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二輪の騎士  作者: 小町
第二章
44/84

第43話 殻

 生気の訓練の為に小町が兵舎に戻ると、ランバートとリディオが話し込んでいた。

 他の騎士達は既に本来の稽古を始めており、ディクシードもそこに加わって行った。ただ、アレンの姿はなかった。

 ランバートの説得が長引いているのかと思ったが、ここにも彼の姿はない。

「アレンは……?」

 声を掛ければ、二人が同時に振り返る。

「おっ、戻ったか」

「あいつは、帰しました」

 帰した……?

 加減して投げたつもりだが、怪我でもさせてしまっただろうか。

「そんな顔しなくても、どこも怪我してませんって。あいつにも考える時間がいるんで、ひとまず帰したってだけです」

「……そう」

「その様子だと、ディクシードから聞いたか?」

 問い掛けてきたのはランバートだった。

「え?」

「アレンの処遇だよ。あいつから聞いたんじゃねぇのか?」

 どう答えたものかと考えたが、下手に取り繕うのはやめにした。

「ええ、聞いたわ。アレンは……討伐から外れるの?」

「まぁ、あいつの答え次第だ」

「答え……」

 ボソりと呟けば、ランバートは複雑そうに顔をしかめていた。だがそうしながらも、上官としての見解を示して見せる。

「どうしても賛成できんってんなら外すしかねぇだろう。ディクシードの意思も知ったんだ。主君の意思に添うのが本来の近衛の義務だ。あいつ自身、それは分かってんだよ。だが……今のあいつは、自分の立場と向き合う必要がある。いつかはぶち当たる壁だからな、あんたが気にする事はねぇ」

「そうですね。遅かれ早かれ迫られる選択ですし、“近衛”という立場と向き合うためには、いい機会だと思います。あいつは憧れてた近衛になって、そのままの状態で突っ走ってきてますから」

 リディオも口を添える。小町が気にしないようにと、二人は気を遣っているのだ。

 彼らの部下を投げたのは、他でもない小町だというのに。

「ちっと甘やかし過ぎたしなぁ」

 ポリポリとランバートが頬を掻けば、そんな上官に向かって、副官である男が白い目を向けた。

「…………。今でも十分に甘いと思いますけど」

「そうかぁ?」

「明日の夕刻までと期限をくれてやったじゃないですか。俺からすれば甘すぎるぐらいですよ」

 ……明日の夕刻……

 それまでに、アレンに答えを出せと言って帰したという事だ。あまり長い期限とは思えないが、リディオは甘いと言い切っている。

 それで甘いのかと問うと、彼は鷹揚に頷いた。

「はっきり言って、かなり甘いです。他のやつは、皆割り切って稽古を優先してるんですよ。この時点でアレンだけが出遅れた格好になる。下っぱの人間にとっては一日の差は大きいですし、じっくり考えるのは、稽古の後でもできるはずです。現にあなただって、いろいろ思うところはあるんでしょうけど、生気の訓練を優先してここに戻ってきてるじゃないですか。俺だって、隊長だって、あいつらだって同じです。あなたの言葉を借りるなら、アレンだけが甘ったれてんですよ」

 まぁ確かに、思うところはいろいろとある。皆それぞれにあるだろうとも思う。

 しかし、リディオの言い様を手厳しいとも感じてしまう。他人事のように話す人だから、余計に厳しいと感じるのかもしれない。

「それに、近衛にとって優先させるべきは、まずは主君の身であり、同時に己の剣の腕です」

 さも当然であるとリディオは言い切った。

「だからやっぱり、隊長は甘いんですよ。殿下の近衛は人材が揃ってるから許されますけど、これがお貴族様の子息付ともなれば、あいつなんか即刻降ろされますね。主君の元から離れるとは何たることだ、とか何とか言って」

