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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―  作者: あづみ
第三章 死にたがり、魔王国へ

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第二十一話 開戦の号令

 魔大陸より正反対の緯度に位置する、聖教の大陸。その中央に位置する聖都ルミナリア。純白の大聖堂の奥深くで、最高位の聖職者たちが清水の入った銀杯を傾けていた。



「――なんだと!? 魔人族の隠れ里が発見された?」



 金糸の刺繍が施された法衣を纏う高位司祭が、手元の報告書をぐしゃりと握りつぶし、声を荒げた。


 報告をもたらした神聖騎士団の幹部は、厳めしい顔つきのまま深々と頭を垂れている。



「はっ。ヴァルハルト帝国側の山岳地帯にて、我が教団の聖なる神聖力によって長年隠されていた異端の結界が暴かれました。逃亡されましたが、数匹を討伐したところ、それがまさしく、勇者降臨の時代に世界の端へと追いやったはずの『魔人族』の一派であることが確認されました」



 その言葉を聞いた周囲の貴族や司祭たちの間に、僅かな緊張が走りながらも軽侮の色を帯びた笑い声が漏れた。



「魔人族か……。懐かしい名前だな」


「はっ、かつては人界を脅かしたなどと歴史書には書かれていますが、所詮ははるか昔の弱者。世界の隅でひっそりと息を潜めて生き延びるのがやっとの、這い回る虫けらに等しい存在かと」


「その通り。我が聖教国と帝国の威光の前に、隠れることすらできなくなったというわけだ」



 人類にとって、魔人族はもはや脅威ではない。かつて神の御業と勇者によって敗北し、世界の荒野や深淵へ追いやられた「過去の敗者」であり、歴史の教科書に載るお伽話の登場人物に過ぎなかった。


 彼らにとって、魔人族とは一掃すべき、取るに足りない異端という認識以上の何物でもなかったのである。



「しかし司祭様、どう処置いたしましょうか。他にも、あの手の隠れ里が大陸のどこかに潜んでいる可能性は捨てきれません」


「ふむ……。各国の治安維持部隊や、腕を試したくて燻っている地方の雑兵でも組織し、軽い遠征がてら、残党狩りでもさせておきなさい」



 司祭は清水を一口含むと、全く深刻さのない軽い調子で言い放った。


 誰もが、それはただの「害獣駆除」の延長線上にすぎないと考えていた。


------------------------------


 同じ頃、魔力の奔流に包まれた魔の大陸。


 その中心にそびえ立つ魔王城の玉座の間。暗黒の炎を纏う巨大な王座に深く腰掛けていたのは、一人の男だった。


 魔王ガザード。


 代々王位を受け継ぐ古角族(デモニック・ホーン)の頂点に立つ彼は、人間であれば一目見た瞬間にその圧倒的な美しさに息を呑み、そして次の瞬間には全身の血が凍りつくような、魔性の魅力を放っていた。


 頭部の両側からは、磨き上げられた黒曜石のように漆黒の巨角が力強く、そして優美に天へとそびえ立っている。その額を彩るように流れる艶やかな銀白色の長髪の下から、世界を睥睨するような深紅の瞳が妖しく光っている。


 彫刻のように端正に整えられた顔立ちには一切の妥協がなく、わずかに覗く尖った牙と不敵な笑みが、底知れぬ危険な色気を醸し出している。


 さらに、引き締まった精悍な胸元を大胆に見せつける漆黒と鮮血の赤の衣装には、黄金の細工と真紅の宝石があしらわれ、古式ゆかしい高貴な装飾品がその威厳をさらに引き立てていた。


 ただ玉座に深く腰掛け、片肘をついているだけだというのに、その身体から放たれる圧倒的な魔力と覇気は、広大な間の空気や魔力すらもひれ伏させるほどの重圧をまとっている。


 その目前には、数名の軍部幹部が深い忠誠を誓うようにひざまずいていた。



「――報告は以上か」



 ガザードの低く響く声は、静寂を好むかのように玉座の間に重々しくこだました。怒気はない。しかし、その一言一言に、世界を従わせる絶対的な王の意志が宿っている。



「はっ……! ヴァルハルト帝国側の境界にて、我が同胞である小隠族の隠れ里が、聖教国の神聖力によって暴かれました。すでに数名の犠牲が出たとのことですが、幸いにも長老らの機転により、大部分の住民は魔王国への転移に成功いたしました」



