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二輪の騎士  作者: 小町
第二章
47/84

第46話 動き始めたもの

 要人らの応対を済ませたランバートが、ようやく兵舎に戻ってくると、小町の姿は既になく、訓練に付き合っていたはずの部下の姿もなかった。リディオだけが残っている。

 これはどうやら、ディクシードの迎えが来た後のようだ。

「昼、まわってんのかよ」

「お疲れ様です」

「……おう」

 歩み寄ってきた副官に小さく応じ、ランバートはガックリと項垂れた。

 何とか御仁をやり過ごし、一息ついたかと思えば、続け様に来訪の報せが入ってきた。おかげであっちこっちと駆けずり回り、気付けば昼を過ぎている。

 こんな予定ではなかった。ちょこちょこ訓練に顔を出し、小町を冷やかしてやろうと考えていたのに。

 そんなランバートの内心を知ってか知らずか、副官がいつもの口調で言った。

「一足遅かったですね。コマチなら、ついさっき、殿下が連行して行かれました」

「連行だと?」

「そうですね。あれは、連行って言葉がピッタリでしたから。なかなか面白い見せ物でした」

 経緯は不明だ。だが、渋る小町の首根っこを掴み、ディクシードが引き摺って行ったのだろうか。猫モドキ達の様子を見ていただけに、あの再現ではないのかと、何となく想像できてしまう。

 そりゃ、かなり面白かっただろう。見逃してしまった。

 再びガックリと項垂れた。

「また見れますって。話題性に富んでますから、コマチは」

 確かに。

「随分と来訪があったみたいですけど、要人方も彼女の存在が気になって仕方がないんですね、どうにも」

「ああ。ツラを拝んでやろうって魂胆が見え見えだ。ここには来なかっただろうな?」

「安心してください。どなたも見えてません。出入りしたのは、うちの連中ばかりでした」

 それを聞いたランバートは、よしよしと自分に賞賛を送る。

「なら、俺の仕事も上々だな。あしらうのに時間を食っちまったが、その甲斐があったってもんだ」

「予定の前倒しってとこですね。あと数名ですか?」

「だな。このぶんなら、後々、顔を出せるようになるだろ。やる事は他にもあるんだが……」

 言葉尻を濁すと、リディオに大変ですねと他人事のように同情され、ランバートは渋面を浮かべていた。

 いずれこの男も、遅かれ早かれ、自分と同じ職務を担う時が来る。当人も分かっているだろうに、今は傍観役に徹しているようだ。

「で、隊長。どっちの報告から先に聞きますか?」

「おっ? あいつら、戻ってるのか?」

「…………」

 含みを帯びた横目を向けられ、ああそうかと思い至る。

 自分の中の感覚が未だ昼になっていないだけで、実際には昼を過ぎているのだ。早朝から走り回っていた部下達も戻り、報告を済ませ、今頃は昼飯をとっているはずである。

「訓練の話も気になるが……まぁ、状況確認が先だろうな」

「そう言うだろうと思って待ってたんですよ」

「すまんな」

「いえ」

 討伐を明後日に控え、明日からは本格的に動かねばならない。ガーデルード近隣に住む民を、一時的に避難させるのだ。

 魔物の討伐ともなれば、小規模なものなら事前に準備する必要はなく、いくつかの隊を編成し、現地に行って、ぶった斬ってくるだけでいい。

 しかし今回の討伐は、そんな簡単なものでは済まされない規模となる。魔物の数は国守が手を焼くほどに増えており、もとより兵も少なく、被害は相当なものになると予想できた。むろん、民の中から被害を出すわけにはいかない。

 最悪の事態を想定し、その範囲内にある町や村から、一切の人の影を排除する必要があった。明日は一部の兵を城に残し、その他の兵は避難する民の誘導に奔走せねばならない。丸一日を費やして。

