第55話 農村ミゴー
一つ目の村にやってきた頃には、騎士達は半数近くに減っていた。大人数で動くのは得策ではないとランバートは言っていたから、今後いくつかの訪問先を巡りながら、少しずつバラけていくのかもしれない。
ここは、ガーデルードの東部に位置するミゴーという名の小さな村である。田園と木々に囲まれた、のどかで小さい村。ガーデルードに最も近い村だそうで、近いというだけあって、到着時には村人の姿は見えず、残っているのは、自警団に所属している人達だけだった。
自警団というのは、もともとは名称自体なく、自主的に村や町の治安維持につとめる人々の集団だったそうだ。村長や町長らを中心とした集まりだったものを、御仁が給金制度を設けて組織として確立し、マルセナ領全土に定着させたのだとランバートは言っていた。これも、御仁の功績の一つである。
主に年若い青年から中年層の男性で構成されており、高齢者の多い村には、有事の際、近隣の町村から若物が借り出される仕組みとなっている。今では領外にまでこの制度が広がっているそうで、話を聞いた小町は、警察の先駆けのような組織ではないかと想像した。
そして同時に、御仁の手腕に感心せずにはいられなかった。自警団の組織化により、マルセナは大きな安定を得たのである。若い人達の収入源が確保できた事で、気候だよりの農家の人達は、子供らを自警団に所属させ、金銭的な安定を得る事ができた。財源が潤う事で税収も安定し、それは民に還元され、この制度の導入により治安の向上にも繋がったのである。
あらゆる制度の導入には、必然的に反発の声は伴うものだと思う。それを納得させて導入に踏み切る英断と、さらには得られたものの大きさを思えば、見事としかいいようがない。
当時、どのようにして導入に至ったのか、どのような想いを持って成し遂げたのか、是非とも詳しく聞いてみたいと思った事だった。
今回の避難でも、彼らは近くの町から駆けつけ、早くから動いてくれていた。今夜、討伐の兵と交代するまで、それぞれの村で見張りを続ける段取りだと聞いている。村に留まる者、戻ってくる者、不審者。そういった人がいないかどうか、彼らが番をしてくれるのだ。
広場を眺めながら木陰にマイロを進めると、青年が一人、恐々と手綱を引いてくれた。礼を言った小町は、マイロの首を撫で、そこから降りた。
「ここに繋ぐの?」
「いえ、向こうに繋ぎます。草場がありますから。でも先に、殿下の馬を繋がなくては……」
かくかくと喋る青年だった。緊張も見えるが、どことなく他人行儀である。彼はマイロに触れようとせず、さっさと手綱を放して行ってしまった。きっと、マイロが黒いからだ。小町とも関わりを持ちたくないのだろう。
「コマチ、こっちです。殿下から離れないでください」
リディオに呼ばれ、ディクシードの元へ歩きながら黒馬を振り返った。放置して大丈夫だろうか。
「繋いでないんだけど」
「長く置かなければ大丈夫ですよ。こっちへ」
「でも、喉とか乾いてるかもしれないし」
「心配いりませんって。あの青年が世話をします。それより急いでください。決して殿下から離れないで」
「……分かった」
リディオにも緊張が見えた。村に入った時から、仕事モードに切り替わっているはずだ。
自警団のリーダーらしき人物とパリスが話し、ディクシードは離れた所で待っていた。近衛騎士達からも一定の距離を置いている。いつもの事ながら、群れに馴染まない一匹狼のようだ。
普段と違うのは、幅広のサッシュを掛けている事だった。濃いシルバーの飾り帯を、肩から腰に向かって斜めに掛けている。一目で王族と分かるもので、この見回りも公務という事になる。
様になるなぁと感心しながら寄っていくと、チラッと視線を寄越したディクシードは、またパリスらに目を向けた。彼は鼻も効くし、耳も非常にいいのだ。パリスと青年の会話を聞いているに違いない。
