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二輪の騎士  作者: 小町
第二章
53/84

第52話 フィスト・バンプ

 小町が決定を聞いたのは、御仁が広間を後にして、およそ一時間ほど経った頃だった。会議が始まってから、実に三時間を要していた。

「決まった。前線の指揮はコーエン卿がとる」

 ランバートの言葉に、拳をグッと握りしめた。

 本当に決まったのだ。

 ガーデルードへの同行が、本当に決まったのだ!

 指揮だって、ディクシードが望んだ人がとる!

「やったわね、ランバート!」

「喜ぶべきか悲しむべきか……俺には複雑だがな」

「あら、まだ言うの? 喜ぶべきよ、当然っ。あなたの奮闘が実を結んだんだもの」

「確かに気は揉んだが、動いたのは御仁だ。御仁がいなけりゃ、どうなってたか分からん」

「それでもいいじゃない。ほら、ねぇ、拳を出して」

 こういうのは強制するものじゃないが、小町はやりたい気分だった。サーベルに向けて一歩前進したのだから。それはつまり、あっちの世界への道のりが、一歩前進したともいえる。

 さぁさぁと急かすと、渋々ながら、ランバートは拳を突き出した。何をするのか分かっていないだろうに、妙に従順である。浮かれた小町は、その拳に自分の拳をコツンと合わせた。

 うん、やっぱり、これに限る。

「何だ、今のは?」

「拳を合わせたの」

「見りゃ分かる。どんな意味があるんだよ?」

「うーん……意味って言われるとちょっと分かんないけど、嬉しい時とか、喜ばしい時とか、あと、褒めたり励ましたりする時にやるの」

「自分でやってて意味が分からんのか? あんた、本当に変な女だな」

「とにかく、いろいろ雰囲気でやるのよ。今のは単純に私が嬉しいから。それから、あなたへのお礼もね。ねぇ、もう一回やる?」

「……ん」

 今度はズイッと突き出してくる。やっぱり従順。そして、非常に非常に非常に可愛い。どうしたんだろう、この人。キュンキュンくるじゃないか。

 ギャップに萌える性分の小町は、ランバートの変化を不思議に思いながら、もう一度コツンと拳を合わせた。

「どんな感じですか?」

 上官に尋ねたのは、副官のリディオである。興味深そうに言う。

「あなたもやる?」

「俺、会議には出てないですよ?」

「いいの、いいの。こういうのは雰囲気を楽しむものだから」

「じゃあ……」

 リディオと拳を合わせたが、こっちはキュンとこなかった。まぁ、でも、悪くないかなと思う。

「あ、俺、分かった気がする。いいもんですね、これ」

「でしょう? 気分がこう、上がってくるでしょう?」

「ですね。……イバンス。お前、拳出してみろ」

 リディオは騎士を数名呼びつけ、拳を合わせ始めた。順にコツンコツンとやっていたが、皆が加わって思い思いにやり始め、終いには加減をせずにゴツゴツとやり合っている。

「ケンカじゃないんだけどなぁ……」

「あいつらには、あれでいいんだよ」

 ランバートの言葉に頷いていた。楽しげにやっているから、これでいいと思う。

 こんな風に騒がしい様子を見ていると、思い出すのはケヴィン達の事だ。

 わいわいと男ばかりで固まって騒ぎ、ケンカまがいの雰囲気を楽しむ事がよくあった。呑気に見物していた小町に、アリッサが言った事がある。

 ――男っていうのは、いくつになってもガキなのよ。

 言いたい事は分かるのだが、経験豊富と言わんばかりの口調だった。冷やかしてみたら、あっさりと認めていた。

 ――両手じゃ足りないわね、そんなの。

 ――世間知らずはあんただけ。姉さんはモテるんだから。

 自分の事のように胸を張って言うジェニファーも、経験人数は片手に収まらないと言っていた。

 別に世間知らずとは思っていなかったし、今時、年頃になればバージンを捨てたがる女性ばかりだと思ってもいた。経験人数を競うのは、何も男性だけに限った事ではないのだと。昨今では、男女ともに初体験の早熟化が問題になっていて、テレビを見る人なら誰でも知っている話でもあった。

 それに、小町自身もその中の一人だった。競おうとは思っていなかったが、できれば早々にバージンは捨てたかった。だからケヴィンとそんな雰囲気になった時、ためらいもしなかったし、大事にとっておくという感覚は、はっきり言ってなかった。かと言って、安売りする気もなかったが。

 ただ、彼女達の発言に驚いたのだ。

 二人は、十三の歳にパブリックスクールに入学した。これは、良家の子女が入る全寮制の寄宿舎学校であり、由緒正しく歴史も古い。世界的に有名な大学があるイギリスでは、そこへの進学を目指すなら、パブリックスクールが通過点と考えるのが一般的である。品行方正、成績優秀はもちろん、社会的リーダーとなれる紳士淑女を育てる事を目的としており、格式はむろん高く、海外のセレブリティも我が子をそこに入れたがる傾向にある。

