第45話 御仁
ご覧いただきありがとうございます。
活動報告で宣言していた9月1日00:00ジャストの投稿、間に合いませんでした。申し訳ありません。狙っていたのに……
残念でならない作者です。力及ばず無念……
腹いせに、12:00ジャストの投稿にしてみました。
まったく腹いせになってませんが、作者の気持ちは満たされた次第でございます。
それでは、第45話『御仁』をお楽しみ下さいませ。
第45話 御仁
翌朝。
小町がこの世界に留まって、五日目になる日の早朝。
兵舎の広間の中を少しだけ覗き、小町は小さな溜め息を吐き出した。近衛騎士の面々が、既に揃っているからだ。あんなに遅くまで稽古をしていたというのに、アレンを除くメンバーが勢ぞろいである。
できれば少数でお願いしたかった。ランバートとリディオだけとか、そんな少数で。
まったく気分は乗らないが、ここに居ても仕方がないと腹を括り、広間に足を踏み入れた。
「……おはよう……ございます……」
「…………」
「…………」
「…………」
いやに注目を集めていた。まぁ、注視したくなる気持ちは分からなくもない。
小町も鏡を見て驚いたのだが、瞼が……それはもう腫れていた。頬の腫れは引いているのに、その代わりのようにボッテリと。
あれだけ散々泣いたのだ。腫れるほど泣いた経験などなかったが、その後のケアもせず泣き疲れて眠れば、それは腫れるというものである。
寝室に運んでくれたのは、むろんディクシードだった。泣き疲れて寝るなどと、まったく子供のような話で、彼もたいそう呆れた事だと思う。
丁寧に丁寧に、詫びと礼は伝えておいた。変態発言には、しっかり無視を決め込んで。
「リディオ、氷嚢をもってこい。濡らした手巾でもいい」
「手巾の方が良さそうですね」
「悪いな」
「……いえ」
女官に冷たいタオルを用意してもらおうかとも考えたが、小町の中で、瞼のケアよりも生気の訓練が優先された。それに、好奇の目で見られるのも想像できてしまい、気乗りしなかったという理由もある。
歩き去るリディオを申し訳なく思いながら見送っていると、ランバートが歩み寄ってくる。正面に立った彼は、痛まし気な表情でグシャグシャと小町の頭をかき混ぜてきた。
その手を叩き落としもせず、されるがままになっていた。
「こいつらも……ずいぶん考えたそうだ。あんたの同行に腹を括ったみたいでな……」
「……そう」
きっとランバートは、小町が泣きはらしたのは、討伐そのものに怯えたからだと思っている。本当はそうではないけれど、いちいち口を挟まず、そういう事にしておいた。
「今日の会議でどこまで通るかは分からんが……このまま決まれば、あんたの同行は義務になる。どんだけ怖がっても、止めてやる事はできん」
「……ええ」
「だからって、今から逃がしてやることも……もう俺にはしてやれん。こいつらと同じように、俺の中でも決まっちまったんだよ」
腕を下した彼は、迷いのない目をしていた。
精悍な騎士の目だ。
「あんたが逃げるというなら、俺があんたを引き止める。悪いが、俺の仲間の為に耐えてくれ」
意志の強い眼差しを、小町は臆せず見返した。
彼も……天秤にかけたのだ。
仲間と、小町と、そして己の私情を……
ランバートが選んだのは、“仲間”だ。
彼の部下達も、皆が思い思いのものを秤にかけてきた。むろん選んだものも違うはずで……
でも彼らは、魔物を討伐するという目的の元に、既に足並みを揃え始めている。
「大丈夫よ、逃げたりなんてしない。私の目的も、討伐の先にある」
「……国守か」
「そうだけど……でも違う。国守の先にある、きっと」
サーベルという名の、この国の庇護を司っている聖獣。
国守と呼ばれ、神と同列に崇められている聖獣が、おそらく何らかの手がかりを知っている。下手をすれば、あの聖獣そのものが、小町をこの世界に止めている可能性もある。何かしらの力を使って。
小町がこの城に迎えられ易いようにと、お膳立てをしてくれたのはサーベルだが、その好意をまるまる鵜呑みにできるほど、あの聖獣の事を知ってはいない。何でもかんでも信用できるほど、お人好しでもない。
だからきっと、サーベルは通過点になる。
その先に――ケヴィンや家族が居る。
「あなたとパリスは、私が国守の力でイギリスに帰るつもりだと思ってるみたいだけど、聖獣の力を借りたとしても、それは叶わないそうよ。そもそも私には、払える対価なんてないし、払えるものは全部国に置いてきてるし……」
ランバートは複雑そうな表情を見せていた。
「なら……なぜ国守に謁見する必要がある」
「あの人は、たぶん……私が国に帰るための必要な知識を持ってるの。私は、それが知りたいだけで……どこに私の国があるのか、どうやって帰れるのか、きっとその手がかりを持ってる」
