↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二輪の騎士  作者: 小町
第二章
51/84

第50話 来訪者

 小町は兵舎の広間の端で、持ち込んだ絵物語の本を広げていた。新しい対価の石に生気を溜めねばならず、訓練は中止、剣の稽古も却下。多少は動いてもいいはずだと詰め寄っても、ディクシードは許可をくれなかった。代わりに、近衛騎士達に机を用意するよう頼んでくれ、今に至る。

 騎士達は広々とした空間の中で、剣の稽古に励んでいた。思うままに体を動かせるとは何とも羨ましい限りだが、指を咥えて眺めるわけにもいかず、仕方なく机と向き合っている。

 剣を打ち合わせる金属質な音、床を蹴る音、掛け声。それらが喧騒とは思えず、心地いいBGMと感じてしまえるのは、自分が根っからの運動バカだからだとつくづく思う、今日この頃。

 時折、入口に目を向けて待ち人を確認していたが、会議が始まって一時間は経つというのに、彼は未だ現れない。そう簡単には決まらないようだ。

 灰色の猫と戯れてみても、絵物語の本を追いかけてみても、気になるのは会議の事ばかりで悶々としてしまう。性分であるから仕方がないのである。

 悶々ついでに、いっそのこと作戦の概要でも考えてしまえと、いざ実践してみれば上手くいった。思い出せる限りのガーデルードの地図を描き、あまりにもザックリとした地図の完成で、己のセンスの無さに項垂れた。項垂れつつも頭の中の数字を書き起こしていく。

「気になりますか?」

 ふいに尋ねられ、顔を上げるとリディオが立っていた。

「そりゃあね。存分に体を動かせたら考えないで済むけど……しょうがないもの」

 答えると、奇妙なものを見るような目を向けてきた。彼は稽古の監督者で、こうして時々、声を掛けてくれている。

 本の中で分からない文字が出て来たら尋ねていたが、同じような目をしながらも、それでもちゃんと教えてくれる。字も読めないのかと言いたいのだろう。そして今のは、淑やかとは対照的な、妙な娘だと再認識しているはずだ。

「変わり者と言われた事は?」

「喜んでいいわよ、リディオ。自覚はしてるけど、面と向かってハッキリ言われたのは今が初めてだから。あなたが記念すべき一人目。おめでとう」

「ひねくれ者とは?」

「それは、まぁ、何度か覚えがあるわね」

「でしょうね」

 この人、喧嘩を売っているのだろうか。

「それは何ですか?」

「これ? これは地図。気になる事があるから、ディックスが戻ってきたら聞けるようにと思って」

「地図には見えませんけど?」

「それも自覚してるから言わないでくれる? 私が理解できればそれでいいの」

「そうですか」

「そうよっ」

 シッシと追い払えるものならしている所だ。睨みつけても、彼は肩を竦めただけで動こうとしない。

「油売ってないで、ちゃんと監督したらどう?」

「できた連中ですから心配無用です。あなたが面白い事をしそうなんで、見張りついでに立ってるんですよ。気にしないで下さい」

「……………………」

「その様子だと、どうもお邪魔みたいですねぇ」

「…………。ねぇ、殿と姫をけしかけてやりましょうか?」

「…………。退散します」

 殿と姫というのは、二匹の猫達だ。彼らは少し離れたところで、仲良くまどろんでいる。

 白猫が殿で、灰色の猫が姫。今朝方の二匹の悶着が騎士達に知れ渡り、小町がここに戻った頃には、そう呼ばれるようになっていた。あえて突っ込まなかったのは、姫が自分に似ていると指摘されたくないからだ。言わずもがなである。

 すごすごと退散するリディオを眺めていると、入口に見知った顔が見えた。あの下がり気味の目は……

「リディオ、ねぇ、あれって―― 」

「アレンですね。俺にとっては待ち人の一人ですけど、あなたにとってはどうなんでしょう?」

 そう言って、リディオは含むような視線を向けてきた。

 アレン・ベーグラー。小町が投げ飛ばした騎士で、確かに今の小町にとって、現状一番の待ち人とは言えない。でも、待ち人である事には変わりない。

「あいつ、何やってんでしょうね?」

「行って、リディオ。きっと、入りずらいはずだから」

「……ったく、バカなやつだな」

 面倒くさそうに呟き、リディオが歩いていく。何だかんだ言っても、彼は面倒見がいいのだ。そんな所はランバートに似ていると思う。

 騎士の数名が気付き、皆がアレンに気付いた。当人は、ヒエッと首を竦めて扉の向こうに消えてしまった。

「本当、何をしてるのかしらね」

 小さく笑いながら呟き、小町は地図に視線を移した。

 アレンの気持ちはよく分かる。気まずい、会いづらい、入りづらいと、様々な気持ちが葛藤する感覚は、この世界に来て頻繁に味わっている。どうぞ注視しないでくれと、今朝も思った事だ。

