第17話 サプライズ
空港へ降り立った小町を、ケヴィンとスリージーと一樹、それに二人の義姉が出迎えた。
なぜか皆ほんのりと日に焼けており、不思議に思って尋ねてみると、日光浴だの課外活動だのと口々に妙な事を言ってとぼけるばかりだった。いくら聞いてもそんな調子が続き、そのうち諦めた小町は、促されるまま日本での出来事を話して聞かせた。
屋敷までの道中もその話で盛り上がっていたが、エインズワース家の敷地に入ってすぐ、怪訝になって首を傾げた。
「重機が停まってるけど、お屋敷の改装でもしてるの?」
木々の合間に大小の重機が停止しており、義姉達へと問い掛けてみる。だがアリッサが曖昧な返事をするばかりで、小町自身も着けばすぐ分かるだろうと追求しなかった。
ジェニファーが話題を変え、再び日本の話で盛り上がると、小町もすっかり忘れてしまった。
屋敷に着いても話題は尽きる事がなく、一行は応接室へとなだれ込んだ。先に到着していた土産物を手渡す事にして、侍従が運んできた荷物から目当ての物を取り出し、皆に配って回る。
お役立ち文具と浴衣は義姉達へ。ケヴィンら三人には、ストラップと甚平だ。義姉達は嬉々として品定めを始め、ケヴィンらも、興味深そうに手元の品を広げていく。
「日本語読めねぇ」
スリージーが呟き、その情けない声が可笑しくて吹き出してしまった。
彼はそんな小町に構うことなく、おみくじ付きのストラップを振っては眺め、振っては眺めと繰り返していた。
そのうち思い付いたように一樹を呼びつけ、棒の先に書かれた漢字を習い始めた。スリージーの様子を笑っていた一樹も、満足するほど笑った後は、真面目に漢字の意味を教えている。
二人を眺めていた小町は、一樹から日本語を習っていたケヴィンの様子を思い出し、イギリスに戻ってきた事を実感していた。
「これは君とお揃いかな?」
ケヴィンが、携帯に付けたバイクのストラップを眼前でプラプラと揺らして見せる。
「そうなの、色違い。可愛いでしょう?」
自分のストラップを見せると、呆れた風でアリッサが口を開いた。
「あんたのセンスはズレてると思うわ。キモノはともかくとして、フィアンセにソレはないでしょ。……だけどそうね、この文具に関しては、なかなか良さそうな物ばかりだわ」
「僕はいい趣味してると思うけどな」
一樹が反論し、不満げなスリージーが何をもらったのかと彼に尋ねると、一樹は嬉しそうに笑いながら、自分のストラップを皆に見せた。
「僕のはコレ。ヤバいだろ? 日本の緩いキャラクターなんだ。略してゆるキャラ~」
得意気に胸を張る一樹に、他の四人は白い目を向けている。
「どこが可愛いのよ。むしろ怖いじゃない」
「姉さん、どこが緩いのか分かる? 熊かしら? それともフルーツ?」
「日本人の好みは分からん」
「何だっけ、スリージー。日本語でグロイだっけ?」
皆、言いたい放題だ。当の一樹は反論しながらも、嬉しそうにストラップを眺めている。大きく口を開けた、顔面フルーツの熊だ。
小町はひとしきり笑った後、ケヴィンら三人と自分用に買った、もう一つの土産物を思い出した。
センスがどうのと言われたが、一目で気に入り即購入を決めたのだ。オススメなのには違いない。
立ち上がりゴソゴソと荷物をあさる小町を、一樹を除く四人が不審げに見ていたが、当人は気にする事なく見つけた土産を手渡していく。
スリージーの横に座ったアリッサは、興味津々でソレを覗き込んだ。
「何それ、服?」
「スポーツウェアか?」
取り出した衣類をスリージーが体に当てがうと、一樹がすぐに反応した。
「うわっ! イモジャーじゃん!」
「寒い時期の物だから季節はズレちゃうけど、何だか機能的でしょ? つい買っちゃったの。私はピンク」
広げて見せたド派手なピンクのスクールジャージには、珍妙な校章まで付いている。
一樹が興奮した様子で購入先を尋ね、小町も話の分かる相手に喜び、秋葉原のショップだと答えた。コスプレショップで覚えたばかりの“萌え~”と言う日本語を二人で連発しながら盛り上がれば、他の四人から冷ややかな視線を浴びた。
「ズレてるのは季節だけじゃないと思うわ。ねぇ、姉さん」
「だから、センスがズレてるのよ。お土産にコスプレなんてあり得ないから。目をつけるポイントが間違ってる」
「なぁ、スリージー。僕はバイクのストラップで、ある意味良かったと思えるよ」
