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二輪の騎士  作者: 小町
第一章
32/84

第31話 対価の石

 翌朝、小町は用意されていた朝食を一人でとっていた。パンを千切って口に放り込み、スープを飲んではサラダをつつく。黙々と食べ続けた。

 ディクシードはいなかった。彼は昨夜、この部屋のソファーで休むと言っていた。もちろん遠慮してもらいたいと主張したが、情婦の部屋で休んだところで誰も怪訝には思わないと言い返してきた。

 彼らしい切り返しだと思ったし、本音が違う事も分かっていた。

 小町があちらの世界へ戻れるかどうか、知っておきたいのだ。そして、こちらへ戻ってきた時の為に、この部屋で休むつもりなのだろう。それが分かっているのもあって、執拗に食い下がりはしなかった。

 この部屋で休んだディクシードは、小町がモソモソと起きる気配を察して朝食を用意し、執務に戻って行ったのだろう。どういうわけか、彼は遠くの物音や気配を察知するのに長けているし、寝室の気配など容易く知り得ただろうから。

 昨日よりも少しだけ量の増えた朝食を食べ終え、トレーを持って廊下へ出る。昨夜と同じ場所にある配膳のワゴンにそれを置く。ここまでしておけば、後で女官が下げに来るのだと教えてもらっていた。

 侍従達との接触を望んでいない小町にとっては、ありがたい段取りだ。ディクシードがそのように手配してくれたのか、はたまた都合のいい元来のシステムなのかは分からない。しかし、とにかくありがたい事ではある。

 室内に戻り、出窓を陣取る灰色の猫に近寄って、その背を撫でてみる。白猫は部屋にはいない。どこに行ったのかは分からないけれど、あの猫もここにいる猫も聖獣である。心配していない。

「……綺麗ね」

 朝日を受けた中庭は、とても美しかった。気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしながら、灰色の猫が長いしっぽをユラユラ揺らす。

 一晩眠ったおかげで、昨夜よりも頭の中がスッキリしている。

 だからかもしれない。自分の置かれた現状を、もう少し前向きに考えようと思えるようになっていた。ディクシードが言った通り、知る事から始めようと。知ったものの中から、少しずつ受け入れていけばいいのだと。

 この世界は現実で、縋りたい腕はここにない。どんなに不安だと嘆いたところで、ケヴィンはここにはいない。

 この場所で、一人でしっかり立てるようになるまで、前を向き続けていなければ不安に押し潰されてしまう。

 揺れる事への恐怖は、知った時に味わえばいい。知る前から揺れるのを恐れていては、ただの臆病者と同じだ。

 知って、揺れて、そして……乗り越えていきたい。

 揺れることも、強くなるための大事なステップだと思えば、きっと大丈夫。

 だから、少しずつでも知ることから始めよう。

 朝食もとった。身嗜みも最低限整えてある。ディクシードのいる執務室へ顔を出すべきかもしれないが、何となく気分が乗らない。まだ少し、臆病風が吹いているらしい。

 彼の態度が変わらないのは分かっているけれど、どうにも身構えてしまいそうで顔を合わせずらい。

 知る事に腹を括ったのだから、このくらいの小さな風に、ちょっとぐらい当たっていてもいいと思う。

 そんな風に思う自分は、やはりディクシードに甘えているのだろう。

 ソファーへ座り、絵物語の本を開いた。文字の学習をして、心に吹く風を落ち着かせようと思ったからだ。

 だが数行も進まないうちに部屋の扉が開いた。ディクシードだった。

 ドアノブに手を掛けた彼は、そのままの姿勢でたっぷりと数秒間静止した後、何も言わずに扉を閉めて出て行った。

 部屋には一歩も入っていない。

「何……あれ……」

 ペンを片手に、呆然と呟いた。あからさまに避けられた気がする。確かに、顔を合わせずらいとは思っていたが……

 避けるというのは彼らしくない態度だし、何か理由があるのかもしれない。そうは思うが、何か言い置いて行けばいいのにとも思う。

 無言で扉を閉めるなどと、あまりにも露骨すぎやしないだろうか。バッチリと目は合っていたのだから。

 普段なら追いかけて行って文句でも言ってやるところだが、それもやめた。文字の学習をしたら、自分から出向いて行こう。何とも思っていない振りをして油断させ、散々文句を言ってやろう。それがいい。

