第41話 ガーデルード魔物討伐作戦
「息の根を止めるだなんて、冗談でも聞きたくなかったわ」
「潮時と踏んだか。首尾はどうだ」
「穴だらけだけど……まぁ、上々ね。答え合わせをすれば、ある程度の穴は埋められる」
「……あんた……起きてたのか?」
見れば分かる疑問が、ランバートの口をついて出た。
「ええ、ご覧の通り。……悪く思わないでね、ランバート。やられた事をやり返したまでよ」
娘は不敵に笑みながらそう言った。尋問の際、パリスを寝室に潜ませていた事を皮肉っているのだ。
いつから起きていたのかと考えれば自ずと答えはあった。ディクシードが小町の額に触れた……あの時からだ。
部下達を相手に、討伐に娘を同行させる云々の話をしていた最中で、部下一同も必死になって作戦の話を拾っていた。その間、主君への注意は完全に逸れていた。
普段なら無視するはずの言葉に応じて見せたのも、全てを小町の耳にいれるためと……そういう事か。
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ。パリスやリディオ、それに部下一同も呆けている。
「立てるか」
「まだちょっとフラつく。これ、返すわね、ありがとう」
主君の上着を返し、手を借りて立ち上がったのは、紛れもなく小町である。
「お前と私が望む道には、敵が多いようだ」
「そうみたいね。あなたとあなたの騎士の関係って、知れば知るほど不思議だわ」
「権力と忠誠は等しく得られるものではないということだ」
「……それ……愚痴のつもり?」
白けた目を向けられた主君が、フッと口角を上げる。
笑いやがった!
「……愚痴だな」
「……あなたの場合、単純に言葉が足りないだけだと思うわ」
「それは慰めのつもりか」
「慰めよ。それとアドバイス」
「アドバイスとは何だ」
「んー、助言とか……忠告?」
「なぜ私に聞く」
「なんとなく……おこがましい……から?」
「……私に聞くな」
「そんな事より、明日の会議はいつ頃なの?」
「夕刻だ」
「一度だけ?」
「そうだ」
「日程の変更は?」
「不可能だ。討伐の日取りも、既に国守へ報せてある」
「それならいっそのこと、仮病とか持病ってことで倒れてみたらどう?」
「持病などない。倒れたところで、それでも働けと強いられるのが権力者というものだ」
「なんだかお気の毒ね……」
なんだ、この会話は……
漫才のようなやり取りが目の前で繰り広げられている……
ランバートと一同は、ただただ黙って聞く一方だった。
ポンポンと飛び交う会話についていけず……危機感の無さに呆れ……主君の見せる一面に驚き……口を挟む隙を見出だせず……
しかしその会話の内容は、方向性としては……間違っていなかった。
小町がガーデルードへ同行する為の、現状の打開である。
「って事は手詰まりね」
「そうなる。この窮地をどう抜ける。知恵を絞れ」
「言ったでしょ? 穴だらけだって。絞ったところで穴から抜けちゃうわ。あなたの側近なら直ぐに拾いに来るでしょうね」
「だろうな。だが会議までの時間もない。どうするかここで決めろ」
「いきなりね。選択肢は?」
「三つだ。強行するか、作戦の維持か、私の妃になるか」
今……なんっつった……?
妃にと口にしなかったか?
「最後のそれ……いったい何?」
「ここにいる者の意思を汲んだ、円満な解決方法だ」
「…………。その意思に私が含まれてないじゃない。却下よ」
「そう言うな。妃になれ。直に謁見の機会を取り付けてやる。正妃との謁見であれば何の問題もない。討伐の同行も必要ない」
「論外だってば。それ以上言ったら、本気で口を利かないから」
「……………………」
黙りやがった。
……負けたのか?
「それで? 強行する場合の方法は?」
「今から国守の元へ向かう」
「……そんな事できるの?」
「できる。間違いなくパリスの追っ手がかかるが、お前の馬なら振りきれる」
「……あなたは?」
「応戦する。造作ない」
「……斬るの?」
「そうなる」
「やめて。造作ないとか言わないで。強行は却下よ。仮に国守の力を借りられなければ、あなたも私も罪人になる」
「逃げればいい」
「……ディックス。あなたの匿う娘は、情婦であっても罪人になってはいけないの。親身になってくれるのはありがたいけど、少しは自分の立場と醜聞というものを考えたらどう?」
「醜聞など今更だ。既にお前には間者という嫌疑がかけられている」
「それはいいのよ。向こうも証明のしようがないんだから。シッポを出すのを待ってるんだとしても、ないシッポは出しようがないわ」
「正論だな」
「それに、私のバイクには誰も乗せない事にしてる。あなたの命までは預かれない」
バイクって何だ?