安堵した様子で話し掛けるケヴィンに、スリージーがジロリと視線で答えていた。おみくじ付きストラップに不満があるらしい。
食品サンプルの方が良かっただろうか……
賑やかに土産物を渡した後、日本で預かってきた手紙を一樹へと手渡した。一樹の彼女からだ。
一樹は本当に丁寧に漢字を教えてくれた。手紙だけでは不十分だと言って、日本のコミックもたくさん貸してくれた。それだけでなく、免許の試験会場にまで問い合わせ、外国人向けの試験用紙がある事まで調べてくれたのだ。
親身になってくれる彼に気が早いお礼がしたいと思い、ケヴィンと相談した結果、直接本人に聞いてみようという事になった。そうして尋ねると、欲しい物はないが、したい事があると言う。
日本にいる彼女へ、誕生日のプレゼントをあげたいのだそうだ。彼女は東京の大学に通っているようで、プレゼントの準備はしているが、送ろうかどうしようかと考えてる最中なのだと言う。それならばと、小町が直接届ける事を買って出たのだった。
日本に渡った小町は、バイクの教習所に通いながら彼女と連絡を取り合い、少しして会う事になった。初めて会った時は互いに緊張していたが、プレゼントを渡した後、イギリスでの一樹の様子を話して聞かせると、嬉しそうに耳を傾けていた。
小町の話す日本語がとても綺麗で大好きだと言ってくれ、滞在中、本当に親しくしてくれたのだった。
イギリスへ帰る前日、一樹への手紙を受け取ったのだが、彼女は小町にもプレゼントを用意してくれていた。
和柄の包装紙でラッピングされた長方形の箱だった。桐でできた軽い上蓋を外すと、ほんのりとお香の香りが広がった。中には、薄い紙にくるまれた扇子が入っていた。
黒檀の骨に薄紫色の和紙を丁寧に貼り付けたものだ。手に取り広げてみたそれには、可憐な赤紫の花と緑の葉が描かれていた。オシロイバナという甘くて上品な香りのする花だそうで、彼女の好きな花なのだと言う。
芸術大学に通う彼女が、小町のイメージにピッタリだと、わざわざ作ってくれたものだった。
「素敵な人ね」
メールでやり取りした事や文化の違いについて相談に乗ってもらった事、別れ際の扇子のプレゼントの事を、かいつまんで話して聞かせた。
終始、大人しく耳を傾けていた一樹は、会いたいなと切なそうにこぼした。
普段はムードメーカーとして皆の雰囲気を盛り上げる青年なのだが、そんな彼がこんな様子を見せるのは珍しい。
「次の休みは、絶対に日本に帰って彼女に会ってやる!」
しんみりした雰囲気が嫌なのか、一人そう意気込んだ彼に、ケヴィンとスリージーがその意気だと煽りに掛かる。
彼らを眺めながら、小町は一樹の現状に自分を重ねて見ていた。
日本で生活を始めれば、会いたい人に会えない寂しさを知る事になる。一樹自身、初めて気付いた感情ではないはずなのに、これまでの彼は辛そうな素振りを見せた事はなかった。いつも周囲に目を配り、明るく皆に接していた。
とても強い人だと思う。
自分も彼のように振る舞えるだろうか……
考えれば考えるほど不安というのは増してしまうもので、そんな不安に囚われてしまわないよう、彼らと一緒になって騒いだ。義姉達も加わり、一樹を励まそうとする皆の気持ちが感じられ、とても賑やかで温かい時間だった。
さんざん騒いでいると、フレデリックが伯爵夫妻の帰宅を告げにやってきた。それを聞いたケヴィンが楽しそうに立ち上がる。
「それじゃぁ、僕達からコマチへのお祝いといこうか」
その言葉が合図だったのか、皆が一斉に動き始めた。役割が決まっているらしく、テキパキと動く皆に対して、小町は一人だけ何が起こっているのかついていけず、呆気にとられていた。
背後に回り込んだ誰かの存在にも気付かず、突然視界が暗くなり仰天して跳び上がる。
「じっとしてなさい。サプライズなんだから」
ジェニファーの声が聞こえたものの、目隠しをされたのだと分かっただけで、何が何だかという状況は変わらない。
そんな小町を立たせた義姉は手を引いて歩き始めた。躓かないようにと声を掛けてもらいながら、引かれるままに従って進む。どこへ向かうのか尋ねてみても当然教えてもらえなかった。
残念ながら自分で推測するしかないようだ。
視界を塞がれたまま義姉の声に従って足元に注意して歩き、更には感覚を頼りに頭を使って現在地を把握する。
これは……かなり難しい。
とはいえ、庭に出たという事は分かった。
