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二輪の騎士  作者: 小町
第一章
30/84

第29話 剣を持つということ

 足取り軽く戻ってきた小町を、ディクシードの冷たい一瞥が出迎えた。その横に佇むランバートは、共に戻ってきた騎士へと何とも同情的な目を向け、労いの言葉を掛けている。

 篝火に火を入れる作業に、小町は金魚の糞のように騎士の後をついてまわったのだった。そんな小町に対して、騎士は終始狼狽えた様子で応じてくれた。邪険に追い返すわけにもいかず、困ったように眉尻を下げて。

 時折兵舎に向けられる目は、これでいいのかと誰かに問い掛けるような、救いを求めるような眼差しで、ひどく頼りないものだった。

 当初彼は、妙な娘が後ろについて来ているなどと、想像すらしていなかったようだ。一つ目の篝火の前で目が合い、瞬時に固まっていた。

 つくづく失礼な男だと思った。

 ――許可をもらったから、手伝いに来たの。

 手伝いの許可などもらった覚えはないが、勝手にもらった事にしたのだ。

 切り出してやると、瞠目していた騎士の視線がツーッと兵舎の方へ移り、更に大きく見開かれた。

 兵舎前でたむろしている同僚達から、傍観という名の視線を浴びている事態に、ようやく気付いたからだろう。

 少しの間、騎士は小さな抵抗をしてみせた。

 この作業は自身の仕事であり、手伝いなど必要はない。女性の腕には辛い作業だから、と。

 要は追い返したいのだ。

 ――じゃあ観察だけしてる。どうぞ続けて。

 小町がそう言うと、騎士の視線は再び兵舎へ向けられた。今度は助けを求めるかのように。

 失礼な男ではあるが、分かりやすい青年だとも思った。だが結局職務に忠実な騎士は、戸惑いながらも当初の作業に戻り、妙に緊張した様子で篝火に火を入れていった。

 広い敷地の中、兵舎を囲うようにして火を灯して廻る。小町が時折足を止めると、騎士は困った顔をしながらも律儀に待ってくれていた。歩きながら投げ掛けた質問にも、怪訝そうに、戸惑うように表情を変えながらも、それでもちゃんと答えてくれた。

