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二輪の騎士  作者: 小町
第二章
50/84

第49話 本会議

 ディクシードとランバートの尽力のおかげか否か、会議は情婦と噂の娘が不在のまま――従来通りの形で始まった。

 観音開きの重厚な扉を開け、コの字型に組まれた机の上座には第一王子が座り、そのやや後ろにパリスが立つ。両脇に伸びた長い机には各四名ずつの要人達が腰を下ろし、意図せずして“阿呆陣営”と“まとも陣営”とに別れる形となった。

 ランバートはディクシードから最も離れた席に腰を下ろしていた。地位の高い者が上座に近く、無爵位のランバートには妥当な席ではあったが、なぜか隣には、八名の要人の中では一番身分の高い人物が座っている。

 侯爵位を持つ、自称隠居老兵。ブライバス卿こと、通称“御仁”である。苦手とする人物ではあったが、今は何となく頼もしくさえ感じているのは、この御仁が分別のある常識人だからだろう。

「何ゆえ、この期の討伐となったのかお聞きしたい」

「それに関しては、国守たっての強い要望です、ダニロ男爵閣下。数日前のガーデルードの一件は既にお耳に届いているかと存じますが、件の際、国守自らが殿下に要請されました」

 飛んでくる質疑に答えているのはパリスである。この光景は見慣れたものだったが、いつもなら率先して口を出す阿呆陣営は、黙り込んで聞き役に徹していた。やはり、パリスから事前に話を聞いていたようだ。

「殿下は以前より討伐の機会を窺っており、先だって聖獣使いへ召集はかけておりました。その到着時期に合わせた日取りではありましたが、先日の辺境の討伐に手を取られ、この度のガーデルードの討伐は、彼らの到着を待たずしての決行となります」

「あれらが不在となると、被害は尋常でないものになる。日取りはずらせんのか?」

「国守との連絡は既に済ませてあります。ガーデルードの聖獣のみならず、他の地の聖獣も馳せ参じるとの事ですから、日程の変更はできかねるというのが現状です」

「致し方ないというわけか」

「そのように」

 重い溜め息が数名からこぼれた。

「他の聖獣の手を借りねばならんとは……国守の力が削がれているという噂は、真かもしれんな」

「ダニロ殿。それは安易に口になさらぬのが懸命ではないかな?」

「しかしながら、ここ数年で魔物の被害は目に見えて膨らんでおりますぞ、コーエン卿。もし噂が真であるなら、それは由々しき事ではないかと――」

「由々しき事ならば、王都が黙っているはずがなかろう」

 最もらしい言い分ではあるが、ランバートは、コーエン卿ほど王都を信頼してはいなかった。そして、コーエン卿自身も王都に対する疑心を抱いている事を知っている。魔物の被害はこの数年で着実に上昇し、今では手に余る状態だ。コーエン卿の治める領地こそ被害を受け続け、まともに食らっているのである。

 建国から続いてきた歴史の中で、一度として揺らぐことのなかった国守の庇護が、ここに来て揺らいでいると感じてしまう。二人がムキになるのも仕方がない話で、不安に思うのもまた仕方がない。

「残念ながら、王都が被害地に干渉したという話は、これまで一度として耳にはしておりませんのでな。コーエン卿こそ、真にそれを心待ちにしておられるでしょうに」

「…………」

「嫌味のつもりはないのですが、つい口を突いておりました。失礼を。我が領地も少なからず被害を受けております。それを思うと、貴殿の心境は更に重いのではないかと思いまして」

「いや、ダニロ殿の言い分も最もだ。ここに集う面々も、魔物の跋扈にホゾを噛んでおる。王都は何をしているのかと、嫌味の一つも言いたくなるのも分かる」

 舌戦とならずして、二人は溜め息を吐いて肩を落とした。王都に対する不満は、被害に比例して上昇しているのも現状だ。

「御仁は国守との親交が深いと聞いておりますが、近頃お会いになったという事は?」

「私かな?」

 思わぬ所でコーエン卿に尋ねられ、傍らの御仁が居住いを正した。

「確かに……以前までは幾度となく拝顔の機会があったが……隠居してからというもの、トンとお会いしていないのだよ。近頃のご様子は知る由もない。こうして殿下の麗しいお顔を見るのも、ついぞ数年ぶりという悲しき有り様だ」