 避難に該当する区域には既に連絡が入り、数日前から受け入れ先の確保や、野営地の設営に若い人間が動いている。人手の足りない所には兵も出ていると聞く。

 そのため部下一同には、受け入れ態勢に抜かりがないか、最後の確認に出てもらっていたというわけだ。

「気の早い民は避難を始めているようです」

「んぁ!? 早すぎだろうが! 受け入れはどうなってんだっ」

「それが、受け入れ側の町村も万全のようです。思っていたよりも以前から動いていたようで、教会が積極的に活動していたと聞きました」

「教会がか? ……まさかとは思うが……」

「ええ。そのまさかの聖騎士です」

「くそっ! 連中まで動いてんのかっ」

 胸くそ悪い。そして気に入らない。

 ついつい毒づいてしまったが、リディオも同意だと頷いている。

「聖騎士を見かけたのはガッセだけのようですが、たまたま目撃したと言ってました。なんでも避難してきた民に、今回の討伐がいかほどに大事なものかと説いていたとか」

「どの口が言ってやがる」

「まったくです。ガッセも腹立たしいと憤ってましたよ」

「こらえたのか?」

「そりゃあ、あいつも殿下の近衛ですから。そこはグッと堪えて、見て見ぬふりをしたそうです」

 よし、後で顔を見たら労っておこう。酒でも奢ってやろうか。

「それから、イバンスが妙なものを見たとも言ってました」

「何だ」

「胡蝶です。教会の人間に話しかけていたと言うんです。教会側も邪険にせず、応じていたようで……何というか、妙だと思いませんか?」

 胡蝶というのは、高級娼館に身を置き、客を取っている高級娼婦を指している。本来なら聖職者と娼婦というのは相容れない存在であり、そんな二者に接点があるとは、かなり妙ではないかとリディオは言うのだ。

 確かに妙な組み合わせだとランバートも思う。

 常日頃から娼館を忌むべきだと民に説き、娼婦と関係を持つ事を、国が先だって禁じるべきだと言い続けているのは、何者でもない教会なのだ。国が認めている高級娼館についても、その内情と役割を知っていながら、制度を廃止せよなどと一方的な書面を送りつけて来るような連中でもある。

 はっきり言って、歩み寄る事さえあり得ない二者だ。

「和解したんでしょうか?」

「んなわけあるかっ。あの連中が娼館を認めるわけがねぇ。確実に何かある」

「気になります」

「ああ」

 そういえば昨日、ダリアが小町を訪ねてきていた。それも、パリスが連れてきたんだと小町は言っていたが……

 もしやあの男、討伐の話が出たあたりから、既に動いていたのではなかろうか。

「娼館側から歩み寄りを申し出たのかもしれん。ダリアなら……やりそうだ」

「そうだとするなら、パリスさんが絡んでますね」

「おそらくな。それならそうと一言いっとけってんだ、あのヤロー」

「聖騎士が出てくるとは、いくらパリスさんでも思い至ってなかったと思いますけど?」

「思い至ってようがなかろうが迷惑な事この上ねぇ話だ。明日になりゃ、どっかこっかで勃発するぞ。仕事が増えるだろうがっ」

「俺達は“いさめ役”ですか……。覚悟しとかないと、加勢してしまいそうです」

「まったくだ」

「それに、連中に借りを作っているようで、気分が悪いですね」

 リディオも苦々し気に毒づいている。無理もない。

 聖騎士の連中は、娼館どころか国に属する騎士とも相容れない存在なのだ。ランバートを含む騎士のほとんどが、“騎士とは名ばかりのいけすかない集団”だと思っている。 

 仮に、連中の協力のおかげで受け入れ態勢が整っているとしても、気に入らないものは気に入らない。聖騎士の手など借りたくはないし、逆に癪に障るというものだ。

「リディオ。うちの連中にも言っとけよ。聖騎士様がおいでになってるようだとな。間違っても喧嘩を買うなと釘を刺しとけ」

「了解しました」

 頼んだぞと添えて話題を変える。聖騎士の話など、これ以上はしたくない。反吐が出る。

「んで、コマチの訓練だが……やっぱ進展なしか?」

「残念ながら」

 リディオは複雑そうに頷いた。

 聞けば、恐々と付き合っていた部下達も、最後には呆れ返る程に、小町の生気に変化はなかったそうだ。出先から帰ってきた部下も加わり、総出で叩きこむという人外の試みも実践したようだが、まったくもって進展はなかったらしい。