しばらくすると舗装のない道を歩く。木々の匂いがグンと濃くなり、舗装脇の林の中に入ったようだった。不安定な足元に先程よりも慎重に進んでいく。
だんだんと土と花の香りが混ざり始め、自分の好きなあの空き地へ向かっているような気がした。花の香りが濃くなり、予想が確信へと変わっていく。
ようやく足を止めた義姉に大人しく待っていろと言われ、言われた通りに待った。
数人の足音が聞こえ、耳によく馴染んだ音も聞こえてくる。誰かがバイクを押してきたようだ。どうしてバイクが必要なのか分からなかったが、期待に早くなる鼓動を感じながら、ただジッと待った。
すぐ傍で足音が止まり目隠しが外されると、ケヴィンが覗き込んでいた。皆もすぐ近くにいる。
予想通りの場所だったのだが、何故かそれを背にするように立たされていて、林の中の道を夫妻とイーノクが歩いてきていた。
「ケヴィ~ン、いいわよ~」
夫妻達の到着を待っていたらしく、間延びした夫人の声が届く。爽やかに返事をしたケヴィンは、小町の正面で身を屈め、微笑んでみせた。
「僕達から、君へのプレゼントだ。後ろを向いてごらん」
頷いて体を反転させると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
驚きと同時に喜びと感動が胸を占め、気付かぬうちにそこを押さえていた。
もっとよく見ようと数歩前に出る。
小町の好きなあの空き地だった。
よく知る花畑には、例年のように色とりどりの花達が咲き乱れている。そしてその手前に、見慣れない景色が広がっていた。
一メートルほど掘り下げた土地の中に、コースが出来ていたのだ!
幅はざっと百メートル、奥行き200メートルほどの縦長のコースは、規模は小さいものの、思い付く限りの起伏を入れたモトクロス用のコースだった。アップダウンも、バンクコーナーと言われる角度のついたカーブもある。
「君の自作のコースがあるってフレッドに聞いてね、参考の為に皆で見せてもらったよ。いくつもコブがあったから、きっとあんなのが好きだろうと思ったんだ」
ケヴィンが指したのは、直線上に立派な四つのコブを設けた、いわゆるフープスと言われる難所だった。
彼が言ったように、小町は敷地内の山の中にオリジナルのコースを作っていた。
以前、ケヴィンと共に訪れた開けた草地を通り過ぎ、更に少し走った先に二股に別れた道が現れる。
そこから始まるコースだった。コースと言うよりも元々あった獣道を利用したもので、一方へ進むとグルリと山を周りこみ、もう一方の道に戻ってくるという、何ともありがたい道である。
作ったというほどのものではないが、手を加えたのは事実だ。
雑草は何度も走るうちに生えなくなった。起伏に物足りなさを感じて、思い付きで土を掘り返し小さな山を作りもした。怪力な自分にとっては掘って盛ってという作業は苦でもなく、楽しくて仕方がなかった。
天気のいい日は授業の後、屋敷を抜け出して作業に励んだ。少しずつ望む姿になるコースに満足し、何度も走って、そしてまた起伏を設ける。その繰り返しだ。
誰も通らないのをいい事に大きめのコブを作ってみたり、ジャンプ台のようなものを作ったりと、シャベルを片手にやりたい放題していた。思えばあの時間は、誰かの目を気にすることなく、やりたい事をしていた時間だった。
未だに手を加える事もあり、大きな道具類は道端に放置していたりもする。あの不始末な道具の数々を見られたと知り恥ずかしくもあったが、そんな事より、目の前に広がるコースに感動していた。
「君が漢字の勉強を始めた頃にね、僕の部屋へ彼らがやって来たんだ。前触れもなくて突然だったから、スザンナと二人で驚いてしまったよ」
穏やかな声がして振り向けば、夫妻が微笑んで歩み寄ってくる。フレデリックとイーノクもおり、真新しいバイクまであった。モトクロス専用のバイクだ。
きっと、夫妻が新調してくれたに違いない。
執事達が手にしている物もそうだろう。新品のヘルメットとゴーグル、それに黒いジャケット。
「どうせ遊ばせている土地なら、モトクロス用のコースを作ってみないかと言い出したんだ。とても驚いたよ。急にそんな話を始めるんだからね。五人で僕達を説得しに来たらしい」
皆が夫妻の説得までしてくれていた。自分の我がままの為に。
それを知っただけで、嬉しくて泣きそうになっている。本当によく泣くものだと自分に呆れ、涙が決壊しないように我慢した。