 解読を始めて二ページほど進んだ頃、また部屋の扉が開いた。入ってきたのは、やはりディクシードだった。

 今度は静止する事なく歩いてきた彼は、真横に突っ立って見下ろしてくる。露骨に避けたかと思えば、露骨に観察をする。いったい何がしたいのか。

 平常心、平常心と心の中で繰り返した。

 挨拶をしても返事はなく、ディクシードは見下ろすばかりだった。しばらくそうしていると、だんだん不安になってきた。

 間違った挨拶をしたのだろうか。それとも、このドレスがおかしいのだろうか。確かに胸元は寂しいが、ゆったり着られるからと気付かぬふりをしてはいる。

 自分の胸に目をやると、彼がようやく口を開いた。だがやはり失礼な内容だった。

「お前の生気は底無しか」

 まるでブラックホールのような言われようである。

 遠慮すら微塵もない態度は、昨夜同様、普段通りの彼だった。避けたわけではないらしい。

「本当に失礼な人ね。よく眠れたかぐらい言えないの?」

「よく眠れたとしても、二日で回復する事などあり得ない。底無しではなく何と言えばいい」

 もういい。底無しで結構だ。生気も回復しているようだから、今は許してやろう。

「あなたは? ソファーでなんて、ゆっくり休めなかったでしょう?」

「問題ない。お前の寝相は悪くはなかった」

「…………」

 ……寝相?

 なぜここで自分の寝相の話が出てくるのか。

「あなた、どこで寝たの?」

 問うと、ディクシードの視線がスーっと寝室に向かう……

 この部屋は与えられた小町の自室であり、ディクシードの視線の先にあるのは、もちろん小町の寝室である。

「狭くはなかった」

「…………」

 この男、いったいどこで寝た!?

 抗議のために立ち上がった小町を気にする風もなく、真顔の男がソファーを視線で指し示す。

「座ったらどうだ」

 実に飄々としたもので、自分は颯爽と向かいに腰かけ、座れとまた促してくる。

「冗談でしょ?」

「……さぁな」

「どっち!?」

「……寝ても良かったのか」

「いいわけないでしょ!?」

 この変態め。

 まったく笑えない冗談だ。

 睨み付けても、どこ吹く風である。

 すっかり気まずさまでもが吹き飛び、ドスンと勢いよく腰を下ろす。すると、ローテーブルに小さな箱が乗せられた。

 ちょうどリングケースくらいの大きさで、目にした瞬間、ドキリとしたのは否めない。昨日も何度か妃候補になれと薦められたからだ。

 だが箱は木製のもので、存外ザっとした造りをしている。どうやら過剰反応だったようだ。

「石が入っている。開けてみろ」

 ……石。また“石”だ。

 手に取り上蓋を開くと、琥珀色をした半透明の鉱石が入っていた。何かに包まれるわけでもなく、無造作に転がっている。指の爪くらいの小さなもので、カットもされていないらしく、丸く平らな形をしていた。

 どう見ても指輪ではない……

「触れてみろ。手には取るな」

 何がしたいのか分からないが、言われた通り、慎重に触れてみた。

 チョン、と。

 ディクシードから何の反応もなく、ただ触れただけだった。チョンチョンとつついてみたが、やはりただの鉱石だ。撫でてみれば表面はツルツルしている。研磨だけしてあるのだろうか。

「気分はどうだ」

 ……気分……?

