだ?」
当然のように隣に腰を下ろし、小町の手元を覗き込んでくる。ちょうど包帯を巻き終えたところで、ヘインズはできましたよと小町のシャツを下ろし、部下達の席に戻って行った。
「痣をね……隠してもらってたの。見えると、ほら、ちょっと面倒でしょう?」
「ああ、あれか。そりゃ胡蝶どもの餌食だな。食いつくどころじゃねぇだろうさ」
言いながら彼の手は忙しなくトレーの上を動き回っている。いやまったく、いつ見ても大食漢だ。気持ちがいいくらい。
ランバートの向かいにイバンスが腰をおろし、彼は上品にパンをちぎって口に運んでいた。
「あんたさ、その痣……女官どもの噂とは違うんじゃねぇの?」
女官どもの噂……?
それって……乱暴された云々の話ではないのか?
「食事中にその話題ってどうなの?」
「まぁ確かにそうだが、ちと考えてみりゃ納得いかねぇからよ。そんなはずがねぇんだ、あんたに限ってはな」
「隊長、俺もどうかと思いますよ。無神経すぎますって。そりゃ……気になりますけど」
「ほら見ろ、お前も気になってんじゃねぇかっ。ハッキリ言ってやれよ、あんたみたいなタマがかってな」
途端にイバンスがむせた。
「どういう意味よ、それ」
「跳ねっ返りのじゃじゃ馬ってのはな、黙ってねぇんだよ。自覚がねぇなんぞ抜かすなよ」
「…………」
黙って乱暴されるわけがないと、そう言いたいのだ。
正解である。
普通の女性なら暴れたところで男の力に負けていただろう。でも小町は怪力で、当然黙っているわけがない。
やられた事はキッチリやり返す。利子付きで。
「図星だろうが。アレンを投げ飛ばしたあたりから妙だと思ってたんだ。何でそうなったんだよ、それは」
「面白い話じゃないわ。それに下品な話」
相談するなら、ちゃんと順を追って話すべきだ。でもここには彼の部下がいる。
「俺はな、残念ながら下町育ちなんだわ。下町は下町でも品がない方のな。飯時になりゃ、食堂ってのは下世話な話で盛り上がるもんだ。こいつらも俺に付き合って出入りしてりゃ、すっかり慣れる」
「どうぞ話してみろって言いたいの?」
「そういうこった」
「…………」
「…………」
「ダメ、やっぱりダメ。自慢話じゃないもの。こんなの勲章にもならない」
「つまんねぇな、おい」
「勝手に想像してれば? あ、ねぇ、ホルヘ。そこのトレーを持ってきてくれる? まだ途中だったから」
ヘインズの後ろをホルヘが通りかかり、ちゃっかり頼んだ小町である。トレーとは何だとは聞かず、彼は察してくれたようだ。
街はどうだったかと問いながら小町の前にそれを置く。礼を言った小町は、楽しかったと答えた。
「何か買ったのか?」
「ええ、買ったわよ」
「こいつらから巻き上げた金で、だろ?」
「正当な勝負による懸賞金よ。おかげで有意義に使えたからお礼は言っとかなきゃね。“ありがとう、またよろしく”」
「……またカモる気かよ、あんた」
「言っとくけど、あなたとは勝負してないから、もちろん対象になってるのよ、ランバート。気が向いたらカモられてよね」
「…………」
ダリアへのお礼と、ディクシードへのお礼。両方を買うことができた。大金ではないから知れているが、彼女に髪紐のお礼だと言って手渡すと、それはもう喜んでくれた。
ディクシードへは諸々世話になっているお礼なのだが、準備ができたら手渡す予定である。それまでは黙っておくつもりだ。
下着も欲しかったし時計も欲しかったけれど、時計は高価すぎて断念し、下着はドロワーズが主流と聞いて店にも寄らなかった。あんなブカブカでスースーするパンツなら、いっそ履かない方がいい。当面の間は今のものを利用するだけだ。
ジェニファーがデザインしたドレスや髪飾りの他にも、こちらに持ちこめた物がある。ピンヒールは普段使わないからクロークの中だけど、下着は常に使えるものだ。
幸いにもこの国はイギリス同様に乾燥気味で、夜のうちに洗って干しておけば朝にはちゃんと乾いている。とはいえ、これまで何とかなっただけで、半乾きの時もそのうち来るはず。だから洗い替えが欲しいのは事実。
手に入れるまではノーパンで乗り切ろうと思う。ジーンズを履く時はいつもノーパン派の小町からすれば、特に問題ない話である。
「そうそう、通りからお城が見えたのよ。エストレージアの城って言うのね。建国の騎士を率いた人が建てたって聞いたわ。……何とか・エストレージア」