小町はその横で、周囲を観察しながら静かに待つことにした。邪魔にならないよう配慮した結果である。しかし、たいして観察の時間はなかった。
「殿下、一通りの避難は完了しているようです。どうしますか?」
「…………」
返答もせずディクシードは歩き出した。それを見たパリスは、リーダーの青年に最後の見回りをすると言い残し、ランバートの元へ向かう。小町はディクシードにくっついて歩きながら、騎士達を振り返った。
パリスとランバートが何事か話し、時間をおかずして、ランバートが方々を指し示しながら部下達に指示を出す。数人に別れた彼らは、散り散りになった。指示を出したランバートも、部下達が散るのを見届けた後、御仁の兵を一人伴い、どこかへと歩いて行く。
「前を見て歩け」
ディクシードが言った。さっきから小石やら何やらに蹴つまずいている小町は、おとなしく従うのである。
見回りならば、きっと家の中まで確認するに違いない。どんな造りか観察できるいい機会だ。そう思っていたが、ディクシードは、まばらに建つ民家には目もくれず、ひたすら歩くだけだった。残念でならない。
時折、シャツにズボンという軽装姿の青年らとすれ違った。彼らは皆、ディクシードを見て恐々と頭を下げ、小町を見て瞠目する。ここでも珍獣扱いである。
しかし、城の侍女や侍従のように、目を逸らしはしなかった。瞠目した後、不躾に小町を観察するのだ。
――この女が噂の情婦か。
――殿下の御寵姫だ。
そんな声が聞こえるようだった。珍獣扱いには慣れているし、気にしないようにと思ってもいるが、だからと言って愉快なわけがない。それに、ディクシードの醜聞には違いないのだ。
「気にするな。民は、城の人間ほど礼儀を弁えてはいない」
「……何でもお見通しね」
「お前の考えている事は――」
「手に取るように分かるんでしょ? 大丈夫、平気よ。そりゃあ、ちょっと腹は立つけど、自分が望んだ事だもの。でもあなたは違うわ。私の提案を渋々呑んだだけだから」
情婦という噂を否定しないと約束してくれた。しかしそれは、彼の本意ではなかった。
「私は慣れている。お前の言う珍獣扱いというものにな」
「いくら慣れてるって言っても、気持ちがいいものじゃないでしょ?」
「確かに。……不快だな」
あ、不快って言った。不快だと感じているのだ。
それはそうだろう。何に対しても動じない人だけど、感情がないわけではないのだ。人並にある。表に出ないだけで。
「あなた、憂さ晴らしはどうやってるの? 剣?」
「お前はバイクか」
「正解。あと運動もね」
「お前らしい」
「あなたも似たようなものでしょう? 体を動かすんじゃないの?」
「えらく聞きたがるが、私に興味でもあるのか」
「…………。ない」
ちょっとばかり彼のプライベートを覗いてやろうと考えていた小町は、思わぬ切り返しに驚き、返答に間を作ってしまった。
すると彼は隙を逃さず、スーッと流し目を送り付けてくる。
「嘘を言え。お前は、知りたいから聞く性分だ。それで誤魔化しているつもりか」
「ちょっとっ、その無駄な色気、やめてくれない? ちゃんと見回りしなさいよっ」
「問題ない。それより、私に興味があると認めたらどうだ」
「ないって言ってるでしょ!? 離れろ、変態っ」
「離れるなと聞いているはずだが」
だからといって、寄りすぎである。くっつけとは言われていない。
あっちへ寄れと肩をぶつけてやったが、ビクともしないのだからタチが悪い。けっこうな加減であるにも関わらずだ。これじゃ、自分の肩が痛くなる。
どんどんと道ぶちに追いやられ、小町はディクシードの反対側へそそくさと逃げた。
この、肉食めっ!
睨みつけても端正な顔は涼しげである。心なしか、今度はこっち側に寄ってやしないか?