 上官のダメ出しかと思いきや、その上官も確かになと同意している。近衛騎士という職は、妥協を許ない職なのかもしれない。

「お前の言い分はもっともだが……まぁ幸いにも、うちの主君はその手の話にゃ無頓着だ。実際、あいつに近衛なんてもんは必要ねぇくらいだしな。好きにやらせてもらうさ」

「ねぇ、必要ないってどういう事?」

 率直な疑問を口にすると、ランバートは呆れたというように横目を向けてくる。

「ディクシードの腕に敵うやつはいねぇって話だよ」

 それもそうかと納得しかけて首を傾げた。

 ディクシードの剣が素晴らしいのは理解しているし、他国にも彼の剣に勝る人などいないと聞いている。

 それなら、それほど強い人間に、なぜ三十名もの近衛騎士が付いているのか。

 多過ぎる気がする。せいぜい十名やそこらでいいのではないだろうか。

 小町の内心など知るよしもなく、ランバートとリディオは、話をどんどんと進めていた。

「アレンに関しちゃ様子見ってところだな」

「そうなりますね。でもまぁ、あいつなら大丈夫でしょう」

「…………。お前なぁ、辛いのか甘いのか、どっちかにしろよ」

「これでも副官なんで、隊長が期待して待つというなら従いますよ。それにあいつなら、コマチの傍を離れるなんて選択はしないでしょうし」

「まぁ、俺も同感だがな」

 そう言ったランバートが、今度は小町に向かってニヤニヤと笑みを向けてきた。

「いやまったく……若いってのは羨ましい限りだねぇ」

 アレンが小町を慕っている事を知りながら、冷やかして遊んでやろうというのだ。

 誰がその手に乗るものか。恥ずかしがって頬でも染めると思っているなら、大きな間違いというやつだ。

 ニコニコと笑みを返してみせる。

「ええ、本当に。私も驚いちゃったもの」

 まさか、そんな返しがくるとは思ってもいなかったようで、ランバートが一瞬、困惑を見せた。それを見逃すはずがない。

「それでね、その事で、あなたに聞きたい事があったの」

「あ? 何だ?」

 ニコニコニコニコ……

 たっぷりと間をとった小町は、笑みもそのままに、ズバリと切り込んでやった。

「あなたがアレンを焚きつけたんじゃないの?」

 途端にニヤけた笑みが固まった。リディオに至っては、不自然なまでにスーッと顔を背けていく。

 やっぱり!

 一気に沸点が上がる。

 ランバートにズイッと顔を寄せ、睨みをきかせて捲し立てた。寄せた分だけ上体を反らせ、男は絶句している。

「おかしいと思ったのよ! 昨日までは近付くななんて言って警戒してたくせに、今日になって嫁に来いだなんてっ」

「…………」

「あなたの部下の態度だって、あからさまに違うじゃない! あなたみたいな人が忠告しないなんて考えられないものっ!」

 しらばっくれようったって、そうはさせるものか。

 何とか弁解しようとランバートが口を開こうとするが、小町は耳を貸さなかった。

「確かに、焚きつけたっつったらそうなるが――」

「だいたいねぇ、数日の接点しかない小娘に、どこをどうして期待ができるのか疑問だわ。素性だってハッキリしてないでしょうに」

「自分で言っちゃいますか?」

 呆れた風にリディオに問われ、もちろんだと胸を張る。

 言う人がいないから自分で言うのだ。何が悪い。

「そんな妙な娘を王族のお相手に推そうだなんて、それこそ考えられないわね。これで私が本当に間者なら、いいカモだと大喜びするところよ」

「…………」

「…………」

「あなた方が私に期待を寄せるって事は、国をひっくり返し兼ねない大博打を打つようなものだわ。私なら、そんな危険な橋は決して渡らない」

 彼らの主君であるディクシードは、この国の王位継承者の筆頭である。そんな肩書の人間に、得体の知れない娘をくっつけてしまおうなどと、ちゃんちゃら可笑しな話なのだ。

 彼らの期待通り、国王と正妃という座に据えてしまったと仮定してみる。果たしてその娘がどこぞの国の間者であったなら、待ち受けるのは、この国の暗い未来しかない。

 ランバートやパリス、それに近衛騎士たちが、今の小町に期待をするという事は、つまりはそういう事になる。博打も博打、それも大博打だ。

 これでもかと理屈を並べ立ててやれば、ランバートが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 それはそうだろう。大バカ者めと罵られた気分を味わっているはずである。それも小娘ごときに。

「まぁ、あんたの言い分は正論だが――」

「隊長、ちょっとすっ込んでて下さい」

 ランバートを遮り、リディオが小町に向き直る。妙に冷えた目を向けてきた。

 どうだと息巻いていた小町だったが、さすがに言いすぎただろうかと、ほんの少し考えてしまった。

「確かにあなたの言ってる事は正論ですし、確かに隊長が焚きつけたというのもありますけど、でもそれが全てじゃないと思いますけど」

「どういう意味……?」

「あなたですよ。あなたがアレンや俺達に、そう思わせたんだ」

「……っ」

 今度は小町が絶句する番になった。

「重ねて言いますけどね、アレンがあなたを慕うのは隊長の差し金じゃないですし、俺達に妃にと思わせたのも隊長ではありませんよ。そう思わせたのは、誰でもないあなた自身です。あなただから殿下の妃にと望むんだ。勘違いしないで下さい」