 そう言えば、瞼の腫れは引いただろうか。自室に戻った際、鏡で見ておけば良かった。

 そんな事を思いながら、表向きは勉強している風を装い、騎士達が騒ぐ様に耳を澄ませた。

 リディオの檄が飛び、アレンがまたヒエッと奇声をあげる。来るのが遅いと野次を飛ばし、皆が同僚を迎え入れている。騒々しい歓迎なのに、やはり心地いい。

 愛すべき彼らの弟分――アレンが戻ってきた。近衛騎士として、また彼らと同じ場所に立つために。

 小町としては、それだけで十分だった。声をかける必要はない。お帰りなさいと気安く言えるほど、無神経にはなりたくない。少なくとも、今の彼に今の小町が言える言葉ではないと思う。

 ここは、彼らのテリトリーなのだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 小町にとっての一番の待ち人が現れたのは、それから直ぐだった。ディクシードである。

 戸口に主君が立つなり喧騒が消え、机に向かっていた小町も否が応でも気付く事となった。アレンの時とは全く異なる静けさである。

 即座にリディオが応じ、何事か二人で話している。

 ランバートは? 少しの間待ってみたが、どうにも現れない。てっきり、一緒に戻ってくると思っていた小町は、内心、首を傾げていた。

 大人しく見守ること数分。

 リディオが騎士達に休憩を告げ、皆がゾロゾロと連れだって広間を後にする。そんな中、アレンはディクシードに声を掛け、会釈して出て行った。気まずさなど感じさせない堂々たる所作で、アレンの迷いが消えたのだと感じていた。

 そして最後に、リディオが小町に視線を投げて退室する。依然としてランバートは現れず、なぜか小町は妙な予感がした。

 何があったの?

 不安げに見ていたが、ディクシードは表情を変えもせず、ツカツカと歩いてくる。いつものように、シャンと背筋を伸ばして。

 隣で立ち止まった彼は、しばらく小町を見下ろし、次いでスッと手を差し出してきた。

「?」

 何だろう、この手は。

 数度目を瞬き、ディクシードを見上げてみる。普段なら、この手は何だと聞いているところだが、ディクシードはそれを許さない緊張を纏っていた。差し出された手に視線を戻してみれば、催促するかのように、更にその手を寄せてくる。

「…………」

「…………」

 わけもわからず小首を傾げた小町は、おっかなびっかな自分の手をそこに乗せてみた。これで正解だろうか。そんな風に思いながら。

 キュッと握る彼の手は、やはり、ひんやりと冷たい。でも、これで正しかったようだ。ディクシードが、いつになく長い息を吐き出したのである。嘆息だった。

「…………」

「大人しいものだな。この分なら、膝に乗せても問題なさそうだ」

 何だと?

 睨みつけると、彼の口角が僅かに上がる。

「試してみるか」

「やってご覧なさいよ。蹴っ飛ばしてやるから」

「手なら安全圏というわけか。覚えておく」

「時と場合があるの。覚えといて」

 既にあの緊張感は消え、普段通り、余裕のある雰囲気に戻っている。しかし確かに、束の間感じた気配は彼が纏っていたものだった。

 きっと、会議中に何かあったのだ。

「ねぇ、ディックス。決まったの?」

「まだだ」

「やっぱり。抜け出してきたのね? ここに居ていいの?」

「構わん」

 そうとは思えないが……

 直球で尋ねて答えてくれるだろうか。でも、会議の事なら知りたいし。

 逡巡していた時だ。

「肝が冷えた」

「へ?」

「お前が同席していたらと、肝が冷えた」

「…………」

「だが、この手は――お前の手は、いつでも温かい」

 あったまりに来たって言いたいのかしら?

