第54話 城外
ご覧いただきありがとうございます。
ようやく、なんとか、ざっくりと……第三章の組み立てが見えてきましたので、まぁこれでいこうか、という感じで書いてみました。
これまでは城内に着目したお話でしたので、ここからは城外に目を向けていきます。
お楽しみくださいませ。
六日目の早朝。
小町は、ダリアからもらった髪紐で、ゴワつく髪を縛り上げていた。できるだけ高く。伸縮性のある髪紐は、縛ってしまえばシュシュのように見える。髪で遊んだり頭を飾ったりと、たいして興味のない小町だったが、この髪紐は使い勝手も良く、お気に入りとなった。
さすがダリア。花冠の中の花冠だ。
「うん、可愛い」
瞼の腫れは引いているし、唇の傷は薄くなっているし、掌の棘の痕も痛まない。腕の痣は……それなりに褐色になっていたが、まだ少し紫色も残っている。
まぁ、そう簡単には消えないか。
痣を除けばそこそこいける。痣なんて、シャツで隠しておけばいい。
「自分で言うな」
ボソリと聞こえた声に、このヤローと横目で男を睨みつけた。ディクシードである。
白い騎士装束に身を包み、それはそれは王子様然と立っている。長い髪は緩く編んで結わえ、腰にはいつもと違う剣をさしていた。
見るからにお高そうな剣で、一目見るなり好奇心に負け、ちょっと見せてみろと両手を差し出したのだが、見事に無視されてしまった。よって、あえなく断念した次第である。
しかしながら、いつもの軽装もいいが正装は尚いいと思う。何でも似合うというのは羨ましい限りだ。
足が長いからか、はたまた顔がいいからか。
「うるさいわね。似合ってるでしょうが」
「自分で言うな」
「…………」
ダメだ、この人。女心をちっとも分かってない。口を開かなければ愛でる対象になるのに。
「行くわよ、デイックス。ほら、早く」
返事も待たず、小町はさっさと部屋を出た。そして、面食らって足を止める事となる。見慣れない騎士が二名、扉の脇で立っていたからだ。
「えっと? おはようございます」
そうだった。昨夜から、御仁の兵が見張りに付いていたのだ。
彼らの騎士装束は、濃いグレーを基調としていた。近衛騎士達の装束とは違う。御仁の兵だからというわけではなく、どの隊の所属でも皆がグレーで、衛兵だってグレーだった。
むしろ区別されているのは、パリスと近衛騎士達の方だ。彼らのものはディクシードと同じ白を基調としており、ステッチは全て銀糸。左胸にシルバーの刺繍があしらわれ、詰襟の左右にも同じ刺繍がある。爵位こそない一介の騎士達ではあるが、特権保有の証として、装束で区別しているのだそうだ。
御仁の兵は、慌てず騒がず、会釈を返してくれた。多少面喰った様子ではあったが、それは触れない事にした。
小町の横をディクシードが通り過ぎていく。声もかけず、見向きもしない。いつもの事だが、モヤッとした小町は、彼らに世話になったと言い置いてディクシードの後を追いかけた。
「何か言ったらどうなの?」
「必要ない」
「……立場が上でも、ちゃんとした方が印象は良いと思うけど?」
「私には印象など関係ない話だ」
「煩わされるのが面倒なだけでしょ」
「そうとも言う」
あっさりと認めていた。対人関係が面倒らしい。確かに、上の立場へいけばいくほど、煩わしい事もあるだろうと思う。
「えらく機嫌がいいな」
「私?」
「そうだ」
「そう見える?」
「見えるから言っている。浮かれているのか」
「んー、そうかも。外に出られるから、やっぱり楽しみだし」
本日の予定は、ディクシードにくっついていること。ランバートからそう聞いていた。できれば剣の稽古をしておきたかった小町は、稽古はダメかと試しに聞いてみたのだが、即刻却下された。離れてはいけないとの忠告付きで。
ディクシードは、避難地区の見回りと、教会や避難所への訪問がメインだと言っていたから、彼にくっついているなら、必然的に城の外に出る事になる。初めての城外となるわけで、これが浮かれないわけがない。
「町とか村とか、どんな感じか分かるでしょ? でもやっぱり不謹慎だと思うから、ちゃんと自重しなきゃ」
「うろついて迷わなければそれでいい」
「…………」
子供じゃないんだから、迷子になんてならないわよ。
ブスくれてもいいとは思うが、気分は上々である。小町を見てギョッとする侍従らを見ても、さほど気にならない。挨拶してやりたいくらいだ。
