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二輪の騎士  作者: 小町
第一章
33/84

第32話 尋問

 稽古場へ向かう途中、例の廊下を横切った。侍従や女官の休憩所に続く彼ら専用の細い廊下である。

 今度は足を止めなかったけれど、後ろ髪を引かれてはいる。あの噂がどこまで進化を遂げているのか聞いてみたかった。

 そんな小町を、ディクシードは冷たい視線で一瞥し、颯爽と歩く。噂になど興味がないと言わんばかりで、事実、興味などないのだろう。

 そうして稽古場に着くと、昨日とは違う景色が小町の前に広がった。景色というよりも人と言うべきか。

 昨日は、三十名ほどの騎士達が剣を合わせていた。だが今は、その数倍の騎士がいる。開けた敷地の半分ほどが、騎士達で埋まっているのだ。

 ざっと見ても、二百人は優に越えている。

 圧巻だった。ポケッと彼らを眺めていた。むろん足は止まっていて、ディクシードに声を掛けられた事にも気付かない。それ以前に、打ち合う剣の音に負けて、声など聞こえはしない。

 冷たい手に腕を引かれて我に返った。

 引かれるままに足を進めていく。歩くうちに次第に喧騒が止んでいった。ディクシードと小町という異様な組み合わせに、騎士達が気付いたからだ。

 彼らが萎縮するため朝の稽古には顔を出さないとディクシードは言っていたが、その意味が分かった。

 自分に向けられる痛い視線なら覚悟していたけれど、この空気はそうではない。中には闖入者である小町へ向けられているものもある。しかし、ほとんどの視線を受けているのは、腕を引くディクシードだ。

 主君の出方を窺うかのような気配が、稽古場全体に満ちていく。いつしか静まり返っていた。

 そんな中を歩くだけで萎縮している小町だが、ディクシードはいつものように颯爽と歩く。

 静寂の中に凛とした声が響いた。

「構うな、続けろ」

 ディクシードだった。

 単調に発せられた言葉は、遠くの者には聞こえていないと思われた。それなのに、空気が変わるのが分かる。

 だがしかし、騎士達は動かなかった。

 そんな彼らにディクシードが視線を投げた。首を巡らせるのも煩わしいと言わんばかりに。

「聞こえなかったのか」

 近くにいた騎士らがヒュッと息を呑んだ。

 射竦められたのだ。

 同時にディクシードから圧力を感じた。

 この感覚には覚えがある。サーベルと呼ばれた聖獣が放った圧力だ。ガーデルードの泉でディクシードとサーベルが対峙した時、あの聖獣の放つ気迫とも言うべき圧力に、身も心も完全に呑まれてしまったのだ。

 ディクシードの放つ圧力は自分に向けられたものではない。そう分かっているのに体が強張った。腕を引かれているせいで足だけは動く。というよりも動かさなければ転んでしまう。そんな本能的な動きだけで前に進んでいく。