「さようですか……。となると、やはり誰もが国守の様子を知り得ていないという事ですな」

 いかにも好々爺然とした御仁の戯言を、コーエン卿はスルリとかわしてのけた。その後少しの間、ジジィと壮年の武将とが会話を続けていた。

 ほがらかに戯言をかましてくるジジィを、良識ある武将はたしなめる事なく応じ、そうしながら、いかようにして国守の現状を把握するべきかと議論していくのである。直にダニロ男爵ともう一人のまともな要人も加わり、ボケとツッコミと進行役が見事に合わさった実りある議論となっていく。ジジィの扱いに長けた武将らに、素直に感服するランバートであった。

 しかし感服しつつも、先ほどの会話の中に奇妙な符合がある事に気付き、考えていた。

 魔物の被害が増え始めたのは、国守が大衆の前に姿を見せなくなった頃であり、それは御仁の隠居と同時期ではなかったか? 御仁の隠居はつまるところ、ディクシードが王都に乗り込み、壊滅の危機を引き起こしかけた、あの事件がきっかけだったはず。

 ――七年前だ。

 御仁の隠居、魔物、国守、王都の事件。その全てが、七年前を皮切りに始まっているのだとしたら……

 まさかな……考えすぎだ……

 寒気さえ感じ、身震いしそうになった時だ。

「どうしました、ランバート。顔色が悪いようですが?」

 つと顔を上げれば、涼し気な顔をしてパリスがこちらを見ていた。含むような笑みを、かすかに唇の端に浮かべている。

 こいつっ! こいつも気付いてやがるんだ!

「まこと青い顔をしておるぞ、レイゼン。体調でも優れんのか?」

「討伐は明後日ぞ。管理を怠っておるのではないのか? 近衛の隊長ともあろう者がそんな様子では、殿下の御身をお護りできるのか疑問じゃな」

 案じてくれているのはダニロ男爵だった。一方で、向かいの陣営に居座るボルコフ卿の腰巾着が、容赦なく皮肉ってくる。

 周囲の面々をサッと見回したランバートは、誰もが普段通りである事に安堵していた。この懸念に行きついているのは、今のところパリスのみだ。御仁と我が主君は、七年前の総括した出来事に一枚噛んでいる可能性は高いが、他の面々は思い至っていない様子。

 安堵し、注目を浴びている局面を切り抜ける為に一つ咳払いをした。

「少々、腹の調子が悪いようでして……失礼しました」

「まったく、あなたという人は――」

「わりぃな、パリス。昼飯が悪かったようだ。誰かさんのおかげで、ずいぶん後になっちまったからな」

「嫌味ですか」

「まぁ、ケツの穴は締めとくから、安心してくれや」

「いっそのこと、詰め物でもしておきなさい」

 詰めておけか。こりゃあいい。

 隣の席で、御仁が肩を震わせて笑っていた。その向こうでは、三人の良識人達が苦笑しており、阿呆どもはランバートを馬鹿にした薄ら笑いを浮かべている。労働者階級出身である自分を、どこまでも見下した笑みだった。

 うんざりだ。阿呆どもめ。

「ケツの話題がお気に召したようですが、話しを戻されてはどうですか、御仁。私が物を言う度、討伐の話しから逸れてしまいそうですが?」

「つくづく面白い男だ。自分で言っておきながら、口をつぐむから先を進めろとは」

「お褒めに預かり光栄の至りに存じます」

 皮肉を返せば、またジジィは笑んでいた。そうしておいて、ジジィはパリスに視線を投げた。

「パリスにも聞くとしよう。数日前のガーデルードでは、国守にお会いしているのではないかな?」

「おっしゃる通りです。私の目からでは、国守の異変は感じ取れませんでした。しかし、例の娘の生気を食らったというのも事実です。御自らが、そのように口にしておいででした。“娘のおかげで助かった。だが、未だ思うようには動けんのだ”、と」

「動けんと仰ったのか……。あの国守が、人の生気を食らわねばならんような、忌むべき状況下に置かれているのか」

「ダニロ男爵閣下。それは、一概には言い切れないと思います。殿下の話では、娘の生気は相当に匂うそうです。それに加え、私やランバートでもハッキリ感じ取れる生気を、ただただ垂れ流しておりました。国守に食われた後にも関わらず」

