序章
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
笑顔でお客様を招き入れる。
少し前までは接客は苦手で厨房でばかり働かせてもらっていたが最近は接客のほうもできるようになってきた。
ここはアネット食堂。
小さな町フェーンの外れにある小さな食堂だ。
小さな食堂だが味は確かなので連日客で大賑わい。よってお昼時となると殺人的な忙しさになる。
だって大賑わいなのに店員が私を含めて4人しかいないのだ。
なので厨房で働いたり接客にまわったりと大忙しである。
1年前、私はこの世界にやってきた。
何の前触れもなく自宅でテレビを見ていたらトリップしていた。ちょっとまばたきしている間にしてしまったのだ。
あの時は本当に理解できなくてただただ呆けるだけだった。
ちなみにトリップした場所は今働かせてもらっているアネット食堂。落ちたのが町の近くにある森とかでなくて本当によかったって今でも思う。もし森だったら今頃私は生きていないかもしれない。
でもまあ民家でもなんでもパニックにはおちいりました。何がおきたのかわからないうちに周りの景色がいきなり変わったんだもの。驚いた。本当に驚いた。
驚いたのは私だけではなくそのときその場にいたアネットさん、アネットさんの1人目の息子のドミニクさん、2人目の息子のアドルフくんもものすごく驚いていた。
4人とも何が起きたのかわからずに結構な時間動けずにいたがハッとした様にドミニクさんが腰にあった剣を抜き出して私のほうに向けた。
「手をあげろ!動いたら斬るぞ!!」
最初は彼が何をしているかわからなかった。
日本で育った女子高生はもちろん本物の剣なんか見たこともなくなんだか実感がわかなかったのだ。あれ何?おもちゃですか?っていう感じだった。それ故に動けずにいたら痺れを切らしたのかドミニクさんがグイっと剣を首元に近づけてあと数ミリで刃があたるというところまで持ってきた。
「俺の言葉が聞こえないのか?手を上げろといっているだろう」
剣の刃が首筋に少しあたり私は我に返った。
そこからはもうめちゃくちゃだった。
はじめて見た剣が怖くて仕方なくて、手をあげないとと思うのに体は言うこと聞かなくて、どうしようという思いばかり募って涙がこみ上げてきた。
結局私は手もあげれなくて泣くことしかできなかった。しゃくりあげて泣き出したら体が動いてしまい首が剣に当たって少し切れてしまった。そして当たり前だが血が流れてきてその血を見て私はさらにパニックにおちいってしまってもっともっと泣いてしまった。
そしたら今度は私だけでなくドミニクさんも焦ってしまった。
あとから聞いた話だと実は剣は脅しで抜いたもので傷つける気はなかったそうで首を切ってしまうのは予想外だったらしい。
さらにその相手が号泣しているのを見てもうどうすればいいか分からなくなってしまいさらに脅すことも剣をしまうこともできなくなってしまってたそうだ。
もう状況はカオスである。
泣きじゃくる突然現れた女に剣を抜いたはいいけどもうどうすればいいか分からなくなってしまった男。
こんな訳わからない状況に終止符を打ったのは彼女だった。
「ドミニク!!あんたこんな小さな子泣かせて何やってるんだい。騎士の風上にも置けないよ!さっさと剣をしまわないか。そこの女の子ももう何もしないから泣きやみなさい」
そう、今まで静観していたアネット食堂の女主人アネットさんである。