 ガキンッと響く剣の音を皮切りに、騎士達の稽古は再開された。既にあの圧力は消えている。

 ほんの僅かな間に見たディクシードの一面に、萎縮させると言った彼の言葉が、ピタリと当てはまるのを感じていた。

 だが不思議と、恐ろしいとは感じない。彼の持つ他の顔も知っているからだ。

 休憩中の騎士にツカツカと歩み寄ったディクシードが、ランバートの所在を尋ねた。すると、それまで呆けていた騎士達が、慌てて立ち上がろうと腰を浮かす。

 彼らを制したディクシードは、再度同じ問いを繰り返した。

「先ほどまでは稽古をしておられたのですが――」

「自室に戻られたのでは――」

 緊張気味に答える騎士達は、ランバートの居場所を知らないようだった。

「殿下、隊長は兵舎の自室におられます」

 兵舎の中から現れたのは、昨日、小町の稽古には賛成できないと言った年若い騎士だった。篝火の一件で付きまとって困らせた彼だ。

 金と茶のちょうど中間あたりの明るい髪色をしており、大きめで下がり気味の碧眼も相まってか、まだ幼さが抜けきれていないような顔立ちだ。

 小町よりはいくつか歳上だと思われ、体つきは成人男性のそれである。

「殿下がお見えになれば案内するよう言いつかっておりますので、恐縮ですが、ご足労願えますか」

 恐縮だと言い添えながらも堂々たる催促だった。あの頼りなさは微塵もない。小町を認めて頭を下げる余裕さえ見せる。

 たいした男だ。ディクシードの近衛騎士と言うだけのことはある。

 主君が頷くのを待って青年が身を翻した。ディクシードがその後に続き、小町も兵舎へ足を踏み入れた。

 厳めしい外観に反して、中はとても綺麗だった。侍従や女官の手入れが行き届いているようだ。廊下の端には花まで活けてある。

 時折すれ違う騎士達は、ディクシードに一礼して道を譲り、小町を見て瞠目する。城の侍従と同様である。だからまた、珍獣の気分を味わう事になった。

 階段を上りきって廊下を真っ直ぐに進み、いつく目かの扉の前で青年が足を止める。突き当たりの部屋かと思ったが、その一つ手前の部屋である。

「隊長、殿下をお連れしました」

「……通せ」

 躊躇なくディクシードが先に入り、促された小町は案内役の騎士に礼を言って部屋へ入った。

「片付けろ」

 開口一番。

 ディクシードの言葉が指した通り、室内は散らかっていた。衣服やゴミは見当たらないが、執務机の上は書類で埋もれ、ローテーブルやソファーの上にまで及んでいる。

「散らかってんのは今だけだ。執務の日なんだよ」

 ボリボリと頭を掻いたランバートが、言い訳めいた事を口にしながら、散らかった書類を乱雑に集め始めた。

 執務は嫌いだとブツブツ文句をたれながら、集めた書類の束を執務机にポンッと置く。書類がフワリと広がって、紙の山がより一層積み上がっていく。なだれないのが不思議なくらいだ。

 小町は呆れて息をついた。

 これじゃ片付かない。主君が来ることを予測していたなら、最初から片付けておけばいいものを。

 そう思いながらも彼の作業を手伝った。

「わりぃね」

「……私、片付けに来たんじゃなくて話に来たんだけど」

「パリスみたいな事言うなっての。そっちのも取ってくれ」

 図々しいと思いつつ、指された書類の束を手渡した。

「はい、どうぞ。これで一つ小さな貸しができたわ」

「あんた、そんななりしてしたたかだなぁ。裏のある女は嫌われるぞ」

「これぐらいで大袈裟ね。私の場合は裏じゃなくて表なの」

 フンッと言い捨てれば、相手は辟易とした表情を浮かべていた。口の達者な女だと顔に書いてある。

 一通り片付くと、ディクシードが断りもなくソファーに腰掛けた。散々傍観していたくせに、さも当然と。

 お前も手伝えと言ってやればよかった。

「話とは何だ」

 単刀直入に切り出したディクシードの隣に腰を下ろし、小町も返事を待った。よっこいしょなどと言う素朴な掛け声と共に、向かいのソファーへ部屋の主が腰を下ろす。

 なんと言うか……騎士らしくない所作である。

「だから、お前は保護者かよ。来るとは思ってたがな」

「さっさと話せ」

「話があるのはお前にじゃねぇの。そこのお嬢さんにだ」

 ランバートの一言に、部屋の空気が変わった。ピリピリとした緊張が走る。

 ……まただ。

 またディクシードがあの圧力を放っているのだ。稽古場で感じたものとは少し違うように思うが、やはり体は強張った。

「これの稽古の件なら、直接私に言えと言ったはずだ」

「……ああ、言ったなぁ」

 圧力に慣れているらしく、ランバートも負けじと応じている。

 だが慣れない人間がここにいるという事を忘れないでほしい。

「ディックス、それ止めて。体が勝手に緊張しちゃうのよ。話どころじゃないわ」

「…………」

 無言の応答の後フッと気配が緩まり、小町は詰めていた息を吐き出した。

 とんでもない圧力だ。

 特に語調を変えるわけでもなく、ただ空気がガラリと変わる。見据えた時のディクシードの表情は普段通りだというのに。

 しかしその無表情のおかげで、達者な口が怯むことなく動いてくれたのだから、それはそれでありがたい。

 ディクシードに釘を刺した小町は、ランバートをヒタと睨み付けた。

 彼にも釘を刺しておかなければ、また剣呑な雰囲気になられるのは困る。この隊長は血の気が多いようだし、ディクシードに度々絡まれては話の腰が折れてしまう。

「あなたもいちいち挑発しないで。間に挟まれる方はたまったもんじゃないの。いい迷惑だわ」

「…………」

「何?」

「いや……何でもねぇ」

「そう。それなら早く話して下さる?」

 高飛車な言動を心掛けた。しかし内容は本心だ。何度も言うが、ここに掃除に来たわけでも、二人の仲裁に来たわけでもないのだから。

 稽古の件なら再度説得を試みるつもりでいるし、罪人という疑いが晴れていないなら、そちらも出来る限り言葉を尽くすつもりでいる。

 自分の性分からして挑むような気になっているのは仕方がない。

「まぁ、あれだ。稽古の件だ。結論から言えば、あんたの稽古を引き受ける事にした」

 小町は数度瞬いた。

 望みは薄いと思っていたが、可能性として多少期待してもいた。

 それでも、展開が早すぎやしないだろうか。

 受け入れてくれたという事実を嬉しいとは思っているものの、素直に喜んでいいのか分からない。

「勘違いはするな。進んで引き受けるわけじゃない。近衛の連中と話したんだが、意見は半々だ。賛成するやつもいれば反対するやつもいる」

「…………」

「賛成した者のほとんども、あからさまにあんたを認める意見ばかりじゃあない。ディクシードの手を煩わせるのが気に入らんからだ。こいつが気にしねぇなら構わねぇようなもんだがな、連中はそう思っちゃいねぇのよ。建前が先に立つんだわ。反対した連中も、それに引きずられる形で渋々頷いたってところだ」