「尋常ではない生気の持ち主のようだな。噂には聞いておる。二日後には己の足で歩いていたとか」

「その噂に誤りなどありません。世話になると頭を垂れた所作も、城の下女よりも確かなものでした。あれは翌日であったと記憶していますが、その時は既に歩いておりました」

「なんとっ……翌日とは驚いた。信じられん」

 頷いたパリスは、しかしながら娘の生気の大きさは、国守であれば直に気付いたはずだと付け加えた。

「少しばかり分けてもらおうと、常にない感情をお持ちになったのかもしれません。ですから私個人の見解としては、非常下にあったとは一概には言い切れないようにも思うのです」

「うむ……確かに」

「反面、先の通り、国守ご自身が思うように動けないと仰っていますから、そういう意味では、非常下に置かれているのは確かとも思います」

「非常下にはあるが、急を要するほどではないと?」

「ガーデルードで受けた印象を追って考えると、そのような結論に行き着きます」

「お前の目は確かなものだ、オーディリック。信じても良いかと思うのだが、皆はどうかな?」

 コーエン卿の問い掛けに、要人達は鷹揚に頷いた。

「レイゼン。お前もその場に居合わせた一人と聞くが、その目から見ても国守の挙動は普段通りと思えたか?」

 おっと。

 傍観に徹したつもりはなかったが、コーエン卿の問いは思いもしないもので、ランバートは多少驚いていた。パリスのみならず、このお方は無爵位の自分の目をも買ってくれているようだ。

「正直なところ、私は以前の国守を知りません。先日初めて拝顔する機会を得たぐらいです。以前に比べてどうだったかと問われれば、どうとも申し上げにくいというのが本心です」

「うむ」

「しかし確かに、切迫した様子ではないとも感じました。パリスと同じ見解であると、それだけ申しておきます」

「よかろう」

「コーエン卿、ここは一つ、御仁に謁見して頂くのはいかがなものか?」

 言い出したのはダニロ男爵である。

「我らがここで国守の様子を推し量ったところで、実際はどうであるのかと、それを知る術は一つのように思うのですがな」

「それも最もだな、ダニロ殿。御仁、この機に国守との謁見は望めませんか?」

「それは可能だが――」

「コーエン」

 誰もが一目置く御仁の言葉を遮ったのは、これまで黙りこくっていたディクシードである。阿呆どもは目に見えて固くなり、かたやまともな良識人達も、固唾を呑むように次の言葉を待った。

「それは、城に残す」

 それとは何を指しているのか。言葉足らずな主君の言いように、コーエン卿を含む面々は、少しの間考える必要があった。しかし御仁だけは、相も変わらず好々爺然と聞き返すのである。

「殿下。私めに、城に残れと、そういう事ですかな?」

「…………」

「ふむ。老兵には留守番が懸命と申されますか……。確かに、隠居して長いこの身には、前線はこたえますな」

「…………」

「聞いての通りだ、コーエン殿。皆も殿下の意向を汲まれた事と思うが、私も老体に鞭打つつもりはない。討伐後に謁見の機会を賜るというのも、遅すぎるわけではないようにも思う」

「老体などと……またご謙遜を」

「いやいや、ダニロ殿。鍛錬を欠かさずとも、体の衰えは日々感じるものだ。貴殿も、いずれは実感しよう」

 ジジィめ。よく言いやがる。

 内心では、御仁をジジィとこき下ろしているランバートだったが、この自称老兵の腕が少しも鈍っていない事は知っている。

 ジジィ面をした物言いはするが、その実、御歳五十八という若さである。二人きりともなれば年寄りじみた気配を一掃し、気分が乗った時なんぞ、“君”、などと気取った呼称でランバートを呼ぶ事もある。雰囲気で言葉遣いを巧みに使い分ける、何とも小洒落たジジィなのだ。

 見た目も四十過ぎにしか見えず、いくつも年下のボルコフ卿の方が老けて見える程だった。ご令嬢や下女達の人気も高く、下町の娘とて御仁を見れば熱を上げる。未だ独身であるのが不思議だと、皆が口を揃える御方でもある。

「ではこの度の討伐は、私めは城の守りに徹する事としましょう。国守との謁見は、討伐後に落ち着いてから日取りを組むという事でよろしいですかな、殿下」

「…………」

「満足されたようで何よりだ。なぁ、コーエン殿」

「はぁ……」

 勝手に結論に行き着くあたり、さすがだなと思うランバートだった。ディクシードとの会話で重要なのは、聞く耳を持つ事ではない。察する事だ。

 結論を受けて黙るのは、ディクシード自身が満足しているからだ。寡黙な主君ではあるが、異論があれば即座に切り捨て新たな指示を出す。行き着くまでの経緯は説明不足で終わるものの、結果として最善の指示を寄越してくる。