そっちがその気なら逃げるまでだ。追い込まれそうになったら、また逃げてやる。
しばらくの間、小町はディクシードの左右をチョロチョロするハメになった。傍から見れば、実に珍妙な見回りである。
◇◇◇◇◇◇
数度目の往復を終えた時だった。突然ディクシードが足を止め、同じように立ち止った小町は、彼の視線を追いかけてみた。
一件の家がある。何の変哲もない古い家だ。他の民家と同じ木造の平屋。周囲から孤立しているとまでは言わないが、他からは距離があった。
その家とディクシードを交互に眺め、待ってみることにした。彼は、何かを感じ取っているようなのだ。ただただ黙り込み、じっとその家を注視している。音か、あるいは匂いか。
すると後方から、ザッ、ザッと土を踏む音が聞こえ、妙に緊張していた小町は飛び上がりそうになった。
「ランバートだ。心配ない」
ソロッと振り返ってみれば、ディクシードの言った通りだった。御仁の兵と共にランバートがこちらへと歩いてくる。ホッと息をついたのも束の間、今度は左側の民家の間から人影が覗き、ハッと息を呑む。
二人だ。影は二つある。
見つめる先から現れたのは、よくよく見知った近衛騎士だった。そして右手側からも、グレーと白の騎士装束が一名ずつ。計六名の騎士達。彼らは、皆が神妙な様子で近付いてくる。
今度こそ小町は体の力が抜け、ホウッと安堵の息を吐いていた。
皆、見回りの為に散り散りになったと思っていたが、この六名は適度な距離をとり、二人一組となってついて来ていたのだ。主君の異変に気付き、出てきたのだろう。
さすが近衛騎士。ディクシードは気付いていたようだが、小町は全く気付かなかった。さすがとしか言いようがない。
「ディクシード、どうした?」
「物盗りだ」
物盗り……
それだけで小町の鼓動は速くなる。せっかくほぐれた体が瞬時に強ばってしまう。
「早速かよ」
立ち止まったランバートが呆れたように言った。
「国守の目と鼻の先だってのに……よくまぁやりやがる。あの家か?」
「…………」
問うても返事はないが、これは沈黙の肯定である。そう判断したランバートは、部下に目を向け指示を出した。
「イバンス、お前は裏へ回れ。スコットとバズは両脇で待機」
「「はい」」
「ディクシード、相手は何人だ」
「…………」
ディクシードは答えず、ジッとその家を注視している。聞き取ろうとするかのように。
皆が主君の邪魔をしまいと黙り込み、周囲が静かになった。小町も耳をすませてみたが、全く物音など聞こえなかった。
「二人だ」
……え?
驚く小町とは裏腹に、ランバートは余裕シャクシャクな様子で、それなら問題ねぇなと軽く言っている。そして今度は御仁の兵に対し、自警団の人間を呼んできてくれと頼んでいた。
「私が行きます」
若い方の騎士が踵を返し、見届けたランバートは、残る一人に意味深な目を向けた。ランバートと共にいた騎士で、壮年というには若いが、彼よりも十は年上と思しき騎士だった。
「あんたはどうするよ? 手は足りてんだが、俺と来るか?」
「待機しておきますよ。御高名なレイゼン殿の手並みを拝見できる、またとない機会ですから」
「……あんたさ、御仁に似てきたって言われねぇ?」
「よく言われます」
褒め言葉と思っているようで、その騎士は笑みを浮かべている。
「褒めてねぇっての。……おし、行くか。気付かれるなよ」
近衛騎士らは頷き、ランバートを筆頭にして歩き始めた。誰ひとりとして動揺は見られない。むしろ、部外者の小町の方が動揺しまくりだった。
見知らぬ土地に行く際には、当然のことならが、スリ対策を怠らない小町だったが、窃盗犯と対面した経験などないのである。
連れだって歩く彼らの背を、かっこいいと思える余裕は確かにあった。でもどうしても、この後起こるだろう展開を考え、緊張してしまう。
血なまぐさい結果が待っているのではないのかと。
「捕らえるだけだ。そう固くなるな」
「でも……向こうは武器を持ってるかもしれないわ」
「あれらは精鋭だ。こそ泥ごときに引けをとることは無い」
「…………」
「自警団に引き渡す必要がある。斬って棄てる心配も無用だ。多少は痛めつけるだろうがな」
ボコボコかもしれないが、斬らない……
「コマチ殿と申されましたか?」
尋ねてきたのは御仁の兵だった。頷くと、その人はハンソン・ヘインズと名乗った。
「殿下の仰る通り、近衛は精鋭の集団です。案ずる必要はありません」
「…………」
「胸を張って言う事ではありませんが、避難には窃盗が付き物のようなもの。レイゼン殿の部隊は手馴れておりますゆえ、ご安心なさいませ。しかし万が一、こちらへ逃げて来る輩がいたとして、御身は私と殿下でお護り致します」
「いえ……あの……」
我が身の心配などしていなかった小町は、しどろもどろになっていた。
ディクシードの剣技は素晴らしいと思う。彼の右に出る者はいないと何度も騎士達から聞き、小町自身、その通りだと思っているし、彼には全幅の信頼を寄せている。ランバートや彼の部下に対しても同じだった。彼らは精鋭。勝手ながら、そう思っている。
だから本当に、自分の身の心配など全くしていなかった。
「御婦人が目にするには指し障りもありましょう。不安でしたら、あちらへお連れしますが、いかがなさいますか? むろん、殿下もご一緒なさいますが」
