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二輪の騎士  作者: 小町
第三章
64/84

第62話 聖ペルカストロ大聖堂

「ダリアッ!」

 子供達が連れてきたその人を見て、思わず飛び付いた小町である。

 なぜなら、ヘインズとの駆け引きが一進一退だったからだ。

 彼は小町が“水”の話題を避けたがっていると見抜いていたようだ。なぜ避けると直接問われたわけではないが、かわそうとした途端に苦笑されてしまった。そう身構えないでくれと、そんな風に。

 一発目に言われてしまうのだから、まだまだだと痛感した事だった。

 とにかく神経を使いまくって穏やかな追求から逃れようとしたものの、いよいよ危なくなっていたのである。そこに来て美の女神とも言えるダリアの登場に嬉々として飛び付き、女体の柔らかさを堪能している。

 ああ、最高の至福……この柔らかさ……何という癒しだろう。

 そういえば、ハグとは何だとリディオがしきりに聞きたがっていた。実演するのも面倒で後で教えてやると言っておいたが、ここに彼がいれば……

 一方的にダリアの柔らかさに感じ入っているバカ娘とは対照的に、ダリアは唐突な出迎えに驚いたようで、終始固まっている。現実逃避に終止符を打った小町は名残惜しくも彼女の体を解放し、腕を取ったままそっと頬を寄せた。

 互いの頬が触れた途端、彼女は再び驚き、目を瞬いた。長い睫毛がパサパサと音を立てそうなほど上下する。

「会えて嬉しいわ、ダリア」

「……これは……あなたの国の挨拶……?」

「ええ、そうよ。親しい人に会うとね、こうやってハグをする習慣があって。驚かせてごめんなさい」

「まあ……嬉しいわ、親しい人だなんて。別れの挨拶は膝を折るのかしら?」

「いろいろあるけど、でもあなたとはハグがいいかも。とっても柔らかいもの」

 すると彼女はクスクス笑って、女はみんな柔らかいものよと言った。

 この色気もたまらない。目元と口元を飾るホクロが何とも艶っぽい。

「ハグね、覚えておくわ。元気そうで良かった、可愛い人。髪紐もとても似合ってる。さっそく使ってくれているのね」

「使いやすいし可愛いし、お気に入りになったのよ。たくさんもらったから順に使うわね、本当にありがとう。あなたもその服、すごく素敵」

「ただの服よ? 素敵とは言えないんじゃなくて?」

 町娘という感じの地味なワンピースである。スカートはふんわりしているものの、生地は上等ではないし、くすんだベージュを基調としている。それでもダリアが着るだけで華やかになるのだ。雰囲気というかオーラというか、気品さえ感じる。

 小町がまた素敵だと言うと、子供達も口々に賞賛した。特に四男坊のビルコと五男坊のアートは、俺の方が俺の方がと賞賛合戦を繰り広げ、それはもう賑やかである。

 彼女ははにかんで笑んでいた。天女の笑みだ。

「普段と違うから違和感を感じるのよ。でもありがとう、坊や達。さあ、馬番のお手伝いを頑張ってちょうだい。誰が一番かしらね。ご褒美は奮発しちゃうわよ」

 これに奮起したのは言うまでもなくビルコとアートで、即座に散り散りになるや、マーチもロトを引き連れ馬小屋の奥へと走って行く。焼き菓子がいいと叫びながら。

「あしらってしまったけど……子供は宝ね、ヘインズ。お久しぶり」

「同意です、ダリア。お元気そうですね」

 紳士らしく会釈をするヘインズも実に親しげだ。

「大事なお話の最中にお邪魔しちゃったかしら?」

「お気になさらず。コマチ殿はそう簡単に捕まってくれませんから」

「あら、逃げられているの?」

「残念ながら」

「お転婆さんという噂は本当みたいね。あなたを手玉に取るだなんて、悪い子」

 笑いながら色気のある流し目を向けられ、小町はアワアワとなった。どうぞ“水”の話をぶり返さないでくれと冷や汗ものである。

「それで、可愛い人。あなたにお詫びを言いたかったのよ。あの子から用があると聞いていたけど、なかなか時間がとれなかったものだから。ごめんなさいね、どういったお話だったの?」

 あの子って誰? ダリアに用?

 なんだっけと考えた小町は、そうだと思い出した。

 “月のもの”の件だ! アレンにお願いしてたんだ!