屋外に出たディクシードは、稽古場ではなく、城の正面――城門へと歩き始めた。稽古場へ曲がる所を直進し、少し歩いた先で石畳の階段を下りていく。
そこには既に、パリスと近衛騎士らが待機していた。ディクシードの側近であるパリスも、当然同行するのだ。
普段は騎士装束を着崩している彼らだったが、皆が詰襟を立て、ビシッと正装して待っている。それぞれが馬を従えて立ち、こうして勢ぞろいすると一段とカッコよく見える。
ランバートなど特にそうだ。稽古の時、彼はいつも軽装で、時々に応じて上着は羽織る程度だった。昨日も正装していたが、馬が隣にいるというだけで、男ぶりが一層あがっているように思う。いやはや男前である。
パリスの正装は見慣れているせいか、感動を誘われなかった。柔和な顔立ちには白馬が似合いそうなものだが、隣の馬は気の強そうな葦毛である。小町の好みでいくなら、ブラックパリスの方が感動しただろう。さぞや葦毛の馬とお似合いで、素敵だなぁとなったはず。
「あんたなぁ、またそんな格好してんのかよ」
呆れた声を上げたのは、口うるさいランバートだった。小町が相も変わらず男物の衣服を着ているのが気に入らないらしい。
男前だと呑気に眺めていた小町は、上機嫌のままニコニコと笑いかけた。
「おはよう、ナニー隊長」
「…………」
「マイロはどうしたの、ナニー隊長?」
「…………」
昨夜、予定を確認する為に、ランバートとパリスが小町の部屋へとやって来た。むろん、ディクシードがいるからだ。
その際ランバートには、外出時は馬車ではなくマイロでと、ちゃんと言っておいたのだ。彼は、女性らしい装いをしろと苦々しげに言っていたけれど、そんなものは無視である。
小舅――もとい、ディクシードも黙っていたので、問題ないだろうと勝手に解釈した小町だったが、残念ながら、ここにマイロの姿はない。ディクシードの愛馬であるサイロはいるのに。
「マイロに乗るって言ったわよね、ナニー隊長」
「…………」
笑みを絶やさず言ってやると、ランバートの後ろで、耐えかねた様子のリディオがプッと吹き出した。
彼も正装が似合っている。体格のいいランバートの傍にいると、どうしたって優男に見えるのは仕方がない。
「マム隊長、隊長の負けみたいですよ」
「うるせぇ、リディオ。今度その呼び名を口にしてみろ、ただじゃおかねぇぞ」
「分かりました。“ナニー隊長”で足並みを揃えます」
「お前なぁ――」
「で、マイロはどこ? まさかと思うけど、厩舎で一人ぼっちなわけ?」
二人の掛け合いなど無視して割り込むと、ランバートは嫌々ながらも、城壁脇の大木を指した。どうやら、そこに隠しているらしい。
「最初から出しておけばいいじゃない」
「あなたと絡みたいんですよ、隊長は」
「あら、そう。でも私はマイロと絡みたいの。残念だけど他をあたってね、ランバート」
ヒラヒラと手を振ってマイロの元へと向かう。黒馬は大木の陰で待っていた。小町が近づくと鼻面を下げ、撫でてくれとせがむ。待ちくたびれたようだ。
「ごめんね、遅くなって。今日は、いっぱい走れるわよ」
そんなに速くは走らせてあげられないけど……
でも溜まったストレスは、きっとすっきりすると思う。
木に結わえられた手綱を解いていると、アレンが声をかけてきた。
「一人では危険ですので、手伝います」
「……ありがとう。じゃあ、手綱を引いてもらえる?」
彼に手綱を手渡し、鐙に足をかけた。
「経験があると聞いていますが……大丈夫でしょうか?」
「平気よ。マイロとは相性もいいの」
勢いよくまたがり、マイロの首を撫でた。すると黒馬は、早く走りに行こうと、足を数度踏み鳴らす。
「もうちょっと待ってね、皆の準備ができるまでだから。アレン、私は大丈夫よ、ありがとう。あなたも戻って」
「はい」
アレンが戻るのを見届け、ポンポンとマイロの首筋を叩いてやった。やはりストレスは溜まっているのだ。無理もない。
「行きましょうか、マイロ。ゆっくりね」
常足の扶助を出すと、マイロは直ぐに応じてくれた。駆け出したいだろうに、ちゃんと従ってくれる。本当に従順な馬だ。
木陰から出ると、皆も馬に乗り始めていた。ディクシードの傍には御仁がおり、二十名ほどのグレーの装束の騎士達も居る。御仁の兵だ。
