第53話 王子様
第二章のエピローグ的なものになります。
お楽しみくださいませ。
同じ夢を見た。
一度目は朝。生気の訓練中。
それは、とてもおぼろげで、記憶に残らないほど霞んだ夢だった。
見たかどうかさえ曖昧で、本来の“夢”というものは、きっとたぶん、そういうものだと思っていた。
二度目は夜だった。
より鮮明なものとなり、否応なく記憶に残った。
ガーデルードの泉に居た。黒髪の少年の膝を陣取り、とてもとても気分が良かった。
ここは、小町の特等席だ。
大好きな王子様。私の王子様。
直ぐ傍には小さなバイクもある。
大好きなものに囲まれて上機嫌だった。
「きょうはね、すっごくじょうずに走れたの」
「…………」
「お兄ちゃんが、じょうずだってほめてくれて、大きくなったらアカデミーに入れって言ってた」
「アカデミーとは何だ」
「がっこう。バイクのがっこうのこと。大きなたいかいがあってね、みんなが、いっしょうけんめいれんしゅうするところなの。みんな、たいかいでかちたいから」
プラプラと足を揺らしながら喋っても、私の王子様は何にも言わないの。
「でもね、お父さんは、女の子がかつのは、むずかしいって言うの。お兄ちゃんは、小町はちからがつよいから、きっとだいじょうぶって言うの」
「困ったのか。父と兄に挟まれて」
「……うん。かちたいからがんばるけど、小町は、ダートがすきだから」
「ダートとは何だ」
「えっとね、くさとか土とか、あと石とかもあって……あなたがいつも歩いてくるでしょう? あんなみちのこと」
小町が道を指すと、王子様は頷いた。
「好きな事をしろ。お前にはそれが似合いだ」
「そうおもう?」
「ああ」
「ホントに?」
念を押して確認すれば、もう一度しっかりと頷いてくれた。
大好きな王子様。いつも、やりたい事をしろと言ってくれる。
大好きだとハグしようと思ったら、王子様が道を振り返った。
「だれかくるの?」
「ああ」
「もうちょっと、ダメ? 来たばっかりだもん」
「時間のようだ。もう行く」
王子様は、小町を膝から下ろしてしまった。
まだ話したい事がいっぱいあるのに。
「……せんそうにいくの?」
「……………………」
「……どうしてもいくの?」
「私の仕事だ。行かなければならない」
「……ちゃんと、かえってくる?」
「ああ。帰る」
「ホントに?」
悲しくなって、王子様のズボンを引っ張った。行かないでと言っても、行ってしまうから。
すると彼は、小町の前に膝をついた。小町は、彼の瞳が大好きだった。
宝石のような綺麗な緑色。深く、透き通ったグリーン。
「戻る、必ず」
「いつ?」
「…………」
問うても沈黙が返ってきた。
たぶん、今、彼は困っている。
「かえってきたら、よんでくれる?」
「ああ、約束する。戻れば必ず、お前を呼ぼう」
「うん、ぜったいね。やくそくよ」
そう言って、大好きな王子様にキスをした。約束のキスだ。
彼は逃げない。他の男の子のように。
でもお父さんのように、チクチクするキスもしない。お兄ちゃんのように、毎日もしない。ほっぺにだってしない。
だから、自分からするんだ。
「もう一つやくそく。こんどは、あれを見せてね」
「髪か、それとも目か」
「りょうほうよ。大すきなの」
黒から金に変わる髪。赤く染まる目。
すごくきれいで、大好きだった。もちろん、今の王子様も大好きだけど。
「ああ、約束しよう。お前を呼び、両方を見せる。約束だ」
「うん、やくそく」
もう一度キスをした。
大好きな王子様。私の王子様。
大きくなったら、きっとこの人のお嫁さんになるんだ。そしたら、皆が幸せになれる。
「殿下、迎えに上がりました」
「…………」
立ちあがった王子様は、迎えの人の元へと歩いていく。
名残惜しくて、小町は彼の後ろにくっついて行った。
この背中が好きだ。真っ直ぐ伸びた背中。それから、白い騎士のような服も好き。綺麗な人なのに、すごくかっこいい。
何もかも、全部が好きだった。
「これは、苛烈殿。おいででしたか」
小町に気付いた迎えの人は、少し屈み、優しそうに笑って言った。
「エドのおじちゃま、こんにちは」
言ったきり、王子様の背中に隠れた。
嫌いだった。この人が嫌いだった。
どうしていつも、カレツと呼ぶの? 小町は、小町なのに。
あんまり喋りたくもなかった。
「おや、嫌われておりますな」
その人は苦笑いを浮かべていた。
「案じなさるな。殿下は、ここへ戻られます」
「……ケガ、しない?」
「むろんです」
「…………」
そう言われると、言い返せなかった。連れて行かないでと。
「参りましょう、殿下。兵が待機しております。急がれませ」
その人はそう言って、泉へと目を向けた。
「サーベル殿、苛烈殿をよろしく頼みます。苛烈殿、ではまた」
「…………」
遠ざかる王子様の背を見送っていた。
また行ってしまった。約束だけ残して。