 まぁ、ジェニファーに関しては、若干コネもあるかもしれないと思ってはいたけれど。

 そんな所に十八まで在学しながら、既に経験豊富という事に驚いたのだ。今時の女子は、そんな学校でも手腕を振るっていたのかと。

 規律の厳しい学校であるから、もしかしたら帰省中に反動で……とも思ったが、自分の義姉達がそうであったのかと。

 家族には悟られないよう取り繕いながら、思春期を謳歌していたのだ、きっと。これ以上ないくらい。

 ――言っとくけど、誰でもいいってわけじゃないの。ちゃんと付き合ってたんだから、セックスするのは当然でしょ。

 ――長続きしないのよね、姉さんって。

 ――あんたに言われたくないわよ。

 聞くところによると、二人とも、ちゃんと相手の人を好きだったそうだ。ただ、三日で終わった関係や、一週間という期間もあるらしく、長くて半年という事だった。

 アリッサは、素の自分を出せずに疲れてしまうと言っていた。ジェニファーは、素で付き合ったら逃げられると嘆いていた。二人とも自分の欠点を理解していて、良い男の獲得に向けて模索中なのだそうだ。

 ――あんたも、ようやく仲間入りね。十六なら上々よ。

 ――ケヴィンとの関係に行き詰まったら、いつでも相談に乗ってあげる。つまみ食いも、たまには必要だしね。

 ――何事も経験が大事よ。そのうち相性も分かってくるんじゃない?

 一樹に言わせれば、欧米女性はバイタリティーが半端ないそうだ。こういう姿勢を指しているんだろうなと思った小町である。

 その後、騒いでいたケヴィン達も一緒になって、暴露大会となった。ケヴィンはもちろん、スリージーもそれなりに経験があり、二人の過去に皆で大騒ぎしていた。むろん義姉達の過去についても同様に。

 日本人の一樹には考えられないような話も出たようで、彼は引くわ~とドン引きし通しだった。

 そう言えばあの時、ヌード・キャンプなるものも計画されたんだっけ。

 来年の夏、小町が夏休みに日本から帰ってきたら、決行する予定となっている。伯爵夫妻には内緒で。

 何でも、“男女が完全に別行動をするが、一切の着衣を認めず裸で過ごす”という裸キャンプが、ずいぶん前から流行っているのだそうだ。田舎の方の湖水地方など、人気は少ないが、さほど不便ではない場所で行うのが定番で、解放感とスリルが楽しめるんだと義姉二人は言っていた。

 一樹は不参加と言いきっていたが、ケヴィンとスリージーは経験者らしく、ヒッピーじゃないからと言い訳しながらも参加すると言っていたし、彼らの大学の友人たちも巻き込む予定となっている。

 小町は、ケヴィンに誘われる形で単純に参加する事を決めたのだが、一樹はそれにもドン引きしていた。日本人はそんな破廉恥な事はしないと言って。

 ――本当、日本人って堅いわ。

 ――サムライ・スピリッツだよ、アリッサ。僕は武士道をリスペクトしてるからね。だから小町には親近感があったんだけど……でもやっぱり、こっちで育つとそうなっちゃうのか……

 日本人の血は半分引いているが、サムライ・スピリッツというものは感じた事のない小町である。誇らしげに語る一樹を見ていると、自分も欧米人の一人なんだなぁと、つくづく思った事だ。

「あんた今、何考えてんだ?」

「んー……特には」

「嘘言え。ニヤけやがって。気味がわりぃ」

「だって、ほら。子供みたいに騒いでるじゃない」

「そりゃそうだろ。男ってのはな、歳をとってもガキなんだよ。面白いもんには食い付く生き物だ」

 おや? 経験豊富な義姉と同じセリフではないか?