ポクポクとマイロを進めて近付けば、御仁は直ぐに気付き、目を大きく見開いた。
「おはようございます、おじ様。馬上から申し訳ありません」
「おはようございます、コマチ殿。そのままで結構ですよ。……なかなか……様になっておいでですな」
「日頃から、馬には慣れておりますから」
馬は馬でもバイクの方だけど。
でも、乗馬も好きだ。
「よう似合うております。どちらで覚えられたのですかな?」
「養父のすすめで講師から。義理の姉二人も、競技に参加する腕がありますの」
「競技とは……また驚きました。女性でも参加が認められているとは」
「早駆けではありませんわ。技術や姿勢の美しさを競うものです」
レースとは別物だ。もっとも富裕層の女性は、そっち方面でも賭け側で参加する。女王だって競馬が大好きで、その名が付いたレースもある。“ベッドに入った女王の習慣は、赤ペン片手に紙面を眺めて予想を立てる事”という話は、民衆のジョークとして、あまりにも有名である。
――女王陛下は、心から競馬を愛しておいでだからね。
これは、エインズワース伯爵のセリフなのだが、毎年開催される王室主催のロイヤル・アスコットというレースから戻ってくると、必ず一度は口にするセリフだった。
女も競馬を楽しみますとは言わない小町だったが、御仁は大きく頷いていた。
「姿勢の美しさを競うとは。それもまた納得ですな。あなたの所作には品がありますゆえ」
「まぁ、お上手ですわね」
「世辞ではありませんぞ、コマチ殿。その髪紐も似合うておいでだ。ダリアの物ですな?」
キョトンとした小町は、次いでニッコリと笑んでいた。紳士との会話は、これだから止められないのだ。ディクシードにも見習えと言ってやりたい。
「気づかれましたの? 誰も何も言ってくれないものですから、男性には見えないものだと思っていましたわ」
皮肉を込めて騎士達を振り返ると、御仁は朗らかな笑い声をあげて言った。
「コマチ殿、それはご容赦くだされ。若いというのは、余裕がない者を指す時もある」
「勉強になります」
クスクスと笑って答えた。ランバートあたりは、きっと苦虫を噛み潰しているに違いない。ああ、楽しい。
しかしながら、昨日のお礼を伝えておかなくては。
「あの……おじ様。会議で御尽力くださったばかりか、昨夜は兵まで出していただいて、本当にありがとうございました。今日も兵をお貸しくださると聞いていますが……おじ様に御不便はないのでしょうか?」
「たいした規模ではありませんので御安心くだされ。付かず離れずが達者な者を揃えておりますゆえ、存分に我が領地を見てこられるといい」
「お心遣いに感謝しますわ」
「時間が許すなら、私も同行して案内を買って出たいところですが、なにぶん兵が足りておりませんのでな。この老体も頭かずというわけです。案内は後日の機会になりましょう」
「ええ、楽しみにしております」
今日の御仁の予定は、ディクシードが足を運べない各所への訪問だそうだ。ダニロ男爵と手分けして、主にガーデルードの南部をまわる。東部がディクシードとコーエン卿の担当。西部と北部は山や森であり、民家はない。
したがって御仁の兵は、城に残る者、小町の護衛、御仁の護衛の三手に別れる事となる。仕事を増やしている現状を、どうしても申し訳なく思ってしまうのだ。
「もしかすると大聖堂でお会いできるやもしれませんが、時間がとれるかどうかです。残念でなりませんな」
「本当に。こうしてお話できる事ほど楽しいものはありませんのに」
「おや、世辞ですかな?」
「本心ですわ。おじ様ほどの方なら、私が知らない事をたくさん御存知のはずですし、勉強にもなりますもの。刺激的でしょう?」
「年寄りとの会話に刺激を見出すなど、コマチ殿くらいのもの。ありがたい話だ。しかしその刺激も後日に持ち越しです。目下、ガーデルードですな?」
「ええ、おじ様」
しっかりと頷いてみせると、御仁も同様に頷いていた。二人して騎士達を振り返れば、皆が準備を終えて待機している。
総勢五十名近い騎士達。白とグレーの装束。毛艶の美しい馬達。
素晴らしい眺めだ。
「ではコマチ殿。気を付けて行かれよ」
「はい。おじ様も」
行ってきますと声を掛け、マイロの首を巡らせた。
すると直ぐに、ランバートが寄ってきた。彼の馬は栗毛で、乗り手同様、ガッシリした体格の立派な馬である。腿の筋肉が、動く度に躍動する様は、何とも見事だった。