今度はいつ会えるのだろう。
踵を返した小町は、泉の傍で寝ている大きな獣の所へ向かい、灰色の毛めがけてボスっと倒れ込んだ。何事だと振り返った獣は、小町に目を留め安堵して息をつくと、また顔を埋めている。
「きらい。エドのおじちゃま、大っきらい」
「そう嫌ってやるな」
「だってだって、いつもいつもいつも、いーっつも、とっていくんだもん」
王子様は小町のものなのに。
「仕方がないのだよ」
「またそれ? そればっかり!」
ブスくれて言ってやると、獣はしゃがれた笑い声をあげた。
「まこと、苛烈よな」
「カレツじゃないっ! 小町よっ!」
「知っておるよ。そなたの名は小町だ」
「そう、小町っ」
「ならば、エドワントに教えてやればよかろう? 私の名は小町だと」
「いやっ、きらいだもんっ。おしえてあげないの」
「ほら見ろ。だから苛烈と言うておる」
「わかんないっ。サーベルもきらい。おじちゃまを止めてくれないから」
「それは困ったのぉ」
困ればいい。困ってそれで、呼び戻してくれたらいいのに。
「それもエドワントに言うてみてはどうだ? 連れて行くなと」
「いやっ、もう言わないっ」
「言った事があるのか?」
「…………。うん」
言った事ならある。一度だけ。
エドのおじちゃまに、王子様を連れていかないでくれと。
するとおじちゃまは泣きそうな顔をして、目を伏せ、そうはいかないのだと言ったのだ。
あの顔も嫌い。あんな顔をされると、なぜか小町も泣きたくなって、もう見たくないと思った。
だから嫌い。あの顔も嫌い。
「帰りなさい、小町。家族の元へ」
「……いつかえってくるの?」
「分からんよ。わしには、先見の力はない」
そうか、先見だ。あれをすればいいんだ。
そうしたら、王子様がいつ帰ってくるのか分かるかもしれない。
「やめておけ」
「どうして?」
「そなたには酷なものも見える」
「…………」
サーベルが言う事は、いつも本当になる。見るなと言われて見たら、泣きたくなるものもあった。見なければ良かったと何度も思った。
きっと今度も、そんなものが見えるかもしれない。
「……こわい、サーベル」
「さよう。そなたには怖かろう。大人しく家族の元へ帰るといい」
「……うん」
「あの馬も忘れるでないぞ」
「馬じゃないっ! バイクだってば!」
あれは小町のバイクだ。三つのお祝いにプレゼントしてもらったバイクだ。
ムキになって言い返すと、また獣は笑う。
嫌いと言ったが、この獣は好きだった。おじいちゃんのような笑い声を聞くと、本当におじいちゃんだと思ってしまう。
「さぁ、帰りなさい。神に見つかる前に」
「……うん。またね、サーベル」
「ああ、また」
小町の気配は、スッと泉から消え去った。小さなバイクと共に。
◇◇◇◇◇◇
「始まったか……」
サーベルは月を見上げて言った。
もう戻れない。
あの娘は、時を超える術を思い出している。
時間は、残酷に刻まれていく。
「運命は変わらぬぞ、ディクシード」
ここには居ない王子の顔を思い浮かべた。
「あれは過去を見た。いずれ先見の術をも思い出す。逃げてはならん」
今を見る術は、既に思い出し身に着けてしまった。
形代の身でありながら魔女の呪いを凌ぐとは、何たる力を秘めておるのか。
使いを走らせねば……王子の元へ。
大事な娘が過去を見たと教えてやらねば。
一刻も早く。
片目から滴る血を拭い、サーベルは起き上がって我が子を呼んだ。
禁忌め。
疎ましい限りだ。
ご覧いただきありがとうございます。
第二章が終了しました。当たり前ですが、次話からは第三章となります。
第三章では、ディクシードの国について軽く触れていきながら、討伐に向けての主人公の心の準備を少しずつ整えていこうと思います。(主人公本人はできてるつもりですが、当然、つもりです。つもり=甘いわけで……その甘さを痛感してもらおうと思っております)
それによって、ディクシードの境遇についても触れねばなりませんので、彼の正体(?)というものを想像するのも、それはそれで楽しいかもしれませんね。
さて、第二章で登場した伏線“アンブロシア”についてですが、御仁がキーマンであります。もっとヒントを差し上げたいのですが、第三章の一話目からヒントが出てきます。
作者の脳内では二話でも出ますし、その後、討伐までにもう一話ほど書こうとも考えておりますので、気付かれた方は繋いでみてください。
もしかして……と、思い至る方もいらっしゃるかもです。(あくまでも脳内の予定ですが)
とはいいますが、頭の中は次章の組み立てが完全にできておらず、これでいこうとなる為に、じっくり構成して、ない知恵をひねればなりません。ですので、いま少し時間をちょうだいしたく思います。
二か月とはいいません。おそらく、一か月ほど煮詰めれば、お会いできると思いますので、ご了承くださいませ。
では、次章をお楽しみに。