「あんたの国なら、パリスも俺も方々に当たって探しているところだ。いずれ分かる」
彼らがどんなに探し回ってみても、この世界にイギリスという国はない。
見つかるはずがない。
「申し訳ないけど、待てないわ。これは私の問題で……私自身が解決していくしかないの」
だから自分でヒントを見つけに行く。
「国守の知識を借りられるなら――私にとって有益なものなら、その時は国に帰る。だから国守との謁見は通過点であって、私の目的は国守の先にあるわ」
ケヴィンや、家族が待っている。
少しでも早く戻って、自分がしでかしてしまった事の後始末をしなければならない。
リチャードの事。バイクやプレゼントといった、こちらの世界に引っ張り出してしまった品々の事。何日も寝続けて、不安にさせてしまった人達の心のケア。
そして、それら全てを片付けて、小町が本当にしたかった事をする。
日本に渡って、公道をバイクで走る。モトクロスを本格的に始めて、レースに参戦する。日本の高校にバイクで通う。日本の観光地をケヴィンに案内する。長期の休みはイギリスに帰って、日本の話をしながら家族と共にのんびり過ごす。
やりたい事は考える間もなく溢れるように思いついて……鮮やかな色を付けたビジョンになって……それが小町の夢になる。
昨夜読んだ手紙のおかげで、そこに新たな夢が加わった。
屋敷の裏手にある山から、あの花畑をケヴィンと共に眺めるのだ。仲良く手を繋いで、軽口を叩き合いながら。その頃にはオシロイバナも花開き、花畑は、より一層にぎやかなキャンバスになっているだろう。
どの夢をとってみても、この世界では決して掴めない。だから叶えるためにサーベルに会う必要がある。
ランバート達の立派な志に、便乗するような形になったとしてもだ。
「だから、逃げたりはしない。あなた方の足を引っ張るような真似も決してしない」
「…………」
「あなた方はあなた方の目的の為に、どうか最善を尽くして。私も……自分の目的の為に、できる事をするから」
願わくは誰も怪我なんてしてほしくはないが、そんな甘ったれた事は口にしない。
誰かが傷ついても、飛び出さず、泣き言も言わず、おとなしくジッと討伐が終わるのを待つだけだ。
それが小町にできる事。
「分かった。俺も……最善を尽くす」
ニッとランバートが八重歯を見せた。差し出された手を掴もうとすれば、さっと避けられ、また頭をグシャグシャにされた。
空振りを食らった小町の手に、濡れたタオルがポンと乗る。リディオだ。
「話がついたようで何よりですね。俺も、できる事をしますから」
「……ありがとう」
他人事のように言いながらも、リディオは穏やかに笑んでいた。
「さてさて、働きますかね」
そう言った彼は、部下一同に目を向ける。受け取ったタオルで瞼を冷やしながら、小町は何とはなしに彼の様子を眺めていた。部下らを見据えて何やら吟味しているようだ。
「隊長、班に分けますか? 分隊にしますか?」
「班だ。一班だけここに残せ。有事の時には走らせる」
「了解しました」
どうやら近衛騎士達を班分けするようである。
何の班だろうと思いながら、その様子をおとなしく見守ることにした。
◇◇◇◇◇◇
「なんでテメェが残ってんだよ、えぇ、リディオ?」
「そういう気分でしたんで」
厳めしい顔でガンを飛ばされているのは、厳めしい顔でガンを飛ばしている男の副官である。
長身で大柄な上官にすごまれても、まったく屁ともせず、リディオは清々しい顔でのたまっていた。
彼はランバートの指示通り、近衛騎士一同を五つの班に分け、それぞれの班にそれぞれの指示を出して送り出していた。おかげでこの広間には、ランバートとリディオと小町、そして灰色の猫と白猫だけが留まっている。
猫達がやって来て、ランバートと小町が話し込んでいるうちに、こんな状況が出来上がっていたというわけだ。
小町は、ゴロゴロと喉を鳴らす灰色の猫の背を撫でながら、白猫と共に壁際に腰を下ろし、二人の漫才を眺めていた。以前は警戒しまくりだった白猫も随分と小町に慣れ、近付いても逃げなくなっている。食事時の餌付けの賜物ではないかと思う。
白猫はいつものように行儀良く前脚を揃えてチョコンと座り、二人の様子に目を向けていた。
「気分だと? テメェは仕事に関しちゃあ、手抜きを嫌う男だと思っていたがなぁ」
「手抜きなんてするはずがないでしょうが。これのどこが手抜きですか」
「なら聞くが、俺とテメェが残った今、誰があいつらの指揮をとるんだ、えぇ?」
「そうは言いますけどね、うちの隊は皆優秀じゃないですか。どいつもこいつも小隊程度なら簡単に引っ張れる人材ですし、問題ないと思いますけど」
「んなこたぁ分かってらぁ」
……小隊……程度ですって?
