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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―  作者: あづみ
死にたがり、魔王国へ

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第十一話 帰還の希望

 医療施設のベッドの上で、私は盛大にため息をついていた。


 「解析魔盤」が叩き出した私のステータス――測定不能の能力値、数え切れないほどのスキル、そして『不死転生』というおぞましいほどの反則じみた固有スキル。さらに、称号欄に刻まれた『異世界からの転生者』という、自分の過去の根幹を抉るような文字。


 あれが医療官のドルフの手によって上層へと通報されてから、私の周囲は衛兵たちが囲む、物々しい空気に包まれた。


 しかし、拘束や暴力などは一切なく、ただ私の身柄の重要さを伝えるように取り囲んでいるだけだった。



「――失礼する。ウェタルカ君、体調に異状はないか」



 開かれた扉の向こうから声をかけてきたのは、先ほどの医療官ドルフではなく、漆黒の軍服に似た精悍な魔道服をまとった、銀髪の壮年の魔人族の男だった。爬虫類に似た鋭い眼光の奥に、確かな知性と揺るぎない威厳を宿している。彼の胸元には、魔王国ガザードでの立場を示しているのであろう、徽章が輝いていた。



「……別に、どこも痛くはない。けど、すごい大げさ……ですね……?」



 私がベッドの端に腰掛けたまま不安げに尋ねると、男は静かに首を縦に振った。



「当然だ。君の解析結果は、我が国の中枢――最高評議会に即座に転送された。私個人の判断の範疇を遥かに超えている。なにせ、君の保有する能力値と、その膨大なスキル群の可能性は、我が国の歴史書にすら記録がない特異例だ」



 男は自身の名を名乗る。ガザード軍務総括官を務める『ギルバート』というらしい。


 彼の纏う空気は冷徹だが、自分と異なるものに対する薄気味悪さや狂気的な敵意は一切含まれていなかった。ただ純粋に、「未知の巨大な変数」を前にした戦略家としての冷静な計算がそこにある。



「君の身柄と、解析魔盤が記録した内容は、すでに最高評議会の全高官の共有物となっている。……君をこのまま解放して野放しにするわけにはいかない。かといって、むやみに拘束して敵対関係に陥るのも、我が国にとって最大の悪手だ。だからこそ、直接君と話し合って、今後の処遇を決定する場を用意させてもらった」



「話し合い……」


「そうだ。王城の最上階にある評議会の間へ同行してもらう。――すまないが、拒否権はないがね」



 ギルバートの口調は穏やかだが、その瞳の奥には微塵の妥協もなかった。


 私は観念したように目を伏せ、立ち上がる。


 どうせ逃げたところで、ほかに行く当てなどない。なすがままに連れていかれるのが、もっとも合理的に思えた。


------------------------------


 第一研究・医療施設を出た私たちは、衛兵の誘導に従って、魔王国ガザードの王城へと足を踏み入れた。


 移動の道中、私は窓の外に広がる景色の圧倒的なスケールに、改めて息を呑むことになった。


 ソニアの記憶――人間社会で見慣れていた石造りのごみせわしい街並みとは根本から異なっていた。城内や首都の建造物は、硬質な白亜の魔導鉱石と青く光るルーン合金によって構築されており、重力を無視するかのように浮遊する魔導具や、光の軌跡を描いて空を滑らかに行き交う輸送船が、秩序のもとに運行されている。


 魔力を物質の動力へと変換し、都市そのものを巨大な一つの生命体のように稼働させる。


 それが、魔人族たちが築き上げてきた高度な魔導文明の姿だった。



「……すごい」



 思わず零れた私の呟きに、先導していたギルバートがわずかに振り返り、誇らしげな笑みを浮かべた。



「感心するか? 我が国ガザードは、かつて神に背き、この世界の隅へと追放された者たちが、虚無から築き上げた結晶だ。人間たちの領域にあるような、無駄な神への盲信や、不条理な階級闘争はない。すべては理と実利、そして魔神様より与えられし、魔道の探求によって統治されている」



 その言葉には、強い誇りと、そして人間領域に対する軽蔑を乗せた客観性が含まれていた。それから彼は、唐突な問いを投げかけてきた。



「我が国がなぜ『ガザード』という名を冠しているか、知っているかね?」



 知るはずもない。私は首を横に振った。



「かつて、『魔神オルヴァン様』が主神に破れ、我々の祖先が魔人族としての体に変じたとき、人間どもが『聖戦』と称し、自分たちの正当性を掲げて祖先を根絶やしにしようと各地で蜂起したのだ。……神の名を笠に着た彼らの圧倒的な暴力の前に、当時の我々はただ蹂躙されるだけの弱者だった。」



 『聖戦』…人間の間でもその伝承は残っている。悪しき魔人族を南に追いやった無敗の行進であった――などと。さらに言えば、この魔大陸の北東にある大陸では、その『聖戦』で主神の信託を受けた『勇者』が王族の祖先であるとして、三つの国がいがみ合いをしているのは有名な話であった。