ディクシードの命を預かる……?
……逆だろうがよ……
「サイロも早いが……相手がバイクでは追うには不可能か」
「ええ、だから却下」
「残るは、作戦の維持か」
「そうなるわね……むしろそれしかないわ」
ここまでの主君と娘との会話は……
わずか数分である。
そのたったの数分で……この二人は、方向性を決めてしまった。
あり得ねぇだろ。
……なんだ、これは……
「ならば、やはり窮地に変わりない。このままパリスを放置すれば、お前は妃に担がれる」
「それだけはごめんよ。あなた、自分の側近でしょ? 弱味とか知らないの?」
「あれはお前と似た人種だ。弱味を弱味と思っていない。それさえも使ってくる」
「……なんだか失礼ね」
それまで主君との応酬を繰り広げていた娘が、ここで初めてランバートと目を合わせてきた。まるで何かを推し量ろうとするかのように。
そうかと思えば、今度は部下達に目を向ける。
あの目だ。獲物を狙い定める、雌豹のような目だ。
完全に腰が引けてしまった部下らを満足そうに眺め、またその目がランバートに戻ってきた。
「やっぱり情報が必要ね」
ギクリとした。なぜかは分からないが、数歩、後退したくなった。
「時間がないんだから、情報源は多いに越した事はないわ」
何を指して言ったのかは一目瞭然で、直ぐ傍に突っ立っていたリディオは、気圧されて一歩下がっている。
それを思うと、踏み止まった自分を誉めてやりたくなった。
「心当たりがあるようだな」
「ええ。あなたの騎士の人達、いい人ばかりね。きっと協力してくれるわ。親切に申し出てくれたんだもの」
それはそれは嬉しそうに笑みを向けられ、慌てて目を逸らした。
「何の話です、ランバート」
「…………」
聞くな、聞いてくれるな、パリス。
黙り込むランバートの元に、笑みを刻んだ娘が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
一歩ずつ、着実に。
「パリス……わりぃ……」
「何の謝罪です!?」
目を剥くパリスが詰め寄ってきても、口にはできなかった。
「いいですか、ランバート。あの娘が何か言ってきても黙っていて下さい。私が応じます」
それができればいいのだが……きっと無理だ。
「パリス。あなたには関係ない話よ。彼を虐めないでくれるかしら?」
「関係ないはずがありません。どうやって口を割らせる気です?」
途端に娘がクスりと笑う。
「物騒な言い方ね。別に……なにもしないわよ?」
「それが怪しいと言っているんです」
「そうかしら?」
「怪しくないと言うなら教えてみてはどうです?」
「……それもそうね」
「…………」
「実はね、昨日、ランバートと取引をしたの」
なにが“実はね”だ。
なにが“したの”だ、このヤロー。
こんな時だけ、かわいこぶりやがって。
「その取引にね、彼の部下達も加わりたいんだと申し出てくれたのよ。だからあなたには関係のない話ね」
「……取引? 何です、それは?」
そんな事をしていたのかと、パリスの目が訴えてくる。いたたまれなかった。
「私の武道と、それから……彼らの持っている知識。そのトレードよ」
「…………」
「…………」
「……トレードとは……何です……?」
「あら、知りたいの?」
「…………」
いい性格をしてやがる。
「なんとなく話の流れで分かるでしょう? 一応教えてあげるけど、この場合は交換って意味よ。でも、あなたが心配するほどの事ではないと思うの。彼らにとっては好条件だもの」
「…………」
「近衛騎士っていう特別な立場を考慮して、口にしたくない事は黙っていていいと、そういう条件付きなの」
「……呆れますね。それのどこが取引です? それなら、何も喋らなくても問題ないという事になります」
パリスのやつ、かなり動揺してやがる。ここはひとまず助け船を——
そう思った時だ。小町がケタケタと笑い始めた。
「おかしいでしょ? ……でも、そういう取引なの。だから……たいした話ではないって言ったのよ」
「何がそれほど可笑しいのです?」
「バカにしてるわけではないのよ? ごめんなさいね。でも……ナイショ」
不快そうなパリスを見れば明白だ。
こりゃ完全に呑まれてやがる。
「パリス、俺の言えた義理じゃねぇがな、ちっとお前、落ち着けや」
「…………」
「コマチが必要とする情報はディクシードが握ってんだ。どのみちコマチの耳には入る。俺が黙ってようと同じだろうがよ」
「……そういうことよ。だから、彼らには協力してもらうわ。お生憎様」
いつものパリスであれば、この程度の事なら察しているはずだ。それができない程に動揺しているのだ。
昨日の稽古の際、ディクシードが言った言葉が……否応なく思い出された。
小町と対峙する時は心を殺しておけと。でなければ、食らいついて振り回されるのだと。
裏を返せば情が深いと捉えたが、そういう意味ではないかもしれない。おそらくは……そのままの意味だ。
心を殺して平静を保てなければ、食らい付かれる!