「さて……本題に入ろうか、パリス」

 口調は変えず、だというのに必要以上の重みを持たせた御仁の催促だった。

 国守への対策も立てた。日取りの変更が不可能であると皆が認識した。よって、作戦内容へと議題を移せと命じているのだ。

 室内に緊張が走るのを感じ、ランバートも自然と背筋が伸びていた。

 たったの一言が、一癖も二癖もある武将達の緊張を押し上げている。上に立つ者を統べる資質をまざまざと見せつけられ、自分もいずれこうなりたいと思わされた瞬間だった。

「そのように。作戦の概要に移りましょう。お配りした書類をご覧下さい」

「悪いが、パリス。私の目には君の流麗な字が見づらくなってしまってね、読み上げてはくれまいか?」

「おっしゃる通りに、御仁。では、補足を踏まえて読み上げます。ガーデルード討伐作戦概要――」


 ◇◇◇◇◇◇


 小町の同行を必須とする作戦が、パリスによって読み上げられていく。

 その内容は、町村に配置される警備兵、囲い込み要員となる歩兵および騎兵、平地での前線兵、後方支援の衛生兵と、あらゆる兵の動きが時系列で並び、仔細の一言に尽きるものだった。ある者は書類に目を落とし、ある者は腕を組んで目を閉じと皆が静かに聞き入り、室内の物音と言えばパリスの声音のみとなった。

 当初、ランバートが主君から知らされた概要は、小町自身が生気を解放するというものだった。しかし、どれほど生気を叩きこんでみても訓練は進展せず。変化を期待できないと判断した主君は、小町に与えてある対価の石の生気を解放すると決断した。それが、この作戦に加えられた新たな一行である。

 石を砕くだけとはいえ、バカ高い価値ある石を破壊すると聞かされ、ギョッとしたものだ。ギョッとはしたが、小町の生気が要であることに違いなく、自分の懐が痛むわけではない。折り合いをつけるのに、さして時間はかからなかった。

 ここで問題となったのは、誰が、どこで石を破壊するかだった。ただでさえ強い娘の生気を数日分蓄えた石だ。破壊と同時に一気に放出される生気は計り知れず、それに耐え得るだけの強い生気を持った人物でなければならない。ランバートが思いつく限り、主君か、あるいは当人の小町だけである。

 同時に、前線での解放は避けなければならくなった。集う一万強の兵の中には、距離をとったとしても強大な生気に対抗できる人間など、わずかほんの一握りというのも事実だ。ランバートとて、間近で浴びて耐えられる自身はない。つまるところ、国守の協力が得られる森の中での解放となる。

 では、森のどの辺りか。中央の泉付近では前線まで遠い。かといって前線近くでは、森の奥にいる魔物が嗅ぎ付けるまでに時間がかかり、囲い込みの兵への負担が大きくなる。強者を集めた前線に出来る限り魔物を寄せてくるには、どの辺りが適しているのか。なかなか難しい判断である。

 ところが我が主君は、小町に新たな石を与える事でそれを解決した。討伐開始までの残る一日半をかけて、その石に生気を蓄えるというのだ。

 これまで蓄えてある元来の石と、新たな石。その二つの石の生気を二手に別れて開放する。中央の泉付近で元来の石をディクシードが開放し、時間差を置いて新たな石を前線近くの森の中で小町が開放する。後は魔物を惹き付けながら平地へと戻り前線に立つ。危険でもあり、可能でもある。

 むろん小町には護衛が付く。近衛騎士三十名に加え、国守が寄越したあの二匹の猫モドキ――高位の聖獣という、魔物への牽制にはもってこいの存在が同行する。危険度が増すとはいえ、あの二匹がいてくれれば護り通す自信はある。大いに。しいていえば、二匹にはあまり近付きたくないというのが本音だった。

 常に前線に立つという王都との成約がある主君。素性の知れない、情婦と噂されている国守の客人。想定される被害の大きさ。

 あらゆる側面から考慮した結果、これが最善の作戦であると思われた。

「全兵の配置は午前七時までに完了。同時刻に泉付近での生気の解放、およそ十五分後に平地付近での生気の解放を行い、のろしによってそれぞれを確認。殿下と娘が戻り次第、討伐開始となります。なお、娘が乗り込む車は衛生兵の天幕を避けた後方に配置し、警護は殿下と近衛、ジニアス・サンドラの隊で行います」