 そんな騎士だが、自問自答を繰り返していたのは間違いない。

 同僚達から向けられる視線と、己の元へ娘を差し向けた上官の意向と、それから己の意思と行動に対して。

 いろんなものの間で揺れ動きながらも、最後まで相手を努めてくれた騎士に感謝しなければ。

 彼のおかげで、それはもう貧弱な知識のほんの小さな一欠片が、随分と強化されたのである。

 ランバートと話し終えた騎士を呼び止め、いろんな意味を込めて礼を伝えると、やはり彼は困ったように眉尻を下げ、小さな声で仕事ですからと呟いて仲間の元へ去って行った。

 礼も言えたし、知識も少しだけ増えた。

 一人ホクホクと満足する娘に、それはそれは冷ややかな一瞥を向ける者がいた。もちろん小町は気付いているが無視を決め込んでいる。水を差さないでほしい。

 やがて視線の主は小町の後頭部に向かって、際どいセリフを投げ付けた。

「お前を大人しくさせる時は縛り付ける事にした。覚悟しておけ」

 その発言でランバートをドン引きさせたディクシードは、視線による小町の抗議をことごとく無視し続けた。

 小町自身、やられた事はやり返す主義だが、どうやらこの王子様もそうらしい。無視には無視で対抗というわけだ。

 勝手に動き回ったのがよほど気に入らないのだろう。縛り付けるとまで言っていたが、この男なら本当にやりかねない。監禁事件を起こした前科もある。

 だから、やれるものならやってみろなどと、思いはしても口にはしなかった。

 ジーッと睨んでいたが、相手は素知らぬ風だ。

 剣呑な空気を察してか、わざとらしく咳払いしたランバートが問い掛けてくる。

「あんた、怪我してたのか?」

「……へっ……怪我?」

 首を傾げると、彼は自分の腕をつついて見せる。あの醜い痣の箇所だ。巻かれた包帯を目にしたのだろう。

「違うわ、怪我じゃない。これは……自業自得だから……」

 妙に観察されているような気がするのは気のせいだろうか……

「それなら何でそんな物を巻いてる。石でも隠して――」

「ランバート」

 遮るようにディクシードが家臣を呼び捨てた。

 静かな声だが、これ以上の問答を許さないという明確な意志が感じ取れるものだった。

「これに構うなと言わなかったか」

 ピンと張り詰めた空気に、小町はビクリと肩を震わせていた。体が勝手に萎縮している。

 ディクシードの言葉が場の空気を一変させたのだ。

 威圧的でもない淡々とした言葉が……

「パリスを呼んでこい。あれもまとめて相手をしてやる」

 そう言ったディクシードは、スラリと剣を抜いて歩き出した。萎縮した体を叱咤して、慌てて追いかける。

「待って、ディックス! 何をする気なの!?」

「何って……なぁ……稽古の続きだろうがよ」

 答えたのはランバートだった。小町の目に写ったのは、嬉々とした精悍な男の顔だった。

 この不穏な空気を、男は楽しんでいるのだ。

「稽古なんて、そんな空気じゃ――」

「女は黙ってろ。これからが面白いんだろうが」

 押し黙る小町を一瞥し、ランバートは兵達に向かって声を張り上げる。

「誰か、パリスを呼んでこい! あいつ、初っぱなからキレてやがる!」

 初っぱなとはどういう意味なのか。先程も剣を合わせたはずなのに。

 そう思った小町の疑問は、すぐに解決する事になった。あの流麗な稽古は、彼らにとっては肩慣らしだったのだ。

 ランバートの言葉に沸いたのは騎士達だった。歓声のようなものまで挙げ、皆、期待に目を輝かせている。

 その様子を見届けたランバートは自身も剣を引き抜き、篝火の真ん中で佇む主君の元へと歩き始めた。

 やはりその背は喜んでいるように見える。

 小町はどうするべきか悩んでいた。どんな形であれ、引き金になったのは自分の存在だとは思う。

 私のために……などと嘆く性分ではないし、静観するのも性に合わない。殴りあいの喧嘩ならば投げ飛ばして黙らせるところだが、相手は本物の剣を持った騎士だ。

 誤って斬られるなどと、真っ平ごめんというものだ。

 かといって、本気の斬り合いを始める雰囲気でもない。騎士達は浮き足だっているし、斬られる側の男がこの状況を楽しんでいるようなのだ。斬られる気満々な上に、加勢してくれる男を呼べとまで言っている。

 いったいこれは何なのだ。

 この男どもは何をする気なのだ。

 そうして成り行きを見守る形で二人の姿に目を向けていた。

 辺りは随分と薄暗くなっている。

「おい、何割で来る気だ?」

「…………」

「悪いが五割に抑えてくれ。朝の稽古に響くんでな」

「…………」

 ディクシードが無言で剣を構えると、向かい合うランバートも構え、主君を見据えたまま声を張り上げた。

「お前ら、ヤバくなったら入ってこいよ! パリスが来るまでなら遠慮はいらんぞ!」

 騎士達から再び歓声があがる。

 小町は、鼓動が早くなるのを感じて胸を押さえた。

「人を当てにしないで下さい! 危なくなったら止めてあげますから、お一人でどうぞ!」

 随分近くからパリスの声が上がり、小町が気を取られて脇見をした隙に、それは始まった。

 これが剣のぶつかる音かというような、金属音とは掛け離れた音が耳を打つ。

 身を竦めて振り向くと、ディクシードの剣をランバートが受け止めていた。数秒押し合いが続き、そして打ち合いが始まった。

 小町の目には二人の動きが見えなかった。早すぎるのだ。

 押し合う様を、微かな残像として辛うじて捕らえるのが精一杯。全ての意識を向けて集中し、それでも何度も捕らえ損ねた。

 捕らえて見逃してを幾度も繰り返し、ようやく確実に捕らえられるようになってきた。目が慣れてきたのか、二人の力比べが長引き始めたのかは分からない。

 だが、鍔元で剣を合わせる二人の姿を、残像ではなくハッキリと捕らえられるようになっていた。

 そうして何度も目にするうちに、ディクシードの体に違和感を感じた。

「……何あれ……」

 思わず出た疑問に対し、パリスが生気だと教えてくれた。

「ランバートの生気も分かりますか?」

 言われて注視すると、確かにランバートの体の周囲にも違和感があった。

 生気とは、目に見えない物ではなかったのか。

「ランバートの腕は確かです。あの“化け物”相手に張り合っているのですから。長く持たないのは仕方がないでしょうね」

「……化け物……」

 小町はパリスの言葉に引っ掛かりを感じた。

 これまで見てきたパリスの言動は、全てにおいて主君への忠誠を裏付けるものだった。彼の忠誠心は小町の目から見ても、他者を寄せ付けないほど群を抜いていた。

 毒を含んだ言葉も、他者を見下す視線も、全てがディクシードを支点にしたものだった。それなのに、主君を指して“化け物”呼ばわりする事に引っ掛かりを覚えた。

 何故そんな言葉を使うのか……

「あの方は“化け物”です。正真正銘の」

「彼のどこが化け物なの」

 確かに、ディクシードの剣技は化け物と呼ぶに相応しいのかもしれない。

 だがパリスの言う“化け物”の意味合いは、そこを指していない気がする。

「直に分かりますよ。あの方の傍にいるのなら……」

「…………」

 言葉の意味も知りたいし、化け物と指す理由も知りたい。しかしパリスから放たれる気配は、これ以上は聞くなという圧力となって伝わってきていた。

 聞くなと拒むなら、何故それを話したのか。

 パリスの真意が読めないまま、剣を交える二人の攻防を目で追いかけた。

 しばらく経った頃、ディクシードを取り巻く違和感が強くなった。

 今ならはっきりと分かる。

 陽炎だ!