 足踏み状態は、依然として継続中という事になる。

 会議までに何とか形になればと思っていたが、いよいよそれも難しくなってきた。このままなら、本当に作戦に大きな穴が空いてしまう。作戦自体も通らない。

 抜かりのない主君の事。何らかの手は考えているはずだが、今のところ、その話も聞いていない。

「ディクシードは何か言ってたか?」

「いえ」

「作戦の変更についてもか?」

「全く。俺達に話すと思いますか?」

「…………。わりぃ、思わねぇ」

「なら、そういう事ですよ」

 ランバートでさえ聞いていないのだ。近衛の副官とはいえ、リディオに話すとは思えない。信頼云々の話ではなく、ディクシードは一貫してこうなのだ。昔から変わっていない。

 小町が来てからというもの、様々な一面を見せてくれているが、それは小町に対してだけだ。それ以外の者への態度は以前と少しも変わらない。必要最低限の話をするだけで、他者と深く関わろうとせず、何者が相手でも決して寄せ付けようとしない。

 付き合いの長いパリスでも、近衛の隊長を務める自分でもだ。そして、親代わりである御仁でさえも。

「訓練自体は相も変わらずでしたけど、いくつか報告しといた方が良さそうな点がありました」

「んぁ?」

「何度か、うなされていました」

「……コマチがか?」

「はい」

 寝言を口走るわけではなく、時折、苦しそうにうなされていたと言う。もしや気が触れる前兆かと訝り、皆が一様におののいたそうだが、猫モドキの生気によって目覚めた小町は、いたってピンピンしており、普段通りだったそうだ。何度かそんな事があったと言う。

「昨日はそんな様子はなかったんで、俺もかなり焦ったんですよ」

「そりゃ焦るだろうな」

 ランバートは今朝方の小町の様子を思い出していた。

 昨夜、自室へと引き上げた小町は、瞼が腫れる程に泣いたようだった。討伐が現実的なものだと認識し、恐怖を感じたのだろう。もしかすると、失神している間に、前回のガーデルードの一件を夢に見たのかもしれない。

 そう口にすると、リディオも同意していた。

「それから、訓練の合間合間に、情報収集に勤しんでました」

 そりゃ何の話しだと問えば、リディオは来訪した要人の情報だと答えた。どうやら小町は、要人方の情報収集に余念がなかったらしい。

「最初は書く物をくれと言われたんですよ。何をするのかと思って様子を見てたんですけど、俺や、あいつらから仕入れた情報を書き留めてました。どんな人物が会議に出席するのかと聞かれたんで、肩書や表向きの情報だけ与えてあります」

「…………」

「そんな顔しなくても、殿下や軍に絡んだ事柄は伏せてありますから心配は無用ですよ。あいつらも、きっちり命令は守ってましたし」

 ふと感じた不安が顔に出ていたようだ。

「んなこたぁ心配してねぇっての」

 ディクシードの生い立ちや、軍内部の話は小町の耳に入れるなと命じてある。だが今感じた不安は全く別の懸念であって、部下が命令に背く事など微塵も心配していない。

 それなら何が腑に落ちないのかと問われ、いや、と一言だけ返してみせた。あくまでもランバートの中の懸念であり、今の段階ではハッキリしていない。

 口にする気がないと悟り、リディオもそれ以上は食い下がりはしなかった。

「御仁の事も聞かれたんで、それも表向きの話をしてありますが……隊長が訝っていた件ですが、本当に面識がないんじゃないでしょうか。コマチも何を疑われているのかと首を傾げてましたから」

「……そうか、それならいい」

 やはり小町の中には、御仁の記憶も残っていないようだ。予想通りと言うべきか。

 御仁の方も小町の存在を気にしていたが、市井の人間がディクシードの預かっている娘に興味を示すような、その程度のものだった。ランバートが小町の名を口にしてみても、その娘はどこから来たのか、娼婦という噂は本当なのかと、ありきたりな事ばかり尋ねてくる。

 ランバート自身、あの御仁がおいそれと本心を見せないだろうと踏んでいたし、単純な人物ではない事も重々承知している。つまるところは想定内だった。

「ただ、俺が……顔を見たら思い出すかもしれないと指摘したら、それにはコマチも頷いてました。だからたぶん、顔を見てやろうと目論んでると思います」

「構わん。動き回られるのは……まぁ、困るっちゃ困るが、ある意味好都合だ。面識があるなら、そこでハッキリする事もあるだろうからな」

 多少の咎めは覚悟していたリディオだったが、好都合だと言われた事で安堵して頷いた。

 それから補足として、他の要人の話をした時の小町の様子を報告し、御仁と同じように面識はないように感じられたと締め括る。

 ランバートは終始、聞き役に徹していた。

「隊長が言ったように、コマチは何も知りませんでした。面識どころか、要人方に関する知識も全くありません。御仁ほどの方でさえ知らず、その功績に関する知識も、からっきしなんです。他国にまで名を馳せている方だというのに」