 これはどうやら、ランバートにも面白い過去がありそうだ。

「あなたは加わらないのね」

「まぁな」

 大人な彼にヌード・キャンプの話をすれば、どんな反応をするだろうか。裸は刺激が強いとしても、アレならセーフな気がする。

 小町の中に、ムクムクと悪の芽が顔を出していた。

 彼の部下も拳ごときでこんなに騒げるのだから、アレならもっと大騒ぎしそうである。見てみたい。

「ねぇ、あなたの部下にね、もう一つ教えてあげたい事があるの。大喜びしそうなんだけど?」

「あ? 今度は何だよ?」

「さっきのと似たやつよ。でも、もっと気持ちが大きい時にするの。挨拶がわりにする事もあるわね」

「挨拶なら拳はいらんだろ。どんな挨拶だよ、しばき合いか?」

「そんなわけないじゃない。ハグって言うの。要は抱擁だけど、もっと軽いやつ」

「…………。…………は?」

 ポカンと呆ける男を無視して、尚も言ってやる。

「だから抱擁だってば。私、すごくやりたい気分なのよ。どう?」

「おまっ、バカじゃねぇのか!?」

 大声を出すランバートに、リディオ達も振り返っていた。

 いやぁ、楽しい楽しい。予想通りの反応が返ってくるものだから、ニヤニヤが止まらない。

「そんなに大げさに考えなくても、気軽にするんだからいいじゃない。リディオなら乗ってくれそうよね。ちょっと、リディオ――」

「バカタレ! 呼ぶなっ」

 残念。もう呼んでしまった。しめしめである。

 何ですかと、リディオはまた興味深そうに寄ってくる。

「ハグを教えてあげようと思って」

「ハグ?」

「そう、ハグ。気に入るわよ」

「じゃあ――」

「じゃあじゃねぇ、ボケェ!」

 上官の繰り出した蹴りを、リディオは難なく避けた。そしてもちろん抗議している。なぜ蹴られなければならないのかと。当然である。

「ランバートは照れてるのよ。照れ隠しってやつ」

「はぁ? それで何で蹴りなんですか。意味が分かりませんね」

「いいじゃない、可愛くて。でも今は放っときましょう。ハグっていうのはね――」

「テメッ、コマチッ! 俺の部下に妙な事を吹き込むなっ!」

「妙じゃないわよ、ハグだもの。部下がダメって言うなら、あなたしかいなくなるけど?」

 標的をランバートに替えてやると、彼はギョッと目を剥き、一歩後退した。

「意味が必要だって言うなら、私からは労いを込めてって事でどうかしら?」

「たわけっ、何が労いだ! 何がどうかしらだ! そんなもんはテメェの男とやれ!」

「居ないじゃない、無理言わないでよ。居たら飛びついてるわ。それにね、さっきも言ったけど、気軽にするものなの。決まった相手じゃないとダメっていうルールはないのよ。挨拶がわりにするって言ったでしょ?」

「ほう。手あたり次第か? テメェのどこが誠実だ、阿呆」

 誠実? なんで誠実という言葉が出てくるのだろう?

 不思議には思ったが、気にしない事にした。

「その表現は間違いよ。誰でもいいってわけでもないもの。友人なら男女問わずするし、家族ならもっとするわ」

 スポーツ観戦中は、見知らぬ人ともハグをする。でもそれは言わない方がいい。

「お手本だと思って――」

 そこまで言った時である。むんずと首根っこを――後ろ襟を掴まれた。

「私が相手をしてやる」

 ディクシードの声だった。また足音もなく後ろに立ったのだ。いいところだったのにと、舌打ちをしたくなった。

「却下」

「そう嫌がるな。恋人の代わりだと思え」

「却下だってば」

「昨夜は従順だったが」

「ちょっとっ、誤解させるような言い方しないでよ、変態」

 見てみろ。ランバートが引いているではないか。きっと、よからぬ情事を連想したに違いない。

 ディクシードは決して口下手ではない。最近になって分かってきたが、彼の話は、ちゃんと筋が通るようになっている。口数は少なくとも、説明を求めれば、誤解のない言い回しを使う。むしろストレートすぎる事が多いくらいだ。

 だから今のセリフは、口下手を装っているという事になる。周囲の反応を楽しむために。やはり、ひねくれ者だ。

「いいこと、ディックス。あれはハグよ。ハグ以外の何でもないの」

「深い意味はないと言いたいのか。そうは思えんが」

 言うなりディクシードにヒョイッと担がれていた。

「昨夜の件は話し合いが必要のようだ」

「だから誤解を招く発言をするなって言ってるでしょ!? 下ろして」

「却下する」

「……下ろしなさい」

「却下だと言っている」

「じゃあ横に抱きなさいよ」

「それも却下だ」

 最後に大声で横に抱けと怒鳴ったが、その声はむなしく廊下に響くだけだった。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 連行されていく小町を眺め、ランバートは眉間を揉んでいた。

 何がハグだ、バカタレ。

「昼の再現ですよ、隊長」

「…………。俺は疲れた」

 心の底から言ったつもりだった。事実、朝から晩まで気を張っていたのだ。本当に疲れた。精神的に。

 しかし副官は、労ってはくれなかった。

「ハグって何です?」

「…………。それは忘れろ」

「明日にでもコマチに聞いてみます」

 こいつ、なんも聞いちゃいねぇな。

「先に言っとくが……やるなよ」

「俺は空気を読みますから、聞いてみないと何とも」

 ああそうだった。この男はそういう男だ。言っても無駄だろう。

「なぁ、リディオ。あれを誠実だと思うか?」

「誠実……ですか? コマチの事なら思いませんね」

「……じゃあ十六には――」

「見えませんね。あれは“女”ですよ。ガキなわけがない」

「あ? 女?」

「ええ、“女”です。それが証拠に、殿下には牽制してるじゃないですか」

「…………」

「“男”だと意識しているからでしょう? 自分が“女”だと自覚があるからですよ。到底ガキじゃない」

 それなら、何か? 抱擁しようと迫られた自分は、男だと意識されていないという事になるのか。それはそれで複雑である。

「でも、そうか。そういう意味では誠実かもしれませんね。危険だと感じた“男”に牽制するって事は、決まった相手には誠実って事ですから」

「…………」

「婚約者だけってわけですよ。何か……似てますね、御仁に」

「…………」

 どうしてここで御仁の名が出るのか。疑問に思ったが、直に思い至った。有名な話がある。

 名のある騎士が、生涯、一人を想い続ける話だ。詩になり、歌になり、悲劇となり。御仁が今でも娘達の憧れであるのは、その話が所以なのだ。元になった人物は御仁であると言われている。

