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二輪の騎士  作者: 小町
第二章
42/84

第41話 ガーデルード魔物討伐作戦

「息の根を止めるだなんて、冗談でも聞きたくなかったわ」

「潮時と踏んだか。首尾はどうだ」

「穴だらけだけど……まぁ、上々ね。答え合わせをすれば、ある程度の穴は埋められる」


「……あんた……起きてたのか?」


 見れば分かる疑問が、ランバートの口をついて出た。

「ええ、ご覧の通り。……悪く思わないでね、ランバート。やられた事をやり返したまでよ」

 娘は不敵に笑みながらそう言った。尋問の際、パリスを寝室に潜ませていた事を皮肉っているのだ。

 いつから起きていたのかと考えれば自ずと答えはあった。ディクシードが小町の額に触れた……あの時からだ。

 部下達を相手に、討伐に娘を同行させる云々の話をしていた最中で、部下一同も必死になって作戦の話を拾っていた。その間、主君への注意は完全に逸れていた。

 普段なら無視するはずの言葉に応じて見せたのも、全てを小町の耳にいれるためと……そういう事か。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ。パリスやリディオ、それに部下一同も呆けている。


「立てるか」

「まだちょっとフラつく。これ、返すわね、ありがとう」

 主君の上着を返し、手を借りて立ち上がったのは、紛れもなく小町である。

「お前と私が望む道には、敵が多いようだ」

「そうみたいね。あなたとあなたの騎士の関係って、知れば知るほど不思議だわ」

「権力と忠誠は等しく得られるものではないということだ」

「……それ……愚痴のつもり?」

 白けた目を向けられた主君が、フッと口角を上げる。


 笑いやがった!


「……愚痴だな」

「……あなたの場合、単純に言葉が足りないだけだと思うわ」

「それは慰めのつもりか」

「慰めよ。それとアドバイス」

「アドバイスとは何だ」

「んー、助言とか……忠告?」

「なぜ私に聞く」

「なんとなく……おこがましい……から?」

「……私に聞くな」

「そんな事より、明日の会議はいつ頃なの?」

「夕刻だ」

「一度だけ?」

「そうだ」

「日程の変更は?」

「不可能だ。討伐の日取りも、既に国守へ報せてある」

「それならいっそのこと、仮病とか持病ってことで倒れてみたらどう?」

「持病などない。倒れたところで、それでも働けと強いられるのが権力者というものだ」

「なんだかお気の毒ね……」


 なんだ、この会話は……


 漫才のようなやり取りが目の前で繰り広げられている……


 ランバートと一同は、ただただ黙って聞く一方だった。

 ポンポンと飛び交う会話についていけず……危機感の無さに呆れ……主君の見せる一面に驚き……口を挟む隙を見出だせず……

 しかしその会話の内容は、方向性としては……間違っていなかった。

 小町がガーデルードへ同行する為の、現状の打開である。


「って事は手詰まりね」

「そうなる。この窮地をどう抜ける。知恵を絞れ」

「言ったでしょ? 穴だらけだって。絞ったところで穴から抜けちゃうわ。あなたの側近なら直ぐに拾いに来るでしょうね」

「だろうな。だが会議までの時間もない。どうするかここで決めろ」

「いきなりね。選択肢は?」

「三つだ。強行するか、作戦の維持か、私の妃になるか」


 今……なんっつった……?

 妃にと口にしなかったか?


「最後のそれ……いったい何?」

「ここにいる者の意思を汲んだ、円満な解決方法だ」

「…………。その意思に私が含まれてないじゃない。却下よ」

「そう言うな。妃になれ。直に謁見の機会を取り付けてやる。正妃との謁見であれば何の問題もない。討伐の同行も必要ない」

「論外だってば。それ以上言ったら、本気で口を利かないから」

「……………………」


 黙りやがった。

 ……負けたのか?