 泣く子も黙るとはよく言ったもので、ブライバス卿の名を聞くだけで、市井の子供でさえ偉大な人物だと恐れ、敬う事を忘れない。領地に住む民は、御仁の治める地で暮らしている事に誇りを持ち、胸を張って生きている。

「功績についても食いついてきませんでした。なんで、それに関しても一切触れていません。無知だとは思ってましたが、これ程とは」

「…………」

「隊長はコマチの無知さを危険だと言ってましたけど、理解できた気がします」

 リディオはそう言って、戸惑うように視線を泳がせた。理由を口にするのをためらっているように見受けられ、ランバートは黙ったまま、視線で続きを促した。

 すると副官は、意を決したように口を開き、そうかと思えば、やはりためらうようにポツポツと話し始めた。

「コマチが……ここで昼をとらないかと……殿下に、そう言ったんですよ」

 これには、さしものランバートも瞠目した。

「まさか……ディクシードのやつを……飯に誘ったってのか……?」

「……はい……」

 絶句するランバートを尻目に、リディオはその顛末を話して聞かせた。

 迎えにきた主君を目にして、小町は大人しく自室に戻ろうとしていた。昼をとって戻ってきたら、また訓練に付き合ってくれと騎士達に言い置いて。

 そのまま広間を出るのかと思い、皆が動向を見守っていたのだが、思い出したように猫モドキ二匹に向かって、飯だと言ってチョイチョイと手招いて見せたのだ。灰色の方が即座に応じ、白い方も腰を上げて小町の元へと向かう。

 一連の様を目にし、皆が揃って瞠目していた。

 聖獣に餌を与えるなどと聞いたこともなく、リディオとて驚き、そして呆れ返ってしまった。この娘は、聖獣をそこらの獣と勘違いしているのではないのかと。

「つい、餌付けかと口にしてしまいました」

 すると小町は、餌付けがいかに大事であるかと話し始め、リディオにも是非ともやってみろと言い出したのだ。何でも二匹は、パンがお気に入りなのだそうだ。

「今思えば、パンを食う聖獣というのも驚きなんですが、それよりも呆れ果ててしまって……言葉もなかったんですよ、俺」

「だろうな」

 同情的な目を向けられ、リディオは小さく息を吐いた。

「いかにも名案だといった様子で、ここで飯をとれないのかと言い出して――」

 むろんディクシードに却下されたのだが、それでも食い下がった小町は、問題の発言を口にした。


 ――あなたも、ここで食べたら?


 あの娘らしい発言だと思い、ランバートは盛大に舌を打った。

「場が……凍りつくかと思いました」

 それはそうだろう。あのディクシードを飯に誘うなどと……未だかつてない。

 主君の生い立ちを知っているからこそ――だからこそ、誰も口にする事はない。

 無知であるが故の言葉だ。

「ディクシードのやつは何と言った」

「無言です」

 やはり……か。

 やはり主君は、己の素性を小町に話していないのだ。だから押し黙った。

「妙な空気になったと感じたようで、小町も首を傾げてました。どうしてなのかと」

 その後は件の連行となった。わけの分かっていない小町を荷物のように担ぎ上げ、主君が有無を言わさず連行して行ったそうだ。

「お前、面白かったと言わなかったか?」

「連行自体は面白い見せ物でした、間違いなく」

 なんでも、廊下にまで抗議する小町の声が響いていたと言う。横に抱けないのかと。

「そりゃあ確かに面白かっただろうよ」

「はい」

 頷いたリディオは、何とも言えない表情を作り、視線を伏せてしまった。

「でも……俺も、あいつらも……後味は悪かった。相当に」

「……すまんかったな」

 ランバートはボソりと呟いた。

 ディクシードの事は、機を見て小町に話そうと考えていた。だが、二人になる機会に恵まれず、時間も取れないでいる。ランバート自身、ためらいもある。

 それでも、何とか時間を作って話していれば、部下達は、こんな気まずい思いをせずに済んだのだ。

「無知だという事は分かってました。今は隊長も忙しい時だと理解しています。でも隊長、できるだけ早く、コマチの耳に入れておいた方がいいように思います。討伐の後でもいいですから、時間を作って下さい。あの無知さを放っておけば、いずれ誰かに……利用されかねない」