ヘインズが指したのは、民家の影だった。優しい配慮を感じられ、小町は自然と笑んでいた。
「いえ、大丈夫です。彼らの雄姿を……私も、目にしておきたいので」
「さようですか」
「はい。ですから、ここで」
ちゃんと伝えると、ヘインズは納得したと一つ頷いた。
我ながら、雄姿とは上手い事を言ったものだ。達者な口に満足している小町に、小舅が一瞥を向ける。
「見たいのか」
丁寧に断りを入れたというのに、これでは台無しである。露骨に“見たいのか”などと。
しかしながら、見たいと思っているのは事実だった。高見の見物とは言わなくても、ランバート達が窃盗犯をどうやって捕らえるのか見てみたい。斬らないと知った時点で、好奇心が勝ってしまう単純脳の所有者ゆえだ。
ジト目でディクシードを見上げてやる。このヤローだ。
「見たいわね」
「じゃじゃ馬とは、よく言ったものだ」
うるさいなぁ、もう。
皮肉を無視してランバートの行方を追った。既に民家に到着し、戸口に立っている。イバンスの姿はなく、裏口に回っているのではないかと思われた。
意外だったのは、バズとスコットの立ち位置だ。バズは正面向かって左奥の角に、スコットは対極に当たる右手前の角に居た。てっきり、アクション映画よろしく、左右の壁にでも張り付くのかと思っていたのに。
「バズとスコットは――」
「家の角に立つ理由は二つだ。有事の際の合図と援護。両者が必要になった時、迅速に対応するためだ」
「そっか……そうよね。それに、どの窓から出てきても、あそこなら対処できるものね」
「そうだ」
なるほど。インカムだって携帯だってないのだから、誰が何処に居るのか把握するのは至難の業だ。だから、何が起きても対処できるよう、より的確な場所で待機するのだ。
「一つ利口になった気分。やっぱり、すごく合理的ね」
「物事には全てに理由がある」
聞いた覚えのあるセリフがディクシードの口から飛び出し、小町は驚いて目を瞬いた。
「どうした」
「……義父様と同じセリフだと思って」
「養父か」
「ええ」
「何と言っていた」
「……“人の感情と同じように、世の中の物事には全てに理由があるんだよ”って。あなたと同じセリフでしょう?」
「…………」
「続けてこうも言ってた。“どちらも読み解ける広い視野と、受け入れられる寛容な心を持った人間になりなさい”。それなのに義母様はこう言うの。“疑心も常に持て”」
ビジネスを始めてから、様々な局面で悩むようになった。その度に伯爵は、寛容であれと小町を誘導してくれた。隣にはいつも夫人が居て、夫の言葉の後に疑心も大事だと言うのである。
――でもね、何でもかんでも許しちゃダメよ。人は簡単に裏切りを行う生き物だから、疑う事もとても大事なことなの。利害が発生するとなれば、誰だって構えてしまうものだから。
寛容になれ。でも疑え。
二人の言葉は、その頃の小町にとって対極でしかなく、理解するのが難しいものだった。でも、経験を重ねる事で、次第にそれは見えてきた。
「世の中は人があって成立する。理由が伴うのも然りだ。疑心と寛容か。お前の養父母は、できた人間だ」
「そうね。今は、素晴らしい教訓だと思ってる」
活かせているかと問われたら、それはやっぱり難しいけれど。
感情の起伏が激しい自分には、どうしたって難しい事だった。自制を必要とする事だから。
そうして小町ら三人が見守る中、窃盗犯二人は直に捕らえられた。ランバートが踏み込むと、そこらの壁を力任せに叩くような派手な物音が聞こえ、裏口でイバンスが一人を、開き窓から逃げようとした一人をバズが確保した。
およそ二、三分の出来事で、呆気ないほど簡単に捕まった彼らは、殴られて卒倒している。揉み合いにすらならず、剣を抜かせる隙さえ与えず、たったの一撃で完了したのである。的確な顎へのクリーンヒット。
恐るべし近衛騎士。完璧な連携プレーだった。
イバンスとバズは、縛り上げた二人から剣を取り上げ軽々と担いでくると、ディクシードの眼前にさらすように無造作に地べたへ横たえた。ランバートとスコットは家の中を偵察しているようで、しばらくして揃って顔を出した。
「お見事です、レイゼン殿」
「褒められるほどのもんでもねぇさ」
御仁の兵ことハンソン・ヘインズに称賛され、心なしかランバートは照れているように見える。
「意外でした。てっきり、あなたが捕らえるものだと思っていましたから」
「部下には花を持たせる主義なんでな」
「成長されたようで、御仁への報告が楽しみですよ。喜ばしい事だと思われるでしょうから」
「……俺は、あの御方が苦手だ」
「存じています」
「…………」
会話から察するに、二人は旧知の仲のようだ。ヘインズは、ディクシードの前でも物おじする様子もない。彼とも面識があるのだろう。
「ディクシード。中は綺麗なもんだった。あの様子なら何を盗られたか家主はしばらく気付かんな。手慣れてやがる」
「形跡がないのか」
「あるとも言えるし、ないとも言える。あれじゃあ何とも言えん。盗んだ物も見当たらねぇし、所持してねぇようだし……どうするよ、起こして聞き出すか?」
「見回りが先だ。他にも潜りこんでいる可能性がある」
「あ? 他にもって……また何でだよ?」
問われたディクシードは、失神中の二人に視線を投げた。
「記章だ」
記章? それって、バッジの事よね?
