↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二輪の騎士  作者: 小町
第三章
60/84

第58話 両翼

 ヘインズと話し終えた途端、小町は無性に、ディクシードに会いたくなった。

 本当なら、彼の“力”の事や王城の外で暮らしていた経緯、奇跡の子の所以など、あらゆる疑問を掘り起こして聞いておくべきかもしれないが、性急にそうしたいとは思わない。騎士達が伏せてきた軍の話だって、これで多少は緩和されると思っていた。

 それよりも、何よりも、どうしても、ディクシードに会いたかった。

 直に戻ると言っていたのに、まだ帰って来ない。時計がないから分からないけれど、もうたぶん、三十分以上は経っている気がする。

 彼は一人で、村の東の方へと歩いて行ってしまった。ランバートだってパリスだって広場に居るし、近衛騎士も到着時の面々が揃ってここに居る。御仁の兵だって居るのに、誰一人として従えず、いったいどこへ行ったのか。

 我慢ができず、小町はヘインズに尋ねてみた。

「あの、ヘインズさん。ディックスがどこに居るか御存知ではないでしょうか?」

「…………。…………」

 返ってきたのは無言の返答で、彼の表情は硬く、口元を引き結んでいる。

 もしかして……聞いちゃいけない事だった?

 不安にかられた小町を認め、ヘインズは幾分か表情を和らげた。

「誤解を招いたようでしたら、お詫びします。どこにおられるかも皆の知るところ。近衛は、主君の動向を常に把握しておかなければなりませんから」

「では、ランバート達も知っているのですか?」

「むろんです。待機という指示はレイゼン殿のもの。ですから皆、殿下が戻られるのをここで待っているのですよ。殿下は今、村外れの民家に赴いておられます」

 ならば、見回りの続きだろうか。そう口にすると、ヘインズはそのようなものだと言って言葉を切り、またしても小町の知らないディクシードの過去を臭わせた。

「このような話を続け様に耳に入れるのはどうかと……つい、ためらいました。ですがあなたは、お知りになりたいのでしょう?」

 続け様……

 本当、そうかもしれない。

 再び気を引き締め、頷いて見せた。王都絡みかもしれないと思ったからだ。

 しかしヘインズの話は、全くそれではなかった。王都という名詞は一度も出てこなかった。

「十年近く前になります。ちょうど殿下が十三という歳を迎えられた日です。国守の所から戻る途中、この村を通過したのですが……その家の前で事故がありました」

「事故?」

「殿下の乗った車が、家から飛び出してきた子供を避けようとして、横転してしまったのです」

「もしかして……?」

「はい。その家の六つになる一人娘が亡くなられました」

 これは……また……何と言えばいいのか……

「私も供をしておりましたので、よく覚えております。殿下御自身がその手で車の下から助け出し、今一度と国守の元へ向かわれましたが、私の目から見ても、その時は既に手遅れだったと」

 そんな、悲惨な事故があっただなんて……

 彼はその場所に、たった一人で向かったの?

「運悪く、母親の目の前で事故が起こったのです。彼女は酷く取り乱しておりました」

 戻ってきた我が子は息もなく、母親は悲しみに暮れながらも、ただただ、“殿下に申し訳ない事をした”、と詫びるばかりで、娘の葬儀の日取りさえ誰にも報せようとしなかった。ディクシードばかりか、ヘインズにさえも。

 幾日か死んだ娘を傍に寝かせ、ようやく埋葬したそうだが、結局、ディクシードは葬儀に参列することはできなかった。彼は埋葬したと聞かされた時も、なぜ日取りを報せなかったのかと母親を責めることなく、無言のまま、娘の墓前に花を手向けに向かったそうだ。

 いくら嘆いていようとも、せめてディクシードには報せるべきだったとヘインズは思い、腑に落ちないまま数日を過ごし、やがて母親の元を訪れた。そんなヘインズに、彼女は泣きながら語ったそうだ。