「じゃあ、もうちょっとだけ、繋いでおいてあげる」

「労いか」

「一応。私にはできない事をしてくれてるから」

「お前は、いちいち理由が必要らしい」

「可愛げがないって言いたいんでしょ? ついでに言うなら、理屈っぽいのも自覚してるわ」

「知っている」

 ブスくれたい所ではあるが、今は我慢しておいた。彼は会議で尽力してくれているのだ。きっと、反発は強かったはず。

 それに、昨夜の“借り”もある。

「知りたいか」

「会議の内容なら……もちろん知りたいけど……」

「お前ならば、一笑に付すようなものだ。実りがない」

「実りがないって……それって、読みが外れたってこと? ある意味、都合のいい話し合いになると思ってたんだけど」

 これは、深読みしすぎたかもしれない。

 ランバートいわく、八名の要人達は、“阿呆”と“まとも”の両者に別れるとの事だった。これが彼の見解で、ディクシードも否定はしなかった。

 パリスが阻止しないと踏んでいた小町にすれば、“まとも”と言われる要人達を解き伏せればいいと考えていたのだ。骨は折れるだろうが、“まとも”であるなら、聞く耳は持つだろうと。

「いや、お前の読みは当たっていた。パリスは阻まない。だが、コーエンやダニロも我が事ばかりで、耳を持っていなかった。ボルコフなど話にならない。異議はないと言っていたが、あれは野心ばかりが先に立つ。私に取り入り、指揮権を得ようという魂胆だろう」

 ボルコフ卿。確か、ヴァノーラ子爵だ。

 ランバートは、いけ好かないクソシジィと言っていた。頭が悪いくせに野心家。でも、腕は立つ。女好き。それから、ディクシードは相手にしないとも。

 面識はないが、彼がどれほどボルコフ卿を嫌悪しているかは知れた。初対面の人間に先入観は持ちたくない主義だが、たぶんきっと、自分も好ましくは感じない。誠実とは対極にある人物像になっていた。

「聞く耳は持たせてきた」

「……あなたが?」

「お前のように脱がせてはいないがな」

 そう言ってディクシードは、スーッと流れるように視線を向けてきた。

 何だ、その無駄な色気は。

「私なりの方法だ。心配するな」

「してませんっ」

 断じてっ!

「後はランバートに任せてある」

「戻らないの?」

「ああ」

「じゃあ、指揮を誰がとるのか、決めるのは彼ってこと?」

 それはちょっと……かなり荷が重そうだ。

「出席者の総意で決まる。だが、力のある者の発言は影響するものだ。それを使えとランバートには言ってある」

「影響力……か」

 要人達への影響力で言うなら、筆頭に上がるのは、第一王子であるディクシードだ。武、智、身分、そしてカリスマ性。筆頭たるに相応しいはず。

 でも、彼は不在。会議に戻る気もない。となると……

 八名の要人達を、影響力という視点から順に並べてみる。近衛騎士やランバート、それにディクシードから仕入れた情報が物を言い、最上位の人物は直に名が出た。ブライバス卿だ。

 地位は侯爵であり、身分は一番高い。更に、功績を書き連ねた紙で一番行数を取っているのもブライバス卿。ディクシードの後見を務めていた過去を含めれば、影響力がないはずがない。

 そして決め手は、ランバートの敬い具合だ。一目置いている風で御仁を指し、主君をお前呼ばわりする男が、“あのお方”と何度も口にしていた。

「御仁?」

「そうだ」

「ねぇ、ランバートは苦手だって言ってなかった? そんな人を使えだなんて無茶ブリにも程があるわよ。今ごろ毒づいてるんじゃない?」

「だろうな。私への小言を腹の中に蓄積しているはずだ」

「恨み事なら後で言えって? あなた確信犯ね。良い性格してるわ、本当」

「お前に言われたくはない」

「あら、褒め言葉をありがとう」

 ニコニコと笑い返してやれば、ディクシードは皮肉気に笑んで小町の手を解放した。満足したようで何よりだ。

「でも残念だわ。面会謝絶なんてなかったら、その御仁って人と先に話しておけたのに」

「懐柔か」

「うーん……懐柔とまではいかないでしょうけど、私やあなたの意思を前もって伝えておくことはできたはずよ。被害を第一に考えてくれって、お願いすることもできたでしょう?」

「取り込みの布石というわけか」

「しっくりこない言い方だけど、結果的にそうとも言うわ」

 ビジネスでも、事前に布石を打つのは当然のことだ。良い結果をもたらすために、あらゆる布石を投じておくのは常套手段であって、名うての経営者ともなれば、その裏に更に布石を打ってくる。エインズワース伯爵のように。

