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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―  作者: あづみ
死にたがり、魔王国へ

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第十話 目覚めと魔王国ガザード

 意識が浮上していく感覚は、泥の中からゆっくりと這い上がるそれに似ていた。


 全身を包み込んでいた重苦しい疲労感が、心地よい温もりに少しずつ溶かされていく。硬い地面の上で冷え切っていたはずの肉体は、いつの間にか、ふかふとかした上質な寝具の上に横たえられており、肺に出し入れされる空気には不快な澱みが一切なかった。



(……あれ。私、どうなったんだっけ)



 ぼんやりとした頭で、そんなことを考える。


 広漠の大陸の空をワイバーンの翼で飛び、魔の大陸の端へと落ちるように着地したところまでは覚えている。限界を超えた魔力の消費と、長旅の肉体疲労によって、プツリと意識が途切れたはずだった。


 まぶたを持ち上げると、目に飛び込んできたのは、微かに青白い光を放つルーン文字が規則正しく刻まれた、天井の高い美しいドーム状の部屋だった。部屋には薬品と思わしき瓶が整然と並べられた棚や、空床の清潔なベッドが複数置かれており、医療施設、あるいはそれに類するものに思えた。



「――おや、目が覚めたか」



 静かな室内に、落ち着いた低い声が響いた。


 視線を音のした方へと向けると、そこには白を基調とした服をまとった一人の魔人族の男が立っていた。頭部には控えめな獣の耳がぴんと立ち、その顔立ちは生真面目そうに整っていた。


 彼の手元には、幾何学的な模様が浮かぶ透明な板状の魔導具が浮遊しており、そこから青い光がパチパチと明滅していた。


 男は私と目が合うと、険しい表情を崩すことなく、しかし敵意のない手つきで持っていた魔導具の浮遊を止めた。



「気分はどうかな。ここは魔王国ガザードの第一研究・医療施設だ。君が我が国の領域の端に落下し、昏睡状態に陥っていたところを当直の衛兵が保護した。私は医療官のドルフという」


「……あ、どうも」



 私は寝台の上でモゾモゾと上体を起こしながら、掠れた声で返す。

 喉がカラカラに乾いていたが、枕元には綺麗に磨かれたガラスのコップに入れられた水が用意されていた。それをありがたく飲み干しつつ、私は自分の身体を確認する。底をついていた魔力は完全に回復しており、傷や疲労感も綺麗に消え去っていた。


――ふう、と内心で息をつく。


 油断は禁物だが、少なくとも浮浪者を即刻処刑するような場所ではないらしい。



「驚いたな。肉体の損傷具合からして、半日は意識が戻らないかと思っていたが……君の代謝機能と魔力の回復速度は、通常の人間や魔人族の枠を大きく逸脱している。」



 男――医療官の魔人族は、手元の記録板を見つめながら、やれやれといった風に首を振った。


 敵意こそ向けられていないものの、その瞳には鋭い観察眼が宿っている。私の異質な肉体構造に気づいているのは明白だった。



「……いろいろと、体質が特殊なの」



 私は言葉を濁し、視線を天井へと逃がした。


 どこまで話すべきか。私は――乗っ取った人間・ソニアの記憶は、魔人族について何も知らないに等しかった。社会を築いていることも、ましてこのような施設があるほど高度な文明があることも想像すらしていなかった。


――成熟した社会において、異物は排除されるものだ。自身の経歴を赤裸々に話して、この魔人族からもはじき出されるのは勘弁願いたい。


「特殊、か。確かに君の纏う魔力は、我が国のどの種族のそれとも一致しない。だが、ここは魔王国ガザードだ。様々な事情を抱えた者や、外の世界からはみ出した者などいくらでもいる。君がどのような経緯でここまでやってきたのか、無理に聞きはしないさ」



 医療官の男はそう言って、優しげに微笑んだ。


 その対応があまりにもあっさりとしていて、私は少し拍子抜けする。流石はあぶれ者を祖に持つ国というべきか、個人の事情や特異性にいちいち過剰反応しない文化が根付いているらしい。



「ただ――」



 男は言葉を続け、真剣な眼差しを私に向けた。



「我が国の領域の安全を預かる者として、最低限の身元確認と、君自身の危険性の有無を確認する作業はどうしても必要になる。特に、国境を越えて侵入してきた者が、意図せずとも周囲に危害を撒き散らすケースがあるからね」


「……確認、ですか」


「そうだ。簡単な手続きだ。怖がる必要はない」



 そう言うと、医療官の男は背後のテーブルから、ずっしりと重そうな金属製のトレイを持ち上げて持ってきた。


 その上に乗せられていたのは、複雑な歯車と魔石のルーンが組み合わさった、手のひらサイズの古風なクリスタルの板だった。触れる前から、微かに魔力の波動がそこから伝わってくる。



「これは『解析魔盤 』だ。君の身体に流れる魔力の総量や、保持している個体固有の特性――いわゆる『スキル』や『適性』を可視化するためのものだよ。これを両手で軽く挟み込むだけでいい。痛むような代物じゃない」



