第十二話 魔王国軍 直轄特務遊撃隊・第零小隊
◇評議会閉会後、国軍参謀本部にて◇
最高評議会の閉会から間もなく、参謀本部の静まり返った執務室で、軍務総括官ギルバートは粛々と書類に目を通していた。窓の外に広がる魔王国ガザードの都は、重層的な魔導軌道を描く霊気炉の光に照らされている。
「『不死転生』――ウェタルカ君の処遇についてだが」
向かいに控える補佐官の問いに、ギルバートは目線を書類から移すことなく告げる。
「既存の師団への編入は却下する。通常の攻撃部隊――竜血突撃師団や機動遊撃軍団の指揮系統にあの異端を混ぜれば、統制の乱れを招く。なおかつ、我が軍の戦略的優位を担う最高機密だ。手元から放してはならん」
「では、どこへ?」
「『第零小隊』に組み込む。あそこは正規軍の枠外にあぶれた者たちの受け皿だ。成果さえ挙げれば普段の行動は不問とされる。我々としても、直轄部隊として運用できるため都合が良い」
その決定に、異論を挟む者は誰もいなかった。総括官ギルバードの叩き出した最適解に従い、各々が行動を始める。こうして、ウェタルカの所属先が決定されたのだった。
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上層部の決定が下されたその日の午後、私は再び一時的に戻されていた医務室から連れ出されていた。
「着用しなさい」
目の前に立っていたのは、軍務総括官のギルバートだった。彼が差し出した特製のケースの中には、王立魔導工廠の最高峰技術を結集して作られたという、新品の特務軍服が収められていた。その漆黒の服は、見るからに高価で、そして動きにくそうだった。
私は支給されたピカピカの軍服を一瞥し、面倒くさそうに息を吐き出した。
「……これ、絶対着なきゃいけない?……生地が硬くて動きづらいし、いつもの服のままでいいんですけど」
私のその返答を聞いても、ギルバートは眉一つ動かさなかった。常人であれば軍令違反で叩き潰されそうな不遜な態度も、彼にとっては想定内のノイズでしかないらしかった。
「……着用は強制しない。だが、支給品としての所持は義務づける。持ちなさい」
「……はいはい、わかりました。めんどくさいですね」
私は目の前にある新品の軍服を雑にわしづかみにして脇に抱えた。ギルバートはそれ以上何も言わず、「行くぞ」とだけ告げて踵を返した。私は死んだ魚のような目をしながら、その背中をトボトボとついていった。
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会話もなく歩くこと十数分、途中転移陣とやらをいくつか経由し、古びた石造りの独立棟へと案内される。外観こそ、資材置き場のような殺風景で煤けた建物なのだが、奇妙なことに内部へと足を踏み入れた瞬間、肌を撫でる空気の質が変わった。快適な室温と壁や天井に走る複雑なルーンの光が私の身を包む。
「なにここ……?」
「君が所属する『魔王国軍 直轄特務遊撃隊・第零小隊』の拠点だ。外観は左遷地として加工されているが、内装や設備は最先端のものを揃えてある。……まぁそれだけ複雑な性質の部隊と思ってもらって構わない。後ほどわかるだろう」
「はぁ……」
厄介な所に連れてこられてしまったかもしれないと思ったが、私には従う以外に選択肢もなく、大人しく後を追うと、重厚な扉の前についた。
ギルバートが無言で扉を押し開けると、室内ではすでに第零小隊の隊員たちがそれぞれの時間を過ごしていた。書類の山、怪しげな実験器具、そして無造作に放り出された武器の群れ。生活感というよりは、ゴミ捨て場に高級家具を持ち込んだような混沌とした空気が漂っている。
「――新入りを連れてきた」
ギルバートの淡々とした声に、部屋の空気がわずかに引き締まった。彼は室内を見回すと、事務的にこの小隊の構成員を私へと告げていった。
「あそこにいるのが、この小隊長のレイヴンだ。真魔種特有の膨大な魔導適性と卓越した知性を持ちながら、ここの管理を任されたことで、あの有様だ」
デスクの山に埋もれるように座っていた銀髪の男――レイヴンが、深い、命を削るような溜息とともに顔を上げた。彼は目の下にどす黒いクマをこさえており、私をひとめ見ると、こめかみを指で押さえた。
「……ギルバード、それが『不死転生』か。受け入れ拒否の申請を出したはずなんだがな……これ以上俺の胃に穴を空けたら、いよいよ寿命が縮むぞ」
「上層部の決定だ。励め」