 ランバートが危険だと感じたのは、まさにそれだった。無知であることに、つけこまれやしないかと。

「俺は、コマチの人柄を好ましく感じています。きっと、あいつらもです。だから余計に……そんな姿など見たくないと思うのかもしれない。でも、やっぱり、見たくないものは見たくない」

「分かった、リディオ。近いうちに時間を作ろう」

 ホッと安堵する男の横で、ランバートは思案していた。

 ディクシードの素性と境遇。それら全てを小町に話してしまうのは、さすがに気が引けている。事実を知った娘は、主君から距離をとってしまうだろう。名のある貴族の連中が、主君に娘を差し出すのを拒むほどなのだ。

 しかし、市井の民でさえ知っているディクシードの表向きの生い立ち――その程度は話しておかなければならない。いつかは必ず耳にするはずで、部外者から聞かされるよりも、自分が話しておいた方がいいはずだ。

 できれば早いに越した事はなく、リディオにも時間を作ると言った手前、何とかしなければとも思う。しかし現状、討伐が終わるまでは難しい。そうでなくても、主君自らが小町の周囲をガッチリと守っているのだ。

 どうしたものか。

「隊長」

「あ?」

「コマチは、いったいどんな環境で育ってきたんでしょうか。御仁の名と功績も、殿下の生い立ちも……子供でさえ知ってる話じゃないですか。それを知らないっていうのは……どうしてなんでしょうか」

 リディオは、己の立場を理解している男だ。

 どんな命令を下しても背かず、どんな任務を与えても手抜きをしない。それは、余計な詮索をせず職務に徹するが故に成し得る事であって、必要とあらば私情を捨ててしまえるからだ。

 そんな男が、小町の素性に興味を示し始めていた。

「詮索するつもりはないんですけど、どんな環境で育てばああなるのか、どうにも不思議で……国外の――それも、よほどの辺境の国で、外界から絶たれて育ってきたような……そんな印象を受けました。それに、あの文字だって、とてもじゃないですが読めるものではなかったんですよ」

「見たのか?」

「もちろんです。書きなぐって読めないというよりも、あれは……こう、流れるような字体なんだと思います。あんな文字は見た事がありません」

 ランバートも目にした覚えがあり、リディオの言い分には頷けた。あの妙な馬の傍で、小町が手にした色紙に見た事もない文字が綴られていた。

 小町が魔女かもしれないと、あの文字から結び付ける事はないだろうが、釘を刺しておかなければ。

「リディオ。お前なら分かってるだろうが、あいつらの前であからさまな事を言ってくれるなよ。コマチに深入りするなというのがディクシードの意向だ。お前が口にする事によって、あいつらも疑念を抱く事になる。何を思おうとお前の勝手だが、腹ん中に押し込んどけ」