 悲劇を演じる女優達は、お相手の娘役をこぞって奪い合う。あんな人に深く想われたいと、娘達に夢想を抱かせる話。真実か否か、なぜ未だに独身であるのか、皆が疑問に思う話だった。

 リディオはその話に、小町の姿を重ねたのだろう。遠く離れても、ただ一人を想うという姿に。

「騎士たらん……か」

「何です、それ?」

「いやな、御仁が言ってたんだよ。コマチの言葉だそうだが……応えねばってな」

「意味深ですね」

「…………」

 御仁と小町の対面は、はたから見れば、どう見ても初めてのものだった。しかしランバートは、小町が見せた反応に気が付いていた。

 まみえた瞬間、嫌悪感を覗かせたのだ。わずかに身を引くような素振りに加え、表情は硬くなった。他の者には悟られないよう上手く取り繕っていたが、あれは間違いなく嫌悪だった。御仁を見て何か思うところがあったはずで、それはつまり、二人の関係に何かある事を示している。

 だが待てよ。御仁の隠居は七年前だ。ディクシードが魔女は死んだと報告したのは十年以上前。となると、接点があったのはそれ以前と考えるべきだ。

 パリスの言った通りかもしれんな……

 何であるかは不明だが、ディクシードは、御仁をも小町から遠ざけたがっていたのだ。

 何かある。間違いなく。

「あの……隊長」

「あ?」

 唐突に声を掛けてきたのはアレンだった。気まずそうにしている。

 戻った事は知っていたが、機を見て釘を刺しておくつもりだった。ちょうどいい。

「戻りました」

「ああ、聞いてるよ。夕刻までと言ったはずだが、お前、遅れたそうだな?」

「……はい」

「刻限を守れねぇやつはいらん。誇りがねぇやつもいらん。これは毎度言ってあったはずだ。分かってんのか?」

「……はい」

 すみませんと、アレンは小さくなっていた。

「お前はな、一度誇りを捨てたんだ。そう何度も拾えるもんじゃねぇ。拾われねぇやつの方が大半だからな」

「…………」

「明日はジニアスも来る。近衛候補の筆頭に名が挙がる男だ。欠員待ちのな。……いいか、アレン。次はねぇぞ」

「はいっ」

 アレンは真剣な目をして頷いた。

 誠実ってのは、こういうやつを言うと思うんだが……

 そんな事を思っていたが、副官からは甘いぞという視線が送られていた。終始無視である。

「それでお前、何持ってんだ?」

「あの……これを、コマチにと思って……」

 おずおずと手にしたものを差し出してくる。それは、帷子だった。身を守る防具である。

「それを探していて遅れたそうです」

 手厳しくリディオが付け加えると、アレンはまた小さくなっていた。

「なんで俺に出してんだよ? テメェで渡せばいいだろうが」

「それが……僕――いえ、私からだと受け取ってくれそうになくて、渡しそびれてしまいました」

「…………」

「私が士官学校で使っていたものです。剣も探したんですが、そっちは折れてました」

 折れてましたって……

 こいつなりに、討伐の事を真剣に考えたってところか。

 どのみち、小町に見合うものをと考えていた。小柄なアレンが使っていたのなら、それなりに合うだろうと思う。

 しかしやはり、自分で手渡すべきだ。

「あいつなら、喜んで受け取りそうだがな?」

 木剣でさえ興味を示した娘だ。帷子ともなれば、ほくほくしそうである。

 指摘すると、アレンは困惑して視線を泳がせていた。すると今度は、副官が助け船を出した。お前も甘いじゃないかと言ってやりたい。

「残念ながら、俺もアレンからの物は受け取らないと思いますね。ダリアの髪紐でさえ渋ってましたから」

 リディオいわく、小町はあからさまに警戒を示したそうだ。しかし、髪紐だと知るや否や、コロッと態度を変えたと言う。自分が頼んだものだったと。

「貢物はいらんと、そういうわけですよ。年頃の娘にはあるまじきです」

「……なら、預かっとく」

「お願いします」

 アレンはペコっと頭を下げて部下達の輪に戻っていった。

 それを見計らったように、リディオが言う。

「コマチにとっては、アレンも牽制の対象だと思いますね。危険だから、必要以上に近づけない。情に弱いってのも、案外、外れてないんじゃないですかね?」

「…………」

 見る目があると言われているのも同然だったが、ランバートは他の事を考え込んでいた。

 あの娘は、どんな環境で育ってきたのかと。これは、昼に副官が言った言葉で、小町の事を知れば知るほど、自分の中で膨らんでいく疑問でもあった。

 女のくせに貢物を受け付けないだの、抱擁を迫ってくるだの、その他もろもろ。

 とにかく、予想外の反応ばかりが返ってくるのだ。それも娘は、さも当然と返してくる。振り回されてばかりだった。

 全てを把握したいとまでは言わないが、ある程度の事は知っておきたいと思うのは当然だ。それがこと小町が絡むと、自分の思惑の外ばかりに向かい、そこで事が起こってしまう。 