「……そう……それでも、引き受けてくれるのね」

「それともう一つ理由がある。こいつと剣を合わせるってのは、騎士にとっちゃ特権とも言えるもんだ。あんたは知らんようだが、こいつの腕の右に出るもんなんぞ、どの国探してもいやしねぇ。この国の騎士、それもディクシードの近衛に引き上げられたもんだけに許された特権だ。それを女に横取りされるなんざ鼻持ちならんわけよ。子供じみた意地みたいなもんだがな、理解してやってくれ」

 小町は頷いてみせた。

「とか言いながら、俺もこいつとの手合わせの為に兵に志願した身だ」

 ランバートは言う。

 動機は不純だが、同じようにディクシードの剣技に憧れ、兵へと志願してくる者は少なくないそうだ。それほど彼の腕は広く知られており、羨望に値するものなのだと。

 昨日の稽古を見た今なら、自然と頷けた。ディクシードの近衛騎士のみに与えられた特権を、パッと出の娘なんかに簡単に与える気はないという言い分も分かる。

 その意地のようなものが、引き受ける理由の大半を占めているのだろう。

 しかしどんな理由であれ、彼らに受け入れてもらえただけで十分だ。

「物分かりのいいお嬢さんでありがたいもんだ。だが条件もある。あんたの稽古を引き受けるのは、近衛である俺達だ。俺達のやり方に従ってもらう」

 ランバートの挙げた条件というのは、ありがたい事に、稽古の時間帯を夕刻から晩にかけて行うというものだった。ディクシードの都合によっては夜中を過ぎることも少なくないそうだ。

 近衛騎士は全てにおいて主君を支点にして動くと言う。ならば、彼らの稽古がディクシードの動きによって左右されるのは必然だ。

 小町もそれに合わせる事になる。こちらとしては好都合だった。

 近衛騎士も朝の稽古に参加する事もあるが、必ずしもとは言えないらしい。つまり朝の稽古というのは、城内の警護に当たる騎士達と、近隣の村や町の警護につく騎士達がメインになる。

 衛兵と呼ばれる彼らの稽古は、早朝から昼頃までと決まっており、夕刻以降は近衛騎士とディクシードの稽古が始まるそうだ。

「見てもらったなら分かると思うが、昼までの稽古ってのは、こむさい男どもばっかなんでな。そこに女が飛び込むのは……まぁ、いただけんわけよ。野獣の巣窟に子鹿を放り込むようなもんだろ?」

 その言い分も、もっともだと思う。鷹揚に頷いて見せた。

「そんなわけで、あんたの稽古も夕刻以降になる。飯の時間はズレるし、ご婦人方が大事にしている肌の手入れとやらの時間も、そりゃもう当然遅くなる」

「…………」

「稽古にも加減なんぞせんつもりだ。これに関しちゃ、あいつらも俺も同じ意見なんでな。……もともとこいつの近衛は、叩き上げの連中が揃ってんだ。斬り捨てるような真似はせんが、新米の兵と同じように稽古をつける。女だからって特別に扱ってもらえると思ってるなら、考えを改めておけ」

 考え直すなら今のうちだと、ランバートは言った。

 精悍な顔付きに更に凄みを効かせて見据えてくる。小町は怯むことなく頷いた。

「望むところよ。手加減なんてされてちゃ意味がないもの。さすがに斬られるのはごめんだけど」

「最初っから実剣なんぞ与えはせん。稽古用の木剣だ。当たりゃあ、かなり痛いと覚悟しとけ。あんたご自慢の白肌は直に傷だらけになるぞ。……それでもやるか?」

「傷なんて慣れてるわ。問題ない」

 バイクに乗る人間で、転倒の経験がない人などいないだろう。あの衝撃は相当のものだし、息が詰まるような感覚は忘れもしない。

 上手く乗りこなせているつもりでも、日によって全く違う結果になるのは当たり前なのだ。ましてや相手は自然相手のダートであり、晴れの日でも地形の表情は様々である。何度も転倒したのは言うまでもない。

 舗装道路を走るロードレーサー達も、気候によって路面の表情は変わると感じているはずで、彼らも転倒の経験は必ずあると言っていい。

 小町の場合、たまたま目につく範囲に大きな怪我をしなかっただけだ。医師に診てもらわずとも何とかなる程度の怪我ばかりだったが、足や手の指が動かしにくくなるほど腫れた覚えもある。