「それで? 強行する場合の方法は?」

「今から国守の元へ向かう」

「……そんな事できるの?」

「できる。間違いなくパリスの追っ手がかかるが、お前の馬なら振りきれる」

「……あなたは?」

「応戦する。造作ない」

「……斬るの?」

「そうなる」

「やめて。造作ないとか言わないで。強行は却下よ。仮に国守の力を借りられなければ、あなたも私も罪人になる」

「逃げればいい」

「……ディックス。あなたの匿う娘は、情婦であっても罪人になってはいけないの。親身になってくれるのはありがたいけど、少しは自分の立場と醜聞というものを考えたらどう?」

「醜聞など今更だ。既にお前には間者という嫌疑がかけられている」

「それはいいのよ。向こうも証明のしようがないんだから。シッポを出すのを待ってるんだとしても、ないシッポは出しようがないわ」

「正論だな」

「それに、私のバイクには誰も乗せない事にしてる。あなたの命までは預かれない」


 バイクって何だ?

 ディクシードの命を預かる……?

 ……逆だろうがよ……


「サイロも早いが……相手がバイクでは追うには不可能か」

「ええ、だから却下」

「残るは、作戦の維持か」

「そうなるわね……むしろそれしかないわ」


 ここまでの主君と娘との会話は……

 わずか数分である。

 そのたったの数分で……この二人は、方向性を決めてしまった。


 あり得ねぇだろ。

 ……なんだ、これは……


「ならば、やはり窮地に変わりない。このままパリスを放置すれば、お前は妃に担がれる」

「それだけはごめんよ。あなた、自分の側近でしょ? 弱味とか知らないの?」

「あれはお前と似た人種だ。弱味を弱味と思っていない。それさえも使ってくる」

「……なんだか失礼ね」


 それまで主君との応酬を繰り広げていた娘が、ここで初めてランバートと目を合わせてきた。まるで何かを推し量ろうとするかのように。

 そうかと思えば、今度は部下達に目を向ける。

 あの目だ。獲物を狙い定める、雌豹のような目だ。

 完全に腰が引けてしまった部下らを満足そうに眺め、またその目がランバートに戻ってきた。


「やっぱり情報が必要ね」


 ギクリとした。なぜかは分からないが、数歩、後退したくなった。


「時間がないんだから、情報源は多いに越した事はないわ」

 何を指して言ったのかは一目瞭然で、直ぐ傍に突っ立っていたリディオは、気圧されて一歩下がっている。

 それを思うと、踏み止まった自分を誉めてやりたくなった。


「心当たりがあるようだな」

「ええ。あなたの騎士の人達、いい人ばかりね。きっと協力してくれるわ。親切に申し出てくれたんだもの」

 それはそれは嬉しそうに笑みを向けられ、慌てて目を逸らした。

「何の話です、ランバート」

「…………」

 聞くな、聞いてくれるな、パリス。

 黙り込むランバートの元に、笑みを刻んだ娘が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 一歩ずつ、着実に。