動揺するなという事だ。
わざわざ理解不能な言葉を使って注意を惹き、手の内を明かして動揺を誘う。好条件だろうと内容をひけらかしたのは、パリスの動揺ぶりを図ったというところか。
たいしたタマだ。
このままでは、小町の思う壺だ。また突拍子もない事を言い出すに決まっている。
「それでね、この際だから、あなたにも諦めてもらおうと思うの」
ほら見ろ、来やがった!
だが、その手にパリスを乗せるわけにはいかん。この状況をひっくり返されてしまう。
「パリス、わりぃ。俺、降参するわ」
意表をつくつもりで切り出せば、小町ではなくパリスが目を剥いた。
「……何を言ってるんですか!? 何もしないうちから——」
「だってよぉ、どうやっても勝てる気がしねぇのよ、この二人に」
「…………」
「あんなもんを見せられちまうと……どうにも俺の頭じゃ敵いそうにねぇし、あの早さにゃついていけねぇ。かわしきる自信がねぇんだわ。腹の探り合いなんてもんは、はなっから向いてねぇのよ、俺」
「……っ、同行に協力すると、そう言うんですか!?」
「んなんじゃねぇって。説得は続ける。こいつを危険に晒すのは反対だからな。あくまでも正攻法でやる」
「…………」
「だから、お前、稽古に行け」
「……は!? 何を言っているんです!? あなたにこの場を任せられるはずが——」
そこまで言ったパリスを睨み付け、腹の底から声を張り上げた。
「テメェよりよっぽどマシだっ!」
頭ごなしに怒鳴り付ければ、目に見えて小町の肩がビクついた。
姫君ともなれば、怒声になど慣れてはいないだろうに……
「テメェの悪い癖だ、パリス。ことディクシードが絡むとこのザマだ。頭を冷やして冷静になれと言ってんだっ!」
「…………」
どれほどこちらが足掻こうと、小町はディクシードを介して必要な情報を手に入れてしまう。二人が手を組んでいる以上、こればかりは覆しようがないのだ。
パリスのもくろみも知られた今、そこに足枷を設けにくるのは分かりきっている。だから動揺を煽るのだ。そうやって……現状打開の道を切り開こうとする!
こちらがせいぜいできるのは、少しでも利のある現状を維持するだけだ。
「今のテメェじゃ役不足だ。こいつらなら貸してやる。稽古に行って頭を冷やせ」
「……あら、仲間割れ?」
場の空気を読まない無邪気な問いは、むろん小町である。これが男なら、殴り飛ばしてやるところだ。
「うるせぇ。あんたは黙ってろ」
「そうはいかないわ。あなた、パリスを遠ざけるつもりでしょ? みすみす逃す気はないのよ」
「……っ!」
「行けっ! パリス! こいつの狙いはテメェに枷をはめる事だ! さっさと行け!」
どういう状況に置かれているのか、パリスはようやく理解したらしい。呆けたままの部下二人を急き立て、逃げるように出て行った。
尻尾を巻いて逃げる事を心底嫌がる男だ。だが、それが最善であると判断した結果だろう。それでこそ側近だ。
これが戦場での駆け引きなら……土壇場で己の矜持を捨てられなければ、主君をも危険に晒すことになる。
「……行っちゃった……」
特に追い掛けもせず、娘はそう呟いた。
なにが“行っちゃった”だ。
睨み付ければ、妙に満足そうにパリスが去った廊下を眺めている。
微塵も悔しがっている様子はない。
なぜだ……
なぜ悔しがっていないのか。
なぜ逃す気はないと言いながら、阻むこともせず、追い掛ける素振りも見せなかったのか。
「いい判断ね……彼も欲しいわ、ディックス。何とか懐柔できないかしら」
「あれは私の側近だ。お前が妃になるなら、漏れなく私について来る」
「なんの売り込みよ?」
「私だ」
「バカじゃないの? しつこい男は嫌われるのよ。ダリアが言ってたでしょ」
「…………」
「そんな事より、これから私、欲しいものを取りにいくから」
これは……まさかとは思うが……
「それと対峙するには、お前では骨が折れる。策はあるのか」
「ないわね、出たとこ勝負よ。でも疑り深い邪魔物は追い払ってやったから、思う存分、真っ向勝負でいけるでしょ? 本人いわく掛け引きが苦手らしいから、ピッタリの勝負だと思うわ」
またポンポンと掛け合いを繰り広げ、そうかと思えば笑いかけてくる。
その瞬間、悟った。
はめられたのだと。
——あなたの側近なら、直ぐに拾いに来るでしょうね。
既にあの時、パリスを邪魔だと認識し、追い払う気でいたのだ!