 振り回されたくないのが本音。振り回されているのが現状。疲れないわけがない。

「隊長。考え中のところ悪いんですが、あいつらが待ってますけど?」

「……ああ、分かってる。段取りだろ?」

 じっくり考えたい事は山のようにある。しかし、時間は待ってはくれないようだ。

「班に分けろ、リディオ。明日は早朝から御仁の兵と共に動く。統括させる者を据えにゃならんが、誰が適任だ?」

 打って変わって指示を出す上官を見て、リディオの表情も引き締まった。

 それでいい。今は、やるべき事をしなければ。

「数名いますが、状況によります。御仁の兵はどこまで一緒に?」

「夕刻までだ。借りるのは十五」

「城外でしたね?」

「そうだ。コマチの近辺に張り付いてもらう段取りだ。大所帯にはなりたくないからな、大聖堂までは分散させようかとも考えてんだ」

「それが妥当かもしれませんね。でももう少し詰めないと、適任者に関しては何とも言えません。決まってますか?」

「悪いが、これ以上はまだだ。これからパリスを連れて御仁の所へ行く予定でな。ひとまず班割りだけ決めといてくれ。後は全員、解散でいい」

「全員ですか? 今夜の当番はどうするんです?」

「御仁が休ませろだとよ。明日からは本格的に動くから、今のうちだそうだ。お前も休んどけ」

「御仁の兵が代わりに?」

「そういうこった」

 まぁ、俺はまだ休めそうにないがな。

「……………………」

「何だよ?」

「隊長、過労死しないで下さいね」

 おっと。これはどうやら、労ってくれているようだ。ついついニヤついてしまう。

 すると副官は、ツーッと視線を逸らし、遠くを見るような目をして言った。そこには壁しかないというのに。

「俺……当分の間は、隊長職には就きたくないんで」

「あ……そう……」

 どうせ、こんな落ちなんだ。苦労性なんだ、俺は。

 ランバートはガックリと項垂れた。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 その頃、小町はディクシードの肩で揺られていた。行き先は厩舎で、直に到着予定である。言うまでもなく、パリスに枷をはめる為だ。

 兵舎を出たディクシードは、小町の意図を知っていながら城に戻ろうとしていた。何でも、御仁が先手を打ってくれたそうで、急いで枷をはめる必要はなくなったと言う。しかし、パリスは必ず厩舎に現れると踏んでいた小町は、これでもかと暴れまくり、行き先を変更してもらったのである。

 暴れすぎて疲れたので、乗り心地は悪いが輸送してもらっている。

 怪力な男に気を遣ってやる気はない。むしろ気を遣ってもらいたい。レディーの貧相な尻に対して。

「なぜ厩舎に来ると言い切れる」

「主語が抜けてるわよ。パリスでしょ?」

「そうだ」

「まぁ、何となく」

「何となくという根拠で、あれほど暴れる必要はないと思うが」

「それはだって、来ると思ってるもの」

「…………」

 根拠ならある。一応。

「先が見えたのか」

「どういう意味?」

「先見をしたのではないのか」

「…………。魔女疑惑ね。やめてよ」

「お前は、会議でのパリスの動向を言い当てた。見えていたかと訝っただけだ」

「見えるわけないじゃない、そんなもの。最初から分かってる結末に誰が気を揉むもんですかっ」

 先見ができるなら、これほど焦れてはいなかった。どっしり構えて後はヨロシクで良かったはずだ。

「一理ある」

「……本当に単純な話なのよ。あの人ならどう考えるかなぁって思ってるだけで。根拠っていうなら、それしかないの」

「ひねくれ具合で考えるという事か」

「そうね、そうなるわ。だから、パリスは厩舎に来るわよ。ランバートの話だと、私を会議に引っ張り出したかったみたいだし、どうして同席しなかったのか知りたいはずだもの」

 きっとパリスは、自分の計画は完璧だと思っていたはずで、しかし結果として小町は同席しなかった。彼のように完璧を求める人間は、必ずなぜ失敗したかと振り返り、そして追及する。同じ間違いを犯さない為に。