「パリス……わりぃ……」

「何の謝罪です!?」

 目を剥くパリスが詰め寄ってきても、口にはできなかった。

「いいですか、ランバート。あの娘が何か言ってきても黙っていて下さい。私が応じます」

 それができればいいのだが……きっと無理だ。


「パリス。あなたには関係ない話よ。彼を虐めないでくれるかしら?」

「関係ないはずがありません。どうやって口を割らせる気です?」

 途端に娘がクスりと笑う。

「物騒な言い方ね。別に……なにもしないわよ?」

「それが怪しいと言っているんです」

「そうかしら?」

「怪しくないと言うなら教えてみてはどうです?」

「……それもそうね」

「…………」

「実はね、昨日、ランバートと取引をしたの」


 なにが“実はね”だ。

 なにが“したの”だ、このヤロー。

 こんな時だけ、かわいこぶりやがって。


「その取引にね、彼の部下達も加わりたいんだと申し出てくれたのよ。だからあなたには関係のない話ね」

「……取引? 何です、それは?」

 そんな事をしていたのかと、パリスの目が訴えてくる。いたたまれなかった。


「私の武道と、それから……彼らの持っている知識。そのトレードよ」

「…………」

「…………」

「……トレードとは……何です……?」

「あら、知りたいの?」

「…………」


 いい性格をしてやがる。


「なんとなく話の流れで分かるでしょう? 一応教えてあげるけど、この場合は交換って意味よ。でも、あなたが心配するほどの事ではないと思うの。彼らにとっては好条件だもの」

「…………」

「近衛騎士っていう特別な立場を考慮して、口にしたくない事は黙っていていいと、そういう条件付きなの」

「……呆れますね。それのどこが取引です? それなら、何も喋らなくても問題ないという事になります」


 パリスのやつ、かなり動揺してやがる。ここはひとまず助け船を——


 そう思った時だ。小町がケタケタと笑い始めた。

「おかしいでしょ? ……でも、そういう取引なの。だから……たいした話ではないって言ったのよ」

「何がそれほど可笑しいのです?」

「バカにしてるわけではないのよ? ごめんなさいね。でも……ナイショ」


 不快そうなパリスを見れば明白だ。

 こりゃ完全に呑まれてやがる。


「パリス、俺の言えた義理じゃねぇがな、ちっとお前、落ち着けや」

「…………」

「コマチが必要とする情報はディクシードが握ってんだ。どのみちコマチの耳には入る。俺が黙ってようと同じだろうがよ」

「……そういうことよ。だから、彼らには協力してもらうわ。お生憎様」

 いつものパリスであれば、この程度の事なら察しているはずだ。それができない程に動揺しているのだ。

 昨日の稽古の際、ディクシードが言った言葉が……否応なく思い出された。

 小町と対峙する時は心を殺しておけと。でなければ、食らいついて振り回されるのだと。

 裏を返せば情が深いと捉えたが、そういう意味ではないかもしれない。おそらくは……そのままの意味だ。

 心を殺して平静を保てなければ、食らい付かれる!

 動揺するなという事だ。

 わざわざ理解不能な言葉を使って注意を惹き、手の内を明かして動揺を誘う。好条件だろうと内容をひけらかしたのは、パリスの動揺ぶりを図ったというところか。

 たいしたタマだ。

 このままでは、小町の思う壺だ。また突拍子もない事を言い出すに決まっている。


「それでね、この際だから、あなたにも諦めてもらおうと思うの」

 ほら見ろ、来やがった!

 だが、その手にパリスを乗せるわけにはいかん。この状況をひっくり返されてしまう。


「パリス、わりぃ。俺、降参するわ」


 意表をつくつもりで切り出せば、小町ではなくパリスが目を剥いた。

「……何を言ってるんですか!? 何もしないうちから——」

「だってよぉ、どうやっても勝てる気がしねぇのよ、この二人に」

「…………」

「あんなもんを見せられちまうと……どうにも俺の頭じゃ敵いそうにねぇし、あの早さにゃついていけねぇ。かわしきる自信がねぇんだわ。腹の探り合いなんてもんは、はなっから向いてねぇのよ、俺」

「……っ、同行に協力すると、そう言うんですか!?」

「んなんじゃねぇって。説得は続ける。こいつを危険に晒すのは反対だからな。あくまでも正攻法でやる」

「…………」

「だから、お前、稽古に行け」

「……は!? 何を言っているんです!? あなたにこの場を任せられるはずが——」

 そこまで言ったパリスを睨み付け、腹の底から声を張り上げた。


「テメェよりよっぽどマシだっ!」


 頭ごなしに怒鳴り付ければ、目に見えて小町の肩がビクついた。

 姫君ともなれば、怒声になど慣れてはいないだろうに……

「テメェの悪い癖だ、パリス。ことディクシードが絡むとこのザマだ。頭を冷やして冷静になれと言ってんだっ!」

「…………」

 どれほどこちらが足掻こうと、小町はディクシードを介して必要な情報を手に入れてしまう。二人が手を組んでいる以上、こればかりは覆しようがないのだ。

 パリスのもくろみも知られた今、そこに足枷を設けにくるのは分かりきっている。だから動揺を煽るのだ。そうやって……現状打開の道を切り開こうとする!