 既に会議は始まっており、今更だと言われればそれまでだが、前もって御仁という人物と会談する場があったらと、どうしても考えてしまう小町である。

「お前らしい」

「褒めてるの?」

「そうとも言う。……これは地図か」

 ディクシードが指したのは、小町が描いた地図だった。

「え? ええ、そう。ガーデルードの地図よ」

 そうだ、聞きたい事があったのだ。

「あなたに距離を聞こうと思ってたの。記憶だけじゃ掴みきれなくて」

「なぜそれを知る必要がある」

「私、早駆けはあんまり得意じゃないから、ランバート達の足を引っ張りたくないの」

「馬か」

「そうよ。だから、バイクを出そうと思ってる。土が固かったのは覚えてるから、私にとっては馬よりも安心できるし」

 石の開放地点まで、小町はマイロに乗る予定となっている。でもそれだと、もしもの時、速く走る自信がない。相性の良い馬だが、こればかりは相性でカバーできるとは思えない。そう思えなるなら、単なる奢りというやつだ。

「問題は燃料なのよ。フルタンクだから余裕だとは思ってるけど、誤算なんてもっての外でしょう? ちゃんと確認して、ある程度は把握しとかないと」

 もしも、もしも……途中でガス欠なんてしたら…………かっこ悪い。

 それに何より、目も当てられない惨状になる。死ぬのは嫌だ。

 石の生気を解放した後は、一目散に逃げる。わき目もふらず、脱兎のごとく。スロットル全開でぶっちぎりたいが、あの道は獣道に近い。雑草、石、土、その他諸々。路面の状態に全神経を集中させなければ、転倒してしまう。一つの操作ミスが命取りになる。

「できる事なら、事前に走っておきたいところだけど、そういうわけにもいかないし……って、ディックス。ちゃんと聞いてる?」

 視線を感じるものだから、チラッと盗み見てやれば、この男は地図を見てはいなかった。懸命に説明していたのに、ジーッと遠慮もなく小町の顔を観察しているのだ。

「美人に見惚れる気持ちは分かるけど、地図を見てくれないかしら?」

 冗談めかして言ってみても、彼は尚も観察している。この顔は自分の本来の顔ではないが、まぁ、美人だと思う。

「燃料の心配をしてるの! 聞きなさいよっ」

 怒鳴りつけた途端、ディクシードが破顔した。クシャッと音がしそうなくらい。

 破顔の一言につきる笑みで一瞬で消えてしまったが、その破壊力たるや、逆に小町が見惚れるほどだ。

 皮肉げに笑う所しか見た事がなかった。それはもちろん屈託のない笑みとは言えないものだった。ニヒルという言葉が当てはまる、虚無的な印象が強い笑みだ。しかしそれでも、見惚れる事もあった。

 でも、今のは――

「やはり、あの会議よりも実りがある。聞こう」

 伸びてきた手が頭を撫でて行くが、小町はボケっと呆けていた。

「美人に見惚れる気持ちは分かるが、続きを話したらどうだ」

 色気たっぷりの流し目を送りつけ、ディクシードは、歪な地図を手に取った。


 ◇◇◇◇◇◇


 小町の待ち人がランバートとなり、かれこれ一時間を経過した頃。

 その待ち人は城内の廊下を歩いていた。隣には御仁が並んで歩き、終始無言で何事かを思案しているようだった。

「…………」

「…………」

 気まずい。非常に。

 尋ねたい事はあったが、いい機会がない。

 そうして黙り込んで歩き続け、城の外に出た。

「これは……また随分と暗い。時間を取りすぎたようだな、ランバート」

 嫌味か? そう思わせる言葉を御仁が投げかけてきた。足を止め、上空を見上げている。

 このお方を使えというのが主君の意向で、なかなか使いきれず、時間をくっていた。

「ええ。残念ながら」

「君の部下達は、夕餉を終えているのではないかな?」

 “君”だと? これはどうやら、機嫌が悪いわけではないようだ。

「そうですね、終えています」

「娘さんもかな?」

「……おそらくは」

「うむ」

 頷いた御仁が歩き始め、ランバートも足を進めた。

「どんな娘さんかね?」

「言うなれば、ぶっ飛んだ娘です。じゃじゃ馬という言葉が当てはまるような。ですが、しっかりもしています。芯も強い。免疫のない人間が対峙するには、ある程度の覚悟をしておかないと振り回されますね」