リディオは何てことはないとサラッと言い、ランバートもそれを認めているようである。小町にしてみれば、それが驚きだった。
しかし、二人の様子も気になっている。ここで口を挟めば、この漫才が終わってしまう。見逃すのはもったいないというものだ。
内心の衝撃を抑えつつ、その漫才を眺めていた。
腕を組んで渋面を浮かべるランバートに、リディオはどこまでも他人事のように言う。
「今回は近場ですし、有事の時でも対応はできますって」
「内容はまともに聞こえるがな、テメェは……コマチの訓練に付き合いたいだけじゃねぇのか」
「そりゃそうでしょうねぇ」
「…………。んの、ボケェ!」
堂々と認める副官に、ついに上官がプッツンだ。いやはや面白い。
「だって、そうじゃないですか。彼女の生気がどうなるか、やっぱり気になるってもんですよ。あんだけ食らいまくってもピンピンしてんですから」
異常者扱いの小町は、さすがに複雑な気分になった。ピンピンしているのは良い事ではないのだろうか。
「それとこれとは話が別だっ。テメェ、それでも副官かっ! んのバカタレがぁ!」
「バカはどっちですか、バカは」
「んだとぉ――」
「逆に聞きますけどねぇ……隊長、ご自分の予定を念頭に置いてますか?」
途端にランバートがポカンとなる。腕を組んだまま、目を大きく見開いて。
なんとも可愛らしさを感じる佇まいだが、これはどうやら、リディオに軍配が上がりそうだ。リディオもそれを確信したようで、大柄な男を前に仁王立ちである。
形勢逆転。
小町の中の虫は、先ほどからウズウズと動き始めている。
「忘れてたんでしょうが?」
「……………………」
この沈黙は肯定のようだ。
「どうせそんな事だろうと思ってましたよ。やっぱ俺が残って正解じゃないですか」
「……わりぃ……」
「いいですよ、別に。隊長がそんなだから、パリスさんは俺を副官に据えたんだと思ってますから」
……パリス? 彼が……リディオを副官という職に据えた? ランバートではなく?
意外だった。てっきりランバートに任命権があるのだと思っていたからだ。
「隊長が落とした物を拾うというのも、ある意味副官の役割ですしね」
「そりゃ、俺が抜けてるアホウだというのが前提の話だろうが」
「まぁ、間違っちゃいませんが、隊長はそれでいいんだと思いますよ。あなたらしくて」
今のはフォローなのだろうか。小町でさえそう思うのだから、言われたランバートも複雑そうにしている。
話の決着はついたようなので、今度は小町の虫の出番である。むろん虫の名は“好奇心”だ。
灰色の猫を抱いて立ち上がった小町は、ウズウズとした虫の気分のままに、二人に歩み寄って行った。
「ねぇ、ランバート。あなたの予定って何なの?」
声を掛ければ、二人が同時に振り返り、同時に目を剥き、そして口を開く。
「ちょっ! コマチ!」
「おいっ! それを置け、直ぐに置け!」
ひどく慌てた様子で指をさしてくる。
……それ……?
それって……何?
「その猫モドキを床に置けっつってんだっ!」
「えっ……どうして?」
「どうしてって……」
「バカモンッ! それをこっちに持ってくるな! そこに置いてから来い!」
あまりにも焦りまくるランバートを見ていると、何だか申し訳ない気分になる。
猫嫌いかもしれない。そう言えば訓練の最中、彼らは猫達に近付こうとしなかった……ように思う。
ひとまず猫を下ろしてみると、二人は分かり易く安堵していた。えらい疲れようである。
そんな二人には知らん顔で、灰色の猫が小町の足に体を摺り寄せてくる。あっちをスリスリ、こっちをスリスリ。
小町が足を踏み出せば、今度はその足にスリ~。次の足にもスリ~。
それを見た二人が、またギャオギャオと騒ぎ始めた。連れて来るなだ、躾はどうなってるんだ、と。
「そんな事言われても、躾なんて分かんないわ」
「“分かんないわ”、じゃないっ! 置いてこいっつったら置いてこい!」
ムゥっとしながら、それでも猫に向かって大人しく待っていろと言い聞かせてみる。猫が腰を下ろしたのを見計らい、そろっと足を出してみれば……またまたスリ~である。そして人間二人もギャオギャオだ。
数度試しみたが、スリ~とギャオギャオを繰り返している。
これはもしかすると――
「あなた、わざとやってるでしょう?」
灰色の猫に尋ねてみると、長い尻尾をゆらゆらと揺らして見せるのだ。それを見て確信した。やはりわざとだ。
そもそもこの猫は聖獣で、人の言葉を理解しているはず。人間達が騒ぐ姿を気に入り、小町の待てという言葉を無視しているに違いない。とんだひねくれ者の猫というわけだ。