 しつこい人間というのはそういうもので、でなければ、よっぽどのおバカさんのどちらかだ。パリスは間違いなく前者。

「わざわざ枷をはめられに来るようなものだがな」

「確かにそれもあるわね。でも……やっぱり来ると思う」

「来なければどうするつもりだ」

「んー……その時はその時で考える」

「お前らしい」

 あ、たぶん今笑ってる。

 人の肩で揺られながら、呑気にそう思っていた。

「ねぇ、デイックス。私、魔女じゃないわよ?」

「知っている」

「仮にあなたが言うみたいに、ここにないものを見たとしても、私は魔女じゃないから」

「ああ」

 ケヴィン達を見ても魔女じゃない。呪文なんて唱えないし、先見なんて論外だ。あっちの世界から取り出したものはあるが、それでも自分は魔女じゃない。

「私から見れば、お前は、人らしい人だ。決して魔女ではない」

「…………。ありがと」

 魔女じゃないと言い張っても、奇妙な現象は引き起こしていた。でも彼は、人だと言ってくれる。理解者でいてくれる。

 何も持たない小町にとって、これ以上ない事だった。

「着いた。下ろすぞ」

 ストンと下ろされたはいいが、構えていたのに足元がグラついた。すかさずディクシードに腕を引かれ、事なきを得た。

「まだその体に慣れないようだな」

「ちょっと気が緩んでただけ。ありがとう」

 パリスの馬はどこかと問うと、ディクシードは奥へと歩いていく。

 案内された馬房には、立派な葦毛の馬がいた。黒い肌と白い毛が、大きなまだら模様を描いている。口元や目の周りといった毛の薄い部分は黒い肌が覗き、細い足も関節の辺りが黒い。

「すごく……気が強そう……」

 小町が近くに寄っても逃げず、ジーッとこちらを見据えたまま、様子を窺っている。

「荒い。あれによく似てな」

「納得」

 今のところ、パリスは城内に居るようで一安心だ。御仁の先手というのが効果ありとみていいかもしれない。

 ディクシードによると、御仁は、会議が終わり次第パリスを呼びつけると言っていたようだ。内容までは聞いていないが、朝まで引っ張る気でいるとかなんとか。明日の予定があるため、早朝までパリスの動向を制限できれば、討伐後までは枷の心配は無用だそうだ。

 となるとチャンスは、パリスが御仁の呼び出しに応じるまでの、わずかな時間しかない。

「……来るかしら」

「来ると言ったのはお前だが」

「賭けみたいなものだもの」

 みたいなものではなく、ぶっちゃけ賭けである。

 小町は、腰元に隠している短剣を確認した。

「これ、使うかもしれないわ」

「どう使う」

「…………」

 あなたを脅迫する為に。

 そうは言わずに、ヒョイと肩を竦めて見せた。

「パリスが応じるなら使わずに済むのよ。でも、分からない」

「……来たようだ」

 ディクシードが入口を振り返った。まだ影も見えていないが、彼が言うなら来たのだろう。小町は入口へと歩き始めた。

「あなたはそこに居てね」

 万が一にパリスが逆上したなら、ディクシードは黙って眺めていないと思う。だから、距離をとっておきたかった。

 でも、彼が居る事は牽制になる。私に手を出せば、ディクシードが黙っていないぞと、それぐらいは言ってやるつもりでいる。

 ディクシードは動かず、ちゃんと待ってくれていた。厩舎の中ほどまで来るとパリスが現れた。入って直ぐに足を止め、無表情に立っている。

 小町は直にパリスの異変に気付いた。唇が切れ、片頬が赤くなっている。だがそれを聞く前に、言っておきたい事があった。

「よくも逃げ回ってくれたわね。呼びつけたのは朝だったはずよ」

 早朝、侍従を捕まえ、兵舎に来るようにとパリスへの伝言を頼んでおいた。

「あなたのように暇ではないのですよ。こう見えて忙しいんです」

「そうらしいわね。取り込みに奔走していたようだから。これがあなたにとっての朝だと覚えておくわ」

「納得いただけて何よりです」

 本当に可愛くない男。自分を見ているようで腹が立つ。

「それで? 何の用です?」

「私も用があるけど、あなたにもあるんじゃなくて? 呼び出しなんて無視できたはずだもの。何よりも聞きたい事があるから、貴重な時間を割いてまでここへ来たんでしょう?」

「…………」

「私がここで待っていると踏んでいたから」

 この男は、小町が枷をはめる好機を狙うなら、それは厩舎だと踏んでいたはずだ。王都へ走る直前を狙うと。最初からそうなるよう、逃げ回ってさえいたのだ。

 やはりこの男は知能犯。

「聞いてご覧なさいよ、答えてあげるから」

「……腹の立つ娘ですね、あなた」

「奇遇ね。さっき同じ事を思ったところよ。だからお互い様」

「…………」

「…………」

 パリスは、なかなか口を開こうとしなかった。じりじりと時間ばかりが過ぎる。御仁との予定があるだろうに、意地でも聞かないつもりだろうか。いやいや、知りたい事があるから、ここに来たはずである。

 先に切り出してやろうかと思った時だ。よくよく聞こえる舌打ちをパリスが打った。チッと、隠しもせず。

 柔和な顔に苛立ちが浮かび、腹黒さを覗かせている。言うなれば、ブラックパリスといったところか。意外にも小町は、こっちのパリスを好ましく思った。

「何をニヤついているんです」

「別に。色男だなぁって関心してたところよ。放っといてくれる?」

「…………」

 やっぱり自分はギャップに萌える性分だ。

「で、聞くの? 聞かないの?」

「…………。なぜ同席しなかったのですか」

 嫌々ながらもパリスが尋ねた問いは、やはり小町の予想通りのものだった。満足である。

「銅貨で決めたの。表が同席、裏は兵舎。裏が出たから、仕方なく待機したってわけ」

「銅貨? そんなもので決めるとは、舐めてるんですか、あなた」

「そうは言うけど公平な方法でしょう? 多数決なんて勝算が薄いんだもの。同席の可能性を残すなら、どちらも出る銅貨が無難だった。でも結局は裏で、私は待機。自分で言いだした方法だから従うしかなくて、これでも、残念で仕方がなかったのよ?」

