第十八話 雲上の孤影
零番隊の専用宿舎の一室で、私は相変わらずベッドの上に大の字になって転がっていた。
「……は? 一人で行け、だって?」
目の前に立つ隊長のレイヴンから突きつけられたのは、これまでのチーム行動を根底から覆すような指令だった。手渡された作戦書に目を落としながら、私は顔をしかめる。
「そうだ。今回の目的地は、広漠の大陸の北西――ヴァルハルト帝国と魔人族の潜伏圏を遮る険しい山脈の最高峰だ。その潜伏圏には『小隠族』の隠れ工房集落が存在している。フィグは、過去に起こしたラボの爆発事故の因縁で、あの集落への立ち入りが固く禁じられているのだ」
レイヴンは腕を組み、やれやれといった様子でため息をついた。
「他の者たちも、山脈の最高峰までは身体能力的にたどり着けん。これまでの任務における命令遵守……私の報告書における形ばかりのものだが……と働きを総合的に評価し……今回は、お前自身に単独での行動、そして第二段階調整、最終関門の突破を任せることになった。あぁ、身分の証明のため、軍服の着用は義務となる。上層部からの特命だ。文句は受け付けん」
「いや、文句しかない…… 私が一人で集落に行く……? しかもあの服を着て?」
私が文句を垂れると、背後からフィグが面白がっている顔をひょっこり出してきた。
「ごめんねー、ウェタルカ。僕、指名手配状態でさ。……ま。今回は一人で頑張ってよ!」
「お前のせいじゃん……ふざけんなよ」
しかし、上層部からの指示であり、レイヴンの決定事項である以上、覆すことはできないらしい。こうして、私は所属後初の一人行動として、険しい山脈の最高峰へと単身で放り出されることになったのだった。
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一人でレイヴンの用意したメモ通りに転移装置を乗り継ぎ、たどり着いたのは、吹き付ける風が肌を刺すほど冷たい高山の山腹だった。
周囲を圧倒的なスケールの岩肌と、厚い雲に囲まれたその場所に、ひっそりと隠れるようにして『小隠族』の工房集落は存在していた。
「……はぁ、疲れた……」
誰とも喋らず、常に周囲の目を気にしながら山道を登ってきたプレッシャーは、想像以上に私のメンタルをゴリゴリと削っていた。チームの誰かがいかに精神的な支えになっていたかを痛感しながら、私はトボトボと集落の門をくぐる。
幸い、フィグの名前を出さずに「魔王軍の特使」として身分を明かしたところ、小隠族の職人たちは警戒しつつも、適度な距離感で迎え入れてくれた。
「直轄特務遊撃隊・第零小隊、ウェタルカ殿ですな。伝令が先んじて来ております。早速ですが、任務地へご案内します」
職人頭は端的にそういうと、私が「あ、う……」と戸惑っている間にスタスタと歩き始めた。私は慌ててその後を追いかけつつも、面倒な歓待などがなかったことにホッと胸を撫で下ろしていた。
――数時間の登山の末、『この先厳戒区域、立ち入り禁止』の看板に行きついた。既に空気は生物の活動限界域まで薄くなっており、凍えるような風が肌を刺す。ここまで一度も振り返らなかった職人頭が、クルリと身をひるがえした。
「この先の山頂に巣を構えているとされるのが、次元を穿つ空の主 —— 『虚空裂空鳥です。空間の裂け目から現れ、裂け目へと消える、銀色の羽毛を持った異形の鳥。討伐とのことですが、どうぞお気を付けて。それでは、私はこれで」
そう早口で告げると、さっさと帰路へ着いてしまった。残された私は、いよいよ本懐を果たすために山脈のさらに最高峰、雲を突き抜けた先にあるエリアを目指して足を踏み入れた。
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そこは、通常の生物の生存を許さない極寒の真空地帯。
冷え切った空気を胸いっぱいに吸い込もうとした瞬間、背筋が凍るような殺気が周囲の空間を切り裂いた。
――バシュッ!!