 ここで気分を尋ねるのか意味が分からない。

 この場合、鉱石への感想を尋ねるのが一般的だと思う。

 綺麗な石だろうとか何とか。

「普通よ」

 訝りながら答えると、今度は手に取ってみろと彼が言う。

 何ともなしに摘み、改めて鉱石を眺めた。目線まで掲げて、向こう側を透かすように片目を閉じたてみたが、濁りが強くて何も見えなかった。角度を変えて眺めても、日に透かしてみても、やはり何も見えない。

 そうこうしているうちに、石に変化が現れ始めた。

 徐々に赤みを帯びていく……

 少しずつ、ゆっくりと。

「対価の石だ。触れた肌から生気を吸い上げる。気分は悪くないか」

「……大丈夫……みたい」

「今後はそれを身に付けておけ。お前の底無しの生気を抑えこむ必要がある」

 ディクシードは言った。

 このまま生気を垂れ流せば、それは災いの元になるのだと。

 抑制されていない生気は泉での一件のように、よからぬ物を惹き付けるのだそうだ。

 垂れ流しの生気が危険だということは、あの森で十分に思い知っている。それを未然に防ぐための処置ならば、甘んじて受けるつもりでいる。

「お前の生気は強い。惹き寄せられるのは魔物だけとは限らない。扱い方を覚えるまで、それを使って抑えこまなければ、周囲の者をも危険に晒す事になる。寝ている時も肌身から放すな」

「それって……ネックレスとか、ブレスレット……じゃなかった。えっと、装飾品みたいな感覚じゃダメってこと?」

「肌に触れている必要がある」

 そう言われて昨日、ディクシードの胸元で、僅かに鉱石が見えたのを思い出した。

 赤黒く、熟れきったザクロを連想させる石だった。

 確かに彼も、服の下に身に付けていた。

「あなたの胸元にある石も、これと同じものなの? そんな風に身に付ければいいのかしら?」

 衣服と肌の間に挟み込むようにすればいいのだろうか。

 ただ尋ねただけだが、彼はすぐには答えなかった。

「……見えていたのか」

「……ええ。少しだけ……」

「…………」

 妙な間の取り方に、どぎまぎして彼を見た。別に見たくて見たわけではないし、やましい事は何もない。

「同じ石だ。これは肌に埋めてある」

「…………え……」

 ……肌に?

 今、肌に埋めていると言わなかっただろうか。

 瞠目する小町をよそに、ディクシードは石の埋め方について説明し始めた。抑揚のない口調とは裏腹に、身の毛もよだつ内容である。

 埋める肌に傷を付け、そこに押し込むのだと言う。血に反応した石が、勝手に体内へと根を張っていく。幾つもの細い根を触手のように伸ばし、掌ほどの大きさにまで広がって成長を止め、やがて石は、生気を吸うことだけに専念し始めるというのだ。