 思い出した小町は、再び慌てふためくのである。生理はどうやって処理するの? なんて、こんな所で言えるわけがない。ヘインズも子供達もいるのだ。

「えっと……ほら……」

「なぁに?」

「ちょっと、ここだと……ね?」

「お城に伺った方がいいかしら?」

 わざわざ足を運んでもらうのも悪い気がするので、その話は後でしようと何とか誤魔化しておいた。しどろもどろの小町を見て彼女も何か察したらしく、追求せずに頷いてくれる。

「あの……それでね、ダリア。別件でお願いがあるの。炊き出しの手伝いをしたいんだけど……」

「炊き出しの?」

「ディックスにも言ってあるし、そのつもりで服も借りてるの。こう見えて力持ちだから役に立てる事もあると思う。邪魔にならないように気を付けるって約束するから、だから何でも言って、何でもするわ」

 ここぞとばかりに自分を売り込む小町に対し、ダリアはしばらく呆け、さも可笑しそうに笑い始めた。

「あの子が言ってたわ。じっとしてるのが苦手なようだって」

「アレンが?」

「昨日も腕相撲で巻き上げられたと嘆いていたのよ。よく分かったわ」

「じゃあ……?」

「たくさん働いてもらうわね。うちの胡蝶達も後で紹介するわ」

「本当に!?」

「ええ、本当」

「やったっ! ありがとう、ダリア!!」

 ひゃっほいと喜び飛び付いた。彼女の感触は病みつきになりそうだ。

 小町よりも小柄なダリアは、上背のある娘の背をよしよしと叩く。子供扱いされるのは好きではないが、彼女のそれは自然と受け入れてしまえる。

「手伝ってもらう前に、まずはお腹を満たしてもらわないとね」

「???」

「お昼がまだでしょう?」

「まだだけど……」

「ヘインズ、パリスから伝言よ。補佐官からこれを受け取ったそうなの。先に行って済ませておけと言っていたわ、三号兵舎よ。以降の指示も書いてあるそうだから確認してちょうだい」

 小町越しにダリアから紙切れを受け取ったヘインズは、内容を確認し、確かにと頷いた。

「コマチ殿にも朗報ですよ。レイゼン殿と落ち合うまで、そこで待機とあります。先に青果の店を覗いておけとも。これで通りを歩けますね」

「へ?」

「青果がお好きなのですか?」

「あ……はい……」

「だったら決まりね。ちょうどあたしも通りに用があって、幌を呼んであるのよ」

「何か足りない品でも?」

「足りないどころじゃなかったわ、ヘインズ。準備したつもりだったのに、抜けてる品がいくつもあるのよ。ホプキンスに言われるまで気付かないなんて間抜けね」

「胡蝶らに炊き出しの経験などないでしょう。仕方がありません」

「そうね、あたしも初めてだから、こればっかりはね。あなた達が居てくれて助かったわ。荷運びを手伝っていただける? 男手がいるの」

「喜んでお手伝いしますよ。では私どもは馬で参りましょう」

「ありがとう、助かるわ」

 小町を放置し、二人の会話はどんどん進んでしまった。

 気付けばさあさあとヘインズに背を押され、行こう行こうとダリアに腕を引かれ、あ、う、と妙な言語を発しながら背後を振り返る小町である。

「ダ、ダリアッ、子供達だけで馬番――」

「心配ないわ。親御さんも直に来るから」

「じゃ、じゃあ、私も馬で行――」

「幌に乗りなさい。あたしも一緒だから平気よ。お喋りを楽しむの」

「でもほら、帰りは別になるから――」

「ヘインズに抜かりはないのよ。あなたの馬は彼が連れるわ」

「…………」

 何とかマイロに乗ろうと画策した小町だったが、全て跳ね返されてしまった。打つ手なしだ。

 小町の腕をグイグイ引きながら、ダリアは軽快に歩く。馬小屋を出た所で用心棒と思しき屈強な男が二人、小町の後ろに続いたのだが、彼女は一切おかましなしに進んでいた。

 ダリアって……意外と強引……?