「このバイクは僕からだ。君の好みについてはフレデリックに助言をもらったよ。それから、彼とイーノクが持っている物はスザンナからだ。今回は間に合わなかったようだけど、グローブとブーツも作っているそうだ」
「きっと気に入ると思うわ。私の好みだから間違いないはずよ。それよりも……コースの事なんだけどね、言い出したのはアリッサとジェニファーなの。本当に驚いたのよ? 信じられなくって、つい頭でも打ったのかって聞いちゃったわ。でも二人とも怒りもしないで真剣な顔で言うの。……できるだけ自分達の手で作りたいから、彼らにも手伝ってもらうって」
驚いて振り返ると、気まずそうな義姉二人の様子が窺え、大きく目を見開いた。
視界が霞んでいく中、ケヴィンが小町の手をとり義姉達のもとへと歩き始めた。
「まさか、この子達が言い出したとは思わなかったでしょ? それも土まみれになる事をだなんて……でもそのおかげで日に焼けて、とってもいい女になったと思わない?」
夫人が茶化すと、アリッサが膨れっ面でそっぽを向いた。
「ねぇ、コマチ。これでも、一方的に誤解して……悪いと思ってるのよ?」
義姉のフォローをするジェニファーは、はにかんだ笑みを向けてくる。
決壊した涙が、頬を伝って流れ落ちた。
「何泣いてんのよ」
アリッサがいつもより強い口調で言ってきても、反論する事ができなかった。
ただ泣くだけの自分が情けなくて顔を覆えば、ケヴィンに引き寄せられ、その胸で泣いていた。
「突っかかってどうするんだよ」
「スリージー、アリッサみたいな人の事を、日本語でツンデレって言うんだ。覚えておくといいよ」
彼らの声を聞きながら、皆の気持ちの温かさに胸を打たれていた。
義姉達は、何を思いコース作りを言い出したのか。
夫妻はどんな気持ちで、彼らに許可を出したのか。
執事達がどうして口を閉ざしていたのか。
それを思うと後から後から涙が溢れてくる。
我が儘を通そうとする自分に、思い遣りと温かさを惜しみ無く注いでくれる。
ケヴィンの胸をそっと押せば、彼が涙を拭いてくれた。その目が大丈夫だと言っているように思えて、頷いてみせる。
ありふれた言葉でも大丈夫。
この気持ちが皆に伝わるように。
胸一杯の幸せが、亡き両親と兄に届くように。
皆が待っているのだと思うと、自然と口元がほころんだ。
彼らは、小町の喜ぶ顔が見たいと、そう思って用意してくれたのだ。
「ありがとう。皆、大好きよ」
微笑んでみせると、皆も笑っていた。
「ここはね、あんたの為に皆で作ったの。捨てて行くなんて許さないわよ。足枷だと思うなら思えばいい。あんたは、ここに帰って来るの」
「必ず、戻って来なさいよ」
アリッサの後に続いたジェニファーを、ギュッと抱き締めた。
「ありがとう。アリッサ、ジェニー」
「あんたに“お義姉様”って言われると気持ちが悪いのよね。今度からそうやって呼ばないと返事はしないから」
「……そうするわ。私も言いながら痒かったもの」
泣き笑いの顔で答えると、アリッサに額を小突かれてしまった。
「……ちょっと……ねぇ、苦しい」
下方から聞こえた声が本当に苦しそうで、慌ててジェニファーを解放した。
加減はしたつもりだが、思ったよりも力が入っていたようだ。
息を吐くジェニファーと、呆れるアリッサ。
そんな二人を見て思う。
姉と妹にはなれないけれど、自分達の距離感は、このくらいが丁度いいのかもしれない。
振り返り、勢いよくケヴィンに飛びついた。いきなりの事だったが、彼はしっかりと抱き留めてくれた。
「二人に……力を貸してくれてありがとう。カズキもスリージーも、本当に……本当にありがとう」
頷いたケヴィンが、コース作りの顛末を話し始めた。
「僕とスリージーでコースを考えたんだ。伯爵の許可が取れて喜んでたら、重機も必要だろうって、業者まで紹介してもらえたんだよ。それなら立派なコースが作れるだろ? そう思って二人で考えたんだけど、力が入り過ぎたみたいだ。結局、時間がなくて間に合わなかったよ」
「あそこが未完成だな。テーブル何とかって言うジャンプ台を作るつもりだけど……」
スリージーが指を差しながら言葉を濁すと、フレデリックが生真面目に修正する。
「テーブルトップです」
「そうそう、それだ。大学でバイクをやってる連中にコースの事を聞いたんだよな。なかなか参考になった」