小町と相乗りしたマリーは終始ご機嫌で、それどころか夢見心地のようだった。うっとりした眼差しを女性から向けられたのは初めてで、それはそれは困惑した次第である。
道中、小町が何も知らないおバカさんだと知ると、彼女は喜んで案内を買って出てくれ、建国の騎士の話をうっとりしながら話してくれたのだ。
おかげでこの国の知識がけっこう増えた……と思う。
「ビルコ・エストレージアだ。あんたなぁ、一週間近くいるんだぞ? いいかげん知っとけよ、そんぐらい」
「知らなくても会話はできたのっ。でも、そうね……知っておかないとね」
「ん、知っとけ」
ガツガツ食事をしながらランバートは頷いていた。あまりにも食の進みがいいものだから、自分のトレーをそろそろと寄せてみた小町である。
「いらんのか?」
「……お腹、張ってるの。残すのも悪いし……」
「ならもらっとくか。イバンス、お前、パン食うか? 俺は米派だ」
「腹張ってきました。若いんでホルヘにやって下さい。こいつも大食です」
「いいんですか? もらいますね……って、全然食べてないじゃないですか、コマチ」
「スコーンが効いてるのよ。欲張らずに残しておけばよかったわ。あ、ちょっと待って。スープだけでも飲んでおかなきゃ。せっかく頂いたんだし」
「なら寄越すなっての。ほらよ」
「ありがとう」
「やっぱり上品に飲みますよね、コマチは。食事を見れば育ちが知れるって言いますけど、こりゃ隊長と大違いだな」
「イバンス、テメェ、さっさと食わねぇと俺が食っちゃるぞ!」
「遠慮します。……どんだけ食うんですか」
近衛騎士達も順に上がってきて、皆がランバートの近くに座る。会話も自然な流れで彼を中心に広がっていく。
人望がそこに窺えるようだった。
「ねぇ、そう言えばね、マリーに大事な事を聞きそびれちゃって……」
そびれたと言うより、忘れていたのだが。
「んだよ?」
「国の名前よ。大事でしょ?」
「あんたなぁ――」
「この国の名ですか? それはですねぇ――」
「待て待てトーマス! 言うな、お前らも言うなよ」
「何でですか?」
「このスカポンタンのお譲ちゃんに当ててもらおうじゃねぇの」
スカポンタン……
「それって、私のこと?」
「当然」
「…………」
クイズね。いいわ、乗った。
ついつい乗ってしまう小町である。
「ヒントをちょうだい」
「んだよ、そりゃ?」
「回答の鍵になるものよ。統治者は王様よね?」
「当たり前だろうが」
「ふーん。だったら王国かぁ……」
あれやこれやと領地や領主の名前を思い出し、しばし考えてみる。そこに次のヒントがあるような気がするからだ。
物語でありきたりなのは、王族の姓がそのまま国の名前ってパターンだ。思い出した領主達にも領地の姓を持っている人がいた。
だったら決まりだ。
ディクシードの姓って何だっけ?
「ディクシード……スカラ……あ……思い出した! グランセージだ! えっと、グランセージ王国?」
ディクシード・スカラ・グランセージ。だからグランセージ王国。
当たっていると思ったが……
「違った? スカラ王国、とか……?」
「…………」
「…………」
返ってきたのは沈黙で、皆びっくりするくらい固まっていた。どう反応すればいいのか困っているらしい。
するとランバートが盛大に吹き出し、サラダが見事に噴射していった。
「きたねぇ、隊長!」
「うわっ、うわっ、入った! スープに入ったっ!」
「おい、料理婦に替えてもらえっ」
「手巾だっ! 手巾を持ってこいっ!」
途端に卓上は大騒ぎである。
当のランバートは小町の回答がツボだったようで、ヒーヒー言いながら机をバシバシ叩いている。
正面でサラダを被ったイバンスは怒り心頭である。
「笑ってる場合ですか、隊長! どうしてくれんですか、これっ!」
「だってよ……想像してみろって」
「何をですかっ」
「……あんな堅物の……無愛想ばっかって……俺、嫌だわ…………ひー、死ぬる……」
「ふっ」
「“何をしている”……」
「ぶはっ!」
イバンスまで吹き出してしまった。どうやら、至る所にディクシードという構図を想像したらしい。
“病原菌ランバート”、恐るべし。近衛達に次々と伝染していき、ついにはヘインズまで笑い始めた。懸命にこらえていたのに……
小町は既に笑い転げていた。ランバートの声真似が激似で、笑わずにはいられなかった。さすがに主君の特徴をよく捉えている。
そうそう、抑揚があんまりないのよね。
国中ディクシードか……
それってきっと、悪くないわ。あんなに美人なんだもの。むしろムフフじゃないの?