 そんな彼女ももちろん好きだ。

 どんどん進み、木立を抜けた所でようよう立ち止まった。

「あら……まだみたい。ちょっと早かったかしら」

 幌馬車は見当たらず、ダリアは小町を振り返って笑んだ。美の女神の笑みには、どこか思惑があるように見えた。


 ◇◇◇◇◇◇


「お前、何渡したんだよ?」

「補佐官からの手配書です」

「それだけか? 書き足してたじゃねぇか」

「あなたが聞きたいのは、ヘインズに何を指示したかでしょう? はっきり聞いてはどうです?」

「…………。…………」

「昼の指示を伝えるようダリアに頼みました。手配書にもその内容を書き足しただけです。何がそんなに気になるんです?」

「…………。…………」

「コマチの様子でしょう? かなり動揺していましたからね」

「……うるせぇ」

「昼飯ついでに青果の店を覗いて気晴らしをさせろと書いておきました。心配しなくても、あなたが合流する頃には腹も張ってご満悦でしょう」

「……テメェにしては気が利くじゃねぇか。肩入れするなっつったのは誰だよ、えぇ?」

「…………。…………」

「そもそもはテメェのせいだからな。阿呆閣下に妙な入れ知恵しなけりゃ面倒にはならなかったんだ。まぁせいぜい機嫌を取っとけや」

「…………。…………」

「にしても機嫌取りにはイーダだろうによ、何で補佐官に預けるかねぇ? よっぽど奪られるのがイヤらしいが……この際だから言ってやるよ。“ざまぁねぇ”」

「……いつになったらその聞き苦しい口を閉じるんです、ランバート」

 この会話は全てパリスとランバートのものである。

 聖堂に入ってからというもの、民に群がられる主君の護衛をしながら、慎ましくも密やかに繰り広げられている応酬なのだ。

 司教達に先導されてその後方を歩くも、声を掛けてくる民に応じつつ、情報交換を装っている。

「そんで、俺達の昼飯はいつになるんだ? 先発に俺を入れねぇとぶっ飛ばすぞ」

「当然入れています。腹を減らした獣は扱いに困りますからね。ですが、しばらくは先だと思っていなさい」

「あ? 何だと?」

「先ほども言いましたがコマチに気晴らしをさせるのです。さっさと合流されては意味がないではありませんか。あなたの場合は、露店や商店よりもまずは食い気でしょうに」

「…………。…………」

「それまではせいぜい民の機嫌をとることですね。この際だから言っておきましょう。“ざまぁねぇ”」

「…………。…………」

 このヤローと横目で睨み付けたランバートだが、パリスは素知らぬふりである。女好きする笑みを貼り付け、表面上は実にうまい具合に愛想を振りまいている。

「ランバート、聖騎士です。注意しなさい」

 言われて前方を見ると、法衣のような長い装束を纏った数名が佇み、待ち構えていた。

 一、二、三、四、五……数えて八名。 確かに帯剣しているはずだが、その装束では剣さえ見えない。

「あれでどうやって剣を抜くんだか聞いてみてぇな」

「前掛けをはぐるそうですよ」

「はっ、笑わせるなっての。咄嗟の対応なんぞあいつらには不要ってのか?」

「言うまでもありませんが、そういう事です。くれぐれも言っておきますが敷地内でのいさかいは許しませんよ。あなた方は“いさめ役”です」

「わーってるって」

「……ガサンへの忠告は?」

「とっくにしてる」

「それならいいでしょう」

 パリスは後方を歩くガッセに一瞥を向けた。気性の荒い男ではあるが、事前に聞いているならわきまえるだろう。

「これはこれは、ディクシード殿下。直々のお出ましとは恐れ入ります」

 聖騎士の中から一歩前に出た男は、そう言って頭を垂れた。

 ギリアム・エルスリー。自称、次期法王お抱えとなる聖騎士だ。あくまでも自称であり、実際には聖騎士の中での上位者である。聖騎士とは教会を護る事を本懐にした職務であり、ゆえに事実上、司教よりも階級制度が下となる。

 自信家な上、立場が上の司教さえ顎で使うような男だった。第一王子を連れてこいと指図さえしている。応じる司教らもどうかと思うが、口が上手いのはギリアムの長所だ。

 ほんの少しだけ進み出たパリスは、口と顔だけの男に笑みを向けて言った。

「民あっての国です、ギリアム・エルスリー。ゆえに殿下も出向くのです。……聖堂の解放と民の受け入れ、この度の教会側の迅速な対応には殿下も感謝しておいでです――と、先ほどラドロフ司教にもお伝えしたところでした」