 こちらがせいぜいできるのは、少しでも利のある現状を維持するだけだ。

「今のテメェじゃ役不足だ。こいつらなら貸してやる。稽古に行って頭を冷やせ」

「……あら、仲間割れ?」

 場の空気を読まない無邪気な問いは、むろん小町である。これが男なら、殴り飛ばしてやるところだ。

「うるせぇ。あんたは黙ってろ」

「そうはいかないわ。あなた、パリスを遠ざけるつもりでしょ? みすみす逃す気はないのよ」

「……っ!」

「行けっ! パリス! こいつの狙いはテメェに枷をはめる事だ! さっさと行け!」

 どういう状況に置かれているのか、パリスはようやく理解したらしい。呆けたままの部下二人を急き立て、逃げるように出て行った。

 尻尾を巻いて逃げる事を心底嫌がる男だ。だが、それが最善であると判断した結果だろう。それでこそ側近だ。

 これが戦場での駆け引きなら……土壇場で己の矜持を捨てられなければ、主君をも危険に晒すことになる。


「……行っちゃった……」


 特に追い掛けもせず、娘はそう呟いた。

 なにが“行っちゃった”だ。

 睨み付ければ、妙に満足そうにパリスが去った廊下を眺めている。

 微塵も悔しがっている様子はない。


 なぜだ……


 なぜ悔しがっていないのか。

 なぜ逃す気はないと言いながら、阻むこともせず、追い掛ける素振りも見せなかったのか。


「いい判断ね……彼も欲しいわ、ディックス。何とか懐柔できないかしら」

「あれは私の側近だ。お前が妃になるなら、漏れなく私について来る」

「なんの売り込みよ?」

「私だ」

「バカじゃないの? しつこい男は嫌われるのよ。ダリアが言ってたでしょ」

「…………」

「そんな事より、これから私、欲しいものを取りにいくから」


 これは……まさかとは思うが……


「それと対峙するには、お前では骨が折れる。策はあるのか」

「ないわね、出たとこ勝負よ。でも疑り深い邪魔物は追い払ってやったから、思う存分、真っ向勝負でいけるでしょ? 本人いわく掛け引きが苦手らしいから、ピッタリの勝負だと思うわ」

 またポンポンと掛け合いを繰り広げ、そうかと思えば笑いかけてくる。


 その瞬間、悟った。

 はめられたのだと。


 ——あなたの側近なら、直ぐに拾いに来るでしょうね。


 既にあの時、パリスを邪魔だと認識し、追い払う気でいたのだ!

 興味を惹いてパリスの動揺を誘い、同時にランバートを煽ってパリスを焚き付けた。

 冷静に娘の出方を窺うつもりが……まんまと煽りに乗っていた……

 パリスがこの場に止まれば、枷を嵌める機会を得、この場を去れば、切れ者の男を一人遠ざけることに成功する。

 どちらに転んでも、この娘にとっては願ったり叶ったりだっ!