 蜃気楼を見る際の、ユラユラと立ち昇る空気のようなヤツだ。ディクシードの体の周囲に、陽炎がまとわりついている。

「パリス!」

 ランバートの切羽詰まるような怒声が響いた。だがパリスは答えない。

「パリスッ!!」

 二度目の催促に、隣から大きな溜め息が漏れる。

「分かりましたよ、三分です! それ以上は無理ですから!」

 そう言ったパリスは、小町に木の枝を押し付けてきた。ディクシードが制止に耳を貸さない時は、それを投げ付けてくれと言う。

 驚く小町の耳に、再びランバートの怒声が届く。

「早く来いって!!」

 パリスが走り込んで行き、三人での打ち合いが始まった。

 胸の鼓動はバクバクと早鐘を打っている。

 この木片を本当に投げていいのか。

 そして“化け物”と指したパリスの言葉。

 いろんなものを頭の隅に押しやり、ただひたすらにディクシードの姿を追いかけていた。握り締めた両の掌に汗が浮いている。

 二対一だというのに、ディクシードが押される様子はない。それどころか、徐々に二人の方が押され始め、後退していく。

 本当に化け物じみた剣技だ。パリスの言葉は、やはりこの事を指しているのだろうか。

「おいっ! そろそろ抑えろっ!」

「殿下っ! もう十分でしょう!?」

 二人の制止にディクシードの剣が勢いを落としていく。そうして彼が剣を収めると、騎士達からワッと歓声があがった。手を叩く者さえいる。

 そんな中、小町はヘナヘナとその場に座り込んでいた。

 ただ突っ立っていただけなのに、足に力が入らず、腰が抜けたような感覚である。

 へたりこんだのは小町だけではなかった。

 ランバートもその場に座り込み、まだ余裕のあるパリスを恨めしげに睨み付けている。

「おい三分。どこに潜んでやがった。湧いて出やがって」

「口を慎んで下さい、聞き苦しい」

「うるせぇ。出てくるなら、さっさと来いっての」

 言い合いを始めた二人を放置して、ディクシードが小町の元に寄ってくる。

 騎士達は主君に羨望の目を向けるものの、近寄りがたいのか上官の元へ集まっていた。

「立てるか」

 無言で首を振ると、ディクシードの手が伸びてくる。何をする気か察した小町は、両手を突き出し拒絶した。

「待って。三分待って。そしたら立てる……と思う」

 生気を食われたわけではない。腰が抜けているだけだ。そう訴えると、彼の手はスッと引っ込んで行った。

 スタスタと脇を横切る彼を見て、引き下がってくれたと安堵したが、残念ながら甘かった。

 後ろから伸びて来た手に腰をさらわれ、気付いた時にはディクシードに担がれていた。

「待ってって言ったでしょ! あなた耳がおかしいんじゃないの!?」

 思わず言った文句に騎士達が驚いていたけれど、ディクシードの背中に向かって吠えた小町に分かるはずもない。

「お前が三秒待て」

「嫌よ! あなたが三分待ちなさいよっ!」

「三秒だ」

「嫌なものは嫌なのっ! 知らないみたいだから教えてあげるけど、女性を抱える時くらい横抱きにするべきよ!」

 別に催促しているわけではないが、尻を見られるよりは余程マシではある。この体勢は貧相な尻が丸分かりになる。

 大股で歩いたディクシードは、もといたベンチに小町を下ろした。

 荷物だ……

 まるで荷物だ……

「お前のように上背のある女を横に抱けば、大抵の男は腰を違えるものだ。小さくなれると思っているなら考えを改めろ」

 長いセリフを喋ったと思えば、その内容は神経を逆撫でするものだった。

 背が高いというのも実は気にしているのだ。パーティーのドレスを作る際判明したが、背が随分伸びていた。174センチある。

 もう少し別の所が成長してくれればと、未だに期待している。

「わざと言ってるでしょう?」

「…………」

 気にしていると気付いていて、わざと背がデカいと言っているのだ。

 返ってきた沈黙がそれを裏付けていた。彼は嘘を口にしない。

「もういいわ、好きに言えばいい。それよりも、いろいろ聞きたい事があるの」

「後にしろ。部屋へ戻るが歩けそうか」

 視線で促され、よいしょと体に力を入れてみる。腰が抜けた上に慣れない力加減も手伝ってか、少しばかりよろけてしまった。しかし歩けないわけではなさそうだ。

 自分の体だというのに思い通りに動いてくれないのが歯がゆかった。

「悪いが、ちょっと待ってくれ。確認しておきたい事がある」

 立ち上がったのは、へたばっていたランバートだった。隊長と呼ばれる彼の体力も、十分に化け物じみている。

「あんた、何しにここへ来た?」

 向けられた問いは、主君ではなく小町へだった。

 咎めるようにディクシードが名を呼ぶが、ランバートはそんな主君にも冷ややかな視線を送り付けた。

「ディクシード。お前にも聞きたいが、その娘に何をさせる気だ? 場合によっちゃあ黙ってるわけにはいかねぇんでな。こいつらを混乱させるような真似は、ここではやめてもらいたい」

