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二輪の騎士  作者: 小町
第二章
40/84

第39話 花冠の中の花冠

 自室で昼食をとった小町は、小さく溜め息を吐き出した。

 無性にケヴィンに会いたくなって、誰もいないのをいいことに、またケヴィンのいる世界を覗いてみたのだ。

 昨夜も寝る前に覗いたが、その時と同様あっさり見る事ができた。

 強く彼らの事を考えればいいのだ。あちらの世界への想いは日増しに強くなる一方で、薄れる事など決してない。だから簡単だった。

 ベッドで眠る小町の傍で、ケヴィンはジッと待っていた。小町が目覚めるのを待っていた。

 いつもは爽やかな海色を讃える双眸は、不安げに暗く陰り、見ているのも辛かった。その瞳が向けられているのは間違いなく自分であるというのに、それなのに、ここにいる自分自身を見てくれない事も辛かった。

 ……嫉妬しているのだ。あちらの世界で眠り続けている自分に対して。

 ベッドで眠る黒髪の娘を、自分ではない別の女性のように捉えていた。

 初めて味わった感情で、戸惑いもある。でもそれよりも、あの瞳に自分が写っていないのが嫌だ。

 ここにいるのに……

 ここであなたを見ているのに……

 どんなに待っても、ケヴィンは自分を見てくれない。諦めて見るのを止めた。

 戻りたい。

 家族の待つ世界に。

 ケヴィンの居る世界に。

 またあの瞳に、自分自身を写してほしい。

 そうして何度目かの溜め息を吐いた時だ。扉の向こうから、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

「コマチ殿、私です。パリスです」

「…………」

 何の用だ、このヤロー。どの面提げて来やがった。

 ランバート風に言うならそんな心境で、何度か呼ばれたが、返事をする気にならなかった。

 しかしパリスは執拗である。

「居留守ですか?」

「……………………」

「あなたがその気なら、ここで待たせてもらいます。居ることは分かっていますから」

 何なのだ、この男は……

 しつこさにかけては、自分よりも上のような気がする。

「敬う気のない人間に形ばかりの敬称を付けられても不愉快よ」

 バッサリと切り捨ててやったが、忍び笑いが聞こえてくる。

「ではコマチ、顔を見せてはくれませんか? 扉越しの会話というのも背徳的ですが」

「このままで結構よ。また痛い目を見る気はないの。なんの用?」

 もう一度切り捨ててやると、今度はパリスではない別人の声が聞こえてくる。クスクスと笑う声は、とても艶やかで柔らかい。

「あなた、よっぽど嫌われてるのね」

「そのようです」

 女性だ。女性の声だ。

「コマチ、あなたに客人を連れて来たのですよ。殿下も直に来られます」

「……私に、客人?」

「ええ。ですから、ここを開けて下さい。女性を廊下に立たせておくのは感心しませんので、是非」

 なぜ客人が訪ねてくるのか。この世界で面識のある女性などいないのだ。とはいえ、確かに笑い声も聞こえている。ひとまず確認をと思い、少しだけ扉を開けてみる。

 パリスの後ろに、真っ赤なドレスを身に纏った……美女がいた。ついつい凝視してしまったが、一言で言うならば、まさにゴージャス。

 豊かな胸を見せつけるようにドレスの胸元は大きく開き、細すぎず太すぎず、締まったウエストから腰へと続くラインは、女性らしい曲線美を描く。

 体のラインを引き立てるロングドレスも、サテンのような真っ赤な生地も、彼女の美しさを際立たせていた。

 胸元ばかりに目を向けてしまったが、顔の造りも妖艶という言葉が当てはまる。少し下がり気味の碧い目が印象的で、左目の下には泣きボクロが一つ。そして口元にも色っぽいホクロ。

 大きく波打つ長い金髪は、特に結われるわけではなく、無造作に耳にかけてあるだけだ。

 見紛うはずのない美女だった。

 凝視する先で、厚みのある赤い唇が微かに開いた。

「こんにちは」

 少し掠れた声が何ともセクシーだ。

「あなたに会ってみてくれとパリスに頼まれたのよ。入れてくれるかしら?」

「…………」

 迫力の美女を前に、完全に呆けていた。

「殿下には、先に引き合わせる事を了承していただいています。コマチにも女性ならではの悩みもあるだろうから、是非とも相談にのってやってくれと、そうおっしゃっていました」

 すかさずパリスが補足すると、その女性がクスクスと笑いながら、嘘をつけとたしなめた。

 完璧だ。完璧な女性がいる。

「あなたが来る前に話しておいたのですよ、ダリア。コマチの面倒は殿下がお一人で見られているのですが……月のものの世話までなさるつもりなのかと、そう尋ねてみたのです」