どこだと探す小町を放置して、会話は進んでいく。
「自警団の記章じゃねぇか……なら、こいつらは自警団――」
「一概には言えまい。記章だけ手に入れたとも考えられる」
「…………」
「団員かどうかは引き合わせれば分かる。心当たりのない顔なら、窃盗団として組織されている可能性が高い」
「窃盗団だと?」
「おそらくは、自警団に成りすまして潜り込んだはずだ。記章を用意するほどの手の込みようを思えば、そう考えるのが妥当だろう」
「お前の頭ん中では決まってんじゃねぇか」
「…………。記章の入手経路を吐かせろ。私は他を見て回る」
「分かった」
飛び交うやり取りを聞きつつ記章を探していた小町だが、内心では驚きの連発である。
窃盗団と呼ぶには大げさな気もするが、あっちの世界でも、デパートや展示場を狙うコミュニティーはあった。特に都心から離れた土地の経営者らは、たいてい、そう言った悩みを抱えていて、話のネタにと小町もよく尋ねていた。
話なら聞いた事がある。あるにはある。
が、ところがどっこい。こっちの世界の窃盗団は、どうやら本格的な組織のようなのだ。記章を準備し、剣まで帯剣できる環境を整えている。人を斬る事にも躊躇などないのだろう。
えらい事になったと騒ぐ間もなく、中腰になって窃盗犯を覗き込んでいた小町は、ディクシードに後ろ襟を引っ張られ、たたらを踏んだ。
「行くぞ」
「殿下っ、そのようにぞんざいにされては――」
慌てて声を上げたのはヘインズで、ディクシードは構わんと跳ね付けた。当然、ヘインズは瞠目した。それを見て主君の補足をしたのはランバートである。
「そう驚く事でもねぇんだ、ハンソン。こいつは好奇心の塊みたいな女でな、引き剥がさねぇと、質問攻めで時間をくっちまう」
「しかし、御婦人をいくらなんでも――」
「御婦人が聞いて呆れるような女だぞ?」
「うるさいっ! ちょっと、ディックス! 放しなさいよっ」
クワっと主君に噛みついた小町を見て、ほら見てみろとランバートは言った。またしてもヘインズが瞠目する。
「おい、ディクシード。動き回らねぇように担いで行ったらどうだ?」
主君は答えず、そうするかとでも言うように片手を伸ばしてきた。
「嫌っ、それは絶対に嫌っ! 分かった! 分かったから、ちゃんとついて行くから」
だから放してくれと頼み込むと、彼はようやく小町を開放し、そうかと思えばさっさと歩き出した。
ランバート達がどう動くのか興味があった小町は、渋々ながらにディクシードの後を追いかけ、さっそく問いかけてみた。こっちはこっちで、いろいろ疑問があるのだ。
「記章って、どこに付いてたの?」
「左肩だ。ちょうどお前からは死角になっていた」
「そうなんだ。一応、見たつもりだったんだけど」
この人、本当に目ざといなぁ。
ひとしきり感心してランバート達を振り返れば、彼らの向こうから自警団の青年が走ってくるのが見えた。パリスと近衛騎士もいる。
「誰もついて来ないわよ? 先に行ってもいいの?」
「代わりの近衛が直に来る。あれらの仕事は私を見張ることだ」
見張り? 警護じゃなく?