「…………」

「…………」

「討伐開始は七時三十分とし、完了予定時刻は未明ですが、死傷者の確認、および負傷者の手当て、その他諸処の事後処理を済ませ、殿下の帰城は夜間に及ぶと推測されます。帰城に関しましては、国守との会談が長引く可能性がありますので、目処が立ちしだい、追って各所に伝令を走らせる事とします」

「…………」

「…………」

「では最後に、記載してある刻限についてです。全てにおいて、あくまでも予定であると前置きますが、討伐開始の刻限は厳守されるものとし、いかなる事象が発生しても、開始刻限の七時三十分を支点として指揮するよう願います。殿下も同様、刻限までには娘と共に必ず戻られるとの事です」

 以上だとパリスが締め括っても、誰一人として口を開く者はいなかった。娘が同行すると聞き、不快そうにする者はいたが、公然と異議を唱える事はない。

 長く沈黙が続いた。

 静寂の中、御仁が机に書類を置き、ゆったりとした動きで椅子の背にもたれた。

 くるぞ。

 そう思って身構えていたランバートだったが、意外にも口火を切ったのはボルコフ卿で、その内容も意外なものだった。

「殿下、事前にオーディリックから聞いておりましたが、私としましては、この作戦に依存はございませんぞ」

「なんとっ、ボルコフ殿! 貴殿は、客人を同行させても良いと言うのかっ」

「狼狽えるな、ダニロ。目上の者へのそのような口の利き方、弁えを知らんのか、貴様は」

 以前までは同じ男爵位であったくせに、そう言って侮蔑の眼差しを向け、自分の立場が上なのだと誇示する阿呆閣下である。あからさまな態度にダニロ男爵が目を剥くも、隣席のコーエン卿に諭され引き下がる事になった。

「ボルコフ殿。貴殿も分別のある言葉を口にせねば、いさかいの種を己の口で蒔くようなものぞ。先を見据えた物言いをされてはどうかね?」

「これはこれは、コーエン伯爵閣下。不肖このボルコフ、閣下の有難い御言葉を肝に銘じておきましょう」

 しらじらしく頭を下げ、阿呆閣下は取り澄まして答えた。

 この男にとっては、地位――すなわち、爵位こそが全てだ。

 上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、最後に士爵。コーエン卿は辺境伯と呼ばれる伯爵位を持ち、言わずと知れた貴族階級出のお方だ。子爵位のボルコフ卿よりも目上に当たるのである。

 ボルコフ阿呆閣下様が男爵位なら、コーエン卿は侯爵位を賜っても申し分ない人格者だと常々思っているランバートは、あからさまな阿呆閣下に対して、阿呆阿呆阿呆阿呆……と十回ほど心の中で連呼していた。

「ならば、ボルコフ殿。何ゆえ依存がないのか、聞かせてはくれまいか。私としては、お客人――それも女を同行させ、あまつさえ餌にしようなどという作戦には、両手をあげて賛成とは言えないものでな」

「ダニロ殿の言う通りだ、ボルコフ殿。私も賛成できかねる。我が部隊の兵達は、女が同行すると聞けば動揺する。士気の低下に繋がりかねん」

「客人とはいえ、素性の知れん娘と聞いております。そのような娘を国守のおわす地に同行するのは、何かあってからでは遅いと思うのですが、貴殿はどう考えておられるのか?」

 ダニロ男爵に続き、コーエン卿と、もう一人のまともな要人とが、立て続けに意義を唱えた。

「懸念も全て考慮して申しておりますれば、何を言われようと依存はございませんぞ」

「ボルコフ殿、それでは返事になっておりませんな。いかような経緯を得て、そう申されるのかと問うておるのに」

 いや、まったくもってその通り。質疑になっていない。どうせ武勲を挙げる事しか考えていないのだろう。

 パリス側に取り込まれていながら、小町の同行を阻もうとしない事に面食らいはしたが、所詮は阿呆閣下だと結論に至ったランバートである。

 これも、小町の読み通りか否か……

 会議前、あの娘はパリスの思惑について、こう言い切った。

 ――パリスは、阻止しないわよ。

 同行を諦めなければ王都に走る。パリスにそう脅されているくせ、阻止しないとはどういう事か。はっきり言い切る根拠が知りたくなり、率直に尋ねてみた。

 ――根拠ってほどのものではないけど、その方が彼にとって好都合だからよ。あの人は私をデイックスのお相手にしたいんでしょう? 王都の後ろ楯を得る事で拘束力が増すんだから、都合がいいじゃない。それに、外堀から埋めるっていうのは、表立って動かないって捉えることもできるし。私だったら、まず拘束力を上げといて相手を牽制する。その後は適度に泳がせながら、水面下で材料を揃えるわ。