「それなら、どうして御仁の提案を断ったのです? あなたなら喜んで出てくると思っていたのに。順当にいっていた計画が、あなたのせいで狂いました」

 なるほど。ボルコフ卿と取り巻き達は、途中までパリスの思惑通りに動いたという事か。

「で、仲間割れしたのね?」

 小町はそう言って己の頬をつついて見せた。殴られた痕跡は、どっかの誰かさんによる鬱憤の跡だろう。ランバートの予想も当たっていたようだ。さすがにパリスの事をよく知っている。

「ボルコフ卿でしょ?」

「…………」

 パリスは押し黙り、また舌打ちを打った。

「一発、殴らせてあげたってところかしら? それでチャラにして来たの?」

「…………」

 この沈黙も肯定だ。

「あなたの惨敗よ、パリス。敗因は私じゃないわ」

「確かに負けかもしれませんが、あなたが根源です。あなたさえ同席していれば上手くいきましたから」

「それは言い掛かりね。私が同席しない可能性を、あなたが見いだせなかっただけじゃない。でも、決定的な敗因は他にあるわ」

「…………」

「取り込む相手を間違えたのよ、あなたがね。言うなれば、優秀な人材を揃えられなかったせいだわ」

 パリスが最初に声をかけるべきは、御仁だったのだ。それを見誤り、結果としてその人物を小町に引き合せてしまった。影響力のある人物を取り込まず、使い勝手を優先させたのが敗因だ。

 一方で小町の勝因は、優秀な人材が動いてくれた事だ。ディクシード、ランバート、そして御仁。あとちょっとだけリディオ。どう考えても、彼らのおかげであり、パリスの動かした人物よりも、皆が秀でている。

 言いなりなどではなく、それぞれが自身で考え、行動に移す力を持った人達だ。

 取り込んだなどと奢ってはいないが、小町の意思を汲んでくれた人達。当然、感謝しなければ。

 そしてもう一人、こちら側についてほしい人がいる。意思を汲んでほしいのに、なかなか理解してくれない人。

「パリス。降参してくれないかしら?」

「……すると思いますか?」

「あなた二敗目よ? まだ懲りないの?」

「そういう問題ではありません。矜持とは別の話ですから。あなたには、殿下の妃になっていただきます」

 まぁ、そう言うだろうと思っていたが、本当にしつこい。

「じゃあ、やっぱり王都に走る? あなたにとっては、それが切り札でしょう?」

 チラッとパリスの馬へと視線を投げた。ディクシードは、そこで待っている。

「……状況は……良くありませんね。殿下が相手では、切り抜けようがありませんから」

「だったら引き返して。御仁の呼びつけに応じなさい。このまま朝まで粘ってもいいのよ?」

「…………」

「…………」

 引き返して。どうか。

 でなければ、この短剣を使うはめになる。

 ディクシードに剣を抜かせてはならない。パリスと対峙させるわけにはいかない。だから、自分が使うつもりでいた。

 この剣を、護身に使えと与えてくれた人に。

 枷をはめる為にここに居るのに、どうしても土壇場で躊躇してしまう。いつも自分はこうなのだ。

「応じなさい、パリス」

「…………」

「…………」

 パリスは一向に動かず、睨みつける小町を、ただジッと見返している。あの馬のように。

「討伐後までの休戦だと思って、応じてちょうだい」

「……休戦ですか……」

「……ええ。ひとまず」

「言っておきます。次は私が勝ちますから」

「……迎え撃つまでだわ」

「…………」

 無言で踵を返し、パリスは厩舎を去って行った。小町は生きながらえた気分だった。

「良かった……応じてくれて」

 無意識に短剣に触れていた。使わずに済んだ。その安堵が大きかった。

 するとそこへ、ディクシードがゆったりと歩いてきた。

「私を人質にとるつもりだったのか」

「…………」

「罪人になるのは、お前だけと考えたのか」

 お見通しらしい。

 パリスが王都に走るなら、ディクシードを盾に取り、逃げてやると脅すつもりでいた。当然、討伐を放り出すつもりはなく、交渉の材料になればと、安直に思ったのである。パリスは主君第一主義で、それが彼の弱点だ。だから利用する手はないと思った。