 ……月のもの……

 何を言い出すのかとギョッと目を剥く小町を無視し、パリスは堂々とのたまった。

「さすがの殿下も、こればかりは盲点だったようです。押し黙ってしまわれました」

「……まぁ」

「女性のことは私の得意分野でもありますが……コマチにはご覧の通り嫌われていますから、あなたの力を借りようと思い殿下の許可を得たというわけです。彼女は当分ここに留まる予定ですので、女性との繋がりも必要だろうと、私なりに配慮した結果なのですよ」

「……そういうことだったのね」

 納得だわと笑む美女に柔和な笑みを返したパリスは、次いで小町に向かって不遜げに片眉を上げてみせる。

「なかなか気の利く男だと見直していただけましたか、コマチ?」

 この男――

 小町は、キッとパリスを睨み付けた。国に帰るのだと、あれほど追い詰めてやったというのに、まだ諦めていないようである。

「本当に嫌われてるのね、パリス。あなた、ここには居ない方がいいんじゃなくって?」

 そう言った美女に艶やかな笑みを向けられ、小町は面食らってしまった。

 世話になっている分際で、生意気な態度をとる自分に対し、なぜ笑いかけてくるのかと。

 否定的な目を向けられるのなら、まだ分かるのだが……

「あたしは女性の味方なのよ。あなたがお望みなら、この子を追い払ってあげる」

 この子……

 パリスを指して、この子とは……

「でもその前に、こんなところで立ち話もなんだから……あたしを部屋に入れてくれないかしら?」

 瞬巡した小町は、一つ頷いて扉を開けた。

 ディクシードも直ぐに来るという話だし、この美女の前でパリスが何かしら仕掛けてくるとは思えない。パリスが指摘した月のものの件について知りたいのも事実だ。

 この城に留まる意思などなく、合図がくれば直ぐにでもあちらの世界に帰るつもりだが、その合図がいつ訪れるかは分からない。こちらの世界に留まっている間に月のものが来たとして、ディクシードに相談するというのは……さすがに抵抗がある。

 それに、これほどの美女を廊下に立たせておくのも気が引けた。下世話な話を廊下でするわけにもいかないし……

 開いた扉から、美女が優雅に入ってくる。真横を通る彼女は香りまで妖艶だった。香水か何かをつけているのだろうか。小町が男なら、フラフラとついて行ってしまいそうだ。

 まさにそんな様子で、パリスも彼女についてくる。許可などしていないのに……図々しい。

 一瞬、足でも引っ掛けてやろうかと思ったが、美女の前で醜態をさらすのは恥ずかしいだろうと、それは止めにした。

「パリス、あなたは許可を得てないでしょう? 図々しい男は嫌われるのよ」

「既にコマチには嫌われていますから、あなたにさえ嫌われなければ、それでいいのですよ、ダリア」

「相変わらずお上手ね」

 ウエストへ伸びて来た手をつねる様は、おいたはダメよと言い聞かせる大人の仕草である。

 見てはいけないものを見た気がした……

 蕩けそうな笑みを浮かべるパリスの色気も、それはもう半端ない。

 大人の世界。大人の世界だ。

「女同士の話に男が加わるのは無粋というものよ。あなたなら知ってるものだと思ったけど?」

「そうやって、また私を拒むのですか? いつになったら相手をしてくれるのです?」

「残念だけど、私の相手が勤まるのはあの人だけ。自由にできるのも彼だけよ。あなたが彼のように立派になったら、少しぐらい考えてあげてもよくってよ、可愛い坊や」

「またそれですか……」

 残念そうな口振りに反して、パリスは懲りもせずに女性へと手を伸ばした。下心を隠しもしない手を軽くいなす美女もまた、色気がだだ漏れである。

 なまなましい。

「それよりも、彼女を紹介してちょうだい。まだ挨拶もしていないわ」

「これは失礼を」

 いちいちキザだ。

 チラリと流し目を向けてくる男は、小町の知る美丈夫とは別人である。

「小町・ダヴィ・エインズワースです、初めまして」

「昨日も話したと思いますが、コマチは国守の客人で、殿下が預かっている娘です」

「ダリア・タウンゼントよ。ダリアと呼んでちょうだいね」

「ダリアは、胡蝶達を束ねる花冠の中の花冠なのですよ」

 胡蝶達を束ねる花冠の中の花冠……?

 なんだそれは?

「それは大袈裟じゃなくて? 単なる経営者でしかないわ」

「そんな謙遜は必要ありません。あなたは花冠です、間違いなく。花冠が認める花冠であり、あなたの名を知らない男など、きっとこの世にいないでしょうから」

「本当にお上手ね」

 ダリアという女性も満更ではなさそうだ。

 まったく内容は理解できないが、とにかく何かが凄い女性だという事は理解できた。胡蝶というものが何を指し、花冠というものが何なのか、それについてはサッパリだ。

 しかし、この女性は……おそらく情婦ではないだろうか。

 この国の女性は肌の露出を嫌うとディクシードは言っていた。露骨に見せたがるのは、情婦くらいのものだと。

 それなのに彼女のドレスは、袖があるデザインとはいえ、胸元と肩が大きく開いたものなのだ。露出度はかなり高い。だからきっと情婦だと思う。経営者だと自らが言うのだから、もしかすると娼館の経営者かもしれない。

 となると……彼女にご執心のパリスは、その常連客という事になる……のか?