 とんでもねぇ……


 してやられたことは悔しいが、あっぱれだった。

 見据えた先で、娘の笑みが消える。

 強い意思を秘めた目が、ジッとこちらを見ていた。


「私、あなたが欲しいの、ランバート」


 ◇◇◇◇◇◇


 女に……

 女に面と向かってそう言われたのは、生まれて初めての経験で……


 何を言われたのかと理解した時、えもいわれぬ興奮がランバートの全身をかけ上がっていった。

 男と女のそれではなく、これほどの娘に欲しいと言わしめたという高揚感。

 ディクシードが与えてはくれないものだ……

 それでも、ディクシードから与えられたいと、どうしても求めてやまない高揚感だった。


「あなた、最初こそ驚いてたけど、私とディックスの様子をずっと観察してた。自分で言うのもなんだけど……私、典型的な激情型なの。だから、あなたのような冷静な人がいてくれたら、とても心強い。私の味方になって、ランバート」


 典型的な激情型だと……

 テメェのどこが激情型だ!


 場の流れを即座に読めなければ、相手の裏をかくことはできない。裏どころか、この娘は裏の裏をかいてきたのだ。客観的に物事を捉え、なおかつ、冷静な判断ができなければ不可能だ。

 それをまぁぬけぬけと……

 激情型だとぬかしやがった!

 テメェのそれは見せかけだろうが!

 喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込み、とにもかくにも平静を取り繕う。

 この娘の前で動揺を見せてはならない。

 食いついてくる!

 あんたにゃディクシードが居るだろうがと、視線で主君を指して見せれば、娘は言わんとする事を直ぐに理解した。

「確かにディックスも冷静だけど……でも、あなたが欲しいんだもの」


 欲しいんだものって……

 子供かよ……


「さっきはパリスが居たから、いつでも情報なら手に入るんだってハッタリを通しただけで……本当のことを言えばね、私の予想が正解に近付くまで、ディックスは何も教えてくれないの」

「…………」

「あくまでも自分で導けって、そういうスタンスを崩さないのよ、彼。だから、私の持ってる知識も未だに穴だらけ。私も、少しずつ埋めればいいって、そう思ってたけど……今度の討伐に関しては、そうも言ってられないわ。時間がなさすぎて、正直焦ってる。だから味方になって、ランバート。私が取りこぼしてる知識を冷静に掬い上げて」

 ランバートの内心はどうであれ、娘の目は真剣だった。

「……あんたとの取引は有効だ。国に帰るのにも協力すると言ったてまえ、面と向かってその事には反対しねぇ。昼にもそう言ったはずだ」

「……ええ、聞いたわ」

「だがな、今度の同行だけは止めとけ。危険すぎる。この前のガーデルードの一件を想定しているなら——」

「してないわ! 朝の稽古をしていた騎士達、昨日よりも目に見えて多かった。それにジニアスって人も、召集がどうのって言ってたもの。……相当な規模になるんでしょう?」

 そこまで察していたのか……

「ディックスが何も言ってくれないから、大きな戦争でもあるのかもって不安だったわ。もしそうなら、私が口を挟むべきじゃないし、挟むのも怖かったし……だから彼には直接聞けなかった。でもどうしても気になって……あなたの部下にカマをかけてみたのよ、大変そうねって」

「……アレンか?」

 この娘に近付けるべきではなかったか……

「彼だけじゃなくて、他の人にもよ。誰もハッキリとは言わなかったけど……少しずつ拾って考えたら、自ずと答えは出たわ」

 これで納得だ。従順に訓練していた娘が、なぜ突然、ムチャを言い出したのか。

 この娘のことだ。何か役に立たなければと、そう考えたに違いない。だが、あながち間違ってはいない。

 この娘の生気こそが、作戦の鍵を握っているのだ。

「あんた、作戦については聞いてるのか?」

「何も……。でも、私が要なんでしょう?」

 部下がいる手前、決定していない作戦の詳細を口にすることはできない。だが、説得するには必要な情報だ。

 討伐というものがどういうものか、知ってもらわねばならない。

「ディクシードに聞いてみろ。あいつが、あんたをどう使う気でいるか、ここでハッキリ聞いてみりゃあいい。どれほど危険か、あんたにも分かるはずだ。……俺には…………気が知れねぇ内容だがな」