 ランバートは騎士達を顎で指して見せた。騎士達は固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 この稽古場を仕切っているだろう彼の立場からすれば、もっともな言い分だった。真横から問うような視線を感じ、小町は小さく頷いた。

 ディクシードは、小町が剣を学ぶ意志があるという事を、ここではっきりさせるかどうか問いたいのだ。

 確かパーティーの時にもこんな事があった。ケヴィンやスリージーが、小町が日本へ行くのだと友人たちに告げるかどうか迷っていた時だ。

 あの時はケヴィンに言わせてしまったが、今度は自分の口で言わなくては。

「ディックス、私から頼まなくちゃいけない事なんだから、あなたは先に戻ってて」

 騎士達を混乱させているのは自分の存在であり、ディクシードの意思ではない。彼の手を借りるのは、自分の話に騎士達が耳を貸してくれない時でいい。

 やれる事は自分でやってみる。

 そのつもりで言った言葉に、ディクシードは近くの壁に寄り掛かって腕を組んでみせた。見ていてやるからやってみろ。そう言われた気がした。

 頷いた小町は、普段よりも大きな声を心掛けた。

 自分の意志が、距離も心も離れた騎士達に、はっきりと届くようにと。

「私は、剣を学びたい」

 瞠目する騎士達に反して、ランバートは落ち着き払っていた。傍に佇むパリスも同様である。

 ある程度の予想をしていたのだろう。

「どういう意味か、あんた分かってんのか? 剣は遊び道具じゃないんだ。暇潰しのお遊びだと思ってるなら――」

「お遊びだなんて思ってないわ。できる事なら、遊びでだって持ちたくない物よ」

「そうは言うがなぁ、あんたは昨日の魔物との一件を見ていたはずだ。ここにいるのは、あの場にいた近衛の連中ばかりでな……。あの時のあんたの様子も忘れちゃいない。怯えきって腰の引けた人間に、いったい何を斬るつもりなのか問いたいね」

「…………」

 小町は俯いて唇を噛んだ。

 あの時の醜態を彼らは知っているのだ。そして自分は、何かを斬るという覚悟などできていない。いくら取り繕っても、その事実は変わらない。

「女にしちゃあ見上げた根性だと言いたいが、所詮はお遊びだ。ここいる連中はな、俺やパリスも含めて生半可な覚悟で剣を持ってるわけじゃねぇ。ディクシードもだ。……何の覚悟もない人間が、剣を学びたいだぁ? 笑わせるなってんだ、クソが。あんたの理屈をこねたところで、どう足掻いても所詮はお遊びだろうがよ」

 荒げるわけでもない声音が、剣を持つ者の静かな怒りを伝えてきていた。

「まぁ、あんたの細腕で斬れるモンなんざ知れてるだろうがな」

「…………」

「悪いが他を当たれ。お遊びの剣でも教えてやるってな物好きなら、どっか探せばいるだろうよ。色好きな男なら喜んで教えてくれるんじゃねぇのか? 得意だろうが?」

 小町の置かれた情婦という立場を、ランバートはそう言って皮肉った。

 拳を握り締める小町の横で、物言わぬ男が剣の柄に手を掛ける。

「ディクシード。ここでお前がそれを抜けば、お前は色狂いの男に成り下がる。そんな事も分からんような男じゃねぇだろ? チンケな男の下についた覚えはねぇんだがな」

 明らかな挑発だ。分かっているだろうに、ディクシードは剣から手を離さなかった。

「これが剣を学びたいと言い、私はそれに応えた。ただそれだけの話に、これを情婦のように蔑む物言いは必要ない。改めろ、ランバート」

 ここで剣を抜けば、間違いなくディクシードは孤立する。今まで築きあげてきた彼らとの関係も、何もかも放り投げる行為だ。

 剣は学びたいが、彼の孤立など望んではいない。

 決して抜かせてはいけない。

 小町は必死で考えていた。

「隊長、殿下の言う通りです。あの方を貶めるような言動は、この場では必要ないはずです」

 そう言って仲裁に入ったのは、先ほど小町が付きまとった騎士だった。

「お前、どっちの肩を持つ気だよ」

「そういう問題ではありません。噂がどうであれ、女性を蔑むような言動は控えるべきです。隊長こそ、何よりもそういう行為を嫌うはずなのに、何故そんな言葉を使うんですか」

 騎士は小町に向き直った。

 その眼差しは確固とした騎士たる者の眼差しで、移し火を手にしていた時の頼りないものではなかった。

「隊長は、決して噂に左右されるような方ではありません。あなたを蔑む言動も、何か思惑があっての事です。それを誤解されるのが我慢できず口を挟みました。ご容赦下さい」

 小町が頷くのを見届けた騎士は、今度は咎めるような視線を向ける。

「ですが、あなたが剣を学ぶというのは、私も賛成でき兼ねます。いくら殿下の命令でも剣を教える事はできませんし、仮に稽古をつけるのが私達ではなく殿下だとしても、尚の事承諾できません。そんな事に……殿下を巻き込まないでいただきたい」