ギルバートはレイヴンからの抗議を切り捨てると、視線を別の男へと移した。
「次が、前衛を務めるガザルだ。彼は『竜血族』の血を引いている。竜血族といえば、硬質な鱗と圧倒的な身体能力、そして戦場を焼き払うほどの灼熱の息吹を誇る、我が軍の最強の矛とされる誇り高い種族だが……」
ギルバートはそこでわずかに言葉を切り、淡々とした事実を告げた。
「ガザルは、その竜血族のなかでもとびぬけた凄まじい筋力と耐久力を持ちながらも、致命的に協調性という概念が欠落している。集団行動が一切できず、ただ敵陣の只中へまっすぐ突撃することしか頭にない。軍人としての戦術的価値は最低限だが、『単騎突撃の兵器』としては機能する。ゆえに大隊から外されてここに来た」
巨剣を振り回していた赤い鱗の巨男――ガザルは、ギルバートのその身も蓋もない紹介を聞いても怒るどころか、むしろ「おう、突撃なら任せろ。敵の陣形ごとひき肉にしてやるよ」と、どこか得意げに鼻を鳴らした。
「そして、技術担当のフィグ。彼は『小隠族』の血を引いている。小隠族は、小柄ながらも類まれなる手先の器用さと、気配を完全に断つ隠密適性を活かして、魔導工廠の微細加工や罠の敷設を支える優秀な技術者種族だ。だが……」
ギルバートは床に座り込み、何やら複雑な機械をいじり回している小柄な影に視線を向けた。
「フィグは、その小隠族のなかでも紛うことない天才的な頭脳の持ち主だが、通常の工兵としての働きは一切期待できない。前線の補給路の整備や、軍備の量産といった定型業務には微塵も興味を示さず、自分が新しく興味を持った研究開発にしか手を出さない。命令を無視してラボを爆破し続けた結果、ここへ放り込まれた問題児だ」
床に座り込んだままのフィグは、ギルバートの紹介の最中も顔を上げず、機械から火花を光らせながら呟いた。
「……ねえ、新入り。お前の体、面白いことになってるらしいね。解析して次の研究に使いたいから、どこかちょっと切って頂戴よ」
「いやだ。気持ち悪い」
私が即答すると、フィグは「ケッ、ケチくさいの」と舌打ちをして再び機械いじりに没頭した。
最後に、ギルバートは部屋の隅の高級なソファに深く腰掛けていた女へと目を向けた。
「最後に、諜報から回されたローザだ。彼女の種族は『魅魔族』。人間の精神や記憶、感情に深く干渉し、心を狂わせる精神誘導・干渉のスペシャリストの家系だ。本来であれば、敵国の深部に潜入し、要人を骨抜きにする特務の華であるはずなのだが……」
ギルバートはここで初めて、わずかに呆れたような、あるいはどう処遇していいか分からないといった微小なトーンの変化を声音に混ぜた。
「ローザは、その圧倒的な精神誘導・干渉の才を持ちながら、あまりにも性的な事象や淫らな空気に免疫がなさすぎた。スパイとしての訓練を受けていながら、いざ色仕掛けの任務にあたると自分のほうが羞恥心でパニックを起こし、使い物にならなくなったのだ。結果として、自ら志願して元の諜報部隊から離れ、ここへと逃げ込んできた。精神操作の腕前自体は国軍一だが、運用には多大な精神的ケアを要する欠陥品だ」
その紹介を聞いた瞬間、ローザはソファから跳ね上がるように立ち上がり、真っ赤に茹で上がった顔で声を荒げた。
「っふぇ――!? ちょ、ちょっとギルバート様! それ言い方ってものがあるでしょ! 欠陥品ってなんですか欠陥品って! 私はただ、その、人間のそういう下品な欲望の生々しさに耐えられなかっただけで、精神干渉の技術なら今でも一級品ですぅ!」
「事実を述べたまでだ」
ギルバートはローザの抗議を涼しい顔で一蹴すると、くるりと背筋を伸ばした。
「――以上だ。抱えている欠陥も、この零番隊内の働きですべて上書きされるそんな小隊だ。ウェタルカ君、君も次の命令が下るまではこの施設を好きに利用して過ごすといい。……では各自、分相応に任務を遂行しろ」
それだけ言い残すと、ギルバートは振り返りもせず、規則正しい足音を響かせて部屋を去っていった。ガチャリ、と重厚な扉が閉まる。
静寂が戻った部屋の中。
私は改めて室内を見渡した。
頭痛をこらえるようにこめかみを押さえるレイヴン、一心不乱に鍛錬をするガザル、私の体の解析を目論むフィグ、そして真っ赤な顔で私を睨みつけてくるローザ。
(なるほど、「複雑な性質の部隊」……ね)
魔王国軍の最も歪で、最も驚異的な小隊の日常が、前途多難に幕を開けようとしていた。
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