 魔導具を見つめながら、私はわずかに眉をひそめた。


 ステータス測定。


 RPGのゲームや異世界転生モノのお約束としては定番中の定番だが、実際に自分のそれを突きつけられるとなると、途端に拒否感が込み上げてくる。


 なにせ、私の身体は死に戻りを繰り返すうちに、あちこちの魔物の肉片を取り込み、キメラのように歪に変異しきっているのだ。まともな数値が出るわけがない。


 とはいえ、ここで拒否すればかえって面倒な尋問を受けることになりそうだ。それは絶対に避けたい。



「……わかりました。やればいいんでしょ、これ」



 私はため息をつきながら寝台の上で身体を少し起こし、差し出されたクリスタルの板に両手をそっと添えた。


 ひんやりとした感触の直後。


 クリスタルに刻まれたルーン文字が、カチリ、カチリと機械的な音を立てて鮮やかな朱色に発光し始めた。



「――おや?」



 医療官の男が、小さく声を漏らす。


 クリスタルから放たれた光は、ただぼんやりと輝くだけでなく、その表面に次々と文字の羅列を立体的に映し出し始めた。まるで古い書物のページが猛烈な勢いでめくられていくかのように、光の粒子が宙へと飛び散っていく。



「なんだ、この魔力の反応は……? 魔石の出力が、測定の限界値に近づいている……?」



 男の表情から、先ほどの余裕が消え失せていた。


 彼は慌てて手元の記録板を操作し、測定魔道具の出力を安定させようとするが、クリスタルの輝きは増すばかりだ。部屋の空気が微かに震え、床に刻まれた魔導保護の陣がパチパチと音を立てて起動を始める。


そして――。


 私の目の前に、半透明の光のウィンドウが、何重にも重なってパッと展開された。


 そこに並んでいた文字の数々を見た瞬間、私は自分の目を疑い、思わず息を呑んだ。


【名前】 ウェタルカ

【種族】 ???

【称号】 異世界からの転生者、死にたがり、生にしがみつく者


【能力値】

・魔力量: 測定不能(不定形数)

・筋力 : 測定不能(不定形数)

・耐久 : 測定不能(不定形数)

・敏捷 : 測定不能(不定形数)


【固有スキル】

・『不死転生』:対象(物質体、精神体を含むすべての生命)に殺害された際、その体を次代の器として転生する。


【保有スキル】

『不定形化』『物理衝撃分散(半減)』『溶解液分泌』『魔核捕食・魔力値上昇』『超跳躍(脚部強化)』『角貫通突撃』『魔核捕食効率化』『硬質被毛(物理耐性)』『高速移動(韋駄天)』『動体視力強化』『気配遮断』『水流制御(初級)』『水中機動最適化』『異種肉体統合』『剣術・短剣戦闘(近接技巧)』『罠解除』『人間言語』『魔力感知』『毒牙』『丸飲み』『脱皮(代謝上昇)』『滑空飛行(空中機動制御)』『竜鱗硬化(高位物理・魔法耐性)』『飛竜の炎息』『竜の威圧』



「なっ…なにこれ……ッ!?」



 私は自分の眼の前に広がる文字の嵐を見て、思わず声を荒らげた。


 名目に記された『ウェタルカ』という名前。そして種族欄の『???』。 称号に並ぶ『異世界からの転生者』『死にたがり』『生にしがみつく者』という言葉は、己の隠し通したかったものを、容赦なく赤裸々に暴き出していた。


(私の名前が、なんで……。しかも、この称号とスキルの数は……)


 能力値はすべて測定不能。さらに保有スキルの欄には、これまで乗り移ってきた魔物たちの特性が、数え切れないほどの文字列となって隙間なく羅列されていた。


 それは人間のものでも、かといってただの魔物のものでもない。歪に継ぎ接ぎされた自身の正体が、取り返しのつかない化け物の証として、残酷なまでに突きつけられていた。



「……これは……冗談、だよよね……?」



 冷や汗が背中を伝う。


 私がこれほど驚愕しているのだから、目の前で測定魔道具を覗き込んでいる医療官の男の衝撃は、その何倍も大きいはずだ。


 恐る恐る医療官の方へと顔を向けると、彼は手元のクリスタルを落としそうになりながら、ガタガタと全身を震わせていた。先ほどの冷静沈着な面影は微塵もなく、その瞳には恐怖ではなく、純粋な混乱の色が浮かんでいる。



「ま、まさか……馬鹿な……!」



 医療官ドルフは、信じられないものを見る目で私を二度見した。



「種族と能力値が測定不能……だと? いや、それどころか、こんな固有スキルは前代未聞…。保有スキルも魂の許容量を軽く超えている……。キメラ変異体? いや、それ以上にこの称号――魂の刻印は……!」



 男はガタガタと震える手で自身の耳に装着された魔道機器らしきものを数回叩き、上層へと必死の通信を飛ばし始めた。



「こちら第一研究医療施設! 緊急事態だ! すぐに統括官と――いや、王城の最高評議会を招集してくれ! 予想を遥かに超える……とんでもない『イレギュラー』が、我が国の領内に保護された!」


「あ、あの、ちょっと待って落ち着いて……!」


「落ち着けるわけがないだろう! 君のそのステータスは、我が国の防衛基準であっても『災害級』の判定が出る代物だ! いや、それ以上に……」



 医療官は息を呑み、震える声で私を見据えた。



「――君、いったい、『何』なんだ……?」



 部屋の扉がバァンと音を立てて開き、外で待機していた別の衛兵たちが慌てて飛び込んできた。


 静かだった医療施設は一瞬にして騒然となり、私の予測を大きく超える形で、魔王国ガザードの中枢へと私の存在が強制的に引き上げられていくのだった。



(……はぁ。やっぱり、普通に生きるのって、私には無理なのかなぁ……)



 私はベッドの上に崩れ落ちるように頭を抱え、遠い目をして天井のルーン文字を見上げるのだった。

ーー閲覧いただき、ありがとうございます!ーー

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