 幼い頃に負った脇腹の傷は、今でもうっすらと縫い痕が残っている。

 騎士達の比にはならないだろうが、ある程度の痛みになら慣れている。だから問題ない。

 そんなつもりで言った言葉に、ランバートが即座に食いついた。

「……ほう。どんな傷に慣れてんのか、是非とも聞いてみたいもんだ」

「ランバート」

 咎めるように名を呼ぶディクシードを視線で制し、小町はツンと顎を上げてみせた。

 何を指して言われたのか直ぐに分かった。どんな過ちを犯して罰せられたのか聞いてみたいと言っているのだ。

 罪人という疑いは、どうやら晴れていないらしい。

「そうね……打ち身なら何度も経験してるし、擦り傷やかすり傷も日常のうちよ」

 最近では、口うるさい義姉達の目を気にして、小さな怪我にさえ気を付けていた。

 婚約披露パーティーを控えた二週間ほど前、義姉達によってバイク禁止令が発令されかけた事もある。ドレスを着るんだから肌に傷をつけてはいけないと。何とか説得してバイクに乗り続ける事はできたが、慎重に運転するよう心掛けていた。嘘ではない。

 小町の発言に瞠目したのはランバートだった。

「どんな育ちしてんだよ」

「とんでもない罪人だと言いたいの? 幼い頃から罰を日常的に受けてきた娘だと?」

「…………」

 ズバリ切り込めば相手が押し黙る。多少なりと思っているのだ。

「その汚名は見過ごせないわ。私は罪人じゃない。ここでハッキリさせたいんだけど、どうすれば疑いは晴れるのかしら?」

 好戦的に見返すと、観察するような目を向けてくる。

「脱げば満足してもらえるのかしら? 下着も取った方がいいならそうするわ、教えてちょうだい」

 もちろんハッタリだ。そのうちディクシードが止めてくれるはず。

 ドレスの胸元のボタンを二つほど外すと、待望の待ったが掛かった。

 声の主はディクシードではなくランバートである。

「止めろ。騎士としての名が廃る」

「あら? いたいけな娘を罪人だと疑うのには、騎士の名は関係ないというのね」

「痛いところをついてくるが、それに関しちゃこいつが絡む事なんでな。仕事のうちだ」

 ディクシードの近辺に得体の知れない娘を置きたくないというのだ。確かにその配慮も彼の仕事のうちだろう。

「やましくねぇんなら素性は話せるはずだ。こいつは口を閉ざしちゃいるがな、あんた自身はどうなんだ? その……喋れないような内容なのか?」

 女官達の噂が耳に入っているらしく、ランバートは慎重に言葉を選んでいるようだった。乱暴されたというなら掘り下げては聞くまいと言うように。

 再びディクシードが制するようにランバートの名を呼ぶが、小町はそれに被せるように答えた。

「信じてもらえないと分かっているのに話すだなんて、私には無駄な事のように思えるわ」

 疑いを晴らす為なら、率先して話すべきだろう。

 しかし、全てを話して信じてもらえるなどとは微塵も思っていない。必要でない情報まで与えてやるつもりはない。

 ここからは駆け引きだ。

「一理あるが、それを決めるのはあんたじゃない。こっち側の人間だ」

「…………」

「あんたの素性は調べさせているところだ。日は経ってねぇが、直に知れる事になる。今のうちに話しておいた方がいいんじゃねぇのか?」

 脅しのつもりかもしれないが、そんなものは調べたところで何も出てきやしない。

 何せ自分は、この世界に存在さえしていない人間なのだから。

「何を話せばいいの?」

「国はどこだ」

「イギリス」

「そりゃ国の名か?」

「ええ、もちろん」

「…………。なぜ国守を知らない?」

「なぜって言われても知らないものは知らない」

「聞いたこともないのか?」

 自信を持って頷いた。

 国守どころか……聖獣という獣も、魔物という怪獣も、不思議な石だって知らない。こちらの世界の常識など持ち合わせていない。

「信じられんな」

「そうでしょうね。だから喋るだけ無駄なの」

「…………」

「信じてくれなくても、この尋問は続くんでしょう? それなら先に白状するわ」

 小町はよく回る舌を最大限に活かして、自分の素性を正直に言い連ねた。

 まず、実の父と母について話すと、尋問官は聞いたこともない国名に驚き、更に混血なのかと瞠目していた。混血とは大袈裟なと思いながら聞き流し、幼いうちに両親と兄を事故で亡くしたと言うと、彼は押し黙って聞いていた。

 その後施設に引き取られた事、伯爵という位を持つ叔父に引き取られて養女になったと話すと、それに関しては妙に納得している風だった。

 自分に関する素性というのは、せいぜいがそんなものだ。ここまでの情報は、信じる信じないを別にして、与えても問題ないものばかり。

「あんたの所作が貴族特有のもんだとは思っちゃいたが……話を聞いた限りでは頷ける」

 だがランバートは、罪人かどうかは話は別だと言い添えた。あくまでも、素性に関する情報が手に入り、それを吟味する必要があると言うのだ。

「それにな、やっぱ合点がいかねぇんだわ。貴族に養われて育ってんなら、国守や生気の事を知らんというのがおかしいんだ。市井の子供でも知ってる常識だからな。もう一度聞くが、なぜ知らんと言い切れる?」