「…………」

 何をもってして、そんな風に思わせたのか……

 やはり小町には理解できなかった。

 この世界に居る時の自分は、暴言だって吐いているし、やりたいように動き回っているつもりだった。人目なんてものを気にもせず、好き勝手に奔放に。

 おまけにパリスに平手をくらわし、アレンを投げ飛ばし、怪力であることを見せつけてきたのだ。彼らが抱く女性への概念を、根底から覆してきたつもりでもある。もはや“女”であると意識されないように。

 それをどうして期待できてしまうのか、やはり理解できない。自分の言動の、いったい何が期待に足るものなのか。

 そうは思うが、リディオの言い分の中に、理解できるものもあった。

 ――アレンの想いだ。

 彼の抱えている想いというのは、リディオの言ったように、誰かに言われたからといって簡単に抱ける感情ではない。小町自身も、それには同意だった。

 経緯はどうであれ、向けられた感情は本物だったとも思う。

 でも……それでも――

「迷惑なのよ……」

「そのようですね。あなたにとっては、婚約者という存在がよほど大事なようですし」

「ええ……」

「でも、殿下だって素晴らしい方ですけど」

「……知ってる……」

「それなら、多少は考えてみるのもありだと――」

「ないわね」

「…………。即答ですか」

「もちろんよ」

 ディクシードとの関係は、彼らに誤解を与えるには十分な要素を含んでいる。これ以上ないほどに。

 しかし、小町が求めてやまないのはケヴィンなのだ。

「昼に……婚約者の夢を見たの」

 唐突に切り出せば、リディオが何の話だと瞠目する。

「……夢、ですか……?」

 昼食の後、小町は、あちらの世界を覗いていた。

 ケヴィンに会いたくて。

 彼の様子が気になって。

 ベッドの傍で、彼はただ待っていた。小町が目覚めるのを、今か今かと思いながら……ただただ待っていた。

「ええ、夢よ。……それで思ったのよ。いつ、本物の彼に会えるのかって」

「…………」

「…………」

「私がここに来て四日になるわ。……たったの四日……四日、彼と会ってないだけなのに、ここにはいない人の目を自分に向けたくて仕方がないの。夢だけじゃ満足なんてできない」

 こんなに独占欲が強いのかと、あの時初めて思い知った。

 今だって、ケヴィンの様子を思い出すだけで……切なくて……苦しくて……夢の中の自分に嫉妬する醜い女が顔を出してしまう。そんな感情を抱いている場合ではないというのに。

「私が独占したいのは、ディックスでも……アレンでもない。ケヴィンという最愛の人よ」

「…………」

「…………」

「あなた方に期待させたのが私だとしても、この想いが変わる事は決してないわ。どんなに期待されてもね」

 ディクシードに唯一無二だと言われた時も、過去の交錯に揺れはしたが、ケヴィンへの想いが変わる事はなかった。

 ディクシードという存在が小町の中で大きくなりつつあるのは自覚しているし、彼が居てくれる事を心強くも思っている。でも、どんなに彼を知ったところで、独占したいとは思わない。

 甘く疼くような痺れを与えてくれるのは、ケヴィンただ一人だ。

 彼を裏切るような真似はしたくない。どれほど遠くに離れていても。

「私みたいな人間に親切に接してくれるのは……それはもちろん嬉しいし、ありがたい事だと感謝してる。でも、そこに妙な期待が隠れてるなら……はっきり言って迷惑でしかないの。それとこれとは話が別だもの」

 アレンの想いを迷惑だと一言で片づけてしまうのは、やはりどうかと思う。誰かに焦がれるという感情を知ったからこそ尚更だ。でも……ケヴィンに焦がれるからこそ、煩わされたくもない。