 ――やっぱり……彼には枷をはめる他ないのよねぇ。腹が立つ話、ひねくれ具合は私と似たり寄ったりだもの。

 しゃあしゃあと、そんな事を言ってのけたのである。言われて初めてパリスの視点で考えてみたが、妙に納得してしまった。パリスと小町の性質を、ひねくれ具合という秤にかけてみれば、なおさら納得できてしまう。よくよく己を知り、パリスをも知っているという事だ。

 そんなに面識はないはずだと思いはしたが、ランバート自身、女が苦手だと見抜かれた覚えもある。あの時も、観察力、洞察力共に優れている娘だと直感で悟った事だった。

 枷をはめる好機を逃すまいと、会議に出席させろと最後までゴネた小町だったが、頑固さにかけては主君も似たり寄ったりで、ランバートとて譲らなかった。最終的には小町自身が幕を引き、同席を諦めてくれたが。

 ――多数決は却下。私の同席は公正かつ公平な手段で決めましょう。ランバート、コイン持ってる?

 コインとは何だと問えば、金貨、銀貨、銅貨のいずれかを持っていないのかと聞き返され、渋々ながら、銅貨の中でも一番安い小銭を引っ張り出した。手渡せば娘は表裏と興味深そうにしげしげと眺め、親指の爪の上に乗せ、二人の前に突き出した。これが表かと問われて頷くと、満足げに頷き返され、公正かつ公平な手段について話し始めたのである。

 ――このコインを弾いて決めるわね。表が出れば私は同席、裏が出れば潔く諦めて会議の後に機会を伺うわ。

 言うなり器用に小銭を弾き上げた。そして、落ちてきたそれを左手の甲で受け、即座に右手で覆い隠す。なんともまぁこ慣れた所作で、感服ものの俊敏な動きに呆気に取られ、そうこうしているうちに判決が下った。

 ――緊張の一瞬よ。さぁ、どっちかしら?

 それはそれは楽しそうに呟き、次の瞬間にはブスくれていた。手の甲の小銭は、裏を向いていたのだ。

 ゴネまくった割に呆気ない幕引きとなり、面白い余興ではあったと思う。今頃あの娘は、兵舎という檻の中で何をしているのだろうか。

「ならばそちらの四名は、依存はないと言い張るのだな?」

「これまで殿下のご判断に過ちなどあったでしょうか、コーエン伯爵閣下」

「それは根拠とは言わん。確かに幾度となく局面から救われてはおるが、我々が納得できる状況下にあった。こ度の状況を、貴殿らはどう納得されたのか」

 舌戦は依然として続いており、いつもの事ながら、誰一人として主君に直接問う者はいない。どのような経緯でここに至ったのか、何を根拠に作戦を立てたのか、と。

 敬っているというよりも、恐れているからだ。

 唯一、ディクシードと対等に物言える御仁は、概要を聞いてからというもの、ずっとだんまりを決め込んでいる。老兵は身を引くぞと決めたのか、はたまたディクシードの判断を推し量っているのか。

 さてさて、ここらで出番ですかね、コマチ殿。

 ――頼んだわよ、ランバート。こうなったら、あなたとディックスにお願いするしかないわ。

 ――頼まれても俺に権限はねぇぞ。発言したところで、お偉方が聞いてくれる保証はねぇんだ。

 ――確かにそうかもしれないけど、発言する事に意味があるわ。あなただって、私が剣を習いたいと言った時、聞こうとはしなかったじゃない。でも、ちゃんと耳を貸してくれたわ。

 ――あんたがやったアレを俺にやれって言いたいのか? 役者が違うだろうが。

 ――あなたのやり方でやれって言ってるの。それに、味方にしたいなら何でも話せと言ったのはあなたでしょう? 何のために話したと思ってるのよ。働いてもらうわ、もちろん。拒否するなら乗り込んでやるから。

 ――テメェ、牢屋に放り込まれてぇのか? あぁ?

 ――言っとくけど、ディックスはそんな真似しないわよ。そうでしょ、ディックス?