 娘が飛び出すのを見て追いすがったが、間に合わなかったと。飛びだす要因を作ったのは、自分なのだと。

 言いつけを守らない幼い娘を、感情のままに叱り飛ばした後だった。だから殿下には、本当に申し訳ない事をしたと思っている。全て自分が悪い。娘が死んだのも自分のせいだ。

「御主人も早くに亡くなられている方で、懸命に一人で育ててこられたのでしょう。それが、あのような形で一人娘を失ってしまったのですから、彼女の取り乱す気持ちもよくよく分かりました。私も話を聞きながら、子の親としていたたまれないものがあった」

「…………」

「城に戻り、その事を殿下に伝えたのですが、返答はありませんでした。ですが殿下は、それ以来、援助を続けておられます。命日には必ず暇を作り、花を手向けていらっしゃる。レイゼン殿の話では、今もなお母親の様子を見に来られる事があると。それも、命日に限らず」

 ディクシードなら、何度も何度も、様子を見に来ているような気がした。その姿が脳裏に浮かぶ。

 不器用だから声もかけられず、そっと母親の様子を見ているのだろうか。

 ――かわりはないか。

 ただ一言、そう尋ねればいいだろうに、きっと彼は、声をかけないと思う。

 小町は言葉もなかった。

「数年して、母親からは援助の断りがあったと聞きます。オーディリックからもその事は伝え聞いているはずですが、未だ殿下は続けておられます」

「…………」

「やめておけと、誰が言えましょうか。見に行くなと。近衛にしてみれば、主君のそんな姿を見るのは、本当にしのびないのです。ですが何も言えず、供をせねばなりませんでした。王都の懸念が薄れ始め、次第に干渉も薄れ、近衛のほとんどの者がここで待機する事を望むようになり……この件に関して全てレイゼン殿に一任するとなった時、そこで初めてレイゼン殿は、“待機という指示を出した”、と殿下に告げられたそうです」

 不器用だ。本当に、不器用な人なのだ。

 ディクシードの孤独は、いつもいつも、そうやって紡がれてきたのだろうか。

 人が減り、会話がなくなり、孤独は増すばかりだ。

「ヘインズさん」

 まただ。

 また彼は、小町の胸をどうしようもなく締め付けている。

 思わぬところで聞くこととなった王都の話。それに、事故の話。

 彼は今、どんな想いでいるのか。どんな想いを抱え、その家に向かったのか。

 小町は立ち上がり、ヘインズを振り返った。

「案内していただけませんか?」

「待機せねばなりません、コマチ殿。ここを仕切るのは、今はレイゼン殿なのです」

 ヘインズは、ランバートの指示を再び口にした。

 小町とて指示の内容は理解している。なぜ待機なのかも知った。

 でも――

「私は、近衛じゃありませんから」

 ディクシードも待っていろと言っていた。でもたぶん、彼は拒まないと思う。

 きっと、拒まない。

「屁理屈だとお思いでしょうが……“今”、行きたいんです」

 小町が孤独を感じた時、求めるものは、決まって誰かの“手”だった。

 家族を亡くした後、求めたのはエインズワース夫妻の手で、夫妻は当然のように差し出してくれた。

 そこにイーノクが加わり、彼は出してはくれなかったけれど、道の先を指し示してくれた。

 それからフレデリック。彼の場合は、小町の方から強引に引き寄せてばかりだった。

 そしてケヴィン。手だけでなく、小町が求めるものを、惜しみなく、全て、与え続けてくれた。

 アリッサとジェニファー、それにスリージーと一樹。皆、出してくれと頼まなくても、きっと手を差し伸べてくれる。

 ディクシードだって、昨日は小町の手を求めたのだ。深く考えずに応じたけれど、今はあれで良かったと思える。

 果たして今の彼に、今の小町の手が必要なのかは分からないけれど、もし必要とされるなら、手の一つや二つ、貸してあげるのは簡単だと思う。

 できる事ならある。きっと、たくさんある。

「お願いします」

 頭を下げずとも、ヘインズは応じてくれた。立ち上がって頷き、何も言わずに歩き出す。

 後をついて歩くこと、たったの三歩。ランバートが気付いた。

「ハンソン。どこへ連れて行く気だ?」

「殿下の元へ」

「あ? あいつは今――」

「知ってるわ、ランバート。迎えに行くのよ、遅いから」

「…………」

 先回りして伝えると、ランバートは何も言わなくなった。ただじっと、こちらを見ている。その横でリディオが黙りこみ、パリスがヘインズに向かってスッと視線を投げてみせた。