 どちらの感情を優先させるかなら――迷わず、ケヴィンを選ぶ。

「それほど迷惑だと言い切るなら……俺だったら、ここから離れますけどね」

 他人事のように、リディオは言った。

 その指摘はもっともで、言われるまでもなく、そうするのがベストであると分かっている。しかし、それを試したところで、一時しのぎにしかならいのだ。

 なぜディクシードの傍ばかりで目覚めるのか……

 その謎を解かなければ、改善しようがないのだ。

「邪見にしてるわけじゃないんで、誤解しないで下さい。あなたなら、その結論に行き着いてるはずなのに、どうしてそうしないかと疑問に感じただけですから」

 これにはランバートも頷いた。腕を組んで厳めしそうに。

「そうだな。その点に関しちゃ、俺も同感だ。あんたみたいに無駄に行動力のある人間なら、迷惑だと感じりゃ、直ぐにでも逃げ出そうとするんじゃないのか? この件に関してだけは、あんた……どうしてだか妙に大人しすぎる」

「……そうかしら? これでも考えて行動してるつもりだけど」

 逃げたところで、またディクシードの元に戻ってきてしまうのだ。逃げるだけ無駄というものだ。

 とぼけて見せたが、ランバートは譲らなかった。

「あんた、この手の話になると避けたがるが、どうしてだ?」

「どうしての連発ね。また尋問が始まるの?」

「あんたには尋問に聞こえたのか?」

 突き放しにかかっても、すかさず切り返してくる。譲る気などさらさらないと言わんばかりだ。

 ……これはまた……手こずりそうだ。

「聞こえたわね」

「……っ、分かってるはずだ。これは尋問じゃねぇ。話してくれりゃ、力になれるかもしれねぇから言ってんだ。俺もこいつも、あんたの力になりてぇと、そう言ってんだよ。あんた……ここまで言わねぇと分からねぇような、そんなアホウじゃねぇだろう?」

「…………」

 力になんてなれない。こればかりは、どうしようもない。誰かに頼ったところで、解決できる問題ではない。

 小町は、貝のように口を閉ざしていた。

「ディクシードもあんたも頑なに拒むがな、味方になれだ何だと言うなら、ちゃんと話すのが筋だろうが。知らされてもねぇもんに手の打ちようがあるかってんだっ」

「隊長、落ち着いて下さいよ」

「落ち着いてるっつーの」

「コマチも……意地なんて張ってないで、話してくれませんかね。俺なんかでも、多少の力添えはできると思いますけど」

「…………」

 やはり他人事のように言いながら、それでもリディオは、気遣わしげな視線を寄越してきた。

 ランバートがむきになるのも、本当に力になろうと思ってくれているからだ。分かっている、ちゃんと。

 でも、彼らがどれほど歩み寄ろうとしてくれていても……一線を超えてはならない。

 どれほど嬉しいと感じても……決して踏み外してはならない。

 話せる範囲の事は、あの尋問の際に全て話しているのだ。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「あんた…………相当に強情だなぁ」

 ランバートは心底呆れているようだった。

「好きなように言えば」

「……またそれかよ……」

 もしも……

 もしも彼らに打ち明けられるなら……

 そんな思いを抱きそうになる自分を叱咤する。

 本来の小町の容姿が魔女のようだと知れば、彼らはきっと敬遠する。そこに異界から来たという話が加われば、ますます魔女だと疑われる事になる。

 そんな話を誰が信じるものかと思うが、彼らと小町の間には、常識というものの中で大きな差があるのは疑いようがない。

「そろそろ訓練を再開してくれないかしら」

 好戦的に見返せば、彼らは揃って溜め息を吐き出した。匙を投げたのだ。

「まぁ、それが先決ではあるがな……」

「……ですね」

 渋々でも何でもいい。かわしきれたのだから、満足だ。この話題を避けておかなければ、ランバートに何かしら勘付かれてしまう。

 情に厚く、血の気の多い人だというのに、彼は他者を見る目に長けている。一歩引いたところから物事を考え、冷静に周囲の人を観察しているという事だ。そして、自分の発言が相手にどんな影響を与えるのか、それを理解し、有効に使える人でもある。