 成長すると聞いて驚きもしたが、それよりも――

 ゾワリとした寒気が背中をかけ上がり、小町は手の中の石を不自然なほど慎重に箱へと戻した。

「埋めろと言っているわけではない。触れさせておけと言っている。災難に他者を巻き込みたくなければ、必ず身に付けておけ」

 ゴクリと生唾を呑んで頷いた。

 身に付けている間、傷だけは負わないようにしよう。

「剣の稽古の折には許可を得て外せ。生気の扱い方を学ぶ際にもだ。それ以外は、必ず身に付けろ」

「あなた……そんなものを埋めて痛くないの?」

「ああ。埋める際は相当だったが」

 ディクシードの生気も強いのだ。それも恐ろしいほどに。

 彼は生気の扱い方を知っている上に、この対価の石と呼ばれるものを使って生気を吸わせている。

 にも関わらず、目に見えるほどの生気を放つ彼の生気は、いったいどれほど強大なのだろう。

 人を底無しだと言うが、自分も同類かそれ以上だろうに。

「あの人……ランバートは、私がこれを身に付けていると疑っていたのね」

「そうだ。お前が罪人ではないかと訝ったのだろう」

「罪人って……いくらなんでも――」

「本来この石は、罪人への懲罰として使用する」

 石の使い道は大きく分けて二つあるそうだ。

 一つは生気の扱いを覚えるまでの応急処置として。そしてもう一つは、罪を犯した罪人への懲罰としてだ。

 この石にもいくつか種類があり、生気の大小によって使い分けができる。強い生気を持つ者には力の強い石を与え、それは救いの石になる。

 しかし、ただの人には脅威でしかない。

 一般の人間が身に付ければ、生気を奪われ続けてしまう。そのスピードは石の強さで左右され、体の自由が利かなくなり、喋れなくなり……最後に待つのは死だ。

 肌に埋める際の激痛も合わせて、罪人への懲罰として使用する。つまり、処刑の為の道具である。

「ランバートは、包帯の下に石があると訝ったのだろう。埋められていれば、お前は罪人という事になる。だが、石が転がり落ちれば、生気の強いただの娘という事だ」

 意図してそうしたわけではないが、あの場での行動は、結果的に身の潔白を証明したというわけだ。

 こんな時、無知である事が恐ろしいと思う。もしあの時、醜いからと痣を見せるのを拒んでいれば、罪人という疑いは残ったままだろう。

 その場合、潔白を証明する判断は、数日後――小町が呼吸しているかどうかにある。

 恐ろしい……

 本当に恐ろしい……

「あなたも……肌に埋める必要なんてないでしょう? 罪人じゃないんだし……」

 そもそも生気の扱い方を会得している彼には、対価の石などという物は必要ないはずである。

 罪人ではない人間が、何故そんな石を埋めているのか。

 埋めなければならないほど、彼の生気は溢れてしまうのだろうか。

「他者から見た私の力は、罪でしかない」

 自身の事であるのに、ディクシードは他人事のように答えた。謎かけのような答えだった。

 彼の肌に埋められた石について、いくつもの疑問が残る。考えれば考えるほど疑問は膨らんでいく。

 聞きたいが、デリケートな問題な気がして尋ねるのはやめにした。

 ずいぶん自身の事を話してくれるようになったが、中には言いたくない事もあるだろうから。

 これは自分の身の上の問題とは違い、彼自身の話なのだ。もっと打ち解けてくれれば、そのうち話してくれるかもしれない。

「昨日……この石の存在を教えてくれなかっのは、私の生気が完全に戻っていなかったからなのね」

 ディクシードは頷いた。戻っていない生気を吸い上げるというのは、危険という事だ。何となく理解はできた。

 石についても、それなりに要点は押さえているはず。危険でしかない物など、彼が持てとは言わないだろう。

 生気を抑えるという根拠もしっかりしているのだ。傷にさえ気を付ければいい。

 となると……この石をどこに身に付けるかだ。

 ほんの少し考えた小町は、ズイとディクシードの前に腕を出した。刺さった棘の処置も相まって、左腕の肘から下は、包帯でグルグル巻きである。

 やはりこの下が無難だろう。ここなら落ちる心配はない。