「ディクシードが走らせろだとよ」
「へ?」
「マイロを走らせてやれってさ」
「……いいの? 迷子は困るって言ってたのに」
「確かに困るが……城門を出たら、しばらく道なりに下ればいい。脇道は無視すりゃいいんだ。……だがまぁ、あんたが俺達よりも速いってんなら、話は別になるがな」
含みのあるランバートの言いように、小町はマイロを歩かせながら、少しばかり考え、そして目を細めた。
この人、朝一番からやたらと絡んでくると思ったら……
「あなたの魂胆が分かってきた。そうやって私を焚きつけといて、お手並み拝見を決め込むつもりでしょう?」
「…………」
返ってきた沈黙は、イコール肯定である。
「なんかムカつくけど、悪くない提案だわ。道なりね?」
「そう来なくっちゃな。負けん気があって何よりだ」
不敵に笑んだランバートは、騎士達を振り返った。
「行くぞ! 置いてくぞだとよっ」
そんなこと、一言も言ってないのに……
「まぁいいわ。行こう、マイロ、全速力よっ」
言うなり小町はマイロを走らせた。俗に言うフライングである。
「テメッ、コマチ! 汚ぇぞっ!」
今更何を言うか。不意打ちフライングはお手のものだ。ハンデを貰って何が悪い。
ランバートの怒なり声を背中で跳ね返し、城門を突っ切り、跳ね橋を渡って風を受けた。
◇◇◇◇◇◇
気持ちいい……
正面からの風が澄んだ空気を運んでくる。草や木々の匂い。石と土の匂い。それから、マイロの匂い。
振り返りもせず走っていた小町だが、皆がついてきているのは知っていた。蹄の音は、決して離れる事はなかった。
だんだんと息が切れてきた。体力不足という言葉が脳裏に浮かび、そろそろ速度を落とそうかと考えていると、岩肌の向こうに黄色い色彩が見えた。そのままの速度で走れば視界が開けた。
飛び込んできたのは、道の両脇に広がる、黄金色の田園風景である。
水路が田を縫うように流れ、いくつもの大きな水車が回り、ポツポツとまばらに建つ大小の小屋。更にその奥には、町と思しき大きな集落もある。背景には緑色の山々と雲一つない青空。
目にも鮮やかな色彩に、自然と速度が緩んでいた。イギリス西部の田舎町を思い出させる景色だった。
祖母の住んでいた田舎街――
水車もこんなになく、黄金色の田園ではなかった。それに、澄み渡った空と照りつける太陽という組み合わせ自体、なかなかお目にかかれなかった。夏になれば晴天の日もあるとはいえ、その夏も短く、年間を通しても圧倒的に曇り空と雨が多いのがイギリスの気候である。仕方がないと言えば仕方がない。
「疲れたのか」
隣に並んだのはディクシードだった。サイロこそ息遣いは荒いが、乗り手は平然としている。
「ちょっと運動が足りないみたい。……それより、すごい景色ね。黄金色の田園風景なんて……」
「マルセナの絶景だ。米はこの地の発祥でもある。もうじき収穫期を迎えるが、この景観は国内でもそう見られるものではない」
「じゃあ、これは麦じゃなくて、全部お米ってこと?」
「そうだ」
お米。この黄金色の実りが……全部お米……
「すごいわね」
「米の流通はブライバスの功績の一つでもある。あれが同行していたなら、まずは米の自慢話から始まっただろう。麦よりも米だとな」
「素晴らしい景色だもの。自慢したくなるのも分かる気がする」
この国の主食は、米の流通が盛んになるまで、小麦がメインだったそうだ。国内の一般家庭では今も小麦が主なようだが、ここマルセナは発祥の地というだけあって、米とパンの両方が主食となっているらしい。
「水車もたくさんあるのね」
「もともとは小麦の脱穀に使っていたものだ。この地いったいの水車を改良し、米の脱穀に使用している」
機会があれば、どんな構造なのか中を見てみたいものだ。
「見学は我慢しろ」
「……また覗いたでしょう?」
「お前の考えていることは、手に取るように分かる」
「…………」
「水車までは行けないが、米なら近くで寄って眺めてもいい。あまり時間はないがな」
時間がないのは分かっていたから、通過しながら観察する事にしよう。
たわいない話をしながら、黄金色の色彩に目を向けて進む。近付くにつれ、麦とは違う穂先がハッキリと見えてきた。重たそうに項垂れる穂先はムッチムチである。
「あ、ランバートだぁ!!」
「ホントだっ!」