 用心に越した事は無い。

 完全に彼の気を逸らしてしまった方がいい。

 どうしたものかと思案していた小町だったが、意外にも、当人から話題の提供があり、目を瞬いた。

「訓練の前に、あんたに聞いときたい事が二つある」

「二つ?」

「ああ、そうだ。まず一つ。あんたの武術についてだが……ディクシードのやつは“ジュウドウ”だと言いやがった。俺には、どうにも納得ができねぇんだわ」

 聞きたい事の先陣を切って出てきたのは、小町の武道の事だった。

 何と言うか、ランバートらしい。

 彼の気を逸らせるには打って付けの話題であり、小町にしてみれば渡りに船である。乗らない手はない。

「ええ、柔道よ」

「見事な投げっぷりだった……と言いたいところだが、あんた、俺に“ジュウケン”だと言わなかったか? あん時は、長い棒がいるだなんだと言ってたが」

「銃剣も得意なのよ」

「……も……だと?」

 何てことはないと言ってみせれば、ランバートの目が大きく見開かれていった。面白いほどに食いついている。

 このリアクションの良さは彼の長所だ。そして、可愛いと感じさせる一面でもある。

「あら、銃剣だけだなんて言った覚えはないわよ」

「…………。おいおい、冗談なら——」

「冗談だと思う?」

「……………………」

「言っとくけど、私が修得した武道は銃剣と柔道だけじゃないの」

「……いくつ……あるんですか……?」

 今度はリディオが食いついた。ランバートとは違い、恐る恐る口に含んだといったところだろうか。だが確かに手応えはある。

「かじっただけのものを入れるなら、片手じゃ足りないわね。一番得意なのは柔道。ずいぶん前に講師に褒めてもらったのは銃剣。あとは…………秘密よ」

「……出し惜しみ、ですか?」

「そうね」

 あっさり認めて、ランバートに笑みを向ける。

 武道が好きな男を釣るには、十分な餌になる。既に彼の気を逸らせるという目的は達成しているのだ。だから、一度に全てを与えやる必要はない。

 小出しにして、じわじわと釣り上げてやる。

「…………。あんた……俺の前に、餌をぶら下げる気だろうが」

「餌だと認めるのね? でも察しの通りよ。欲しいものを手に入れる為なら、使えるものは何だって使うわ。……だからランバート、覚悟してなさい。必ず仕留めてやるから」

 フフンと鼻で笑ってやった。

 なんとも言えない表情の上官を、どこまでも他人事のように副官である男が労っている。同情的な目を向けながら。

 事実この青年は他人事だと思っているのだろう。

 ところがどっこいだ。

「ねぇ、リディオ。あなたも注意しといた方がいいわよ」

「……は?」

「私、かなり欲張りだから、あなたも獲りに行くつもりなの」

「獲りにって……」

「欲しいのはランバートだけじゃないと言ってるのよ。あなたもよ。他人事だと思ってるなら、用心しといた方がいいと思うわ」

 生気の訓練は、実質的にリディオが指揮をとっていた。ランバートに決定権はあるが、意見を述べ、可能性を示していたのはリディオである。

 この隊長と副官のコンビは、とても見応えがあった。ランバートの性質を見越し、リディオがさまざまな選択肢を提示していくのだ。

 可能性に賭けようとするランバート。対してリディオは、結果を吟味し、また新たな可能性を生み出していく。

 まぁ最終的に、小町のやる気のない生気のせいで、手詰まりとなってしまったが……

 それはさて置き、彼のように可能性を生み出せる人材なら、むろん欲しい。喉から手が出るほどに。見切りをつけて放り出す事も大事だが、生みだす力は必ず確保しておきたい。

 今の小町の前に広がっている可能性は、とても狭く、自力で広げるには限界があるのだ。

「……俺……ですか……?」

「ええ、そうよ」

「おい、リディオ。テメェも欲しいんだとさ」

「…………」

「気分はどうだ、ん?」

 ニマニマしながらランバートが冷やかすと、呆けていたリディオは苦々しい表情を見せた。

「隊長も……鳥肌立ってたじゃないですか。人の事言いどころじゃないでしょうが」

 鳥肌? あの鳥肌?