「本当に、あっちで待っててくれない? これじゃ訓練にならないの」
真剣に頼んでみたものの、猫はニーと泣くだけで、また足を出せばスリ寄ってきてしまう。
これは困った。昨日は出番がくるまで大人しくしていたと聞いていたのに、今日に限ってはそんな気分ではないようなのだ。
どうしたものか。
「おい。その猫モドキ、ディクシードの言う事は聞くんじゃねぇのか?」
言われてランバートに目を向けると、彼は灰色の猫を恐る恐る指さしていた。
ディクシードを呼んできて言い含めてもらおうと、そういう事のようだ。
「たぶん、無理だと思う。ディックスが近付くと威嚇する事もあるから……。困ったわね、どうしたらいいのかしら」
「……普段は……どんな様子なんですか……?」
尋ねてきたのはリディオだった。彼もどこか腰が引けている。
普段の様子を問われても、猫達は常に小町の傍にいるわけではない。気が付いたら部屋にはおらず、気が付いたら戻ってきている。
それでも、近くに居る時の彼らは、とてもお利口だと思う。
「わりと二匹で遊んでる……かも。時々ジャレて来る事はあるけど、適度に遊んであげたら、あとは気ままにゴロゴロしてるし」
「ジャレるって……その二匹は聖獣ですけど?」
リディオはまた目を剥いていた。
「ジャレて来るのはこっちの猫よ……聖獣って、遊んだりしないの?」
「……人とは遊ばないですよ、普通」
確かに、ディクシードもそんな事を言っていた。聖獣は、人目を避けるように森に潜んでいるのだと。
あまりにもフレンドリーな灰色の猫のおかげで、すっかり忘れていたが。
「普通の聖獣じゃないのかしら……」
「何ですか、普通の聖獣って……むしろ普通じゃないのはあなた――」
そこまで言ったリディオが、ランバートにどつかれていた。
どうせ普通じゃないですよと思いつつ、この猫をどうするべきかと頭をひねる。そうしながら何とはなしに白猫に目を向けてみると、金色の双眸とバッチリと目が合ってしまった。
そのまま数秒見つめ合う。
すると白猫が、緩慢な動きでこれ見よがしに腰を上げた。
トコトコトコトコッ
灰色の猫の元に脇目もふらずにやってくると、クワッと口を大きく開き、相棒の首筋をガップリと咥え込んだ。そしてそのまま、問答無用でズルズルと壁際まで引きずって行く。暴れまくる相棒の抵抗など、ものともせずに。
小町は呆気にとられてその様を眺めていた。むろんランバートとリディオも呆けている。
解放された灰色の猫が、すぐさま小町の元へ駆けてこようとすると、白猫がパッシとその尻尾を踏みつけた。まったく猶予を与えぬ隙の無さで、見事なまでに灰色の猫がつんのめる。
さすがの相棒も頭にきたようで、このヤローと飛び掛って行ったのだが、白猫はたいした事はないとばかりにヒラリとそれを避け、そうかと思えば、あっという間に相棒の体を組み敷いてしまった。敷かれた相棒がジタバタともがいていたが、白猫はその上に堂々と体を横たえてしまう。敷物か何かのように。
何をやっても動かない白猫を相手に、ついに灰色の猫がピタリと抵抗を諦めた。
その瞬間、白猫の長い尻尾がパンっと小気味いい音を立てて床を叩く。勝敗は喫したと言わんばかりだ。
白猫VS灰色の猫。
文句なしに、白猫の圧勝である。
毛色こそ違うが、見た目も大きさも似たり寄ったりの二匹である。重さだって似たようなもののはずなのに。
それなのに小町の目には……
白猫の方が、一回りも、二回りも……大きく見えていた。
何という大きさだろう。もはや貫禄と言うべきか。
灰色の毛をした猫の剥製の上に、冠を付けた白い猫が優雅に寝そべっているようだ。
「おい、ありゃ何だ」
「……分かりません」
「…………」
「でも……白い方が協力してくれたのは確かです。何ていうか……ブンブンと振り回されてましたから、俺達。灰色の方に……」
二人のボソボソとしたやり取りを背に、小町はポケッと白猫の姿を眺めていた。
「何かよぉ、見覚えねぇか、今の」
「いや、俺も思いました」
「だよなぁ……灰色のがコマチで――」
「白い方が殿下――」
そこまで言って二人が同時に噴き出した。ランバートに至っては、噴き出すどころか大爆笑である。そのうち膝からガックリと崩れ、バシバシと床を叩いて傑作だと笑い始めた。ヒャッハッハと。
「死ぬ……死ぬ……本気で、笑い死ぬ」
「隊長……止めてください……みっともない」
「テメェも……笑ってんじゃ、ねぇか……やべぇ……ドツボだ……」
ブワッハッハッハッ……
クックックッ……