「…………」

「気になりますか?」

「もちろんだ。跳ねっ返りの君が、じゃじゃ馬と称する娘だ。気になるよ、それは」

「これでも、丸くなったつもりですが?」

「そのようだ。自制もできているようで満足だよ。昔の君なら、何度も爆発していただろう」

 おっと。珍しく褒められたようだ。

「あれが、隊長の職をやると言いだした時は、どうなる事かと思っていたが……なかなか見る目があると言っておこう。懐かしいものだ」

「パリスですね?」

「君と違って、あれは変わっていない。時が止まったままだ」

「…………」

「何やらボルコフに吹き込んだようだが、君はどう見ているのかね?」

 御仁の見解には、ランバートも同意だった。

 ディクシードの退室後、あの阿呆閣下様はある時を境に、普段ならまず有り得ないような――それはもう有り得ないとしか言いようのない発言を並べていた。もっともらしい内容ばかりで、あれをパリスの入れ知恵と言わず何と言えばいいのか。

 ランバートから見れば非常に分かりやすいものだったが、コーエン卿の消沈ぶりは大きく、目は曇りがち。ダニロ男爵もコーエン卿に気を配るばかりで、進行役に適した二人が、思った以上に発言力が落ちていた。

「同じように。主導権を得るために躍起になっていたのが見苦しいものでした。ですが御仁のおかげで、ひとまずは阻止できたと思っています」

「君がもう少し上手く私を使えていれば、これほど時間はとっていないと思うんだがね」

「…………。嫌味ですね。くると思ってました」

 辟易して言い返すと、カラカラと御仁が笑う。ジジィめ。

 そもそもだな、あんたを使うという事自体が無謀なんだよ。器量が違うだろうが。

「顔に書いてあるぞ。分かりやすい男だ」

「笑いどころですか、御仁。コーエン卿の落胆ぶりをどう思われますか?」

「いや、悪い悪い。コーエンか……。殿下の期待を裏切ってしまったと、流石にこたえているようだ」

「はい。思った以上に。ですがディクシードの意向は、コーエン卿に指揮をとらせる事ですから……どのように鼓舞するべきかと」

 落胆している部下なら、まだ扱い易い。方法はいくつもある。だが、地位のある人間に同じようにするわけにはいかない。

 これまた、荷が重すぎる課題である。

「それも君次第だ、ランバート。君が私を使いきれるなら、当然上手くいく」

「それが出来るなら、これほど時間はとりませんよ」

「確かに」

 また声を上げて笑う御仁を、ランバートは恨めしげに睨みつけた。

 いい機会だ。この際、聞いてやる。

「御仁には、ディクシードがどう映ったんですか?」

「…………」

「憂いていると言われてましたけど?」

「……聞いていたのかね?」

「御仁。俺は、あなたの隣に居ました」

「そうか……いやな、あのように御自分の感情を吐露されたのは、久しく見ておらなんだ。つい口走っていたのだよ」

「俺は最近、笑っているのを見ました」

「それは……真かな?」

「信じがたいでしょうが、俺の部下も見てます。じゃじゃ馬が居る時は、なかなか面白い漫才も披露してくれるんですよ」

「殿下が、かね?」

「そうです。ディクシードが、です」

「興味深い話だ。娘さんの影響を受けておいでかもしれんな。君には、そう見えるんだろう?」

「まぁ、そうですね」

「ならば、長居をしてみようか。私もその漫才を見てみたいものだ」

 うへぇ。勘弁してくれ。

 どうにも自分は、顔に出やすいようだ。御仁がニンマリしている。

 御機嫌がよろしいようで何よりだ。だが、スルッとかわされた気がする。食えないお方だ。

 そうこうするうちに、兵舎が見えてきた。目的地まで近い。どうやって本音を聞き出そうかと考えていたが、御仁の方から切り出してきた。

「君は、殿下の憂いをどう思う」

「…………。仕方がないと」

「私はね、ランバート。嘆かれている様を見て、良い兆候だとも感じておったのだよ。感情を表に出される事は良い事だと。……罪深いとは思わんか?」

「…………。それも、仕方がないですよ、御仁」

「…………。そうさな。罪深い事も仕方がないのが現状……私も君も、あの憂いを晴らしてやる術がない」

「…………」

「…………」

 やはり御仁自身も憂いているのだ。

 それきり黙り込んで歩いた。

 兵舎に入るなり、部下達の声が耳に届いてきた。懸命に稽古に励んでいるようで、ランバートはホッと安堵していた。

「なかなか、君の教育ぶりも上がっているようだ」