 いやいや、相手をしてくれないと嘆くのだから、追い払われているという事か?

「自己紹介は終わったんだから、あなたは退室してちょうだい。これから、女同士の秘密の会話を楽しむの」

「もう少し……ご一緒してはいけませんか?」

「しつこい男も嫌われるのよ? さぁ、行って」

 最後まで取り合ってもらえず、パリスは苦笑しながら退室して行った。


 ◇◇◇◇◇◇


「そんなに警戒しなくてもいいのよ? 世間話に来ただけなんだから」

 クスクスと笑う女性は、女官が給仕していったカップに赤い唇をつけた。小町の目から見ても魅惑的な美女である。

 歳はディクシードよりも、いくつか上だと思われた。

「あなたの噂は聞いてるわ。あの殿下の御寵姫らしいって、町では大変な騒ぎになってるの」

「…………」

「騎士達の話も聞いてるのよ? みんな、胡蝶達にいろんな話をしていくから……。すごい女が来たって噂の的だそうよ」

「……すごい女……」

 どういう意味だ、それは。

 複雑な心境のままに呟けば、またダリアがクスクスと笑う。

「あたしにも可愛がっている子がいるんだけど……最近はあなたの話ばかりするのよ、あの子。最初はね、殿下が預かっている娘が情婦かもしれないって否定的な話だったのに、今じゃそんな事も忘れてしまったみたい。あなたが、こんな事を言ったんだ、あんな事をしていたんだって、とても興味深そうに話すんだもの」

「あの……ダリアさん?」

「ダリアでいいわ」

 頷いた小町は、恐々と彼女の名を口にした。するとダリアは、なぁに? とあやすように首を傾げ、嬉しそうに笑んでくる。

 ……ダメだ……

 完全に色気に当てられてしまう。

 無性に恥ずかしくなって目を逸らし、思いきって尋ねてみた。

「あの、あなたがおっしゃる人って、誰なんですか?」

 彼女の話した内容から察すると、その人物と小町には接点があるようなのだ。消去法で面識のある人達を順に潰してみる。

 ディクシードは違う。彼女は彼を殿下と呼ぶ。敬うべき相手を、あの子などと呼びはしない。

 次はパリスだが、彼も違う。女を買うらしい男は、彼女に相手にされておらず、よって可愛がる対象ではない。

 ではランバート。おそらくダリアとは歳が近いのだろうが、体格もよく精悍な男を指して、可愛がるという表現に違和感を感じる。ピンとこない。

 それなら、近衛騎士の誰かだ。

「誰だと思う?」

「……近衛騎士の方ですか?」

「いい線ね。毎日のように、私に会いに来てくれる可愛い子よ」

「……毎日……」

 いやはや、お盛んなことだ。

 呆れかけた小町は、自分にも当てはまるような気がした。

 ケヴィンは、初めて体を重ねてからというもの、小町の部屋に連泊し続けていた。求められることも多いが、小町の方から彼を求めることも多い。

「可愛いわね」

「……へっ?」

「赤くなって、可愛らしいと言ったのよ。誰のことを想っていたの? 殿下かしら?」

「違います」

「……じゃあ、あなたの婚約者という彼のこと?」

 そんなことまで知っているのか。どれだけ情報を垂れ流せば気が済むのか、その男を突き止めてやりたい。

 いやしかし、ダリアの話によれば、小町の話をしているのは一人とは限らないようだ。まさか近衛騎士ら全員が女性を買う人種だとは思いたくないが、あの中の数人はパリスと同類の人種のようである。

 清廉潔白である騎士のイメージが……根底から覆されていく気がした。

 乙女の夢を壊すのは、いったいどこのどいつだ!?