どっちがどっちの笑い声なのか聞くまでもない。小町が睨みを効かせて振り返ってみても、際限なく笑い続けている。
リディオはまだいい。口元を隠して、クツクツと肩を震わせる程度である。
しかし、ランバート。
彼は既に……膝をついてさえいなかった。
ゴロンと寝転がり、大きな体を“くの字”に折って腹を抱えているのだ。ヒーヒー言いながら。
「…………」
一瞬、小町の脳裏に危険な思考がよぎった。顔面にかかと落としでもくらわしてやろうかと。そうすれば直ぐにでもバカ笑いを放棄するはずだ。
だが止めにした。
バカ笑いは止まるだろうが、間違いなくランバートに避けられる。大柄な体格に似合わず、彼にはディクシードの剣技についていくだけのスピードがある。彼は、自身の生気を自在に扱えるのだ。小町とは違って。
まともに食らわすなど到底不可能な話で、やってみたところで、勝ち誇ったように笑われるのが関の山。余計に小町の鬱憤は溜まることになるだろう。腹立たしい話だが、不敵に笑うランバートの姿が安易に想像できてしまった。
しかし、このままで終わらせる気もない。何もこの場で仕返しをする必要はないのだ。
今に見ていろ、ランバート。レディーを笑ったことを後悔させてやる。
生気の扱いを覚えたら、必ず度肝を抜いてやる。さすがに、かかと落としを叩きこむ気はないが、顔の真横に落とすぐらいはしてやろうと思う。当たらない程度にはコントロールしてやるつもりだ。
さぞやスッキリするだろうと、いつ実現するとも分からないビジョンを思い描き、一人ほくそ笑んでいた。
「隊長……不穏な気配を感じます。いい加減、起きて下さいよ」
「わりぃ、わりぃ」
よっこいしょと立ち上がったランバートは、依然としてニヤけた笑みを浮かべている。
「てっきり噛み付いてくるかと思ったがなぁ」
なるほど。
小町が何かやらかすのではないかと予想し、待ち構えていたようだ。ゲラゲラと笑い転げながら。
ムカつく男だ。
「えらく大人しいもんだな」
「じゃじゃ馬なら黙ってないと踏んでたわけね」
「まぁ、そうだ」
「勝算のない勝負はしない主義なの。やるだけ無駄というものだわ。馬は利口な生き物なのよ、ランバート」
「自分は賢いって言いたいわけか。その自信をわけてもらいたいもんだ」
「否定はしないわ。おバカな人間にはなりたくないと思ってるから」
高飛車に言えば、ランバートは更にニヤついていた。
「あんた、激情型だと言ってたが、俺にはそうは見えんね」
「生憎ね、私は激情型よ。それも度を越えた負けず嫌いのね。だからさっきのは単純に我慢してただけ。仕返しはしてやるつもりだから」
言外に、そのうちあんたを負かしてやると言っているようなものだ。
小町の言いたい事を理解したらしく、ランバートの目に好戦的な光が宿る。
「ほう。どんな仕返しかねぇ?」
「いろいろと模索中。教えてやる気はないのよ」
「そりゃ、おっかねぇ」
ムカつく。そんな事、一かけらも思っていないだろうに。
「まぁ、今のあんたじゃ知れてるな。むろん、こいつにも勝てん。負ける気がしねぇもんよぉ」
視線でリディオを指した男を、ムカムカしながら睨みつけていた。
言われなくても分かっているというのだ。今の自分では、彼らからしてみれば赤子だろう。どれほど吠えてみたところで、所詮はビッグマウスだ。
いつだったか、ディクシードにも同じセリフを言われた覚えがある。お前になど負ける気がしないと。
ランバートも彼も、なまじ実力があるだけに、心底そう言っているように聞こえて本当に腹立たしかった。
「いい目だ。あんた、女にしとくにゃもったいねぇな。こりゃ先が楽しみだ」
「褒められてる気がしないわね。舐めてかかってるといいわ。そのうち痛い目を見せてあげるから」
「どっからでもかかってこい。望むところだ。……なぁ、リディオ」
俺は遠慮しますからと、傍らの男は逃げ腰である。
どっからでもと言うのだから、不意打ちを狙っていくことにしよう。できるだけ勝算の高い方法を選んで、いつか見返してやるのだ。
カウンターを食らった男の情けない様を、これでもかと指をさして笑ってやる。
決め台詞は“ザマを見ろ”で決定だ。
「たきつけてどうすんですか。あれは何か企んでますよ、絶対」
「面白れぇじゃねぇの」
「…………。勘弁してくださいよ、本当」
心底いやそうに、リディオは毒づいている。
「それで? ランバートの予定っていうのは何なの?」
歩み寄って行くと、リディオに不審げな目を向けられた。本当に仕返しを諦めたのか訝っているらしい。