「さようですか、オーディリック殿。ならば私から直接、枢機卿にお伝えしておきましょう。殿下からそのような御言葉をいただけるなら、ストールマン様もたいそうお喜びになるでしょう」

 司教を差し置いて自分から伝えてやろうと言うのだ。

 この男が枢機卿アルバス・ストールマンのお気に入りというのは、残念ながら自称ではない。これ“だけ”は事実であり、それこそがこの男の自信過剰の根幹である。

 教会の階級において法王の次に権力を持つ枢機卿。気に入られれば次期法王の警護を務めるお抱え騎士になれるという、何とも安直な考え方しかできないのだ。お気に入りとなったところで、腕が伴わなければ勤まるはずがないなどと考えさえしない。

 聖騎士の職務は“教会の存在を護る”ことであり、決して民を護る事ではない。その為、魔物の討伐にも剣を振るおうとせず、他国に侵攻されたところで民よりも教会に重きを置き、必要とあらば民にさえ矛を向ける。

 特に、最近の教会は民あっての信仰という精神に欠けていた。その証拠に聖騎士はもっぱら上位聖職者の護衛ばかりで、ほぼほぼ王都の大聖堂に詰めているのだ。

 有事の際に損害を被るのは、パリスやランバートのように国に仕える騎士ばかりだった。聖騎士などクソッタレだとランバートは言うが、パリスも同意である。こればかりはボルコフ卿でさえ同意なはず。

 聖騎士万歳と謳う大バカ者は、民の中のほんの一部と聖騎士本人というわけだ。何ともおめでたい。

 現実を知れとパリスは心の内で毒づきながら、ギリアムの戯言に付き合うのである。ディクシードの代弁者となるのが自分の仕事であり、よからぬ問題をあらかじめ回避できる機会でもあるからして蔑ろにはしない。

 王都からわざわざ御苦労ですねと言ってやると、ギリアムは労いには及ばないと鼻高々に返してきた。むろん皮肉で言ったが、この男には通用しないらしい。己にしか興味がない人間の典型だろう。

 辟易しながらギリアムに応じるパリスの一方で、傍らにいるランバートは、そんなやり取りなど興味もなく、と言うよりもむしろ、妙なものを目にし注意を他に向けていた。

 円周の建造物であるこの聖堂には、民のために雛壇状に設けられた席が全周に配置されている。その上部に身分の高い人間が座する場所があるのだが、腰壁の向こう側に……

 あってはならない顔が見えた……気がした。

 ラドロフ司教の面子をつぶさない程度に、こっそりと、それでいて慎ましく注視してみたが、直ぐにそれは引っ込んでしまい、いやいやまさかという心境である。見間違いかもしれないと。

 しばらくそうしていると、またそれが顔を出した。

 一つ、二つ……三つ!

「っ!」

 最後の顔は間違いなく小町だ!

 直に引っ込んでしまったが、あれは絶対にそうだっ! 俺は目がいい!

「隊長」

 小声で話しかけてきたのはリディオだった。横目を向けると、副官もその場所を視線で指した。

「気付きましたか?」

「……ああ。いつから居やがる」

「たいして長くは。俺が気付いたのもさっきです。あそこは迎賓席では?」

「…………」

「ハンソンさんでしょうか? コマチを気遣って――」

「いや、ダリアだ」

「……ダリアが?」

 パリスが言っていた事がある。胡蝶達から聞いた話だと言っていたが……

 ラドロフ司教が、娼婦らを密かに聖堂に入れてやっているようだと。

 事実を確認したパリスに対し、司教は内密に頼むと苦笑したそうだ。

 ――娼婦とて人なのです、オーディリック殿。

 ――同じ人ならば、同じように神に祈る事も許されてもいいはずです。信ずる心は皆同じでしょうから。彼女らへの咎めは無用に。

 人徳者のラドロフ司教らしい考え方で、ランバートもパリスも、そしてディクシードも同意し、最終的にその事実は知らない事になっている。

 だから恐らく、小町を連れ込んだのはダリアだ。

「コマチのヤロー……どうせ覗くなら最初から見送れってんだよ」

「隊長をですか?」

「アホかっ、ディクシードをだっ」

 これは後で説教ものだ! あの娘、こってり絞ってやるっ!

 睨め付ける先では小町が再びそろそろと顔を出し、バッチリと目が合うのだった。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 見つかった! どうしよう!