 そんな事を思いはしたが、彼らも一人の人間だという事は分かっている。勝手なイメージを押し付けてしまうのは良くないことだ。

 そのイメージの中で生きるのは、きっと窮屈だろうから。

「あなた、本当に面白い子ね。あの子が気にかけるのも納得だわ」

「……面白い?」

「表情がクルクル変わって、見ていて飽きないのよ。会いに来てみて良かったというものね」

「……顔に出てました?」

「ええ、とっても。こんな風に考え込んでいたかと思ったら、こうやってムッとしてみたり、こんな感じで遠い目をしてみたり」

 言いながら、ダリアは次々と表情を変えていく。

 妖艶な美女が眉間にシワを深く刻み、次は眼光を鋭く光らせ、更には達観したかのような遠い目をしてみせるのだ。

 その巧みな顔芸を前にして、小町は呆気にとられていた。美しい顔が崩壊する様は、なんというか……見事だった。

「ほら、今度はこんな顔してる」

 ポカンと口を開けてバカ面を晒している彼女を見て、我慢できず、ついに吹き出した。

「……私……そんなに酷い顔……してないわ」

 笑いながら訴えると、酷い顔なんて失礼ねと、彼女も声を上げて笑う。

 気さくな人だと、そう思った。

 その後も、たわいない話をした。

 彼女は、小町と面識がある人物を把握しているようで、そんな人達を引っ張り出し、小町の知らない彼らの変わった一面をネタに、面白おかしく話を広げていく。話を聞いて小町が笑えば、ダリアも嬉しそうに笑う。

 そうやって話すうちに、彼女の温厚な人柄に触れ、惹かれているのを自覚した。

 温かく、心地いい空間を作ってくれる、魅力的な女性。

 抱擁力というのだろうか……

 心を開いても大丈夫なんだと、そんな安心感をくれる人だった。

 彼女は本物の情婦であり、パリスの差し金で、情婦を騙る娘を品定めに来たのかもしれない。そう思って身構えていた自分が少しだけバカらしく思え、より一層笑えてしまう。

 肩肘を張り続けていた心が、違和感なくほぐれていくのだ。

 でも……完全にほぐしてしまってはいけない。

 心地がいいからと、気を許し過ぎてはいけない。

 一線だけは越えてはならない。

「せっかく笑っていたのに……また、そんな顔をして……」

 立ち上がったダリアは、苦笑しながらローテーブルを回り込み、小町の隣に腰を下ろした。

 小さな子供を見るような、困ったような、そんな瞳と目が合った。

「あたしのお店に新しい女の子が来るとね、必ず受けてもらう儀式があるのよ? 成人している子にも、小さな子にも、皆に受けてもらう儀式なの」

「……儀式?」

「そうよ。あなたにも試してみたいんだけど、いいかしら?」

「…………」

 答えられずにいる小町を、温かい腕が包み込んだ。

 驚き硬直する小町の背を、しなやかな指が優しく撫でる。

「胡蝶達にはね……人には言いたくない過去があるものなのよ。でも彼女達は、誰かに聞いてもらいたいと……どこかで吐き出してしまいたいと、そんな風に心の底で思っているの。あたしもそうだったから、よく分かるわ」

「…………」

「だからあたしは……この腕の中にいる時の彼女達の言葉を、余すことなく聞いてあげる。もちろん聞いた話は、彼女達とあたしだけの――二人きりの秘密になる。あたしにだって過去があるから、聞かれれば答えるわ。そうやって秘密を共有する儀式」

「…………」

「今のあなたには、言いたくない秘密がたくさんあるんでしょうね。そんな風に男性の格好をしているのにも理由があるし、周囲に蔑まれてでも殿下の傍に居なければならない理由もある。頬が腫れているのも……唇の傷にも……その手の包帯にだって理由があって、あなたにとっては隠しておきたい秘密なのね。……そうでしょう?」

 視界が滲み始めたのに気付き、小町はグッと奥歯を噛み締めた。

 泣いてはダメだ。

 縋ってはダメだ。

「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいのよ? 強要するものでもないし……あなたが打ち明けてもいいと思った時に、話してくれれば嬉しいわ。いつだって、この腕を貸してあげる。その時は……あたしの秘密と交換しましょう」