あなたは仕返しの対象ではないと教えてやると、目に見えてホッとしていた。上官への仕返しは黙認してくれるそうだ。自分への被害がなければ何ら問題はないと言う。どうやら彼は、事なかれ主義のようだ。
「で? 予定って?」
「今日は客人が増えるんで、隊長はその応対に出なくてはならないんですよ」
「客人?」
小町が首を傾げると、リディオは鷹揚に頷いた。
「会議には、帰還している隊の要人方が同席されます。気の早い方は、朝の内には城に見えますしね」
つまりランバートは、その応対に忙しくなり、小町の訓練に終始付き合うには無理があるという事だ。だからリディオは、それを見越してここに残ったのだ。
それならそうと最初からランバートに言ってあげればいいのに。
ランバートも同じように感じているようで、仏頂面でブツブツと文句を言っている。気分だなんだと回りくどい事を言わず、最初から言えばいいだろうがと。
「言っときますけど、忘れてたのは隊長ですよ。こんな大事な事を忘れるのもどうかと思いますけどねぇ」
ごもっとも。
これにはランバートも口を閉ざしてしまった。
「それに隊長をいじるのって、いちいち反応が面白いと思いませんか?」
同意を求められ、小町もウンウンと頷いた。
面白い。確かに面白い。
「だから、ちょっとした憂さ晴らしですよ」
不敬ともいえる発言だが、彼が言うと何故か清々しいと好感を覚えるのだから不思議なものだ。
「あなたでも憂さが溜まるのね。飄々としてるから、てっきり上手くかわしてるのかと思ったけど」
「かわす為に飄々としてんですよ、俺は」
「自分で言っちゃうの?」
「言う人が居ないんで」
昨日の小町の言動を真似て、彼はそう言って冷やかしていた。
そんなこんなで、そろそろ訓練を始めようかと、ランバートが言った時だった。
「隊長、ブライバス卿がお見えになりました」
「ぬぁ!?」
馴染みのある近衛騎士がひょっこりと顔を出し、ランバートが奇声を挙げて振り返った。
「いくら何でも早すぎだろうがっ!」
「そう言われましても……」
それはそうだ。騎士からすれば当人に言えというものだ。ワシワシと頭を掻きながら、その騎士は去って行った。
「ったく、御仁め……こっちの都合も考えろってんだよ」
「さっさと行っておいた方がいいんじゃないんですか? 何かと面倒ですから」
リディオに言われ、ランバートは渋々と頷いた。
「訓練なら先に始めといてくれ。ちっと長引くかもしれんからな」
「長引くんですか?」
「たぶんな。こんな早朝から顔を出すなんぞ、コマチの顔を見に来たとしか思えん」
私……?
どうして私なの?
首を傾げる小町の横で、リディオは直ぐに同意する。
「確かに。あの方なら、会いたがっているでしょうね」
「こっちはディクシードのやつに誰にも会わせるなと言われてんだよ。かなり渋るだろうからな、長引くと踏んでるわけだ」
そう言えば、今朝方、ディクシードが面会謝絶だと言っていた……ように思う。
ドレッサーの前で瞼の腫れ具合に絶句し、投げ掛けられた変態発言共々、そのほとんどを聞き流してしまっていたが……
「御仁でも面会させるなと?」
「そうだ、御仁でもだ。理由は言わねぇが……あらかた察しはついてんだ」
そう言ったランバートは、含むような視線を小町に向けた。対する小町は何の事だかサッパリだったが、好奇心という名の虫が再び活動を始めている。
「昨日、あなたが言ってた人? ディックスの後見をしてたとか何とか」
「ああ、そうだ。あんた……面識があるんじゃねぇのか」
探るような視線だった。何を疑われているのだろうか。
「ないわ。この国の人に知り合いなんていないもの」
「…………。ひとまずは、そういう事にしといてやるよ」
ひとまずも何も、ないものはない。あるわけがない。
ムッとする小町を無視して、ランバートは副官に向かって厳格な表情を作って見せた。
「リディオ、コマチが出歩かねぇように見張っとけ。飯になる頃にはディクシードが迎えにくるそうだ」
「徹底してますね。よほど会わせたくない人間がいるような……」
「まぁ、そういうこった。行ってくる」
さっさと歩き始めた男を小町は慌てて呼び止めた。
「ねぇ、ちょっと待って。トイレの時は出てもいいでしょ?」
「あぁ? 何だそりゃ?」
「その……ほら、もよおした時とか、お腹が痛くなった時とかに……」
どうにも恥ずかしい話だが、確認しておかなければ、もしもの時に困ってしまう。ディクシードの意向なら、面会謝絶という話にも何らかの思惑があっての事だろうと思うし、大人しく従うつもりでいる。
「なんだ? 便所の心配か?」
ニヤニヤと笑われ、恥ずかしいやら腹立たしいやら、胸中は複雑だ。