後に答え合わせをして知った国名は、“アタナシア”というもので、小町が思い付くはずもない名であった。
ギリシャ神話にそんな女神がいたような、いないような。何とも呑気な感想しかない。
それよりも何よりも、ランバートがいる食卓がとにかく賑やかで、楽しくて仕方がないバカ娘である。
◇◇◇◇◇◇
聖堂へ戻る道中は、結局ランバート達と別になった。
食事中にも関わらず、外から来た騎士が近衛を呼びに来て、まとまった人数を連れ去り、その繰り返しとなったからだ。
ランバートとイバンスは最後まで残っていた残留組だったけれど、結局、呼び出されてしまった。
イバンスいわく、“聖騎士が野に放たれたわけですから”というのが理由らしく、“上手いこと言うなぁ”とランバートも応じながら去って行った。
国の騎士と聖騎士の相性は非常に悪い。聞くところによると、顔を合わせれば皮肉り合い、いがみ合いが始まる関係だそうだ。ヘインズは苦笑しながら、“レイゼン殿ら近衛は、いわば、いさめ役なのですよ”、と言う。
つまり、続々と到着する“国お抱えの騎士”達の中に、“疎ましい聖騎士”連中が我が物顔で飛びこんでいる状態で、街の至る所で何らかの揉め事が勃発中というわけだ。ランバート達はその処理に追われているのである。
主君の護衛に重きをおくはずの近衛であるのに、まったくもって大変な職務である。護衛を必要としない息抜きの時間でさえこれなのだ。それもこれも、ディクシードありきの制度のせいだ。
ランバート達の白い装束が登場すれば、国の騎士は自重し、聖騎士もディクシードという後ろ盾に恐れをなしてしまう。収拾をつけるには彼らの装束が一番効果があるとヘインズは言い、それも納得せざるを得なかった。
あれこれと情報収集しながらヘインズらと共に聖堂の広場に戻った小町は、直に胡蝶達と対面する事になった。
既にいくつかの天幕が張られ、彼女達は荷をせっせと運んでいる最中で、にも関わらず、黒馬を見るや否や馬小屋まで挨拶に来てくれたのだ。
惚れ惚れするほどの美女達だった。頭に被せた三角巾でさえ、もはやティアラではないのかと目を擦りたくなるほど粒揃い。地味なワンピースもドレスに見えてしまえるのは、小町の脳内がおめでたいからだろう。
二度見でも三度見でもしたくなる美女軍を前に、小町が馬上から動けずにいる所へ、ヘインズが手綱を引きに来た。
「どうぞ、コマチ殿。胡蝶達が待っていますよ」
「あ……はい……」
ようよう下り、やはり恐々とダリアの前に進み出てみる。
「お昼は食べたのかしら? 可愛い人」
「……ええ……たくさん……」
「緊張しないで。いい子達なのよ。ちょっと……お喋りが過ぎるけど」
彼女の向こうでは、クスクスと蝶のささやきが聞こえている。
――マリーの言った通りね。馬に乗っていらしたわ。
――殿方のようよ。
――騎馬の姫君じゃなくて?
――こちらは本物ね。
そんな彼女らに目を向け、ダリアは笑んでみせた。
「殿下のお客様で、コマチと言うのよ。マリーは紹介済みだから、後で順にご挨拶なさいね。くれぐれも粗相のないようにしてちょうだい」
「「はーい、ダリア」」
返事は合唱である。
これは……
困ったぞ。
可愛らしくも妖艶で肉感的な蝶たちだ。そんな蝶が二十羽もいる。
まったくもって免疫がない。
「コマチ殿は女性に弱いようですね」
苦笑したのはヘインズで、彼の方は実に慣れたものだった。
「お久しぶりです、胡蝶達」
「「お久しぶり、ヘインズ」」
蝶達はやはり合唱で答え、略式の挨拶を揃って返した。スカートを少しだけ広げ、チョコンと膝を折るアレだ。
そんな美女軍を前にしても、ヘインズは怯む様子がない。
「この度は避難へのご協力、たいへん感謝しております。兵が不足している中での申し出に、御仁もまた痛く感銘しておいででした。我々も微力ながら手伝わせていただきますので、何なりと申し付け下さい。コマチ殿をよろしく頼みます」
「「よろしく、コマチ」」
「……よろしく……お願いします」
これって……
前もって打ち合わせしてたりするの……?
ヘインズさんも一緒に……?
まさか……
合唱があまりにもピッタリなせいか、そんな不届きな事がついつい脳裏を過ぎる小町である。