 報告を聞いたガザードは立ち上がり、玉座から見下ろすように全軍の幹部たちを見据えた。その瞳には、大陸全土を飲み込む野心の炎が燃え盛っていた。



「もはや、機を伺う必要はなくなった。……これを最大の引き金とし、人類の思い上がった平和とやらの生皮を剥ぎ取ってやろう」



 ガザードが右手を高く掲げると、城内の魔導回線が一斉に起動し、魔大陸の隅々にまでその声が響き渡った。



「全軍に通達する! これより魔王国は、人間どもに対して宣戦を布告する! 世界の主が誰であるか、その愚かな肉体と魂に刻み教えてやれッ!!」



 魔王の宣戦布告とともに、魔の大陸全土からおびただしい数の魔力が天へと噴き上がり、地鳴りのような咆哮が響き渡った。


 それは、長きにわたる静寂の終わりであり、人類がかつて征伐したと思い込んでいた「異端」の牙が、その喉元へと向けられた瞬間であった。


------------------------------


 聖教国の布告を受け、広漠の大陸のヴァルハルト帝国や小国群、人界大陸に位置するエルスレイト王国、ファルギス王国、クライヴ王国などの貴族たちは、まさに遠征気分で軍を編成していた。



「おい、聞いたか? 聖教国の騎士様たちが魔人族の隠れ里を見つけたらしいぞ」


「はっ! 魔人族なんざ、俺らの敵じゃねぇだろ」


「ああ。どうせ数百年前の落ちぶれた連中だ。数日間の遠征で片付くだろ。せいぜい手柄を立てて、国に帰ったら報酬で酒でも飲もうぜ」



 国境付近の野営地や街道では、人間の兵士や傭兵たちが笑い声をあげ、戦闘前の緊張感など微塵も感じさせない弛みきった空気を漂わせていた。


 彼らにとって、これは戦争ではなく、いわば狩猟祭のような感覚だった。


 しかし、その慢心は、突然の地鳴りによって粉々に打ち砕かれる。



「――な、なんだ……!? この揺れは……地震か!?」



 地平線の彼方から、赤黒い濁流のような波が 

押し寄せてくる。それは地殻変動ではない。魔王国が誇る、牙を剥いた全軍の進撃だった。



「て、敵襲――っ!? 馬鹿な、どこから現れたんだ……!?」



 伝令の兵士が青ざめた顔で絶叫するが、すでに遅かった。


 前方から吹き荒れたのは、耐えがたいほどの高熱と、すべてを焼き尽くす絶望的な暴虐の気配。


 魔王軍の最先鋒、『竜血突撃師団(りゅうけつとつげきしだん)』が、その硬質な鱗と燃え盛る闘気を纏って人間たちの前に姿を現したのだ。


 広漠の大陸極北にあった、小隠族の里跡地や、人界大陸北部に位置する獣牙族の潜伏地。そこに隠蔽されていた、大規模転移陣から出現した彼らは人類への殺意をその鋭い眼光にむき出しにしていた。



「人間どもめ。 ……今、ここで根絶やしにしてやる!」



――ドガアァァンッ!!


 軍勢の波から、並外れた身体能力により一人飛び出してきたガザルが放った一撃は、大地を抉り、帝国軍の最前線に布陣していた迎撃部隊の陣形を文字通り紙くずのように粉砕した。爆風と共に数十人の兵士が吹き飛び、野営地は一瞬にして血と肉片の地獄へと変貌する。



「ひ、ひぃっ……!? 化け物だ……! あんなの聞いてないぞ……!」


「逃げろ! 迎撃陣形を整えろ――いや、もう間に合わない……っ!」



 「魔人族はお伽話の敗北者である」という慢心は、たった一撃で絶望的な恐怖へと塗り替えられた。



「ガザルに続けーっ! 人間どもを一匹たりとも逃がすな!」



――オォオオオオオオッ!



 指揮官の号令により、赤い鱗の軍勢がまるで一匹の巨大な龍のようにうねった。その顎が食らいついた後には、ただ一つの命も残ってはいなかった。


 魔をその身体に宿した怪物たちは、永きに渡る眠りから覚め、その猛威を人類に知らしめる。


 これはその、初めの一薙ぎにすぎなかった。



ーー閲覧いただき、ありがとうございます!ーー

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読了しました!! 人類にとっては些細なことでも相手方の日常を侵略するのは、大きな波を起こす原因となる。 ウェルタカが頑張ってる間に、世界はとんでもないことが連続して起こり続けてますね……! ここにウ…
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