どこからともなく子供の声が聞こえ、後ろを振り向くと、呼ばれたランバートは片手を上げて応えていた。どこだろうと探せば、脇道を通って子供らが走ってくるのが見えた。
十歳前後の男の子が三人。そしてその後ろを遅れまいと、懸命に走ってくる四、五歳ごろの女の子が一人。城外で会う初めての村人で、小町がまず目を引かれたのは、何といっても装いである。
男の子は、皆、白いシャツの上に茶系のベストを付け、七分丈のダボついたズボンからは素足が覗いている。靴は底のない革製のもので、使い込んでいるのが見て取れた。
女の子のものは、クリーム色のシャツと、前身頃を紐であんで結わえるタイプの薄茶のベストだった。ベージュのスカートだってボリューム満点で、踝までのロング丈だ。総じて人形のような可愛らしい印象である。
男女ともに、どことなく中世の子供たちの装束を思わせる。あるいは、どこかの国の民族衣装。女の子の装いなど、エプロンをかけて頭に布をかぶせれば、それはもうバッチリだ。
皆、遊び回っていたらしく、顔や衣服に泥がついている。せっかくのスカートだって裾が汚れてしまっていた。きっと、農家の子供たちではないだろうか。
現代人という言葉で自分を位置付けるのも適していないと思う小町だったが、どうしたって新鮮で、かつレトロだと感じてしまう。時代物の劇中に出てくる子供らを眺めているかのようで、ついついマイロの足を止めていた。
子供たちはランバートめがけて一直線に駆けてくると、馬に蹴られない距離を保ちながら、彼の周りを取り囲んでいた。キャッキャと騒ぐ様が微笑ましく、のどかな光景だなと眺めていた。
「ランバート、でっけぇカエルがいたぞっ!」
「こいつ、ビビッてやんの!」
「だって――」
「ねぇねぇ、ランバート、どこへいくの?」
「バカだなぁ。きょうは見まわりだって、母ちゃんが言ってただろ」
「あ、そっか。ほんとだ、デンカもいる」
「やめろ、指さすなって」
年長と思しき男の子にたしなめられ、女の子はテヘッと可愛らしく舌を出した。あまりにも可愛らしい所作に、小町は内心悶絶していた。連れ帰って撫でまわしたい。
「デンカ、おはようございまぁす」
「お、お、おはようございます」
「――ますっ!」
女の子がディクシードに挨拶すると、他の子供たちも恐々と頭を下げた。しかし当のディクシードはあからさまに目を逸らし、挨拶もせずにサイロと共に行ってしまう。
むろん小町はムッとした。
なんだ、その不愛想な態度はっ。子供にくらい愛想を振りまいたらどうなのだ。後で一言、絶対に文句を言ってやる。
胸の内で憤慨している小町とは裏腹に、子供らは文句も言わずディクシードを見送っている。女の子は物怖じした様子はなかったが、それとは対照的に、男の子らは安堵しているのが見て取れた。
騎士達はディクシードの後に続いていくが、彼らは主君とは違い、目配せしたり挨拶を返したりと、それぞれがリアクションを見せていた。子供達も慣れた様子で応じながら、ランバートの横をくっついて歩いてくる。
小町は、近くに来た可愛らしい村人達に笑みを向けた。
「おはよう。すごくいい天気ね。遊んでたの?」
「……あ、女だ。女がいるぞ」
「いいのか、ランバート。女が馬にのってんぞっ」
「いいんだよ、坊主。女言うな」
子供達の足並みに合わせているランバートは、必然的に小町の横に並ぶ格好になった。
「なんでいいんだよ? 女は馬にのっちゃいけないって、母ちゃんも言ってたぞ」
「ホントに、おんなのひと?」
可愛いらしい女の子に尋ねられ、小町はニコニコと笑って頷いた。
「すごぉい! いいな、おうまさん! マーチものりたぁい」
「お前なぁ、母ちゃんにドヤされるぞ」
「マーチ、大きくなったらボクが乗せてあげるよ」
「ホント? やったぁ!」
キラキラと瞳を輝かせて、マーチという子は喜んでいた。乗せてあげると優しく言った男の子は、満足そうに頷いて彼女の手を引いている。
兄妹かなと思っていた小町だったが、その男の子だけ違う気がした。顔の造りは似ていると言われれば似ているが、雰囲気が違う。わんぱくそうだけど、でも年長二人よりも、もう少し柔らかい雰囲気だ。
これは……幼馴染の恋というやつだろうか……
「こいつは女の内には入ってねぇんだ。だから馬に乗っても平気なんだよ」
「なんでだよ、ランバート」
「胸がないからか?」
何だと!?