「知らないものは知らない。なぜなんて聞かれても、知らない事に理由なんてない」

「だがな――」

「逆に聞くけど、あなたは、なぜイギリスを知らないの?」

「…………」

「私の国では、子供からお年寄りまで国の名前は皆知ってるわ。それなのに、なぜあなたは知らないの?」

 同じ問いばかり繰り返され、辟易していた。やり込めてやるつもりで、黙り込む男を前に更に理屈を並べていく。

「なぜなんて聞かれても答えられないでしょう? あなたが私に聞いた事は、今私が尋ねた内容と同じ意味を持ってる。知らないものは知らないんだもの。何度聞かれても、そう答えるしかないわ」

「本当に知らないんだな?」

「ええ、知らない」

 自分の中の常識は、イギリスという国の名を知っているという事だ。聖獣や生気の知識はそこに含まれていない。

 しかし、知らないままでいいとは思えないから、ディクシードに教えてもらっているところなのだ。

 チラリと横目でディクシードを見たが、彼は相変わらずの無表情でランバートに目を向けていた。対するランバートは、眉間にシワを深く刻み、何やら考え込んでいる。

「ひとまず、俺の知らないイギリスという国があると仮定して――」

「あるの。私が生まれた国よ」

 睨み付けると、目の前に座る男はグリグリとこめかみを揉みほぐした。

「あんたにゃ悪いが、ひとまずという事にしといてくれ。頭を使うのが苦手なもんでな」

 よく言うわと胸の内で呟いた。

 この男も頭の回転は早い。先ほどの尋問も彼からしてみれば屁理屈でかわされたようなものだ。あえて見逃しているのは、本題を控えているからだろう。

 既に回答は用意してあるのだから、いつ振ってきてもらっても問題はない。

「もう一つ肝心な事を聞いておきたい。どうやってガーデルードに迷い込んだ? あそこは凡人が出入りできる場所じゃねぇんだわ」

 やはりそこを突いてきた。ディクシードの言った通りだ。

「仮に迷い込んだとしてもだ、国守の許可がねぇやつは奥まで辿り着く事はできん。出てくる事もな。そういう仕組みになってんだ」

「あの人、私の生気を食べるぐらいだから、おなかがすいてたんじゃないの?」

「あそこにゃ魔物がいるんだよ、お嬢さん。人の生気なんぞ食らわんでも餌はある」

「そうみたいね。でも、あの人のおかげで動けなくなったのは事実だわ。どうして私の生気を食べたのかは分からないけど、本人に聞いてやりたいくらい根に持ってるんだから」

 本心だった。今度会ったときは、必ず一言物申す気でいる。

 主張すると、ランバートはスッと目を細めて見据えてくる。

「話を逸らしてもらっちゃ困る。俺が聞きたいのは、どうして国守が生気を食らったかじゃあない。どうしてあそこにあんたが居たかだ」

「…………」

「百歩譲って、国守があんたを招き入れたとしても、あんたの目的はハッキリ知っておく必要がある。あそこはな、この国の庇護の要となってる場所だ。そんな所に、あんたみたいな娘がどうして居たんだ」