 ただでさえ小心者の小町は恐々と覗いていたわけだが、ランバートと目が合った瞬間、心臓が早鐘を打ち始めた。いけない事をして発見された子供の心境である。

「あら、見つかったみたい……残念ね。もう少し見せてあげたかったのに」

「あなたの護衛は呼びに来ませんよ、ダリア。構わないのでは?」

「……そうね、ヘインズ。もうちょっといいかしら……。でも困ったものだわ。あの子、夢中になると時間を忘れてしまう癖があるのよ。きっとお喋りか寄り道のどちらかで、幌のことなんてすっかり忘れているんじゃないかしら」

「のんびりした方のようですね」

「ふんわりよ。あなたも知ってる子」

「私も? どなたでしょう?」

「それは……会ってからのお楽しみ。きっとコマチも気に入ると思うの」

 和やかに交わされる会話は、全て小町の頭上で行き交っている。バコバコと鳴る心臓を抑え、小町はずり下がっていた。軟弱な心臓が恨めしい。

「本当、面白い子ね。そんなにしなくても、見つかってしまったんだから開き直ったらどうかしら?」

「そうですよ、コマチ殿。この際ですから堂々と覗かれるといい」

 ヘインズも悪ノリする性質らしく、そんな事を言うのだ。むろんダリアも彼も、“情婦は立ち入り禁止”のルールを知ってのこと。

 幌馬車が到着しておらず、手配を頼んだ胡蝶はマイペースな人のようで、待っている間に聖堂を覗きに行こうと言いだしたのがダリアだ。ルールはどうなると及び腰になると、密かに入れてもらっているから問題ないと突っぱねられた。そこにヘインズ達が加わり、なら行って来いと、こうなったわけだ。

 しかしながら……

 ここはたぶん、身分の高い人が座る場所。そんな所で覗き見をするわけで、それはもう小町としては気が気ではなく……

 とはいえ、結局は好奇心が勝る性分でもある。ちょいちょい覗き見をし、そしてランバートに見つかった。騎士達を惚れ惚れしながら眺めていたのが悪かったようだ。

 我ながら……何とも……

「ほら、せっかくよ?」

 いや、まぁ、確かに……見つかったのなら……

 情報収集といこう!

 決意したものの、腰壁の上に顔を出す程度にとどめた。小心者にはこれが限界である。

「めちゃくちゃ睨んでるっ」

「本当ね。ただでさえ目付きが悪いのに……あれじゃ台無しじゃなくて? 悪人面だと言われてしまいそうね」

 ダリアも苦笑している。

「ねぇ、ダリア。パリスと話してる人って、もしかして聖騎士? あとほら、後ろにいる法衣みたいな服の人も」

 法衣を模しているが、どこか勇ましい装束だ。尻側から剣が覗いているけれど、前掛けをしているせいで抜剣が容易とは思えないものだ。矛盾を感じる勇ましさである。

「ええ、彼らが聖騎士よ。アルトローバ聖騎士団。聞いた事はあるかしら? 国外でも名前は通っているんだけど」

「それが……全く知らないの。だから教えてほしくて」

「そう……いいわ。パリスと話している彼はギリアム・エルスリー。あの中では上位者よ」

「司教様よりも上位なの?」

「いいえ、そうじゃないわ。聖騎士は独立した階級を持っているけど、あくまでも教会に付随した階級なのよ。だから司教様の方がそもそもの階級制度自体が上にあたるわ。でも、ギリアムには注意なさいね。あなたには特に注意が必要よ」

「?」

「世に居る女性は全て自分のモノだと思い込める性質なのよ。彼にとっては殿下の御寵姫でも例外じゃない。毛色の違う姫君というだけで色目の対象になるわ。聖職者だけど欲に勝てない人間といった所ね。うちの子も言い寄られて困ってる子がいるの」

