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第8話:ロールケーキ殺害事件

 ◆◆◆(SIDEレジィナ)


「ヒェッ!」


 床に豪快にめり込んだ泡だて器を目の当たりにした、メイド長のニコラさん。彼女は顔を真っ青にしながら、素っ頓狂な悲鳴を上げた。


「なんですかこれ⁉」


「嫁入り道具です。腕の筋肉を鍛えることができます!」


 私は誇らしい思いで胸を張り、ひょいっと泡だて器を拾い上げた。

 お母様が私に持たせてくれた匠の逸品。特殊な金属で作られた、重さ10キロの泡だて器だ。

【剣姫】を辞めても、自衛できるくらいの筋肉がなければ困るだろうという優しさの塊だ。綺麗に洗って大事に使わなくっちゃ。


「はぁぁ⁉ 鈍器の間違いじゃ……、ってあれっ。腰が抜けて……」


 ニコラさんは、その場にへなへなとへたり込んでしまった。驚きで立てなくなったようだ。一般女性は繊細なのだと気づかされ、私はあわあわと慌ててしまった。


「大丈夫ですか⁉ すぐお医者さんに診てもらいましょう!」


 これまたひょいっとニコラさんの体を軽々と抱き上げ、私は目が点になっている彼女をお姫様抱っこで運ぶことにした。

 やっぱり柔らかい。出るところは出ていらっしゃるけど、軽い。これが脂肪と筋肉の違いなのか。羨ましい限りだ。


「きゃっ! 下ろして! 下ろしてくださいってばーーっ!」


「仮にも辺境伯夫人ですので、メイドさんの不調は見逃せません!」


「辺境伯夫人は、こんなはしたない真似しません!」


 顔を赤くして叫ぶニコラさん。もしかして、熱でもあるのでは?

 心配になった私は彼女を丁寧に抱えたまま、工房を急いで飛び出した。


 工房の入口付近で思い詰めた表情の若いメイドさんとすれ違ったが、今は緊急事態なので、後でご挨拶することにした。



 その半刻後。

 執事のブラッドさんが軍医の経験がおありとのことで、ニコラさんを診てもらったが、結果は異常なし。

 ニコラさんは「大袈裟すぎます!」と眉を吊り上げたり、「お姫様抱っこだなんて、一生の恥です」と、頭を抱えたりと忙しそうだった。

 私としては、肩から豪快に担ぐ“山賊抱っこ”スタイルよりはいいかなと思って実行した次第なのだが、もしかしてそちらの方が喜ばれたのだろうか。


(ゴリマッチョな家に生まれたから、人との付き合い方がよく分からないなぁ……)


 私が項垂れながら工房に戻ると――なんと、二度目の緊急事態が発生していた。

 その名も、「ロールケーキ殺害事件」。


「そんな……っ! ひどい……!」


 現場は悲惨なものだった。

 調理台で冷ましていたロールケーキの生地。それがズタズタに切り刻まれている上に、そのど真ん中に果物ナイフがブスリと垂直に突き立てられていたのだ。


「これじゃ生地が巻けない……」


「なんてこったい……」


 あまりの悲劇に言葉を失ってしまった私のそばに、ニコラさんが慌てて駆け寄ってきた。私たちが留守にしている間に、いったい何が起こったというのか。


「まさか……」


 ニコラさんは思い当たる節があったのか、きょろきょろと工房内を見渡した。

 すると、柱の陰に若いメイドさんが隠れ潜んでいるのを発見した。膝を抱え、カタカタと小さく震えている若いメイドさんは、ニコラさんと私と目が合うと、びくんっと肩を跳ねさせた。


「アンタ、まさか……」


「わ、私は”悪の【剣姫】”を追い出さなくちゃと思って」


「人の道を外すような真似、アタシがしろって言ったかい?」


 ニコラさんの綺麗に整えられた眉がひそめられ、顔には失望の色が浮かぶ。

 ニコラさんに睨まれた若いメイドさんは、今にも泣き出しそうな様子で、工房内にピリピリとした緊張感が走った。


「ケジメがいるようだね」


「ニコラさん、ダメです!」


 ニコラさんが若いメイドさんの襟首を掴むのが見え、私が仲裁に入ろうとした時だった。


「騒がしいぞ」


「旦那さ……ま⁉」


 低くて良く響く声に振り返ると、工房の入口に立っていたのは、真っ赤な血にまみれた旦那様だった。


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