 これが出際の押し問答。要するに代弁を頼まれたわけだが、まったく、人遣いの荒さもパリスと似たり寄ったりだ。ディクシードを使った牽制も忘れない周到さ。とんでもない娘である。

 一息ついたランバートは、舌戦の切れ間を見計らい口を開いた。

「コーエン卿、経緯については私から――」

「黙っておれ、レイゼン! 近衛風情が出しゃばるなっ!」

 テメェに言ってねぇんだよ、阿呆が。テメェが黙れ。

 ボルコフ卿に怒鳴りつけられ、ランバートは不快さを隠しもせず顔に出した。

「そんな事は重々承知で言ってんですよ。お言葉ですが、閣下がしっかりした根拠を示していれば、これほどの問答にはなっていないと思いますがね」

 この阿呆閣下が主君の意向を汲んでいるとは思っていない。それを代わって提示してやろうというのに、感謝される覚えはあっても、近衛風情と罵られるいわれはない。

「何だ、その物言いはっ! 貴様、それでも騎士の端くれか!?」

「これでも一応、相手によって使い分けてますんで、心配には及びませんよ」

「黙れ、レイゼン! ああ言えばこう言うとは貴様の事だ! 屁理屈ばかりこねよって」

 テメェは屁理屈にもなってねぇがな。

 そうは思いはしたが、グッと言葉を呑み込んだ。阿呆に取り合うだけ時間の無駄だ。聞き流せばいい。

 怒鳴りまくる阿呆閣下を、腰巾着の一人がなだめたが、下に見ている人間に苦言を呈される形となり、阿呆閣下の怒りは鎮まる気配がない。それどころか、更にランバートを罵り続けた。

「貴様のような下級あがりの人間は、黙って殿下をお護りしておればよいのだ! たかだか近衛の隊長風情が、何を勘違いしておるのか! 恥を知れ!」

 んのヤロー……

 罵詈雑言を聞き流していたランバートではあるが、堪忍袋にも限界がある。

 “ディクシード付近衛騎士”。この職をまともに知りもせず、よくも言ってくれる。ここに就きたいが為に、どれほどの騎士達が腕に磨きをかけようと、日々必死になっていると思っているのか! クソがっ!

「ランバート」

 制するように呼びかけてきたのは、他でもない主君である。

 言いたい事は分かっている。相手にするなと言うのだ。矜持を捨てろと。

「これは、殿下。見苦しいものをお見せして申し訳ありません。そこな思い上がりの激しい男めが、弁えも知らず出しゃばるものですから、つい怒鳴りつけておりました。殿下の御身を護る事こそが近衛の勤め。このボルコフめがしかと申し付けましたので、何とぞ――」

「黙れ、ボルコフ」

「――は?」

「黙れと言っている。その口を閉じろ」

「っ!」

「…………」

「…………」

 さめざめとした一瞥を受け、ボルコフ卿が息を呑んだ。ボルコフだけでなく皆が押し黙る。

 そうして静かになった部屋に、ディクシードの放つ冷気が満ち始め、瞬時に感じ取ったランバートは、自身の生気を解放して身構えた。

「それほど私の身を案じるなら、貴様がそれに代わって近衛を務めてみるか」

「……っ!」

 ランバートに遅れる事わずか、何の冷気か悟った要人らも、怯みながらも生気を解放した。先だって身構えていられたのは、普段から主君に近しいパリスとランバート、それに加えてディクシードの後見を務めていた御仁。この三名だけである。

 ボルコフ卿などは、ずいぶんと遅れた開放となった。

「それら近衛は、私にいつ殺されるかもしれんと日々怯えながら、それでも鍛錬に励む。その積み重ねが今のランバートのように、即座に身構える事を可能にしている。貴様の反応がどれほど遅れたか聞きたいか」

「…………」

「“死”への恐怖と常に隣り合わせにあるのが、貴様が侮蔑した男の近衛という職だ。我が身が可愛い貴様には真似ごとすらできまい。その近衛を敬いこそすれ風情と片付けてしまえるとは、貴様の口に呆れ果てた。思い上りが激しいとはよく言ったものだ、ボルコフ。恥入るのは貴様のその口と知れ」