「……っ!?」
目で追うことすら不可能な超高速の影。空間そのものを穿ち飛来したそれは、私の肉体を一瞬にして両断した。
そこにいたのは、『虚空裂空鳥』。
銀の羽を持ちながら、その輪郭が周囲の空間と溶け合い、どこに存在しているのかすら曖昧な神々しさすら感じる魔鳥だった。
(あ、死んだ……)
いつも通り、私の肉体はぐしゃりと崩れ落ちていく。そして、私の『不死転生』の魔力回路が、魔鳥の肉体へと滑り込む。
――視界がパチンと切り替わる。
私は『虚空裂空鳥』の肉体へと乗り移っていた。
その視界はこれまでのどんな魔物とも違っていた。空間の歪み、魔力の流れ、そして世界を繋ぐ「隠された扉」が幾何学模様となって視覚化されている。私はその空間支配の感覚を脳裏に焼き付け、自らの鍵爪でその巨体の魔核を破壊した。
ガァァァァッ……! と、引き裂くような鳴き声を最後に、魔鳥の肉体はボロボロと崩れ去る。
同時に、私の新しい肉体が再構成され、冷たい山頂の岩肌にどさりと転がり落ちた。
私は荒い息を整えながら、自分の手を見つめる。空間の理を体得した私の中で、新しいスキルの輪郭がはっきりと形を成していた。
「瞬間移動ってことね……帰りは楽でいいや」
のろのろと立ち上がり、血まみれになっている自分の死体から軍服を回収し、脇に抱える。そして、早速得た力を使って零番隊の拠点へと空間跳躍をしたのだった。
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――パッと視界が切り替わり、見慣れた室内の空気が鼻腔をくすぐる。
突然現れた私の姿にぎょっとした目で顔を上げたレイヴンに、ぐちゃぐちゃになった軍服を投げつける。
「上層部が『身分の証明のため、軍服の着用は義務だ』とか言ったからこうなったわけよ。おかげで一撃でこんなだよ。二度とこんな意味のない命令は上の連中にやめるよう言っておいてよね。面倒臭すぎでしょ」
「どうせお前、嫌がらせのつもりで服を着たまま突撃したのだろう、いつも通り脱いで行けば良いものを……。なんで私が上申しなければいけないんだ」
レイヴンが軍服に付いていた血で汚れた資料たちに、血管を浮き上がらせて怒っているが、私はもうすっかり面倒臭くなっていた。
そのままふらふらと自室へと引き返し、扉を閉めると、待ちに待った特等席――ベッドへとダイブする。 床に転がっていた煙草と、とびきり強い酒のボトルを取り出すと、私は待ちきれない様子で火をつけ、喉へと流し込んだ。
「ぷはぁ……! やっぱこれこれ……!」
一人行動の疲れも、軍服の煩わしさも、紫煙の苦味とアルコールの刺激によって心地よく溶けていく。 誰にも邪魔されない自室のベッドの上で、私はすっかり怠惰な日常へと逆戻りし、満足感に浸りながら天井のシミを数えるのだった。
【名前】 ウェタルカ
【種族】 ???
【称号】 異世界からの転生者、死にたがり、生にしがみつく者
【能力値】
・魔力量: 測定不能(不定形数)
・筋力 : 測定不能(不定形数)
・耐久 : 測定不能(不定形数)
・敏捷 : 測定不能(不定形数)
【固有スキル】
・『不死転生』:対象(物質体、精神体を含むすべての生命)に殺害された際、その体を次代の器として転生する。
【既存スキル】
『不定形化』『溶解液分泌』『魔核捕食・魔力値上昇』『超跳躍(脚部強化)』『角貫通突撃』『魔核捕食効率化』『高速移動(韋駄天)』『動体視力強化』『気配遮断』『水中機動最適化』『異種肉体統合』『剣術・短剣戦闘(近接技巧)』『罠解除』『人間言語』『魔力感知』『丸飲み』『脱皮(代謝上昇)』『竜鱗硬化(高位物理・魔法耐性)』『飛竜の炎息』『竜の威圧』『重装分散被甲』『流嵐水刃』『無音幻翼』『剛力』『地響き』『光学的擬態』『痺毒壊蝕牙針』 『大気壊滅』『酸性瘴気噴出』『因果断絶』『狂気の大号令』
【新規獲得スキル】
・『空間跳躍』 (特性:地理的制約や障壁を完全に無視し、視認した場所や記憶した場所へ瞬間転移する)
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◇ヴァルハルト帝国王城にて◇
「――なに!? 『虚空裂空鳥』が、消失しただと!?」
最高司令室に響き渡る高官の焦燥した声。
大型卓の羊皮紙の地図に書き写された山脈の地図、そこには、魔鳥の巣を示すバツ印が大きく記されていた。
事の発端は、海を挟んで隣り合う「聖教国ルミナリア」からの急報だった。
主神を信奉し、聖教国の大神殿に仕える高位司祭たちが、長年観測し続けていた山脈上空のおぞましい魔獣――『虚空裂空鳥』の魔力反応が、ある日を境に完全に消失していることに気づいたのだ。
ほぼ同時期に人界大陸で観測されていた『夢幻泡影の魔蝶』の群れの消失も確認されたことから、魔獣の異常反応として、聖教国側から帝国へ、早急な調査を求める書簡を連日送りつけてきていた。
「くそっ、あそこの連中は、すぐに調査だなんだと押し付けてくる……」
帝国の宰相は地図を睨みつけた。
「これまで侵入不可能とされてきた、大山脈の山頂だぞ。下手に調査団を出せば、登山だけで人材の損失になりかねん。だが、聖教国からの圧力も無視できん……!」
司令室は、宗主国としての体面と、未知の脅威に対する恐怖のざわめきに包まれていた。
このまま沈黙を貫けば、聖教国との同盟関係に亀裂が入る。かといって、ほとんど前人未踏の領域に直接踏み込むのは帝国にとってもリスクが高すぎる。
苦渋の決断の末、宰相は重い口を開いた。
「……やむを得ん。形だけでも『消失の確認および周辺の安全確保』を行ったという実績を作らねばならん」
彼は冷徹な目を情報参謀に向け、命令を下した。
「北部の冒険者ギルドに、高額で調査依頼を出せ。いくら釣りあげても構わん。騎士団から自殺志願者を募るよりはマシだろう」
ざわめく司令室の中、帝国は不可逆的な異変の足音に気づかぬまま、険しい山岳地帯へと調査団の派遣を決定したのだった。
その調査団が向かう先で、さらなる狂気の渦に巻き込まれることも知らずに――。
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