 罪人と同列に間者という疑いもかかっていたらしい。この世界で体を手に入れてからというもの、いったいいくつの顔を持ったのだろうか。げんなりだ。

 嘆いたところで、こればかりは誰のせいでもないのだが。

「それも答えなきゃいけないの?」

「先に言っておくが、信じるか信じないかは俺が判断する事だ」

「そうね。でも信じない事に賭けてもいい」

「言ってみろ」

「……気付いたら、あの国守っていう人の所にいたのよ」

 これは嘘だ。気付いた時にはディクシードの執務室だった。彼以外には悟られない幽霊のような存在として、出窓から景色を眺めていたのだから。

 この回答はディクシードとの口裏合わせで決まったものだ。サーベルの所へいつの間にか現れたという事にしておいて、真否については、あの聖獣任せにしてしまおうと。

 誰も信じないと指摘したが、ディクシードはそれでも問題ないと言い切った。あの聖獣に真否を問うことができる人間など、ほんの一握りしかいないからだと。

 それに加え、サーベルは必ずこちら側に協力するとも言っていた。確かに、小町を城に置いてやれと口添えしてくれたのは、他でもないあの聖獣だった。

 後ろ楯とまでは言えないが、そんなつもりで構えていた方が虚勢は張れる。

「んな話が通るわけねぇだろ。もちっとマシな嘘をつけって。あんた、まるっきしバカな娘じゃねぇだろうによ」

 尋問官は、またこめかみを揉んでいた。かなり面倒くさそうな様子で、哀れなものを見るような目を向けてくる。頭の痛い子だと思っているに違いない。

 もし尋問するのが小町なら、こんな話は論外だと即刻部屋から摘み出しているところだ。ランバートの気持ちはよく分かる。

「もっぺん聞くがな、どうしてガーデルードに居たんだ?」

「どうしてなんて分かるわけないわ。気付いたらあそこに居たんだもの」

「なら、それまで何をしていた? まさかとは思うが、昼寝なんぞと言う気じゃ――」

「昼寝じゃなくて、寝室で普通に寝てた。夜だったもの」

 さも当然と言ってのけた。今度は事実だ。

「自分の足で歩いてきたわけじゃねぇって?」

「ええ、そうよ。歩いた覚えなんてないし、空を飛んだ覚えもない。嘘だと思うなら、あの聖獣に聞いてみるといいわ」

「…………」

 しばし男は押し黙り、苦々しげに呟いた。

「証人は国守だけってわけか」

 ディクシードが言った通り、国守と呼ばれる聖獣に問い質す術がないのだろう。これなら問題ない。後の尋問も同じ様にかわしていけばいい。

 だがその前に、防衛線はしっかり張っておかなければ。

「他にもいるわ」

「……誰だ」

「私の婚約者。一緒に寝てたから」

 会う機会があれば本当かどうか聞いてみろと言い捨てた。

 当然、呆れるだろうと様子を見ていたが、ランバートは切れ長の目をみるみる大きく見開いていく。

「………っ、婚約者だぁ!?」

 頓狂な声を上げる男に、小町は内心首を傾げた。

 尋問官のこれまでの態度は、自分のことをディクシードのお相手だと訝ってのものではない。罪人や間者だと疑う相手を主君のお相手だと関連付けはしないだろう。それならば、なぜ婚約者という所に食いついてくるのか。それが分からない。

 情婦という肩書きの女に、既に婚約者がいるというのがおかしいのだろうか。無理があるかとディクシードに確認しておいたが、おかしくはないと言っていた。

 金持ちに見初められる事を夢見る彼女らは、目当ての男性から好意を勝ち得れば、結婚の約束を取り付ける。そうして男性が迎えにくるまで、いずれ嫁ぐ身だと大っぴらに公表し、娼館に身を起きながら暮らすものなのだそうだ。

 その間客は取らないが、男性側はそれなりの金を娼館に支払うのがルールであり、金が底を尽きても男性の迎えがない場合、その情婦はまた客を取るようになる。そういうシステムだと聞いていた。

 それなら、情婦に婚約者がいても何らおかしくはない。そう思い、妃候補へ担がれる事がないよう、婚約者がいるのだと防衛線を張っておく事になったのだが……

 ランバートのこの驚きようは、いったい何なのだろうか。

「私に婚約者がいるのが、そんなに驚く事なの?」

「違う……いや、そうなんだが……そうじゃねぇ」

 訳の分からない返答をしたランバートは、主君へ物言いたげな目を向けた。

「その様子じゃ初耳ってわけじゃなさそうだな、ディクシード」

「……ああ。これから聞いている」

 それを聞いた男は盛大な溜め息を吐き出し、椅子の背に大仰な仕草でもたれ掛かった。

「俺はてっきり……」

「…………」

「…………」

 妙な沈黙が訪れた。

 いい加減、話を戻してもらいたいと、いたたまれなく思い始めた。

 男の言葉に続くのは、やはりディクシードのお相手というものだったのだろう。罪人と疑う女を、どういう観点からそんな対象として見ていたのかは疑問に思うが、間違いないようだ。ディクシードが小町を傍に置く理由を、好意を寄せているからだと。

 しかし自分と彼の関係は、間違ってもそうではない。恋人でもないし、婚約者にもならない。その為に、情婦という噂を否定しないと彼に約束してもらったのだ。

「わりぃな、お嬢さん。こいつが了承してるんなら、あんたに婚約者がいたところで何の問題もない話だ。俺が勝手な誤解をしただけだ、話を戻そう」

 誤解を与える関係であることは否めない。頷いてみせた。

「あんたが罪人じゃねぇとしても、間者の線は消えねぇ。あの国守にどうやって取り入ったのかは知らんが、こうも堂々とこいつに近付かれちゃぁ、疑われても仕方がねぇだろう?」

「確かにそうかもしれないわ。でも私が間者だとして、はいそうです、なんて認めると思ってるの? 目的をツラツラ喋る間者だなんて、お話にならないわ。そんな人間を誰が使うもんですか」

「そりゃそうだ」

「それならどうして私に聞くの? 話したところで鵜呑みにする気なんてないのに、どうして聞きたがるの?」

 そもそも間者という疑いに潔白を証明する手立てはない。ランバートも証明は難しいと踏んでいるはず。ここで自分が回答したところで、信じる気がないのなら、彼らの状況は変わらない。