「だが、その絶望の淵で立ち上がったのが、のちに『魔王』と呼ばれるに至った方――ガザード様だ。かの方は、オルヴァン様から直接の信託を受け、魔人族側の指導者として圧倒的な雄姿をみせた。彼は四散する同胞を束ね、人間たちの追撃を退け、大陸の南端へと導いた」


「そしてオルヴァン様は、自らの絶大な御業を以て大地を沈め、人界の大陸と我らの棲む大陸を完全に分断したのだ。こうして人間と海を隔てたこの大陸は魔王ガザード様の御旗のもとに一つの国、『魔王国ガザード』となったのだよ」



 ギルバードは歩みを止めることなく、朗々と話して聞かせた。


 私は、物語でも聞いているような心地でいたが、語られた魔王国の起源というのが、窓の外に広がる景色の礎であり、この男の情熱の火種なのだということは、なんとなくわかった気がした。


------------------------------


 やがて私たちは、城の深部にある重厚な大扉の前に到着した。


――衛兵が扉を開く。


 中に広がっていたのは、半円状に階段状の席が配置された、荘厳な空気の漂う最高評議会の議場だった。


 席には、ガザードの軍事、政治、魔導技術の物々しい役職が書かれたプレートが付いた席に、数名の魔人族の高官たちが座っており、その視線が一斉に、扉をくぐった私へと集中した。


 圧倒的なプレッシャー。わたしは今すぐにでも踵を返して逃げ出したくなった。



「入れ、ウェタルカ君」



 促されるままに議場の中央へと進み、私は所在なく立ち尽くす。


 議長席に座る、大きな山羊角を頭に戴く老齢の魔人族――最高評議会議長が、手元の分厚いクリスタルの板に目を落としたまま、静かに口を開いた。



「君の能力は、我が国の魔導院によって徹底的に解析された。――『不死転生』。その、死ぬたびに相手の能力や特性を我が物とする性質その可能性と危険性について」



 議長は顔を上げ、深い色素の瞳で私を真っ直ぐに見据えた。



「さて、ウェタルカ君。我が国としては、君のようなイレギュラーを野放しにすることはできない。だが同時に、敵に回すことも得策ではないと判断した」


「……つまり、どういうこと、ですか」


「端的に言おう。我が国との間で、身柄の安全と管理を前提とした協力関係を結ばないか、ということだ」



 議長の言葉に、議場は一つの物音も立てずに経緯を見張っている。



 「協力……? 私みたいな、人間崩れの化け物を相手に、国として何をしようっていうんですか」


「警戒する必要はない。君が持つ『死んでも蘇り、相手の能力をすべて吸収して強化される』という特性は、我が国が長年抱えてきた計画において、これ以上ない福音なのだからな」



 議長は立ち上がり、手元の装置を操作した。


 空間に、世界地図のような巨大なホログラムがパッと広がる。そこには、各大陸の人類生活圏と、その周囲を取り囲むように点在する無数の小さな光点、そして南方には、現在居る「魔の大陸」とさらに南、南極に「魔極の地」と記された地形が緻密に描かれていた。



「知っているかね? 我が国ガザードは、これまでただの隠れ里や敗者の避難場所として縮こまっていたわけではない」



 議長の声に、高官たちの空気がピリリと引き締まる。



「各大陸の山野や都市の隙間に隠れ住むように散らばっている魔人族たち――かつて大陸が引き裂かれた際、移動が間に合わなかった者や、他国に潜伏していた同胞たちと、我が国は長年にわたり『転移魔法陣』と『魔道通信網』によって密かに連絡を取り合ってきた。すべての拠点は、いつでも一つの意志のもとに結合できる状態にある」



 それは驚異的な事実だった。


 人間の王国や聖教国は、自分たちが世界の覇者であると信じ込み、魔人族は細々と追いやられていると思い込んでいる。だが実際には、魔王国ガザードは世界中に散らばる同胞たちと強固な糸で結ばれ、いつでも牙を剥く準備を整えていたのだ。



「代々の魔王陛下、そして我が国の中枢は、常に一つの悲願を胸に抱いてきた。……それは、人間たちによって理不尽に虐げられ、歴史の闇へと追いやられた同胞たちの解放。そして、この世界を歪めた主神とその信仰を奉じる人間領域に対する、全面戦争だ」



――全面戦争。


 その四文字が、議場の空気を重く揺라した。



「我が国は、人間たちとの決定的な武力と魔導技術の差を分析し続け、ついに『今がその時である』という結論に達した。数年のうちに、世界中に散らばる魔人族の拠点が一斉に蜂起し、人界大陸全土を巻き込む大規模な侵攻作戦――人類との全面戦争を仕掛けようとしていたところだ」



 スケールの大きさに、私は思わず絶句する。


 人間たちがのうのうと平和を謳歌している裏で、魔王国は世界規模のクーデター、いや、種族の存亡をかけた総力戦を長年計画していたのだ。



「だが、戦争には当然ながら犠牲が伴う。どれほど高度な魔導兵器を用意しようとも、人間側には聖教国が誇る数多の聖騎士や、神から授かったという『神聖力』の使い手たちがいる。彼らの存在は、我が軍にとっても決して無視できない脅威だ」