 それも、どこか意味深なものだ。ヘインズが頷くと、パリスも満足げに頷き返すのである。

 へぇ、そう。

 ピンとくるものがあった。今のは間違いなく意志の疎通だ。

 ――上手くいきましたか?

 ――順当に。

 きっと、そんな内容に違いない。小町の所にヘインズを寄越してきたのは、パリスかランバートのどちらかだ。不安気だったリディオが、ヘインズが頷いた途端、安堵した風で体の力を抜いたのも見た。彼も、アイコンタクトの意味を理解している。

 小町に軍内部の話を伏せてきた彼らが、元近衛騎士の肩書を持つヘインズに対し、釘を刺さないわけがない。それがどうして、小町はたくさんの事を知ったのである。ディクシードの過去を知り、軍の側面も垣間見、そして軍を動かす王都の思惑も知った。

 考えてみれば、得られた情報は多すぎた。それも、パリスとランバートの差し金で。

 ムカつく。ムシャクシャする。

 彼らの手の上で転がされたようで、気分が悪い。引いては、王都の手の内にいるようで腹が立つ。

 でも、それをとやかく言うつもりはないし、言える立場にない事は承知している。

 だったら結構。話が早いというものだ。

「直ぐに連れてくるから、あなた達は、そっちを片付けておいて。でないと文句を言ってやるわ。覚悟しておきなさい」

「……簡単に言ってくれやがる」

 ランバートは不遜な笑みを浮かべている。

「あら、あなた方の主君は、いつだって簡単そうに言うじゃない。そこの負け犬だって知ってるでしょうにね」

 負け犬とはパリスの事である。彼は小町との勝負に既に二敗をあげている。ピッピとこれみよがしに指先であしらってやると、途端にブラックパリスが顔を出し、苦々しげに睨みつけてくる。

 近衛騎士達は小町の物言いに慣れたもので、聞こえないふりをして誤魔化していたが、自警団の青年らは、何と言う口を利くのかと目を剥いていた。ヘインズの部下達も瞠目している。

 小町からすれば、そんな事はどうでもいいのである。

 ディクシードに比べれば、こんな不快感は軽いものだと思う。彼はあらゆるものを王都に管理され、王都の手の上で転がされてきた。今も、その一端から逃れられずにいる。

「そのじゃじゃ馬から目を離さないでくれ、ハンソン。勝手に動くは暴言は吐くは、ディクシードがいなけりゃ手に負えねぇんだ」

「そのようですね」

 じゃじゃ馬で結構。暴言の何が悪い。王都などクソくらえだ!

 小町は一切振り向かず、さっさと歩きだした。背に刺さる視線になど、全く無視を決め込んでやった。


 ◇◇◇◇◇◇


「戻ってこられましたね」

 たいして広場を離れることなく、通りの角からディクシードが現れた。相も変わらず凛とした佇まいに、また胸が苦しくなって足を止めていた。

 えらそうに息まいて迎えに来たというのに、いざその姿を目にすると、どう声をかけるべきか悩んでいる。

 あなたの過去を聞いたの……これはダメ。

 事故は、仕方がなかったのよ……これもダメ。

 奇跡の子なんて、大げさね……これは論外。

 どうしよう。どう言うべき?