 そんな時が来るのだろうか……

 漠然と、そう思ってしまう。

 人柄の良さは、少し話しただけでも伝わってきた。容姿も魅力的だが、それ以上に、内面的な美しさも彼女の魅力なのだろう。

 マナーの講師、それに伯爵夫人がよく口にする言葉がある。内面の美しさは、外見に滲み出ていくものなのだ、と。

 もちろん美人だと言われる女性が皆、内面も美しいとは言えないが、ダリアはそれを地で行く人のように思う。

 でもそんな彼女に、秘密を打ち明けられる時が来るのだろうかと、どうしてもそう思ってしまう。

「一つだけ、約束してくれないかしら?」

 そう言ったダリアは、腕の中から小町を解放し、俯きがちな娘の顔を穏やかに覗き込んだ。

「もしこの先、あなたが少しでも困るような事があれば、その時は……いつでもあたしを頼ってちょうだい」

「…………」

「こう見えても、お金は山のようにあるの。この名前と顔があれば、いろんな国に融通が利くみたい。だからきっと、あなたの力になれると思うわ」

「…………」

「それにね、女の子が綺麗になる秘訣だって、そこらへんの女官なんかよりも、よっぽどあたしの方が知ってるのよ? どう? 知りたくないかしら?」

 ダリアが、懸命に言葉を尽くしてくれているのが分かり、胸が痛んだ。

 目に見えない棘が心に刺さる。

 彼女と……秘密を共有することはできない。

 してはいけない。

 だからせめて――

「……それなら……」

「なぁに?」

「それなら、伸縮性のある髪紐が欲しい。あればなんだけど……紐で纏めるのに慣れてなくて……いつも、すごく時間がかかってしまうから……」

 言っておきながら、図々しいだろうかと顔を上げてみる。ダリアは碧い目を大きく開いて、キョトンとしていた。

 おそらくは十歳ほど歳上の彼女の……愛らしさを感じる表情だった。

 やがて嬉しそうに笑んだ彼女は、小町の頭を優しく撫でた。

「もちろんあるわよ。そんなものでいいなら、いくつでも用意してあげる。請求は殿下にまわしておくから、安心して?」

 お金ならあるんだと言いながらも、片目をパチンと閉じて茶目っ気たっぷりに冷やかしてくる。

 そんな彼女を見ると笑みがこぼれた。

「ありがとう、ダリア」

「お安いご用よ、可愛い人」

 彼女にそう呼ばれるのは恥ずかしいけれど……少しも、不快ではなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「今夜、また伺います。私の相手をお願いしたいのですが?」

「それなら、あなたにお熱の胡蝶達に伝えておくわね。きっと、みんな大喜びするわ」

「……ダリア、私はあなたにお願いしたいのですよ」

 パリスとダリアの掛け合いが、また始まった。大人の世界だ。

「言ったでしょう、坊や。あの人のように立派になったら、出直してらっしゃい」

「同じ文句であしらわれるのも腹が立ちますが……何より、あなたを好きにできるというあの男が……憎らしくて仕方がありませんね」

「胡蝶達にもそう言って口説いてるそうね。そのお口が大人気のようだし、あたしもあなたの軽いところは好きよ。でもしつこ過ぎると、本気で嫌いになるかもしれなくてよ?」

「それは困りますね。また時間を置いて口説くことにします」

「そうしてちょうだい」

 大人の世界を繰り広げながら去っていく二人を、小町は呆れつつも見送っていた。

 ディクシードといえば、特に何か言うわけでもなく、当然のようにソファーに腰掛け手元の書類に目を落としている。まるで、あの会話が耳に入っていないかのようで、全く動じていない。

「ねぇ、ディックス」

 試しに声を掛けてみれば、何だと返事は返ってくる。

 聞こえているらしい。

「パリスって、いつもあんななの?」

「何の話だ」

 いやいやいや。

「いつもダリアを口説いてるのかって聞いてるのっ。それも人前でっ」

「そうだ。情婦と見ればあの調子だ」

「……情婦限定?」

「そのようだな」

「誰の前でもお構いなしね。驚いたわ。あなたも何も言わないし……注意くらいすればいいのに……」

「その必要はない」

「どうしてよ?」

「あれが情婦から仕入れてくる情報が役立つからだ。あれも仕事のうちだと捉えれば、気にはならない」

「……そんなものなんだ」

 国側にいる人間に欲しいと思わせる情報……それなら一つしかない。

 国内外の情勢だ。

 パリスは、ダリアの名が国外にも知られていると言っていた。本人も各国に顔が利くのだと認めていたし、彼女が扱うのは、情婦達から集まってくる上客から仕入れた情報とみて間違いないだろう。

「ディックス、聞きたい事があるの」

「何だ」

「胡蝶って何? それから花冠っていうのも。何となく掴んではいるんだけど……答え合わせがしたい」

 ようやく顔を上げたディクシードは、手元の書類をテーブルに置き、エメラルドの瞳を真っ直ぐに向けてきた。

「知りたいのはそれだけか。お前が知りたいのは、あの女についてではないのか」

「……まぁ、そうだけど」

「お前の事だ。ある程度の検討をつけているはずだ。お前が立てた予想と私の話す内容を照らし合わせると、そういうわけか」

「……ええ、まぁ」

「それで答え合わせという表現か。お前らしい」

 責められているのか面白がっているのか、ディクシードの表情からは、いまいち分からない。でもたぶん、面白がっていると思う。

「それで? 胡蝶っていうのは情婦のこと?」

「そうだ。厳密に言えば高級娼婦を指して胡蝶と呼ぶ」

 高級娼婦というのは、その名の通り、高級娼館に勤める情婦を指すのだとディクシードは言った。

 娼館にも様々なものがある。下町の男を相手にする娼館。たいしたサービスはしないのに、高額を要求する娼館。貴族や要人のみを相手にする娼館……

 その中でもダリアが経営するのは、国が公に娼館として認めた“高級娼館”と呼ばれるものだそうだ。

 高級と言われるだけあって、それなりの支払いが必要ではあるが、払いさえすれば、下町の男でも胡蝶達に相手をしてもらえるというシステムだ。だが高額な支払いができるのは、必然的に富裕層の男性と相場は決まっている。