 そのうちネックレスのように加工して、下着の下に挟み込むのもいいかもしれない。加工ができればだが……

「この下に付けておくわ。掻き傷は塞がってるから大丈夫だとは思うけど、念の為に、ずらした所に固定してほしの。ちょっとキツめに」

 片手だけでは手元が狂うかもしれない。傷に触れてしまうのが恐ろしい。

「お前が来い」

 この位置では包帯を解きにくいと言うのだ。頼む身とすれば従うのが当然か。

 隣に腰を下ろすと、ディクシードは黙ったまま包帯を解き始めた。時折、彼の冷たい指先が肌の上を掠めていく。

 パリスがこの様子を見れば、何と言うだろうか。

 例のノミ取りのような棘抜き同様、そんな事を考えていた。

「ランバートがお前に話があると言っていた」

「へっ?」

 数度瞬いてディクシードを見た。解き終えた包帯の下に、平らな石を置いたところだった。ヒヤリとした石の冷たさが肌を伝う。

「……話って……何の話かしら」

 ズレないようにと、石に指を添えてみる。

 稽古の説得なら、昨日、既に失敗している。それなのに、稽古を仕切る者から話があるというのだ。

 もう一度説得のチャンスを与えてくれるというのだろうか。

 諦めてはいないが、懸念が残っているのも事実だ。昨日の説得の際、懸念については触れていない。

 それとも、稽古とは別の話かもしれない。

 罪人という疑いは晴れているとは思う。だがもしや、衣服の下にと疑われているのかもしれない。

 脱げとまでは言わないだろうが、そうなると脱ぐまで潔白を証明できない気がする。はたまた数日後まで放置し、呼吸の有無で証明するか。

 巻かれ始めた包帯を眺め、巻き添えにされないように、石に添えていた指をさりげなく離した。

「気が乗らないのか」

「そういうわけじゃないわ。稽古の話なら何度でも説得するつもりだけど……頼む側の私の方から、条件を付けなきゃいけないでしょう? それがちょっと引っ掛かってる」

「……時間か」

 さすがに話が早い。頭は本当にキレる。伯爵並み……いや、それ以上かもしれない。

 ディクシードが言うように、稽古をする時間帯が引っ掛かっているのだ。

 あちらの世界へ帰る合図がないうちは、朝の稽古でも問題ない。だが合図がきて帰った後、この世界へ顔を出すのは、ほとんどが夜間になる。ケヴィンと共に眠るようになって、夜は遅くなる事が多くなった。

 皆が寝静まった頃にようやく眠りにつき、この世界を訪れる。だから、稽古をするなら夜間の方が都合がいいのだ。

 ディクシードは、それでも構わないと了承してくれていた。彼はもともと睡眠をあまりとらないようで、朝方近くまで起きている事はザラにある。だからと言って甘えるのもどうかと思うが、彼を寝不足にしない程度には、ちょっとずつ学ぼうと思っている。

 ディクシードに稽古をつけてもらうなら特に取り繕う必要はないのだが、もし仮に、騎士の誰かが稽古をつけてくれるのなら、それはそれで時間帯を夜間に指定する必要があるのだ。条件として必ず提示しなければならない。

 そして懸念はもう一つ。稽古ができるかできないかが、日によって左右されるという事だ。

 今のところ眠る度にこちらの世界を訪れてはいるけれど、必ずしも訪れるとは言い切れない。訪れる時間が遅すぎれば、さすがに稽古をつけてもらうのも無理な話だろう。

 この穴を埋めるための理由はディクシードが考えてくれていたが、なかなかに無理がある。休む理由を体調のせいにするというのだ。

 小町の生気は強いと言われていて、そんな娘が病弱というのは、ちゃんちゃらおかしい。それに加え、病弱とは無縁の性格だということは、既に騎士達に知れ渡っている気がする。

 指摘したが、ディクシードはそれでも通すと言い切った。

 確かに彼なら通してしまうだろう。強引さにかけては天下一品なのだから。

「時間帯なら問題ない。だが念のため、お前は稽古の時間が夜間になるよう話を持っていけ。後のことは、その都度私が押しきっておく」

「ありがとう、助かる。でも話を誘導するのって、かなり苦労しそうだわ。ランバートって、一見感情的に見えるけど、意外と冷静に物事を見ている気がするの。昨日だって、私に腹が立ってたはずなのに、切り替えは早かったし」