自然と目つきがきつくなる小町を見て、おっかねぇと二人の男の子が身を引いた。そして離れた所では、盛大にリディオが噴き出し、騎士達も声を出して笑っている。
やり取りを聞いていたに違いない。
「いいこと、坊やたち。よく見てご覧なさい。確かに小さいけど、ペタンコじゃあないわ。成長中なのよ」
「テメェ、ガキに何を吹き込んでんだっ!」
「うるさいわね、黙ってなさいよ。レディーに対する礼儀を教えてるんだから」
「姉ちゃん、レディーって名前なのか?」
「違うわ。私の名前は小町っていうのよ、よろしくね。レディーって言うのはね、貴婦人とか淑女って意味なの」
「テメェのどこが淑女だ、えぇ?」
「だから、うるさいってばっ」
キッとランバートを睨みつけ、今度は子供達に目を向ける。
「坊や達は、大きくなったら、レディーにモテる男性になりたいでしょう? だったら、女性の容姿は口にしないようになさいね」
「何でだよ?」
「どうして?」
「その方がモテるからよ。口にするのは褒める時だけ。紳士は上手に褒めるのよ、さりげなくね」
それこそ御仁のように。あの方は素晴らしい紳士だ。会話の中に、さりげなく褒め言葉を混ぜてくる。
「でもさ、ランバートは、ほめねぇぞ」
「そうだぞ。女にはブアイソなくせモテるんだ。ほめねぇのに」
「あら……」
小町はニマニマとランバートに目を向けた。ミスター・レイゼンは、女性に人気があるようだ。当人は居心地悪そうに目を逸らしている。
「例外もあるってことね」
「うるせぇ、ボケ」
照れているらしい。可愛い、この人。
ランバートは本当に居心地が悪いらしく、咳払いをして話題を変えた。もう少し聞きたかったのに……
「お前ら、さっさと帰れ。避難所の手伝いはどうしたよ?」
「いけね、忘れてた」
「ダイセイドウに行くって母ちゃんが言ってたな」
「よし、帰るぞ。おくれるなよ、マーチ」
「えーっ! マーチ、つかれたもん」
「大丈夫だよ。ボクがついてるから」
握った手を指し、マーチの手を引く男の子が言った。
おやおや。ここにも小さなジェントルマンが居る。素敵な恋に違いない。
「ランバート、ダイセイドウにくる?」
「ああ。後でな」
「やったぁ!! じゃあ、いっしょにあそんでねっ!」
恋というのは時に残酷である。喜ぶマーチは、頬をピンクに染めている。彼女の手を引く男の子は、そんなマーチを複雑そうに眺めた後、ジーッと馬上の男を見上げていた。
「じゃあな、ランバート」
「へますんなよっ」
「いいから、さっさと行けって」
「おねえちゃんも、あとであそぼうねっ」
「またね、レディー」
賑やかに子供達は去っていく。手を振りながら見送り、小町はボソッとつぶやいた。
「レディーじゃないんだけど」
「同感だ。あんたは淑女じゃねぇ」
「…………。名前じゃないって言ってるのよ」
「…………」
わざとだ、絶対に。
◇◇◇◇◇◇
子供達を見送った小町は、騎士達の集団と少し離れてしまった為、早めにマイロを歩かせながらランバートと話していた。
話題はやはり、さきほど別れたばかりの子供達の事で、彼らは兄妹かと問うと違うと答えが返ってきた。マーチと、年長の二人が兄妹だそうだ。マーチは四つ、年長の二人は十歳と九歳。ちなみに、小町を胸がないと言った子は、九歳の子の方だ。
近くの村の農家の子らしく、そこまでの話を、そうなんだと何となく聞いていた小町だったが、六人兄妹と聞いて人数の多さに驚いていた。彼らの上には、さらに三人の兄達がおり、皆、士官学校なるものに通っていると言う。
「マーチの手を引いてた子は?」
「ああ、あいつは八つになるロトって子でな、あの兄妹の遠縁にあたるんだよ。親元を離れてマーチの家で居候してる」
「じゃあ、幼馴染になるのね」
「そうなるな。歳も近いせいか兄妹みたいに育ってる」
それなら、小町の予想通り、幼馴染の恋で決まりである。
「ロトはどうしてこっちに? 遊びにきてるの?」
何気なく尋ねると、ランバートはわずかに目を細めて言った。
「いや、療養だ」
「療養?」
とても元気そうに見えたのだが。
「今でこそあんなだが、あいつは……マーチぐらいの歳まで体が弱くてな、それこそ外には出られねぇような体だったんだ。ここは空気もいいからって、小さいうちから、ずっとこっちに預けられてる」
「……そう……」
確かに、療養するにはピッタリの環境だと思う。澄んだ空気と豊かな自然。発祥地というだけあって、ここには米も豊富にある。よほどの事でもない限り、食に困る心配もないだろう。
「医者には、まだ激しい運動は控えろと言われてるようだが、それでも、ああやって駆け回れるぐらいには良くなってんだ。悪い事じゃねぇだろうから、あんまり口うるさく言わねぇようにしてる」
ロトの事を語るランバートの口調は、慈しみに溢れていた。本当に情の深い人なのだ。
「そうね。体力をつけるなら外で遊ぶのが一番でしょうし、何よりも皆と一緒に走れるのが嬉しいんでしょうね、きっと。いっぱしに、あなたに対してライバル意識があるように見えたもの。心も体も健やかに育ってる証拠だと思う」
