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第7話:レディースメイド襲来

 翌朝一番、旦那様は私をある場所に案内してくれていた。


「……昨日はよく眠れたか?」


「はい、(初夜がないと分かっていたので)とても」


「そうか。勝手が違って戸惑うこともあるだろうが、契約内容以外は好きに過ごしてくれ」


 会話は最低限で、しかもなんだかぎこちない。

 私は食卓に鶏むね肉とブロッコリー以外のものが並んでいることに感激したり、早朝木剣素振り耐久レースがないことに不安を感じたり、使用人の皆さんがマッチョではなく、ほっそりしていることが心配になったりと、話題はたくさん持っていたのだが、まだ雑談できるような空気ではなかった。


(契約結婚だし、こんなものなのかなぁ)


 少し緊張したまま広い屋敷の廊下を進むと、古そうな石壁で囲われた部屋に辿り着いた。


「わぁぁぁっ!」


 思わず歓声が漏れてしまう。


 入口や壁こそ古めかしいが、部屋の中には一目見て最新式と分かる調理設備が整えられていた。

 隣国アロンダイト帝国の魔法技術を用いた水道、焜炉、オーブンに冷却保存庫……。

 実家の伯爵家でも、ここまで立派な設備は揃っていなかった。まるで王城の厨房だ。しかも、材料も豊富にある様子。


「君専用の菓子工房だ」


「私の⁉ いいんですか⁉」


「存分に腕を振るってもらいたいからな。物の場所など、分からないことはメイドに聞くといい」


 旦那様は、よほど美味しいお菓子が食べたいらしい。

 お菓子を作らせるために、屋敷の一角をフルリフォームしてしまうくらいなのだから、その情熱は計り知れない。彼とは意外と気が合うかもしれない。


「ありがとうございますっ! 絶対に美味しいお菓子を作りますね!」


「…………」


 私が大はしゃぎしていると、旦那様はプイと顔を背けてしまった。

 前言撤回。う~ん、壁は分厚い。お前は黙って作ればいい、ということかしら。


「……ちなみに今日は何を作る?」


「そうですねぇ……」


 テンションをいったん落ち着けて、私は工房をぐるりと見て回った。

 新鮮なミルクと、籠いっぱいの真っ赤な苺が目に留まると、私の頭にクリームと苺たっぷりのケーキが浮かんだ。想像だけで口角が上がってしまう。


「苺のロールケーキなんていかがでしょうか?」


 けれど、るんるんな私と対照的に、旦那様は目を逸らして小声でと「いいんじゃないか……」と一言だけ。


(あれっ! えらくぼそぼそとおっしゃる!)


「あの……、お好きでないなら別のものでも……」


「問題ない。すべて任せる」


「ひゃいっ!」


 おずおずと尋ねる私に、旦那様はぴしゃりと言い放つ。ギロリと刺さる鋭い眼差しが痛い。

 普通の可憐なご令嬢なら、この睨みだけで逃げ出してしまうかもしれない。私がそうならないのは、【剣姫】としての積み重ねと、仮に命の取り合いになったとしても、簡単には負けないという自信があるから――。


(あー、やだやだ! すぐ物騒なこと考えちゃう! 私はもう、【剣姫】は辞めたんだから!今は旦那様にご満足いただけるお菓子を作る。剣の錆になるわけにはいかないもの!)


 工房を後にする旦那様を見送りながら、私は金色の髪をリボンで結い上げ、むんっと気合を入れた。


『ロールケーキのホイップクリームは、8分立てがおススメじゃよ』


 宮廷パティシエの師匠の仏のような顔が頭に浮かぶ。

 誰かにお菓子をご馳走するのは初めてだが、今こそ、師匠から教わった技を試す時だ。腕が鳴る。


 私がわっしょいわっしょいと、小麦粉の入った袋やミルク缶をご機嫌に運んでいた時だった。


「メイド長のニコラと申します。何かお手伝いいたしましょうか? 奥様」


 胸元にメロンを仕込んでいるのかと思うほど、ナイスなバディのお姉さんメイドが現れた。

 柔らかそう。しかも色っぽい。

 私とぜんぜん違うぞ……と、思わずしなやかな筋肉だらけの自分の体を見下ろしてしまった。


 ◆◆◆(SIDEニコラ)


 時間をほんの少しだけ遡る。


 ランドブルム辺境伯家のメイド長ニコラ。それがアタシ。

 昔はちょいとばかし無茶をしてきたけど、今はご主人様――ランドブルム辺境伯に拾っていただいたおかげで、こうして表の世界で生きている。

 だから、ご主人様への仁義を貫くべく、害をなす者は排除しなくちゃいけない。


 今、アタシが後輩たちと共に監視しているのは、ご主人様が突然嫁にすると宣言した女。軍事の要であるハートヴァルド伯爵家の娘、レジィナ。か弱い侯爵令嬢に剣を向けたと噂の“悪の【剣姫】”だ。

 寡黙なご主人様のお考えは分からないけど、弱い者を苦しめるような奴は放っておけない。


「ニコラ姐さん。あいつ、毒でも盛るんじゃ……?」


 菓子工房だという部屋をこっそりと覗いていると、新人がひそひそ声で囁いた。

 “悪の【剣姫】”が菓子に毒を盛り、旦那様を亡き者にして、家を乗っ取ろうとしているかもしれない――そう言いたいらしい。


「どうだろうね。悪党はどこまでも下衆だからね……アタシらの目で、奴の本性を見極めて――」


 ドアの隙間に顔を寄せると、アタシたちは信じがたい光景を目の当たりにした。


「クレラント小麦~よいしょっ♪」


 レジィナが、クレラント小麦粉の詰まった袋を楽しそうに運んでいる。

 驚くべきは、一袋が25キロあること。しかも、それを両肩の乗せていることだ。

 ご機嫌な鼻歌に似合わない、どっすぅぅぅん!!!! という重々しい音を立て、小麦粉の袋は調理台に着地した。


「クレラントミルク~よっと♪」


 次は、ミルクが満量入った円筒型の缶を片手で運び、同じく調理台へ。

 ちなみに当家のミルク缶は、40リットル入る。

 ごぉぉんっ!!!! という空気を震わす金属音に、アタシたちは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。


 なんて怪力だ。少女の皮を被ったゴリラ(異国のパワフルな動物)なのか。

 いや、怪力だけじゃない。手先も相当器用らしい。

 レジィナは空中に放り投げた苺を、包丁でスパパパパンッと切り刻んでいる。


「姐さん、なんですかアレ⁉」


「ふ、ふん! これくらいでビビッてらんないよ!」


 青ざめる後輩たちに、姉貴分としてカッコ悪いところは見せられない。

 アタシは後輩たちにその場で待機するように指示を出すと、意を決して工房へと乗り込んだ。


「メイド長のニコラと申します。何かお手伝いいたしましょうか? 奥様」


 アタシが声を掛けると、レジィナは嬉しそうにパァッと顔を輝かせた。

 大空を映したかのような碧眼が眩しい。

 一見するともの知らずな少女にしか見えないが、腹の底は何色なのか分かったもんじゃない。ゴリラだし。油断ならない。


(尻尾、掴んでやるよ)


「メイド長さん! じゃあ、そこの泡だて器を取ってもらっても?」


「はい。もちろ――あっ」


 愛想のいいメイドに見えるよう、猫を被って微笑むアタシは、調理台の上の泡だて器に手を伸ばした――が。


 メキメキメキィィィィッッ!!!!


(!!!!????)


 うっかり裏拳で弾いてしまった泡だて器は、不吉な轟音を上げながら、床にめり込んでいた。


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