「……って言ってるけど、どうなの、ディックス?」

「………………」

 さすがに主君は黙り込んだ。

 そりゃ言いにくい内容だからな。

 こうなったら、主君ではなく自分が口にしなければならないようだ。

 そう思った時だ。


「それって、私の生気の訓練と、何か関係があるんじゃないの? 期限付きだとかなんとか聞いたけど」

「……………………」

「言い方を変えるわ、ディックス。私が生気の扱いを覚えることは、あなたの立てた作戦には、どうしても必要なことなのね?」

 決定的な言葉を避けた問いだった。部下一同への明言を避けているのだ。

 しかし、内容自体は的を射ている。

「そうだ。お前の生気が要になる」

「十分よ。後で詳しく聞くから、そのつもりでいて」

「分かっている」


 今のやり取りで十分とは……

 もしや、あらかた見当をつけていたのか……


「ランバート。だいたいの想像はできてるの。不安はあるけど、私のことは、ディックスが護ってくれるわ。彼、魔物なんかにやられたりしないんでしょう?」

「……確かに、ディクシードがやられる事はねぇ。そいつは、何がなんでもあんたを護るだろう。…………だがな、あんたは……やっぱ分かっちゃいねぇよ」

「そうかもしれないけど——」

「まぁ、聞けって」

 言葉を被せると、小町は大人しくなった。

「今度の討伐はな、あんたも察したように、相当の規模になる。前回のガーデルードのあれは、はっきり言ってお遊びにもならん。あの国守が手を焼き、俺達に兵を出せと要請してきたんだ。それほど、あそこは魔物の巣になってんだよ」

「…………」

「当然、兵の召集もかけてあるが、思った以上に集まらねぇ。むろん、遠方に出払ってる兵にも召集はかけてある。だがな、そこにも魔物がわんさと出やがるもんで、今はそこを空けるわけにはいかんと、そういう状況だ」

「…………」

「当初の想定以上の被害が出る。あんたなら……この意味が分かるだろう?」

 話すうちに、小町の表情がみるみる曇り、ついには顔を伏せてしまった。察しのいい娘だからこそ、すぐに理解できたはずだ。

 できるなら、こんな話は耳に入れたくはなかった。ディクシードが間際まで伏せているだろうと高を括って、主君の説得を続けてきた。

 しかしこの娘には、人並み以上の洞察力がある。そして突飛なまでの行動力。下手に隠しても、必ず突き止めようと動き出すはずだ。

「ケガなんぞ、甘ったるい事は言わねぇ。死傷者は必ず出る。それも、一人や二人なんてもんじゃねぇだろう。あんた…………それを呑むだけの覚悟があるのか?」

「…………」

「ここに居る連中の誰かが命を落とす可能性もある。あんたは、その様を黙って眺める覚悟があるのか? 泣き言も言わず、ただ耐える覚悟があるのか?」

 娘の肩が小さく震えていた。もう既に泣いているのではないだろうか。

 とてもではないが、耐えられないだろう。

「討伐が完遂するまではな、兵の中に泣きわめくやつなんぞいねぇんだ。テメェの仕事で手ぇ一杯なんだよ。応戦しながら……倒れていく仲間を眺めにゃならん。駆け寄ってやることも……助け起こしてやることもできねぇんだ」

「…………」

「ディクシードはな、あんたに車を与えると言っている。あんたはその中で耳を塞いで、おとなしくジッとしていればいいと、そう言うんだが…………あんたにそれを強いるなんざ……俺にはできねぇ」

「…………」

「それに、あんたみたいな人間は、黙って耐えることはしねぇんじゃねぇのかと思う。兵が倒れりゃ、見過ごせねぇからと飛び出してきそうでな。そんな事になりゃ、ハッキリ言って迷惑なんだ。……迷惑なんてかわいいもんじゃねぇ。腕の立たねぇ人間を庇えば、兵の犠牲が増えることになる。あんた自身、そんな連中を見たくねぇだろう?」