「何だよ、そのライバルってのは?」
ついつい口にした言葉を聞き返され、小町はどう説明しようかと、少しばかり考えた。
「えっと、敵対心みたいなものかしら。可愛いマーチを、あなたに獲られまいっていう感覚」
「…………。…………」
黙るという事は、ランバートにも自覚があるという事だ。
「年頃の女性だけじゃなくて、小さな子にも人気があるのね。モテモテじゃないの」
冷やかしてやると彼は嫌そうに顔をしかめながら、ガキにモテても嬉しくないと言っている。
「じゃあ、歳さえ吊り合えば問題ないってこと? あなたって女の人が苦手みたいだけど、男色家ってわけでもなさそうよね」
「あんたなぁ、とんでもねぇ事をサラッと言うな」
「あら、とんでもないなんて思ってないわよ。いいと思うわ、男の人が男の人を好きでも」
小町は、同性愛に対して偏見など持っていない。確かに少数派だとは思うが、珍しいと括るほど希少でもない。実際、ダヴィの取引先の重役には、気さくなレズビアンもいたし、ケヴィンの大学にもいるし、エインズワース夫人の友人には、ゲイだって何人もいる。
特にゲイの友人を持つというのは、上流階級の女性にとって、ステータスになっているほどなのだ。彼らは皆センスがよく、ファッションのアドバイスだって的確で、かつハンサムでスマートで、それでいて異性には興味がない。
夫人の友人には、小町自身、何度も買い物に付き添ってもらった経験があり、その的確なアドバイスのおかげで、あれこれと衣服に悩む心配もなかった。伯爵だって、夫人が彼らと買い物に出かけると知っても、目くじらを立てる事は決してなく、共について行くか、むしろ行っておいでと快く送り出すかのどちらかだった。彼らが安全だと知っているからだ。
だから、偏見なんてないんだと言外に言ったつもりだが、ランバートはウンザリだと言わんばかりの様子で否定した。
「あのなぁ……俺は男色じゃねぇんだよ」
もしかすると、過去に男色家という噂でもあったのかもしれない。体格もいいし、男性にもモテるのかも。
「だったら、お相手は女性しかいないじゃない。どんな人が好みなの? 特定の人とかいる?」
「…………。さぁな」
ランバートからの返事には、若干の間があった。
なんだろう、今の間は。もしかして、いるのだろうか。
彼のような人が好む女性。どことなく、小町の中のランバートのイメージは、スリージーを思わせる所があった。体つきもさる事ながら、どっしりとした安定感というか、なんというか。だからアリッサのようなメリハリがある性格の人が好みかもなんて思ったりもしたが、いまいちピンとこなかった。
子供達の話によれば、彼は相当にモテるということだから、お相手がいてもおかしくないと思う。是非とも聞き出してやりたい。じわじわと。
ニヤつく小町を胡乱げに見ていたランバートは、思い出したように含み笑いを浮かべて言った。
「俺のことより、あんたはどうなんだ? 御仁がお好みのようだったがな」
「え?」
「御仁と話す時は上機嫌だったじゃねぇか。あんたが男なら、鼻の下が伸びきってたと冷やかしてやるところだ」
ほほう。どうやらこの男、出際の小町の様子を、またしても観察していたようだ。
「そうね。好みの男性で言うなら、そうなるわね。もろに好みよ」
「……認めたな?」
「そりゃそうでしょう。あんな素敵な方、嫌いって言う人はいないと思うけど?」
小町のタイプの男性は、何を隠そう、養父であるエインズワース伯爵、その人である。プライベートでもビジネスでも、常に尊敬に値し、家族間の会話や態度は理想といえる。
夫人を愛しているのがそこここに見え、隠すことなく公言しているし、人目など気にせずキスもする。アリッサやジェニファーは夫妻のアツアツぶりを鬱陶しいと言うが、小町は理想だと思っている。伯爵を理想と言わず、何と言えばいいのか。
御仁は、そんな伯爵と似ている所があるのだ。物腰、所作、仕事への姿勢。品があって、褒め上手なところとか。きっと、奥様を大事になさっているはず。
「なら、あんたの婚約者は、御仁みたいな年寄りか?」
「あの方を年寄り扱いする気はないわ」
「そりゃ別の話だな。歳は近いのか?」
「…………。三つ上」
避けたい話題が出てきたものだから、小町は返答に詰まってしまった。しかしランバートは、そんな小町の様子を尻目に、ケヴィンへの興味を口にした。
「ほう。アレンと同い年か」
「……そうみたい。でも、アレンより落ち着いてる……と思う」
「どんなヤツだ?」
「……………………」
小町は答えなかった。これ以上、ケヴィンの話はしたくなかった。
彼のことを語れば、必ず会いたくなる。考えるだけで、あの疼くような甘さを求めてしまうから。
早々にやり返して逃げておこう。
「年頃の女は色恋の話が好きだと思ったが。あんた、やっぱり変わってるな」