「リディオに付き添ってもらえ。ここにも備わってるから安心しろや」
「それって……男の人と同じ所なんじゃないの?」
「当たり前だ。女専用の便所なんぞ兵舎にあるかってんだ。ウダウダ言ってねぇで、大人しく訓練してろ」
トイレにまで付き添いを付けるというのは、いささか極端すぎやしないだろうか。それも、男性に付き添ってもらいながら、男性用のトイレを使用するなどと。かなり抵抗を感じる。
とは言え、文句を言える立場ではないと分かってもいるし、それについても従うしかないかとも思う。だが、ランバートの言い様にカチンとなって、そのまま噛み付いていた。
「さっきまでは訓練の事しか頭になかったくせに、なんなのよ、その変わりようはっ」
「うるせぇ、優先順位があるんだよっ。ちっとばかし忘れてただけだろうが」
言い返してやろうと小町が口を開くよりも早く、リディオが剣呑な雰囲気を察して、すかさず割って入った。
「隊長、早く行って下さい。御仁がお待ちかねです。表に出たら、残している班の連中を呼んでもらえますか。訓練に付き合ってもらいますんで」
「あぁ、分かった。念のため廊下に一人立たせとけよ。……いいか、コマチ。便所以外はここから出るんじゃねぇぞ」
一方的に言い捨て、ランバートはスタスタと歩いて行く。その背に向かって、小町はベーッと舌を出してやった。腹立ち紛れに。
「……子供ですか」
呆れたようにリディオに言われ、子供で結構だとブーたれる。
「言っときますけど――」
「分かってるわ。出歩かないから安心して」
トイレの時にはこっそり相談するからと言い添えると、彼は目に見えて安堵したようだった。
「ねぇ、リディオ。御仁ってどんな人なの?」
「……逆に聞きますけど、本当に面識はないんですか? 隊長は訝ってましたけど」
「ないわ。何を疑われてるのか私にもサッパリなの。面識のある人なんて知れてるんだもの。この城の人達と、それからダリアだけ」
「顔を見たらピンとくるかもしれませんよ」
ピンとくるも何も、面識などない。だがもしかすると……
幼い頃、こちらの世界に顔を出していた小町は、御仁なる人物と面識を持っていたかもしれない。記憶にはないが、顔を見れば何かしら思い出すだろうか。
少しばかり考え込み、一つ頷いて答えた。
「確かに……その可能性はあるかもしれないわね」
「くれぐれも言っときますけど、御仁との面会を希望するなら、殿下の許可を得て下さい。それから、抜け出して会いに行こうなんて考えないで下さいよ」
「そんな事しないってば。私が抜け出せば、あなたが叱られちゃうじゃない。これでも一応考えてるのよ? いい加減、信用してくれないかしら」
「気にかけて頂いてありがたい話ですが……あなたみたいな無茶苦茶な人は、言ってる事も無茶苦茶だと思ってますから」
戸惑いもなく、リディオはキッパリと言い切った。
いつ聞いても清々しい物言いだと思う。相手を不快にさせずに暴言を吐けるのだから、羨ましい限りだ。
「ねぇ、その御仁って人、名前は何て言うの?」
「エドワント・マルセナ・ブライバス卿です。聞いた事くらいあるんじゃないんですか?」
「全くないわね。有名な人?」
問い返すと、リディオは心底呆れていた。
「むろん有名ですよ。あなた、本当に何も知らないんですね」
「だからそう言ってるじゃない。勉強中なのよ」
大きく嘆息したリディオは、呆れながらも教えてくれた。おかげで小町の知識の中に、新たな人物の情報が加わった。
ベリントン侯爵エドワント・マルセナ・ブライバス卿。通称、“御仁”。またはブライバス卿。
数年前までディクシードの後見をつとめていた人物で、ガーデルードとこの城を含む広大な領地を治めているマルセナ領領主。過去には王族の剣術指南を任されていたらしく、その剣技による功績は自他共に認めるものとなっている。それもさる事ながら、広い視野と見分によって積み上げられてきた英知を活かし、領地や国内の治安維持に多大な功績を挙げてきた人物である。
現在は王都から離れ、マルセナ領内の邸宅にて隠居中。
ザッと要約するとこんな感じだろうか。
小町の中の御仁のイメージは、勝手ながら、厳格で硬い初老の男性、というものになった。かなり不敬なイメージだ。
「王族の剣術指南って事は、ディックスの剣術もその御仁って人が教えたってこと?」
「そうですね。殿下だけでなく、側近であるパリスさんも指南を受けておいででした。ちなみに、うちの隊長は、以前に痛い目に合わされた事があるとも言ってましたね」
あのランバートが痛い目に……?