「…………」

「俺みたいなもんでも欲しがってくれるのは、まぁ、悪い気分じゃねぇよ。ありがたいとも思ってるが……だがな、今度の同行には真っ向から反対だ。分かってくれ」

 なだめるつもりで頭を撫でると、小町は、されるがままになっていた。

 年若い娘には酷な話だ。だが、同行は……諦めてもらうしかない。


「……死なないで……」

「あ? ……あぁ。死にたくて死ぬやつはいねぇよ。こいつらも腕利きの精鋭だからな、だてにディクシードとの稽古を積んできたわけじゃねぇ。こいつらなら大丈夫だと思っちゃいる。だが……可能性がないとは言い切れねぇんだ。それが現状だ」

「…………そう……分かった」

 分かってくれたかと安堵したが、顔を上げた娘を見て、そうではないのだと理解した。

 確かに、辛そうに顔を歪めていた。

 不安そうに唇を噛み締めていた。

 だがその目に、確固とした意思があった。

「私が……おとなしく耐えればいいのね? ……そうすれば被害は抑えられるのね?」

「……簡単に言うがな——」

「簡単じゃないわ! 簡単になんて言ってない!」

 叫んだ娘の表情には、既に不安の影はなかった。

「そうする事が……私が同行して耐えることが、ディックスの作戦の要になる。そう思ったから言ってるのよ。そうなんでしょう、ディックス?」

「そうだ」

「あなたなら、私がその要から外れた場合の作戦も考えてるはずよ。どちらが被害は少ないの?」

「具体的な回答を望むか」

「端的な答えでいい。どっちなの?」

「お前の同行が必須だ。同行しない場合の被害は、それをはるかにしのぐ」

「……でしょうね。そうでなければ、あなたは私の同行を決断しない。あなたは……そういう人だもの」

「…………」

「ランバート。追い込むような言い方をして悪いけど、あなたもディックスの見解と同じなんじゃないの? ……いいえ、あなただけじゃない。パリスもきっと同じはずだわ」

 娘のその言い様は、自分自身に言い聞かせているかのようだった。

「だからこそ、あなたもパリスも、表面上は私の同行を前提にして動いてる。私の同行こそが、被害を抑えられると判断したから……そうでしょう?」

「…………」

 鋭い指摘だった。その通りであるが、口にはしたくない。

 どう答えればいい。

 どう答えれば、同行を諦めてもらえるのか。

「ランバート。この沈黙は肯定の意味を持ってるわ。あなたが私を心配して……だから答えないのも分かってる。でも…………判断を誤らないで」

「…………」

「あなた方が賭けるのは、私の身ではないの。あなた方自身と仲間の命よ。あなたもパリスも、それにディックスも……決して間違ってはいない」


 討伐だけを念頭に置いて考えるなら、娘の言い分は正論だった。

 仲間の命を賭けるなら、やはりこの娘の同行は必須だ。私情が絡むから判断が鈍る。娘の身を案じるがゆえに……

 娘は、それをするなと言うのだ。

 私情を捨て、職務を全うしろと。

 そうする事が当然であり、誰かに責められるものではないのだと。

 まさか当人から言われるとは思いもしなかった。


「……女に諭されるとはな……」

「私もあなた方と同じものを賭けるのよ? だから……男も女も関係ないわ」

 関係なくはない。


 だが——


「……あんたの命は、必ず護る」


「ありがとう、ランバート。あなたの誠意は、ちゃんと届いてるから」


 フワリと笑む娘に、恐れは感じられなかった。

やっとここまできました。お付き合い下さってありがとうございます。

登場人物紹介を差し込んでみましたので、興味がある方はご覧になってみてください。あくまでも作者が設定を考える際に使っていたものがベースですが……

それと、誤字脱字のご指摘・感想・評価等をいただければ、とても励みになります。

至らない点もあるかと思いますが、今後ともお付き合い下さいませ。

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