 小町は首を傾げていたが、ランバートは焦りまくった様子で、副官の後頭部をスパンとはたく。

 けっこう痛そうだ。

「余計な事を言うなっ、バカタレッ」

「冷やかすからでしょーがっ」

「知らん! 覚えてねぇ!」

「出たっ。都合が悪くなるとそれが出ますけどね、いい加減やめません? 子供ですか」

「ガキで上等だっ」

 たったの二人でワイワイと騒ぐ様子を見て、やはりリディオも欲しいと思った。

 この二人を獲得すれば、漏れなく漫才が付いてくる。

 欲しい……

「静観してますけどねぇ……あなたもいちいち宣言しないで下さいよ」

 矛先が自分に向き、今度は小町が呆ける番になった。

「そういうのは相手に悟られないように動くのが鉄則でしょーが。隊長の時にしてもパリスさんの時にしても、宣戦布告してどうすんですか。警戒させるようなもんでしょうに」

 自分でハードルを上げてどうするんだとリディオは言う。確かにその通りだが——

「警戒してもらうんだもの。宣言するわよ」

「……はい?」

「だって、その方が興奮するでしょ?」

 小町の自説はこうである。

 ハードルが高ければ高いほど、必死になって向かっていける。必死になればなるほど、乗り越えた時の喜びは大きいものとなる。そして乗り越えるまでの過程も、貴重な経験となる。

「あなたもランバートも剣を持ってるでしょう? だから経験済みでしょうけど……強敵を倒した時って、なんて言うか……すごく興奮しない? 達成感って言うか、充足感って言うか……」