そう言えば、ランバートが言っていた事があった。
――実際、あいつに近衛なんてもんは必要ねぇくらいだしな。
どういう意味かと問うた小町に、ディクシードの腕に敵う者がいないからだと、当然のように言っていた。ならばやはり疑問に思う。
どうして三十名もの近衛騎士が、彼に必要なのか。
護衛ではなく見張りと言ったディクシードの言葉が、彼の置かれた境遇を物語っているのではないだろうか。
「前を見て歩け」
その事にはあえて突っ込まず、はぁいと間延びした返事を返してみせた。
◇◇◇◇◇◇
「信じらんない」
見回りを終えて広場に戻った小町は、窃盗犯を見て呆れ果てた。縛られて項垂れている人間が、六人に増えていたからだ。それほど広い村でもなく、さして時間もかかっていないというのに、この短時間でたいそう増えたものだ。
呆れ返る小町を一瞥してディクシードが言った。
「ガーデルードに最も近い村だ。サーベルもいる。警備が手薄と踏んだはずだ」
「灯台もと暗しってやつね。これで組織の可能性が高くなったわ」
こんな小さな村に六人もの窃盗犯がたまたま居合わせるわけがない。偶然で片付けるには、ちゃんちゃら可笑しな話だ。
記章の件もある。自警団の記章は、所属する町の団長という人が管理する仕組みだとディクシードは言っていた。団員となって初めて受け取れるものだそうだ。となるとつまり、ディクシードが読んだ通り、組織化された窃盗団の可能性が濃厚になったわけだ。
記章を見ただけで予測できてしまえるのだから、たいした王子様だと関心してしまう。才能とさえ思えてきた。
天は二物を与えると覚えておこう。二物どころか、何物もだ。
「で、あれは何? 水責めでもしたのかしら?」
「パリスに聞け」
「…………」
窃盗犯達は、皆が濡れていた。彼らの周囲には木製のバケツが転がっており、疲弊しているのが見てとれる。パリスが尋問したようだが、拷問まがいの取り調べがあったなら、それはそれで引っ掛かる。制裁は必要だと思う小町ではあるが、サディストの真似ごとは嫌なのだ。どうこう言える立場ではないと分かっているけれど、やるなら、もっとストレートにやってほしい。
でないと騎士のイメージが……
小町の内心など知るはずもなく、パリスは主君の姿を認め、足早に歩み寄ってきた。隣の小娘からジト目で見られているが、知った事ではない。
「西に二人、東に二人です。ランバートが捕らえたのは北ですから、分散して励んでいたようですね」
「南は?」
尋ねたのは小娘である。答えるのも面倒だと思いながらも、パリスは親切に教えてやった。
「ここが南です」
「あ、そう」
完全に舐めくさった小娘に冷めた一瞥を投げつけ、気分を切り替え、主君への報告に戻る。
「記章ですが、皆が揃えています。どうやらシナの自警団のもののようですが、詰所で盗んできたと言い張っています。それ以上は吐きません」
「六人もの人間に誰も気付かなかったのか」
「いえ。見知らぬ顔だとは思ったようです」
小町は、おとなしく報告を聞いていた。
パリスの話によると、窃盗犯達は、遅れて到着した組に混ざっていたそうだ。しかしながら、この村に在中している自警団の若者たちも、彼ら自身が方々から駆け付けたのである。見知らぬ顔でも当然と考え、追及など思いもしなかったそうだ。窃盗犯達は避難する村人に手を貸していたらしく、以降は、怪しむ者はいない。
「各所への伝令はこれからですが、果たして記章が盗まれたものなのか、団内に手引きした人間が居るのか、今のところ判断がつきません」
「盗んだ品はあったのか」
「残念ながら、どの家も」
「形跡は」
「それも、はっきりしないのです」
ランバート達が捕まえた時と同じ状況だ。つまり、目に見えて判断できる形跡が残っていない。物品をあさる都度、それらを元の位置に戻す……? 何か変だ。そんな真似をするだろうか。
それだけでなく、ディクシードは物音を聞いていたはず。いくらなんでも、忍ばせた音をあの距離で聞き分けるのは無理だと思う。犯人を二人と言い当てたのは、足音を聞き分けたか、音の距離まで聞き分けたかだ。彼らは動いていたと考えるべき。
となると、散乱した物を片付けていたのではないか。何せ、形跡が分からないのだから。そして盗んだ物品そのものは、どこかへ隠してあるのでは?