「好きよ。好きだけど、自分の話じゃない方がいいわね。例えば、そうね、あなたとか」
チラッと横目を向けると、ランバートは黙り込んだ。
「ほら。あなたも自分の恋の話はしたがらないじゃない。それと一緒」
「自分は散々冷やかしといて、こっちには材料を与えねぇって?」
「別に、冷やかされるのはいいとしても、彼の話題は避けたいってだけよ。会いたくなっちゃうもの。どうするの? 私が会いたいって泣きだしたら。あなた、それこそ面倒だって言いそうよね」
「…………」
図星だったようだ。泣きべそをかく女は嫌い、と。心のメモに、ランバートの好みを書き足しておいた。
さて、どんな女性が彼の理想なのだろう。自分の事は考えたくないが、他の人の事を考えるのは楽しいものだ。
「ねぇ、あなたって、歳は二十八だったかしら?」
昨日、リディオに歳を聞かれたのだが、情報収集がてら、皆の歳を聞いていた。ついでに既婚者かどうかも尋ねたのは、むろん好奇心からである。
近衛騎士の中ではランバートが年長で、次がガッセ。二人とも独身だが、ガッセには決まった相手がいる。リディオは二十五で、結婚願望自体がないようだった。パリスはリディオの一つ上だそうだが、独身ゆえに方々からせっつかれていると聞いている。
意外なことに、半数以上が未婚者だった。皆、二十歳そこそこと思っていた小町は、未婚の理由についてはあえて触れず、若作りの秘訣について問うたのである。
「歳がどうしたよ?」
「うーん……あなたと同年代の女性って、身近じゃ思いつかないのよねぇ。ダリアくらいしか知り合いもいないし、彼女には決まった人がいるし。あなたのお相手は私の知らない人ね、きっと」
「…………。居ねぇって。勝手に想像するな」
おや? また妙な間があった。
これは居る、絶対。ひょっとすると片想いだったりして。
案外、ダリアとはお似合いだと思うが、彼女のパートナーはアレンである。自他共に公認であるから、ランバートとは有り得ない。アレンに関しては小町に向かって若干の脱線があったが、それは回答済みである。よって、アレンとダリアが一組となっているわけだ。
「ちょっと残念ね。お似合いなのに」
「…………」
これぞ“女”という絶世の美女と、これぞ“男”という精悍でたくましい美青年。その組み合わせを惜しいと思うのは自由である。アレンには悪いが、小町はそう思っている。
ランバートのお相手について妄想していると、前方をいく騎士達の集団から、白とグレーの装束が八名ほど抜け出し、脇道へと入って行った。その中の一人、ガッセがランバートを振り返り、ランバートは片手を振って応えた。
こっちはいいから早く行けと、そんな感じで。
「どこへ行くの?」
「ガーデルードだ。あいつらは天幕班だからな。大聖堂で合流する段取りになってる」
「へぇ、そうなんだ。力仕事だから、体格のいい人達が行くのね。ガッセが班長?」
「あんた、本当に抜け目がねぇな」
呆れたように言うランバートに、目がいいと言ってくれと頼んでおいた。
「班割りって、リディオが決めるの?」
「…………」
もの言いたげな視線を向けられた。間者みたいな事を言うなと、そう言いたいのだろう。
「言っとくけど間者じゃないわよ? あなただから聞いてるの。あなたは私を疑っていないから」
「……リディオも欲しいんだろ?」
「ええ。二回もふられちゃった。先にあなたを落とせって言われたわ」
「俺を?」
「そうよ。自分は隊長についてますから、ですって。あなた、男の人にもモテるんだから、一人ぐらい譲ってくれない?」
「やらん」
案の定の答えに、小町はクスクスと笑っていた。
「頼りになる副官なのね」
「まぁな。あいつの人選は的確だ。一切の手抜きをしねぇし、他にも、救われてる所は数知れねぇんだよ」
ドライなリディオと、情にあついランバート。ぴったりのコンビだ。この人事は、どうやらパリスの采配によるものらしいが、彼の目も相当である。やはりパリスも欲しいと小町は思う。
近衛騎士の任命権が、なぜランバートではなくパリスなのかと疑問に思っていたが、その目ゆえなのだろうか。はたまた、ディクシードの側近であるからなのか。
ディクシードを取り巻く主従関係は、小町から見ると奇妙であるのに、なのに合理的だと思えるのだから不思議だった。一言でまとめるなら、不思議な主従関係。これに尽きる。
小町の内心など知るはずもなく、ランバートは口元を綻ばせて言った。
「あいつだけじゃねぇ。俺は、部下に恵まれてる」
「……そうね」
あなたが、彼らを大事にしているからよ。だから皆、あなたに応えようとするんだわ。
心の中で思うにとどめ、小町は同意して頷いた。
「本当に、そう思うわ」
彼らの絆を、素敵だなと心の底から思うのだ。不思議な関係ではあるけれど、確かに絆は存在している。
小町はその後、一つ目の村を訪れるまで、ランバートと様々な話をした。時折思い出したように、のどかで美しい景色の中、マイロを目いっぱい走らせながら。