 この尋問自体、はっきり言って無意味だ。素性なら勝手に調べてもらって構わない。

 早々に引き上げたいという意思を込め、言外にまだ聞くのかと突き放しにかかったが、相手はやはり一筋縄ではいかなかった。

「その言い分も筋は通っちゃいるが、まぁ、そう言うなって。もうちっと付き合ってくれ」

 小町の意図をしっかりと汲んだ上で、まだ付き合えと言ってくる。この男の真意が掴めない。

「婚約者がいるんなら、ディクシードの相手にのし上がる気なんぞ更々ないんだろうがな。ならあんたは、いったいここで何をする気だ? 剣の稽古って回答は受け付けねぇ」

「形式的な質問? それならこう答えるわ。目的なんて別にない」

「へぇ、そうかい。形式的な答えってんなら、俺は正直に話せって脅しでもかけりゃいいのかねぇ」

「…………」

「…………」

 睨み合いとも言える沈黙が続いた。

 このままでは堂々巡りだ。何を言っても信じてもらえないなら、本音を言っても同じだろう。

 この部屋から出て行きたかった。

「目的なんてないけど……しいて言うなら、家族の元に帰りたい」

 きっと皆、目を覚まさない自分を心配しているはず。体調が悪いのだと、そう思っているだろうから。

「……あぁそうだった。あんた、寝てるうちにガーデルードに居たんだっけか」

 わざとらしい言い方にカチンと来たが黙りこんだ。信じてくれなどと泣き落としをかける気にもならない。

「帰りたいってんなら帰りゃいい」

 ランバートは、何の気なしにそう言ったようだった。

 しかしその言葉が胸を抉り、小町は拳を握り締めた。

「その痣、男に乱暴されてついたのかと思ってたがな……その、なんだ、女官どもの言う情事の痕ってのも、娼館の客相手じゃねぇわけか。あんたの中じゃ、婚約者と一緒だったわけだからな」

「……ええ」

「それなら、国へさっさと帰れ」

「…………」

「こいつがあんたを気に入って離さねぇってんなら、こっちも考えにゃならんがな、どうもそうじゃねぇようだし。お望み通り国へ帰れ。肩の荷が下りるってもんだ」

 その言い分ももっともだ。

 でも――

「……帰れない……」

 ボソボソと呟くと、ランバートは不愉快そうに顔をしかめた。

「ああ? 帰れないじゃなくて、帰らないの間違いだろ? 言葉ってのは正しく使え。目的もないってんなら、帰れるだろうがよ。ましてや家出でもねぇんだろうし」

「……そうだけど……帰り方が分からない」

「…………」

「…………」

「はっ、何だそりゃ!? んなわけねぇだろうが? イギリスってな国を知ってるやつに聞きゃあいいじゃねぇの。どう行きゃいいってな」

 さっきの問答は屁理屈だ。この男もそれを分かって言っている。イギリスを知る者などいやしないのだと。

 こんなタイミングでやり返されるとは思ってもいなかった。帰りたいなどと口にしなければ良かった。もはや取り消しはできない。

 悔しくて男を睨み付けた。

「今度は迷子の振りか? そんな顔をしても無駄だ。あんた、いくつの顔を使い分けてる?」

 腹が立って一層拳を握り締めた。動揺してはダメだと自分に言い聞かせ、大きく息を吐き出した。

「好きに言えばいい。どうせ誰も信じやしないんだから。ディックスが嘘だと言わないなら……誰か一人でも本当だと言ってくれるなら……私はそれで構わない」

 信じてもらえるとは微塵も思っていない。自分だってランバートの立場なら決して信じない。彼のように、頭の痛い娘を主君の傍から引き剥がそうとするだろう。

 しかし、そうしたところで一時しのぎにしかならない事は、小町もディクシードもよく分かっている。あちらの世界へ戻れたとして、次にこちらへ来る時、おそらくはまたディクシードの傍で目覚めるのだ。

 今のところ、この法則が狂った事は一度もない。狂っているのは帰る際の法則なのだ。未だに合図はないのだから。

 握り締めた拳が痛かった。心に棘が刺さっていく。抜きたくても抜けない棘だ。

「噛むな」

 声につられて隣を向くと、ディクシードがこちらを見ていた。その視線が自分の口元へ注がれている。気付かないうちに、また唇を噛んでいたらしい。

「恋人がそれを目にしたなら嘆くはずだ。噛むな」


 ――何度でも注意してやる。


 ディクシードは……そう言っていた。

 彼は嘘をつかない。気休めなど口にしない。

 小さく頷いた小町は、そこを隠すように俯いた。

 この傷は……もう痛くない。

「おい、ディクシード。まさかとは思うが、お前、この娘の言い分を信じてやしないだろうな」

「事実だ」

「……根拠は何だ? 国守か?」

「これがそう言っている」

「話す気はねぇってのか。分かっちゃいたがな」

 信じるか信じないかはランバート次第だ。小町としては一通りの事は話してみせたのだ。全てではないものの、話した内容はほとんどが嘘ではない。ディクシードとの打ち合わせを元にした内容であって、不備はない。