いよいよ妙な物盗りどもだ。こんな変てこな物盗りが、三件とも同じパターンで行われている。間違いなく組織だ。
「盗んだ物品については、吐くかどうかですが」
「屋内にある。探せ」
口を挟もうかどうしようかと迷っていた小町だったが、ディクシードのその言葉を聞いて黙っていた。彼も、小町と同じ見解だったからだ。どこかに隠してあると思っているのだ。
「納戸の床下だ。小突いたら吐きやがった」
離れた所からランバートが言った。かったるそうに肩を揉みながら歩いてくる。
「確認に行かせたが、出るな、ありゃ」
同意。必ず出る。
ディクシードはどう思っただろうか。何気なく見上げると目が合ってしまった。
「どう思う」
「それ……私に聞いてる?」
「お前に聞いている。組織か」
聞く相手を間違えてると思う。
不思議に思いながらも頷いて答えた。全面的に同意だという意味を込めて。
「…………。あなたに一票」
「記章についてはどう思う」
だから、相手を間違えてると思う。
「…………。分かんない」
分かるはずもない。自警団の仕組みなんて詳しく知らないのだから。
「そうか」
かすかに唇の端を上げてディクシードが笑んだ。満足だと言いたげに。
あんな適当な返事のどこに満足できるのか疑問だが、でもまぁ、この表情は嫌いではない。むしろ好きだ。
なので小町も満足である。単純な話だが。
「パリス、伝令を走らせろ。ブライバスへも忘れるな」
御仁へ? どうして?
伝令は分かる。避難地区への警告だろう。しかし、なぜ御仁にまで必要なのか。小町は首を傾げた。
対して指示を受けたパリスは納得だと頷いていた。
「シナの詰所ですね。どこまで調べろと?」
「金の動きだ。圧力はかけるなと伝えておけ」
金の動き……
そうか。そういう事か。
詰所とやらの金銭の動きを追えば、自警団の内部に協力者がいるかどうか、見えてくるのではないだろうか。協力関係は、互いの利害が一致して成立するものだ。
なんというか……すごく、勉強になる!
ディクシードは要件は終わったとばかりに歩き出した。ついて行かなきゃと、小町はその後を追いかけようとした。
「お前はここで待っていろ」
「え?」
「直に戻る」
聞きたい事があったのに。
しかし、そう言われては待つしかないようだ。小町は、颯爽と歩くディクシードの背を見送っていた。
◇◇◇◇◇◇
「惚れるだろ?」
寄ってきたランバートが、したり顔で問うた。彼お得意の観察の結果、小町がディクシードに対し何を感じたか、察しているぞと言いたげだ。
認めるのは癪だけど……
「そうね、すごく」
カッコいい。文句なしに。
彼の背を見て憧れを感じている。
「認めやがった」
「だって……素敵だと思うもの」
「だったら嫁に来いよ」
「いや。無理」
即答すれば、彼は不満げに舌を打った。
憧れる。素敵だと思う。好きか嫌いかで言うなら、間違いなく好きだ。
でも彼と一緒にいても、ケヴィンといる時のような甘さを感じない。あの笑みを見ても、すごく甘いなと思うけれど、疼いたりはしない。
「思うんだけど……そんな事言ってたら、あなたのお嫁さんにも行かなきゃね」
「…………。…………は?」
ポカンと呆けるランバートを見やり、内心、ざまをみろと思う。このネタで冷やかそうったってそうはさせるものか。
「あなたも素敵だったもの。すごくカッコよかった。スコットもバズもイバンスも、皆カッコ良かったし、それにパリスだってそうよ」
余裕シャクシャクで窃盗犯を捕らえた騎士達は、やはりカッコ良かった。ディクシードの思考を簡単に察して見せたパリスをすごいと思った。そんな彼らを動かすディクシードは、なおさら素敵だった。
でも皆、甘くないし、疼かない。
「憧れるからって簡単にお嫁にいけるなら、私、かなり尻軽な女にならなくちゃいけないわね。あなたの理屈でいくなら、そうなるでしょう?」
「……あんたのそれは、屁理屈だ」
知っている。逃げる為の口実だ。
「でも私の中では理屈だもの。男の人が綺麗な人を見て、素敵だと思うのと同じよ。まさかと思うけど、女にはそんな感情がないと思ってるの?」
「…………」
「私だって思うのよ。誰だってそうでしょう?」
これでこの話題は終わり。逃げ切れる。
そう思っていた小町は、ランバートから思わぬ反撃を受けた。
「あんた、ディクシードの何が不満なんだ?」