それは……かなりの腕という事だ。さすが王族の剣術指南役。
「雑談はここまでです。訓練を始めますよ」
「えっ、もうちょっと……」
爵位や領地の話、それに王都の事も聞いてみたかったのだが、ここまでだと区切られた事で、ついつい甘えた言葉が飛び出した。途端にリディオの目がスーッと廊下へと向かう。
「あいつらが待ってますから」
振り返ると、部屋の中を覗く騎士達の姿が見えた。昨日の訓練にも参加していた面々で、訓練経験者だという彼らも、生気が強いと言われる人達ばかりだ。
彼らの姿を見た小町は、リディオの采配に素直に感服していた。
さすがに副官を務めるほどの人材だ。班分けの段階でランバートが不在になる事を想定し、彼らを選別して残したという事になる。有能としか言いようがない。
「リディオ」
「何ですか?」
「私、やっぱり……あなたも欲しい」
しばらく沈黙していた彼は、やがて一つ頷いた。
「それなら、俺よりも先に隊長を懐柔してもらわないと」
「え? どうして?」
「だって俺は、漏れなく隊長に付いてますから」
それを聞いた小町は、たまらずプハッと吹き出した。昨日のディクシードの発言を真似ていたからだ。
主君でさえダシにしてみせるユーモアのセンスも、言うまでもなく小町の好みだった。
やはり欲しい。
◇◇◇◇◇◇
兵舎を出たランバートは、かったりぃと悪態をつきながらブライバス卿を探していた。
要人の相手というのは、とにもかくにも肩が凝る。凝りまくって仕方がない。さっさと終わらせて小町の訓練に戻りたいのだが、いかんせん御仁の姿が見当たらない。
「待ってろってんだよ……ったく」
普段よりも格段に増えた兵の姿を眺め、もう一度悪態をついた。稽古場いっぱいに兵が広がっており、見渡す限り兵、兵、兵だ。
討伐の日取りは明後日。既に動き始めている一部の兵を除き、ここに居る兵のほとんども明日からは本格的に動く事になる。今日の夕刻までは、このキツキツ状態は続くだろう。
むろんこの中に御仁の姿はない。兵に交じって稽古をする必要などない人物であり、もう何年も剣術指南から遠のいているお方だ。
手当たり次第に兵に尋ねてみたが、姿を見かけたという人間は少なかった。ようやく掴んだ情報を頼りに、あちこち探し回ってみたのだが、まったく影が見えない。
まさか小町の顔を見ようと、入れ違いで兵舎に入ったのだろうか。そう思い足を運んでみたが、廊下に立つ部下に聞いてみても、ここには来ていないと言う。
ならば、いったいどこに行ったというのだ。
あの御仁は、ディクシードの過去に深く関わりのある人物で、その当時、魔女だと言われた幼い娘と関わっていた可能性がある。つまりそれは小町という名の娘であり、仮に名を知り得ていなかったとしても、面識はあったかもしれないとランバートとパリスは考えている。
パリスの伝令を受け、直ぐにでも城に乗り込んでくると踏んでいたが、意外にも遅かった。とは言え、遅いと言っても、こんな早朝に顔を出すあたり、やはり気になって仕方がないという所だろう。
そうでなくても、ディクシードが女を手元に置いているというだけで、黙っていられない性分の御仁である。一目顔を見てやろうと目論んでいるはずで、面会を断られたからと言って、そう簡単に諦めるとは思えない。必ず兵舎の近くをウロついているはずなのだ。
小町の居所は既に知られている。
となると――
「やっぱ、あそこが一番だよなぁ」
おそらくそこに居るだろうと、兵舎の裏手へと急いだ。広間に備えられた小窓から中を覗く事ができるからだ。本来ならば、だが……
女官や侍従が出入りする扉を通り過ぎ、角を曲がる。
しかし御仁の姿はそこにない。
「どこに居やがる」
五つ並んだ小窓は全て引き布が引かれ、中を覗くには不可能な状態になっていた。普段なら開けっ広げにしているが、小町の訓練が始まってからというもの、ディクシードの指示でこうなっている。用心深い主君らしい指示だった。
「見切りをつけて他を当たってるのか?」
あっちか? いや、あそこかもしれない、とブツブツ言いながら兵舎を回り込み、厩舎と兵舎との間を稽古場に向かって歩く。そんな時だった。
探していた人物が厩舎から出てきたのだ。
居やがった!
片手を顎に宛がい、何やら深く考え込んでいる様子だ。やがて顔を挙げた御仁がランバートに気付き、片手を挙げて見せる。既に思案していた影もなく、向けられた表情も穏やかなもので、その様子は普段通りと言えた。
だがしかし、ランバートは確信した。
やはり過去に……小町と接点があったのだ。なぜなら、御仁が出てきた厩舎こそ、小町の愛馬の居る厩舎だったからだ。
あんな妙な馬など忘れるはずもなく、おそらく見覚えがあったはず。同じ馬とは限らないが、奇妙さに関しては似たり寄ったりだろうと思う。あんな馬がどの国に居るというのか。
御仁本人も、記憶の中の奇妙な馬が何故ここにあるのかと愕然としたに違いない。死んだはずの娘の愛馬とそっくりのものが、何故ここにあるのかと。
訝かり、そして……ほぼ確信を持った――
ディクシードの預かっている娘が、十年前に死んだとされた魔女なのだと。
その魔女が、この城に居るのだと。
ディクシードという存在。
死んだとされた魔女。
その二つの力が、この国の……それも、この城の中にある。
パリス。
お前の言う通りだ。
国どころか――世界が動く。
自分の計り知れない所で、既に動き始めているのかもしれない。
ランバートは、ゴクリと生唾を呑み、御仁に向かって足を踏み出した。
お付き合いくださり、ありがとうございます。重ね重ね感謝です。
第45話『御仁』はいかがでしたでしょうか。
ようやく御仁なる人物が登場し、これでいったん、ストーリーの主要人物達が出揃う格好になりました。
小道具もいったんは揃っておりますので、あとは討伐に向けて猪突猛進したいと思っております。……が、それは作者の願望であり、確約ではありませんのであしからず。
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今後とも『二輪の騎士』をよろしくお願いいたします。