 非礼を詫びてくれたと言っても、拒絶されている事には違いない。

 どうすればいい……

 どうすれば、耳を傾けてもらえるのか……

 篝火の火がはぜる音だけが響いていた。

「ディックス、服を脱いで」

「…………」

「…………」

「…………」

 小町の一言に、場が静まり返った。

 頭のおかしい女だと思っているのだ。

 呆れたような盛大な溜め息を吐いたのは、ランバートだった。

「あんたなぁ、こいつの裸が見たいなら部屋でやれっての」

「黙ってて! あなたに頼んでるんじゃないわ。……ディックス、シャツだけでいい、肩が見えればいいの。彼らに見せてあげて」

「断る」

 踵を返したディクシードの腕を、小町はガッシリと掴んだ。

 彼がそれを望まないのは、分かりきっている。

 そのまま腕を引き、騎士達の元へと強引にディクシードを連行する。ここならハッキリと見える事だろう。

「お願い、脱いで」

「…………」

「こんな事しか思いつかないの。許して」

 頼んだが、ディクシードは一向に動かなかった。無理もない。

「いい加減にしてくれ。いったい何がしたい? チチクリ合う気なら、どこぞに行ってやれっての。それに関しちゃ、口を挟まんと約束してやる」

 小町は、ランバートをキッと睨み付けた。

「そんな約束、くそくらえよ! 黙っててと頼んだはずだわ。あなたたちに納得してもらうまで、私は何度でもここへ来るから!」

 これほど口汚い言葉を生まれて初めて口にした。

 思っていても口にしないように気を付けてきた。でも今は、そんな事に構ってなどいられない。

 ドレスの袖を捲り上げて、ディクシードに巻いてもらった包帯をランバートに見せた。

「ちょうどいいわ。あなた、この下に何か隠してるのか疑ってたみたいだけど、見たいなら見せてあげる」

「……よせ」

 制止するディクシードの声を無視して、力任せに包帯を引っ張った。

 引き吊るような痛みと共に現れたのは、どう見ても痣と掻き傷だけだった。何度目にしても醜い事に変わりはない。

 ハッとするランバートや騎士達を見据え、よく見えるように胸元に引き寄せる。

「満足かしら? 確かにこれを隠してた。見せたい物でもないし、これは自業自得でついたものだから、目にしたくもなかった」

 だから、包帯を巻いて隠してくれたディクシードの思い遣りを、無駄にもしたくなかった。

 でもこうでもしないと、今の自分にできる術を思い付かない。

「この痣と同じようなものが、彼の肩にもあるはずよ。……ディックス、そうでしょう?」

 見上げて問い掛けたが、ディクシードは答えなかった。だが小町は、そこに痣があると確信している。

 痣に気を取られていたランバートは、その断言するような物言いに釘を刺した。

「残念だが、そいつに痣はない。あんたは知らんだろうがな、そいつが手傷を負う事はあり得ん。そんな事は、近衛である俺やこいつらが許しゃしない。常にそいつの近辺に気を配るのが仕事なんでな。ガーデルードの奥で何があったかは知らんが、そんじょそこらの魔物にそいつが手傷を負わされる事もあり得ない」

 ディクシードの剣技なら、それも頷けた。

「でも、あるの。ディックス、見せて」

「…………」

「ないんだよ。あってたまるかってんだ。諦めて部屋へ帰ってくれ。何度来たって構わん。何度でも追い返してやる。こんな茶番はもういい」

「戻らないわ! 剣を習いにここへ来たの! 痣はある、必ずよ」

「…………」

「…………」

「ディクシード、見せろ」

「断る」

「あるかないか答えろ」

「…………」

 必ずある。黙りこむことが証拠だ。

「答える気がないなら、さっさと見せろって」

 上着に手を伸ばしたランバートの手を、ディクシードが勢いよく払い除けた。

「私が脱がせる。退いて」

 ランバートが脱がせようとしても、何度でもディクシードは退ける。

 でも自分には横暴な真似はしないだろう。

 そう思い彼の上着に手を掛けると、ディクシードは無言で小町の手首を掴んだ。見上げると、無機質なエメラルドの瞳が、ジッと小町を見据えていた。

「ごめんなさい。これしか方法が思いつかない」

 彼らを納得させる方法が、こんな形でしか思いつかない。

 きっと伯爵ならば、別のやり方で説得する。

 でも自分ができるのは、こんな事ぐらいだ。

 情けなくて唇を噛み締め、シャツのボタンに手を掛けた。

 痣は……

 やはりあった。

 首の付け根から左肩にかけて、紫色の痣が見えた。おそらく背中にまで及んでいるだろう。

 彼らにも見えるように、肩のシャツをずらした。騎士達の息を呑む気配を背中越しに感じていた。

 ディクシードも、こんな醜態を望んでいないだろうに……

「……ディクシード……何があった」

「…………」

「聞いても、彼は答えないわ。私を庇ってるから」

「どういう事だ。あんたのとばっちりで付いたのか」

「ガーデルードとかいう森で私が付けた痣よ。あなた達もいたでしょう? 見てたはずだわ」

 ランバートや騎士達を見渡すと、皆が揃って怪訝そうな顔をする。

「こいつがあんたを抱えてきてから目を離したつもりはない。あんたは何もしちゃいなかった」

「そうよ、何もしなかったわ。……だからついたの。怖くて……竦み上がって彼にしがみついてた。見てたでしょう? 落とされないように必死だったから、よく覚えていないけど……この痣のところに腕を回してたと思う」