「え?」
「俺が見るに、あいつを嫌ってるわけでもねぇようだし、納得がいかん。あんたの婚約者にはあって、あいつにないもんがあるんだろうが?」
「…………」
不満などない。良くしてもらっているし、ディクシードの人柄は好きだ。でも確かに、ケヴィンにあって、彼にないものがある。決定的なもの。
足りないのだ、疼きが。砂糖菓子よりも甘く、小町を震わせる甘い疼き。
それを教えてやるつもりはない。
「惚気を聞きたがるなんて意外だわ、ランバート。この話は終わりよ」
さっさと話を切り上げ、踵を返した。パリスを探さなければ。彼にも聞きたい事がある。勉強の為に。こんな話よりも、当然そっちが優先だ。
探せば直ぐに見つかった。ヘインズと話している。
「どこへ行くんだよ?」
「パリスのところ。いろいろ知りたいの」
脳内からランバートの存在を締め出し、ディクシードの存在を締め出し、窃盗団について考えを巡らせ、黙々と歩いた。むろんランバートは、小町から目を離すつもりはなく、一歩引いてついていく。
「おい」
「何よ」
「このまま歩けばパリスから逸れるぞ?」
「喉も渇いたの。先にマイロ」
「なるほど」
マイロの鞍に、タンブラーを入れた革袋が積まれている。小町としては本当に喉も潤したかった。
何気なくマイロに目を向け、そして首を傾げた。自警団の青年が一人、なぜか馬の手綱を解いているのだ。他人行儀なあの青年である。馬番と聞いているけれど、どこかへ行くのだろうか。
やはり何となく目で追ってみると、彼は、無操作に放置された剣へと歩み寄って行く。恐らく犯人達から取り上げた剣で、彼の動きは周囲を警戒しているようにも見える。騎士達はパリスとヘインズに注意を向けており、誰一人として青年の動きに気付いていないようだった。
そんな中、青年が剣を手にして顔を上げ――
バッチリと目が合った!
途端に青年は両眼を見開き、踵を返して走り始めた。気付いた時には、小町も駆け出していた。
ピンとくるものがあった。彼もきっと、窃盗団の一員だ!
「リディオッ! そいつを捕まえろっ!」
怒声と共にランバートに腕をとられ、小町は放せと振り返った。
「まぁ見てろ。リディオの足は半端じゃねぇんだ」
慌てる小町とは対照的に、ランバートは落ち着いた様子で顎をしゃくるのである。
言われるまま振り返れば、リディオは走り始めていた。青年は脱兎のごとく逃げており、その差はかなりあった。しかし、見る間に詰まっていくのだ。グングンと。
それでも、青年が馬に寄るのが早かった。
「逃げるな!」
「……っ!」
リディオの声に飛び上がり、青年は鐙に足を掛け損ねていた。一度、二度。
ようやく馬に跨ったかと思えば、追いついた男に引きずり下ろされた。問答無用とはこの事で、無様に転げ落ち、肩を強打して苦しそうにあえぐも、リディオは容赦がなかった。お構いなしに馬乗りになり、鞘ごと引き抜いた剣を青年の顎に押しつけ、身動きを封じたのである。
「抜かせるなよ」
青年はカクカクと頷いた。
低く唸るリディオの声が小町の耳にもしっかりと届き、たまらずランバートを見上げていた。
「どうしよう……」
自慢げにニッと笑み、ランバートが八重歯を見せた。誇らしいと表情が語っている。
「速いだろ? あんたよりも速いぞ。あいつの足は近衛で一番だ」
「……どうしよう……私……増えちゃったの」
「あ?」
てっきり賞賛が聞けると思っていたランバートは、小町のとんちんかんな返答を聞いて呆けてしまった。
「だって、ほら……リディオの、お嫁さんにも行かなきゃ」
小町がトキメキを隠しもせずに言うと、彼は切れ長の目を大きく見開き、次いで大声で笑い始めた。
「違いねぇ!」
ワシャワシャと頭を掻き混ぜられ、その手を叩き落してブスくれる。髪は爆発し、結い直さなければいけなくなった。
そこへタイミング良く、騎士の声が上がった。スコットの声だ。
「隊長! ありましたっ! 納戸の床下です!」
物品を発見したのである。
「喜べ! こっちももう一匹捕まえた!」
髪をほどこうと腕を上げていた小町は、そのままの姿勢で雲一つない上空を仰ぎ、清々しい気分で呟いた。
「今日は良い天気ね」
いやいや、“今日も”だった。
気分は良好。体調も良好。近衛騎士達の連携プレーは絶好調。
言うことがない。