「…………」

 語調を強めて言えば、リディオが不服そうに顔をしかめた。愚痴も聞いてくれないのかと、そんな様子である。

 それでも命令だと理解し、反論もせずに頷いて見せるのだから、できた副官だとやはり思う。

「討伐が終わった後なら、まぁ、存分に聞いてやるさ」

 ニッと笑った途端に、リディオの表情が緩む。安堵だ。

「溜め込みついでで悪いが、お前に、もう一つ溜めといてもらわにゃならん事がある」

 おもむろに切り出すと、副官は嫌そうに溜め息をついた。

「何ですか?」

「御仁がな、長期の滞在を匂わしてやがったんだ」

 この件に関してはランバートも溜め息ものである。ただでさえ苦手な人物が、長期で滞在するかもしれないのだ。考えるだけで、どっと疲れを覚えてしまう。

「長期の……ですか?」

「ああ。王都が、国内の魔物の討伐――それを本格的に検討し始めたらしい」

 途端にリディオの表情が不快そうに陰り、次の瞬間にはそれを無かった事にするように、能面のような無表情を貼り付けた。

「遅すぎやしませんか?」

「言うまでもねぇさ。被害なら俺達よりも先に把握できてたはずだからな」

「でも、この時期に動くっていうのは……何ていうか、殿下が腰を上げるのを見計らっていたかのような……」

 同意を求めるような、それでいて不安を含んだ視線を向けられ、ランバートは神妙に頷いて腕を組んだ。

「そういうこった、リディオ。王都の連中は、ディクシードが動くのを待ってやがったんだ。あいつの名で兵に召集が掛かった事を知って、ようやく動き始めたというわけだ」

「…………」

「民は苦しんでんのに、見て見ぬふりだったのさ。俺達には小物退治をさせて、誤魔化してきたってところだ」

「……胸クソ悪い……」

「違いねぇ。腐った連中様だよ、王都の人間どもは」

 二人して黙り込んだ。

 しばしの沈黙の後、リディオが口火を切る。

「このガーデルードの討伐が終わったら、即刻動けと言ってくるでしょうか?」

「んー……そりゃねぇな。まだ検討に入ったという段階で、公にさえなってねぇ」

「ですが、殿下の名で集った兵は、どうしたって士気が高いんですよ? 王都からしてみれば、使わない手はないはずです」

「確かにそうだ。だが、考えてもみろ。ディクシードが黙ってねぇだろ。あいつなら容赦なく跳ね返す。たったの数日で準備もなしに動くなんざ、自滅行為そのものだ。あいつなら絶対に動かん」

 救いを提示してみせれば、険しかったリディオの表情が微かに和らいだ。あと一押しだ。

「頭のイカれた連中でも、そんぐらい想像できる話だ。過去にもそれで黙り込んでんだからな、多少は学習してるはずだ」

「そうかもしれまんせんね。……少し、ホッとしました。あいつらにも、休む時間があるようですから」

 仕事には厳しいが、部下思いの副官らしい言葉だった。

「まぁ、そんなわけで、あいつらには伏せといてくれ。いずれ耳に入るだろうが、時期を見て話すつもりだ。今は、目下ガーデルードだ」

「……了解です」

「んな顔すんな。溜まった分なら、ゆっくり聞いてやっから」

 酒でも飲みながらなと添えると、リディオは直ぐに食いついた。この男も酒好きである。

「驕りですか?」

「安くていいならな」

「それなら、どっさり溜め込んどきます」

「そうしろ」

 まったく、いい部下を持ったもんだ。この副官を据えてくれた事に、パリスに多少の感謝をしてもいいかもしれない。

 ランバートは、気持ちを切り替えるように、一つ大きく頷いた。

「よっしゃ。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 上への報告に向かわねばならない。だがその前にパリスを探し、娼館と教会の関係について確認し、聖騎士が動いている事を報せておかなければならない。そして、王都の件も。その後は……

 しなくてはならない事が山のようにある。

 できるだけ消化しておいて、小町の訓練に付き合う時間を作っておきたい。

「アレンの話はいいんですか? ホルヘが仕入れて来てましたけど?」

 足を止めたランバートは、逡巡して首を振った。

「構わん。今の段階で手を伸べてやる気はねぇからな」

「……聞いていいですか?」

「何だ」

「もし……もしアレンが期待を裏切ったら、隊長は見放しますか?」

 ズバリの問いに、ランバートは内心複雑だった。しかし、答えは決まっている。

「そうだ。結論だけを言うなら、見放す事になる。近衛としての道を選ぶか、一介の兵で満足するか、それはあいつが決める事だ」

 甘い甘いと非難しながらも、リディオとてアレンの今後に期待しているのだ。胸中は自分と同じように複雑だろう。

「時間は与えてある。これ以上、俺がしてやれる事は何もねぇ。もうあいつもガキじゃねぇんだ。そうだろ? リディオ」

「……はい」

 副官が頷く様を見て、ランバートもそれでいいんだと頷き返した。

「悪いが、頃合いを見て握り飯を部屋に運んどいてくれ。ゆっくり食ってる暇がねぇ」

「分かりました、特大のにしときます。コマチが戻ってきたら先に始めときますから」

「ああ、頼む」

 そう言って、広間を後にした。


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