 よってダリアの店に通うのは、一部の騎士、貴族、為政者、王族もろもろ……金持ちと括られる人間という事になる。

 ディクシードの話をまとめると、ザッとこんな内容だった。

「国側の人間がほとんどなの?」

「商いで成功した者も通う。金さえあれば身分を問うことはない」

「……横柄な人でも、お金を払う力があれば、好き勝手できるというわけね」

「胡蝶達の気に障れば出入り禁止だ。その店だけでなく、他の娼館にも足を運べなくなる。高級娼館で下手をうつ男はいない」

 女官らが、高級娼婦は気位が高いと噂していたのを思い出す。そういう事かと納得した。しかし、まだまだ奥が深そうだ。

「胡蝶については、ひとまずよしって事にするわ。じゃあ、花冠は?」

「胡蝶らを束ねる頂の情婦を指す」

「……それだけ? もっと詳しく」

「胡蝶にも位がある。高くなれば花の名が与えられ、それらの頂にあるのが花冠だ。娼館によって各々に花冠と名乗る者はいるが、あの女は更にそれらの頂にある」

「…………」

「何だ、その顔は」

 ディクシードの言いように、ムッとして睨み付けた。

「変な顔で悪かったわね。それに、あの女あの女って、ダリアに対して失礼だと思うわ。さっきだって本当に失礼だったもの、あなた」

 ディクシードがこの部屋へ来たとき、ダリアは即座に立ち上がり、彼に向かって膝を折ってみせたのだ。位の高い者に対する礼である。

 ――お久しぶりです、殿下。

 そう言った彼女に対して、ディクシードは無反応だった。視線を投げるなり、声をかけるなりすればいいのに、彼は素通りした。小町の向かいに腰掛け、何事もなかったかのように手にした書類に目を通すのである。

 さすがに文句を言ってやろうとすれば、ダリアの方も何事もなく腰を下ろし、何事もなく会話の続きを口にする。面食らいながら応じ、更にそこにパリスが加わり、また世間話に話が戻る。

 ディクシードが口を開くことはなく、ダリアもパリスも、彼に話し掛けはしなかった。

 だが結局小町がディクシードを気にするせいか、話に花が咲かず、ダリアもそれを察して、苦笑しながら“また来るわね”と言って席を立った。

 去り際のディクシードへの礼も忘れておらず、彼女は丁寧に挨拶をしていたというのに、対するディクシードは、チラッと目を向けただけだった。

「当人が気にしていない事を、なぜお前が気にかける」

「そういう問題じゃないわ。例え相手が情婦だとしても、礼を尽くされたら、ちゃんと応じるべきだと思うから言ってるの。騎士って、そういうのを大事にしないの?」

「私は騎士ではない」

「……またそれ?」

 呆れて溜め息をついた。

 ディクシードには彼のスタイルがある。それは分かっているが、周囲に誤解を与える態度を見ると、どうにも歯痒くてたまらない。

 砕けた話だって、冗談だって口にするし、ユーモアも思い遣りもある人なのに……

「あの女……ダリアを気に入ったようだな」

 言い直すあたり、注意を聞く気になったらしい。

「あれは情婦だが、お前は気にならないらしい」

「気にならないと言えば嘘になるわ。体を商売の道具に使うだなんて、私は考えられない。……でもだからって、彼女達が確立している生活を頭ごなしに否定する気はないの」

 情婦なんてと思うところもあるのだ。だが彼女らも、皆が皆、好きでしているとは限らない。

 胡蝶達にも、人に知られたくない過去があるのだとダリアは言っていた。きっと、そういう事なんだと思う。

「好んで身を差し出す情婦がほとんどだが」

「それなら……やっぱり価値観の相違ってだけよ」

「……お前らしい解釈だ」

「少なくともダリアの人柄には惹かれるわ。外見の美しさよりも、内面の美しさに魅力を感じる」

「あれの廻りに集まる胡蝶らも、お前と似たような事を口にするそうだ。あれは、自身の懐に入れた胡蝶を徹底して護る。だからあの女は、花冠の中の花冠という地位を維持し続けることができている。さしずめ“群がる蝶の中の花”といったところか」

「うまい事言うわね。納得だわ」

 胡蝶達を徹底して護るというのは、彼女達に関する情報に守秘義務を貫き通すという事だろう。秘密を共有すると言った言葉を、ダリア自身が徹底して守っているのだ。

 ところ構わず吹聴しまわるような女を、気位の高い胡蝶らが支持するはずがない。おそらく情婦の世界には足の引っ張り合いもあるはずで、その中でも、彼女の存在は郡を抜いて支持を得ているという。カリスマ性というのだろうか。