 不謹慎だと思いつつ、それでも問い掛けるてみると、二人は顔を見合わせていた。

「……分からんでもねぇな」

「俺の場合は相手によりますね。死にたくないんで」

 あっけらかんと話すリディオに笑みがこぼれた。

「その興奮を得るには、煽るのが一番だと思わない? 負けた相手は決定的な敗北をするわけだから、口では何と言おうと滅多な事では刃向かって来ないし」

「…………」

「…………」

「それに、仮にまた勝負を挑んできたとしても、より一層負かしがいがあるというものだわ。叩きのめした時の優越感を思うと…………想像するだけでゾクゾクするもの」

 スポーツの場合でも、ビジネスの場合でも、最終的に得られる興奮は、似たようなものだと思っている。

 恍惚と溜め息を吐けば、二人が揃って反応を見せていた。言うまでもなくドン引きである。

「勝つのが前提の話じゃねぇか……」

「何か、もう……既に負けた気が……」

 むろん、勝つ為に勝負をするのだ。負ける気で挑んで何が面白いというのか。

 それはともかく、話を先に進めなくては……

 これではいつまで経っても訓練が始まらない。

「それで、ランバート。聞きたい事の二つ目は?」

「……いや、まぁ……聞きたいっつーか、何つーか……」

「はっきり言いなさいよ」

「……あの猫モドキども……」

 ランバートの視線が向かった所には、二匹の猫が居た。広間の片隅を陣取り、仲良く居座っている。

 灰色の猫は腑抜けた様子で睡眠中。白猫は、いつものように行儀よく腰を下ろし、こちらの様子を観察中だ。

「何でここに居んだよ。やりずらいったらねぇだろ」

「ですねぇ……」

 あの二匹は聖獣で、ランバートもリディオも、それは承知している。神と同列に位置づけられている獣が居ては、何かと気を遣うというのだろう。

「あんた、躾担当だろ? 追い払ってくれ。訓練するにも気になって仕方がねぇんだわ」

 そんな担当になった覚えはないが。

「ダメよ。あの子達にも協力してもらう事にしたの、その訓練」

「…………はぁ!?」

「……協力って……」

「だって私、ランバートの生気が当たると……その、気を失っちゃうでしょう?」

 恥ずかしながら、既に二度も失神済みである。

「その度にディックスに来てもらうのは申し訳ないから、あの子達に起こしてもらう事にしたのよ。自然と起きるのを待つだなんて、時間の無駄でしょう?」

 ディクシードの冷たい生気が流れてくると、不思議と意識が戻った。だが彼は今、近衛騎士らと稽古中であって、失神する度に何度も足を運ばせるわけにはいかない。

 よって、この猫達の生気を代用して、起こしてもらう事にした。発案はディクシードである。

「……あんた……またアレをやる気なのか!?」

 直ぐに反応したのは、ランバートだった。リディオはその横で呆れている。

「時間がないんだもの。あなた方に、早急に私の生気を仕上げてもらう必要があるわ」

「そりゃそうだが……。俺はやらんぞっ。危険すぎる!」

「気が触れるかもしれないから?」

「当たり前だっ! あんたは、事の重大さを分かっちゃいねぇ! この際だから言うがな、あんたに足りんのは知識云々の話じゃねぇ。羞恥心と危機感だっ!」

 ……羞恥心は、関係ないと思う……

 それはともかく、危機感に関してはおっしゃる通りである。どれほど周囲に目を配ってみても、知識がない以上、危険である事には変わりがない。

「怒鳴らないでよ。これでも一応、危機感は持ってるつもりなのよ? 私だって気が触れるなんてゴメンだもの」

「だったらなぁ――」

「でも、しのごの言ってる暇なんてないじゃない。私の生気の出来不出来で、討伐の被害が左右されるのよ。あなただって分ってるんじゃないの?」

「…………」

 ランバートが押し黙る。代わって口を開いたのはリディオだった。

「そうは言いますけどね、気が触れてしまっては意味がないんですよ? 理性を失くせば、生気を垂れ流すことになります」

「そうらしいけど……でも大丈夫。二度食らったけど、ご覧の通り、この口は達者に動いてくれてるの。目が覚めた時だってフワフワした感じはあったけど、他は何ともなかったわ。寝起きって感じで」

「寝起きって――」

「それにね、ディックスが言うには……私の生気、殻を被ってるそうなの」

「……殻?」

「……殻だと?」

「ええ。結構分厚い殻だと言ってたわ」

 ディクシードの言葉通りではないが、彼の話を要約すれば、そういう事だと解釈した。

 彼は“殻”とは言わず“壁”だと言った。この仮の体に備わっている何かが壁となり、邪魔をしているのだと。

「その殻を壊さない事には、お話にならないそうよ。気が触れる以前の問題みたい。だから、あなた方が遠慮する必要はないのよ」

「…………」

「…………」

 リディオは瞠目し、ランバートはひとしきり驚いた後、難しい顔で何事か思案し始めた。

「あんたには悪いが……鵜呑みにするには危険すぎる」

「それなら、ディックスに確認してみたらどう? 彼、都合が悪くなると黙り込むけど、嘘は口にしないでしょ? ここで静かに待ってるから、納得できるまで聞いてくるといいわ。ちなみに、あの子達は了承済みよ」

 あの子達とは、むろん二匹の猫である。

 彼らに頼んでくれたのはディクシードであって、小町自身は、その様子を目撃したわけではない。どのようにして頼んだかは不明だし、はっきり言って彼らが喋る姿など想像もつかない。

 しかし、ここに居るということは、即ち了承済みであるということだ……と、勝手に解釈してみた。

「あの子達が納得してるってことは、私にとっては、それほど危険ではないって踏んでるんだけど?」

「……間違っちゃいねぇように聞こえるが……ダメだ。確認しねぇと、あんたみたいな無茶苦茶な人間の言い分は怪しすぎる。リディオ、俺がディクシードのところに行ってくる。ついでにあの猫モドキの事も聞いてくっから、お前はここでコマチを見張っとけ」

 言うなりランバートは、さっさと出て行ってしまった。

「私って……よっぽど信用できないみたいね」

「そういうのとは違うんじゃないですかねぇ」

「じゃあ、無茶苦茶……?」

「まぁ、無茶苦茶ですね。真っ当だと思ってるなら思い違いですよ」

 リディオは他人事のようにそう言った。

ご覧いただきありがとうございます。

かねてから登録しているアルファポリス様にて、8月からファンタジー小説大賞の募集が始まるようです。募集期間は1か月で、投票開始は9月とのこと。エントリーしてみようかどうしようかと揺れている作者です。実際はそれどころではないのですが、気になって仕方がない作者です。困った人間だと周囲を困らせているダメ人間です。

体調が万全になってからにしろ! 誰か(主に医者)がそう言っているような気がしてなりませんが……だって気になるんだもん。しょーがねーじゃん。趣味なんだから指図されたくねーじゃん。誰かの暇つぶしになるなら嬉しい話じゃねーの。病気っつったって、指なら動くんだしよぉ。

そんな事を思いつつ、医者に向かってヘラヘラと笑い返す余裕はあります。ですが、一度上向きになった体調がまた微妙に下がり気味になっているのは事実なので、無理をしない程度に、じわじわと書いていく予定です。

エントリーに関しては……これほど気になるのですから、おそらくするとは思いますが、事後報告になる可能性がありますので、ご了承ください。

こんなダメ人間が書いた小説が少しでも多くの人の暇つぶしになれば、それは本当に嬉しい事だと思っています。

遅筆と言われる事になるかもしれませんが、じわじわいきます。気長にお付き合い下さいませ。

※近々、また活動報告をアップしようかと考えています。体調の報告もかねて。

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