 そして、材料ではなく実際に逃げるとなった時、ディクシードは共に逃げてくれるだろうとも思ってもいた。ずるいけれど、逃げてくれと言えば、彼はきっと応えてくれると。

 脅迫を受けての逃亡であれば、ディクシードは罪に問われることはない。彼の醜聞が一つ増える程度で済む。罪人よりは軽い。

 ずるくて、卑怯で、姑息。

 分かってはいるが、それでも使うつもりだった。パリスが応じなければ使っていた。

「バカだと思ってるんでしょ? いいわよ、バカで。私には、こんな方法しか思いつかないもの」

 こういう時、いつも思う事がある。伯爵ならどうしていたか。育て親なら、どんな方法を選んだか。

 そうして、自分が不甲斐ないと痛感するのだ。

「ひとまずは休戦。それでいいの」

 姑息な手を使わずに済んだ。ディクシードに剣を突き付けなくて済んだ。それでいいと思うのは、甘いだろうか。

「休戦か。うまい事を言う。だが、あれはまだ目論見があるようだ」

「ええ、分かってる。しつこさは私以上だもの。……でもいいの」

 小町はディクシードに拳を突き出した。ひとまずは――ひとまずは、クリアしたと思いたい。先延ばしになったというだけだとしても。

 突き出した拳に、ディクシードの拳がコツンとぶつかった。そうしろなんて、教えた覚えはないといというのに。

「……知ってたの?」

「昔、お前に教わった。お前は、フィスト・バンプと言っていた」

「ええ、そうよ、フィスト・バンプ。こんな事まで教えてたのね」

「これだけではない。他にもある」

「他にも?」

「ハイ・ファイブ。ハグ。それから……」

 ハイ・ファイブは、俗に言う事のハイタッチ。ハグは抱擁。

 次は何だろうと待っている小町に、ディクシードは流し目を送り付けてきた。無駄な色気をふんだんに含んだアレである。

「キスだ」

「………………。………………」

 絶句だった。開いた口が塞がらなかった。

 ディクシードの口から、“キス”という単語が出てくるとは……

「口付けだと聞いている。お前の初めての相手は兄だそうだ」

 何で……何でそんな事まで知ってるの!?

 ギョッと目を剥き、みっともなく狼狽する。

 そんな事まで教える経緯が分からない。意味不明。

 どうせ調子にのってペラペラと喋っていたのだろうが、何となくそうだろうと思える自分にも腹が立つ。過去に戻って自分の口を塞いでやりたい気分だ。

「してみるか」

「……あなたと? 冗談でしょ?」

 だいたい、するかと言われてしようとするものではない。もっとこう、甘い雰囲気の時にするものだ。まったく、色気もくそもない。

「えらく消極的だな。昔は押しが強かったが、いつからそうなった」

「ねぇ、ちょっと、まさかと思うけど、したんじゃないでしょうね?」

「しないと思うのか」

「……………………」

 これは…………逃げておいた方が良さそうだ。小町はそそくさと歩き始めた。しかし、肉食の獣はついてくる。

「言っておくが、お前からだ」

「無効よ。そんな昔のものはノーカウント」

「有効だ」

「無効! 寄るな、変態っ」

「私が変態なら、私の下半身を握って“シッポ”だと喜んだお前は変質者か」

 シッポ……しっぽ……

 下半身を握って、しっぽ!?

「よよよ、喜んでないわよっ!」

「いや、あれは喜んでいた」

「うるさいっ! あっちへ行け、変態っ!」

 やんややんやと掛け合いを繰り広げ、魔女かもしれない娘と変態王子の夜は更けていくのである。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 その夜、小町はケヴィンに会った。

 会ったと言っても、一方的に眺め、一方的に話しただけだった。

 本日の報告のようなものをツラツラと喋り、そして、呼ぶなと言っておいた。

 討伐が完了するまで、呼ばないでくれと。

 ディクシードの名に誓ってしまったのだと。

 一刻も早く会いたい人だけれど、言いだした事を放り出したくもない。無責任な事はしたくなくて……小町の意思を汲み、動いてくれた人達に失礼だとも思った。

 いつ呼ばれるかも分からない。

 数日前のように、聞こえるようになるのかも分からない。

 でもケヴィンに呼ばれれば、もちろん答えたくなるから、だから呼ぶなと言っておいた。


 ――討伐が終わるまでなの。だから、どうか、私の事は呼ばないで。


 待っている人からすれば残酷な言葉で、それでも、言わずにはいられなかった。

ご覧いただきありがとうございます。

第52話『フィスト・バンプ』はいかがでしたでしょうか?

パリスとの決着は、ひとまず先延ばしという事になりましたが、勝敗にすると小町が二勝、パリスが二敗となりました。

不完全燃焼ではありますが、作者としては、「そう簡単に決着がついてたまるかっ」と思いながら書いておりました。


もとの世界での回想シーンでは、皆の掛け合いが楽しくなって、またあっちの世界の事を書きたくなったものです。欧米人ならではの発想とか、日本人の一樹とのギャップとか、他にもたくさん。

ですが、本章はあくまでも、ディクシードがいる世界がベースです。なので、脱線しまくらないよう注意しなければと、改めて気を引き締めた次第です。


では、次話予告にいってみましょう。

第二章のエピローグをお届けします。

実はもう書きあげておりまして、残すは誤字脱字のチェックのみとなっておりますので、早々にお送りできるのではないかと思います。

二章の中で、未だ回収できていない伏線の一つです。お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、生気の訓練中に見たはずの、小町の“夢”についてです。そこには一切触れずにきましたので、エピローグとして回収いたします。

その他の伏線は、まぁ、おいおい。


それでは、次話でお会いしましょう。

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