「待たれますか?」

 ヘインズに尋ねられ、あれこれと考えながらも頷いた。そうするうち、見る間にディクシードが近付いてきて、やがて正面で立ち止まる。

「何をしている」

 変わらない静かな声音だった。抑揚のない、落ち着いた低音。

 その声を聞くだけで、更に胸が痛む。

 同じ声音で言った数々の言葉が、脳内で再生されていく。 

 どうして……自分の方が泣きたくなるのか。

「待っていろと言ったはずだ」

「だって……遅いじゃない。離れるなって言われてるのに」

 うらめしい言葉はいくらでも出てくるのに、大事な言葉が見つからない。

「迎えか」

 コックリと頷いた。

 知らないふりなんて通用しない人だ。誤魔化しだって通用しない。

 だったら、どう切り出せばいいのか。

 閉ざしたいと言った彼の過去を知ったと、どう伝えればいいのか。

「ヘインズ。お前は戻れ」

 頷いたヘインズが小町にも頷いてみせ、そして去って行った。

 助け船を出してもらおうなんて思っていなかったが、小町は心もとなくなった。これで二人きりだ。否応なく話さなければならなくなった。

「また噛んだのか」

「…………」

 ほらきた。いつもこれだ。

 いつもいつもいつもいつも、いつもこうやって、彼は異変に気付く。

「私……猫じゃないわ」

 ようよう考え、切り出したのがこれである。もう最悪。

 小町を見据えていたディクシードは、去って行くヘインズに目を向け、パリス達を眺め、またヘインズの背へと視線を戻した。

「ヘインズか。あれから何を聞いた。噛み切るほど悔やむとは、何の話をした」

 ほら、まただ。

 やっぱり、誤魔化しなんて通用しない。

 言っておかなければならないこと、伝えておきたいこと、それはたくさんあった。

 聞いたわ、いろいろと。奇跡の子の話と、近衛騎士の話を。全てじゃないだろうけど、あなたの過去も聞いた……そう言って切り出そうと思う。

 それから……王都なんて大っ嫌いだと言ってやるつもりだ。どいつもこいつも、まとめて投げ飛ばしてやりたいと。

 それともう一つ……必要な時は、ちゃんと言ってくれって言おう。あなたのように鋭くなんてないから、言ってくれないと分からない。必要なら、手を出せって言って――いつでも貸してあげる。

 最後のそれが、一番、伝えておきたいことだ。

 言いたい事は分かっているけれど、ちゃんと、順序良く話せるだろうか。

 小町は顔を上げ、透き通るエメラルドの瞳を見返した。

 言わなきゃ。彼は待っている。

 二人の頭上を一羽の大鷹が飛んでいく。


 ◇◇◇◇◇◇


 ヘインズが皆の元へ戻った時、ちょうどパリスの腕に白い大鷹が舞い降りる所だった。見事な羽艶を誇る美しい猛禽は、腕へ乗るなり短い鳴き声を二度あげ、主人の肩に折れ曲がった嘴を撫でつける。

 久しく見ていなかった大鷹を前に、ヘインズは感嘆の息を吐いた。

「相も変わらず美しい鷹ですね。見ないとは思っていましたが、やはり連れていましたか」

「いえ、留守番だと言い聞かせて来たのですが……どうやら、報せを届けてくれたようです」

 少しばかり困り顔でパリスは答えた。慣れた手つきで鷹の胸を撫で、鋭利な爪が並ぶ足元を探る。結わえられた小さな筒から紙切れを引っ張り出し、用は済んだとばかりに腕を振り、大鷹を羽ばたかせて解放した。不機嫌そうに高く鳴いた大鷹は、見る間に空高く舞い上がっていく。

「もう放しちゃったんですか?」

 名残惜し気にリディオが問い、パリスは気のない所作で頷くだけだ。上空を仰ぎながら、代わってランバートが答えた。

「コマチにな、見つかってほしくねぇそうだ」

「……コマチに?」

「ああ。食われんだとさ」

「それ、意味が分かりませんけど?」

「こいつに言わせりゃ、あの娘は暴れ猫なんだと。虎視眈々と好機を狙って、一気に飛びかかって大暴れだ。イーダを狙われちゃあたまらんと、そういうわけさ。ま、ある意味、同意だわな」