「ふーん……面倒だけど……よく分かったわ。色ボケの美男子には要注意ね」

 小町の物言いに盛大に吹き出したのはヘインズだ。どうやらお気に召したらしい。

 ランバート達が聖騎士を嫌っているのは承知していたが、彼も好意的とは言えない感情を持っているようだ。ダリアも同様に。

 ヘインズのような紳士がそうなのだから、もっぱら他の騎士も同じだと考えていいだろう。

「絶妙な表現をするわね」

「個性的でしょう? 私の国では褒め言葉よ、ダリア。ユーモアがあるって表現するの」

 ユーモアという個性は相手を見極める材料になる。磨きをかけ、面白おかしく情報を聞き出し、互いに駆け引きを楽しむのだ。

「あの人がラドロフ司教ね? ディックスと話してる人」

「そうよ」

 話しているというよりディクシードが聞き役のように見える。しかし彼にしては珍しく、時折相槌を打っているのだ。きっとラドロフ司教を認めているからだろう。

 一人で行かせた事を迷っていたけれど、この様子なら問題なさそうだ。もとより小町が心配する必要はなかったというわけだ。まぁ、それも当然である。

「ラドロフ様自身はね、司教様の中では中位の階級にある方なのよ。だけど民からの信頼は厚いわ。あのパリスも認めているのだから、お墨付きでしょう?」

「あなたの好意も感じるわ、ダリア。信頼を寄せてるのね?」

「……時々、あたし達をここに通してくださるの。内密だから静かに祈りなさいと仰って……。いろんな土地の司教様にお会いしたけれど、あの方だけよ、そう言ってくださるのは」

 人格者だ、間違いなく。だから、民からの信頼を得られるのだ。

 その後小町は、二人に様々な事を尋ねた。教会の中の聖騎士の立場。民にとっての教会の意義。国にとっての教会の役割。

 触り程度の情報でも足掛かりになるわけで、ダリアとヘインズが与えてくれた情報は、今後大いに役立ってくれるはずだ。

 この聖堂の建築方法を尋ねようとした時、ちょうどダリアの用心棒が呼びに来た。幌馬車が着いたと、そう言って。

「残念だけど、ここまでね。さあ、買い物に行きましょう」

 最後に一度だけ近衛を覗いておこうと顔を出した小町は、今度はパリスと目が合い、互いに固まってしまった。何でお前がそこに居ると、彼の顔が言っている…………気がする。

 だからニヘラッと笑ってヒラヒラ手を振って誤魔化してみた。すると彼は更に表情を硬くするのだ。

 もしかして……困惑してる?

 うん、そうだ、きっとそうだ!

 これは面白い! この男は、好意的に接されると固まる習性がある! 嫌いじゃないと言った時のパリスも同じような表情だった!

 この男を冷やかせるなら最高だ!

 見ていろ、色男め。手玉にとってやるっ。コロコロどころか、ゴロッゴロ転がしてやるっ! ついでにイーダもいただいてやるっ!

 ニヤつく小町を怪訝に眺め、ダリアはバカ娘を連行していった。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 ダリア同様に町娘風のワンピースを着た彼女は、幌に腰かけて待っていた。小さな顔、クリッとした大きな目、細い首……全体的にコンパクトなのに胸はボンッとあるのだから、これは異性の目を引くに違いない。小町の目も釘付けである。

 すっごく可愛い! なのに色っぽい!

 ダリアもいいけど、彼女もいい!

「マリー、どこへ寄り道をしていたの?」

「美味しそうな匂いに誘われたのよ、ダリア。遅くなってごめんなさいは、これで帳消しにして?」

 上目遣いが似合う女性と、そうでない女性がいる。彼女は前者で小町は後者だ。そしてダリアは上手く使い分けていそう。

「まぁ、パンじゃないの。買ってきてくれたのね」

「騎士の分もあるのよ。あなたの事だから手伝ってもらう気だと思って……。お腹が空いてるのに可哀そうだもの」

「気が利く子ね、ありがとう」

 ダリアが言ったように彼女はふんわりだ。全体的に。

 喋り方もおっとりで、雰囲気もほのぼのしている。これはいい癒しになる。

「マリーでしたか。お久しぶりですね」

「ハンソンッ! いやだ、あなたもいらしてたのねっ」

 慌てて幌から下りようとするが、どうにもゆったりである。スカートを持って膝を折る姿だって、可愛さと上品さがあった。見た目からして幼く見えるが、たぶん――いや、間違いなく年上だろう。