 群がる蝶の中の花。

 花に群がる蝶。

 言い得て妙だと素直に思う。

「お前に褒められるとはな」

「……何よ」

「……いや」

 睨み付けてみても、ディクシードは無表情である。

「もう一つ確認したいんだけど、いいかしら?」

「今更だ。何を知りたい」

「ダリアが扱うものについてよ」

「正確に言ってみろ。あれの立場と、ここに来た理由についてではないのか」

 この男、察しが良すぎるにも程がある。本当に、頭の中を覗いているのではないだろうか。

「だから、答え合わせだって言ったでしょ。それに……分かってるなら聞かないでよ」

 言った途端に、ディクシードがフッと笑う。いつ見ても魅力的な笑みだ。

「その言いようも、昔から変わらないな。負けず嫌いが顔を出す時だ」

「どうせ進歩してないわよ」

 膨れっ面でガンを飛ばしてやった。我ながら器用な顔芸である。

「お前の推察通りだ。あれの表向きの顔は高級娼館の経営者だが、裏の顔は情報屋だ。顧客からの情報を胡蝶が吸い上げ、その情報をあの女が売りさばく」

 やはりだ。

「顧客の持つ情報も“客”ってことね。それも“上客”もいいところ」

 要は、金のもと。

「うまい事を言う」

「お褒めにあずかり光栄よ。それで? 彼女も国側の人間なのね?」

 国が認める娼館というのは、つまりはそういう事だ。ほぼ確信を持って尋ねれば、そうだと答えが返ってくる。

「あれの顔は広く、名は国の境を越える。あれの経営する高級娼館は、国を越えて繋がっている。経営外の娼館をも懐に入れるほどにな」

「……そうやって仕入れた情報を、国に提供して資金を得る」

「その通りだ。あれも切れ者というわけだ。胡蝶らにも満足な報酬を与え、うまい具合に立ち回る」

 まるでスパイのようだと思った。

「でも、私が気付くぐらいだから、彼女が情報屋である事は、それなりに知られてるんでしょう?」

「……そうだ。あれのもとには、各国の要人らが情報を買いにくる」

「この国の情勢を売られる可能性もあるってこと?」

「可能性ではない。事実、あれは売っている。あの国は売り、この国は売らないともなれば、他国の顧客を逃がすことに繋がるからな」

「……つまり?」

「あれは、あくまでも中立の立場を取り続け、常に金銭と情報とを天秤に掛けて行動に移す。情報を謀ることもせず、どこかの国に肩入れをすることもない。あくまでもだが」

「…………」

 話を聞けば聞くほど、ダリアの経営する高級娼館というものが異質な存在に思えた。いや、ダリアの存在そのものと言うべきか。

 国を相手に商売をするのだ。それも情報という商品を……

 切れ者でなければ不可能だろう。そして肝が据わっていなければ、重圧に潰れてしまう。

「あれは商才にも長けている。あれの扱うものは情報だけではない」

「他にもあるの!?」

「女物の装束や装飾具を生産し、下町や富裕層の人間に卸している。お前に与えてある装束は、あれから買い上げたものばかりだ」

「……そんなものまで?」

「あれもお前を気に入ったようだ。顔を合わせる機会があれば、試しに一着、好みの装束を頼んでみるといい。喜んで仕立てるだろう」

 いやいやいやいや。

 ……既に髪紐を頼んでしまった。

 そして、たくさん用意してあげるという返事も頂いてしまった。

「ディックス、あなたに請求が来るかも……」

「頼んだのか」

「髪紐を……」

「安いものだ」

「大量にきたら……」

「知れている」

「と……とりあえず……よろしくお願いします。できるだけ返せるように頑張ります」

 参った。

 本当に彼女は商才に長けているようだ。あっぱれである。

 どうにかして金の工面をしなければならない。今後のために。

「……すごい人ね、ダリアって」

「お前ならそう言うだろうと思っていた。たとえパリスの差し金でここへ来たのだとしてもな」

「……………………」

「気付いていたはずだ」

「……それは、まぁ……パリス本人が連れて来たんだもの。疑ってかかるわよ」

「……違いない」

「最初はね、もしかしたらって腰が引けてたわ。でもそんなもの、私が自制できていれば、どうって事ないって思い直したの。あなたとの打ち合わせ以上の事を口にしなければいい」