興味を惹いてパリスの動揺を誘い、同時にランバートを煽ってパリスを焚き付けた。
冷静に娘の出方を窺うつもりが……まんまと煽りに乗っていた……
パリスがこの場に止まれば、枷を嵌める機会を得、この場を去れば、切れ者の男を一人遠ざけることに成功する。
どちらに転んでも、この娘にとっては願ったり叶ったりだっ!
とんでもねぇ……
してやられたことは悔しいが、あっぱれだった。
見据えた先で、娘の笑みが消える。
強い意思を秘めた目が、ジッとこちらを見ていた。
「私、あなたが欲しいの、ランバート」
◇◇◇◇◇◇
女に……
女に面と向かってそう言われたのは、生まれて初めての経験で……
何を言われたのかと理解した時、えもいわれぬ興奮がランバートの全身をかけ上がっていった。
男と女のそれではなく、これほどの娘に欲しいと言わしめたという高揚感。
ディクシードが与えてはくれないものだ……
それでも、ディクシードから与えられたいと、どうしても求めてやまない高揚感だった。
「あなた、最初こそ驚いてたけど、私とディックスの様子をずっと観察してた。自分で言うのもなんだけど……私、典型的な激情型なの。だから、あなたのような冷静な人がいてくれたら、とても心強い。私の味方になって、ランバート」
典型的な激情型だと……
テメェのどこが激情型だ!
場の流れを即座に読めなければ、相手の裏をかくことはできない。裏どころか、この娘は裏の裏をかいてきたのだ。客観的に物事を捉え、なおかつ、冷静な判断ができなければ不可能だ。
それをまぁぬけぬけと……
激情型だとぬかしやがった!
テメェのそれは見せかけだろうが!
喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込み、とにもかくにも平静を取り繕う。
この娘の前で動揺を見せてはならない。
食いついてくる!
あんたにゃディクシードが居るだろうがと、視線で主君を指して見せれば、娘は言わんとする事を直ぐに理解した。
「確かにディックスも冷静だけど……でも、あなたが欲しいんだもの」
欲しいんだものって……
子供かよ……
「さっきはパリスが居たから、いつでも情報なら手に入るんだってハッタリを通しただけで……本当のことを言えばね、私の予想が正解に近付くまで、ディックスは何も教えてくれないの」
「…………」
「あくまでも自分で導けって、そういうスタンスを崩さないのよ、彼。だから、私の持ってる知識も未だに穴だらけ。私も、少しずつ埋めればいいって、そう思ってたけど……今度の討伐に関しては、そうも言ってられないわ。時間がなさすぎて、正直焦ってる。だから味方になって、ランバート。私が取りこぼしてる知識を冷静に掬い上げて」
ランバートの内心はどうであれ、娘の目は真剣だった。
「……あんたとの取引は有効だ。国に帰るのにも協力すると言ったてまえ、面と向かってその事には反対しねぇ。昼にもそう言ったはずだ」
「……ええ、聞いたわ」
「だがな、今度の同行だけは止めとけ。危険すぎる。この前のガーデルードの一件を想定しているなら——」
「してないわ! 朝の稽古をしていた騎士達、昨日よりも目に見えて多かった。それにジニアスって人も、召集がどうのって言ってたもの。……相当な規模になるんでしょう?」
そこまで察していたのか……
「ディックスが何も言ってくれないから、大きな戦争でもあるのかもって不安だったわ。もしそうなら、私が口を挟むべきじゃないし、挟むのも怖かったし……だから彼には直接聞けなかった。でもどうしても気になって……あなたの部下にカマをかけてみたのよ、大変そうねって」
「……アレンか?」
この娘に近付けるべきではなかったか……
「彼だけじゃなくて、他の人にもよ。誰もハッキリとは言わなかったけど……少しずつ拾って考えたら、自ずと答えは出たわ」
これで納得だ。従順に訓練していた娘が、なぜ突然、ムチャを言い出したのか。
この娘のことだ。何か役に立たなければと、そう考えたに違いない。だが、あながち間違ってはいない。