「恐縮です。俺の部屋で待たれますか? 呼んできますが」

「構わん。このまま向かうとしよう」

 なるほど。その目で近衛の励み具合を見ておきたいという事か。抜き打ちの試験ときた。

 御仁の意図を察したランバートは、ここまで聞こえる部下一同の喧騒を聞き、それはそれは満足していた。この分なら心配無用と思っていたからだ。

 しかし、広間に近付くに連れ、その喧騒が野次のように聞こえてくる。冷や汗が浮かぶ。

「活気がいいようだな」

「…………」

 確かに活気はいい。でも、何かが違う。

 本日何度目かの嫌な予感と共に――そして御仁と共に広間に入ると、何やら中央に部下達が集まり、小さな人だかりができていた。ディクシードは不在である。

「やれ、ガッセ!」

「近衛の面目が賭かってんだ!」

「負けんな、いけーーっ」

 既にこの時、ランバートの冷や汗は流れ落ち、それに代わって沸いてきたのは、フツフツと煮える怒りである。

 何だ、この緊張感のなさは……

 そんなランバートをよそに、御仁はヒョッコヒョッコと歩き、人だかりの後ろから中を覗いていた。そして、ここに来て見てみろと、チョイチョイとランバートを手招くのである。呼ばれて来てみれば、机を挟んだ二人が互いの手を握り、力比べをしていた。

 一人は屈強な男、ガサン・オズイク。もう一人は細腕を晒した男おんなの小町。俗に言うところの腕相撲――アームレスリングに励んでいるのである。

「ぬおおおおおおお」

 愛称ガッセという男が、渾身の力を込めているようだが、小町の腕はほんの少しブレる程度で、後退には至らない。数秒それが続き、息の切れ間を見計らったかのように小町が力を込めた。

 派手な音を立てて机の上の銅貨が転げ落ち、派手な音を立ててガッセが崩れた。言うまでもなく、小町の圧勝である。

「やったっ! 勝ったーー!!」

 両手を上げて立ち上がった小町は、得意げにその腕を腰に当て、傍らの男に指示を出した。

「私の勝ちよ、アレン。さっさと徴収しちゃってちょうだい」

「……はぁ」

「ガッセ、ちゃんと払ってね。善意の寄付に感謝するわ」

「このヤロー……もう一勝負だ!」

「いいわよ。寄付が増えるなら大歓迎だもの。なんなら、二人がかりでいらっしゃいよ。賭け金も倍だけど?」

 ランバートの肩が怒りに震え始めていたが、にも関わらず、二人はまた勝負しようというのだ。それもどうやら、銅貨を賭けて。

 これが怒鳴らずにはおけようか。

「お前ら……」

 小さな呟きを聞き咎めた数名が、おそるおそると振り返り、般若の形相の上官を見るや、その場に凍りついた。

「いったい、何やってんだーーーーーーーー!」

 ランバートの怒りはこうして爆発し、部下達と小町の頭上に雷となって落ちたのである。

 しかし、当の小町は多少ビクついたものの、その視線が向かったのはランバートではなかった。

 彼の傍らに佇む、片腕の壮年の騎士――御仁を注視していた。

ご覧いただきありがとうございます。

新年のご挨拶の時期はとっくに過ぎておりますが、一応、ご挨拶を。


本年も、よろしくお願いいたします。

ちんたらやっておりましたので、こんな時期になってしまいました。ご容赦くださいませ。


宣言通り、小町サイドの軽めの話しにした『来訪者』ですが、いかがでしたでしょうか? 作者は息抜きのつもりで書いておりました。

実を言うと、次話とセットで、『待ち人』というサブタイトルをつけて書き上げた話でした。ところが、息抜き部分を作ってしまった為に、思った以上に長すぎる一話になってしまい、分割した次第でございます。

力不足ですな、完全に。痛感しております。


一気に書いた後、読み返して何度か書き直しをするのですが、どうもこの作業は推敲と呼ばれるもののようです。余分なものを省いてまとめる作業のようでして……

しかし生憎と作者の場合、ちょっとしたジョークを入れたくなるし、伏線も入れたくなるし、キャラが勝手に話し出すしで、省くどころか、どんどん増えちゃうんですよね。どうしたもんだか。

まぁ、やっぱり、力不足の一言に尽きるでしょう。みなさん、どうされてるんでしょうね? 率直に疑問を感じます。

ま、いいや。


では、次話の予告……といきたいところですが、予告のようなものは済んでしまいましたので、ちゃっちゃと失礼したいと思います。

次話、『待ち人』をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。