「…………」

「…………」

「……そうは言うが……たった数分だ。有り得んだろうが」

 言いたい事はよく分かる。

 皆もそう思っているはずだ。

 小町は先程パリスに手渡された木の枝を、騎士達の前にかざして見せた。長くはないが、太さは男性の腕回りはある。

 目の前に持ち上げると、ディクシードが再び手首を掴んだ。

「やめろ、必要ない」

「必要よ。女の細腕で何ができるって、あの人が言ったのよ? あの人だけじゃなくて、騎士の人達もみんな思ってる。口で言っても分からないもの。手を放して」

 ディクシードは放さなかった。

 左手に枝を持ち替え、力を込める。

 パーティーの夜、庭の奥でリチャードの腕を掴み返した。やられた事をやり返しただけだ。あの男の腕にも小町の手の痕が残っているはず。

 ケヴィンが止めてくれなければ、痣どころではなかったかもしれない……

 ミシミシと枝が悲鳴をあげ始め、リチャードの腕の感触が甦る。

 あのまま力を込めていたら、こんな風に骨も鳴くのだろうか……

 一気に力を込めた。

 折れるどころか、砕けた木片がバラバラと地に落ちていく。

 驚き目を丸くするのは、ランバートだけではない。そんな彼らを見渡して、言いたくもない痴態をさらした。

 しかし、痴態をさらしたのは自分だけではない。ディクシードもだ。

 彼は、無力なはずの女に痣を付けられ、それを騎士達の目の前で暴かれているのだから。

「怪力なの……。この力で彼にしがみついてた。下手したら、こんな風に首を折ってたかもしれない。加減する癖はついてるけど、普段みたいに上手くできてなかったと思う」

 あの夜、ディクシードには詫びていた。

 痣の事だとは言わなかったが、痛かっただろうと問うと、肩を一瞥した彼は、たいしたことはないと答えてくれた。

「ごめんなさい、ディックス」

「お前は悪くないと言ったはずだ。手を出せ、手当てを――」

「いやよ! まだ彼らに納得してもらってないもの。それに、謝ってもいない」

 小町はディクシードの手を振りほどき、騎士達に頭を下げた。

「あなた方が守ろうとした人に、私が痣をつけた……。彼に頼りきっていたせいで、つけてしまった。本当に……ごめんなさい」

 頭を下げて許される問題ではない。

 そんな事は分かっている。

 それでも、彼らの想いを裏切ってしまった事には変わりない。

「彼の痣は、私が何もしなかったからついたのよ。昨日、あなた方の誰かが受けた傷もそう。私が何もしなかったから、傷を負う事になったの。そうでしょう? 私がした事は、彼にしがみついて竦み上がっていただけだもの」

「お前は動けなかった。生気を食われた後なら尚の事だ。仕方のない事だと何度言えば分かる」

「同じ事よ、ディックス。例え動けていたとしても、私は何もできなかったわ。同じようにあなたに頼り切って、彼らが傷を負っても目を閉じて見ないふりをしてた」

「…………」

「隊長さん、それに騎士の人達。確かに私には人を斬る覚悟はないわ。そんなもの、覚悟なんてしたくないって今でも思ってる。でも私は……私は彼に傷を負わせたくない。彼だけじゃなく、あなた方の誰かにも傷を負ってほしくない。私が剣を持ったところで、大差ないことは分かってる……。でもこうやって何もしない事を嘆くくらいなら、やれる事をして嘆いた方がいい。そう思ってるわ。だから剣を習いたいの」

 黙り込む彼らを前に、何とか分かってもらえないかと言葉を探す。

 一人でペラペラと喋る女を、彼らはどう思っているだろう。

「私はもう一度、国守とかっていう聖獣の所に行かなくちゃいけない。一人で行きたいところだけど道も分からないし、きっとディックスは一人でなんて許してくれないわ。彼やあなた方に守ってもらわなきゃ、あの聖獣の所までは辿り着けない……。自分の身ぐらい守れるようになりたいのよ。そうじゃないと、あの時みたいに竦み上がって動けない。また誰かを巻き込む事になる」