「もうすぐ帰るって君から連絡をもらった時は、かなり焦ったよ。重機は隠せないし、コースは未完成だし、これは誤魔化すしかないってね。でも未完成な所は、どうやっても誤魔化せなかったけど」
日焼けの話や、重機の件であからさまに話を逸らしていたのも、コースの事を誤魔化そうとしていたからだった。
彼らの話を聞いて一人納得した。
「ちょっとちょっとちょっと、何で自分達だけオイシイとこ持っていくわけ? 言っとくけど、僕も活躍したからねっ! 発表するから聞いててよ」
デケデケデケと一樹が妙な効果音を口にし始めた。発表前のドラムの音ではないかと思う。
「発表しますっ! 業者の人が帰った後ですが、重機は僕が乗りました! はいどう、すごいだろ?」
胸を張る一樹に、思わず胡散臭いものを見るような目を向けてしまう。ケヴィンを見上げれば本当だと教えてくれた。
「カズキ、免許を持ってるの? そんな風には見えないわ。スリージーなら、まだ分かるんだけど……」
「どういう意味かなそれは? この中じゃ僕が一番年上なんだよ? そこんとこ忘れないでほしいね。それに敷地内なんだから、免許は関係ないでしょ? 工事現場でバイトしてたから、小さい重機なら乗れるってだけ」
「生まれたのが、ちょっと早いだけだろ? 年上ってほどか?」
スリージーの突っ込みに、それでも僕がお兄さんなんだと言い張る彼を見ていると、年上という事実さえも胡散臭いと思ってしまう。
「コマチ、走ってみるかい?」
頭上から穏やかなケヴィンの声が問い掛けてきた。新調されたばかりのバイクに目を向ければ、彼が背中を押す。
フレデリックから受け取ったブーツを履いて、長い髪を縛る。
夫人からのプレゼントだというジャケットは、モトクロス用というよりも、デザインはむしろライダース向けだった。
素材はレザーではないから……エンデューロジャケットと言えるものだが、黒い生地でできたジャケットには、ホワイトのラインが肩から斜めに走っている。
間違いなくライダースジャケットを意識して作られたものだ。
きっと、デザインしたのも夫人だと思われた。
「どう? カッコイイでしょ?」
自信満々に尋ねてくる夫人に頷いて見せる。デザインよりも何よりも、夫人の気持ちが嬉しかった。
蛍光色に彩られた派手なバイクへ跨がり、エンジンをかける。
今まで乗っていた愛車とは全く違う振動を感じている。モトクロス用のヘルメットを被れば新品独特の匂いがした。慣れないゴーグルを装着していると、隣からケヴィンが声を掛けてくる。
「ケガしないように気を付けて」
コースを作ったのは僕らだけどねと苦笑していた。
頷いて、アクセルを握り締めた。
スタート地点へ緩やかに下る坂道を新しいバイクと共に下りて行く。
そんな小町の背を見送りながら、ジェニファーが不安そうに言った。
「あの子、本当にあんな道を走るの? 大丈夫かしら……」
「あんたも作った一人でしょ? 何よ、今更」
そう言ったアリッサも、どこか心配そうに小町を見つめている。
「二人は小町が走ってるとこ、見た事ないの?」
一樹の問い掛けに姉妹が同時に頷き、そんな二人にスリージーが不敵に笑って言った。
「先に言っとく。悲鳴はあげるな、腰も抜かすな」
若者達の隣へ足を進めた伯爵が、ケヴィンに興味深そうに問い掛けた。
「そんなにすごいのかい?」
「ええ。僕も初めて見た時は驚きました。バイクが趣味だっていうヤツは結構いますけど、彼女のテクニックは次元が違います。モトクロス用のバイクでどこまで乗りこなせるか本人は心配してますけど……彼女ならレースでも上を目指せるはずです」
「さすがね。デイヴィッドの血を感じるわ」
そう言った夫人に、伯爵は嬉しそうに笑って頷いていた。
夫人の口振りが親しげなものに思えてケヴィンは驚いた。
小町の父が屋敷を飛び出したのは、伯爵夫妻が結婚するよりも随分と前の事だと聞いていたからだ。
失礼を承知で彼女の父を知っているのかと問うと、この兄弟とは幼馴染みなのよと笑って答えてくれた。
エンジンをふかす音が周囲に響く。スタート地点に着いた小町が、バイクのコンディションを確認しているようだ。
「やだどうしよう、カッコイイじゃない」
思わず口にしたらしいアリッサの隣で、小町付の執事が誇らしげに言った。
「ええ。お嬢様は、誰よりもカッコイイ方です」
小町は、執事の言葉と同時にスタートしたのだった。