議長は私に歩み寄り、その真摯な目を合わせるようにして言葉を続けた。



「そこで、君だ、ウェタルカ君」


「私……ですか」


「そうだ。君の『不死転生』の能力は、いかなる強敵を相手にしようとも、絶対に死なず、逆に相手の能力を奪い取って成長し続ける。もし君が我が国の計画において、万が一の際の抑止力、あるいは重要拠点の防衛や限定的な戦力として加わってくれるのなら――我が国の戦争計画における不確定要素は大幅に削ぎ落とされる。君は我が国にとって、切り札となりえるのだ」



 高官たちの視線が、一斉に私へと突き刺さる。


 彼らが求めているのは、私を脅威として排除することではなく、国家の重大な計画における規格外の戦力としての囲い込みだった。危険人物としての厳重な管理を前提としつつも、国として全面戦争への協力を持ちかけてきているのだ。


 だが、議長の言葉はそこで終わらなかった。


 彼は私の能力表示をもう一度手元の端末で確認すると、意味深な笑みを浮かべ、さらにこう付け加えた。



「それに――君の解析データには、興味深い称号が刻まれていた。『異世界からの転生者』、とね」


「っ……!」



 私の身体が、わずかにこわばる。


 人間社会の連中には絶対に隠し通そうとしていた、私の出自に関わる秘密。私は思わず息を呑んだ。



「我が国や世界中において、異なる世界の理や魂を持つ者が流れ着く事例は、過去の伝承にもいくつか存在している。……さて、ウェタルカ君。君は、自分の意思とは無関係にこの世界へと引きずり出され、理不尽な不死の呪いを背負わされたのではないかね。…そして、心のどこかで『元の世界に帰りたい』と願っているのではないかね?」



 議長のその言葉は、私の胸の奥底に突き刺さっていた澱みを、正確に射抜いていた。


 現実世界に戻れるかもしれない。かつて私が失いかけた平穏な日常や、理不尽な死を迎える直前の世界へ帰還したいという願望。それを指摘されたとき、私の心臓が激しく脈打った。



「……だから何だと言うんです」



 私は掠れた声で問い返す。



「伝承に伝わる、かつて世界に背き、神々と対峙した偉大なる存在――『魔神オルヴァン』様。……かの神は、伝承上のみの存在ではなく、今も間違いなく天上におわし、我ら魔人族は御手の揺り籠にある。」


「 もし君が我が国の計画に協力し、我が身を置いてくれるというのであれば、南の極地に広がる『魔極の地』にて、今も魔神樹のふもとで魔神様を奉じ続ける同胞たち――魔族の方々に君を取り次ごう」



 議長は静かに、しかし抗いがたい魅力を伴うトーンで告げた。



「魔神様の御許へと至り、直接その信託を仰ぐことができれば、あるいは君が求める『元の世界への帰還』への道が開けるかもしれない。……どうだ?あるいは、帰還が叶わずとも、我が国の全知見と最高峰の魔導財源、そして君が望む限りの自由な生活環境を保証しよう。」



――魔神の信託。元の世界への帰還の手段。


 その言葉は、これまで絶望と無気力に沈んでいた私の心に、抗い難い強烈な光を投げ込んだ。


 人間社会の連中には「化け物」と石を投げられ、爪弾きにされた私。だが、この魔王国であれば、私の特異な体質を「戦力」として評価し、さらに――私が心の底で求めてやまなかった「元の世界へ帰るための手がかり」まで提示してくれている。


 もちろん、これが魔王国側の懐柔策であることは分かっている。私を都合の良い駒として利用するための甘い餌なのだとしても、今の私にとって、その餌があまりにも眩しすぎた。



(……どうせ、あの人間のなかには混じれない。魔王国だってどうなろうと知ったことじゃないけど……私に「帰るかもしれない」という希望をくれるって言うなら……)



 私の胸の中で、確かな決意が形を帯びていく。


 人間領域に対する全面戦争。そして、その裏に隠された魔神の秘密と、神界へ至るかもしれない道。


 死にたがりで自堕落な私が、この世界で生きるため……いや、戦うための明確な理由を突きつけられた瞬間だった。


 私はふっと息を吐き出し、気だるげな姿勢のまま議長を見据えた。



「……上等じゃないですか」



 私は自嘲気味に、しかし明確な意志を込めて笑った。



「引き受けます。ただし、『魔神様』への口利き。……その約束、破らないでくださいね」



 その瞬間、議場の空気が最高潮に達した。


 ギルバートをはじめとする高官たちが深く頭を下げ、ガザードの歴史を大きく塗り替える協力関係が、ここに締結された。


 人間社会を離れ、魔王国の深部で結ばれた契約。


 それは、世界全土を揺るがす壮大な運命の歯車を回し始める、静かなるプロローグにすぎなかった――。

ーー閲覧いただき、ありがとうございます!ーー

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11話まで拝読しました。序盤は、捕食される側と、捕食する側、両方の描写が生々しく、かつスピーディーなので、次は何に食われるのだろうと先を読みたくなります。弱者からスタートして、強者を喰らって強くなる展…
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