 イーダというのは大鷹の名で、パリスの大事な翼である。外出時には常に連れ歩き、たいそう可愛がっている。それを狙われてはたまらないと言うのだ。

 むろんこの比喩は小町から食らった平手の件や、その他もろもろ、パリスが受けた被害からきたものである。意味も理解できたらしく、納得だとリディオは頷いていた。そりゃ、たまりせんねと。

 しかしヘインズにしてみれば、そんな事情など知るはずもない。ただその比喩が、第一王子と同じもの、つまり“猫”となっている事に苦笑していた。第一王子は娘を“気ままな迷い猫”に例え、かたや側近は“暴れ猫”だと言う。二人の娘に対する心境の差が、こうも違うのかと思うのだ。

 それぞれが、それぞれの思いで苦笑する中、パリスは意にも介さず、イーダが届けてくれた紙切れを広げていた。目を留めたランバートは、その内容を尋ねた。

「何て書いてある」

「娘の続き部屋に鍵を取り付けたと」

「あ? それだけかよ? 伝令の返事かと思ったが、いくらなんでも早すぎたか……」

「いえ、吉報も一つ。若者の素性も掴みました。シナの自警団に所属しているというのは、間違いないようですね。歳は十九。大学を辞め、そのままシナに配属となったようです」

 あの若者は、捕えて直ぐに名と歳を吐いた。そこでパリスが思ったのは、もしや大学に――いわゆる士官学校に、経歴が残っていやしないかだった。

 ヘインズは、パリスに言われて改めて若者を考察し、そして同意した。他の窃盗犯らに比べて、若者だけ妙に物腰が気弱にうつり、身なりと所作も、いくらかまともに思えたからだ。教育を受けた者が持つ特有の所作だと思えた。

 同意を受けたパリスは、ヘインズの部下に指示書を託し、走らせたのである。城内に居る自分の補佐官に宛てたもので、男の大学の経歴があるか否か即調べろという内容だ。パリスが手元に置くだけあって、補佐官らも処務能力に秀でた者が揃っている。

「当たりましたね、オーディリック。いや、オーディリック殿と呼ばねばなりませんでした、失礼を。洞察力の高さは存じておりましたが、素直に感服します」

「恐縮です、ヘインズ。これも、あなたの部下が走ってくれたおかげでしょう」

「決まりだ。泳がすぞ」

 ランバートが言い、パリスも同意する。

「運が良ければ、裏の裏が見えるかもしれませんね。金銭の動きからどこまで追えるのかも気になります」

「そっちはお前に任せるさ」

「隊長。泳がせるにしても、七人というのは多すぎますよ。寝返れと要求するなら、多すぎない方が賢明ではないですか? 寝返りの寝返りにしても、可能性がないとは言い切れません」

 リディオが指摘し、パリスもランバートも確かにと頷いた。その後三人は、窃盗犯の中の誰をどう使うか、どこまで使えるのかと話し始めた。ヘインズは動向を見守りながら、必要とあらば助言を加える事にした。

 最終的に数名使うか、あるいは全員使うかの判断は主君に仰ぐという結論で合意する。パリスは再びヘインズの部下を伝令に出し、ランバートはリディオを伴い、待機していた部下達に指示を与えた。

 そして再度四人が集うと、残るは、主君の戻りを待つだけとなる。

 となると、話題は……むろんそうなった。

「遅いな」

「例の話なら仕方がありませんよ。コマチだって考え考えでしょうし、殿下が相手となれば尚更ですって」

「いや、まぁ、そうかもしれんがな」

 四人が見据える先にはディクシードがおり、傍には小町が居る。皆、主君ではなく、小町の様子が気になるのだ。

 そこでヘインズは、おもむろに切り出した。

「ひとまずは上手くいきましたが……生憎、肝心な事には触れられませんでした」

「あ?」

「肝心な事というのは?」

 雲行きが怪しいと感じ、皆がヘインズを注視する。

「殿下の生い立ちと、御力の根源についてです。“核”の部分には一切触れていません。境遇という面では話しましたが、コマチ殿に尋ねられたのは近衛の起こりについてで、思うように広がりませんでした」