「もしかして御仁もいらっしゃるの? 困ったわ、どうしましょう」

「いえ、今日はコマチ殿の護衛としておりますので、御仁とは別なのです。ですからどうか落ち着いて下さい」

「あら……ごめんなさい、てっきり……でもそうよ、待って。私、その方にお会いしたかったの。コマチと仰るのね? どちらにいらっしゃるの? ご挨拶を……」

 キョロキョロと周囲を探す彼女と一瞬目が合ったが、それは直ぐに素通りしていった。騎士達の中を探しているようだが、どうにも困惑気味である。

 この格好だから気付かないの? でも、マーチでも女だと気付いてくれたのに……

 これには小町も戸惑い、助けてくれとダリアに促すしかなかった。ダリアはクスクス笑いながら、こっちへいらっしゃいと小町を手招いて言う。

「この子よ、マリー。コマチと言うの」

「あら……」

「コマチ、こちらはマリー・イーザリー。うちの胡蝶よ」

 正面に立つ彼女は遠目よりも小柄だった。身長だって小町の肩ほどもなく、ダリアよりももっと小さい。

「小町・ダヴィ・エインズワースです。初めまして、マリー」

「まぁ……私はてっきり……もっと……」

「気持ちは分かるわ、マリー。想像と違ったのでしょう? コマチはお転婆なのよ」

 ダリアが笑って言った。指摘通り、マリーは美女を探していたのだろう。素敵なドレスを着た美しい姫君を想像したはず。

 巷では、小町はディクシードの御寵姫という噂なのだ。彼の隣に相応しいのはそういう女性だ。美しい王子と美しい姫君。当然そういう組み合わせを想像する。

「あの、お転婆なの、私。じゃじゃ馬とか迷い猫とかいろいろ言われてるけど、好き勝手にやってるから」

「……その……お衣装も?」

「炊き出しの手伝いをしたくて。動きやすいでしょう?」

 キョトンとした彼女は、やがて申し訳なさそうに眉を寄せた。

「そうだったの……ごめんなさいね、そうとは知らなくて」

「いいの。でもやっぱり……変かしら?」

「そんな事ないわっ! あの……とてもよく似合ってる! すごく背が高くて、本当に殿方のようだもの。今度私も……彼の服を借りてみようかしら? 似合うと思う?」

 スカートをつまみながらそんな事を言うのだ。受け入れてもらえたようでホッと安堵した。それに、彼女も飾らない人柄のようで好ましかった。

「あなたは小さいのよ、マリー。彼の服なら大きすぎてブカブカになってしまうわね」

「やだ、ダリアってば」

「コマチを気に入ったみたいで良かったわ。この様子だと他の子達も気に入ってくれそうね」

「男装の姫君だなんて……もちろん気に入るに決まってるわっ! まるで小説のようだもの」

「あなた達、夢小説の読み過ぎじゃなくて? 困った子でしょう? 胡蝶達も夢中なのよ」

 そう言ったダリアは、小町に向かって苦笑してみせた。その横でマリーの妄想は止まらないようだ。小町を上から下まで眺めながら、トロンとした目で言うのである。

「騎馬で颯爽と現れるの。……そんな方がいるなら、お近付きになりたいものだわ。夢の中でね、何度も馬に乗せていただいたの……素敵だった」

「…………」

「それなら、お近付きになれたわね、マリー。コマチは殿下の弟馬で来ているのよ。あなた達の言う“騎馬の姫君”じゃなくて?」

「やだ……うそっ!? 本当に!?」

「え、ええ……マイロをお借りしてるの」

 しどろもどろで答えると、マリーは黒馬を探し出し、期待のこもった目を向けてくる。キラキラ輝く大きなブルーの瞳が、いったい何を期待しているのか一目瞭然だ。

 騎馬の姫君って……私……?

「あの……えっと……相乗りは得意じゃないんだけど……良ければ――」

「ええ是非っ!! ああ、どうしよう、ダリア! 素敵な服を着て来ればよかったっ!」

「マリー、落ち着きなさい」

 すっかり舞い上がっているマリーを、どうどうとダリアがなだめた。

 確かにマイロに乗りたかったけれど、それは女性特有の質問攻めを回避する為でもあった。

 これって……渡りに船……ではないような気がする。

「コマチも馬に乗りたがっていたから、今回は仕方がないわね。お喋りなら騎馬でも楽しめるものね。舌を噛まないように、ゆっくりお願いするわ」

「楽しみよ、ダリア。いろんな話がしたかったの。聞きたい事がたくさんあるもの」

 これは……質問攻め確定である。

 いやはや困った……

 困り顔でマイロの元へ向かう小町に、ヘインズは苦笑いを向けていた。

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