 間者という疑いに関してだって、潔白など証明できやしないのだ。やり返された棘は抜けないが、それは自分の力不足。

 ……もうここには用はない……

 スックと立ち上がった小町は、ディクシードを真似てツカツカと歩いた。扉の前で立ち止まり、ランバートを振り返る。

「信じなくても構わない。でも約束は守って。稽古は夕刻からよ」

 それだけ言って部屋を後にした。


 ◇◇◇◇◇◇


 取り残された男が二人、無言で対峙していた。

 無機質な目を家臣に向けるディクシードと、硬い表情のまま硬直しているランバートだ。

 小町が退室した後、それは突然起こった。

 ビリビリとした緊張感が室内の空気を振るわせ始めたのだ。

 一瞬のうちに、目に見えぬ圧倒的な力がランバートを拘束していた。小町が感じたものなど話にならないほどの圧力だ。

 ランバートは自身の生気を解放し、何とか耐えていた。そうしなければ、体を動かす事も視線を投げる事も、直にできなくなってしまう。この力に呑まれてしまうからだ。

 圧力を放っているのは主君であるディクシードであり、そしてそれを真っ向からぶつけられているのは、間違いなく自分なのだ。

 生唾を呑んで視線を向ければ、感情のない瞳と目が合った。

「あれに構うなと言ったはずだ」

 ディクシードの目が、スッと自分から逸れた。その視線の向かった先が寝室だと分かり、ギクリと肩が震えるのを抑えられなかった。

 やはり嗅ぎ付けていたか……

「パリスに伝えておけ。あれは国へ帰す、邪魔をするなと」

 主君の目は未だ寝室の扉を向いている。

 それなのに、放たれた圧力が見えない鎖となって衣服の上を這ってきた。それはまるで死人の手のような冷たい感覚で、ジワジワと喉もとへ近付いてくる。

 生気を使って身を守り、掠れた声を絞り出した。

「……お前は……それでいいのか……あの娘を、手放すのか」

「もう一度言う。邪魔をするな。貴様もだ、ランバート」

 ようよう頷いて見せた。

 その瞬間放たれていた圧力が一気に緩み、大きく息を吐き出した。水が欲しいと内心喘ぎながら、深い呼吸を繰り返して体の強張りをほぐしていく。

 これでやっと、まともに話ができる……

 立ち上がったディクシードを見返せば、待ち構えていたかのように主君の声が降ってくる。

「あれに生気の扱いを叩き込め」

「……稽古はどうすんだよ」

「平行しろ。昼を使えば三日もあれば十分だろう」

 それを聞いたランバートは、ディクシードの思惑を察し、仰天して立ち上がっていた。あの緊張感など、驚きすぎてどこかにすっ飛んでいる。

「おまっ、あの娘を同行させる気か!?」

「だったら何だ」

「今度のは規模が違うぞっ! またあれに耐えろと強いるのか!?」

「あれは耐える。そういう娘だ」

「…………」

「帰還している兵を集めろ。会議は二日後だ。概要については後で話す。稽古後、パリスと共に私の元へ来い」

 淀みなく言い終えたディクシードは、さっさと身を翻して部屋を出て行ってしまった。

 見送った男はドサリとソファーへ腰を下ろし、天井を仰いで目を閉じた。

「……あいつ……何を考えてやがる……」

 主君の思惑について冷静に考えようと試みたが、頭に浮かんでくるのは、悔しそうに自分を睨み付けていた娘の表情だ。

「クソッ!」

 ドカッとローテーブルを蹴り付けた。

 派手な音を立てたテーブルが対面するソファーにぶつかって制止する。

 八つ当たりだ。

 あの娘を相手にしていると、どうにも調子が狂う。もう少し穏やかに話を聞き出す予定だったのだが……

 女には決して使わない棘のある言葉が、気付けば口をついて出ているのだ。泣かれては面倒だと避けているはずの、キツい言葉が……

 昨日の問答で口の相性が悪いことは自覚していた。にも関わらず、わざわざ呼びつけてまで話をするよう仕向けてきたのは、他でもないあの男だ。

 あの娘に罪人や間者という疑いをかけ、情報を引き出せと。

 おかげで化け物の怒りに触れてしまったではないか。

 これまでも、ディクシードの放つ圧力なら幾度となく体で感じてきてはいた。自分にも向けられた事もあるそれは、牽制の意味合いが強いものだ。

 しかし先程感じた圧力は、全く異なるものだった。

 ――邪魔をするな。

 冷たく静かで、それでいて恐怖すら抱く激情だ。

 喉へと這ってきた冷気を思い出すと、身震いしてしまいそうになる。

 返答を間違えていれば、絞め殺されていたかもしれない。生気を解放してもなお、太刀打ちなどできない圧倒的な力だった。

 息が詰まるかと思った。未だに喉が乾いている……

 それもこれも全て、あの男のせいだっ!

 ランバートは恨めしげに寝室を睨み付け、声を張り上げた。

「おい、おら、パリス! さっさと出て来い!」

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