「そそそ、そのようなつもりは――」

 慌てふためくボルコフ卿など気にも留めず、ランバートは抑揚のない主君の言葉に聞き入っていた。自然と怒りも鎮まっていく。

 これだから、この男について行こうと思うのだ。

「コーエン。貴様も根拠を問うなら、なぜ私に直接聞こうとしない」

「…………」

「貴様だけではない。貴様らもだ。なぜ誰一人として私と目を合わせようとしないのか。よほど私が怖いと見える」

「…………」

「…………」

 窓ガラスに霜が付き始め、机の端が奇妙な音を立てて凍結していく。吐く息さえ既に白い。

「あれが同席していたなら、貴様らも私も噛みつかれていたはずだ。なぜ何も言わない、何も聞かないのかと。あれはそういう娘だ」

 ディクシードの表情が、見たこともない自嘲じみた笑みを刻んでおり、ランバートは目を見張る事となった。

「……憂いて……おられるのか……」

 真横から聞こえた呟きは御仁の口からこぼれたもので、聞き咎めたランバートは横目で表情を盗み見た。主君の境遇を嘆き、御仁もまた憂いているように見える。

「私の預かる娘は、討伐の気配を嗅ぎつけ、反応を示した。それ以来、あれと討伐の話をする度、決まって耳にする言葉がある。被害を抑える為に最善を尽くせ、使えるもは何でも使え、と。ここに来る前も、同じ言葉を繰り返した」

「…………」

「…………」

「あれは“死”というものに敏感に反応する娘だ。被害が膨らめば、嘆き、悲しみ、心を痛める。例え見知らぬ土地の民であろうと関係なく。自身の生気をエサ代わりにすると聞いても嫌悪せず、ためらいもしない。自分であれば同じように決断するとさえ言う」

「…………」

「…………」

「だが貴様らは、あれを素性の知れん娘と位置付けただけだ。この国の民でもない娘が、この国の民を想い、嘆き、我が身を危険に晒す事をも厭わんというのに……貴様らのそれは、いったい何だ」

 そう言った主君は静かに立ち上がり、扉へと歩き始め、ランバートの後ろに来ると一度足を止めた。

「何を呆けている、ランバート。聞く耳を持たせるのが私の役目なら、お前はあれの代弁を果たせ」

「……お前……出て行くのかよ」

「私が退室せねばその氷塊は溶けまい。何より、これほど実りのない会議で暇を潰すより、あれと話をしている方がよほど実りがある。後の事はお前に任せる。ブライバスを使え」

 おいおい、御仁を使えだと? 冗談だろ? 荷が重いってもんじゃねぇぞ。

「コーエン。あの娘は私に指揮権がないと聞き、憤慨していた。その後はこの会議の中で、最も思慮深い者が前線の指揮を取るよう、私に配慮してくれと願い出てさえいる。この中で見る限り、お前が適任かと思っていたが……私の検討違いか」

 扉を押し開く音が室内に響いた。

「怯えるなと言うつもりはない。だが……願わくば、せめてお前の口から、あれの身を案じる言葉を聞きたかったものだ」

「っ! 殿下っ! お待ちくだされ!」

 即座にコーエン卿が動いたが、椅子の脚が凍りつき、立ち上がる事さえままならかった。ようやく動けるようになった頃には、ディクシードの影は既に廊下から消えており、コーエン卿は肩を落として室内に戻った。

ご覧いただきありがとうございます。

年末年始の予定をどうしようかと悩んでいる作者です。年始早々の更新は難しそうなので、ここでご愛読いただいた皆様にご挨拶を。


本年は長らくお付き合い下さり、ありがとうございました。

来年も長らく続きそうですので、よろしくお願いいたします。

至らぬ作者ですが、今後とも見放さず、お付き合い下さいませ。


こんなんでいいんだろうか……。


さて、『本会議』はいかがでしたか?

主人公は登場しませんが、武将達の微妙な力関係が見え隠れする内容になるよう、気を遣って書いたつもりです。誰に力があって、誰が見聞が広いのか。そして誰が阿呆なのか。

明確になりすぎるとリアリティーもなくなりますし、何よりバカみたいな雰囲気になりますから、壊さないように注意して書いたつもりです。できてるかなぁ……。

あと心配なのは、武将たちの言葉遣いです。

水戸黄門、暴れん坊将軍、遠山の金さんが大好きだった作者ですから、どうしたって、“拙者”、“ござる”、の方向へ走ってしまいまして、いかんいかんと何度も方向修正をしたことでした。それでも自信がありません。

立派な大学も出ていませんから、文法もめちゃくちゃだと思います。なので、ご指摘いただければ幸いです。

感想、ご指摘、お待ちしております。


では、また次話の予告(?)らしきものを……。

前回、今回と重めの雰囲気になりましたので、次話は小町サイドのお話を軽めに書く予定です。

お楽しみに。

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