この娘の生気こそが、作戦の鍵を握っているのだ。
「あんた、作戦については聞いてるのか?」
「何も……。でも、私が要なんでしょう?」
部下がいる手前、決定していない作戦の詳細を口にすることはできない。だが、説得するには必要な情報だ。
討伐というものがどういうものか、知ってもらわねばならない。
「ディクシードに聞いてみろ。あいつが、あんたをどう使う気でいるか、ここでハッキリ聞いてみりゃあいい。どれほど危険か、あんたにも分かるはずだ。……俺には…………気が知れねぇ内容だがな」
「……って言ってるけど、どうなの、ディックス?」
「………………」
さすがに主君は黙り込んだ。
そりゃ言いにくい内容だからな。
こうなったら、主君ではなく自分が口にしなければならないようだ。
そう思った時だ。
「それって、私の生気の訓練と、何か関係があるんじゃないの? 期限付きだとかなんとか聞いたけど」
「……………………」
「言い方を変えるわ、ディックス。私が生気の扱いを覚えることは、あなたの立てた作戦には、どうしても必要なことなのね?」
決定的な言葉を避けた問いだった。部下一同への明言を避けているのだ。
しかし、内容自体は的を射ている。
「そうだ。お前の生気が要になる」
「十分よ。後で詳しく聞くから、そのつもりでいて」
「分かっている」
今のやり取りで十分とは……
もしや、あらかた見当をつけていたのか……
「ランバート。だいたいの想像はできてるの。不安はあるけど、私のことは、ディックスが護ってくれるわ。彼、魔物なんかにやられたりしないんでしょう?」
「……確かに、ディクシードがやられる事はねぇ。そいつは、何がなんでもあんたを護るだろう。…………だがな、あんたは……やっぱ分かっちゃいねぇよ」
「そうかもしれないけど——」
「まぁ、聞けって」
言葉を被せると、小町は大人しくなった。
「今度の討伐はな、あんたも察したように、相当の規模になる。前回のガーデルードのあれは、はっきり言ってお遊びにもならん。あの国守が手を焼き、俺達に兵を出せと要請してきたんだ。それほど、あそこは魔物の巣になってんだよ」
「…………」
「当然、兵の召集もかけてあるが、思った以上に集まらねぇ。むろん、遠方に出払ってる兵にも召集はかけてある。だがな、そこにも魔物がわんさと出やがるもんで、今はそこを空けるわけにはいかんと、そういう状況だ」
「…………」
「当初の想定以上の被害が出る。あんたなら……この意味が分かるだろう?」
話すうちに、小町の表情がみるみる曇り、ついには顔を伏せてしまった。察しのいい娘だからこそ、すぐに理解できたはずだ。
できるなら、こんな話は耳に入れたくはなかった。ディクシードが間際まで伏せているだろうと高を括って、主君の説得を続けてきた。
しかしこの娘には、人並み以上の洞察力がある。そして突飛なまでの行動力。下手に隠しても、必ず突き止めようと動き出すはずだ。
「ケガなんぞ、甘ったるい事は言わねぇ。死傷者は必ず出る。それも、一人や二人なんてもんじゃねぇだろう。あんた…………それを呑むだけの覚悟があるのか?」
「…………」
「ここに居る連中の誰かが命を落とす可能性もある。あんたは、その様を黙って眺める覚悟があるのか? 泣き言も言わず、ただ耐える覚悟があるのか?」
娘の肩が小さく震えていた。もう既に泣いているのではないだろうか。
とてもではないが、耐えられないだろう。
「討伐が完遂するまではな、兵の中に泣きわめくやつなんぞいねぇんだ。テメェの仕事で手ぇ一杯なんだよ。応戦しながら……倒れていく仲間を眺めにゃならん。駆け寄ってやることも……助け起こしてやることもできねぇんだ」
「…………」
「ディクシードはな、あんたに車を与えると言っている。あんたはその中で耳を塞いで、おとなしくジッとしていればいいと、そう言うんだが…………あんたにそれを強いるなんざ……俺にはできねぇ」
「…………」