「そこかよっ」

「…………」

「そこが重要なんです、ハンソンさんっ」

 そうきたかとランバートが額を抑え、パリスが押し黙る。そしてリディオは、少々慌てていた。

「分かっているよ、ベン。そこが肝心だという事はね。だから“核”を話さなかったと言っただろう?」

 慌てるリディオに、ヘインズは諭すように声を掛けた。

 近衛騎士の面々を見直さなければならなくなった時、ヘインズが推したのは、このリディオ・ベンガッセンという若者だった。初めて会った時、どこか自分に似ているように思えたからだ。

 貴族出でありながら、言いにくい事をサラッと言い、相手に不快だと思わせない性質が気に入っていた。若くとも腕が立ち、任務も完遂すると噂には聞いていたが、特に性質が気に入ったのだ。

 話してみて、なお気に入った。騎士に志願した理由は家柄によるものだったが、当時のリディオは、平民出のランバートに憧れると言ったのである。あんな人になりたいとまでは言わずとも、共に剣を振れたらと羨望の眼差しを向けていた。人柄にも関心を持っているようだった。

 それからというもの、やはり目を掛けていた。不満を言いながらも応じる若者を、使いっ走りにする事もあった。我が主人が、ランバートに向ける感情のようなものだろう。

 そんな青年が傍に居る手前、少しばかり矜持が勝ったヘインズだったが、一つ咳払いをして誤魔化し、本音を正直に述べた。

 これは報告であり、矜持に左右されてはならない。

「実を言うなら、射竦められたと申しますか、尻込みしたと申しますか……そこには、あえて触れなかったのです」

「あなたがですか? あなたほどの方が尻込みをなさったと?」

「買いかぶりすぎですよ、オーディリック殿。私はあなたが思うほど、できた人間ではありません。……コマチ殿の“目”をどう思われますか、オーディリック殿」

「生意気……ですね」

 すると黙っていた男が、テメェと似ているからだろうが、と遠慮もなく指摘する。確かに、似ているかもしれない。

「御仁はあの目を、誠実を求める目だと仰っておられました。途中、コマチ殿に何度か見据えられ、腰が引けたと言うのが本音です。私は殿下に対して、誠実だとは言えませんので」