「あれは口が堅い。気に入った者の情報は、他に漏らす事はない。特に相手が女ともなればな。だが――」

「秘密を共有する人間は、増やさない方がいい……でしょ?」

「ああ。お前の本来の容姿を知れば、どう出るかは分からない」

 彼女も、魔女が相手ともなれば対応を考えるはずだ。いくら違うと否定しても、信じてもらえるとは限らない。

 危険かもしれない橋は渡らない方がいい。どんなに仲良くなっても、一線を越えてはならない。

「彼女、とても気さくだし、お茶目で素敵な人だと思う。親身に言葉を掛けてくれて、正直、心を開いてもいいかもなんて思いもしたの。でもやっぱり、怖くてできなかった」

「……開きたいか、心を」

「そうね。彼女の目が変わらないなら……あのままの彼女でいてくれるなら、開いてみたい。きっと心地いいと思う」

「…………」

「でも今は、開かなくて正解だったって思ってるわ」

「……そうできる時もくるだろう。だが今は、その時期ではない」

「分かってる。一線は引いておくから安心して?」

 この世界の魔女を嫌うという風習。それは既に明白だった。

 黒いドレスを気持ちが悪いと言った女官。黒馬の世話をしたがらない馬丁。小町が黒い物を嫌わないと知った時の、ランバートの驚きよう。

 今なら分かる。ディクシードが護ると言ってくれた、その意味が。

 彼は、できる限りのことをして、害意というものから護ろうと既に動いてくれているのだ。小町も、それに沿わなければならない。はみ出さないように注意を払いながら。

「何点だ」

「……へ?」

「答え合わせとやらの点数だ」

「……えっと……二十点かしら……」

「辛いな。ヤマが外れたか」

「外れてはなかったけど……満点には程遠い感じ。満点とれるように精進しなくちゃ。……でもダリアと話してみて、あなたの言っていたこと、少し分かった気がする」

「……なんの話だ」

「情婦には情婦の誇りがあるって言ってたじゃない。なんとなくだけど、彼女を見てると、そうなのかもって……」

 人から蔑まれる情婦という仕事。

 ダリアは、それを隠すことなく言動で示す。

 背筋を伸ばし、顎を上げて……

 彼女は、仕事を誇りに思っているのだ。

「その誇りっていうのが、なんとなくでも分かったから、更に五点追加ってとこかしら。今回は二十五点ね」

「……そうか。またあれに会いたいか」

「ええ、とても。楽しみだわ」

「……それならいい」

 妙に満足そうに言うディクシードに、また亡き父の姿が重なった。それを不快だとは思わず、小町自身も受け入れている。

 これではまるで、本当に彼が保護者のようである。

「聞くが、肝心の話はしたのか」

「……へ? なにそれ?」

 肝心の話とは何だと首を傾げれば、ディクシードは呆れたと言うように息を吐いた。

「何のために、私が同席しない時間を設けたと思っている」

「……えっと……?」

「“月のもの”の話だ。その様子では忘れていたのだろう」

 指摘されて絶句することになった。

 忘れていた!

 そんな小町を見て、ディクシードが唇の端を上げる。まさにニヤリと、そんな感じだ。

「私が面倒を見てもいいなら――」

「よくないわよ、変態っ!」

 今度ダリアが来る時は、忘れずに聞いておかなければ……

 だがしかし、それまでに月のものがくる可能性もある。なにぶん不定期な周期でくるのだから、早いうちに知っておく必要があった。

「何かあれば、いつでも相談に乗るからって、そう言ってくれたのよ、彼女。彼に伝言してくれたら飛んでくるって……でも、その彼が誰なのか……聞きそびれた……」

 ダリアが可愛がっているという騎士。あの肉感的な体を自由にできる男が、おそらく、近衛騎士の中にいる。

 だが、それがいったい誰なのか……

 一人一人にカマをかけて特定するという案が閃いたが、ディクシードの言葉に、再び絶句するハメになった。

「アレン・ベーグラーだ」

「…………」

 ……アレン……ベーグラー?

 年若い騎士の顔が頭に浮かぶ。

 あの青年が?

 まさか……

「あの女が構う男など、あれしかいない」

「………………はぁ!?」

「アレン・ベーグラーだと言っている。近衛の男だ」

「……わ、分かってるわよ、そそ、そんな事」

 あまりの衝撃にドモリまくってしまった。

 頼りないのか頼りがいがあるのか分からない、あの純朴そうな青年が……

 妖艶なあの美女と、いい仲だと言うのだ。

「……信じらんない……今世紀最大の衝撃ね……」

「何をわけの分からないことを言っている。あれらの仲は騎士の間でも衆知の話だ。毎日のように顔を合わせている。あれに頼めば伝わるはずだ」

「毎日……」

 確かにダリアも、毎日顔を合わせるのだと嬉しそうに言っていた。可愛くて仕方がないと言うように。

 だが、しつこく言い寄るパリスに、彼のように立派になれば相手をしてやるとも言っていたのだ。

 その相手が……アレン・ベーグラー?

 むしろ、パリスよりも頼りなく見える青年の、どのあたりが立派だというのか。是非とも詳しく聞いてみたいと思い、よからぬ妄想が脳裏をよぎる。


 もしや、ベッドの中では別人なのかもしれない、と。


「いいいいちおう、たたたのんでみる……」

「それほど動揺する必要がどこにある」

 小町の挙動を、さも理解しがたいと言うディクシードが、大人の世界の住人に見えた。事実……彼は十分に大人だ。

 そして、あのアレン・ベーグラーも、その世界の住人という事になる。

 人は見掛けに寄らないものだと、つくづく思った。

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