「それに、あんたみたいな人間は、黙って耐えることはしねぇんじゃねぇのかと思う。兵が倒れりゃ、見過ごせねぇからと飛び出してきそうでな。そんな事になりゃ、ハッキリ言って迷惑なんだ。……迷惑なんてかわいいもんじゃねぇ。腕の立たねぇ人間を庇えば、兵の犠牲が増えることになる。あんた自身、そんな連中を見たくねぇだろう?」
「…………」
「俺みたいなもんでも欲しがってくれるのは、まぁ、悪い気分じゃねぇよ。ありがたいとも思ってるが……だがな、今度の同行には真っ向から反対だ。分かってくれ」
なだめるつもりで頭を撫でると、小町は、されるがままになっていた。
年若い娘には酷な話だ。だが、同行は……諦めてもらうしかない。
「……死なないで……」
「あ? ……あぁ。死にたくて死ぬやつはいねぇよ。こいつらも腕利きの精鋭だからな、だてにディクシードとの稽古を積んできたわけじゃねぇ。こいつらなら大丈夫だと思っちゃいる。だが……可能性がないとは言い切れねぇんだ。それが現状だ」
「…………そう……分かった」
分かってくれたかと安堵したが、顔を上げた娘を見て、そうではないのだと理解した。
確かに、辛そうに顔を歪めていた。
不安そうに唇を噛み締めていた。
だがその目に、確固とした意思があった。
「私が……おとなしく耐えればいいのね? ……そうすれば被害は抑えられるのね?」
「……簡単に言うがな——」
「簡単じゃないわ! 簡単になんて言ってない!」
叫んだ娘の表情には、既に不安の影はなかった。
「そうする事が……私が同行して耐えることが、ディックスの作戦の要になる。そう思ったから言ってるのよ。そうなんでしょう、ディックス?」
「そうだ」
「あなたなら、私がその要から外れた場合の作戦も考えてるはずよ。どちらが被害は少ないの?」
「具体的な回答を望むか」
「端的な答えでいい。どっちなの?」
「お前の同行が必須だ。同行しない場合の被害は、それをはるかにしのぐ」
「……でしょうね。そうでなければ、あなたは私の同行を決断しない。あなたは……そういう人だもの」
「…………」
「ランバート。追い込むような言い方をして悪いけど、あなたもディックスの見解と同じなんじゃないの? ……いいえ、あなただけじゃない。パリスもきっと同じはずだわ」
娘のその言い様は、自分自身に言い聞かせているかのようだった。
「だからこそ、あなたもパリスも、表面上は私の同行を前提にして動いてる。私の同行こそが、被害を抑えられると判断したから……そうでしょう?」
「…………」
鋭い指摘だった。その通りであるが、口にはしたくない。
どう答えればいい。
どう答えれば、同行を諦めてもらえるのか。
「ランバート。この沈黙は肯定の意味を持ってるわ。あなたが私を心配して……だから答えないのも分かってる。でも…………判断を誤らないで」
「…………」
「あなた方が賭けるのは、私の身ではないの。あなた方自身と仲間の命よ。あなたもパリスも、それにディックスも……決して間違ってはいない」
討伐だけを念頭に置いて考えるなら、娘の言い分は正論だった。
仲間の命を賭けるなら、やはりこの娘の同行は必須だ。私情が絡むから判断が鈍る。娘の身を案じるがゆえに……
娘は、それをするなと言うのだ。
私情を捨て、職務を全うしろと。
そうする事が当然であり、誰かに責められるものではないのだと。
まさか当人から言われるとは思いもしなかった。
「……女に諭されるとはな……」
「私もあなた方と同じものを賭けるのよ? だから……男も女も関係ないわ」
関係なくはない。
だが——
「……あんたの命は、必ず護る」
「ありがとう、ランバート。あなたの誠意は、ちゃんと届いてるから」
フワリと笑む娘に、恐れは感じられなかった。
やっとここまできました。お付き合い下さってありがとうございます。
登場人物紹介を差し込んでみましたので、興味がある方はご覧になってみてください。あくまでも作者が設定を考える際に使っていたものがベースですが……
それと、誤字脱字のご指摘・感想・評価等をいただければ、とても励みになります。
至らない点もあるかと思いますが、今後ともお付き合い下さいませ。