 申し訳ないと添えると、パリスは口元を引き結び、いえ、と小さく答えた。主君を第一と考える男なら、直に察してくれた事だろう。

 ここにいるランバートもリディオも、ヘインズが、なぜ第一王子を許せないのか、その理由を知っている。

「私では役不足。やはり御仁が適任かと。……とはいえ御仁もまた、忙しく走り回っていらっしゃいますので、あるいはあなた御自身か、レイゼン殿に」

「私は、あの娘に嫌われています。きっかけでもない限り――」

「やっぱ俺じゃねぇか!」

 いつになくパリスが声音を落とし、かたやランバートが目を剥き、パリスに食ってかかった。

「だいたいテメェがなぁ、コマチに余計な事をするからだろうが、このボケェ!」

「余計な事とは?」

 尋ねれば当のパリスが苦々しげに口を閉じ、傍らでリディオが苦笑する。それを見たヘインズは直感で悟った。

「負け犬……の件ですね? もめ事でも?」

「まぁ、そんなとこだ。コマチから平手をくらったんだ、この色男は」

「黙りなさい、ランバート。その聞き苦しい口を閉じておきなさい」

「黙るか、アホウ。居合わせ様の一発、馬乗りで一発。一生笑ってやるから覚悟しとけっ」

 平手……馬乗り……

 それはまた強烈な……

 にわかには信じ難く、多少、身を引いたかもしれない。するとリディオが言うのである。パリスに聞こえないようにと、かすかな声で。

「見た目は、まぁ、淑やかですけど……やるんです、コマチは。本当に」

 なにせ、じゃじゃ馬ですから、と添える。

「君も目にしたのか?」

「近衛は皆が目撃者です。殿下も」

 これには、さしものヘインズも驚いた。快活な娘さんだとは思っていたが、まさかの事実だ。

 しかしヘインズは驚きを穏やかな表情で覆い隠し、言い合いを続ける側近と現近衛騎士隊長を、鋭く睨みつけた。いつまで続ける気かと。

 さっさと漫才を切り上げてもらうべく、声を太めて彼らの注意を引く。

「確かに驚いたが、あの方ならやかりかねんとも思うよ、ベン。王都に乗り込んでやりたいと、そう仰っていたからね」

 王都という言葉以降を強調すれば、即座に効果があった。二人が同時に振り返り、それぞれの反応を見せたのである。

「そりゃ反感じゃねぇか、ハンソン!」

「上手くいったのでは!?」

 二人の懸念は、娘が抱く王都への反発であり、他者への助長とならないかという点だった。ヘインズとてそれを注意しながら娘と話をしたのだ。パリスに視線で問われて頷いてみせたのは、順当だという手応えを感じていたからだ。

 今も、手応えはあったと確信している。

「ひとまずは上手くいきました、オーディリック殿。ですがあの方は、反感も抱いておられた」

 すると皆が揃ったように小町へと目を向けた。娘は主君に向かい、何事かを話しているのだが、あの威勢はどこへやら。妙にしおらしく見える。

「そういえば殿下に、王都なんて大嫌いだと言っておられたのが聞こえましたね」

 一押しすればランバートが食いついた。依然として視線は小町を見据えているが、ようよう聞く耳になったようだ。

「ハンソン。コマチにどこまで話したのか教えてくれ。俺から話す時は、あんたと被らねぇようにする」

「では、手短に」

 そう言って簡潔に話して聞かせた。時折、娘がどのような反応を見せたのかを語ると、皆終始無言で耳を傾け、三者三様の表情を浮かべている。

「最後に、王都に関しては他言無用だと釘を指したのですが……その時は、殿下の心境を想うと胸が詰まるのだと仰り、その後、先ほどの言葉を口にされたのですよ。王都に殴り込んでやりたい。胸の内の不快感は、拭えるものではないのだと」

「…………」

「…………」

「…………」

「ひどく憤った様子で、肩を怒らせ、まるで文句があるなら言ってみろと言われたような心地でした。ですが、こうも仰っていた」

「…………」

「…………」

「…………」

「国に帰るまでの約束しかできないが、殿下が耐えろと言うなら耐える。殿下が、今のこの状況に居ることを許しているなら、それに添うだけなのだ、と」

 ――私のような者がお約束できるのは、その程度ですから。

 自嘲を帯びた言葉は、この耳に確かに届いていた。憂いだとヘインズは捉えた。

「オーディリック殿。それにレイゼン殿。あの方は、私の懸念をしかと理解した上で、そう仰ったのです。そして殿下の境遇に配慮を示されました」

「…………」

「…………」

「…………」

「あれほど殿下の御身を思い遣れる者は、この国に何人と数えられましょうか。そうおらぬと、私自身が心得ております。あなた方お二人に引けをとらぬほどの忠義を、確かに見せていただきました。胸がすく思いです」