「…………」

「安易な気持ちで言ってるつもりはないし、遊び事で習うつもりもない」

 握り締めた掌に、木片が食い込み鋭い痛みが走る。

 ここにはケヴィンはいない。拳を広げ、優しく包んでくれる温もりはない。

 でもたとえ彼がいなくても、あの温もりは忘れていない。痛む手に、ケヴィンがしてくれたように、もう一方の手を重ねていた。

 この痛みは、ディクシードが受けた痣の痛みだ。

 魔物に襲われた騎士達が受けた傷だ。

 彼らの痛みは、こんなものではないのだから。

 彼らの痛みに目を背けていたのは、誰でもない……自分自身だ。

「あなた方に、剣を習うのを認めてもらいたい……。でも、認めてくれなくても習う事は譲れない。だからその時は、ディックスの時間を少しだけ借りられないかしら……お願いします」

「…………」

「…………」

「…………」

 頭を下げて頼んでも、ランバートや騎士達は無言だった。

 言いたい事は言い切った。それでも分かってもらえないのなら、仕方がないのかもしれない。

 受け入れてもらえるまで諦めるつもりはないが、剣はディクシードに教えてもらおう。

「十分だ。できる事をすると、私はお前に約束した。明日からは私が稽古をつける」

 そう言ったディクシードは、騎士達に無機質な目を向けた。

「明日から、稽古の後は火を残しておけ。これに教えた後、私が始末しておく。この件に口を挟む者がいるなら、直接私に言いに来い。衛兵らにも周知しておけ」

 事務的に言い捨てて、ディクシードは身を翻した。ツカツカと数歩進み、呆ける小町を振り返る。

「何をしている。手を見せろ」

 少しだけ見惚れていた小町は、頷いて駆け出した。だがすぐに足を止めて、騎士達にもう一度頭を下げた。

「ごめんなさい、どうしても譲れないの。少しだけ……彼を借ります」

 今度こそディクシードを追い掛けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 部屋へ戻る途中、兵舎の裏から現れた女官が、連れ立って歩くディクシードと小町を見て瞠目する。慌てた様子で一礼した彼女は、薄闇の中、脇道を足早に通って行った。

 兵舎で食事の準備をしていたのだろう。食欲をそそる香りが、兵舎の方から漂ってきていた。

 目を凝らして彼女の消えた先を追うと、城の壁面に控え目に備えられた狭い扉があった。あの扉をくぐれば、例の侍従の休憩所までは割と近い。

 女官の様子からして、仕入れたネタを仕事仲間に披露するつもりなのではないだろうか。その話のネタと今しがた遭遇し、慌てて去ったのだと思った。これは間違いなく、自分とディクシードのネタだろう。

 周囲を窺うと、幸いな事に兵も侍従も誰もいない。これはしめたと思ったが、冷めた目を向けてくる小舅がいた。

 小町の思惑を察してか、手のひらの手当てが先だと言って来たが、今でなければこの好機はないと説得する。

 承諾は取り付けた。小舅は呆れた様子で城内の廊下で待つと言い残し、さっさと歩き去った。

 さて、情報収集としよう。

 小町はシャンと背筋を伸ばし、堂々と扉を開けて中に入った。こういうのは、コソコソすればするほど怪しく人の目に映るものなのだ。

 細い廊下を進み、扉のない例の部屋の近くで足を止める。この廊下の先は、城の主だった広い廊下に行き当たる。そこでディクシードは待っているはず。

 あまり近付き過ぎないように気を付けながら、挙動不審げに部屋の近くをウロついた。迷子のふりである。

 迷子ではあるが部屋の中の人間には気付かれないよう、足音は忍ばせている。誰かと遭遇するまで、迷子になって十分に情報収集ができるというわけだ。

 石造りの剥き出しの壁は見た目こそいただけないが、音はよく反響してくれる。さほど近付かなくてもキャッキャと騒ぐ女官らの声が聞こえていた。おそらく、声の主は三人だ。

 思った通り、噂の的は自分である。

「さっきね、そこで殿下と歩いてたわ。稽古にも顔を出してたらしいわよ、あの人。騎士の方が話してたの」

「私も長椅子に座ってるのを見掛けたわ。あんな所に堂々と居座るなんて、相当に図太い神経してるのよ、やっぱり」

「でも稽古には殿下が連れていらしたんでしょ? 看病もされていたようだし、部屋にお一人で残すのが心配だったのよ、きっと。歩くのにも介添えが必要でしょうし……」

「…………」

「…………」

「あなた、まだそんな事言ってるの?」

「この子ってば今日も遅番だったから、朝の話は知らないんじゃないの?」

「そうなの? それなら仕方がないわね。……実はね、今朝からあの女性の話で持ちきりなのよ。昨日は可哀想だって皆で言ってたけど、かなり見る目が変わるわよ」

 そう言った女官は、さっさとネタを披露したいだろうに、たっぷりと話の間を取った。

「もう、もったいつけないでよ」

 たっぷり過ぎる間に、無知な女官が焦れた様子で催促すると、お喋りな女官がここだけの話だと今更な前置きをして、仕入れた情報を披露し始めた。

「昨晩ね、殿下に頼まれた女官が、あの女性に湯あみをさせたんですって」

「ええ、それなら知ってるわよ。私、昨日も遅番だったから。……意識もなくて上背もあるからって、浴場まで殿下がお連れになってたはずよ? 女官も二人か三人は介添えがいるって侍従が騒いでたから」