「あれはそういう男だ。だからこそ近衛を束ねる立場にある」

「……やっぱり」

 どのように攻略すべきかと考えていると、包帯を巻き終えたディクシードが顔を上げた。

「あれと対峙するのが骨が折れるなら、説得など諦めればいい。私がお前の相手をすれば問題ないはずだ」

「そうだけど……それじゃダメだって思う。あの場所と、あなたを借りるんだもの。彼らの許可は得ておきたい」

「……強情だな」

「理解しろなんて押し付ける気はないのよ。許可さえもらえれば、後はあなたにお願いするから」

「……あれはまだ稽古をしているはずだ。どうする」

「……行ってみる。稽古の件なら説得するチャンスかもしれないし、罪人だって疑われてるなら覆さなきゃ。きっと信じてくれないでしょうけど、聞かれた事には答えておくわ。打ち合わせ通りにね」

「……取り次ごう」

 そう言ってディクシードは立ち上がった。だが小町は動かなかった。

「一緒に行ってくれるのは心強いけど、仕事はいいの?」

 王子様である彼には、結構な量の仕事があるはずだ。朝は執務をメインにしているようだから、煩わせるのも申し訳ない。

 いつ合図があってもいいようにと気を遣ってくれているのは分かる。だが、ずっと付きっきりというわけにはいかない。

 仮にランバートと話している最中に合図がきたとして……それはそれで、タイムラグを利用すればいいと思う。腹が痛いふりをして、人気のない場所へ移動するぐらいならできる。

「ある程度のものは片付けた」

「片付けたって……あなた、本当にちゃんと寝た?」

「問題ない。どうする、行かないのか」

「……行くけど……」

 答えた途端、ディクシードはさっさと歩き出した。

 まだ朝と呼べる時間帯なのに、この王子様は、執務をそれなりに片付けてきたと言う。いつから仕事をしていたのか。

 朝食の準備はしてあったのだし、そんなに時間は経っていないと思う。もしや、小町が寝ているうちに仕事をしていたのではないだろうか。

 訝りながら、ディクシードの後を追い掛けた。

 昨日のように足元はフラつかなかった。力の伝達が昨日よりも上手くできている気がする。我ながら、上出来だと言いたくなるドレスさばきだ。

 ドレスは嫌いではない。綺麗な物や美しい物は好きだし、可愛い物も好きだ。しかし動きにくいせいで着るのは苦手だった。

 見る分にはいいのだ、見る分には。

 どうにも窮屈だと感じてしまう。まとわりくスカートも、意識しなくては上手くさばけないし、そこばかりに注意を向けていれば姿勢が悪くなってしまう。とにかく、歩くだけで神経を使うシロモノだ。

 ズボンの動き易さを知っている身としては、願わくば稽古用の衣服を身に付けたい。部屋の外へ出る時だけ、ドレスに着替えるというのはどうだろう。それくらいなら許される気がする。

 衣服の事や、ランバートからの話の件をツラツラと考えていた。ディクシードは特に何か言うわけでもなく、いつものように颯爽と廊下を歩く。

 そうして階下に下りると、やはり侍従や女官のあの目が待っていた。顎をツンと上げて、堂々と彼らの前を素通りする。

 そういえば、エインズワースの屋敷の中でも以前はこうして歩いていた。最初は好機の目を向けられ、次第に蔑むような視線に変わっていった。近頃では義姉達の変化に合わせるかのように、それは薄れているのだが。

 今向けられる視線は、間違いなく後者だ。痛くないと言えば嘘になる。それでも、分かり合おう等とは思わない。

 情婦だと思わせるなら、この視線は好都合。

 好感など持たれてたまるものか。

 罪人という疑いだけは何とかして晴らしておきたい。ディクシードの汚名は、情婦を匿っているという噂だけで十分だ。匿っている対象が罪人になってはいけない。できる限り言葉を尽くそう。

「ねぇ、ディックス。もし脱ぐなんて事になったら、その時は庇ってね。できるだけそうならないように努力してみるけど……」

 なにぶん自分の気性を思うと、売り言葉に買い言葉的な勢いに乗ってしまいそうで、こればかりは自信がない。

「保証はせん」

 美しい王子は、堂々とのたまった。

 王子といえど、所詮は男ということだ。

 げんなりして歩いた。

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