 不誠実な自分が言うのは何ですが、と一言添える。

 かたや聞き手となった三人の男の胸には、ディクシードが放った耳に痛い言葉が蘇っていく。


 ――貴様らの目にどう写ろうと、私の目に、あれは情婦とは写らない。貴様らよりも、よほど騎士の姿をしている。

 ――剣を振るうだけが騎士か。

 ――力を誇示するだけの存在に何の意味がある。笑わせるな。


 めったな事では長々と喋らない主君が、自分の感情を口にしない主君が、そう言っていた。あの時も目が覚めるような思いで聞いていた。否応なく痛みも伴っていた。

 しかしヘインズにしてみれば、そんな一件があったなど知るよしもない。

「何年ぶりでしょうか、この言葉をあなた方に投げるのは。もう、監督者の役目は終わったと思っていましたが……今一度申し上げます」

「…………」

「…………」

「…………」

「“精進なさいませ。主君に添うことこそ、近衛の職務です。添えぬ者は不要、仰げる事を誇りに思いなさい。”」

 第一王子の近衛騎士が、その顔ぶれを一新した時、任命式があった。ヘインズはそこで、彼らの横っ面に向かい、戒めとして同じ言葉を投げたのである。

 最前列右手には側近のパリス。左手には隊長職に就くランバート。共にまだ若く、ランバートなどは二十二という異例の若さでの着任となった。

 残る二十九名の栄誉ある騎士達が、横並びの二列を作り、二人の後方に整列する。皆が一様に前方を向き、誇らしさと少しの不安を見せていた。リディオは、その中にいた。あの時は副官という役職こそなかったが、確かにそこにいた。

 イバンス・アントネリー。ガサン・オズイク。ヘインズが当時から知る二人も同様だった。名を呼ばれた際の誇らしげな顔は、今でも脳裏に焼き付いている。

 ディクシードに対する不誠実さを自覚しながらも、ヘインズが監督者として彼らを指導したのは、御仁が正式に隠居するまでの数ヶ月のことだ。若く、伸び盛りの三十と一名。

 あの時から残っている騎士は、たったの五名のみとなった。しかし時が経ち、経験を積み、貫禄を覗かせ、この七年でそれぞれに成長を見せている。噂は絶えなく耳にも届く。

 第一王子付の近衛騎士には、士爵位相当の敬意を払うのが暗黙の規律となり、ヘインズとは、ある意味で立場も入れ替わっている。だから物言いこそ丁寧に言ったつもりだが、あの時と同じ言葉を投げた。不敬と言われればそれまでだと自覚しながらも。

 なぜ言わねばと思ったのかは、ヘインズ自身がよく分からない。だが確かに、駆り立てられるものがあった。それも、娘の返答を聞いた時からだ。それだけはハッキリしている。

 彼らもまた、小町という娘によって、何かを駆り立てられているのなら……

「“あなた方の仰ぐ主君は、この国の中核を担う、とみに高い場所におられる御方です。側近は右翼に、近衛は左翼とならねばなりません。己を主君の羽だと心に留め、主君の意思に添い、主君を正しき地へと導いて下さい。”」

 羽は、時と共に抜け落ち、生え変わるものだ。騎士もまた、いずれは入れ替わる。しかし、主君の傍にいるうちは、力を発揮し続けなければならない。その羽が束となり、初めて翼となるのだ。

 そう説き、過去と同じ言葉を投げた。

 あの頃から成長した彼らは、間違いなく当時の心境とは違っているはずだ。この言葉は、娘をよく知る彼らに、どう響くのか。


 三名の青年は前方を見据えたまま、過去にしたのと同じように、小さく、しかし、確かに頷いた。


 皆が見つめる先では、娘が主君へと手を差し出していた。

 しばらくそれを眺めやった主君は、やがて彼女の手を握り返したのである。

ご覧いただきありがとうございます。

第58話『両翼』はいかがでしたでしょうか。楽しんでいただけましたでしょうか。

重い話が二話も続いてしまいました。討伐開始となれば否応なく重くなるのは必然で、章の序盤は軽い話を書こうと思っていましたが、ここは避けては通れないものなので御了承下さいませ。


三章に入り登場人物が増えてきました。これまでは何とかなったと思っていますが、近衛らとの絡みも増えますし、城外に出たという事で新たな出会いもあります。なので、三章以降は章ごとに登場人物紹介を挿し込もうかなと検討中です。

予告なく挿し込むと思いますので、こちらも御了承下さいませ。


では、次話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。