 そこでもう一人の女官が、待っていましたとばかりに口を挟んだ。

 国守に生気を食われたという娘を哀れに思いながらも、自身の仕事が終わった為に後ろ髪を引かれるような思いで帰ったのだそうだ。何とも悲しげな声音で言っていた。

 そして声音を一転させ、今朝方仕入れたという話を披露してみせる。

 湯あみの介添えをした女官が情報源らしく、脱がせた娘の体を見て腰を抜かすほど驚いたのだそうだ。

 実に情緒たっぷりに語られる話を、絵物語のようだと思いながら、小町は耳を傾けた。

「国守様は、娼館に売られそうになったんじゃないかって女性の身の上を心配していらしたみたいだけど、どうも違うみたいなの」

「凄かったらしいわ。……もうビックリして言葉にならなかったみたい」

「…………」

「…………」

 無知な女官の反応を待っているようだが、彼女の反応は薄かった。

「凄かったの! 痕が!」

「…………」

「……えっ? 何の?」

「もう、とぼけないでよ。何って、その……情事の痕がよ」

 キャー言っちゃったと、二人の女官が楽しそうに騒いだ。

「肩とか胸元だけじゃなかったみたい。背中とか、それに……内腿にもついてたそうよ。とにかく全身に」

「腕もね、殿下のシャツが巻かれてて、絶対に取るなって言われてたらしいんだけど、手の形の痣と引っ掻き傷があったんですって! シャツがズレて少しだけ見えたって言ってたけど、あれは完全に覗いたのよ、きっと」

「つまりね、誰かのお手付きって事よ! 売られそうになったんじゃなくて、娼館で働いてたんだわ。あんな衣装を着てたんだもの、いかにもって感じだし、下町の子が乱暴されたっていうのには無理な話でしょう? あの衣装、色は気持ちが悪いけど、仕立ては上等だったらしいから、下町の子が買える品物じゃないはずだもの」

「たぶん高級娼館で働いてたのよ。高級娼婦の人って高飛車だから、横柄な態度でも取ったんじゃないの? 腹を立てた男性に乱暴されて、それで嫌になって飛び出してきたのよ。きっとそうに違いないわ」

「今朝からその話で持ちきりなんだから」

 なるほど、そう行き着いたかと、小町は一人関心していた。

「……うそ……殿下はその事……」

「バカね、湯あみなんて見てないんだから、知るはずがないでしょう?」

「シャツを巻いて醜態を隠して差し上げるぐらいだから、乱暴された事は察してらしたと思うわ」

「それで看病を……?」

「そうなの。娼婦とは知らずに面倒を見られてるのよ」

「頭の回転が早い方だから、もしかすると娼婦だと承知の上で、同情して傍に置いている可能性もあると思うのよ、私」

「感情をお顔には出さないから冷たく感じる事はあるけど、お優しい方よね、本当に」

 それから彼女らは、ディクシードの偶像を好き勝手に語り始めた。

 潮時と踏んで小町はその場を離れた。

 まったく……噂というのは恐ろしい。

 あの話を聞いていると、ディクシードの周囲に純白の薔薇が浮く様をイメージしてしまう。

 優しいという点はまだ分かるが、そのイメージには突っ込みどころ満載である。

 何せ、彼女らの思い描く白馬の王子様は、トイレに顔を出す変態であり、何かと口うるさい小舅なのだ。

 イメージはともかく、妃候補だ恋人だと噂になっていなくて良かったと思う。ディクシードの醜聞も気になっていたが、彼の気遣いのおかげで彼自身が株を上げたようだ。これは日頃の行いが良いからなのだろう。

 廊下に現れた小町を、噂の王子様が待っていた。もちろん、背景に純白の薔薇は浮いていない。

「首尾はどうだ」

 小町は目を瞬いた。てっきり小舅根性を発揮して、非難がましい目を向けてくると思っていたからだ。

 そうではないらしい。

「まずまずよ」

 答えると、ディクシードは微かに唇の端を上げて歩き出した。

 また笑ったのだ。

 笑われるような事を言ったつもりはなく、怪訝になり目を向けた。

 この王子様は視線を読む能力にも長けている。時折無視を決め込む事もあるが、言いたい事は伝わっているはずだ。

 何がおかしい、と。

「お前の思惑通りだと思っただけだ」

「言っとくけど、私は何もしてないから」

「そうだ。何もしていないのに、思惑通りに人が動く」

 何を言うか。

 思惑通りに動いてくれないから、騎士達の説得にさえ失敗したのではないか。

「お前は、魔女なのかもしれないな」

「ちょっと、冗談じゃないわ。本来の容姿はそう言われても仕方がないけど、怪しい力もないし、呪文だって唱えないわよ」

「妙な言葉は使うがな」

 あれは呪文ではなく、母国の単語が飛び出すだけだ。それは分かっているだろうに。

 そんなどうでもいい話をしながら部屋へと戻った。

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